誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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第31話「私は、ここにいてもいいの?」

1.

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、心に浮かんだのは遠い日の情景。

救済を拒み、神にも等しい存在となった"あの娘"を地に堕とし、世界を改竄した日のこと。

失われたものは全て取り返した。全てが完璧な筈だった。

ただ1点だけを除けば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………遠い日の残滓。浮かんだのは、気が狂いそうなほど繰り返した"過去"でも、見えない希望に縋りながら漠然と生きていた"未来"でもない、識らない筈の、新たな記憶。

そこには全てがあった。かつて失った仲間───果たしてそう思われているかはわからないけれど───と、永遠に届かないと諦めかけてすらいた、希望。

……だというのに、"私"の心が満たされる事はなかった。目的は果たした筈なのに、心にはずっと大きな穴が空いたままで。

その希望に触れれば穢してしまう、それが怖くて、絆を手放し独りきりでいる事を選んだ。

 

 

 

情景が移り変わる。

生徒達の喧騒がざわめく見滝原中学校。

窓の外から空を仰げば、どこまでも暗い空が広がるばかり。

…それもそうだ。ここはあくまで"私"の心情風景を映し出したものに過ぎない。明晰夢のように、曖昧な空間の中で朧げながらも自我を認識できているだけ。或いは、客観的視点から"私"自身を眺めているのだろうか。

兎も角、だ。今"私"が居るのは、見滝原中学のガラス張りの渡り廊下。目の前には、リボンをつけずに自然に髪を下ろした可愛らしい"あの娘"がいる。

 

 

 

まだ、だめよ。

 

 

まだ、だめよ。

 

 

 

 

"使命"を思い出し、覚醒しかけた"あの娘"を抑え込み、無理矢理現実に引き戻す。

抱き締めた小さな身体は、心なしか怯えているようでかすかに震えていた。

ああ、まただ。今のこの娘は何も識らない。"私"の事を何か得体の知れないもののような目で見る。その事実は"私"の心に塩水のように染み渡り、痛みを与えたが、もう慣れた。今更動じたりなどしない。

 

 

 

それから"私"は、何度となくあの娘の"覚醒"に怯えながら、一切気を緩める事なく見守り続けた。覚醒しようとするならば、すかさず封じ込める。日に日に覚醒の間隔が狭まっていくのを実感しながら、そんな日々を送り続け─────いつしか、冬の空に変わっていた。

そんな"私"を影から見張っていた"彼女"も、最初は"私"を嫌っていたが、そのうち滑稽に見えたのか、憐れむような声をかけてくることの方が多くなっていた。

…そうだ。女神の力を奪い我が物とした"私"でさえも、所詮は昔と変わらない。常に何かに怯え続けている、弱い女。ただそれだけの話だ。

それの何が悪い。"私"はただ、"私"の大切なものを守りたかっただけだ。こうしなければ、守れなかっただけだ。その結果、"私"がどうなろうと知ったことではない。

貴女だって、人の身の生活を取り戻して、その幸福を少なからず享受しているじゃない。そんな貴女に"私"の何が理解できるというの。どうせ"私"の想いは、誰にだって理解できる筈がないのに。

そんな愚痴ばかりを、"彼女"に零していたと思う。

けれど、そんな"彼女"の瞳は哀れみ、もはや"私"の事を敵としてすら視ていなかった。

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

真冬の空、雪が降りしきる空へと移り変わる。

 

 

"私"と"あの娘"は、何故か隣り合って通学路を歩いていた。空は相変わらず、暗いままだ。

 

寒いね、"※※※"ちゃん。

そうね、風邪を引いてしまいそうね。

"※※※"ちゃん。コートも着ないで、寒くないの?

ふふ、"私"は寒さに強いのよ。

 

 

嘘を吐いた。

"私"は、別段寒さに強いわけではない。そもそも冬という気候自体、体感でもう10年以上味わっていない。その間ずうっと、春と夏の季節の境目を往復し続けていたのだから。

それでも、"あの娘"の言うようにマフラーやコートの類いを身に纏わずとも平然としていられるのは、この身が既に人間のものではなくなってしまっているからだろう。

夏も汗ひとつかかなったし、日焼けも一切せず、病人のように白く透けた肌のままだった。今だって、隣の"あの娘"の吐息は白く色付いているのに、私のそれには色がない。

 

ねえ、と"あの娘"が尋ねる。

どうして"※※※"ちゃんは、いつも私の傍にいてくれるの?

"私"がそうしたいから。特に理由なんてないわ。

 

 

またひとつ、嘘を吐いた。

本当は、貴女が好きだから。貴女がどこか"私"の手すら届かない遠くに消えてしまいそうで、怖くて、いつも見張ってないと不安で仕方ないから。

今だって、その手を握り締めたい。思いきり抱きしめたい。恋人達のするようなキスをしたい。身体中に、貴女が"私"だけのものだという刻印(しるし)をつけたい。それから…………と、醜い欲望は底を尽きない。

けれど、それは"私"の中にだけ封じ込めておくと決めた醜い感情。欲望を抑えて、"私"はいつものように作り笑いをする。

そんな"私"に、"あの娘"は不思議そうな表情を交えながら微笑んで、そしてこう言うのだ。

 

 

 

 

 

うん。"わたし"もおんなじこと思ってた。

でももう大丈夫だよ、少しだけ思い出してきた(・・・・・・・)から。

もう、独りぼっちになんてさせない。これからはずうっと一緒だから、ね?

