強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百話「船出」

「トロワ、そろそろ飯にするぞ」

 

 船縁を飛び越え、声をかけながら陸地へと。

 

「マイ・ロード? 申し訳ありません、もうそん」

 

「詫びには及ばん。下着を作らせておいてこっちは暢気に船長と談笑していたのだからな」

 

 海に落ちることなく波止場に降り立った俺は、美味い飯屋の場所を聞いてきたと続け、手を差し出す。

 

「旅の身の上、まともな飯にありつける機会は稀少だ。なら、この機会に些少贅沢しても罰はあたるまい。飯を食いに行くぞ?」

 

「は、はい」

 

「あ」

 

 ただ、トロワが頷いたところで、ふと一つの問題に気づく。

 

「ところで、前もって聞いておくが……お前、酒は飲めるか?」

 

 豪華な食事となると、それはつきものだった。

 

(酔っぱらって原作知識だの元の世界だのやう゛ぁい事を口走ったら拙いと思ってこれまでお酒は避けてきたつもりだけど……)

 

 俺が口にしないのに合わせているのか、トロワが飲酒しているのは見たことがない。だからこそ間違いが起こる前に聞いておく必要があり。

 

「大丈夫……ですが、マイ・ロードは?」

 

「俺は下戸でな。醜態をさらす訳にはいかんから酒は飲まないことにしているが、それをお前にまで強要するつもりはない。借り分が多すぎて最近よくやってくれている事への礼というのも烏滸がましいが、財布にはある程度の余裕がある。飲みたいなら飲んで貰っても構わん」

 

 明日からは船旅でもあるのだ。

 

(せめて今ぐらい羽目を外してくれてもね)

 

 構わない、そう思った。

 

「……と言うか、思い起こすとお前個人について色々聞いたことはこれまであまり無かったな」

 

「えっ」

 

「いや、好きな食べ物とか、誕生日はいつなのかとか、こっちに来る前はどんな生活を送っていたか、とかな」

 

 シャルロット達になら旅の合間に聞いたことも合ったのだが、昔のトロワは興味を持つだけで危険だった。

 

(「好きな食べ物? それは『毎日俺がお前に料理を作ってやる。さ、結婚しよう』ってことですね、マイ・ロード? あ、それとも赤ちゃんを作る方が先ですか? ふふふふふふふ、任せて下さい。男の子でも女の子でも大丈夫ですよ。いやぁ、ようやくママンに喜んで貰えるんですね。それで、場所はどこでします? ここですか? わかりました、脱ぎますね?」ぐらいの流れをやってもおかしくなかったからなぁ、冗談抜きで。あ、「好きな食べ物? 性的な意味ならマイ・ロードです。そう言う訳で頂いても良いですよね?」ってのもあり得るか)

 

 もっとも、もう過去のことだ。トロワはきれいなトロワに変わり、悩みの種は一つ消えた。

 

「まぁ、プライベートなことだからな。言いたくないなら深く詮索する気はない。それに好きな食べ物と嫌いな食べ物以外は今すぐ答えを知りたいと言うモノでもないし、好物と嫌いなモノにしても飯屋について注文する直前までに教えてくれればいい」

 

 俺にも好き嫌いは有るが、美味い飯屋の場所を聞いた俺は案内する側、苦手なメニューの多い店を行く候補から始めに抜いておけば良いだけの話だ。

 

(豪華な食事を楽しみつつ、親睦を深め、下着作りの疲れを些少でも忘れて貰う。出来たら宿屋でゆっくり寝られたら良かったんだけど、予定をずらす訳にもいかないしなぁ)

 

 食事だけだが、食事時だけでも楽しい時間をと俺は思い。

 

「……くぅぅっ、このお酒サイコーですね、マイ・ロード? もっと飲んでも良いですか? 酔いですね? そう、前後不覚になるくらい飲みますから襲っちゃってくれて良いですからね?」

 

「……どうして、こうなった」

 

 昼食が後半にさしかかった時、俺は頭を抱えていた。人に紹介された飯屋でベアクローは拙い、拙いのだが。

 

(よっぱらったら、きゅう とろわ に もどる とか……)

 

 誰に予測出来るって言うんだ、こんなモン。

 

「えへへ、まい・ろぉどぉ……私、何だか熱くなって来ちゃいましたよ。脱いでもいいですか?」

 

「止めろ。その下はすぐ下着だろうが」

 

 脱いだら即、つまみ出されること間違いなしである。

 

(そもそも、これて一過性のものなのか、それとも酔いが覚めてもこのままなのか……)

 

 一過性のモノであって欲しいと切に願う。

 

(で、その辺は置いておいて……)

 

 今、俺がすべきは、目の前の酔っぱらいを何とかすることであり。

 

(飲食店内で物理的な沈静化は不可能、となれば酔い潰すか言いくるめる成り何なりして食事を終わらせ連れ出すくらいなんだけど……)

 

 旧トロワ全開な今のトロワを起こしておくリスクを考えれば、選択の余地はなく。

 

「支払いは、これで足りたな?」

 

「うへへ……みゃい・ろぉどぉ」

 

 食事を終えた俺は、幸せそうな顔で寝言を言いつつ身体を擦りつけてくる変態(トロワ)を背負ったまま支払いを終え。

 

「……はぁ」

 

 ため息をついてから歩き出す。気は重く、テンションは低く。

 

「おお、お戻りですな。そうそう、先ほ」

 

 出迎えてくれた船長には申し訳ないことをしたと思う。

 

「すまん、とりあえずこいつを客室まで運んでからにしてくれ」

 

 俺は気が気でなかった。船員達は殆どが男、そんな衆人環視の中に置いておくのに今のトロワは劇物過ぎたから。

 

「お連れの方は大丈夫ですかな?」

 

「ああ、すまん。世話をかけた」

 

「いえいいえ。では先程の話ですが……あなたのお話にあったサブリナとカルロスという方は既に乗船済み、出航準備もほぼ終わっておりますので、いつでも出発出来ますが」

 

 客室に運び込んですぐやって来た自分へと頭を下げる俺へ、船長はどうなされますかなと問い。

 

「ならば、船を出して貰えるか?」

 

「わかりました。では、失礼します」

 

 出発以外の選択肢はない。こちらの答えを聞いた船長はそのまま部屋を後にし。部屋には俺とトロワだけが残された。

 

 




まさかの旧トロワ再登場。

訪れる絶望に立ち向かう主人公を乗せ、船はポルトガを立つ。

次回、第百一話「こうかいちゅう」

だぶるみーにんぐ、でしたっけ?

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