誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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CHAPTER:1 交わした約束
第4話「この願いは、私だけのもの」


1.

 

 

見滝原市内には、住宅街の近くに比較的新しいショッピングモールがある。

現在は一部のエリアが改装工事をしていて、機能していないものの、フードコートや衣料品コーナー、青果コーナーなどは機能しており、特にフードコートは学校帰りの中高生が立ち寄る場合が多い。

今日も、見滝原中学の制服を着た4人組の女子生徒がフードコートの一角で談話をしている姿があった。

 

「しっかしまー、いきなり挨拶したと思ったら顔面蒼白でフラッとしちゃうんだもん。あたしゃびっくりしたよ。まどかもまどかでいきなり『ホムラチャーン!』なんて駆け寄ってって…」

 

と、フライドポテトをつまみながら、朝方の出来事を振り返るさやか。

 

「わ、私そんな声出してないもん!」

「またまたぁ、あたしなんか最初は"美樹さやか"なんてカタイ呼ばれ方してたのに、保健室から帰ってきたらいきなりあんたたち名前で呼び合ってるしさぁ?」

「うふふふ、いったい保健室でな・に・が・あったんでしょうか? 気になりますわぁー」

 

そこに、少しうっとりとした表情の仁美が口を挟む。

 

「はっ! まさか、まどかさんが甲斐甲斐しく看病してるうちにだんだんと2人の距離が…ああっ、いけませんわ! それは禁断の愛ですのよー!」

「まぁーた始まったよ、仁美のワルい病気…」

 

それは、思春期の夢見る乙女にありがちの、熟れた嗜好だった。どうか腐らないことを祈る他ない。

さやかは慣れたように、特にリアクションを示さない。まどかは赤面しながら「ちっ、違うもん!」と必死に反論をする。

 

「悪いねほむら、あんまり気にしないでやって」

「私は、特に問題ないわ」

 

相手がまどかならね、と内心で付け加えながらファサ、と右手で長い黒髪を翻す。度々見られた、ほむらの癖である。

 

(どうして、こんなことに……)

 

ほむらは、楽しそうに談話するまどか達を見ながら思う。

本来の予定なら、ほむらは授業が終わったらさっさと学校を後にし、これから起こる事の対策を練るはずだった。巴マミとの接触と使い魔の撃退は今回はルドガーに任せ、ほむらは顔を出さずに陰から監視する手筈だったのだ。

つまり、こんなところで3人に交じって紅茶を啜るつもりでは、断じてなかったのだ。

体調だって幾分かはマシになったものの、身体強化の魔法を強めて誤魔化しているだけで、治りきったわけではない。

 

(もう…時間がないわね。志筑仁美がいるのは想定外だけど、この娘は素質はなかったはず。インキュベーターもこの娘にまでは…)

「───ねえほむらちゃん、どうしたの?」

「えっ…!?」

 

いきなり話しかけられ、驚く。いつの間にか深く考えすぎていたようで、ほむらは不意をつかれたように肩をぴくん、とさせた。

 

「なんか難しい顔してたけど…こういうところ、苦手だったかな?」

「そ、そんなことはないわ」

 

まどかが若干上目遣いで尋ねてくる。卑怯だ、とほむらは思った。

思えば、この寄り道の誘いもまどかの方からされ、今のような可愛らしい仕草にやられたのだ。

 

(だって、仕方ないじゃない。あんな顔見せられたら、どんな男だって骨抜きにされるわ。ましてや私なんて…いいえ! まどかは男になんか絶対渡さない。私が守ってみせる)

 

当のほむらは、既に骨抜きになっていたようだが。

 

「まあ、確かにまどかったら昔から世話好きな感じがしたけどさぁ」さやかが、そんな2人の様子を見て口を開いた。

「まどかったらすっかりほむらに首ったけみたいだしねぇー。確かにすっごい美人だし、スタイルはいいし、勉強はできるし、男どもが放っておかないっしょ?

