強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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番外編4「魔法使いサラの憂鬱(サラ視点)」

 

「まさかお父さんが生きていたなんて……」

 

 宿の食堂で窓の外を見た勇者様がポツリと呟く。地面に空いた大穴を抜け辿り着いたこの地で私達を待っていたのはいくつもの驚きと夜のように暗い世界でしたわ。

 

「バラモスが真の大魔王の部下に過ぎないと言うことを聞いた時も驚きはしましたが……いやはや、更に驚かされることになるとは思いませんでしたな」

 

「うん。お師匠様はどこまで知っていらしたんだろう……」

 

 スープに浸った匙を持つ手ごと止めてアランの言葉に同意した勇者様の視線が窓の外より更に遠くを見る。

 

(これは……あれ、ですわね)

 

 嫌な予感がした。

 

「ミリー」

 

 そして、それはおそらく外れていないと思ったタイミングでエロウサギの名を勇者様が呼び、予感はほぼ確信に変わる。

 

「しゃ、シャル……」

 

「ゴメン、ミリーには悪いけど……今晩、いい?」

 

 ビクッと震えたエロウサギの視線が彷徨い、そんなエロウサギの方を見て勇者様が尋ねる。これが何度目のやりとりになるのか。

 

(デジャヴ、ですわね)

 

 違いがあるとすれば、前の時は食事中ではなかったから勇者様とエロウサギの距離が近かったことぐらい。

 

「す、すみません。駄目です。ご主人様に悪――」

 

「うん、分かってるけど……ボク、もう……」

 

 頭を振って勇者様のお願いから逃れようとするエロウサギですけれど、これまでの流れ通りだと断り切れずに結局というオチになるのはもう解っていますの。

 

「……どうしましたかな?」 

 

「勇者様達、あのままで良いものかと思っていた所ですわ」

 

 きっと物憂い気な顔をしていたのでしょう、尋ねてきたアランに私は憂鬱さを隠さず答え。

 

「確かに。今のお二人は危うすぎますからな」

 

「ですわよね?」

 

 二人して頷き合う。

 

「ただ、あの呪文があったからこそここまでこられたというのも事実ですのよね……」

 

 勇者様がエロウサギにとある呪文を使った上で自分と一緒に寝て欲しいと強請っているのだが、その呪文というのが変身呪文であるモシャス。

 

「盗賊さんと離ればなれになったことで出来た心の隙間を埋めたいというのは解りますし、私やアランに頼むのは色々問題があると考えてエロウサギに白羽の矢を立てているのでしょうけれど」

 

 あの呪文の効果時間は朝まで続かない。ならば途中で戻ってしまうのは間違い有りませんのよね。

 

(その上、エロウサギと盗賊さんの体格も違うとなれば、普通の夜着なんて着られませんもの)

 

 以上のことから導き出される結論は、あのエロウサギが何もつけないで勇者様と寝ているであろうというものであり。

 

(モシャスしてると言うことは、実質的に裸の盗賊さんと同衾してるも同然ですのよね)

 

 エロウサギが難色を示すのもよく分かる。

 

(まぁ、そのエロウサギも隠れてモシャスした上、水鏡に向かってこっそり愛を囁いたりしてるみたいですけれど)

 

 もし勇者様がモシャスの呪文を使うことが出来たなら、今より恐ろしい事態になっていたのではないか。

 

「……一刻も早く盗賊さんを見つけないと拙いですわね」

 

 今の状態が危ういというのも有りますけれど、先程のやりとりだって人に聞かれたら誤解されかねませんもの。

 

「最悪、我々が補助に回ってクシナタ様に大魔王を倒して頂くと言う選択肢もありはするのですがな」

 

「もう一人の勇者様ですわね?」

 

「ええ。まぁ、そもそもあの方が見つかればあっさり解決しそうではあるのですが」

 

「確かにそうかもしれませんわ。ただ……」

 

 他ならぬアランの言葉、全面的に賛同したいところでしたけれど、私にはちょっと危惧があり。

 

「見つかったら見つかったで、今までの反動からあの二人が盗賊さんにべったりとか、行くところまで行ってしまうんじゃないかという不安があるのですけれど……」

 

 口に出したのは失敗だったかも知れませんわね。私の言葉に返って来るものはなく、ただ沈黙だけが残る。

 

「ねぇ、ミリー……いいでしょ?」

 

「しゃ、シャル……だっ、駄目で……」

 

 隣のやりとりまで入れてしまうと沈黙とはほど遠いのですけれど、それはそれ。

 

(と言うか、そろそろ本気で止めた方が良い気もしてきましたわ……)

 

 まったく、こんな事態を引き起こしておいて、盗賊さんは今何をしていらっしゃるのやら。

 

「……はぁ」

 

 旅自体はもう一人の勇者様達と協力関係にある為、恐ろしく順調に進んでいますのに、思わずため息が漏れる。

 

「……確か、明日はメルキドでしたわね?」

 

「そうですな。申し訳ありませんがあの二人の事は頼みます」

 

 明日になれば勇者クシナタ様の一行からルーラを使える方が来てメルキドに連れて行って下さり、代わりにアランが勇者クシナタ一行をリムルダールへと送る。

 

(二組で協力して動いているからこそ、新しい発見が有れば共有することで効率をアップさせる事が出来る……理にかなってはいますけれど)

 

 勇者様とエロウサギを引き離せない以上、この手の状況下では私かアランが行くしかなく。

 

「……承知しましたわ」

 

 私は首を縦に振ると、横目で勇者様達を見る。

 

(もっと一緒にいたいなんて贅沢過ぎますわよね)

 

 こうして離れることがあるからこそ勇者様達の気持ちも理解出来た、だから。

 

(どうか、盗賊さんと一日も早く再会出来ますように……)

 

 私は密かに神へ祈るのだった。

 




モシャスを悪用してる例。

実はあれはこれの前ふりだったんだよ!

尚、この番外編は地名で分かるかも知れませんが、時系列的にはもうちょっと先のお話になります。

最初はマイラとドムドーラのルーラリストを埋める時のお話にしようかと思っていたんですが、シャル達の精神状況がその時点であれだとゾーマ城到達した頃には完全におかしくなっていそうでしたので、予定変更しました。

え? もう充分やばい?

さて、次回……と言いたいところですが、時系列を鑑み、次の更新はこのお話の前に挿入となりますので、次回予告は敢えて無しで行きます。

ご理解ください。


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