強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第二百二話「イシスへ、そして」

「忘れ物があった」

 

 格闘場に引き返した俺は、突然の再乱入に騒がしくなる格闘場で、あの金色無職が世界にえっちなほんをバラ撒くというテロの実行犯であることを明かした。

 

「知人にバラ撒かれた本を読んでしまって性格が変わってしまった犠牲者が居る。これ以上の犠牲を防ぐためにも、余罪を追及するためにも、あれの引き渡しを俺は要求する」

 

 それ程無茶な申し出だとは思わなかった。運営としても犯罪者を匿った何てことになるのは普通避けたいだろうし、そもそも犯した罪まで知って匿っていたとは思いたくないから。

 

(進行役の発言が欲望駄々漏れだったけど……あれは深く考えないでおこう)

 

 匿う見返りに差し出された本を読んでしまった結果があの言動だったとか不意に浮かんだロクでもない宇ものが真相だったりすると嫌すぎるから。

 

「そういう事情であれば致し方ありません。当格闘場の無実を証明するためにもグレゴリックの身柄はお引き渡ししましょう」

 

「そうか。協力感謝する」

 

 ここまで事が上手く運ぶとは想定外だったが、良しとすべきだ。

 

(これで、ようやくイシスに戻れる訳だからな)

 

 再びゼニスの城まで戻り、壁に空いた穴から飛び降りつつルーラの呪文を唱え、空の旅を経てイシスへと。

 

(ルーラの移動で時間がかかってしまうけれど、おそらくそれが最速の筈)

 

 後は、元女戦士に加害者を引き渡して気の済むようにして貰った後、ジパングに送り届けて貰えばいい。もう一人で良いかは微妙なところだが、ともあれアレフガルドに渡っていなければそこにも本の犠牲者は居るはずだ。

 

「ん?」

 

 そうして今後のことに思いを馳せていれば、地響きと共に近づいて来る気配を俺は捉え。

 

「お待たせしました」

 

 やって来たのは一人のオッサンとあの時倒した金色無職(グレゴリック)。生き返っているのは、別の試合に出すため蘇生させたのだろうか。まぁ、死体を引き摺るよりは自分の足で歩いて貰った方が楽なので、俺としては好都合だ。

 

「それから、こちらはグレゴリックの私物です。本の様ですので、お話からするとバラ撒かれた残りなのではないかと」

 

「そ、そうか」

 

 ただ、ちょっとありがた迷惑な押収品まで渡されたのは、ちょっと想定外だったが。

 

「せ、世話になったな」

 

 ひきつる顔を無理矢理平静な顔へ作りかえつつ俺は頭を下げ。

 

「では、いくぞ?」

 

 諸悪の根源(グレゴリック)へは背中まで貫通させられそうな気がする程尖らせた視線を向けてから、踵を返す。

 

(これで……ようやくあの騒動にも一つの決着がつくのかぁ)

 

 変わってしまった性格は元に戻らないが犯人を捕まえたのだ。

 

(部下の不始末だからってことで神竜と交渉すれば性格を元に戻して貰える可能性も多分ゼロではない気はするけれど……)

 

 神竜の元に行くのは、シャルロット達が大魔王ゾーマを倒した後のこと。イシスに戻ってどれだけ時間が残されてるかはわからないが、出来ることは全てやっておきたい。

 

(神竜に願いを叶えて貰えば――この世界とお別れになるかもしれないから)

 

 シャルロットがゾーマを倒した時点で俺の意識が元の世界に戻る可能性だってある。ゲームクリアで元の世界に何てのはゲームの世界に迷い込んだ設定のお話ではありがちのエンディングだからだ。

 

「どちらにしても、準備しておくに越したことはないだろうからな」

 

 ポツリと呟き、足を止めた場所は、ゼニスの城の、階段がある小部屋を出た所。

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、何でもない。このまま右手の壁のない場所から飛び降りるぞ? 念のために手を」

 

「あ、はい」

 

 俺の声に応じてすっと出されたトロワの手に自分のそれを重ね、繋ぐと他のお姉さん達にも手を繋ぐように言う。

 

「「はい」」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は、素直にすぐ従ってくれた。

 

「が、何故全員が俺と手を繋ごうとする? 流石にこの状態では飛び降りられんだろ?」

 

 こう、俺としては右手と左手で一人ずつ、最終的に手を繋いだ横列が一つ出来るイメージだったというのに。

 

「スー様はわがままだけど、一理ある。しかたないので、あたしちゃんはスー様の背中に抱きつく方向で妥協するねー?」

 

「ちょっと待て、それの何処が妥協だ?」

 

 案の定と言うべきか、最初に謎の宣言をかましてくれたスミレさんに俺はツッコみ。

 

「まぁ、あの子の事は放っておくとして、このままじゃ埒があかないものね」

 

「そうですねー。スー様と直接手を繋げないのは残念ですけど」

 

「すまんな。……さて」

 

 聞き分けの良い他のお姉さん達に癒やされつつ頭を下げ、一列になると床の切れ目へ近づく。

 

「ゆくぞ、準備は良いな?」

 

「「はい」」

 

 再び重なった声が合図だった。床を蹴った俺はトロワの手を握ったまま空へと身を投げ出し。

 

「ルーラっ」

 

 幾秒か後に呪文が完成する。引っ張られ、下方向から上方向へと変わる移動のベクトル。始まる空の旅。

 

「ふぅ、これで後は暫く空の旅となる訳だが、一つ言っておく。重要なことだから良く聞いてくれ」

 

 仲間達の顔を見回した俺が指し示したのは、列の最後尾。

 

「あいつの着地には巻き込まれないよう注意するようにな」

 

 デビルウィザード姉弟の弟の方と手を繋いでいたのは、金色に輝く馬鹿でかい無職野郎の姿だった。

 

 




次回、第二百三話「制裁と出立」

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