「お師匠様ぁぁ」
遠くから声がした。それは、聞き覚えのある声であり。
「シャルロット……」
振り返ってみれば、果たしてツンツン頭の女勇者が駆け寄ってくるところだった。
「……すま」
「お師匠様ぁっ」
なんと声をかけたものか、言葉を探して迷った俺の口から漏れたのは謝罪の言葉だったが感じた衝撃が言葉を中断させる。そう、シャルロットがぶつかってきたのだ。もちろん、その程度でバランスを崩して倒れ込む程この身体はやわではない。
「……何故だ?」
だと言うのに背中へ冷たく硬く平べったい感触を感じるのは。
「やっぱりお師匠様だった……ボク、ボクっ」
「おかしい」
一方で、のしかかるシャルロットの重みはやけに軽い。
「もう、置いていかないで下さい! ボク、なんでもしますから……その」
「そう、か……」
俺に乗ったままのシャルロットの訴えは続いていたが、話の展開で確信した。これは、夢だと。置いていったのは、逃げたのは俺だというのにシャルロット側から譲歩するなど、普通に考えればおかしい。
「しかも『なんでもする』と来た」
あまりに分かり易すぎる夢オチだ。しかもご丁寧に俺自身の汚い部分を浮き彫りにしたかのような。
「父親代わり、そして身体は借り物で責任もとれないというのに……」
この夢はシャルロットに何をやらせるつもりだったのか。自分の夢だとわかってもイライラする。いや、自分の夢だからこそ腹立たしい。
「ザメハ」
そして、俺は呪文を唱え。
「スー様、大丈夫?」
目を開けば、ぼやける視界の中に知覚した人影が尋ねてくるところだった。
「あ、ああ。どうやら夢を見ていたらしい。ところでトロワは?」
「まだお風呂よ」
「そうか。だとするとそれ程時間は経っていない訳だな……」
にも関わらずあんな夢を見るとは、自分では気づかないレベルでもシャルロットのことが気になってると言うことか。
「重症、だな。ところでムールの姿もないようだが」
「そっちはトイレ、ね。戻ってきたら」
「代わりに風呂へ行くつもりだったと、成る程な」
なら、カナメさんにはこのまま、ムール君が汗を流し戻ってくるまでここにいて貰えば、俺へのあらぬ誤解は全て解けるだろう。
「世話をかけるが……」
「礼なら不要よ。珍しくベッドから落ちる程疲れてるみたいだし、その原因の欠片でも取り除けるなら、ね」
「不要と言われても、な。俺としては頭を下げざるをえん」
いつものカナメさんだからこそ。むろん、他のクシナタ隊のお姉さんも俺を支えてくれるが、カナメさんに助けられ、支えられた数は特に多い気がする。
(最近だと、トロワにも……だよな)
ただし、トロワには既に感謝の気持ちのプレゼントを一緒に買いに行っている。
(カナメさんにも何か用意すべきかもなぁ)
時間が時間なだけに今すぐは無理だが。
「スー様、そう言うところで妙に律儀なんだから……」
「ふ、あれだけ世話になっていれば当然だろう」
結局ところ、俺は様々な人に支えられてここにいる。肉体はチートじみてるが、この借り物の身体だけではここまでこられなかった。そして、この先に、望む未来へ進むことも俺一人では不可能だろう。
「その上で、これからも世話をかけると思うと当然な顔で感謝の言葉の一つも口にしないというのは無理がある。神竜はゾーマより強い。パーティを組んで挑まねば勝利は難しい」
当然、今イシスで修行しているメンバー、ダーマへ転職に行ったメンバーから仲間を選ぶことになる訳であり。
「当然仲間には高い実力が求められる訳だが、この仲間が僧侶と魔法使い双方の呪文を会得していれば、勝率は増す。つまり、最有力候補はカナメ、お前とスミレの二人と言うことになる」
一方は性格面でかなりの問題があるものの、二種類の職の呪文を使いこなせる賢者の万能さと強さは、元賢者の肉体を間借りしてやはり二職の呪文が使える俺もよく知っている。
「むろん、
時間に猶予があるなら、いい。だが、シャルロット達のアレフガルド攻略が何処まで進んでいるか次第では、後日の説得次第では他のクシナタ隊のお姉さん達が賢者になり、神竜と戦いで戦力になるレベルまで強くなるのを待っている余裕など無いかも知れない。
「大魔王ゾーマ討伐へどれだけ近づけているのかも一応シャルロットとの説得の時に聞き出すつもりでいる」
クシナタ隊の連絡要員からも情報は仕入れるつもりだが、情報源が一箇所では偏りが生じる。
「結果次第で、方針が変わるやもな。それでも――」
神竜への挑戦はやり遂げ、願いを叶えて貰わねばならない。
「我が儘とエゴでやりたい放題させて貰った。そのけっか、ツケもたまっているが、何より……」
俺はシャルロットを救えていない。このままでは再会した父親と死に別れ、二度と母と祖父が居る故郷へ帰ることも叶わなくなってしまうのだ。
(元バニーさんや魔法使いのお姉さん達カップル、それに場合によってはクシナタさんを含むクシナタ隊のお姉さん達も何人かアレフガルドで一生を終えることに……)
納得出来るはずがなかった。だから俺は覚悟を決めていた。数日後の説得がシャルロット達とかわす最後の言葉になったとしても、良いと。
ギャグ無しのシリアスってけっこうきついかも。
次回、第百五十話「再会はさよならの序曲」
うん、サブタイからして嫌な予感しかしない。