 

 

 

 

背筋が凍りついた。寒さなど感じない筈なのに悪寒がし、動悸がした。

真隣にいる"あの娘"の瞳は金色に輝いていて。

すぐさま抱き締めて"私"の力で抑え込もうとしたけれど、既に手遅れだった。

何時の間にか、"あの娘"の覚醒は間も無く完了しようとしていた。

 

 

だめ、行かないで。どうして。ここまでしたのに。

独りは嫌だと、寂しいと言ったじゃない。だからこそ"私"はここまでやる決意をしたのに。

どうしてまた"私"の前からいなくなろうとするの?

 

もはや、縋るようにまくし立てる事しかできなかった。女神の力の一部を奪ったとて、女神そのものには敵うわけがなかったのだ。

 

そうだ、◆◆◆◆◆(人魚の魔女)は? 彼女は今、人としての生を取り戻して、毎日を楽しんで生きてる。◆◆◆◆◆◆(お菓子の魔女)だってそうだ。その幸福を奪ってでも、為さねばならない事なの?

◆◆◆さんも、◆◆◆◆もだ。ここにいれば、もう誰も戦う必要なんてない。

この世界の負は全て"私"独りで請け負う。そうすれば、みんなが幸せになれるのに!

 

 

そんな"私"に、"あの娘"は言う。

 

 

それじゃあ、"※※※"ちゃんが幸せになれないよ。

 

 

 

結局、"私達"は鏡に写した虚像のような存在なのだ。

光と影。秩序と欲望。救済と支配。同じような事をしていても、まるで正反対のもの。

そしてそれらは、決して交わる事はない。

"私"のI(アイ)は、決してあなたには届かない。

 

 

いつも、そう。あなたはいつだって、こうして私の傍からいなくなってしまう。

貴女のいない世界に希望なんて、ない。貴女のいない世界なんて、必要ない。

ああ───それでも貴女は足を止めない。

結局、私も貴女にとってお友達のひとり(ワン・オブ・ゼム)に過ぎないということ。

ならば、いっその事。貴女がまた私の前から消え去ると言うのなら、いっそ──────

 

 

 

そうして"私"は、"あの娘"のか細い首筋に手をかけた。

 

 

 

信じられないモノを見るような目で、"私"を見る。

どうして、と掠れた声を絞り出して言う。

言ったでしょう? もう2度と貴女を離さない、と。

ピンク色をしていた唇はたちまち青ざめ、もがき苦しみながら唾液がほんの少し"私"の手に触れる。

まだ完全に覚醒していない"あの娘"の力では、"私"の手は解けない。次第に"私"の手首を掴んで抵抗する力が抜けてきて、目尻からは涙が零れてきた。

そのまま、首を絞めながら両手を引き寄せて、青ざめた唇に口付けてみた。

我ながら狂ってると思う。いいえ、きっと"約束"を交わしたあの時から、"私"は狂い始めていたのだ。そして今もなお。

 

 

愛してるわ。

 

 

この時になってようやく、"私"は胸の内に秘めた想いの欠片を呟いてみた。

"あの娘"は、泣いていたように見えた。

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

…………そうだ、やっと思い出した。これが"私"の罪。

再び円環の理として覚醒しようとした"あの娘"をこの手で(あや)め、覚醒を阻止した。

だってそうしなければ。

1度円環の理に"あの娘"を戻してしまったら、もう2度と手出しすることは出来ないのだから。

 

それから"私"は独りで数十年もの時を過ごし、魂を無くして壊れた円環の理の代わりを務め続けながら、"時の分岐点"を探し続けた。

 

"あの娘"の願いによって確かに魔女は"表面上は"この地上から消え去っている。けれど魔女としての記憶を持った◆◆◆◆◆(人魚の魔女)が存在しているように、魔女は本当は消えたわけじゃない。

そもそも"あの娘"の力を以ってしても、魔女を消し去ることなどできはしないのだ。

魔女を消し去るということは、魔女の元である魔法少女を消し去ることとほぼ同意義であると言える。

ならば魔法少女というシステムを無かった事にしてしまえば……そうすれば今度は、円環の理の存在自体を否定することになる。何故なら円環の理もまた、1人の魔法少女から生まれた概念であるから。

そして、円環の理がなければ魔女を消す事は叶わない。その結果、"魔女になる前に浄化する"という中途半端な形でしか"あの娘"の願いは叶わなかったのだ。

 

そして今この宇宙には、"観測できる限りでは"魔女は存在しない。しかしこの宇宙の歴史上には、『かつて"魔女"という存在が在った』という事実が刻まれており、それによって魔法少女と、円環の理の存在が裏付けられているのだ。

 

"私"は数十年…或いは百数年かけて、それをようやく見つける事ができた。

既に、"私"にとっては時間の単位など瑣末なものでしかなかった。堕ちる事を選んだその時から、"私"の時は止まったままなのだから。

既に気が触れているのだから、永遠にも思える時の流れなんて、苦痛とすら感じなかった。"私"の事を識る者が、誰1人居なくなってもだ。

 