純真なまどかがほむらラヴになるのも、無理はないって。あーあ、あたしの嫁が取られちゃう〜」

「さ、さやかちゃんっ!」

 

まどかの方もすっかり顔を真っ赤にして、さやかに抗議するそぶりを見せる。

ふと、仁美が腕時計をちら、と確認して「あらあら」と言った。

 

「もうこんな時間ですの。もう少しお2人の仲睦まじいところを見ていたかったですけど…そろそろ、お先に失礼しますわ」

「あんたも大変ねえ仁美。今日はなんの習い事? ピアノ? 日本舞踊?」

「書道ですのよ。正直、最近面倒になってきましたわ…」

「おぅ…お嬢さまも、楽じゃないねえ…」

 

お嬢さま、と言いつつもさやかの言い方には嫌みなどひとつも含まれていない。長い付き合いだからこそ、互いの大変さがよくわかるのだ。

 

「あたしらも行こっか。ねえ、少し寄っていい?」

「うん、いつものCD屋さんだよね。ほむらちゃんも、良かったら…」まどかはほむらの顔色を窺いながら声を掛ける。その間にも、各自で食べたもののあとを片付けていく。

 

(こんな展開は初めてだし、今後の展開が予想できないけれど……このまま離れない方が、確実に守れそうね)

ほむらは熟考したのち、「ええ、ぜひ」と答えた。

 

「では私はここで。みなさん、また明日」

 

フードコートから出ると、仁美手を振って別れを告げる。残った3人は、そのままショッピングモールの奥へと向かっていった。

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

 

 

ルドガーは、面妖な面持ちで市内のショッピングモールの内部にいた。

ほむらから頼まれた指示は、"時間が来たらモール内の非常階段に行け"というもの。しかし、そこで何がどんな形で起こるのかは、聞き出せなかった。

恐らく細かくは知らないのだろう、とあたりをつけ、ルドガーは了承したのだ。

武器として2丁の拳銃を借り受けたが、この国では一般人が拳銃を所持することは、それ自体が犯罪行為であるため、決して見つかるな、ときつい言いつけをもらっている。

現在は生鮮食材コーナーで、暇つぶしに夕飯の食材を見て回っているところである。

 

「ここは……アスコルドみたいだな」

 

ルドガーは、かつて故郷の列車事故で失われた超大規模の自然工場の面影を、そこに見ていた。とは言っても、ルドガーが実際に内部を見たのは、初めての"仕事"の時だけだったが。

自然のほとんどが枯れたエレンピオスでは、アスコルド自然工場から作られるそういった物資は、重宝されたものだ。

見渡せばユリウスの好物の、程良く熟れたトマト。フレッシュさ溢れるレタス。身のよく詰まってそうなカボチャ。その奥にはトレイにパックされた魚の切り身や、牛肉、豚肉。

故郷では、わざわざトリグラフ港にまで出向かなければ生鮮魚など買えなかったが、ここはそれら全てが一同に揃っている。

恐らく、エイミーの餌にも事欠かないだろう。

 

───素晴らしい。8歳の頃から開花し、鍛えられ続けてきた主夫の感性は、この場に歓喜を覚えていた。

 

「これなら…ほむらにちゃんと栄養あるものを食べさせてやれるな」

 

ルドガーは、かつてエルがいた頃とおなじように、嬉々として脳内でレシピを組んでいた。1日がかりでほむらからこの世界での通貨の価値を学んだルドガーに、怖いものはなかった。

ちなみにルドガーは、"エレンピオスでは缶ジュースを1本いくらで買えるのか"などの例題をもとに、1ガルド≒10円という式を叩き込まれたに過ぎないのだが。

 

「…………」

 

ふと、売り場の一角にいる子供に目が止まった。

そこにはエレンピオスでも稀に見る、ルドガーと似た白髪をした幼い女の子がいた。年齢にして、エルよりも少し大きいくらいか。

何やら真剣な顔つきで、商品棚を見つめている。その視線の先には、数々の乳製品が置かれていた。

ルドガーはポケットから、ほむらに協力してもらって作った、エレンピオス語と日本語(ただし平仮名と片仮名のみ)の対応表を取り出し、遠くから商品棚を見る。

 

