強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百二十七話「レッツ・ショッピング」

「……長かった。本当に長かったぜ」

 

 あれからどれだけ経っただろうか。髪の色と長さを変えて店から出てきた二人組の背中を見つめて、俺は呟く。

 

「さて、わかっちゃあ居ると思うが、覆面を被った俺がカツラを売ってる店に行くってなぁおかしいし、変装の完了してる俺と未完成なお前が一緒にいるのを見られるのも好ましくない。つーわけで、カツラを買って戻ってくるまでは俺の側を離れても構わねぇ、俺が許可する」

 

 一応透明化呪文(レムオル)を使ってついて行くという選択肢もあるが、買い物が呪文一回の効果内で終わるかって問題もある。

 

「マイ・ロード……」

 

「あー、それと、戻ってきたら変装をとるまではその『マイ・ロード』ってのもなしで頼むぜ? 声を変えてる訳でもねぇし、感づかれる要素は減らさねぇとな」

 

「あ……わかり、ました」

 

「すまねぇな」

 

 強制させるってのに良い気分はしないものの、トロワの俺の呼び方は少々個性的すぎた。

 

「代わりと言っちゃなんだが、このあらくれ者としての俺の名前はお前が決めてくれ。実を言うと良い案が思い浮かばなくってな」

 

「まい……あなた様の名前を?」

 

「おう。幾つか既に偽名を持ってるからか、ひっくり返しても言い名前なんて出てこなくてな。たまにゃ人に付けて貰うのもいいだろうよ」

 

 よっぽど変なモノなら抗議するが、きれいなトロワならまぁ、大丈夫だろう。

 

「……そう、ですね。でしたら……ギストール、ギストールさまでいかがでしょうか?」

 

「ギストール、ねぇ」

 

 とりあえず、反芻してみるが、悪くはない。

 

「ま、つけてくれって言ったのは俺だしな。じゃ、この格好の時はその名で呼んでくれ」

 

「はい、かしこまりました、ギストールさま」

 

「うん?」

 

 何故か嬉しそうなトロワの態度が腑に落ちなかったが、良いと言った以上あれこれ言うのは野暮だ。例えば、アークマージ達にしかわからない言葉でギストールに別の意味があったとしても、一度許可したモノを取り下げるのは問題だろう。

 

(って、一部の者にだけわかる別の意味かぁ、ありそうだなぁ)

 

 ただ、他に意味があったとしても命名はきれいなトロワだ。変な意味ではないはず。

 

(昔のトロワだったらわからなかったけどな)

 

 こう、お子様にはとても聞かせられないような卑猥な意味の言葉だったとしても俺はやっぱりと思いつつアイアンクローかますだけだったと思う。

 

(まー、そう言う意味でもきれいなトロワになってくれたことはありがたいぜ)

 

 あの紙切れを見た時、昔のトロワだったら今頃社会的に終了していただろうし。

 

「お待たせしました、ま……ギストールさま」

 

「ん? お、おう」

 

 声をかけられて我に返り、俺が振り向けばそこにいたのは見知らぬ美女で。

 

(いや、見知らぬは言い過ぎだな)

 

 きっちり耳を隠した女性の顔は、カツラで前髪も長めになっているからか若干印象が違うが、よくよく見ればトロワのものだとわかる。

 

「……そんだけ変化してりゃ、あいつらも判んねぇだろう。うし、じゃ、次の店行くぞ?」

 

 次は服、か。

 

(ついでに俺自身の変装用にもなんか買っといた方が良いかもな)

 

 例えば、アリアハンへ戻る時など用に。

 

(シャルロットのことだ、入り口で待ってるパターンは充分あり得るし)

 

 着地、即再会のコンボを決められて、言葉がすんなり出てくるかどうか。

 

(変装して一端シャルロットをやり過ごし、話をする準備を終えてからなら慌てることなんてねぇだろうしなぁ)

 

 いざというときのための手段は複数、こうして余裕がある時に補充しておいた方が良いだろう。

 

「いらっしゃいませ、何をお探しで?」

 

「おう、まずコイツの服を何着かと……あとは自分で選ばせて貰うぜ。男物はあっちだな?」

 

 入った店で出迎えてくれた店員らしき男性にそう告げると、マネキンでいいのか、木で出来た胸像に着せられてた服から判断して俺は並べられていた商品の物色へ向かい。

 

「なぁ、ト――あ」

 

 自分のポカに気づいたのはこの時だった。

 

(うわっ、何が「俺の名前はお前が決めてくれ」だ。トロワをどう呼ぶかもあの時考えておくべきだったじゃねぇか)

 

 何故気づかなかったのだろう。

 

(はぁ、この店出たら相談だな。店ン中では拙い)

 

 一応試着室みたいな部屋があるならそこに連れ込んで、という方法もあるかも知れない、だが。

 

(そいつぁ、出来ねぇ。紙切れの影響が残ってるってのに狭い部屋で二人きりとか)

 

 嫌な予感しかしない。

 

「ありがとうございました。どうぞ、またのご利用を」

 

「おう、またな」

 

 結局、その店では数着の服と小物を購入し、俺達は外に出た。

 

(つーか、どうして俺は、こう……)

 

 トロワの偽名のことと服を選んで欲しいというトロワのリクエスト、考えつつ別のことをやれる程俺は器用ではなく、結果として偽名の方はとんと思いつかず。

 

「アニス……でどうだ?」

 

 そう言えばお前の偽名はまだだったな的な話をした結果、やはりというか俺に決めて欲しいと言われ、困った俺が口にしたのは、この地方で扱われてる薬草の一種の名だった。

 

「アニス……ありがとうございますギストールさま」

 

 だから、苦し紛れの偽名に顔を輝かせつつ喜ばれると罪悪感はとてつもなく。

 

「お、おう」

 

 そう返すのがやっとだった。

 

 




ぐああああっ、らう゛らう゛な(しご)デートシーンの描写がこんなに自分にダメージを……って、あれ? らう゛らう゛?

うん、トロワが分からするとラブラブだよなぁ、これって。

え、主人公の偽名の意味ですか?

そいつぁまだ秘密です。

次回、第百二十八話「付き合わされる買い物ってだいたい途中で帰りたくなる」

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