そして"私"は、その"事実"を基にして始まりの時間軸を歴史上の中から抜き出した。

円環の理が誕生する直前の時間軸。魔女と、魔法少女と、円環の理。その3つが混在し、それらの存在を同時に証明できる唯一の時間軸。

……"私"が、"あの娘"を失った時間軸。そこに"私"は、再び足を踏み入れた。

それより先の記憶を、自ら封じ込めて。

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

…どれくらい、こうしていただろうか。遠い日の記憶が、他人事のように"私"の心の中に浮かんでは消える。

そんな、馬鹿な。あり得ない。"私"が、そんな理由で"あの娘"を手にかけるなんて………

薄汚れた負の思念が"私"を取り込もうとする。けれどどうやら、何物よりも黒く染まった"私"の魂は、奴らでも侵食できないほどに醜かったらしい。

…だから何だというのだ。もう、誰の名前も思い出せない。助けを呼ぶこともできないというのに。

"私"の魂は絶望によって転移する事などもうないけれど、今まさしく"私"の魂は絶望に染まりつつあった。

 

 

 

『────────────…………!』

 

 

 

 

ふと、声が聴こえた気がした。

その声は"私"を呼んでいるように感じた。

どこか懐かしくも感じる、力強い声。かつて「諦めるな」と"私"を叱ったあの声は、確かに聴き覚えがあった。

暗闇の中に、手を差し伸べられたような気がした。

"私"はそれに向かって手を伸ばす。どこだっていい。連れ出してくれるなら、きっとここよりはマシな筈だ。

…連れ出してもらって、どうする気なのか。こんな"私"が、あの娘に手を触れるなど許される筈もないのに。

罪悪感に胸の奥を潰されそうになる。けれど差し伸べられたその手は、"私"に立ち止まる事すら許さないつもりだろう。

……そうだ。"私"は、□□□を取り戻す為なら、何でもすると決めた。たとえこの身が果てようとも、どんな罪を背負ってでも、□□□の人としての生を取り戻すと決めたのだ。

どうせ言うなら逆だ。"こんな処で立ち止まってて、何になるというのだ"。

 

 

 

 

待っていて、"まどか"。

 

 

 

ようやく思いだすことの出来た何よりも尊い名を呼び、私は差し伸べられた手を取った。

 

 

 

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

 

 

『──────グォォォァァァァァァァッ!!』

 

 

 

 

ワルプルギスの夜が悶え苦しみ、吼えた。

ルドガーの放った全力の拳はワルプルギスの胸元に小さな風穴をぶち空け、そこから大量の血のような液体が噴き出る。

決死の思いで掴んだものを引きずり抜くとさらに傷口から血が噴きこぼれ、ワルプルギスの口元に紡がれていた魔法陣は粉々になり霧散した。

 

 

『…………やった! 取り戻したぞ、ほむら!!』

 

 

灼かれるような熱を腕に感じながらもワルプルギスから抉り出した"ソレ"は、何物にも穢すことのできぬほどの黒に染まった魂の結晶だった。

取り込まれながらも、その深い闇色の宝石は、ワルプルギスですら飲み込みきれなかったのだ。

 

『……!? これは…?』

 

飛び降りながら怯むワルプルギスとの距離を取り、握り締めたほむらのソウルジェムを見つめると、突然目も眩むような暗い輝きを放ち、ルドガーの周囲から広まってたちまち戦場を空ごと覆い尽くした。

何が始まろうとしているんだ、とルドガーは呟いたが、ワルプルギスの夜以上に想像のつかない事象が起ころうとしている予感だけはしていた。

 

 

 

『…………ありがとう、ルドガー』

 

 

 

不意に頭の中に響いた声は、1度は失いかけた、よく聞き慣れた少女の声だった。

恐らく、手に持ったソウルジェムから直接語りかけてきているのだろうか。

 

『あなたのお陰で、私はまた還ってこれた。…そして、やっと全てを思い出す事ができたわ』

『思い出す…? 何をだ』

『そうね……私の使命、私とあの娘の約束………そして、私の犯した罪。その全てを、ね』

『罪、だって? 何を言って………っ!?』

 

その時、ルドガーの手元にあったソウルジェムが一瞬にして消滅した。

訳がわからなくなったルドガーは焦りながら周囲を見回すが、どこに移動したのかは遠目から確認することができた。避難していたまどか達の方から、同じ魔力の波長を感じ取ったからだ。

その遥か後方では、まどかが抱き締めていたほむらの身体がぴくり、と動いた。

 

「………心配かけたわね、まどか」

「あ………っ、ほむら、ちゃん…? ほむらちゃんっ!」

「……あなたに抱かれて目を覚ますのは凄く幸せなのだけれど、そうね……あなたのこんな姿を見るのは、辛いわね」

 

失われた筈の左手は、ソウルジェムの帰還と共に歯車の波紋が現れ瞬時に治癒していた。

ほむらは微笑みながらも、契約しかけたせいで伸びたまどかの髪を愛おしそうに手で触れ、同時に胸が張り裂けるような痛みを感じる。

 

「………おかえり、ほむら…!」

「…さやか、ありがとうね」

 

 

さやかもまどかと共にほむらの生還を喜び、その目尻には涙を浮かべていた。

 