「ええと………あれは、チーズか」

 

なるほど、とルドガーは考える。ほむらはさやかはおろか、エルと比べても身体が細い。カロリーメイトばかり食べていては、満足に育つ訳がない。ミネラルが足りないのだ。

それに、カルシウムも不足しているだろう。ここは、夕食に牛乳を添えてやるのも悪くない。ルドガーは品定めをするために、乳製品売り場に足を差し向けた。

 

「んんと……だめだな、平仮名と片仮名以外は読めないな…何がいいんだ?」

 

漢字と英語の読みはからっきしだ。適当に手に取り、読める部分だけを見てみる。しかし製品表示はほとんどが漢字のため、まるで読めない。

 

「…………だめだ、わからない」

 

自分が手にとっているものが"牛乳"であることすら判別できなかった。

 

「お兄さん、外人さんなのですか?」急に、白い髪の女の子が話しかけてきた。

「日本語、読めないのですか?」

「あ、ああ。喋れはするんだけどね…まだ平仮名しか読めないんだ」

「そうなのですか…」

 

不思議な娘だ、とルドガーは感じた。幼な子にしては珍しく、憂いを秘めたように見える。

 

「それは牛乳なのです。こっちはチーズで、あれはヨーグルト…」女の子はあれよこれよ、と指差していく。

「ありがとう、ちょうど牛乳を探してたんだよ。君は?」

「……なぎさは、チーズを探していたのです」

「チーズを?」

「はい。お母さんが、チーズが好きだったのです…」

 

確かに、この商品棚にはいろんな銘柄、種類のチーズ(らしきもの)が豊富に置かれている。なぎさ、と名乗ったこの娘は、なんのチーズにしようか迷っていたのだろう。

ルドガー自身も、大きめな袋に入ったピザ用チーズに目が止まる。あれを使って今日の夕食を作ってみようか、と手を伸ばすと、

 

 

『───たすけて…』

 

 

いきなり、声がした。

 

「…っ!?」

 

ルドガーにも、その声は聞こえてきた。周りからじゃない。このざわめきの中でも、はっきりと響いた。まるで、直接脳内に話しかけられたような。

…まさか、これがこれから起こる事の前触れなのか。ともあれ、ほむらの指示通りに動かなければ。ルドガーは手にとった牛乳を戻し、声のした方角をきょろきょろと探した。

 

 

 

『───たすけて、"まどか"…』

 

 

さらにルドガーは凍りつく。"まどか"だと?

焦りが募り出した。嫌な予感がする。早く場所を突き止めないと。

 

「…行っては、ダメなのです」

 

なぎさが、ルドガーのシャツの裾を掴んで留める。

 

「あれは悪魔の声なのです。行ったら、お兄さんも酷い目に遭うのです。化け物に、襲われるのです…」

「…まさか、君は?」

 

この娘も、魔女に襲われたことがあるのか? とルドガーはなぎさの様子から推し量る。

 

「…ありがとう。だとしても、俺にしかできない事があるんだ」

「…怖くないのですか?」

「ああ、俺は一度死んだようなものだからね。それに、他の誰かがあそこに行ったとしたら…やっぱり、俺が守らないといけない」

「そう…ですか…」

 

なぎさは、ルドガーのシャツからそっと手を離した。ルドガーもなぎさを優しく諭すように、頭を撫でてやる。

 

「大丈夫だよ」

「…気を、つけてなのです」

 

なぎさに見送られながら、ルドガーはその場所を後にした。

 

 

「…………お兄さんは、強い人なのです」なぎさは、独り呟く。

「わたしはもう、戦うのが怖いのです。どんなに戦っても、もうお母さんには……」

 

なぎさの心には、少しずつ翳りが募っていた。

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

モール内のCDショップは、広々とした空間に充実した品揃えを網羅していた。人気チャートから少しマイナーなもの。クラシックや洋楽なども揃え、痒いところに手が届くほどだ。

