誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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第36話「もう誰も失いたくないんだ」

 

 

1.

 

 

 

 

 

 

 

以前、ルドガーは友人であるジュードから、マクスウェルとの間に起きたとある事件の話を何度か聞いた事があった。

かつて、リーゼ・マクシアとエレンピオスは同じ大陸だったこと。

精霊と共存する者達と、精霊から受ける恩恵を一方的に利用しようとした者達。その対立に辟易とした大精霊マクスウェルが、断界殻を施し世界を二分化したこと。

現代において、エレンピオス側がリーゼ・マクシアの微精霊(資源)を得る為に、"異界炉計画"という侵略まがいの行動を起こしたこと。

そして大精霊マクスウェルと、マクスウェルの現し身であるミラ=マクスウェルの間で、断界殻の解放をかけて対立があったことを。

かつてルドガー達に力を貸した大精霊ミュゼは、その当時はマクスウェル側についてミラ達と敵対していた。

多くは語られなかったが、当時のミュゼは本人曰く"どうかしていた"という。

いくら大精霊マクスウェルの為とはいえ、果たして多くの命を奪った事に意味はあったのか。

ミュゼ自身は、ミラと違ってそこまで人間に情を抱いているわけではない(それでも、ルドガー達と行動を共にする頃には多少は変化は見られたが)。

しかしながら、過去のミュゼは大精霊マクスウェルに仕える事でしか自身の存在意義を見出せないような、いわば依存体質のような性格だったようだ。

故に、マクスウェルからの指示があれば迷わず人間を手にかけ、また、マクスウェルを守る為ならば手段を選ばない。そういった狂気を、彼女は孕んでいたのだ。

また、ルドガーは分史世界の住人としてのミュゼの、狂気性の片鱗を何度か垣間見た事もある。

 

『…………マクスウェル、だと……?』

 

今現在目の前に現れたミュゼは、まさにそういった過去の話のイメージそのものだと、ルドガーは感じた。

しかし妙だ、とルドガーは考える。ミュゼの姿は半身が黒く変質しているが、時歪の因子の反応はない。

時歪の因子化ではないとしたら、あの姿は一体なんなのか、と。

どちらにせよ、そのミュゼが今現在ルドガー達に牙を向けている事には変わりはない。こうしている間にも、ミュゼは次の攻撃術式の詠唱を開始していた。

 

『来るぞ、キリカ!』

 

次の瞬間、ミュゼの周囲に強力な重力場を内包した、中型の球体が現れた。

そしてそれらはルドガー達目掛けて、空の上から地表へと撃ち込まれる。

球体の軌道自体はやや緩慢で、着弾する前に回避する事は容易だった。だが、着弾したその部分から重力場が拡散し、地表に小さなクレーターを造りながら重力場がルドガー達へと迫ってきた。

ミュゼがとったその戦法は、ルドガーにとっては全く未知の戦法だった。

 

『こんな精霊術の使い方、知らないぞ!』

『それで避けたつもりかしら? ドブネズミさん!!』

 

重力場を回避すべくランダムに動き回っていた2人に対し、ミュゼは続けざまに無数の光弾をばらまくように地表へと放った。

エレメンタルムジーク。マクスウェル同様に四大元素へと干渉する術を持つミュゼの得意とする術。

放たれた光弾はまるで意思を持っているかのように、キリカとルドガーを追随する。

揺さぶられて逃げ惑うだけでは勝算は見込めない。もはやあのミュゼは倒すべき敵なのだ、と明確に認識したルドガーは、空間跳躍で空に舞うミュゼの真正面に踊り出た。

そのまま手にしていた槍を振りかぶり、ミュゼを叩き斬ろうとするが、槍が直撃する刹那にミュゼ自身も空間跳躍を使い、ほんの数十センチほど後退して槍を回避した。

 

『遅いわねぇ! エザリィウィップ!!』

 

言いながらミュゼは、今度は自身の髪に精霊力を集中し、触手のように操ってルドガーへと攻撃を仕掛けた。

空中戦では羽根を持つミュゼに分がある。ルドガーは咄嗟に地上へと急降下して、鋭く放たれた髪の一撃を、すんでの処で躱した。

 

『……ッ!!』

 

そして直後に気付く。ルドガーか着地した地点には、既に巨大な魔法陣が描かれており、今まさに精霊術が発動しようとしていることを。

 

『かかったわね─────ネガティブゲイト!!』

 

魔法陣の周囲から中央に迫るように、どす黒い瘴気を含んだ精霊力が押し寄せて来る。

明らかに、通常発動された術よりも"負"の濃度が倍増している。これに飲まれればタダでは済まないだろう。

危険を察知したルドガーは、またも空間跳躍を用いて後退し、精霊力に飲まれるギリギリのところで回避した。

 

『チッ……すばしっこいのには変わりないのね─────ルドガー・ウィル・クルスニク!!』

『!? なぜ、俺の名を…?』

『あら、知りたい? 知りたい!? あは、簡単な話よ! 私はもう既に、あんたを何回もこの手で葬り去っているからよ!』

『なんだと…? そうか、そういう事か……!』

 

ミュゼの言葉を受けてルドガーが思い出したのは、以前訪れた分史世界のうちの一つ、その中にあった古代遺跡トールでの出来事だ。

トールを守護する番人(プログラム)であったオーディンは、同時に時歪の因子(タイムファクター)でもあった。

時歪の因子の破壊はその分史世界の消滅、すなわちオーディンにとっては、古代遺跡トールに眠る守るべき住人達の死を意味するものであり、オーディンを討つ為に送り込まれた他の分史世界のルドガーを返り討ちにしたことかある、という旨の発言をしていた。

そして今ミュゼもまた、それと同様の事を口にしていた。つまり、この世界にも"ルドガー・ウィル・クルスニク"はやって来ていたのだ。それも、1度や2度じゃない。

 

(…………でも、どういう事だ? 俺達はまどかを追って"マグナ・ゼロ"へと入ったはず。なのにどうして分史世界に……!?)

 

再度ルドガーは、眼前の敵へと意識を集中する。

ミュゼは空間移動を得意としており、連続的な攻撃を仕掛けても、容易く抜け出されてしまう。また、空間移動を利用した急襲も可能としており、彼女にとって距離という概念は、もはや無いに等しい。

仕掛けるならば、不意を突き、強力な一撃を見舞う他無いだろう。

ちら、とルドガーは一瞬だけ後ろを向き、キリカと視線を交わした。

言葉は要らない。その僅かなひと時だけで、2人の意思は確かに伝わり合った。そして、

 

『「───リンク・オン!!」』

 

2人の絆を繋ぎ合わせ、ひとつの力とする。

 

『そういえば、そっちの小娘は見たことがないわね───まあ、どちらにせよ始末する事には変わりないわ!』

 

ミュゼの術式が空に紡がれ、青黒く輝く球状の魔法陣が膨れるように展開される。

重力場を発生させる、非常に強力な精霊術・グラヴィティ。発動を許せば最後、押し潰されて身動きを封じられ、一方的に攻撃を通してしまうことになる。

 

『させるか! ヘクセンチア!!』

 

地面に黒槍を強く穿ち、それに呼応して空から黒い光弾の雨が、ミュゼの頭上へと降り注ぐ。

 

『チィッ!!』

 

ミュゼは詠唱を中断して空間跳躍で光弾を躱しながら、四属性の光弾を2人へと撃ち返して応戦する。

 

 

『─────絶影!!』

 

 

対してルドガーは真上へと飛び上がり、そこから更に跳んでミュゼの頭上を取り、槍を垂直に構えながら急降下する。

咄嗟に気付いたミュゼは空間跳躍で回避しようとするが、一瞬の隙を突いたルドガーの槍撃は、確かにミュゼの片羽根を切り裂いた。

 

『……ぐ、うぅっ……!! よくも!!』

 

ミュゼの顔が、さらなる憎悪に満ちて歪んだ。

羽根を斬られた事でバランスを崩しかけるが、すぐに精霊術を使い、空間中に舞うごく僅かな微精霊を掻き集め、自らの羽根に当てがった。

それは、ミュゼが得意としていた回復の為の精霊術。…だと言うのに、精霊術によって再生された羽根は歪な肉塊が音を立てながら伸び、禍々しい力を漂わせながら、ゆっくりと羽根のカタチを造っていった。

 

『………くく、"醜い"───そうとでと思ったかしら?』と、ミュゼは嗤いながら問いかける。

『この世界は既に瘴気によって蝕まれてる。クロノス域を抜け、無の大精霊(オリジン)の浄化が届かなくなったことで、世界中が瘴気にまみれ、人間達も、私も、異形の姿へと変わってしまった…けれど! こんな世界でも、あのお方は必死に守ろうとしている─────そうよ、クルスニクの一族は皆殺しにする。それがマクスウェル様に与えられた、私の使命!!』

 

