「はぁ……」
前へ進む足が重く感じるのは、きっと荷物だけのせいではないだろう。
(いや、寧ろこの荷物があって良かったと思うべきかなぁ)
差し入れという名目があるからこそ、これを提供してさっさと引き返すという選択肢もまたあるのだから。
(まぁ、すぐにそのことに思い至れないって事は、俺にとってムール君と腐れ僧侶少女とのコラボがよっぽど衝撃的だったってこと、かな)
スミレさんの物真似からすると、あの腐った僧侶少女はムール君の秘密に気づいている。
(気づいていなければ、そんな台詞は飛び出さないし……そうなってくるとムール君が両方ついてることがどれだけ広まってるかも気になるけど)
秘密がバレただけでなく、僧侶少女の忌まわしい創作物による汚染までが広がってたりしたらどうしよう、とかも考えてしまう。
(「スー様、男同士って素敵ですね」とか、言いつつ目を輝かせた女魔法使いがいきなりモシャスで男になって、じりじりと近寄って――)
おい、やめろ、なんてもん うかべるんだ、おれ の そうぞうりょく。
(この状況下でカナメさんが居ないことは唯一の救い……かなぁ?)
カナメさんは常識人だし、ストッパーになってくれる気もするのだが、悪い方向に悪い方向に考える思考の一部が訴えるのだ、居たら一緒くたに汚染されていたはずだと。
(もう、嫌な予感しかしないけど、確認だけはしておかないとなぁ。まだ大丈夫な可能性だってある訳だし、隔離が遅れたら感染が広まって手遅れになるかも知れないし)
悪夢のような光景が広がっていないことを密かに祈りつつ、俺は足を止めず前に進み続ける。
(怖い、怖いけど、確認して対処しなきゃ)
先にあるのがほぼ希望の入ってる見込みのないパンドラの箱であっても。
「格闘場は、確かこの先だったな?」
「ああ、そうさね。あたいは今日の入浴はもう終わらせたとこなんだけどね……」
「いや、そんなことは聞いてないのだが」
確認の言葉へ返って来た要らない元女戦士の補足で口元が引きつりそうになる。
(やめてください、いま そういう の きく と そうぞうしちゃいそう なんですから)
戦士を辞めて他の職業に就いているからか、今の元女戦士の身体は前面に押し出していた筋肉がちょっとなりを潜め、女性らしい柔らかさと丸みが加わりだしているのだ。
(そういういみ で、じこしんこくされる と こっち は いぜんより やばい の ですよ?)
ただでさえ、何処かの指輪に呪われたかのように逃げ出したいのに、追加で士気をくじかないで頂きたい。
「ともあれ、道が合ってるなら充分だ」
背中の荷物も重く感じるし、想像より悪い状況にあるのなら、トロワにはさっさと俺をまともな性格にするアイテムを完成させて貰わないといけない。
(もう少しの辛抱だ。状況把握と差し入れを終わらせたら即行で宿屋に帰ろう)
こんな所にいられるかは推理モノでの死亡フラグだが、少なくとも推定腐った僧侶少女が居る時点で、長居が無用なのはほぼ確定だ。
(今の性格じゃトロワと二人っきりもちょっとやばそうに感じるけど)
待ち受けてる状況を考えればどちらが危険かは火を見るより明らかだった、そして。
「あ」
「あっ、あなたは」
「っ」
俺を見つけて声を上げたのは、やたら露出度の高い服を着た胸の大きいお姉さん方。
(かくとうじょう の いりぐち に いた おんなのひとたち から、すで に おれ の りせい を やり に きてるのですが?)
誰だったかと記憶を掘り起こすよりも前に俺は自分と戦わざるを得なかった。
「お久しぶりです……アッサラームでは助けて頂いて」
「アッサラーム? ああ、となると……」
「「はい、劇場にいた踊り子です」」
考える振りをして空を仰ぎ、視線を外すとお姉さん達は声を揃えて答えた。
「ここで修行をすると強くなれるって聞いたの」
「それで何かお力になれるようにと、こちらで修行中だったのですが、今日あなたがいらっしゃると聞いて……」
「そうか。気持ちはありがたいが、その格好で外に出るのはどうかと思うぞ? この辺りには以前ガラの悪い輩もたむろしていたしな」
こう、俺のために修行していたと言われると悪い気はしないのだが、今の俺にとってお姉さん達の姿は猛毒な訳であり。
「「あっ」」
揃って声を上げたということは失念していたと言うことだろうか。
「ち、違うんです。修行中はこの上から棘の生えた服を着てお風呂に入ってて」
「服が汚れちゃったから、その」
「……ちょっと待て」
このおねえさんたち も はぐれめたるぶろ してたんですか、そうですか。
「気持ちは嬉しいが……自分はもっと大切にしてくれ。あれがどれだけキツイものかは体験者に言うまでもないとは思うが」
「す、すみません。お仲間の方からあなたがもうすぐ来られると聞いて」
「少しでも強くなったところを見せようって思ったの。毎日入ってる人も居るって聞いたから、あんなモノだとは思わなくて」
「……と言うことは、今回が初回だったと言う訳か」
さりげなくあの元女戦士が元凶だったと言うことも発覚したが、今の俺では制裁を加えようとして自爆しかねない。
「ともあれ、あの風呂は今回限りにしておけ。俺としても結果的とは言え女性に苦行を強いることなど看過できんしな」
もうトロワが
「それはそれとして、背中の樽は修行してる者への差し入れに持ってきた。他の仲間と会った後でこちらに置いて行くから良かったら飲んでくれ」
差し入れをアピールするとお姉さん達の横を通り抜けて、ついに俺はモンスター格闘場へ足を踏み入れたのだった。
腐僧侶少女かと思った? ざんねん、アッサラームで助けた踊り子さん達でしたー。
露出度の高い服の理由? 動けて身体にちょうど合うサイズの服があれしかなかったからだとか。
次回、第百十一話「降臨」
ついに、来るか――