「………ふふ、あとはヤツを潰すだけね」

「……ほむらちゃん?」

「待っていて、まどか。すぐ終わらせるわ(・・・・・・・・)

 

だが、まどかは突然のほむらの声色の変化に違和感を感じ、疑問符を浮かべる。

まどかの腕の中から離れてすっと立ち上がり、暗く染まった空の色と同じ色をした左手の痣をかざすと暗い光が瞬き、ほむらの衣装が瞬時に全く見たことのないものへと変質してしまった。

背中が大きく開き、黒く歪な形をした羽毛のようなフリルの備わった扇情的なドレスに身を包み、その背中からは黒翼とも白い羽根とも似つかぬ、黒鳥(ブラックスワン)のような華奢な羽根が1対生え備わっていた。

それを見守っていた3人のうち、さやかが本能的に"何かが違う"と感じて訴えた。

 

「あんた、その姿……どうしたってのよ!?」

「どうもこうもないわ。これこそが私の本当の姿。……いえ、私という存在の成れの果て、かしらね」

 

感じる魔力の質も、強さも、まるでつい先程までのほむらとは違う。清らかさなど感じられない、どこまでも重厚な魔力が漂う。まさかワルプルギスに取り込まれた時に悪い影響でも受けてしまったのではないか、と不安になる程にだ。

そして不安感を抱いたのはさやか達だけではない。ルドガーの"鍵の槍"に拘束されたままのキュゥべえも、感情がないにしては珍しくまくし立て始めた。

 

『それが君の正体というわけかい。…何てことだ。君はもはや魔法少女ではない! 魔女ですらない! 君はいったい、何なんだ!?』

「…お前に発言する権利なんて与えた憶えはないのだけれど…まあいいわ」

 

ぞくり、とインキュベーターは全身の産毛が逆立つような感覚を覚えた。

馬鹿な、自分達には感情などない。ではこの感覚は何なのか。まるでほむらの家に近づいた時のような途轍もない不快感が、キュゥべえを襲った。

黒の衣装を纏ったほむらは、さらに続ける。

 

「今の私は、魔なる者。救済を拒み、神を貶め、その力を奪い、今またこうして運命に抗おうとしている。

─────そんなモノはもう、"悪魔"とでも呼ぶのが相応しいんじゃあないかしら!?」

『り、理解できない。君の言ってる事は滅茶苦茶だ! 訳がわからないよ!』

「当たり前よ。感情のないあなた達に理解する事なんて、どうせできはしないわ。…けれどいい機会ね? 憶えておくといいわ」

 

ほむらは語りながらキュゥべえを突き刺している槍を掴み、地表から抜き取るとそのままキュゥべえの頭を鷲掴みにし、

 

『─────────あ、』

「この想いこそが人間の感情の極み。希望よりも熱く、絶望よりも深く……そして、何者にも絶対に壊せないモノ──────(アイ)よ」

 

どこまでも冷ややかな声で告げると同時にキュゥべえの頭を握り潰し、鮮血を散らした。

 

「……さて、残るはアイツね」

 

面倒そうに血を振り払ってから、ぱちん、と両の掌で拍子を打つとほむらはまどか達の目前から瞬時に消え去り、前方で対峙しているルドガーの真隣まで跳んでいた。

突然隣に舞い戻った禍々しい姿のほむらに驚きながら、尋ねる。

 

『…ほむら!? 一体何が起きているんだ。その姿はどうしたんだ?』

「この場で語り尽くせるようなものではないわ」

『…そうか。なら今は、あいつを早く倒そう!』

「それは無理ね」

『───な、えっ!? 何を言ってるんだほむら!?』

「取り込まれて、ようやく理解できたの。アレは数千…いえ、数万の魔女がひとつとなって形を造っているモノ。まどかならともかく、今の私達でもその全てを1度に消し去る事はできない。魂の核をひとつ潰しても、他の魂が新たな"核"となって再生するだけ。そうね…今の私達の力なら、あと80回ほどヤツを殺せば殺しきれるわね」

『80!? そんなの……』

「ええ。だから"無理"だと言っているのよ。…でも、殺すだけが全てじゃない。私達なら、アイツを永遠に排除できるわ。いい? まずは───」

 

ルドガーだけでなく、負傷したキリカを運んでいた2人の少女達にも伝わるように、ほむらはテレパシーを織り交ぜて説明を始めた。

その方法はとても想像し難いものであったが、ルドガーだけはそれと同じ事を間近で見た事があったため、理解するのは早かった。

 

『…確かに、それならあいつを永遠に封じ込められるな。けど、そんな事が本当にできるのか?』

「今の私なら可能よ。さて………やるわよ!」

『おう!』

 

新たにリンクを結び直すとほむらはいち早く空へと飛び立ち、その手に黒く巨大な弓を錬成して空に掲げた。

対してルドガーはもう1度鍵の槍を作り直し、

 

『うぉぉぉぉぉっ!!』

 

ほむらが弓矢を暗雲に向けて放つと同時に、槍を真上に向かって投げた。

矢が雲を切り裂くと同時に空に巨大な魔法陣が展開され、ルドガーの槍はその魔法陣の中央を引き裂くように貫く。槍が虚空へ消えたかと思うと、魔法陣に刻まれた紋様が瞬き始め、そこから黒い光弾が雨のように降り注ぎ、ワルプルギスを貫いて地表を打った。

