強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百三十二話「気づけば朝はやって来る」

「……おのれ」

 

 思わず呪詛が漏れかけたのは、イメージシャルロットとの対話が割とさんざんな結果だったからだろう。せくしーぎゃるはまだ予想の範疇、ヤンデレシャルロットに、大魔王シャルロット、しまいには赤ん坊を抱いたシャルロットまで出てくるというまさに自分の頭の中身を疑いたくなるような状況まで経験し、気が付けば朝である。

 

「マイ・ロードぉ……大丈夫です。あと、これ……だけ」

 

 何だかんだで疲れたのか、トロワは作業していた格好のままベッドに突っ伏し、寝言を漏らしており。

 

「ヘイルさん、オイラ……タキシードとウェディングドレスの……どっちを着れんんぅあ」

 

 ムール君はムール君でこっちもまだ夢の中らしい。って言うか、俺に聞くなよ、そんなこと。

 

「ムールの相手、か。誰なんだろうな」

 

 ハーフエルフの上両方ついてるとなると、色々な意味で大変だろうが。

 

「ぶっちゃけ、今の俺は人の色恋をどうこう出来るような余裕なんて皆無だしな」

 

 色恋どころか、再会する弟子達の説得についてさえ考えはまだ纏まっていない。

 

「あの紙切れの影響さえ抜けてくれれば、ムールへの奥義伝授はすぐにでも始められるというのに」

 

 ままならない物だと思う、反面。

 

「と言うか、何故ムールがここにいる?」

 

 脳内シャルロットへの説得に気をとられていたからだろうか、違和感に気づくのはかなり遅れた。とりあえず、同じベッドでないという一点だけ前回よりはマシだけれど。

 

「気休めになっているかと言われると、な」

 

 むろん、先方が急に目覚めた場合即アウトの一緒に寝てる状況よりは格段に良いことは疑いようがない事実ではある。ただ、それ以前に何故こっちの部屋に来たとツッコミたくなってしまうのもまた事実なのだ。

 

「それよりトロワの作業の方は――」

 

 何処まで進んだのだろうか。少なくとも、完成しました試して下さいと肩を叩かれた覚えはないが、トロワはお休み中。俺のために疲れてるところを起こすのは忍びなく、また、勝手に件の品に触れてしまうのも憚られ、トロワが起きるのを待つ以外に知りたい情報を知る術は俺にはない。

 

「……となると、今の内にトイレでも行っておくべきか」

 

 外に出ようとした時、トロワが起きていれば、ついて来ようとするだろう。そこでトイレに行くからついてくる必要はないと言えば良いだけのことかも知れないが、今ならその一手間さえ必要ない。

 

「さて、と」

 

 今日の予定も帰ってきてからとほぼ変わらない。部屋に籠もってシャルロットの説得方法を考えつつトロワの作るアイテムの完成を待つだけなのだから、そう言う意味でもトイレは行ける内に行っておくべきだ。部屋の鍵を手にすると、そのままドアに向かい、外に出てから施錠する。

 

「後は」

 

 トイレに向かうだけだ。場合によってはあちらで誰かと遭遇するかも知れないが、誰かが居るなら気配で先客が察知する前に人の存在に俺が気づく。

 

「ん? 誰か居るな」

 

 そう、今まさに察したように。

 

(朝からせくしーぎゃる全開の元女戦士とかだったら、即透明化呪文(レムオル)、もしくは撤退だな)

 

 せっぱ詰まってる訳じゃない、心労を重ねるぐらいなら、後回しにするぐらいいっこうに構わず。

 

「とにかく、誰かか……は?」

 

 気配の正体を確かめようとした俺は、全力で見覚えのあるツンツン頭を視界へ微かに捉えて、固まった。

 

「しゃる……ろっと?」

 

 まさかとは思う、思うが、あんなツンツンした黒髪の持ち主を俺は他に知らない。

 

「ど、どういう事だ?」

 

 俺の脳内イメージは具現化される程強化されていたとでも言うのか。

 

(と、とにかく……確かめてみないと)

 

 本物のシャルロットなら盗賊の俺程気配には敏感でないはず。

 

「レムオル」

 

 念のため、透明化呪文で姿を消した上、気配と足音を殺し、忍び歩きで歩み寄る。一歩、また一歩。

 

(呪文の効果時間もある、のんびりとは出来ないけど……近くに、物影は?)

 

 首を巡らせ隠れる場所を探すも、丁度良さそうな物影などそうそう都合良く転がっては居らず。

 

(呪文効果が切れる前に一度出来るだけ接近して確認してから離脱するしかな)

 

 離脱するしかないかな、と思ったところで、それは起きた。

 

「あ」

 

 かすれた声を漏らし、推定シャルロットだった者は髪型と、顔を変えた。いや、正確には元に戻ったと言うべきか。

 

「んー、変身呪文(モシャス)の効果時間ってこれぐらいなんだ」

 

 ぼそりと呟いた黒髪の女賢者は、俺がスミレさんと呼ぶその人であり。

 

(つーか、おまえ が しょうたい か)

 

 ひょっとして、ここで気づかなかったら後々モシャスしたスミレさんに騙されるような事件が発生したんだろうか。

 

「それに、人形と記憶だけだと変身も不完全な気がする。あたしちゃん、要反省」

 

 何処に反省してるんだとか、もっとまともな方面に努力しろってツッコむのは駄目なんでしょうかね、うん。

 

「……疲れた」

 

 その後、スミレさんをやり過ごし、トイレで用を足したが、もの凄く付かれるトイレになったのは、言うまでもない。

 




成る程、勇者一行人形にそんな活用法が!

と、間違った方向に努力するクシナタ隊の賢者スミレ。

彼女がそのスペックを真っ当なことに使う日は本当に来るのか?

次回、第百三十三話「産声は」


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