「あ、スー様おはようございます」
その日も、少女達は格闘場を目指した。と言うか、なんというか。この城下町に滞在してるクシナタ隊のお姉さん達の目的は殆どが格闘場で
(分かってた、分かってた筈なんだ……だけどね)
朝早くから精が出るねと、お姉さん達を褒めるべきか、気づけば俺の周囲には殆どをクシナタ隊のお姉さんが構成する女性の輪が誕生していた。
(うわぁい、目立つなぁ)
刺さる視線に申し訳なさを感じるのは、はめた指輪の為か。俺もモてない人間だ。女の子に囲まれた男へ突き刺さるような視線を放つオッサンとか同世代男子の心境は胸が痛くなる程理解している。わかる、気持ちは分かるがだからこそ、女の子達と俺はただのパーティーメンバーなんだよと説明しても意味がないこと、理解されてもなんの救いにもならないことまでが分かってしまう。
(っ、他人の心の痛みが分かることがこんなに辛いことだなんて――)
はくあいリング恐るべし、そしてやさしいひととはかくも辛いものであるのか。
(まぁ、性別に関係なくムラムラしちゃうような効果じゃないし、良しとすべきなんだろうな)
そも、トロワが俺のために苦労して作ってくれた品なのだ。
「スー様、どうかなさいました、そんなに厳しいお顔をして?」
「いや、なんでもない」
かけられた声に応じつつも、ポーカーフェイスが崩れていたかと密かにはっとさせられ、俺は慌てて、表情筋に指示を出す。いけない、俺を信じてついてきた女の子達へ不安を抱かせるようじゃ駄目だ。もっとどっしり構えていないと。
(そして、ここでファイティングポーズをとってツッコミを入れられる……ギャグマンガとかとかならだいたいそんなところだろうな)
もちろん、こんな所で一人ボケをかましたって現実逃避になるだけ、それに。
「時間を無駄には出来んな」
出来れば早足で格闘場へ向かいたい。だが、朝の弱いお姉さんもいるかも知れないのに、勝手に歩みを早めても良いものか。
(流石にそれもなぁ。だいたい、早歩きするとしても所要時間的には大差ないだろうし)
こっちの都合だけでせかすぐらいなら、いっそのことお姉さん達を背負うと言う手も。
(無いな、下手したらセクハラだよ)
命に関わる緊急時ならともかく、たかだか数分時間を節約するためだけにやる事じゃない、そもそも。
(そんなことを考えてる内に着く程度の距離だもんなぁ)
いつしか辿り着いていた入り口の前で、俺は内心嘆息する。考えるより行動した方が早い良い見本とでも言うべきか。
「トロワ、側を離れる許可を出す。他の者と一緒に着替えてこい。俺は直接トレーニングルームの方へ向かう」
ひょっとしたら既に誰か来ている可能性もある。
「では、マイ・ロード。行って参ります」
「スー様、また後で」
「ああ」
お姉さん達と別れ、挨拶ぐらいはしておくべきだろうと本日最も長く滞在するであろう部屋へ歩き出せば。
「ここか」
さして時間もかからず、辿り着いたのは廊下に面した一室。
「さて」
まずはノックを試すが、応答はなく。
「……失礼す」
「そうだ、そうだよ! もっと強くっ、あ、あっ、あ」
ドアノブを回し漏れ出てきた声に、俺は固まる。居ないと思った部屋からもの凄く聞き覚えのある声がしてきたのだ、とうぜん の はんのう だと おれ は おもいたい、まして。
「くっ、いいね、いいじゃないのさっ、次はもっと強――」
何かトゲトゲの服を着た元女戦士が仰向けに寝ころんで
「なんだ、これ……」
一足早く訪れたそこはビキニのお姉さんが豊かな何かを揺らし戦う楽園でもなければ、ハードなトレーニングの待つぢごくでもない。ただの変態ルームだったのです。
(ええと、
トゲトゲの服は明らかに風呂で使われる方のものだろうし、挑発してぶつかってこさせてるのは、服の棘による言わば反射ダメージでのKOを狙ったものだとは思う。思うのだが。
(これって、あの変態風呂のハードさを下げただけのものだよね?)
こんな光景に対面させて、俺に何をしろというのか。
(止めろ、とか? いや、確かにあんな変態行為に付き合わされる
元女戦士は、うん。出来ることなら助けたいが、まずどこから助ければいいのか。
(って、呆けてる場合じゃない。この後トロワ達も来るんだ。とにかく、何とかしないと)
変態行為をドア開けて覗いてるような光景とか見られたら、せっかくトロワが指輪を作ってくれたのに、俺が終了してしまう。そんなことは、させられなかった。
「おい」
空気が凍る事さえ覚悟して、俺は声を発すと、変態部屋へと突入するのだった。
まぁ、待ってるのはだいたいこんなオチ。
次回、第百三十六話「急げ、間に合わなくなっても知らんぞーっ!」