さやかは友人であり、現在は怪我で入院している上条 恭介のためにクラシックのCDを選んでいる。

恭介は幼少期からバイオリンを習っているのだが、不慮の事故のせいで今は演奏ができないのだ。さやかの行動は、恭介へのせめてもの励ましに、という心遣いからきていた。

まどかはというと、演歌のコーナーで試聴をしており、ほむらはその様子を訝しげに眺めている。

 

(…中学生で演歌が好き、ってどうかと思うわ…まどか。そんな貴女も素敵だけれど…)

 

きっとまどかが好きなのだから、いい曲なのだろう、とほむらはそのCDのジャケットを見てみる。

どうやら、ベテランの演歌歌手の楽曲のようだった。着物姿の妙齢な女性がジャケットに写っている。

 

(恋の……桶狭間……? わからない。わからないわ、まどか)

 

まどかはしみじみとした顔で聴き入っている。そんなにいい曲なのか。ほむらは、独りだけで魔女結界に迷い込んだような気分になった。

 

「う〜ん…買おうかなぁ…でもお小遣い…はぁ…」と、まどかがそんな憂いのため息をついてると、

 

『───たすけて…』と、声がいきなり聞こえてきた。

 

「えっ? えっ?」まどかは反射的にヘッドホンを外し、周りを見渡す。しかし、誰も何も言ってないように見える。

 

『───たすけて、"まどか"…』

 

聞こえた。今度は聞き間違いなどではない。おまけに、周りの他の人達には聞こえていないようだった。まるで、自分の頭の中にだけ喋りかけられてるかのように。

 

「えっ…私? 誰なの…!?」

 

まどかはふらふらと、声のする方角を探る。そうしているうちに、CDコーナーを出てしまった。

ほむらもまた、そっとまどかの後を追う。

 

(………やつが、仕掛けてきたわね。さやかには聞こえなかったようだけれど)

 

果たしてルドガーは、指定のポイントにたどり着けているだろうか。連絡手段の確立を急ぐべきだったか。

過ぎた事を考えても仕方ない。優先すべきはまどかの安全と契約の阻止。これに変わりはないのだから。

 

 

 

4.

 

 

 

 

薄暗い非常階段を上がった先は改装中で何もなく、本来なら一般には閉鎖されているはずの空間だ。まるで誰かがお膳立てしたかのように、その周りには人がいない。

まどかは声を辿るうちに、モールの最奥部にあるこの場所にまで入ってしまったのだ。

かつん、かつん、と空いた空間に自分の靴音が響く。やや小走りで、まどかはどんどん奥へと進んでいく。

鹿目まどかとは、誰かに救いを求められれば、それに応えなければならない、という思考の持ち主なのだ。声の主が何であるのか、など露ほどにも考えなかった。ただ、助けて、と呼ばれたから。それだけに過ぎない。

 

程なくして、まどかは違和感に気付く。

 

「…あれ、私もうかなり走ったよね。ここ、こんなに広かったのかな…」

 

だんだんと、暗闇に目が慣れてくる。改装中の階は、横には広くても縦は狭い空間のはずだ。

それがどうだ、見上げると天井らしき影ははるか上に。壁にはよくわからない文様が記されている。

 

「えっ……ここ、どこなの!? おかしいよ! 」

 

と、ようやく異変に気付いたまどかは、取り乱し始める。ショッピングモールの中に、こんな広大な空間があるわけがない。

 

『はぁ…はぁ…はぁ…っ、助けて…!』

 

声の主は、いよいよ近くまで来ていた。まどかは思い出したように前方を見る。

そこにはまるで兎のような、白猫のような、それでいてどちらでもない"何か"がいた。見た目はなかなかに可愛らしいのだが、初めて見る動物らしきものに、まどかは疑問符を浮かべる。

 

「こ…この仔は…?」

 

恐る恐る近付き、手を伸ばす。毛並みは少し荒く、傷ついているように見えた。

 