ミュゼの両羽根が、瘴気を取り込み更なる異形へと変質してゆく。

さながらに魔女…あるいは悪魔のような4枚の翼へと変わり、金の髪は黒ずんでゆき、虹彩には血のような赤が光る。

狂気に囚われながらも、与えられた使命の為に尽くそうとするその姿は、もはやルドガーの知るミュゼですらなかった。

 

『………使命、か』

『ええそうよ! あんた達を殺して、この世界を守る! それが私の─────』

『…俺にだって、絶対に譲れないものがある。守りたいものがあるんだ。けどそれは"使命"なんてものじゃない。……約束したんだ。"絶対に守る"って』

『戯言を!!』

『それでもいいさ! 俺は、ここで立ち止まる訳にはいかない! 』

 

そしてルドガーはミュゼを強く見返し、自ら纏っていた骸殻を解いた(・・・・・・・・・・・・・)

 

『自分から……!? あは、まさか骸殻(その力)なしで私に勝つつもり?』

 

ルドガーはその問いには答えず、双振りの刃を携えて前方に突っ込んでゆく。

迎え討つべくミュゼは光弾を数発放つが、それらを紙一重の所で身をよじり躱し、距離を詰め、飛び上がりながら神速の居合斬りを放った。

 

「舞斑雪ッ!!」

『くっ……、甘いわ!!』

 

刃が触れる直前に小さな防護壁を張り、ルドガーの攻撃をギリギリのところで防いだ。

が、ルドガーは臆する事なく一瞬で双剣から双銃へと持ち替え、刃を弾かれた反動を利用して宙返りしながら、弾丸を連射する。

放たれた弾丸には地属性の力が込められ、ミュゼの張った防護壁に張り付き、さらに続けて撃ち込まれた弾丸が命中し、大爆発を引き起こした。

 

『─────きゃあっ!!?』

 

防護壁が割られ、襲いかかる熱風にミュゼが一瞬たじろぐ。その一瞬を見逃さずにルドガーの追撃が来る、と読んでいたミュゼは、周囲を確認するまでもなく空間転移で回避しようとした。

だが、それを許さぬ程の圧倒的な速度で 、ルドガーの刃が粉塵の奥から飛び込み、ミュゼの腹に突き立てられる。

加えて強大な拳の一撃を浴びせられ、空中から地面に向かって叩き落とされた。

 

 

『ガ…………っ、そん、な…!?』

 

 

土に叩きつけられ、呼吸が一瞬止まりかけた。

いったい何が起こったのか、ミュゼは本当に理解する事ができなかった。

ミュゼの空間転移は一瞬にして行われるのだが、ルドガーの今の一撃はその何倍もの速さを持っていたのだ。

刃だけではない。粉塵の舞うスピードも上がっているような気がするし、何より身体が重い。

 

 

「一気に決めるぞ! キリカ!」

「わかってる! 行くよ!!」

 

そして、刃を構える2人の超高速の追撃が襲いかかる。

 

『……違う、あいつらが速いんじゃない! 私が!』

 

その時ようやく、ミュゼは自分が何をされたのか(・・・・・・・)を少しだけ理解した が、既に遅かった。

 

 

「「──────双砕迅!!」」

 

 

2人の持つ刃が目にも止まらぬ速さで交差し、地に伏すミュゼの身体を、縦横に斬り裂いた。

 

『ぎ…っ、あ…あぁぁァァァァァァァァッ!!』

 

ミュゼの叫び声が、瘴気にまみれた荒野中に響いた。

ルドガー達によって浴びせられた斬撃は明らかに致命傷であり、もう身動きなど取りようもないはずだ。

なのに、ミュゼはもう1度瘴気をその身に取り込み、力に転換しようとしていた。或いは、意図せず瘴気に侵食されているのか。

 

「…まずいよルドガー。このままだと!」

「ああ、わかってる!」

 

魔法少女が絶望の果てに行き着く先を知っている2人だが、それを抜きにしたとしても、瘴気を過剰に取り込んだ生命がどうなってしまうのかを想像するには、難くなかったろう。

今度こそ、ミュゼの身体は本当の異形の怪物へと変貌を遂げようとしつつあった。

これをこのまま見過ごす訳にはいかない。放っておけば、さらに凶暴化して2人に牙を剥いてくるだろう。

ここで今倒し切るしかない。剣を構え直し、斬りかかろうとしたその時─────後方から、膨大な力の奔流がミュゼの身体へと撃ち込まれた。

 

『─────────ァ………ス………さ、ま…………』

 

 

ズドン!! と激しい爆発音の中に微かに、ミュゼの掠れた声が聞こえたような気がした。

 

「なんだ!? …今のは、敵……いや、」

 

今の力には見覚えがある。ルドガーは額に冷や汗をかきながら、ゆっくりと後ろへ振り返ると、そこには。

 

「………やっと、合流できたわね。ルドガー」

「ほむら! それに、さやかも一緒に!」

 

エネルギー波が地面を抉り飛ばしてできた道筋を遡ると、そこには2振りの剣を構えたさやかと、悪魔の翼…そして、幾何学模様の刻まれた、全てを破壊し尽くす1対の黒翼。合わせて4枚の羽根を拡げたほむらが立っていた。

 

「……その羽根は、いったい…?」

「"再現"したのよ。単純な破壊力だけなら、この羽根の方が格段に高いから。さっきまでそいつのコピーの大群と戦って、魔力の波長を追跡してここまで来れたの」

「危うく、あたしも吹っ飛ばされるかと思いましたけどねぇー」と、さやかが冗談っぽくぽやいた。

 

どうやら大勢の敵を一気に殲滅する為に、広範囲への波状攻撃を容易とするあの"破壊の翼"を用いたのだろう。

以前は全く制御できていなかった力だが、悪魔となった今は完璧なコントロールを可能としているようだ。

悪く言えば、黒翼の力はやはり人の身に余るということだ。

 

「……そうか。これで4人…マミと杏子とは、会ってないか?」

「いいえ。まだ見つけていないわ」

 

はっきりと口に出した訳ではないが、ルドガーは参ったとばかりに肩を落とし、息を吐いた。

元々はまどかを探してここまで来たのに、入ってみればリーゼ・マクシアの分史世界で、仲間達ともはぐれてしまう。

とはいえ、ほむらの力を借りる事ができるならば、はぐれた仲間を探すのにも頼り強いだろう。

 

「………手掛かりと言えるかどうかはわからないけれど、ここに向かってくるまでの間に、気になる反応を見つけたわ」

 

ほむらは役目を終えた破壊の翼を打ち消し、悪魔としての象徴である翼をさらに大きく拡げ、魔力を増幅させながら告げる。

 

「この空間はあちこちに足を踏み入れる度にデタラメな場所へと飛ばされてしまう。けれど、方角や位置関係自体は一応見た目通りなのよ。そうね…イメージ的には"すぐ目の前へ繋がる道が消されてしまっていて、その穴埋めの為に違う位相の道が無理やり繋げられている"といった感じかしら」

「…つまり、目に見えている場所へ向かおうとしても違う位相に飛ばされてしまって、辿り着けない。そういう事だよな? なら、ほむら達はどうやって俺達のいる場所を?」

直接跳んだ(・・・・・)からよ。その"ミュゼ"とかいう妖精のコピー体から、本体へと繋がってる魔力を追跡したの。妖精の大群がこの世界への侵入者に対して送られたものだとしたら、それを片っ端から辿っていけば、あなた達と合流できるかもしれなかったから」

 

ルドガー達を見つけられたのは、ミュゼのコピー体から魔力を追ってきたからだとほむらは言う。

ならば残る問題として、マミと杏子の居場所についてだ。

 

「気になる反応っていうのは?」

「その妖精がどこから降りてきたのかも、空間中に残ってた魔力の残滓を追って見てみたの。…どうやらそいつは空間に干渉できる能力を持っていて、その力で次元の狭間を開いてどこからか現れたみたい。

そして、その出入り口のような地点の場所も突き止めた。ここから遥か遠くにある山の頂上に、ほんのかすかだけれど"次元の裂け目"のようなものがあったのよ」

「山……そうか、ニ・アケリア霊山!」

 

 

そこはかつて、ルドガーがは初めてクランスピア社から正式に(・・・)与えられた"分史世界を破壊する命令"によって訪れた場所だった。

そして、ルドガーにとってはそれだけではなくもう一つ大きな意味を持つ場所。

ニ・アケリア霊山の麓に位置する"マクスウェルを祀る社"で、ルドガーは彼女(ミラ)と出会ったのだ。

以前"任務"で訪れた時は、エレンピオス側の"次元の裂けた丘"と呼ばれる場所でクロノスに襲われ、裂け目を通って逃げ込んだらリーゼ・マクシア側の霊山の麓へと出てきた。

ちょうど、ほむらが見つけてきた痕跡と話が合致する。

 

