「うーん、おそらく部屋で怒られてるんじゃないかな?」
宴も終わりに近づきつつある中、悪戯というかへんな踊りを踊っていた二人はどうなったのかと問えば、首を傾げた尖り耳のお姉さんがそう答えてくれた。
「次代が増えて賑やかになって行くのは良いが、悪戯もののあの二人には手を焼かされるよ。まぁ、悪戯出来るぐらい平和になったと考えれば悪くないのだけどね。幾ら防御力があるとは言ってもローブとセットの覆面は蒸れるし、こうやって素顔をさらせる様になったのも人間と和やかに会話出来るのもみんな平和のお陰さ」
苦笑しつつ肩をすくめたその人もトロワさん同様にアークマージなのだろう。今はメイド服に身を包み、汚れた皿を重ねてのせたお盆を手にしていたとしても。
「さて、私はこれで失礼するよ。おろち様はまだ食べたいと仰せだし、空になった皿もたくさんあるんだ」
「あ、すみません」
俺としても仕事の邪魔をする気はない。呼び止めて問うた事を詫びるとその場を離れた。
「怒られてるなら、あの二人はもう今晩はこっちに来ないだろうし」
部屋に戻ると決めた。あのラスボスもといミルザさんの父から聞いた話のこともある。情報を整理して、明日ラダトームについたらどう動くかも決めなくてはならない。俺は自室に無かって歩き出し。
「もう結婚話がせっぱ詰まったところまで来てるなら、そっちについてどうするかとかまで踏み込んで話すべきだろうし」
間違えられた側のお嬢さんとも会う必要がある。友達の為にやむを得ずミルザさんが俺と結婚するという展開は俺だって望んじゃいない。
「もちろん会う何時用がある人は他にも居る訳だけど」
母の親友でかつミルザさんの母親であるミリーさん、そして未だ絵でしか顔さえ見たことのない俺が
「って、いざ会えるとなったら妙に緊張する……」
今日は眠れるだろうか。
「あ」
少し不安になりつつも何時の間にか部屋の前まで来ていた俺は苦笑してドアを開ける。
「さてと、今日はしっかりやすまないと」
無駄に独り言が多くなってしまっているのは、宴会で聞いた事実に動揺してるからか、それとも。
「……こういう時って不安とか緊張とか期待で眠れないものだからアレなんだけど」
流石に今日は寝ないと拙い。
「目の下に隈を作った顔で初の顔合わせとかした日には第一印象が酷いことになりかねないもんな」
着ていた服を脱ぎ、部屋に備え付けの風呂で入浴を済ませ、パジャマに着替えたら歯を磨いて寝る。着ている服が例の装備制限を緩和されたお洒落なスーツである事を除けばこの城に着てからのこれまでの日常と変わりない就寝前までの流れだ。
「気負わず、目を閉じて羊でも数えれば良い、良いんだ」
漸くベッドにはいるという段階で、俺は自分に言い聞かせる。逞しい想像力が瞼の裏へ羊の代わりにモンスターを登場させてもツッコんじゃいけない。
「と言うか、あのギラ系呪文を使ってきたモンスターは羊ではなく、どっちかというと山羊か鹿なんじゃないだろうか……って、考えるな、俺」
頭を振り、再び寝ようと試みる。
「……寝られない」
何だろう、ここまでの流れが盛大な前振りだったとでも言うのか。
「花嫁との結婚前夜って訳でもないし、まぁ精神的なハードルは高めかも知れないけど」
考えるなと自分に言い聞かせて寝返りを打つ。こういう時考えるとかえってドツボにはまる。
「遠足前の小学生じゃないんだ。自分を律することぐらい出来るはず……」
寝ろ、寝るんだ。目を閉じたまま口に出してみても眠気は訪れてくれず。
「寝られないなら、寝る方法を……そうだ、誰かに頼んでラリホーの呪文で眠らせて貰うとかすれば、って、それはそれで何だか恥ずかしい様な……」
「そうですか、眠れないのですね」
「え゛?!」
独り言のつもりだったにも関わらず反応があって、目を開き固まる俺の視界に入ってきたのはただの闇。
「アル様、下ですもう少し下」
「下? と言うか、この声は……あ」
「今晩は、お邪魔致しております」
反射的に声に従い視線を移動させればベッドの縁に手をかけて顔の上半分だけを覗かせた小さな人影のシルエットがあり。
「ええと、君は確か……」
おれ の きおく が ただしければ、とろわさん の むすめさん じゃありませんでしたかね、こう。
「大丈夫? 私が妾になってあげましょうか?」
とか おかしい ていあん を してきた。
「はい。今宵はこのお城で過ごす最後の夜。アル様のお父様の従者の娘として、アル様のお力になろうかと」
「そう、なんだ……じゃあひょっとしてラリホーの呪文をかけに来てくれたとか?」
眠れないから呪文を強請るというのに気恥ずかしさは感じていたが、もうバレてしまっているなら厚意に甘えるのも悪くないと思った俺は尋ね。
「いえ、身体が疲れれば自然と寝られるのでは無いかと愚考し、夜伽にま」
「アストロン」
最後まで聞き終えるより早く呪文を唱えた。冗談じゃなかった。
「流石に少し傷つくのですが……」
こちら は きずつく どころか しゃかいてき に ころされかけた の ですが、なにか。
(って、ツッコミたくても鉄の塊になっちゃってるしなぁ)
着ているものごと変質してるので貞操は守れると思うが、何故この城は色々アウトな痴女がポツポツいるんでしょうね。俺じゃなくて弟が来ていたらどうなった事やら。
(そもそもトロワさんの娘さんに手なぞ出そうモノならトロワさんとその旦那さんにぶっ殺されそうなんですけど)
どうして俺はこの城最後の夜にこんな試練と出くわさなければいけないのか。鉄の塊になったまま哲学しているとトロワさんの娘さんは寂しそうに去って行き。
「ん、あれ?」
安堵感が眠気に繋がったのか気づけば窓からは朝日が差し込んでいた。
「怪我の功名かな?」
どうやら少しは寝られたらしい。
「おはようございます、起きていらっしゃいますかアル様?」
「あ、おはようございます」
ノックに続く声へドア越しの挨拶を返すと俺は身を起こす。とうとう出発の朝がやってきたのだ。
危険と隣り合わせのお城生活も終わり、いよいよラダトームに渡る時が来る。
まだ見ぬミルザとはどんな少女なのか。
作者はちゃんと性格とか決めているのか。
全てが明らかになろうとしていた。
次回、IF・C→A11「いざ、ラダトーム(Chalotteルート・???視点)」