 

 

『ギャオ、ォォォァァァァッ!!』

 

全身を光弾に貫かれても、空いた穴はじわじわと塞がってゆき、勢いは衰えない。取り込んだ魂を燃焼して傷をどんどん塞いでいるのだろうか。

ワルプルギスはほむら達の攻撃に対抗すべく、やや速度の乗った火球を数発、真正面へと放った。

 

「残念だけど、やらせないわ」

 

ほむらはまるで片手間のように弓矢を素早く引き、放った1本の矢を複数の光の矢へと分裂させてワルプルギスの撃った火球へとぶつけた。

しかし分割された矢の1つ1つですら、黒衣に身を包む前のほむらの矢1発とほぼ同等の威力で火球へ炸裂し、霧散させてゆく。

火球では埒が明かないと思ったのか、ワルプルギスは火球の煙塵に隠れながら口元に魔法陣を展開し、背中の歯車を高速回転させ、雄叫びを上げながら周囲の大気ごとエネルギーを集約した。

しかしほむらはもはや避ける素振(そぶ)りすら見せず、代わりに前方に、空に紡いだものと同じ幾何学的な紋様の魔法陣を展開する。

 

『──────グォォォォォォ!!』

 

咆哮と共にワルプルギスから再び膨大なエネルギー砲が放たれる。

人魚の魔女を打ち祓った光の剣すら破ったエネルギー波は、真正面からほむらの紡いだ魔法陣に直撃し、

 

 

『くっ………え?』

 

 

ルドガーが目を閉じて身構えていても、エネルギー波は一切届かず、全てほむらの魔法陣に吸い込まれて消えていた。

 

「残念、こっちよ」

 

ほむらは見下すように冷ややかに言い、パン、と手拍子を打つと、ワルプルギスの足元にも巨大な幾何学模様の魔法陣が展開され始めた。

ルドガーと共に空から放った光弾はワルプルギスを攻撃するだけではなく、ルドガーすら気付かないうちに地表に陣を描いてもいたのだ。

その地表の魔法陣が引き裂かれるように中央から開くと、その穴の中からワルプルギスの放ったエネルギー波がそっくりそのまま放たれ、真下からワルプルギス自身を灼いた。

 

『!? グ、ォォォォォォァァァァァァァッ!!?』

 

何が起こったのか、一瞬だけルドガーは判断が追いつかなかった。

どうやらワルプルギスの光弾はほむらの魔法陣によって違う方向から吐き出されたようだと判断したが、戸惑うルドガーを尻目にほむらはさらに呟く。

 

「準備はできたわ。ヤツ自身の攻撃で、時空の特異点を開くことができた。…あとは、ヤツをそこに押し込むだけよ」

 

ほむらが指差したワルプルギスの足元の魔法陣は、大きな穴を開けたままブラックホールのように周囲の風を吸い込み始めていた。

それはまさしく、かつてリドウが旅船ペリューン内でミラを嵌める為に使用した、次元の狭間に繋がる大穴と酷似していた。

ルドガーが危惧するまでもなく、ほむらは容易くそれを再現してみせたのだ。

もっともその口ぶりからすると、引き金になったのは時空すら捻じ曲げるワルプルギスの一撃だったようだが。

 

「用意はいいかしら、ルドガー。次の一撃、私達の全力を込めるわ」

『今更、聞くまでもないだろ?』

「ええ、そうね………行くわよ!」

 

ほむらは再度弓を空に掲げ、ひときわ巨大なエネルギーの矢を。対するルドガーはアローサルオーブに眠る力を呼び起こし、骸殻と重ね掛けする形で極限状態(オーバーリミッツ)を解放し、鍵の槍を造り出した。

 

 

「「開け、虚空の扉!!」」

 

 

空に魔法陣を描き、その中央に向かって同時に放たれた矢と槍は、魔法陣へと吸い込まれてゆく。

しかし先程とは違って光弾の雨は降らず、代わりに魔法陣の中央に巨大な裂け目が生じ、その中に2人の攻撃が吸い込まれた。

空に拡がる暗雲が魔法陣を中心にして螺旋を描き、稲光を伴いながら裂け目の周辺に風が集まる。

ワルプルギスの足元の魔法陣は空のそれとは対照的に、獲物を引き摺り込まんとするように吸引力を増していった。

 

「受けてみなさい! これが私達の───」

『俺達の、全力だ!!』

 

ほむらは自身の羽根の力で、ルドガーは空間跳躍を使って空の魔法陣付近にまで一気に飛び上がった。

2人で呼吸を合わせて手を掲げると、陣の中から膨大なエネルギーを吸収した、蒼白く輝く巨大な刃が雷鳴と共に顔を見せる。

それは槍でも矢でもなく、剣だった。2人の持つ、時空を歪める・破壊する力を合わせた、全てを終わらせる力を持った剣。

永遠に繰り返される絶望を断ち切る為の剣を、災厄へ向けて突き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「「エターナル・ファイナリティ!!」」

 

 

 

 

 

 

光の剣は真っ直ぐに落ち、自らの攻撃に身を灼かれ怯むワルプルギスの胴体に突き刺さり、激しい閃光を拡げた。

 