『君がまどかだね!? 助かったよ!』

 

びくり、とまどかの動きが固まった。今、確かにこの動物から声がしたからだ。しかも、まるで腹話術のように口一つ開かずに、声を発したのだ。

 

「あなたが…私を呼んだの?」

『そうだよ! 僕はキュウべえ。ここはヤツのテリトリー。使い魔に追い回されて、危ないところだったんだ!』

「使い魔…って?」

『───あれだよ! もう追って来たのかい!』

 

キュウべえ、と名乗った動物が首を差し向けたその先は、先ほどまで何もなかったはずだ。

しかしそこはいつの間にか、髭を生やした顔だけの幽霊のような何かと、同じように髭を生やした、冠毛を宿したタンポポのような何かが、数多くひしめいていた。

 

「ひっ…! な、なんなのあれ! お化け!?」

『あれは使い魔。魔女の手下だよ。やつらは凶暴だ、このままだと僕らは殺される!』

「そんな…どうしたらいいの!?」

 

まどかは半泣きで、キュウべえに詰め寄る。魔女だの使い魔だの、わけのわからない単語を羅列されるが、この状況下で普通の子供がそんな疑問を抱く余裕など、あるわけがなかった。

 

『簡単だよ! 君にはやつらを倒せる素質がある。僕と契約してくれればいいんだ!』

「契約!?」

『そうすれば君は、やつらを倒せる力が手に入る! その代わり、何でもひとつだけ願いを叶えてあげるよ! だから───僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

キュウべえはまどかに、相変わらずの無表情でそう言った。

どくん、とまどかの心が波打つ。

 

(契約すれば、この仔は助かるの? …こんな弱い私でも、あのお化けをやっつけられるの? それに…)

 

魔法少女。その言葉は、初めて聞くようには思えない。どこかで聞いた事があるのか…あの夢の中の少女のように。

それでいて、胸がざわつく。何か取り返しのつかない事をしようとしているような、不安感だ。

けれども、何もしなければ殺される。こうしている間にも、使い魔たちは近付いているのだ。

 

「私…わたし、は……」

 

やらなければ。このまま放っておけば外にも被害が及ぶかもしれない。ならば、自分がやらなければ。まどかは決意する。

 

「キュウべえ…! わたし、契約───」

 

その刹那。ズドン! と重厚な爆撃音が使い魔の方から響いた。何かが爆ぜたのだ。

たちまち粉塵が飛び交い、視界をわずかに塞ぐ。その奥には、どこかで見たような影が隠れていた。

 

「貴女が契約する必要は、ないわ」

 

影は、まどかに対して強い声色で告げる。

粉塵が晴れる。まどかは目を凝らし、その奥を見据える。…しかし、何もない。

 

 

「そいつの声に耳を貸しては駄目よ、まどか」

 

今度は、まどかの右隣りからいきなり声がした。一瞬でここまで移動したのか。まどかは慌てて向き直る。そこには、いつか夢で見た少女が、寸分違わぬ格好で立っていた。

 

「言ったでしょう? 貴女に何かあったら、私が守る、と」少女は、柔らかい笑顔で語りかける。

「ほむら…ちゃん…なの?」

「ええ、そうよ」

「あ、あっ……ほむらちゃぁん!!」

 

たまらず、まどかはほむらに抱き付いた。夢の中の少女は、やっぱり自分を助けに来てくれたのだ、と感激しているのだ。

 

「きゃ、まどか…!?」

 

突然の事にほむらは戸惑うが、すぐに優しく抱き返してやる。その視線は、先ほど爆撃した地点を見据えていた。グジュグジュと生々しい音を立てながら、使い魔たちが次々と涌いているのだ。

 

(………おかしい、やつらは所詮雑魚の集まり。ここまでしぶとくはなかったはずよ。…まさか、芸術家の魔女のような、イレギュラーが?)