「…ひとつ付け加えておくと、その山の通り道には、杏子が何かしらの魔法を使った痕跡も残っていたわ」

「! 2人を、見つけたのか!?」

「いいえ、その痕跡は"次元の裂け目"の辺りで途絶えていたわ。…可能性だけど、2人は先に次元の裂け目に入り込んでしまったかもしれない。

だから、先にあなた達を見つける必要があった。先に入ってしまったら、戻れる保障はないもの」

「…次元の裂け目なら、ほむらの力じゃ出られないのか?」

「異なる次元に干渉する魔法は、そう何回も続けて使えるようなものではないの。巴さん達と無事合流して脱出する時まで、魔力を温存しておかないといけない。…どうするかしら、ルドガー? 今からすぐに"次元の裂け目"の所まで…」

「ああ、行こう。どちらにせよ、このまま歩いてるだけじゃあまた"飛ばされる"だけだ。なら、手掛かりを追わない手はない」

 

ルドガーの決断を待っていたとばかりに、ほむらは魔力を解放し、長距離を移動する為の転移術式の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

世精ノ途・内部─────

 

天然石を粗く削って造られたように歪で、重力の法則もまるで出鱈目な空間の中を、マミ・杏子、そしてリーゼ・マクシアの住人で"マクスウェルの巫子"と自称する男・イバルの3人が駆け巡っていた。

 

「……よし、今のところ"ミュゼ"は俺達に気付いていないようだな」

「"ミュゼ"? なんだそりゃ」と、杏子がイバルに尋ねかける。

「マクスウェルの"番人"だ。と言っても、俺の信じるミラ=マクスウェル様の番人じゃあなく、あの男───マクスウェルの座を奪い取った、"アイツ"のな。気をつけろ、奴はマクスウェルに近づこうとする奴を手当たり次第襲う」

「へっ。何だか知らねえけど、襲ってくるなら返り討ちにしてやるだけさ」

「…だといいがな」

 

世精ノ途内部には、リーゼ・マクシアにもちらほらと見られたようなものに似た、それでいて赤や青、緑と怪しく輝く魔物がいた。

近づくとやはりマミ達に牙を剥いてきたが、それらを蹴散らすのは3人にとっては然程難しくはなく、むしろ複雑な構造をしている世精ノ途自体が、3人の足を遅めていた。

そんな中、イバルは何かを感じ取りながら歩いているようで、2人の少女達と比べてもあまり道に迷うような素振りを見せないでいた。

そうして、歪な道筋は緩やかな渦を描くような下り坂へと差し掛かる。

 

「………この先だ。一応言っておくが、お前達の探しているモノがそこにあるとは限らないし、命の保証もしないぞ」

 

イバルは冷たく言い放ちながら、腰に差した2振りの短剣をチェックする。

そもそも、マミ達の目的はまどかを探し出す事であり、イバルの言う"復讐"に付き合う義理などないのだ。

 

「出口は、あるのかしら?」

「さあな。元々俺は、復讐さえ遂げられれば帰れなくても構わなかったし、帰るアテなんぞ探してない」

「……だと思ったわ。でなきゃ、あんな捨て身で次元の裂け目をこじ開けたりなんてする筈がないもの」

「わかっててこの世精ノ途に入ったのか。…そうだな、一つだけ帰る(すべ)があるとしたらだ。"ヤツ"の持つ次元を斬り裂く剣を奪えば、戻れるかもしれないな」

「…次元を斬り裂く剣が、ここにあるというの!?」

 

今度こそイバルは、マミの反応に驚いた様子だった。

 

「…お前、この世界の人間じゃあないんだろ。"剣"の事をどこで知った?」

「この世界へ来るために必要なアイテムの1つだったのよ。でも、そんなものなかったから、私達の仲間の1人がその剣の代わりを務めたの」

「馬鹿な! 次元を斬り裂く剣は大精霊クラスの…いや、それ以上の力なんだぞ。そんな力を使える奴が他に……まあいい、そいつがもし本当にそれだけの力を持っているなら都合がいいだろう。逆にお前達を探して、ここへ駆けつけて来るかもしれないからな」

「ええ、その通りね。だから一応、あの山に私達の魔力の波長を多く残しておいたわ」

 

気付いてくれればいいのだけど…と、マミはやや自信なさげに言った。

その時、世精ノ途の虚空が広がる闇の中に、稲光のようなものが瞬いた。

 

「───っ、なんだ! 敵か!?」

 

閃光は、雷鳴ではなく何かが軋むような音を断続的に放ちながら、歪な地面を鞭打つように迸る。

真っ先に杏子が反応を示したが、

 

「…いや、これは"次元震"だ」

「次元震?」

「ああ。イル・ファンの学者が名付けた現象だ。外部の次元からの大規模なエネルギー干渉によって、この世界自体が大きく"揺さぶられる"事で発生する。地上の"虫喰い"は、この次元震によって空間が"削り飛ばされる"事で起きた現象なんだとか。…だが、まさか世精ノ途にまで及ぶとは……急ぐぞ、お前達! 元の世界に帰りたいなら、この世界が壊れる前に奴から剣を奪え!」

「あっ、おい!」

 

杏子の制止を聞かずに、イバルは緩い螺旋状の坂を駆け下ってゆく。

一瞬、どうしたものか2人は迷ったが、すぐ背後にまで次元震が迫っているのに気付き、やむなく足を動かす。

既に次元震の直撃を受けた世精ノ途の一部は崩落し始めている。出口の存在自体アテにはできないが、これではどの道もう後戻りはできないに等しい。

 

 

「さっきからアイツ、訳わかんねえ事ばっかり!」

「…いえ、そうでもないわ。ここがもし"分史世界"だとするなら、ね」

「外部の次元からの干渉………この世界を"壊そう"としてる誰かがいるって言いたいのかい?」

「或いは、"飲み込もうと"してるのかも。それに、イバルさんの反応や言動からすると……恐らく、この世界はもうあまり長くは保たない」

 

"樽を壊された醸造酒(ワイン)のように、儚く溶けて消えるのさ───" マミは、イバルの言ったほんの些細な一言を思い出した。

 

「あれは半分はジョークかもしれないけれど…もう一つ、この世界は誰かに壊されかかってるって事を言いたかったのよ」

「…さしずめ"樽"がこの世界ってか? けど、一体誰がそんな事を……」

「…私の思い当たるところでは、空間に干渉できる程の力を持つ者なんてそうはいないわ。けど、暁美さんは違う。だとすると…」

救済の魔女(まどか)、もしくは"原初の魔女"、か…だったらやる事は決まりだな!」

「ええ。逃げるにしても、魔女と戦うにしても、とにかく"剣"を奪い取るしかないわ!」

 

 

腹が決まった2人はさらに加速して道を突き進み、先行していたイバルにすぐに追いついた。

 

「覚悟ができたようだな!」と、イバルはやや得意げに2人に言う。

「剣は私達がもらってしまっても構わないのよね?」

「ああ、くれてやる。俺はヤツの命さえ刈り取れれば、それで構わないからな!」

「なら決まりね!」

 

そうして、下り坂の終着点──────ひときわ強烈な白い眩きを放つ地点へと辿り着く。

だが、3人は足を止めることなどせずにそのまま、目の前に空いている巨大な穴の中へと一気に飛び込んだ。

瞬間、穴の底から溢れ返る力の奔流に包まれる。清らかな水の流れのようで、それでいて噴流のように激しく─────清浄な力の奔流だ。

まさか、瘴気にまみれていたこの世界に、こんな清らかな場があったとは───などと考えつつ、3人はまっすぐに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清浄な力の奔流から解き放たれると、急落降していた勢いは嘘のように緩やかになり、3人はゆっくりと澄んだ水面のような大地へと足を下ろした。

まるで鏡面の如く澄んだその大地は、どこまでも果てしなく拡がり、果てが見えない。

あちこちに歯車をいくつも組み合わせたような複雑な円形のオブジェが転がるが、よく見ると僅かに錆びが見られる。

上を見上げれば、先程までの暗闇だけが続く空とは打って変わり、星々の煌めきが瞬く小宇宙のような美しい空があった。

まるでこの世のものとは思えない─────それが、少女達の素直な感想だった。

 

「……着いたぞ。ここは"世精ノ果テ"…マクスウェルの玉座だ」

「あなたは、ここを知っていたのね?」

「ああ。だが、ここに来るのは初めてだ。…気をつけろ、もう後戻りはできない。奴を倒して剣を奪う…それ以外に、ここを出る術はないと思え」

 

水面のような大地へと1歩、また1歩と踏み出し、ゆっくりと進んでゆく。

世精ノ果テ───即ち、"この世の果て"。この世のものとは思えないこの光景は、本来ならばこの空間へ生きたまま訪れる事など出来ないが故に。

それを可能とするのが、"通り道"として造られた世精ノ途───そして"次元を斬り裂く剣"。

 