『オォォォォァァァッ!!! ガァァァァァァッ!!』

 

下から吸い込まれ、空高くから押し潰さんとばかりの剣撃に押しやられながら、ワルプルギスはひときわ激しい叫び声を上げ、2人の攻撃に抗う。

背中に備わった複数の歯車を高速回転させ、自身の意のままに時の流れを操作し、魔法陣を打ち消そうとし出した。

しかし今ワルプルギスに突き刺さっている剣には、ルドガーの"鍵の槍"の力も込められている。歯車は空を切るばかりで時の流れを変える事はなく、次第に重圧に耐えかねて歯車が瓦解し始めた。

ワルプルギスの下半身部分が次元の裂け目に飲み込まれる。だが、異様に長い両腕で裂け目の口を押さえ、押し込まれまいと抗い出した。

 

『この……っ、往生際の悪い!!』

「さっさと墜ちなさいっ!」

 

抗うワルプルギスに向けて、2人は空から黒い光弾の雨を降らせて追い打ちをかける。

それでも、光の剣と拮抗を保ちながら堪えるワルプルギスに対しては、微々たる効果しかない。

 

『グアォォォォァァッ!!』

 

ワルプルギスは抵抗しながらも、上空にいる2人に向けて再度攻撃をしようと、口元に歪な魔法陣を描いた。だが、

 

「それ以上、やらせないわよ!」

「いい加減くたばりやがれ! 死に損ないッ!!」

 

離れた所から見守っていたマミが、枯渇ギリギリまで魔力を絞り出し、更に杏子からも魔力を分乗され、巨大な砲身を錬成してワルプルギスへと撃ち放った。

文字通りマミと杏子の全ての魔力を合わせた最終砲撃は、ワルプルギスの顔面へと吸い込まれるように着弾し、その顔の半分を柘榴のように散らせた。

顔を攻撃した程度ではまた再生される。だが、紡いだ攻撃を中断させるには、十分過ぎるものだった。

顔面を吹き飛ばされ、ワルプルギスの巨大な腕から力が抜け、拮抗が崩れる。

もはや声すら上げずに光の剣に一気に身体を押し込まれ、ついに次元の狭間の中へと全身が引き込まれていった。

 

『これで! 終わりだぁぁぁっ!!』

 

最後に2人が空高くから撃ち込んだのは、時を破壊する鍵の槍と黒い矢だ。

ワルプルギスを吸い込んだ魔法陣の中へと真っ直ぐに撃ち込まれると、槍は歯車状の波紋を拡げながら閃光を放ち、ほむらの創った次元の裂け目を跡形もなく粉々に破壊し、門を閉じた。

 

 

 

 

 

 

7.

 

 

 

 

 

 

 

─────やっと、全てが終わった。

 

 

 

長い戦いを経て、ほむらはようやくその一言を呟くことができた。

ワルプルギスの夜が次元の狭間へと幽閉された事により嵐は綺麗に止み、空を覆っていた暗雲のような暗闇も次第に晴れてゆき、燦々と輝く太陽の光が荒れた街を照らした。

ワルプルギスの遺した傷跡は凄惨なもので、事前に避難警報が出ていたとはいえ、見滝原市内は目測で6割程の建物が壊されていた。

人々の記憶にも、ただの嵐ではなく化け物の仕業だと刻まれることだろう。通常あり得ない筈だが、この場に駆けつけている詢子にワルプルギスの夜やキュゥべえの姿が見えているように、ワルプルギスの強すぎる力が幻想を可視化していたのだから。

 

 

地上に降りて骸殻を解いたルドガーは、真っ直ぐに負傷したキリカのもとへ駆けつけ、その容体を観る。

マミと杏子が救い出してくれたとはいえ、あの瞬間に駆けつけてやれずワルプルギスの攻撃を防がざるを得なかった事もあり、ずっと心に引っかかり続けていたのだ。

2人に支えられながら、キリカは立ち上がってルドガーを迎えた。

 

「キリカ、大丈夫か…?」

「……へいき。私はこれくらいではやられはしないよ」

 

そうは言うが、弱い攻撃とはいえワルプルギスの光弾の直撃を受けたキリカは、変身が解けてぐったりとしていて、立つのも辛そうに見えた。

ただ命に別状がないことは確かで、その1点を確認する事ができてルドガーの杞憂もようやく消えた。

 

「……全部、見ていたよ。流石は私が守ると決めた君だ。最高に、かっこよかったよ」

「…俺のこの力は、今まで数え切れないくらいのモノを壊してきたんだ。そんなものが、格好いいわけなんてない」

「それでも、その力でちゃんとみんなを守ってみせたじゃないか。……そんな君だからこそ、私は君に出逢えた事を誇りに思えるんだよ」

「…そうだな。やっと、守れた。みんなが無事で本当に良かったよ」

 

もし、自分がこの世界に飛ばされたのが"この為"なのだとしたら、自分はあとどのくらい此処に居られるのだろうか、とルドガーは思う。

だが、それを指し示すものは何もない。幻想(ゆめ)の中でミラが言っていたように、本当にこの身体が精霊として転生しているのなら、夢を見る事が許されるだけの力がどれだけ残されているのか…それを識る(すべ)はない。

 