 

その異変は、ほむらが未だ経験した事のないものだった。

 

「まどか、まだ終わっていないわ」

「あっ、え、えっ?」

「ここでじっとしていて。必ず守るから」言うとほむらは、またも一瞬でまどかの視界から消え去る。

 

「ほむらちゃん!?」まどかは突然の事に驚き、縋るようにその姿を探す。

ほむらは、空高く跳躍して機関銃を掃射していた。

その次の瞬間には着地して、バズーカ砲を何発も撃ち込む。使い魔の中の、大きめな個体にはチェーンマインが巻きつけられているものが何匹か見られる。ばらまくように、時限爆弾のようなものも置かれている。

───それら全てが、数秒置いて同時に炸裂する。閃光と、硝煙の匂いと、爆音に包まれる。

…しかし、まどかが感じたのは硝煙の匂いだけだった。

 

「きゃあっ! ……あれ?」

 

暖かい。まどかはほむらに再び抱き締められ、視界と耳を塞がれる。爆撃の余波から守られていた。

 

「………くっ」

 

それでも、使い魔を一掃するには至らなかった。倒した先からまた現れている…というよりは、再生しているように見える。

…ここは、逃げるべきか。まどかの事を考慮すると、さらに大型の爆発物を使う事ができない。放っておけば、確実に結界の外に被害が及ぶ。けれど、まどかだけは守らなければ。

使い魔の数は、どんどん増える。

 

『驚いたね、君も魔法少女だったのかい』

「…………そうよ」ほむらは、使い魔を見るよりも鋭い目つきでキュウべえを睨んだ。

『しかも恐ろしく強いね。あんな一瞬であれだけの攻撃を加えられるだなんて、興味深いよ。それに…』

「そう思ったのなら、まどかから手を引きなさい」

『それは了承しかねるね。彼女のポテンシャルは計り知れない。それこそ、世界を変えるほどの力がある』

 

キュウべえはなおも、つらつらと語る。まるで、使い魔の数が増えている事など気にも留めていないかのように。

 

(この…害獣が…ッ!)

 

状況は、刻一刻と悪化していった。

 

 

 

5.

 

 

 

ルドガーは、非常階段に通じる扉の付近の静けさに違和感を覚えていた。まるで人払いでもされたかのように、誰もいないのだ。

 

「時歪の因子…いや、魔女の反応…? 少し、弱いようだが」

 

どちらにせよ、危険には変わりない。ルドガーは隠し持った2挺銃をいつでも出せるよう確認し、扉に手をかけた。

 

「───ルドガーさん?」

 

不意に、後ろから話しかけられ、振り向く。そこにはいつの日か魔女から救い出した青髪の少女がいた。

 

「さやか、か? どうしてここへ?」

「あ、あたしの友達が2人ともどっか行っちゃって…どうやらこの辺りで消えたみたいで…」

「…その友達って、"まどか"か?」

「知ってるんですか!? もう1人、ほむら、って娘も一緒にいたはずなんですけど…?」

「…!」

 

ほむらもここに来ているのか、とルドガーは驚く。恐らく、2人は魔女結界の中だろう。この扉の先には結界が広がっているかもしれない。

 

「さやか、この先は危険だ」ルドガーは、さやかを気遣いながら言う。

「こないだみたいな化け物がいるかもしれない。…2人は俺が助けるから、さやかは」

「あたしも行きます! 2人とも…大事な友達なんです! 今頃怖がってるかもしれない…!」

「危険だぞ!?」

「わかってます! けど…けど…! 買い物に誘ったのはあたしなんです…! あたしのせいで2人が…っ!」

 

さやかが言い終わる前に、扉の隙間から結界が侵食してきた。

 

「しまった! さやか、逃げろ!」ルドガーが叫ぶが、時既に遅く、たちまち2人とも結界に飲まれてしまった。

空間が書き換えられる。明るいショッピングモールの面影はなく、夜空の広がる薄暗い工事現場のような場所に"呑み込まれた"。

 

「…仕方ない。さやか、離れるなよ。このまま奥へ進む」

 

