「そか、あっち側から外に出れるだか」
アリーナへ向かおうとした俺達へ訝しげだったユイットさんもあの甲冑が並ぶ側へ出てから説明すればしきりに不思議だなやと呟いてはいたものの、納得してくれたらしい。
「やはり、本来はあんな場所に出ないのか」
「んだ。そもそもヘイルさが言う階段の先もオラ達が控えてた部屋があるだ」
「あぁ、まぁ常識的に考えればそうだろうな」
やはりこのダンジョンは空間をねじ曲げ、幾つかの場所を繋いで作られていたと言うことなのだろう。
(リチャード、だっけ? あのバラモスもどきとか他のモンスターは間違いなく反対側の階段からのぼって来てたもんなぁ)
なら、あっちに控え室がないのはどう考えてもおかしい。
「ただ、そうなるとあっちの階段を下りた後、お前達だけ控え室に出る可能性もある訳だが……」
「大丈夫だ。そっただことならねぇだろうけど、その時は控え室か舞台の方でヘイルさ達を待ってればいいべ」
「まぁ、それもそうだな」
こちらだってついて来なかったら気づくだろうし、駄目だったなら、キングヒドラの時同様に一人一緒に残って貰ってルーラの呪文で一足先に帰ればいい。
(別の場所に出るとしたら、理由は一つ。おそらく俺達と同じ入り口から入ってきた訳じゃなくて元々ここにいたひ……魔物達だからって理由だろうし)
それなら、一旦ルーラの呪文で移動し、洞窟の入り口から入り直すか中継点にルーラで飛べば離ればなれになる現象は防げるはず。
(もっとも、杞憂だと思うけどね)
さっき、控え室のある廊下から甲冑が並ぶ洞窟に出た時、二人と一匹もついてきたのだ。
(仲間になった時点で、空間のねじれた先に行くようになっちゃってるみたいだからなぁ)
あれを踏まえるなら、おそらく別の場所に出ることにはならないと思う。
「なら、先へ進むぞ? 下手にもたついて次の試合が始まってしまっては面倒だ」
原作ならバラモスエビルを倒すかスルーすればもう敵は居なかった気もするが、この世界では既にユイットさんと戦うというイレギュラーが起きている。この格闘場が、世界の何処かにある普通のモンスター格闘場として運営されてるなら、次の試合が始まっても不思議はない。
「はい、スー様」
「わかりました」
「では、行こう――」
同意してくれた幾人かの仲間に頷きで応じ、再び階段を上れば。
「おーい、鋏はこれだけかぁ?」
「この蟹味噌、砂混じっちゃってますねぇ……」
「あ……」
アリーナは俺が四散させちゃった蟹の死体を回収する作業の真っ最中だった。
「と言うか先輩、これ集めるより蘇生させてからもう一度殺した方が早いんじゃないっすか? 砂とかも落ちるし」
「馬鹿、その蘇生費用は誰が出すんだ? そもそも闘技場で蘇生が許されるのは、余程の花形モンスターとかだぞ? まぁ、あの蟹も一部からはカルト的な人気があったみたいだけどよ。だいたい生き返らせるって言っても色々条件が揃ってないと無理らしいしな。条件無視して誰でもホイホイ生き返らせる事が出来るなんてぶっ飛んだ力持ってるのはあのグリゴリだったか? あの、金ぴかが言ってた竜の神様ぐらいだろ。くだらねぇこと言ってねぇで回収続けんぞ」
「へぇい」
「マイ・ロード……」
かわされた死体回収係の人達の会話を聞いて、トロワがこちらを見るも、言葉が見つからない。
(なぜ こんなところ で いきなり しんりゅう の じょうほう が でてくるんですかねぇ)
金ぴかとか言ってるし、情報源は首になったらしいあの元てんのもんばんなのだろうが。
(腹いせか? 首になった腹いせに情報を流出させた?)
こっちは分不相応な野望を抱いて犬死にする人が出ないようにと神竜の情報は話す人を限定してたって言うのに。
(あの金ぴか、もっと刻んでおくんだった……)
後悔は先に立たず。そも、死体蹴りをしたところで一度流出した情報がどうにかなるとは思えないし、何の罪もない死体回収業のおじさん達を物理的に口封じする訳にもいかない。
「仕事中すまんが、少しいいか?」
「んあ?」
だから俺に出来るのは、直接話しかけて他言無用をお願いすることぐらいだったのだが。
「あー、あんたの危惧ももっともだ。だが、心配はいらねぇよ。あの金ぴか、首になったらしいけどあんたには負けたもののおっそろしく強ぇえことは試合を見た奴にゃわかるしな。ああ言う魔物がウヨウヨしてんだろ、竜の神様のいらっしゃる場所ってのは? 金ぴかの強さとセットで知った連中はその神様に死んだ奴を生き返らせて貰おうなんて大それた事は考えねぇ。だいたいどこにその神様がいらっしゃるかってとこまではあの金ぴかもしゃべらねぇし、仮にあの金ぴかから聞き出せる程の実力の持ち主なら心配なんざいらねぇだろ?」
「そう……だな。すまん、邪魔をした」
どうやら俺の杞憂だったらしい。
「良いって事よ。んなことより、ユイットちゃん達を頼んだぜ? 実は俺、ユイットちゃんの隠れファンでな。あー、こいつはウチのかみさんにゃ内緒な?」
「内緒も何もお前の妻とは何の面識もないのだが?」
「おっと、そう言うやそうだな。えー、なんだ。そう、言いたかったのは二人と一匹の事よろしく頼むぜってこった。少し寂しくなるが、弟の方の死体を運んだ後にあんな顔を見ちまうとな。ユイットちゃんのことは特に宜しく頼まぁ。幸せにしてやってくれ」
「あ、あぁ」
頭を下げる死体回収係のおじさんへ勢いに押されて頷いた俺は、その後階段を下り。
(幸せに、かぁ。知り合いでフリーな男って言うと後はルイーダの酒場にいた武闘家くらいなんだが……)
脳内で候補者を捜しつつも足を進め気が付けば、すぐ目の前に階段があり。
「もう、次のフロアか。確か、そろそろだったな……」
先へ進めば案の定。
「これは、ついたか……」
感知したのは人のモノと思わしき気配、それが複数。俺のうろ覚えの原作知識通りなら、そこは神竜に一番近い城だった。
ふー、ようやくたどり着けた。
次回、第二百話「中継の地から」