「次元を斬り裂く剣は、本来は"ミュゼ"の力の象徴なんだ。ミュゼは世精ノ途なしで下界と世精ノ果テへの出入りを可能としている。…だが、今はその力をヤツに剣として渡しているはずだ」

「その"ミュゼ"ってのは一体なんなんだよ? マクスウェルの番人とか言ってたけど、そんな事が出来るなんて只者じゃあないだろ?」

 

と、杏子が先程の疑問を再度ぶつけた。

 

「ああ、その通りだ。…"ミュゼ"は、我が主ミラ様の姉…いや、ミラ様よりも数年程前に造られた"マクスウェルの現し身"のうちの1体だ。ミラ様は四大元素を司る大精霊を従え、それを自在に操る事ができた。対して、ミュゼは四大(しだい)の力に加えて次元刀の力を与えられて、生まれた」

「…あんたも、随分と詳しいみてえじゃねえか」

「そんな事はない。たったこれだけを調べ上げるのに、5年もかかってるんだからな」

 

ぴたり、と3人の足並みが止まった。

世精ノ果テに入ってからひたすらに真っ直ぐ歩き続け、ようやく"ソレ"を見据える事ができたからだ。

 

「………見つけたぞ…!」

 

イバルの顔つきが一層険しくなる。明確な"憎しみ"を抱いた顔だ。

その憎しみが込められた視線の先には、玉座に坐した何者かの姿が。

漆黒だが、どことなく燃えるような紅色に見えなくもない長い髪と、生半可な鍛え方をしていない事がひと目でわかるような、強靭な肉体。

その背後には、大精霊としての力の象徴なのか、紋様が浮かび上がっている。そこから感じられる圧倒的な精霊力(マナ)は、それこそ悪魔として覚醒したほむらと同等、或いはそれ以上の重圧を放つ。

 

 

『──────まさか、お前がここまでやってくるとはな…』

 

男は、何の感情も込めずに重い口を開いた。

 

『愛した女の仇を取りに来た…といったところか、イバルよ』

「はっ! わかっているなら話が早い。俺はお前を殺す……お前がマクスウェルを(かた)る事など、この俺が絶対に許さない!!」

『"騙っている"のではない。俺は、腑抜けた先代マクスウェルに代わって断界殻(シェル)を守り、この世界を蛮族共(エレンピオス人)から守ってきたに過ぎない。

──────それが、この俺の"王"としての責務だからな!!』

 

 

男は立ち上がり、傍らに挿してあった剣…"次元刀"を抜き、仇成す者を迎え討たんと対峙した。

 

「…"王"だと? 調子に乗るなよ、人間如きが精霊の王を名乗る─────これ程までの傲慢など、ありはしまいよ!」

『ならば、示してやろう。俺が"王"たる所以を。他の誰にもこの世界を守る事などできはしないという事を!

─────我が名は"ガイアス=マクスウェル"。貴様の命を以って、その証明としてやろう!』

 

膨大な霊力の圧が、ガイアスを中心として拡がる。

その威力は凄まじく、過去に様々な強敵と戦ってきた少女達だが、その誰とも比べ物にならなかった。当然、魔法少女と比較してもだ。

 

「………何て力…!? あれが、本当に人間に出せる力なの!?」

「おい、イバル!! 勝算はあるんだろうな!?」

「さあな! 俺が死ぬか、奴が死ぬか。ただそれだけのことだ! 行くぞ、ガイアス!!」

 

まず、イバルが霊力の圧を掻き切って正面から突っ込んでいった。

両手に構えた双剣を振りかざしながら、自らの精霊力を高め、刃に乗せる。

 

『……ほう、伊達に鍛えたわけではなさそうだな。だが! 魔神剣ッ!!』

 

イバルの攻撃に対し、ガイアスは地面を薙ぎ払うように次元刀を振り抜いた。

そこから超巨大な衝撃波が発し、水面のような大地を激しく噴き上げながらイバルに迫る。

 

「甘いんだよ! グレイヴ!!」

 

イバルは双剣で地を叩くように穿ち、そこから強大な地属性のエネルギーを解放し、ガイアスの放った衝撃波にぶつけるように、地を砕きながら進む衝撃波を放った。

両者の放った衝撃波はぶつかり、火花を散らす。その一撃の交差だけならば、力量はほぼ互角と見て取れた。

 

『……なるほど。その力…"ノーム"の加護を受けたか』

「ノーム様だけじゃあないぜ! ミラ様が遺してくれた四大精霊達は、貴様に離反し俺に力を与えてくれたのさ!」

『ふん、"マクスウェルの巫子"を名乗るだけはあるな』

「ほざけ! 今からお前はその"巫子"に首を掻き斬られるんだよ!」

 

次いで、イバルは"イフリート"の加護…双剣に滾る炎柱を宿らせながら特攻を仕掛けた。

 

「私達も行くわよ、杏子!!」

「わかってるって!」

 

後方から、イバルを援護する形で2連マスケット銃の砲撃がガイアスへと飛んでゆく。

さらに杏子は、質量を持つ"分身"を数体描き出し、揃ってイバルと共に駈けていった。だが、

 

『その程度では俺には及ばん! 獅子戦吼ッ!!』

 

ガイアスは次元刀を持っていない方の手を強く握り締め、正拳突きのように前に突き出した。

その一点にガイアスの闘気が集約し、熱を帯びた暴風となって放たれ、弾丸や幻影を1発で吹き飛ばしてしまった。

が、イバルは臆することなく、

 

「アクアプロテクション!!」

 

"ウンディーネ"の加護を受けたことによって習得した精霊術を使い、瞬時に自身の周りに水属性のシールドを展開し、熱風から身を守った。

そして、イバルの刃はついにガイアスの次元刀へ肉薄する。

 

『まさかこの俺に、ここまで近付いてこれるとはな!』

「いつまでも相手を格下と侮るんじゃあないぞ! その油断を突いて、貴様を喰らう!!」

 

 

互いの刃が、火花を散らしながら音を立てる。

イバルは尋常でない速度での剣捌きで仕掛け、対してガイアスは完璧に無駄のない最小限の動きで、身の丈程の長さの次元刀を駆使し、イバルの剣戟を的確にいなす。

 

『貴様は真実を知ってもなお、俺を殺し、断界殻を解放したいと願うか!?』

「断界殻なんぞ今更関係ないね! お前こそ、目の前の現実から目を背け続けているじゃあないか!」

『…愚かな』

「愚かなのはガイアス、貴様だ! こんな死んだ世界にいつまでも固執してるのは! 瘴気に侵され魔物と成り果てた民達から目を背けて! 王を気取って腑抜けたのは貴様の方だ!!」

 

燃え盛る炎のように、2人の剣が、意志が、ぶつかり合う。

ガイアスの操る次元刀は、大精霊ミュゼの力を具象化したものであり、リーゼ・マクシア中のどの鉱物とも異なる物質構造をしている。

だというのに、イバルの双剣は刃こぼれひとつせずに、ガイアスの次元刀と互角に渡り合えている。

イバルの力量がガイアスの想像以上に上がっている事もあるが、何らかの精霊術で剣に加工を施してあるのか、とガイアスは考えたが、

 

『俺を殺すと豪語しただけはあるようだが…言っただろう! その程度では俺に及ばぬと!!』

 

ガイアスはイバルの双剣を圧し返すと、一瞬で闘気を練り上げ、剣先に集中させた。そして、

 

『─────奥義・覇道滅封ッ!!』

 

次元刀を突き出すと同時に、剣先から闘気を一気に放出した。

その闘気はまるで極太の熱射兵器のように真っ直ぐに、目の前のもの全てを焼き尽くす勢いで放たれる。

双剣を弾かれて咄嗟に後ろへ飛び下がったイバルだが、ガイアスの放つ闘気が直撃してしまう位置取りになってしまっていた。

 

「……ちっ………!」

「イバルさん!!」

 

咄嗟に判断したマミは、大量のリボンをイバルの足元から展開し、5枚の花弁状に束ね、強固な盾"アイギスの鏡"を組み上げた。

ガイアスの放った闘気は正面から直撃し、魔力を複雑に束ね上げた盾に亀裂が走る程の威力を見せる。

防げたのはほんの数秒、そのまま盾は闘気によって粉々に砕かれてしまった。だが、その数秒さえあれば十分だった。

 

『………む…!』

 

盾を砕いた先には、誰の姿もなかった。

逃亡したとは思えない。何故なら、ガイアスの持つ次元刀の力がなければ、この世精ノ果テから出る事はできないからだ。

ならば、虚を突いた不意打ちが来る───そう考えたガイアスは、周囲に対して気を研ぎ澄ます。

直後、背後から迫る殺気を感じ取ったガイアスは、

 

『───ハァッ!!』

 

常人離れした速度で振り返りながら次元刀を振り、槍を構えて闇討ちを仕掛けた杏子へと斬りかかった。

だが、次元刀が杏子の身体を斬り裂いた瞬間、杏子の身体の形がぱらりと崩れ、そこから大量のリボンが拡がり、ガイアスの手足を絡み取った。

 