時歪の因子…魔女を叩かなければここから出られない。ルドガーは腹を据えて、先へ行く決心をした。

広大な空間に、早速といわんばかりに魔物…使い魔が涌き始める。ルドガーはいよいよ銃を抜き、アローサルオーブで強化をかける。これなら、銃を主体とした武身技を使えるだろう。

 

「エイミングヒート!」

 

引鉄をひき、込めたエネルギーを放つ。炎の属性を付与された弾丸は、着弾と同時に爆裂し、使い魔を吹き飛ばす。

 

「行くぞ、さやか!」

「は、はいっ!」

 

全てに構っている暇はない。とにかく、いち早く本体を叩かないと。

2挺銃から風を放ち、水飛沫を散らし、銃弾の雨を降らし、使い魔を始末して道を確保する。最奥に見える鉄の扉を開けると、またも景色は一転した。

薄暗い回廊に、はるか高くにある天井。芸術家の魔女の時と同様に、結界の次の層だろう。

 

(本体がいるなら、この辺りか…?)

 

ルドガーはたちまち涌いて出てくる使い魔たちを一望して…懐中時計を構えた。

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

 

突然、凄まじい銃撃音が響く。ガトリング砲でも放ったかのような掃射音は、瞬時に使い魔を一掃した。立ち込める砂煙のなかで目を凝らし、ほむらは銃撃音の主を見定める。

金の縦巻きの髪に、中世風だがどこか華やかななコスチューム。花弁の髪留めと、ベレー帽が目に付く。

 

「怪我はないかしら、2人とも?」新たな少女は、余裕をもった顔で尋ねる。まどかはほむらの腕の中でびくん、としてその少女を見た。

 

「ありがとう…助かったわ」ほむらはまどかに代わり、礼を言う。

「私は暁美 ほむら。この娘は鹿目 まどかよ」

「巴 マミよ。よろしくね」

『マミ! 助かったよ!』キュウべえは、耳をぱたぱたとさせてマミに擦り寄った。

「キュウべえ…どうしてこんな所にまで?」

『道に迷ったんだよ。そうしたら結界に飲み込まれてしまったんだ。それよりマミ、凄いんだよ! この"まどか"って娘、途轍もない才能を秘めてるんだ!』

「えっ…そうなの?」

 

マミはまどかを一瞥し、腕を組んで思考する。ほむらはまどかをさらに強く抱き寄せ、否定の意思を見せる。まどかはほむらの腕に包まれ、自身の顔が熱くなるのがわかった。

 

「ふざけないで頂戴、まどかは魔法少女なんかにはさせない」

『それは君が決める事じゃないよね?』

「黙りなさい害獣! 魔法少女になったところで、待っているのは破滅だけよ!」

「…そうね、その通りかもしれないわ」マミが、割って入るように口を開く。

「終わりのない魔女との戦いに身を投じる事になる。普通の生活は送れなくなるわね。でも…何に代えても叶えたい願いがあるのなら、話は別よね」

「巴マミ! 貴女は…!」

「まあ、この話は後にしましょう暁美さん。どうやら…あれが親玉らしいわね」

 

マミが指差す方には、先程のものと同型の、はるかに大きなサイズの使い魔が唸りを上げていた。

 

「ゴアァァァァァァァ!」

 

牙を剥き、こちら側へと突進してくる。マミはマスケット銃を構え、ほむらはまどかを背中に隠し、砂時計の盾からグレネードを装着した機関銃を抜く。同時に狙いを定め、使い魔を迎撃しようとした時……

 

「絶影ッ!」

 

黒い一閃が、使い魔を切り裂いた。

黒い影は、さらに高速で動いてマミとほむらの前に立つ。まどかとマミは初めて見る、黒い鎧に白髪の男だった。

 

「お〜い、まどか、ほむらぁ〜!」

「その声、さやか!?」

 

ほむらは声のした右方に視線を向ける。さやかが、目尻を潤わせながら駆け寄ってきた。

 

