強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百五十九話「けじめ」

「ふむ、いきなりイオナズンは……拙いか」

 

 辿り着くなり、井戸を見つめて呟いてみる。この井戸の下には比喩表現ではなく家が一軒ある。つまり結構大きな空間が存在する訳で、呪文による爆破なんてした日には崩落でご近所を巻き込みかねない。

 

(そもそも周辺地形が呪文の影響を受けるかどうかがわからないからなぁ……)

 

 短絡的に憂さ晴らしして終了というのも駄目だろう。

 

(メダル集めてるオッサンは褒美に渡すアイテムもため込んでる訳だし)

 

 中には性格改変アクセサリーもあった気がする。シャルロット達の異変はトロワに頼ろうと考えていたが、迷惑料として性格改変アクセサリーを要求するのもいいかもしれない。

 

「もちろん、アレは無しでだが」

 

 と言うか、性格改変アイテムをくれと言われてがーたーべるとを出してきたら、温厚な俺でも流石にキレると思うのだ。確かに性格を変えるアイテム、変えるアイテムではあるけれども。

 

「……と、ここでああだこうだ言ったところで意味もない、か」

 

 時間も無限にある訳じゃないし、人が通りかかる事も考えられる。背中に縛った男を一人担いだままと言う自分の格好も人に見られるのは宜しくない。

 

「ロープが長めで助かったな」

 

「ん゛ーっ、ん゛んーっ!」

 

 意識を取り戻したらしい遊び人のヘイルが猿ぐつわをされたまま何か言おうとしているようだが、気にしない。ヘイルを支えたロープを持ったまま、その身体を井戸の上に持ってくると掴んでいたロープを送り出す。

 

「ん゛んんんーっ!」

 

 クネクネと身を捩る縛られた男遊び人は当然井戸の中へと降りて行き。

 

「ほう、まぁ家一軒分と考えればこんなものか」

 

 引っ張ってもすぐに手応えが来なくなったことで荷物が井戸の底に着いたと見た俺は、登坂用にかけられていたと見られるロープを掴むと、下へ通り始めた。

 

「カビ臭いかと思ったが、それ程でもない、な」

 

 降りてきた井戸の他にも空気孔があるのかも知れない。

 

「しかし、井戸の中に家一軒とは……」

 

 材料は井戸の穴から運び込んで下で組み立てたのだろうが、何故こんな場所に家を建てたのか、雨の日には水没しないのかなどツッコミどころだらけだ。

 

「生活するとなれば生活排水は発生するはず、まさか……」

 

 上から差し込む光にキラリと光った水面を横目で見た俺はすぐに視線を逸らした。

 

「聞くことが増えたようだな」

 

 垂れ流しの上、知らずに近所の皆さんがここから生活用水をとってるなんて事は考えたくないが、ひょっとしたらいきなりイオナズンでも良かったのだろうか。

 

「さて」

 

「ん゛ーっ」

 

 井戸の底に降り立つと、相変わらずもう一人の俺は身を捩っていたが、少々悲惨な有様だった。一応井戸の底ではあるのだ、地面が湿っていたらしく濡れた土と泥が遊び人用の布の服に付着し、あちこちが汚れている。

 

「……まぁ、戻ったら洗濯は必須だな」

 

 これを担ぐとなると俺のマントも汚れそうだが、そこはこの男を布でくるんでから担ぐなどすればいい。

 

「とりあえず、お前はここに置いて行く。俺を語って色々やってくれた事についての話は、そこの家に住む罪人と話を付けてからだ。悪いが、あちらの方が先約の上、遙かに悪質なのでな。しかし、こんな人目につかない場所で助かった……ここなら悲鳴が上がろうが、誰かに聞かれることもあるまい。お前を除いて、な」

 

 良からぬ気を起こさぬよう釘を刺すという意味でもそう嘯いてから、俺は歩き出した。

 

「……ここ、か。いや、『ここか』も何もないな。他に建造物もないことだし」

 

 やがて辿り着いたドアの前、愚にもつかないことを言いつつ心の中で呪文を唱え。

 

「バイキルト」

 

 握り拳の強化は終了した。

 

「ふっ、ドアを蹴破って突っ込むのも良いが……」

 

 先客が居て巻き込まれでもしたら目も当てられない。

 

「邪魔するぞ!」

 

 猛る気持ちを抑え、一言断ってからごく普通にドアノブへ手をかけ、捻って中に入る。

 

「ほほう、来客か。良く来た、わしは世界に散らばる小さなメダ――」

 

 メダルを持ってやって来た訪問者とでも思ったのか、笑みを浮かべつつも一応説明を始めようとしたそのオッサンに叫びつつ床を蹴った。

 

「そんなことは知っているっ!」

 

「な」

 

 驚き立ちつくす諸悪の根源はほぼ隙だらけ。側に護衛か、武装した男が居るものの、俺の本気に対応出来る筈もない。こちらへ反応しようとする前に俺はオッサンへ肉迫すると、奥義を放った。

 

「戦脱衣・未完成っ!」

 

「ぬわーっ!」

 

 攻撃を加える部分を除いた劣化バージョンで。本気で一撃を加えて殺してしまうのはまだ拙い。

 

「でやああっ!」

 

「ぶっ」

 

 そして、衣服を剥ぎとり、誰も得しない下着姿を晒したオッサン目掛け手に残っていた服を丸めて叩き付けた。

 

「き、貴様っ!」

 

 この段階で、ようやく武装した男の方がこちらへ武器を向けるが、遅すぎる。

 

「今のはただの挨拶だ。俺の弟子にがーたーべるととか言うろくでもないモノを押しつけたあげく、くだらないことを吹き込んだのはお前だな? 年頃の若い娘に言い寄り、卑猥なモノを付けるようそそのかすとは言語道断っ! この俺が直々に裁いてくれよう……」

 

 いかにも怒っていますといったポーズで罪状を読み上げ、下着のオッサンを視線で刺し。

 

「が、その前に……この性犯罪者を庇うというならまずお前から相手をしてやるが?」

 

 横にスライドさせた視線を武装した男に向ける。

 

「俺の目的はただ一つ、ケジメを付けて貰いに来た。それだけだ……どうする?」

 

 オッサンに殉じて襲いかかってくることも考慮し、身構えたまま俺は問うた。

 

 

 




なぜだろう、しゅじんこう が わるものっぽい。

次回、第百六十話「清算」

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