「あっ」
そして着地に備え身構えようとした瞬間のこと。
「忘れてた」
一言で言うなら、まさにそれだ。アリアハンの入り口で鉢合わせした時のために準備をしておこうとか以前考えていたというのに、シャルロットの説得内容とか感傷とかでイシスを飛び立つ際、変装とかそう言った下準備をすることがすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。
(うあああっ、俺の馬鹿ぁぁぁぁっ!)
高度はどんどん下がり、身体は城下町の入り口に立つシャルロットへどんどん近づいて行く。小細工するような時間はない。そして、説得するなら、逃げる訳にもいかない。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう)
失敗に気付き余裕の吹き飛んだ俺がパニックに陥いろうとも降下は止まらない。
「っと」
着地の際、バランスを崩しかけたのは盗賊にあるまじき失態。
「おし……お師匠、さま?」
だが、聞こえてきた微かにかすれた声はカンスト盗賊であることを踏まえれば些細と放り投げるには大きすぎる問題すら俺の意識から消し飛ばし。
「お師匠様ぁっ」
言葉を探す暇もない、衝撃を感じた時には既にシャルロットは俺に抱きついていた、ビキニ姿で。
「しゃ、シャルロッ」
思わず何故ビキニという感想が喉まで出かかった。
(あ、これって……そう言うことか)
だが、すぐに自己解決に至った。シャルロットの付けているビキニはあの元バニーさんのおじさまが作った高性能防具、防御力だけなら男性勇者の原作最高装備であるひかりのよろいすら凌ぐのだ。
(問題があるとすれば故郷を割と際どい下着と良い勝負な面積の水着だけ付けて歩くのは問題なんじゃってことぐらいだけど――)
上からマントを羽織り前を閉じることでシャルロットはこの問題を解決していたのだと思う。実際、俺が
(まぁ、マントの前閉じたままじゃ、抱きつきづらかったんだろうなぁ……って、そうじゃなくて!)
どうして、こう なった。
「本物、ほんもののお師匠様だ、ふふふ……」
「ん?」
嬉しそうに笑いながら俺の胸に顔を擦りつけるシャルロットの言を聞いて、勇者一行の誰かに化ける魔物でも居たっけと首を傾げたが、思い出せず。
(ボストロールは違うよなぁ? 変化の杖でやろうと思えば変身出来るかも知れないけど、あれ、何に変身するかランダムだったような……いや、ボストロールはずっと偽国王だったし、ひょっとして変身相手を固定するギミックとかも内蔵されてたとか? 勇者一行が真の使い方を知らないだけで……)
トロワなら実物を見ればその辺りも見抜くだろうか、だが。
(っと、いけないいけない)
思考を脱線させ現実逃避していたことに気づいた俺は胸中で頭を振る。
(そもそも、このまま抱きつかれてる訳にもいかないしなぁ)
幸いにもギャラリーというか目撃者は、俺の後方に立つクシナタ隊のお姉さん達とトロワぐらいだが、シャルロットは有名人。こんな光景が目撃されればめんどくさいことになるのは目に見えている。
「場所を変えるぞ?」
「え?」
絞り出した声にシャルロットが顔を上げるが、ここで立ち話という訳にもいくまいと俺は続け。
「トロワ、行くぞ」
一度だけ後方を振り返る。スミレさん達への指示は無しだ。鉢合わせしない工夫は忘れていたが、鉢合わせした場合についてはちゃんと言い含めてある。こちらが何も言わなければ予めの指示通りに動いてくれるだろう。
(だから、ここからはシャルロットとトロワだけでいい)
他に言葉を交わすべき人は、これから会いに行く。
「シャルロット、後の三人とアンはお前の家か、それとも……」
「えっ、あ」
一瞬どうしてといった顔をしたが、ちらりと俺がトロワへ目をやれば少なくともおばちゃんに言及した理由は察したらしい。
「みんなは宿屋に……います」
「そうか。まぁ、そうだな」
原作でもバラモスを倒した後自宅に泊まる事は出来なかった。表向きゾーマのことは口外してはいけないことになっていたし、そうなってくるとパーティーメンバーでつるんで行動し同じ場所に泊まる理由が説明出来ないのだ。
(もっとも、ゾーマやシャルロットの親父さんの事を話してお袋さんや爺さんに聞かれたら拙いからってのも理由だろうけどさ)
ともあれ、それなら俺は宿屋に向かえばいい。
「良かったな、トロワ。母親に会えるぞ」
「はいっ」
声を投げれば戻ってきたのは嬉しさを隠しきれない返事。
(きれいになったトロワにおばちゃんが驚かないと良いけど……って人のこと心配している余裕なんてない、か)
この足で向かった宿屋で元バニーさん達と会い、その後話をするためにと理由付けしてルイーダさんの酒場にシャルロットと元バニーさんを連れて行く。そして、説得だ。
(アクシデントは有ったけど、軌道修正は出来た。だったら、予定通り説得して別れるだけだ)
よりよい未来を勝ち取るために。シャルロットから寄りかかられたような姿勢のまま、密かに拳を握った俺は一枚の看板へ目をやった。それは、いつぞや納屋に泊めて貰ったあの宿屋の看板で。
「ご主人、さま?」
宿の入口に立ちつくしていたのは、紛れもなく元バニーさんだった。
最終回、そろそろ見えてくるかな。
次回、第百五十二話「俺は」