強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百二十六話「端から見るとデートにしか見えないっぽいよ?」

「おう、待たせたな」

 

 透明であったが故、俺は敢えて言葉を発して帰還を伝えた。

 

(こちらの姿が見えない以上、これはやむを得ねぇからなぁ)

 

 気配を感じ取る術のないトロワを悪戯に驚かす訳にもいかない。

 

「おかえりなさいませ、マイ・ロード。ええと……」

 

「おう。もめ事の方は通りすがりの女戦士が片付けちまったんで、出る幕は殆どなかったぜ。じゃ、手を前に出してくれっか?」

 

「はい。こう、ですか? きゃっ」

 

「レムオル」

 

 恐る恐ると言った態で差し出されたトロワの手を取ると、俺は即座に透明化呪文(レムオル)を唱え、トロワにも透明化を施した。

 

「うっし、これで見つかる恐れはねぇな。行くぞ、トロワ」

 

 そう、これからトロワにカツラを買って二人でショッピングをするのだ。

 

(予定通り、予定通りの行動だ。想定外の事態なんてなにもねぇ、何もなかった)

 

 何だか凄く気になるようで、それで居てその場に立ち止まりたくないようなシチュエーションがあったような気もするが、きっと気のせいに違いない。

 

(待たせたトロワを放っておけねぇ。それにここで引き返したら予定だって狂っちまう)

 

 俺の精神力とて無限じゃない。透明化呪文(レムオル)は心強い味方だが、消耗の割には効果時間が短く、多用するのも考え物だった。

 

(トロワがカツラをつけりゃ、呪文頼りだって終わりに出来んだ)

 

 後はトロワと買い物を済ませて、宿に帰るだけ。お礼と言う事を考慮するなら、ついでに食事をご馳走してもいいのだが、以前それで俺は一度失敗している。

 

(せいぜい、お菓子でも買って宿に戻り、部屋で食べるくらいだろうなぁ……ただ)

 

 それでも、酒精の入ったお菓子を誤って買ってしまって、部屋でトロワに襲われるオチが待っていたりしかねないと思ってしまうのは、世界の悪意に散々やらかされた俺だからか。

 

「マイ・ロード?」

 

「っ、何でもねぇ。店は、確かこの先だ。もっとも、まだ俺らは透明のまんまだからな、そこの物陰で呪文の効果切れを待つぞ?」

 

「はい」

 

「じゃ、行くか」

 

 トロワの声を聞き、俺は手を引いたまま自分が示した「そこの物陰」へ進みつつ気配を探る。

 

(とりあえず、客の気配は殆どねぇ。……好都合だな)

 

 店が開いて居るであろう時間帯を考慮し、ほぼ開店時刻に到着するよう調整して宿を出たので、不思議はない。

 

(むしろ、そんな時間帯なのになんであいつらは居たんだとかそっちの方がツッコミどころだろ)

 

 女性に絡んで元女戦士にのされ、俺に縛られた男もその点は同様に思えるが、あっちは縛る時吐息からアルコールっぽい臭いを感じた。

 

(あっちは朝が来るまで呑んで、寝床に戻るところだったとかなら説明つくからなぁ)

 

 まぁ、酒に酔っていたが女性に絡む理由になるとは思えないので、同情なんてしないが。そんなことより、カツラだ、今は。

 

「ふぅ、ここまで来れば後は呪文が解けるのを」

 

 待って、トロワを前面に立て、当人にカツラを購入して貰う。

 

「は?」

 

 筈だった、だと言うのに。

 

(何故……何故だよ)

 

 俺の知覚力は無かったことにしたかった地点(ポイント)の方から近寄ってくる二つの気配を捉えていた。

 

「どうなさいました、マイ・ロード?」

 

「……来やがった」

 

「え?」

 

 トロワの問いに短く呟く俺の口元が引きつるのを止められない。

 

「それで、あたしちゃんは。カツラでも買ってスー様を捜し、こっそり観察してみることを提案してみる」

 

「はん、覗きとは趣味が悪いねぇ。いや、あの人に覗かれるなら悪くないたぁ、思うけどね」

 

 聞こえてくる二人分の会話は出来ればスルーしたかったのに、耳は確実に拾ってしまい。

 

「そもそも、そのスー様ってあの人は盗賊だよ? 観察しようにもすぐに見つかるんじゃないのかい?」

 

「そこは大丈夫、拾えるのは気配だから、ふつうの町の人に変装して交ざってしまえば大丈夫だろうとあたしちゃんは見てる。まぁ、それでも不自然な行動をしたら悟られる可能性はなきにしもあらずだけど」

 

 この場合、俺はどこからツッコめばいいのだろう。

 

(つーか、よりによって何でこんなピンポイントな場所で鉢合わせすんだ)

 

 これもあれか、世界の悪意の仕業ですか。

 

(いやいやいや、俺、落ち着け。今聞こえたのは、幻聴で、あれはいつの間にか恋愛感情の芽生えてた二人が、お洒落してデートするために、あの店に――)

 

 流石にそれはないか。

 

(あれを見て「端から見るとデートにしか見えない」何て言われたら、相手の目と耳を疑うわな)

 

 だからだろうか、トロワも俺の衝撃の理由はしっかり悟れたようで。

 

「ま、マイ・ロード、今の声は?!」

 

「ようやくお前も気づいたか。とりあえず、出て行くのは、あれがカツラを買ったあとだな」

 

 物影にいるのも幸いだった。

 

(けど考えてみりゃ、この遭遇もラッキーだったかもな。待ってればあいつらがどんな変装するのか知ることが出来るって訳だしよ)

 

 この遭遇がなければ、変装中の今は良いとしても、後日変装したあの二人に気づかず、観察されてしまう事があったかも知れない。

 

「あー、なんだ。と言うことは、この後服屋で鉢合わせなんてオチもあり得るのか? おいおい、勘弁してくれよ」

 

 ただ、幸運ともとれると理解しつつもやっぱり俺は頭が痛かった。

 

 




世界の悪意、仕事してみる。

次回、第百二十七話「レッツ・ショッピング」

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