強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百八十四話「師としての責務・後編」

「敢えて言っておく。俺はこれからシャルロット、お前に変身する」

 

 一糸纏わぬ姿で言うのはちょっと格好つかないが、今更過ぎる。俺は素足に敷いた布の感触を感じつつ片手に持った石へ少しだけ力を込めた。

 

(うん、だいたいこれぐらいの力なら耐えられるのか)

 

 変身呪文の効果があると偽ったが、実際は適当に文字もどきの描かれてるだけの石。当然呪文を唱えても何の変化もないので、変身直前にこの石は握り砕かねばならない。

 

(シャルロットに変身した後じゃ、やれるか不安だからなぁ)

 

 生命力と精神力を除いて対象を写し取る呪文は、俺の握力もシャルロットのそれに変えてしまう。タイミングは間違えられなかった。

 

(説明に注意を向けさせておき、密かに石へ力を込める。握ってる感じだとそろそろかな)

 

 先に石がピキピキ鳴り出したら拙い。

 

「問題はその後だ。身体の動かし方を良く覚えておけ。そして真似しろ」

 

「は、はいっ」

 

「いい返事だ」

 

 顔は赤いままだが、真剣さは感じられる。

 

「この石の力を解き放つ言葉は、呪文の名と同じだ、いくぞ……モシャスっ!」

 

 写し取るべき相手は完全に視界内。失敗する筈もない。石も俺の握力に耐えかねて砕け。

 

「お、お師匠様がボクの姿に……っ」

 

 本当に変身したことに驚いているのか、シャルロットの様子が少し変だが、構っている余裕はない。全裸は拙いのだ。手が届くようにクローゼットの扉に引っかけておいた下着をとると、まず、パンツに足を通して引き上げ、続いて上へ取りかかる。

 

(流石トロワはわかってるというか、やっぱり前で止めるタイプの方が手間取らなくて済むよなぁ。慣れたとは言っても、視認出来る方が楽で……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 変身した直後から残り効果時間は減りだしているのだ。

 

「すまん、待たせたな。さっそく始」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「は?」

 

 扉の影から出て見れば、呼吸を荒くしつつもじもじするシャルロットが居て、俺は呆然と立ちつくした。

 

「お師匠様が……ボクの……」

 

「シャルロット?!」

 

 このリアクションは想定外だった。我に返って動くことが出来たのは、フラッと揺れたシャルロットの身体がそのまま傾いだからこそ。

 

「ふぅ、間に合った……しかし、まさか倒れるとは。ちょっと事態を甘く見ていたな」

 

 クシナタ隊のお姉さんがショックで倒れるどころかこっちの服を剥いで下着を着せてくるぐらいだったので大丈夫だろうと踏んだのだが、待っていたのは想定外のこの結果。

 

「ともあれ、この様子だと変身はおそらく時間切れになるな。やむをえん。惨事が起こる前に下着を脱――あ」

 

 脱ごうと考えて、気づいた。無意識の行動なのか、意識を手放したシャルロットが俺の片腕を抱え込んでいる事に。

 

(この体勢で、自由になるのが片腕のまま下着を脱ぐのは流石に……無理、だよなぁ)

 

 となると、残された選択肢は一つ。

 

「トロワ……その、なんだ」

 

 シャルロットの声と姿で、まさかこんな事を言うハメになるとは思わなかった。だが、背に腹は代えられない。

 

「済まんが、俺の下着を脱がせてくれ……」

 

「……はい」

 

 情けなさと恥ずかしさが滲むお願いに応じたトロワの声も小さかった。

 

(おのれ、せかいのあくい め)

 

 呪詛が零れたとしてもきっと仕方ない。ベッドに横たわるシャルロットに片腕を抱かれた下着姿のシャルロット姿の俺はとんでもない体勢をとらされるハメになったのだから。横たわるシャルロットの上、四つん這いから片腕だけ下のシャルロットに抱かれた姿勢で、今トロワにぱんつを脱がされている。

 

(ザメハの呪文で起こしても変身した俺を見て倒れられたらアウトだし、ああああっ、面倒な!)

 

 この後トロワに男物の下着や服をとってきて貰い、身につけられるだけ身につけ、モシャスが見れたところでシャルロットを起こし、落ち着かせることにする。

 

(どうか、この段階とか変なタイミングでシャルロットが意識を取り戻しませんように……)

 

 せかいのあくいならやらかしかねないから気の休まる暇がない。声には出さず祈り続け。

 

「ん……あれ? ボクは……」

 

「目が覚めたか、シャルロット」

 

 安堵しつつ俺は目を覚ましたシャルロットへ声をかけた。上に覆い被さるような姿勢は着替えてもアレだったので、隣に寝そべりながらだ。

 

「すまん、配慮が足りなかったようだ。お前に変身し、動きを見せることで技を伝授しようと思っていたのだが……」

 

「えっ」

 

「ん? 何故そこで驚く?」

 

 動きを真似しろと言ったら、しっかり答えていたような気がしたからこそ、シャルロットがあっけにとられた

 

ことは意外で。

 

「えっ、あ、えっと……じゃ、じゃあ、ボクが呼ばれたのは――」

 

「技を盗ませるためだ」

 

 言い切ってから、俺は天井を見上げた。

 

「シャルロット……俺はお前を弟子にしておきながら、大魔王が襲来したという理由はあれど、お前の前から逃げ出した。師として失格だったと思う、そんな俺が今更何をと思うかも知れん。だが、師としての責務を果たさせて欲しい……」

 

 もし、シャルロットの格好が拙いなら、会得出来る可能性は低くなるかも知れないけれど、素の格好でも良い。

 

「盗賊の奥義を会得しろとは言わん。だが、常人が一つの動作をする間に倍動く術をお前が会得出来れば、大魔王と戦う助けとなるはずだ。ゾーマを警戒させる訳にはいかん。会得したとしても、ゾーマとの戦いまで使わせることは出来んかもしれん。それでも――」

 

「お師匠様」

 

 更に続けようとする俺の言葉を遮って、シャルロットは名を呼んだ。

 

「下着だったのは身体の動きを、より詳しく見せるためだったんですよね?」

 

「あ、ああ」

 

 確認しつつ抱えていた腕を放すシャルロットに頷けば、俺の弟子は自分の着ている服の襟元に手を伸ばした。

 

「シャル、ロット?」

 

「さっきは、申し訳ありませんでした。けど、もう大丈夫です」

 

「な、何……しゃ、シャルロット?」

 

 大丈夫ですと言いつつボタンを外しだして、俺は声を上げた。

 

「お師匠様、前に……お師匠様の裸、見てしまいましたよね? ですから――」

 

 気にしないで下さいと言いながら、シャルロットは尚も服を脱ぐ。

 

「お師匠様の技、全て盗んで見せます」

 

 真剣な眼差しに止めることは出来なかった、だから俺に出来たのは師としての責務を果たすことのみ。

 

「……お師匠様」

 

 宿の一室、一糸纏わぬ二人のシャルロットは見つめ合う。そのうちの片方は俺で。

 

「いくぞ、シャルロット?」

 

「はい」

 

 ただ無心、弟子の声に応じ俺の腕が二度存在しない刃で存在しない魔物を斬り裂いた。

 




闇谷は「き が ついたら、ふたり とも はだか だった、いみ わかんない」と謎の供述をしており、○○は余罪があると見て詳しく追求して行く方針です。

次回、第百八十五話「そして夜は明けて」

二人は――。

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