『………この程度!!』

 

リボンを切断する事はせず、ガイアスは再度闘気を練り上げ、自身を中心に放射状に闘気を放った。

それを受けたリボンは、引き伸ばしすぎた輪ゴムのようにバチン、と弾け飛ぶ。

だが、今度は細切れになったリボンが一斉に変質し、ガイアスを取り囲むような形で大量のマスケット銃が展開された。

 

『なっ……!? 』

 

ドガガガガガガッ! と全てのマスケット銃が遠隔で同時に引き鉄を引かれ、その弾丸全てがガイアスを蜂の巣にするような勢いで向かってゆく。

今度こそ虚を突かれたガイアスは次元刀で地を穿ち、閃光の如き衝撃波を自身を取り囲むように噴き上げさせ、弾丸から身を守ろうとした。

すると今度は、ガイアスが放った閃光に紛れるような形で、杏子の紅い細身の槍が何本も突出し、ガイアスを狙った。

 

『なに!? くっ……!』

 

ガイアスは咄嗟にその場から高く飛び上がり、弾丸と槍の双方を同時に回避しつつ、空中で乱れた体勢を整える。

その時、虚空から突然イバルの姿が現れ、ガイアスの背後を完璧にとる形で頭から落行していた。

 

「──────もらった!!」

 

身体を捻りながらの双剣の連撃が、ガイアスの背中に剣筋となって刻まれた。

 

『がッ………イ、バル…だと!?』

 

そのままイバルはガイアスよりも先に着地し、精霊力を一気に放出し、地に巨大な魔法陣を描き出す。

 

「受けてみろ!! 双剣に木霊せし、万霊の咆哮─────この俺の怒りと共に、今解き放つ!!」

 

魔法陣から解き放たれたエネルギーを双剣に集約させながら、落下してくるガイアスめがけて飛び上がった。

対するガイアスも、苦痛に顔をしかめながら空中で次元刀を構え直し、その剣先に炎のような精霊力を宿らせる。

 

「双牙! 煌裂陣ッ!!」

『覇王天衝剣ッ!!』

 

膨大な精霊力を込めた両者の剣が空中で激突し、目も眩むような衝撃波を周囲に散らせる。

片や全霊を込めた必殺の一撃、片や傷を受けながらも無理矢理引き出した絶命の一閃。

そのどちらもが、ひけを取らぬ程に互角だった。

 

「ぐ………おぉぉぉぉっ!! 今だ、お前達!!」

『!?』

 

イバルがそう叫んだ直後、またも虚空から大砲を構えたマミが現れ、狙いをガイアスに定めていた。

"俺ごと撃て"───そうイバルから言い託されていたマミは、躊躇いを捨て、重い引き鉄を一気に引いた。

 

 

「─────ティロ・フィナーレ!!」

 

 

魔女すらも葬り去る最強の砲撃が、吸い込まれるようにガイアス、そしてイバルの元へ放たれた。

イバルは着弾する寸前に双剣を捻り、ガイアスの次元刀を逸らしながら、身体を捻って回避行動に移る。

反応に遅れたガイアスはその場から回避行動を取ることができず、マミの放った最終砲撃を、その身に受けた。

 

『ぐあぁぁぁぁっ!!!』

 

ここに来て、圧倒的な力を誇っていたガイアスがようやく唸り声を上げた。

幾重にも重ね上げたマミと杏子のコンビネーションに、イバルの双剣を掛け合わせた多重攻撃。

今度こそ確かな手応えを感じた、とイバルは気分を昂まらせながら着地した。

 

「やったのか!?」

 

と、幻術で身を隠し2人の援護をしていた杏子が、イバルのすぐ近くから現れた。

 

「ああ。いかにガイアスとはいえ、あれだけ喰らえばタダでは済むまいよ」

「ええ。……けど、これで本当に良かったのかしら……」

 

マミの胸中は複雑なものだった。

何せ、これはあくまでこの世界での"イバルとガイアスの"戦いだ。

ガイアスが時歪の因子だったのだとしたら、また話は変わってくるのだが、次元刀を手に入れる為とはいえ、果たして"魔法少女"である2人が介入して良いものだったのか。

が、次元を斬り裂く剣を手に入れるだけでは終わりではない。

2人は次元刀の力の引き出し方を知らない。であるならば、同じ力を持つだろうほむらがこの世精ノ果テまで駆けつけてきてくれるのを待つしかない。

 

『く………』

 

最終砲撃の直撃を受けて倒れたガイアスが、ふらつきながら立ち上がった。

 

『……その力、この世界のものではないな…そうか、貴様らが"破滅の使者"か!』

「使者…? どういう……」

『そのままの意味だ。俺は"マクスウェル"として、断界殻を維持して異次元からの攻撃からこの世界を守ってきた』

「それはエレンピオスの連中だろう? 生憎だが、もう奴らはこの世界へは来れないぜ」と、イバルが返す。

それは、既にエレンピオスは"次元震"によって滅んでいる筈だ、という意味だったのだが、イバルにとってはもう1つの意味を持っていた。

 

『…その程度の奴らならば俺の敵ではない。民たちが"次元震"と呼んでいた現象…まさにあれこそが、異次元からの攻撃なのだ。……そう、そこの女共が使った術とちょうどそっくりな波長のな!』

 

次元刀を杖代わりにして立ち上がり、ガイアスは2人の少女を指差して糾弾した。

 

「"次元震"が、魔法少女による攻撃だと言うの!?」

「…いや、そうじゃねえだろマミ。アタシの勘が合ってれば……"原初の魔女"とやらだ」

「…そういう事なのね。この世界もまた、"原初の魔女"に飲み込まれかかってる…という事ね……っ!?」

 

その時、世精ノ途以外からの干渉はほぼ不可能な筈の世精ノ果テ内に、遥か空高くから落雷のようなものが地に落ちた。

ゴゥン!! という轟音と稲光が明滅し、その直後には硝子が軋むような不快な音が空間中から響いてくる。

 

「………次元震がこの世精ノ果テにまで及んできたようだな」イバルはため息をつきながらぼやいた。

「さあ、どうするガイアス! 貴様の守るべき箱庭(セカイ)とやらは、今頃次元震に飲まれきって食いカスしか残ってないだろうよ!」

(おご)るな! 貴様の故郷も消え失せただろうに!』

「関係ない、と言っているだろう。どの道、"時歪の因子"である貴様を殺せば、この"分史世界"は滅び去るんだからな」

「…イバルさん、なぜ時歪の因子の事を!?」

 

マミは、イバルが意外な単語を口にした事に驚きを隠せずに尋ねた。

 

「……この世界がクロノス域から抜け出る前…とでも言えばいいのか。俺はこの世界を訪れた"ある男"から分史世界について教えてもらったんだ。

名は"ユリウス・ウィル・クルスニク"。…残念ながら、ヤツはニ・アケリア霊山に向かい、そのまま帰ってこなかったがな」

「ユリウス……クルスニク……!?」

「…そしてその後も、何度か"骸殻能力者"がこの世界を訪れては、霊山に消えていった。

俺はその度に、少しずつそいつらから情報を聞き出していった。この世界が"偽り"である事や、クロノス域の事。時歪の因子の事。…そして、"ルドガー"という弟についても聞いたし、実際にその"ルドガー"が来た事もあった……そういう訳さ」

「……ルドガーさんにも、会ってたのね」

「なんだ、知っていたのか?」

「ええ。私達と一緒にこの世界へやって来たもの。…そして、次元震の正体…"原初の魔女"は、私達にとっての敵でもあるの」

「…そいつは驚いたぜ。なら、早々に奴から剣を奪わないとな!」

 

イバルは、今度こそ引導を渡すべく手負いの王へと刃を構えた。

 

『……まだだ。まだ俺が倒れる訳にはいかない……何を賭したとしても、この世界だけは守らねばならんのだ!!』

 

叫び、ガイアスは残る霊力の全てを、次元刀のエネルギーと共に一斉解放した。

ガイアスの背中からは白い4枚の羽根が生え揃い、イバルから受けた刀傷を瞬時に癒してゆく。

…その対価として、ガイアスの左腕が黒く変色し、その黒は緩やかに身体の方へと、そして生えたばかりの白い羽根の端からも黒色が拡がってゆく。

 

「…! 己の身体を糧として、次元刀(ミュゼ)の力をも取り込んだか。血迷ったなガイアス! その力は人の身の限界を超えている!」

『見縊るな! この程度の力、御しきれぬと思ったか? …引導を渡してやろう、イバル!!』

「それはこっちの台詞だ、ガイアス!!」

 

羽根を使い地を滑るようにガイアスが急接近し、それを迎え討つべくイバルも突撃してゆく。

 

『おぉぉぉぉっ!!』

「ハァァァッ!!」

 