「勝ったってのに、なぁに辛気臭え顔してんだよ?」と、杏子が何処からか駄菓子を咥えながら言った。

「いつもみてえにイチャイチャしてりゃあいいじゃねえか」

「い、イチャイチャ!? いや俺はそんなつもりじゃなくてだな!」

「はん、はたから見てりゃそう見えるんだよ」

「キリカさんは大分あなたに懐いているように見えるけれど?」と、マミまでもが杏子に便乗して冷やかし始めた。

「さっきキリカさんが美樹さんと一緒にあなたを治療してた時なんて、(じん)こ───」

「わ、わぁっ!? 余計な事は言わないでくれないかいマミ!」

 

何かを言いかけたマミの言葉尻を、赤面しながらキリカが強引に切って誤魔化した。

相変わらず、さっきからたまに訳のわからない態度をとるキリカにルドガーは首を傾げるばかりた。

 

「……ち、違うんだこれは! 君を助ける為には仕方なかったんだよ! そ、そりゃあ私なんかがそんな事したら怒るかもしれないけど─────」

「? 俺を助けてくれたんだろ、怒るわけないよ。…というか、さっきから何をそんなに慌ててるんだ?」

「う、ううん何でもない! 何でもないんだよ!」

 

どうやら気付いていない? とキリカはルドガーの態度を見てすぐに察し、前言を撤回し出した。

マミと杏子はそのやり取りを眺めて、半笑いでため息をついていたのだが。

 

「しっかしまぁ、ひどく荒れたもんだねぇ…」

 

不意に杏子が、争いの終わったあとの街並みを見渡してぼやいた。

ワルプルギスの遺した爪痕は大きい。ビルの殆どが倒壊し、小規模の建物も暴風と火球によって半壊、或いは全損しているものばかりだ。

こうも荒らされては復興の兆しもそう簡単には見えない。ようやく発展してきた見滝原も、暫くの間は過疎地に逆戻りかとため息をついていると、

 

 

「──────それは問題ないわ。この程度なら、私の力で修復できる範囲内よ」

 

 

突然ほむらが、4人のすぐ近くにまで現れた。その腕の中には大量のグリーフシードが抱えられており、恐らく持ちきれなかったであろう分がほむらの周囲にふわふわと浮いて追随していた。

大量のグリーフシードに囲まれ、黒いドレスを纏った真顔のほむらの姿はどこかシュールで、4人の表情も凍りついてしまった。

 

「……なんだぁ、そりゃあ」と、杏子がまずほむらに尋ねた。

「ワルプルギスの落としたグリーフシードよ」

「落とした…って、アイツはどっかにぶっ飛ばしただけで、死んでないんだろ?」

「ワルプルギスは魔女の集合体。倒し切れなくても、さっきの戦いでこれだけの数の魔女の魂を削り取ったということよ。

あなた達、早いところこれで浄化してしまいなさい。…街は、明日目が覚める頃までにはなんとか戻しておくわ」

「お、おう………悪ぃね、わざわざ」

 

杏子達に腕に抱えたグリーフシードをごっちゃりと渡すと、ほむらはまたも柏手を打って瞬時に姿を消した。

恐らくは、後方で見守っていたさやか達にもグリーフシードを届けに行ったのだろうと杏子は思ったが、

 

「……あいつ、あんなキャラだったか?」

 

と、困惑するばかりだった。

 

 

 

 

 

8.

 

 

 

 

 

 

ほむらが跳んだのはやはり戦場の後ろの方にいたまどか達3人のいる処だった。

既に3人はルドガー達のいる処へ向かって瓦礫を避けながら歩き始めていたが、その目の前に突然現れたのだ。

しかしこの場にいる唯一の一般人である詢子も魔法や化け物を目の当たりにしただけあり、もはや驚くことはなかった。

 

「おかえりなさい、ほむらちゃん」

 

と、まどかが声をかけたが返事はない。

ただ無言でさやかに宙に浮いたグリーフシードのいくつかを差し出し、浮かない顔をするばかりだ。

 

「………まどか。私は──────」

「?」

「………私は、あなたの傍にいる資格がない」

 

ほむらの口から出たのは、以前に魔女にやられて自信を失っていた時と同じような言葉だった。

 

「なに言ってるの、ほむらちゃん。資格だなんて、そんなの……」

「まどかにだけは、私の全てを識ってほしい。…他でもない、"あなた"だから」

 

言うとほむらは骨董品を扱うように恐る恐る、極めて優しくまどかの手を取る。

背中の羽根が2、3度はためくとほむらの身体の周りにほんの一瞬だけ黒いオーラが立ち、

 

「─────────えっ、」

 

その力は、まどかの中へと移っていった。

 

一瞬が、永遠のように永く感じる。まどかの脳裏に流し込まれてきたのは、ほむらの"記憶の一部"だった。

幾度となく繰り返される絶望の記憶。その先にある、見えない希望に虚しく縋り続けた記憶。神を堕とし地に留め───そして、抑えきれなくなり、その手で手折った記憶。

その全てを、その僅かな瞬間でまどかは追想させられた。

 

「………あ、っ……」

 

あまりのショックに某然とし、声を上げる事すらままならない。

ほむらは何故そこまで自身を罰したいと言っていたのか。一時は突き放そうとしたのか。ほむら自身の命をかけてまで、何故まどかに拘り続けたのか。

記憶と、それに追随する感情を流し込まれて、その全てをまどかは識ってしまったのだ。

 

「………どう、まどか。私の事、軽蔑した?」

 

未だ言葉を発せられずに固まるまどかに、ほむらは言った。その声色は、自らを"悪魔"と称した当人とは思えない程に弱々しかった。

何も言えないまどかにほむらはひとり納得したかのように軽く頷き、優しく握った手をゆっくりと離そうとした。

 

(…………だめ、このまま手を離したら…!)

