強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百二十二話「予定したとおりに」

「さて」

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 

「ムール君がベッドにいたことが原因なら、ムール君を部屋にかえしてしまえばいい」

 

 部屋番号に関してはムール君が鍵を所持してるだろうからそこから割れるし、眠りが浅いようならラリホーの呪文を重ねがけ、忍び歩きと透明化呪文(レムオル)を併用すれば部屋に運ぶ姿を目撃される恐れもない。

 

(部屋に戻しちゃえば、夢オチだったって事にできるよね)

 

 ドアを開けて中に入ったらムール君が既に起きてましたって展開だったらアウトだけど、仮定で可能性を潰すより、今は動くべきだ。

 

(通路良し、ドア良し……行こう)

 

 左右を確認し、誰かが出てくる気配がないのを見てから、鍵穴に鍵を差し込みドアへ耳を押し当てる。透明じゃなかったら不審者認定間違いない格好ではある。

 

(うん、たぶんまだ起きてない)

 

 アウトにはならなかったようだと判断して、鍵を回し引き抜いてそのままノブに手をかけ。

 

(行動は迅速に、そして静かに)

 

 部屋に足を踏み入れると、足音と気配を殺したまま自分のベッドへ近づいた。

 

「ん……」

 

「ラリホー」

 

 毛布をめくれば、やはりムール君は眠っていて、念のため呪文を唱えると起こさないよう細心の注意を払って身体の下へ腕を差し込み、持ち上げる。

 

(よし、第一段階はクリア。トロワは……起きてくる気配無し、と)

 

 今のところは上手くいっている。

 

(ま、こういうときほど足を掬われるモノだから油断は禁物だけど)

 

 気は緩めず、鍵についてる部屋番号の書かれた板を確認しつつ唱え始めるのは透明化呪文(レムオル)。ムール君を布で隠して俺が変身呪文(モシャス)でムール君に化けて部屋に戻るってのもありだが、紙切れの影響が変身後にどう作用するかわからず、俺は断念した。

 

(両方ついてるのとむっつりスケベがどう作用するかも謎だからなぁ)

 

 まったく、あの紙切れはどこまでも祟ってくれる。

 

(とにかく、今は急いでムール君の部屋に向かおう)

 

 いつものパターンならこういう時に限ってスミレさんだとかあの元女戦士と遭遇するハメになる。

 

(モタつけばその可能性がいっそう高くなるもんな)

 

 他者の気配に気を配っていれば、鉢合わせするという事態は避けられる。

 

(そして、気配の主とすれ違わざるを得ないなんて状況に陥ったとしても、呪文で透明化していれば目撃はされない)

 

 すれ違う場合は、運んでるムール君の身体が接触しないように気を配る必要こそ有るが、それだけだ。

 

(確か、部屋番号からすると、ムール君の部屋はあっちの筈)

 

 割り振られているのは男部屋だろうから、中に人の気配も無いだろう。

 

(……これか)

 

 鍵の番号に該当する部屋を見つけると近寄って鍵穴に鍵を差し込もうとし。

 

(っ)

 

 そこで気づいた、身体ごと透明になった鍵の先を人一人抱えたまま鍵穴に差し込むのがどれ程の難事であるかを。

 

(つーか、「気づいた」じゃないよね? ああ、鍵がどれぐらいの長さだったかもっとしっかり覚えてればなぁ)

 

 何故この問題点に気づかなかった、俺。

 

(どうする? ムール君を降ろすのは拙いし……)

 

 起きてしまうかもしれないというのもあるが、透明になっているが故に再び抱き上げる時、何処に身体のどの部位があるのかわからないのもやばい。

 

(鍵の先端を手繰って、ドアに近づき鍵穴に円端を押しつけるようにすれば……って、あ)

 

 必至に何とかする方法を模索する内、俺は不意に閃き。

 

「アバカム」

 

 唱えた呪文によって一瞬でドアの鍵は解けた。

 

「……本当に、何やってたんだろうな、俺って」

 

 無駄な努力をしていた徒労感で身体が重くなるが、項垂れてる暇はない。

 

(ムール君をベッドに寝かせて、早く部屋に戻らな……あ)

 

 戻ると言えば、出てくる時鍵はかけただろうか。

 

(って、よく考えたらこっちの部屋も鍵の問題が出てくるじゃん!)

 

 鍵をすればムール君の部屋に鍵が残せず、鍵を部屋に残せば、当然ながらドアに施錠出来なくなる。

 

(うあーっ、解錠呪文があるなら施錠呪文もあってくれれば……仕方ない、鍵は持っていこう)

 

 鍵のかかっていない部屋に眠った女性を一人残してしまった状態で出てきてしまっているのだ。

 

(開けるだけなら中からでも出来るし、解錠呪文を使って後で起こしに来て、その時に部屋の中に鍵を残していけばいいんだから)

 

 そもそも、首尾良くムール君を部屋まで運べたのにまごついて目を覚まされたら目も当てられない。

 

(トロワの方も気になる。宿屋の中とはいえ、元の世界と治安って面で比べものにならないしなぁ)

 

 防衛戦の時の戦力を考えると、犯罪者が居たとしても戦闘力はあの時防衛に当たっていた兵士達よりもまず下、目を覚ましさえすれば遅れはとらないと思うものの、ムール君を運ぶのがすんなり行きすぎたからこそあちらが気になり。

 

(ここまでは上手くいってるんだ。なら、何事もなく終わらせて、後は予定通りにトロワと――)

 

 出かけたい。そう思いつつ俺はムール君の部屋を出るとドアに鍵をかけ、来た道を引き返した。

 

 




次回、第百二十三話「城下町で」

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