「皆、準備は良いな?」
俺に知らせた後、ギアガの大穴が塞がった事を伝えてくれたお姉さんは他の皆にも触れ回っていたのだろう。首を横に振る者、準備がまだの者は一人としていなかった。
「スー様?」
「何でもない、行くぞ……ルーラ」
最後に見ることになるかもしれないイシスの町並みを省みた俺は、空を見上げると呪文を完成させる。
「っ」
高く舞い上がる身体。もう随分慣れたそれに覚えるこの言い表せない気持ちは何なのか。振り向けば、まだ徐々に小さくなって行く城と城下町が見えた筈だが、敢えて下は見なかった。別にこの国にトラウマがあるからとかではない。後ろ髪を引かれないようにするためだ。
「マイロード、あの姉弟のことは、宜しかったのですか?」
「ん? ああ、ユイットとヌイットか。シャルロット達が何時ゾーマを倒すかが不透明だったからな。装備が用意出来ていなかったとか、転職させて戦力に組み込む訳にもいかなかったというのはあるが、あの二人を助けたこと自体がそもそもは俺の自己満足だ」
恩人の俺が神竜に挑むと知ってついて来ようとしたデビルウィザード達だったが、俺は敢えて二人に暇を出し、あの城下町に置いてきた。
「シャルロットは勇者として為すべき事を為した。なら、俺もやるべき事をやらねばならん。それへお前達に協力して貰えてるだけでもありがたいのだ」
言外にこれ以上の手助けは不要と言う。
「「スー様」」
「神竜の叶えてくれる願いは最大で三つ、だが、叶えたい願いも三つある。協力して貰ったところで、願い事を譲ることは出来んのだからな」
本当に申し訳ないと思う。だが、シャルロットの親父さんを含む皆の大切な人を生き返らせるという願い事は外せないし、残る二つを諦めろと言われてもおそらくは首を縦に振れない。
「叶えたい願いが三つ、ねぇ……いかにも自分は身勝手だと言わんがばかりだけれど、最初の一つがまず他人の為じゃないのさ。まぁ、勇者様を含め他人というのは少々語弊があるかも知れないけどね」
「いや、それも自己満足と見れば、な」
結局俺の我が儘だ。
「全く、不器用というか何というか……あんたもとんだお人好しだねぇ。あたいからしてみれば、充分人の為だよ」
「そう言うお前はどうなんだ? 俺としてはありがたいが――」
元女戦士で今賢者である会話の相手が居てくれるのは、戦力的に大きい。
「はん、あたいはあんたにまだ借りを返し切れてないんだ。地獄の底にだって付き合うつもりは出来てるんだよ」
「そうか……すまんな」
かつては、せくしーぎゃるったこの元女戦士によって窮地に追い込まれたこともあったが、あの時の自分は想像しただろうか。こうして共に神竜へ挑もうとするなどと言うことを。
(まぁ、あの時は側にいるだけで社会的に殺されかねないせくしーぎゃるだったからなぁ)
だが、今は違う。相変わらずごうけつのうでわを身につけているからこそ性格は装飾品に引っ張られる形で変わっているが、腕輪がなくてももうせくしーぎゃるではなく。
「まぁ、何にしても……これだけの戦力が揃ってるんだ、神竜とやらにもきっと勝てるさね」
「そうだな」
呪文は俺達を目的地へと運んで行く。高く、高く。
「ようやく、か」
辿り着いた時にはポツリと言葉が漏れてしまったが、
「そして、ここから……でもあるな」
城を出た先は、確か煮えたぎるお湯か何かを飲ませる老人が居たような気がする。
(確か、話しかけずにスルーして先に行くことも出来た気はするけど……)
ゆっくり歩き出しつつ、俺は肩からかけていた鞄の中に手を突っ込む。
「あったあった……」
取り出したのは、何の変哲もない水袋。
「スー様、それは?」
「ああ、この先に煮えたぎった液体を飲めと勧める老人が居るとかでな」
俺は考えた。普通に飲もうとすると口の中を火傷するなら、水を混ぜてぬるま湯とは行かないまでも無害な温度まで冷ましてしまえばいい、と。
「氷の呪文で冷ましてしまうことも考えたが、流石にな」
そこまでやってしまってはやり過ぎと非難される事も有りうる。
「先に進まれるのですね。どうかお気をつけて」
「ああ、ありがとう」
階段の側にいた兵士に水袋を持ったまま礼を言うと階段を降り。
「これが神竜へ挑む者が飲んで行くと言われるものか、一杯貰うぞ?」
機先を制し、階段を下りた先に居た老人へ一声かけると、答えを待たず部屋の中央で火にかけられていた大釜から中身を少量汲み、大量の水を投入して希釈しぐっと呷った。
「うぐっ」
何とも言い難いおかしな匂いと形容しがたい味。おそらく、それでも水で薄めた分かなりマシになっているのだとは思う。
(そうか、冷めるとその分味がはっきりと……)
名案だと思っていたが、とんだ落とし穴が口を開けていたらしい。
(だが、飲むには飲んだんだ)
もうここには用がない。
「スー様、大丈夫?」
「ああ、まぁ少々個性的な味だったがな。待たせた。先を急ごう」
どことなく気遣わしげな視線を向けてきたカナメさんに頷き、俺は釜の煮える部屋の外へ。
「やはり、ここからは塔、か……」
真っ正面にあるのは、床の切れ目。その先に足をつける場所は何もなく、遙か下に大地が見えるのみ。
「上にのぼるのは……あれか」
周囲を見回すとすぐ右手の壁面にかかった梯子がある。神竜が居るのは、記憶通りなら最上階。俺は梯子に手をかけると即座に登り始めた。
いよいよ、塔の方に突入です。
次回、第二百五話「盗賊で、良かった」