これが最後の攻防。刃をぶつけ合い、一層激しい剣戟を繰り広げる2人を前に、マミと杏子は魅入ってしまっていた。

 

『この俺とここまでやり合うとは…褒めてやろう、イバル!』

「ぬかせ!!」

『だが…これで終わりだ!!』

 

ガイアスの咆哮に応じるように羽根がはためき、一瞬でイバルのものを上回る程の、巨大な紅の魔法陣が描き出された。

 

「なに!? まだ、こんな力が!! ぐわあっ!!」

「きゃあ!?」

 

魔法陣から噴出した闘気に巻き上げられたのは、イバルだけではない。

援護しようと構えていたマミ達すらも、同時に巻き上げられてしまっていた。

そうして、ガイアスの次元刀が妖しく光り輝く。

 

『─────心得よ! 我が剣は王の牙、六道の悪業を浄滅せん!』

「く、このぉぉぉっ!!」

 

ガイアスの狙いは一点。成長したイバルの腕前を認め、その上で己の全霊を込めた必殺の斬撃を浴びせる。

 

 

 

 

 

『──────闢・魔神王剣ッ!!』

 

 

 

 

 

炎のような闘志と、鋼鉄の如き意思を、その全てを次元刀に込めて。

ガイアスの"王"としての最強の一撃を前に、イバルは防ぐ事すら敵わず、双剣を弾かれ、その身に絶命の斬を受けてしまった。

 

「───────ぐあぁぁぁぁぁッ!!」

 

大きく吹き飛ばされたイバルの身体は、水面のような地に赤の色を零しながら落ちた。

そして、ガイアスの斬撃の波動が少女達にも、余波だというのにとてつもない衝撃となって襲いかかった。

 

「──────あ、っ……」

「ぐ………!?」

 

もはや叫び声すら出せず、ソウルジェムを衝撃波から守るだけで精一杯だった2人は大きく吹き飛ばされ、そのまま気を失ってしまった。

倒した───肩を下ろしたガイアスだが、安堵する間はない。

次元震の原因が特殊な魔力───即ち、マミ達のせいだと思い込んでいるガイアスは、かっくりと歩み寄り、止めを刺そうと次元刀を構えた。

 

『…………こいつらを排し、断界殻の強度を上げる。なんとしても、この世界だけは………! うぉぉぉぉっ!!』

 

女子供だとて、今のガイアスには躊躇いなどない。リーゼ・マクシアを守る───その事のみに固執してしまっているガイアスは、何の迷いもなく、その刃を振り下ろす。

 

………だが、その刃が少女達を斬り刻むことは、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

 

 

振り下ろされた紅く光る刃は、対極の性質を持つ黒白(こくびゃく)の槍によって、マミの身体に触れる寸前で食い止められていた。

 

『…………な、に……貴様…!?』

『ガイアス…いや、アースト(・・・・)! …もうやめるんだ』

 

交わる槍と刃が弾け、両者は飛び退り距離を置く。

間一髪のところでガイアスの前に立ち塞がったのは、全身を覆う骸殻を纏ったルドガーだった。

そしてルドガーに追随してきていた3人の少女達も、世精ノ果テの空間を無理矢理割って、ようやく駆けつける。

ルドガーは一度骸殻を解きつつも、倒れたマミ達を守るようにガイアスを見据える。

そして、ガイアスの剣を受けたイバルの元にはさやかが駆け寄り、治癒魔法をかけていたのだが……

 

「………だめ。これ、ただの傷じゃない。魔法を使っても、傷が塞がらないよ!」

「あの刀で斬られたのね」と、ほむらも心配そうに見て言う。

「あの刀は恐らく、次元を斬り裂く剣……その傷は斬られた、というよりも"削り取られた"もの。……私達では治せないわ」

「そんな!」

「……お前、たち………"ルドガー"の仲間……か……?」

 

と、イバルは血を吐きながら、喉の奥から声を振り絞って言った。

既に、イバルの周囲の水面には赤黒い血の色が多量に滲み出ている。刀傷は左肩から右大腿部まで抜けており、ひと目で致命傷だとわかる。

 

 

「喋らないで! 体力が……」

「……無駄だ、もう……助からん……剣を……おれの、剣を…ルドガーに………」

「剣…?」

 

イバルの周りには、ガイアスの一太刀によって吹き飛ばされた1対の剣が落ちていた。

多少煌びやかな細工をしてあるようにも見えるが、次元刀とあれだけの応酬を繰り広げてなお、刃毀れひとつしていない剣だ。

その剣を、ルドガーに渡せ─────なぜそんな事を今になって、とさやかは疑問に思う。

 

「……頼む……仇を………ミラ様の、仇…を…………」

「……ねぇ、あんた! しっかりしてよ! ねぇってば!!」

 

最期の瞬間、イバルはルドガーの方を必死に見据えながら、ただひたすらに悲痛な願いを零し─────伸ばした腕から、力が抜け落ちた。

 

「………そんな……」

 

また、目の前で命が喪われてしまった。さやかはショックを隠せずに、悔しそうな顔をする。

周りにいた少女達も同様だ。だが、ルドガーだけは違う。イバルが最期に託した言葉を受け入れ、赤の水面に落ちた2振りの剣を拾い上げる。

 

「…………これは…」

 

手にした瞬間、ルドガーは剣に込められた凄まじい"想い"を、重みとして感じた。

ガイアスを倒す為だけに5年の歳月をかけて探し当てた、異端の匠・カリスの遺した逸品─────双剣・エウプロシュネ。それこそが、この剣の正体だ。

イバルはその事まではルドガーに伝える事はできなかった。だが、双剣(エウプロシュネ)は込められたイバルの遺志…執念に応じるように、一層輝きを増した。

 

『………"ルドガー・ウィル・クルスニク"………まさか、またも貴様が俺の前に立ち塞がるとはな』

 

ガイアスもまた、次元刀に絶対の信念を込めて言う。

 

貴様が(・・・)ここまでやって来るのは3度目──────だが、同じだ。何度でも貴様を殺す。…この世界を破壊するなどと、絶対に許さぬ!』

「……やめろ」

『今更命乞いをするか、骸殻能力者よ!! だが無駄だ───』

「違う!! ……俺たちは見てきたんだ、この世界の、色んな所を。……何もない。わずかに残った人達すらも、魔物になり、"次元震"に少しずつ飲み込まれてゆくこの世界を。

………アースト。この世界はもう、とっくに壊れてるんだ。…今のお前のように」

 

ルドガーは、まるでかつての友に対して訣別の言葉を投げかけるかのような口ぶりで、応えた。

ガイアスの身体は、ルドガーの懐中時計と連鎖的に反応を起こし、それまで鳴りを潜めていた時歪の因子が一気に顕出していた。

既に身体の大半が黒く染まり、次元刀の精霊力の反動なのか、時歪の因子化によるものなのか、その判別すらつかない。

ただひとつ確かなのは、ガイアス自身から夥しい程の瘴気……負のエネルギーが溢れ出している事だけだ。

それでもなお、ガイアスの強い意志の込められた瞳の色は、狂気に染まったまま(・・・・・・・・・)変わらずルドガーを射抜く。

ガイアスをそうさせてしまったのは、ひとえに"王"としての重圧、責務感によるものだったのかもしれない。

王となり世界を守る─────そう決めた時から。"マクスウェル"の名を背負うと決めた時から、ガイアスはゆっくりと狂い始めていたのだ。

異界炉計画という名の侵略戦争─────骸殻能力者による新たな"侵略"。そして、クロノス域を抜け正史世界から離れるにつれ、無の大精霊(オリジン)の浄化を受けられなくなり、世界中に瘴気が蔓延し…人々は冒され、魔物と成り果てた。

ガイアスが全ての絡繰りを識った時には、既に取り返しがつかなかった。マクスウェルの力は全知全能ではない。魔物となった人々を戻す事も、次元震に削られた世界を直す事もできない。

ならば、残されたものを守る他ない─────そう考えるうち、掌から命が零れ落ちてゆく度に、ガイアスは狂っていったのだ。そして、今も。

 

『……ああ、その通りかもしれんな。だが! 生きてさえいれば、世界が残りさえすれば! いつか必ず元に戻せる! ……もう俺には、そう信じることしかできぬのだ!! 故に俺は絶対に退かぬ─────貴様らを全員始末するまではな!!』

「それが、お前の意志なんだな。………わかったよ、ガイアス(・・・・)!」

 

ルドガーは、イバルから託された双剣エウプロシュネを逆さ握りに構え、その名を叫んだ。

それこそが、訣別の証だった。

今目の前にいる男は、ルドガーの知る"友"ではない。とうの昔に"アースト"という名を棄てた、リーゼ・マクシアの王"ガイアス=マクスウェル"なのだ。

 

 

『オォォォォッ! 魔神剣ッ!!』

「絶風刃!!」

 