「はぁ…はぁ…無事だったんだねあんたたち、よかったぁ!」

「それはこっちの台詞よさやか!」

「怒んないでよほむらぁ! …ところでそのコスプレ、何?」

「…っ、好きでしてるわけではないわ!」

「ほむら、さやか! まだケリはついていない!」

 

ルドガーは2人にぴしゃり、と告げる。使い魔はすっかり黒色に変化しながら、再生をしていた。

 

『なるほど、薔薇園の魔女の特性を使って結界からエネルギーを吸い上げて、再生しているのか』キュウべえはなおも変化のない顔色で解説した。

「だったら一気に倒す!」

 

ルドガーは槍を高々と構え、先端から黒いエネルギー弾を何発も空に放つ。エネルギー弾は、空中で網目を張るように静止した。

次いで、槍を割って双剣へと変化させ、使い魔の懐に飛び込んで斬撃を連打する。

 

「祓砕、斬ッ!」

 

再び双剣を繋いで槍に変え、使い魔を柄で強く打ち上げる。回した槍の先端から今度は炎のエネルギー弾を何発も放ち、先程の黒いエネルギー弾と一緒に波状攻撃をかける。

 

「おぉぉぁぁぁぁぁっ! 零水ぃぃっ!」

 

ルドガーの奥義のひとつ、祓砕斬・零水。兄、ユリウスの奥義を自分なりにアレンジした、多彩な武器による連続攻撃だ。

大きな使い魔はそれらの攻撃を受け、大爆発を起こした。しかし、それでもなお形を保っている。

 

「…そんな、零水を受けてまだ倒れないなんて!」

「ガアァァァ!」

 

効果がないわけではなかった。咆哮は確実に弱まっており、あと一歩、というところだ。

 

「下がって!」マミがルドガーに向かって叫ぶ。その手元には、あまりに巨大な口径のマスケット銃が構えられていた。

 

「ティロ…フィナーレェ!!」

 

銃口から、轟音が鳴り響く。戦車砲を思わせるその威力はもはや銃と呼ぶには強大で、今度こそ使い魔の顔面を吹き飛ばし、霧散させた。

同時に、結界が晴れていく。得体の知れない広大な空間は、もとの何もない空間へと戻っていった。

 

「終わった、の…?」さやかが、ぽつりと零す。

「ええ、倒したみたいね…でも、あんな使い魔、初めて見るわ…」マミは怪訝な顔で、戦闘を振り返る。

「倒しても再生するだなんて…使い魔でこれなら、魔女との戦いは苦戦しそうね、キュウべえ?」

『そうだろう? だから、ぜひまどかには───』

「させないと言っているでしょう!!」

 

ほむらはさらに声を荒げて、キュウべえを非難した。

 

「まどかだけじゃない…さやかも、魔法少女にはさせないわ。呪いを背負うのは、私だけで十分よ……!」

「あ、暁美さん…? 呪いって…?」

「…貴女が知る必要は、ないわ。どうせ耐えられないもの。ルドガー、行くわよ」ほむらは最後にマミに強い視線を向け、

 

 

─────────

 

 

カシャン、と音を鳴らして砂時計を止めた。

静止した時間の中で動けるのは、ほむらとルドガーだけだ。ほむらはまどかの手を、ルドガーはさやかの手を取り、時の戒めから解放する。

 

「えっ…ほむら、ちゃん…? どうしたの、なんであの人、固まってるの…?」と、まどかは時を止められたマミを見て言う。さやかも、ルドガーに手を取られながら、同じ事を思っていたようだ。

 

「もう隠し通す事はできないわね…今回は、あなたたちには話すことにするわ」

 

ほむらは繋いだ手を離さないように、力を込める。その瞳には、何度時を越えようとも決して消えない意思の炎が、変わらず宿り続ける。

 

「これが私の魔法。私以外の時間を止めることができる。

…この願いは、私だけのもの。まどか、貴女のためだけのものよ」

 

 

 

少女の願いが、いつか彼女に届く事を信じて。

 


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