強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百六十五話「続・回収と出立」

「これは、ヘイル殿。あの男を引き取りに参られたのですね?」

 

 槍を片手にドアの脇へ立つ兵士にそうだと答える。

 

「では、暫しお待ち下さい。ヘイル殿が参られた、男を拘束せよ」

 

 俺を言葉で制しつつ部屋の中へ向けられた声に中から「はっ」と短い応答があり、部屋の中が騒がしくなり始める。

 

「成る程、引き取りの時に逃げ出す事を想定して、か。世話をかける」

 

「いえ、今の平和はヘイル殿や勇者シャルロット様の尽力有ればと聞いております。そんなヘイル殿のお役に立てるのですから……我ら兵としての勤めはこの国と城、そして王様や姫様をお守りすることであるが故に魔王討伐にご同行させて頂くことは叶いませんでしたが、過酷な旅となったことは想像に難くありません。我らのため、世界の為にして下さったことを考えれば、お役に立てて嬉しく思っているのですよ」

 

 そして、頭を下げる俺に笑顔で兵士が応じた後のことだった。

 

「拘束終了しました」

 

「っ、ご苦労。これからヘイル殿を中へお連れする。お前達は男が抵抗せぬようそのまま抑えていろ」

 

「はっ」

 

「お待たせしました、さ、どうぞヘイル殿」

 

 中から聞こえた声に兵士が指示を出せば、中から聞こえた短い反応の後に兵士は向き直り俺を促す。

 

「ああ。行くぞ、トロワ」

 

 トロワからすればもう一人の俺との初対面となる。

 

(一応、驚くなよと事前には言っておいたけど、顔つき全く同じだからなぁ)

 

 はいと言いつつ俺に続いたトロワのリアクションが気になる中、部屋の入り口をくぐると兵士二人に両脇を固められ、ロープに縛られたもう一人の俺が視界に入った。

 

「迎えに来たぞ」

 

 どうやら手荒い扱いをされていた訳ではないようだが、あのピエロメイクは勇者のお師匠様を騙った罪人には相応しくないと言うことか、きっちり化粧を落とされており、黒かった髪も染色されていたモノだったらしく、今の俺同様の銀色へと変わっていた。

 

「っ」

 

 左斜め後ろで、トロワが息を呑んだ。

 

(まぁ、無理もないよな。遊び人の特徴全部取っ払っちゃってるんだし)

 

 出会っていた時に着ていた服は俺とあいつ自身が汚した事もあり、着替えさせて貰ったのか身につけているのはごく普通の布の服。

 

(レベルアップと言うか冒険の旅でついた筋肉とか色々な職と経験を経たことで得た雰囲気や立ち振る舞いをこの身体から引き算した答えが「こちら」って感じだし)

 

 体型の出にくい服を着ていれば、シャルロットやトロワは無理でも一度二度ちらっと会ったぐらいの人なら充分騙せると思う。

 

(アニメとかでたまにある「なにがどうしてこいつとこいつを間違えたんだ」ってあからさま過ぎる差異のある偽物とかそっくりさんとは一線を画すレベルだし)

 

 平行世界のこの身体の持ち主なのだから、クローンみたいなモノなのだ。

 

(そう言う意味では兵士の皆さんに感謝だな。俺だったら、ここまでそっくりな相手を前に好奇心を自制出来たかどうか)

 

 似ている相手は、世界を救った勇者一行の一人、しかも勇者のお師匠様という有名人なのだ。まぁ、俺のことだけど。

 

(って、いけないいけない。ここで下手にまごつくのは良くないな)

 

 何かありますと自分から言っているようなものだ。

 

「この顔をさらしたまま連れて行くのは面倒なことになりそうだな」

 

 今までそのことを考えていましたと言わんがばかりの独り言を漏らすと、鞄を開け、中から一枚の麻袋を取り出す。

 

「トロワ、空気穴あけを頼めるか?」

 

「えっ、あ、はい」

 

 自分で全てやらずに声をかけたのは、叫びこそしなかったもののやはり驚いた従者を我に返らせるためであり。

 

「お、おわりました、マイ・ロード」

 

「ご苦労」

 

「な、ちょ」

 

 麻袋を受け取った俺はようやく自分が何をされるか気づいたらしい、もう一人の俺へ近寄ると、頭から袋を被せ、そのまま肩へ担ぎ上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ出し」

 

「世話になったな」

 

 猿ぐつわを忘れたので空気穴から抗議らしきものが漏れているが、俺は一切スルーで兵士の皆さんに例を言うと、踵を返した。

 

(さてと、とりあえずこれで後はルシアさんと合流するだけかな。肩の荷物はこのまま五月蠅い様なら呪文で眠らせても良いし)

 

 袋の上から口が何処に有るか見当を付けてロープを巻き、麻袋を噛ませ猿ぐつわにするって方法もある。

 

「もちろんこれ以上騒ぐようなら、袋の上から静かになるまで針を順番に刺して行くという愉快な遊びもあるが」

 

 そんな冗談を口にしてみると、袋の中からの声はばったり途切れたので、俺は前案二つを引っ込め、もう一人の俺を肩に担いだまま歩き。

 

「来ている、な」

 

 門兵以外の気配を城の入り口に感じて足を速めれば、入り口に達したところで風呂敷包みみたいなモノを背負ったままこちらを見ているルシアさんと目が合った。

 

「……待たせたか?」

 

「ううん、今来たばかりにゃ!」

 

 こちらの問いかけに良くあるデートの待ち合わせ的な台詞で返してくるとは、流石遊び人と言ったところか。

 

(しかも、こっちの担いでる荷物にはノータッチとか)

 

 成り行きで神竜の事とか明かしてしまったから、この男なら何でも有りとか思われてるのかも知れない。

 

(まぁ、それはそれとして……あの大荷物からすると準備も終わってるみたいだし、後はイシスに飛べばいいかな?)

 

 ここでやることは全てやった。トロワが素材を補充する時、ついでにキメラの翼も買っておいた。盗賊の手先の器用さを利用し、この翼を使うと見せかけで呪文で飛ぶ。今更他職の呪文が使えることを隠しておく意味があるのかとツッコまれそうな気もするが、このことはまだシャルロット達には話していないのだ。

 

(なのに、話す前に周囲にバレるのはなぁ)

 

 そもそもせっかくキメラの翼を買ったのだ、使わなくては出費した意味がない。

 

「ならば、行くぞ!」

 

 いかにもキメラの翼を使いましたと言うモーションで誰にも聞き取れない程小さくルーラの呪文を唱えれば、俺達の身体は空高く舞い上がる。向かう先はイシス、新たな同行者二名にとっての修行の地だった。

 

 

 

 




次回、番外編5「ぢごくのなかに(???視点)」

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