ガイアスは、次元刀を振り下ろしルドガーに向けて巨大な黒の衝撃波を撃ち込んだ。

対するルドガーも、風のエネルギーを2刀の剣に纏わせ、振り抜くと共に放つ。

両者の攻撃は衝突し霧散するが、既に2人はそれを確かめるまでもなく互いに迫り、刃同士が凄まじい速度で重なり合う音が響く。

その中でガイアスは、ルドガーの持つ双剣の力が先程よりも強まっている事に気付いた。

 

『………名匠カリスの遺物…"人の想い・絆の強さに応じて力を増す"……作り話だと思っていたがな!!』

「絆の力……そうだ、俺はいつだって仲間達に助けられてきた! …だからこそ、譲れないものがあるんだ!!」

『そんなものは弱さだ! 閃剣斬雨ッ!!』

 

ガイアスは一瞬でルドガーから1歩後ずさり、次元刀に込められたエネルギーを空に向かって放った。

そこからエネルギーは拡散し、刃の雨となって魔法少女達へと大量に降り注いでゆく。

 

「くっ……ガイアス、お前ぇ!!」

「ルドガー、こっちは私に任せて!」

「ほむら……頼んだぞ!」

 

少女達へと光刃が襲いかかる前に救い出さねば、とルドガーは一瞬焦るが、それよりも速くにほむらがドーム状のシールドを展開し、防御の構えをとっていた。

ほむらも万全ではない様子だが、人間相手ならば(・・・・・・・)劣ることは決してない。

そして、キリカが単身でドームが張られる前に飛び出し、光の雨をすり抜けながらルドガーの援護に駆けつけてくるのが見えた。

リンクの糸が結ばれ、特に強い絆の強さを持つ2人の想いに呼応して、双剣の輝きは増してゆく。

 

「キリカ、気をつけろ! ガイアスは強いぞ!」

「ならば尚更さ! 私達が一緒なら決して負けはしない、そうだろう!?」

「…ああ、その通りだ!」

 

キリカは遅延魔法を発動させてガイアスの動きを鈍らそうとしたが、ガイアスの纏う霊力に阻害され、効果は薄いようだ。

しかし、何もルドガーばかりが強くなった訳ではない。様々な戦いを経て、魔法少女達も一つ上の高みに達しているのだ。

 

「……私のとっておきを、使うときが来たようだね!」

 

キリカの鉤爪は手数こそ圧倒的に多いが、一撃がどうしても軽くなってしまうのが難点だった。それを彼女なりに考え、編み出した新たな攻撃方法。

鉤爪を左右3対ではなく右手だけで構え、その3枚に魔力を集約し、鋭利さと破壊力を補う。

多量の魔力を送り込まれた鉤爪は熱を帯び、(あか)く輝き出した。

そのまま突進の速度を落とさずに、ルドガーの刃とタイミングを重ねる。

 

『無駄だァァ!!』

 

ガイアスは2人のコンビネーション攻撃に対応する為に、次元刀を真横に振り抜き、次元を斬り裂きながら1回転した。

それにより、ルドガーとキリカの目の前に次元の狭間が現れ、2人の刃を妨げようとする。

だがキリカは更に姿勢を低く取りながら加速をかけ、ガイアスの足元に向けて斬りかかる。

逆にルドガーは高く飛び上がり、次元の狭間を避けながら空中で風の刃を起こし、ガイアスに向けて撃ち込んだ。

それをガイアスは、自ら作った狭間を次元刀で打ち砕きながらステップを踏み、2人の攻撃の軸から逃れつつも刀に闘気を集約する。

そしてちょうどガイアスが飛び退いた先に 、ルドガーの放った風刃が飛来してきた。

 

『…っ、この程度の小細工!!』

 

初めからガイアスが飛び退く事を読んでいた事に驚嘆するも、すぐに次元刀の闘気を使って風の刃から身を守った。

それにより、ほんの微かにガイアスの体勢が乱れる。その一瞬の隙を、2人は見逃さなかった。

ルドガーは骸殻を纏い空間転移で、キリカは強く脚を踏み込み、突進の勢いを落とさぬまま軌道を変え、ガイアスを挟み撃ちにかける。

 

「行くよ、ルドガー!」

『ああ、来い!!』

 

キリカは遅延魔法を最大出力でガイアスにかけ、ほんの少しだけガイアスの動きを鈍らせつつ、熱を帯びた鉤爪でガイアスの胸元を斬りつけた。

 

『がぁぁぁぁっ!!』

 

更に、空間跳躍を連続して交えた槍の斬撃が重ねられる。

槍の柄で殴りガイアスの身体を打ち上げ、黒の光弾で追撃をかけ、直後に空間跳躍で側面に跳び、風を槍に纏わせながら突撃する。

その刃に合わせたキリカの追撃が炸裂し、2人の刃が交互に重ねられてゆく。

 

「─────この刹那、」

『天に合する!!』

「『虎牙破斬・(アギト)!!』」

 

そうして、左右からガイアスを挟み込むように突っ込み、2人の斬撃が同時にガイアスを斬り裂いた。

 

 

『─────ぐぉぉぉぉぉッ!!! …まだだ……タダではやられん!!』

 

 

既に致命傷を浴びせられたガイアスだが、身体を斬り裂かれた直後、次元刀に負のエネルギーを纏わせ、空に向かって放った。

それは空中で先程のものと同様に黒い刃状へと変化するが、それぞれが次元を裂く効果を付与されており、空間をズタズタに引き裂き次元震を誘発させながら、黒刃と共に地上へと降り注いできた。

 

「まずい…ルドガー、逃げて!!」

 

ほむらはそう叫びながらドーム状のシールド先程よりも大きく展開し、そこに次元を操る魔法を重ね掛けし、次元をも裂く刃の雨と次元震からさやか達3人を守る。

が、ドームの射程外、そしてガイアスの近くにまだいるルドガー達は自力で刃の雨から逃れるしかない。

 

『くそ……キリカ!!』

 

となれば、打てる手は自然と限られる。ルドガーは骸殻のエネルギーを解放し、固有結界を形成してキリカと共に逃げ込む他なかった。

 

『─────それを、待っていたぞ!!』

 

ルドガー達が結界を紡ぐ瞬間、ガイアスは常人を超えた速度で詰め寄り、次元刀で結界に無理矢理干渉し、刃を突き立てた。

ずぶり、と確かな感触が、次元刀を通してガイアスの手元に伝わる。貫かれたのは、

 

 

「………が……ぁっ……」

 

 

キリカの、心臓だった。

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

 

 

次元刀によって削り取られた傷は、治癒魔法では癒せない。

イバルの死によって、それは証明されたばかりだ。

では、今ルドガーの目の前で起きている事は。

ルドガーを庇うようにして立ち塞がったキリカの胸元に突き立てられた、刃が意味するものは。

 

『……まずは1人。次は貴様だ、骸殻能力者!!』

 

次元刀がキリカの胸元から抜かれ、そこから夥しい程の血が、黒衣の下の白い衣装に滲み出てくる。

結界を割られた事で骸殻をも解けてしまったが、そんな事など気にしていられない程に、ルドガーは今何が起きたのかを理解できなかった。

 

「………キリ、カ……?」

 

どさり、とキリカの身体が水面の地に落ち、先程のイバルと同様に周囲の水面に赤が滲み出てくる。

 

「………あ、あぁ……キリカ……!」

 

ルドガーの脳裏には、いつかの日に大切な人を失った時の光景が。

掴んだ手からすり抜けたあの感触が、フラッシュバックしていた。

─────また(・・)、俺の前から居なくなってしまうのか。声にならない声が木霊する。

最愛の人、そして愛する兄。大切な人を喪う痛みは、2度は辛うじて耐えられた。けれど、3度目の痛みには、ルドガーの心は耐えられそうになかった。

 

 

 

「─────ガイアァァァァァァァス!!!』

 

 

 

これ程までに、明確に誰かに対して"憎しみ"を抱いた事があっただろうか。

懐中時計は、ルドガーの怒り、嘆きに呼応するかのように歯車を紡ぎ出し、その身に鎧となって包み込む。

─────かつてのもう1人の自分(ヴィクトル)と同じ、緋の色に染まった骸殻となって。

 

『……なんだ、あの力は…!?』

 

ルドガーに会うのは3度目だと言っていたガイアスからしても、今のルドガーが纏った骸殻は、異質なものだった。

骸殻は、人の欲望…ひいては、"願い"に呼応する。今のルドガーには、大切な人に刃を立てた敵を殺す─────その事しか頭になかった。

そして、真紅の鎧を纏ったルドガーは槍を携え、ガイアスのすぐ目の前に転移した。

ガイアスはすぐに次元刀を構え斬り合うが、ルドガーの刃には一切の迷いがない、明確な"殺意"が込められていた。

 

