強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百七十三話「なんか変わってた」

「……マイ・ロード?」

 

 脇にいた遊び人のトロワに声をかけられなければ、呆然と俺はその場に立ちつくし続けていた事だろう。

 

「すまん。……しかし、どういう事だ?」

 

 ルーラでイシスに戻ってきた俺は、転職したお姉さん達を修行中のグループに組み込むべく格闘場にやってきたのだが、修行用の部屋に入るなり目に飛び込んできたのは、真剣な表情で発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)に挑みかかるもう一人の俺の姿だった。

 

「どりゃーっ!」

 

「ぴぎいいっ」

 

 気迫のこもった踏み込みから繰り出される棍棒の一撃に当たり所が悪かったのか、悲鳴をあげて吹っ飛ばされた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は気を失ったのか、起きあがるそぶりすら見せない。

 

(なに、これ)

 

 おれ の しってる あそびにん じゃない。

 

「あー、スー様。戻ってらしたんですね。それが、あたしにもさっぱりで、今朝辺りから急にやる気になって、そこからずっとあんな調子なんですよ」

 

「そうか。まぁ、真剣に取り組むようになったと言うのは、悪いことではないしな」

 

 下手に問いただして水を差すのも悪い。

 

(何か心境の変化でもあったってことだろうなぁ)

 

 あの分なら、今日中に転職可能なレベルには至れると思う。

 

「気になることがあるとしたら、新しくここへ来たもう一人の遊び人だが……」

 

 ルシアさんともう一人の俺は修行を同じタイミングで始めた。だから転職のタイミングは些少の誤差はあってもダーマへ向かう日がずれ込む様なことはないと思っていた。

 

(けど、この調子だともう一人の俺だけ先に賢者になれる段階に辿り着く可能性があるんだよなぁ)

 

 神竜に挑むメンバーという訳ではないアリアハンから連れてきた二人の遊び人は、些少育成に時間がかかっても問題ない二人ではあるが、原作で育成したキャラのことを考えると、片方だけ賢者にはどうもし辛く。

 

「ひょっとして転職のタイミングがずれるって事ですか? でしたら、心配有りませんよ、スー様」

 

「それはどういう事だ?」

 

「あの人の模擬戦に撃ち込む様に感化されたようで、もう一方――ルシアさんの方も真剣に修行に取り組まれているようですから、おそらく誤差の範囲に収まるかと」

 

 訝しんだ俺の心配は答えてくれたクシナタ隊のお姉さんによってただの杞憂に変わった。

 

「その辺ひっくるめて、きっかけはあいつなんだよな。まったく、何がどうして……昨日までのあいつとはまるで別人みてぇだし、あの真剣な顔……」

 

 どことなく俺と似ていると漏らした僧侶のお姉さんの呟きは敢えて聞かなかったことにし。

 

(似てるも何も、平行世界の同一人物みたいなモノだし、ひょっとしたらこの身体の持ち主も……いや、本一冊で性格なんて簡単に変わっ……あ)

 

 自身の推測を打ち消そうとした考えに、俺は固まった。

 

(そうだった、この世界、簡単に性格変わるんだった!)

 

 こう、何か裏に感動的な話でもあるんじゃないかと想像したりしたが、暇つぶしに拾った本を読もうとしたら性格が変わってしまってああなったと言うオチだって充分あり得る。

 

(期待は止めよう、裏切られる)

 

 いつどこに世界の悪意の卑劣な罠が隠されているのか、わからないのだから。

 

(それより、現実的に考えなきゃ。とりあえず、ルシアさんともう一人の俺は真剣に修行に取り組んでくれるようだから、それはそれで良しとして……)

 

 俺が考えるべきは、そもそもしようとしていたこと。

 

「まぁ、いい。なら、あの二人もクシナタ隊と同じ扱いで良いとして、俺と共にダーマへ赴き、転職してきた面々をどう配置するか、だな。トロワはこの班で、良いとして……」

 

 元々、俺の側に居たいトロワを置くならこの、もう一人の俺が所属する班のつもりだった。これは、トロワの側にいるという名目でもう一人の俺の様子を確認するためだったが、今の真剣な様子を見る限り監視の必要はない。

 

(とは言え、この班じゃ駄目って理由もないもんな)

 

 なら、下手に予定変更するよりも当初の予定を通すべきだろう。

 

「残りのメンバーは職業や実力と相談だな。そして各班に分散させる」

 

「そうですね。あたしもそれで良いと思います。この班の治療だったら、このあたしに任せて下さい。スー様のお手は煩わせません」

 

「そうか、頼りにさせて貰う。では、俺はそろそろ失礼しようか。他の部屋の班とも話をしないといけないしな、トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「部屋を移動するぞ。ではな」

 

 トロワを呼び寄せると、確かアザミとかそんな名前だった僧侶のお姉さんに別れを告げて部屋を後にし、有言実行。

 

「邪魔するぞ。ダーマから戻ってきた。今、転職してきた隊員の配置について決めて回ってるのだが――」

 

 最寄りの修行班が居る部屋へと移動し、足を運んだ理由を告げる。これを繰り返すこと、数回。

 

「次が、最後か……しかし」

 

 よりによってこいつを何故残してしまったのかと心の中で頭を抱えつつ、俺は最後の班の所へ向かっていた。

 

「やー、わざわざ悪いっすね、スー様。エスコートして貰っちゃって」

 

 そう、残ったのはあのごーいんぐまいうぇーさんだった。

 




石橋を叩いて渡った主人公は真相から遠ざかったのでした。

次回、第百七十四話「残り物には本当に福があるんだろうか?」

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