『く、さっきまでとはまるで動きが違う! この男─────』

『ウオォォォォッ!!』

槍を2つの刃に分け、次元刀ごとガイアスを滅多打ちにする勢いで加速度的に斬りつけてゆく。

それと共に、空の上から赤の光弾を降らせ、自分ごとガイアスを射抜こうとしていた。

逃れようとすれば、その一瞬を突いてルドガーは斬りかかるだろう。ならばどちらも受けるしかない。ガイアスがそう覚悟した刹那、ルドガーは再度結界を形成し、ガイアスと共に飛び込んだ。

 

『なに!?』

 

ルドガーの予想外の行動にガイアスは困惑し、その僅かな綻びを突くように、ルドガーは槍ではなく拳でガイアスの顎を下から殴りつけ、軽く仰け反った瞬間に、槍で次元刀を絡め取り地に叩き落とした。

そして虚空から双剣エウプロシュネへと持ち替え、ガイアスの空いた両腕を肩から断ち斬った。

 

『──────────ぐ、あぁぁぁぁ!! ルドガー、貴様ァ!!』

『─────アァァァァッ!! マター・デストラクトォォ!!』

 

その勢いのまま双剣を投げ捨て、槍を再度錬成する。

次元刀を無理矢理引き剥がされたガイアスに防御の手段はもはや無く、その胸に赤黒く輝く破壊の槍が、ついに突き立てられた。

 

 

 

『─────ば、か………な……!』

 

 

 

槍は心臓を貫き、核たる時歪の因子をも貫いた。だが、それだけでは足りない。

ルドガーはガイアスが絶命してもなお槍をねじ込み、叩きつけ続け、固有結界が時間切れで解除される瞬間まで、ガイアスの身体を滅多斬りにし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骸殻の結界が解けると、既に分史世界は崩壊を始めていた。

普段と違い崩壊が遅れているのは、ガイアスが強度を極限まで上げた断界殻が支えとなっているからだろう。

しかし、それももう数十秒も保たない。

 

 

 

「─────ハァ、ハァ………!」

 

 

 

骸殻が解け、己の手の中から槍が消失したことで、ルドガーはようやく我に帰った。

 

「……ルドガー、さん……」

 

倒れたキリカの元にはほむらとさやかが寄り添っており、次元刀の傷をどうにか癒せないかと、生命維持と並行して治癒を試みていた。

人間ならば、即死の傷だ。現にガイアスは、ルドガーの槍で胸を貫かれほぼ即死に近い形で事切れた。

ギリギリの所で命を繋いでいるのは、魂が肉体から乖離しているからだ。それでも、受けた傷はソウルジェムにも痛みとなって反映され、加えて時歪の因子と化して瘴気をも放っていたガイアスによって、多量の"穢れ"を当てられていた。

肉体の損傷よりも、ソウルジェムに対するダメージの方が大きかったのだ。

 

「………キリカ…」

 

崩れゆく世界を背に、ルドガーはふらつきながらキリカの傍にしゃがみ込んだ。

心臓を貫かれたキリカのすぐそばにはソウルジェムが置かれており、ほむらが何かしらの魔法を使っているのがわかる。

 

「……なぁ、ほむら。キリカは、助かるんだよな…?」

 

ソウルジェム…魂と肉体は乖離している。身体が損傷したとて、魂が無事でさえいれば問題はない筈だ。ルドガーは心を大きく乱しながらも何故か冷静にそう考えた。

…もしくは、そう思わなければやってられなかったのか。普段のルドガーならば、そんな事など考える筈もないのに、だ。

だが、ほむらは首を横に振った。

 

「………"孵化"が始まってしまったわ。今は私の力で無理矢理抑えつけているけれど、こうなると…もう浄化したとしても元には戻せない」

「…え? 何言ってるんだよ、ほむら」

「……見なさい。呉キリカは、もう間もなく魔女になる。あの時刺された一瞬に流し込まれた瘴気が、彼女の"許容量"を大きく上回っていたのよ」

「やめろよ……どうして、そんな事を言うんだ!!」

「………慰めの嘘をついたとしても、あなたがより傷つくだけだからよ…!」

 

そう呟いたほむらの瞳からは、かすかに涙が溢れていた。

ほむら魔力で抑えつけているというソウルジェムは、すっかり黒ずみ輝きを喪い、天辺から真ん中にかけて亀裂が走っていた。

 

「……ごめん、よ……ルドガー………」

 

ふと、キリカが喉の奥から絞り出すように、ルドガーの名を呼んだ。

 

「……約束したのに……ねぇ………」

「…ああ、そうだ。約束したよな!! …だから死ぬなよ、キリカ!」

「………君に迷惑は、かけたく…ない………頼む、よ……ほむら……」

「え…? キリカ、お前何を言っ………!!」

 

意味など、わかっていた。

グリーフシードが孵化する前に。自分が自分であるうちに─────キリカは、ほむらにそう訴えたのだ。

 

「……頼む、やめてくれ…! 俺はもう誰も失いたくないんだ!」

「………もう手遅れなのよ、ルドガー…」

「そんな筈ない!! 何か、きっと何か方法があるはずなんだ!」

「…………なら敢えて訊くわ。あなたは、呉キリカを2度も(・・・)死なせたいの…? 魔女になってしまったら最後、彼女は彼女じゃなくなるのよ!」

「………っ…!」

 

今も消えない。掴んだ手がすり抜けてゆく感触が。幸せに満ちた分史(仮初めの)世界で、兄を刃で貫いた感触が。

今度は、耐えられない。

ほむらが抑えつけているソウルジェムの亀裂が、天辺から下まで走り切った。

ソウルジェムという"殻"を破り、グリーフシードが生まれようとしている。

 

「……もう、抑えておけない…!」

 

ほむらは再度キリカの方を見て、彼女の意思を再確認しようとした。

が、キリカはただ一点…ルドガーの方だけを見ていた。

魂がひび割れるという壮絶な苦痛に苛まれている筈なのに、柔らかく微笑みながら。

 

「………いいんだ、ルドガー…私は本来、あの時世界と共に、消えていたはずだった。

君に出逢えて……君を愛せて……私は最高に幸せだったよ…」

「………キリカ……! 俺は!」

「……ああ、でも、もし奇跡が起きるなら………どんな姿になったとしても、君を……守り……た、い………」

 

 

そうして、涙目に笑顔を浮かべながら、キリカの瞳が閉じられた。

ソウルジェムは完全に割れ、中からは黒い結晶─────グリーフシードが孵化し、だんだんと形創られてゆく。

黒のマネキンの胴体が3つ縦に繋げられたような身体をし、その最上部の胴体からは鎌形の両腕が伸び、帽子を被ったような姿で。

以前ほむらが語っていた過去の出来事から察するに、これこそがキリカの成れの果て─────"人形(マネキン)の魔女"なのだろう。

 

「………………」

 

その魔女を前にしてもなお、ルドガーは俯いたまま微動だにしなかった。

途中から目を覚ましていたマミと杏子も、キリカの身体を治そうと試みていたさやかも、ソウルジェムを抑えつけていたほむらも、誰1人としてその場から動かなかった。

何故ならば、その魔女からは敵意を一切感じなかったからだ。

 

 

 

『─────ルド、ガー……』

 

 

 

人形の魔女は、どこか戸惑いながらもその名を呼んだ。

 

「キリカ…!? 俺が分かるのか!? なあ!」

『…………うん、分かるよ。どうして……私は、魔女…なのに……』

 

後ろにいた少女達は、信じられない、と我が目と耳を疑った。

魔女になれば自我は消え、化け物同然となってしまう。それが彼女達にとってのアタリマエだったからだ。

断界殻がとうとう限界を迎え、ガイアスが守り通してきた分史世界が砕け散ってゆく。

人形の魔女と5人は砕けた世界から深い闇の中へと移される。

どこからか、コツコツと軽やかな足音が近付いてくる。そして、

 

 

 

『─────それは、この世界は(・・・・・)そういう風にできているからよ』

 

 

 

 

何処かで聞いたことがあるような女性の声が、魔女(キリカ)の後ろの辺りから聞こえてきた。

その声の主は深緑のローブで頭から全身を覆っているが、ほんの僅かに金色の髪がちらついて見える。

 

『…………ここは、"マグナ・ゼロ"……私の結界の中。かつて私が夢見たセカイを模した場所。この中でなら、彼女は彼女のままでいられる』

 

その時、どこまでも暗い闇が落ちていた空間が一瞬で転換し、澄んだ青空が、草原がどこまでも広がる、自然に満ちた大地へと変わった。

何もない─────けれど、ルドガーには理解できた。ここは"ニ・アケリア"に良く似ている、と。

そして声の主はゆっくりとローブをまくり、顔を出した。その姿は、

 

 

 

 

『ようこそ、クルスニクの末裔…そして、"あの娘"のお友達』

 

 

 

 

 

 

─────その姿は、かつて…否、今もなおルドガーが愛している"彼女"と瓜二つだった。

 


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