 

しかしまどかは殆ど本能的にそう考え、離そうとしたほむらの手を逆に強く握り返した。

当然の如く拒絶されるとばかり思っていたほむらは面食らったように動きを止める。

 

「……ひどいよ、ほむらちゃん。まだ私何も言ってないのに。私にだってわかるよ……この手を離したら、ほむらちゃんはきっとどこかに消えて、2度と帰ってこない…そうでしょ」

「私は、まどかにそれだけの事をしたのよ。嫌われて当然なのよ…」

「嫌いだなんて、一言も言ってないじゃない!」

「………っ、まどか…?」

 

突然大声でそう叫んだまどかに、ほむらは困惑しだした。

こんな風に感情を剥き出しで叫ぶまどかの姿など、殆ど見たことがないからだ。

 

「今だって頭の中ごちゃごちゃして、ほむらちゃんの色んな気持ちが伝わってきて………正直、なんて言ったらいいのかよくわかんないよ………

でも、それでも、私はほむらちゃんの事が好きなの! "誰もわかってくれない"なんて思って……でも、本当にわかろうとしないのはほむらちゃんじゃない! どうしていつもそうやって決めつけるの…?」

「…そ、れは……」

「ううん、言わなくてもわかるよ。…ほむらちゃんは誰かを信じるのが怖いんだ。みんなの事も、私の事も………」

 

全て事実だ、とほむらは思った。何度も時を繰り返しているうちに皆の心は離れて行き、真実に耐えられず、ついには理解してもらう事を諦めざるを得なかった。

しかし、誰も頼りにできなかったかと言われれば、決してそうではない。結局は、信じて裏切られる事、信じてもらえない事が辛くて、最初から諦観し、拒絶しなければ心を保てなかったのだ。

では、と考える。何故自分はルドガーの事を信じたのだろうか。

答えは見えていた。ルドガーも、大切なものを守る為に戦い続け、多くのものを"壊した"。そうして守れたものはほんの一握りだったけれども、それでもルドガーは仲間を信じることをやめなかった。ほむらと違うのは、ただその一点だった。

 

「………あのさぁ、ほむら」

 

その2人の様子を見ていたさやかか、我慢し切れずに口を挟んだ。

 

「あたしがなんであんたに協力して、全部知った上で契約して、ここまで来たかわかる?」

「………まどかを、助けるため?」

「…まぁ、それもあるよ。小ちゃい頃から殆ど一緒にいた親友だしね。でも1番の理由は、"あんたが不器用だから"なの」

「私が、不器用…?」

「最初はどうにも無表情で、マジでまどかの事しか考えてないって思ったけど、実際は違った。

だってまどかだけ守ればいいなら、恭介もマミさんも放ったからしにすればいい。それこそ、まどかを連れて風見野にでも逃げればよかったじゃん。でも、あんたはみんな助けてくれた。

それでわかったんだ。あんたは誰よりもみんなの事を大事に思ってる。…ただ、それが上手に伝えられないだけなんだってね。だから、あんたの事応援したくなったの。

………それにさ、女の子に恥かかせるつもり?」

 

最後にさやかは微笑みながら、必死の表情でほむらの手を握るまどかを指差して言った。

相変わらず滅茶苦茶な事を言う、とほむらは思う。でも、そのどれもが否定できなかった。

そういう風にさやかが見ていてくれた事が、何故か嬉しくすら思えてしまったのだ。

そのさやかの言葉を胸に仕舞いながら、ほむらは再びまどかに向き合った。

 

「……まどか、私は…………」

「うん…ちゃんと、聞いてるからね」

「私は、あなたがすき。みんなの事が好き。みんなのいる、この世界が好き。………だから……私は、ここにいてもいいの…?」

 

まどかはほむらの問いかけに対し、敢えて何も言わない。その代わりにもう片方の手をほむらの頬に添え、ほんの少しつま先を伸ばして背伸びをする。

これが自分の答えだ、といった風にまどかはゆっくりと距離を縮めてゆき、唇を重ねた。

 

「まったく、見せつけてくれるねぇ」

 

と、詢子はぼやく。

いつの間にやら、知久に似て大人しいと思っていた娘が、こうしてはっきりと自分の意思を示せるようになったこと。

そして、命を賭けてでも守りたいと思える相手を見つけたことが、自分の事のように嬉しく思えるのだ。

反面、少しだけまどかが遠くに向かってしまったような感じもある。もしかしたら、思ったよりも早く自分の手を離れる時が来るのかもしれない、とも詢子は思っていた。

 

「………んっ、まどか………」

 

まどかからの口づけを受けながら、きっとこれは赦された訳ではないだろう、とほむらは考える。

そもそも、今ここにいるまどかは明らかに"あの娘"とは違うのだ。ほむらの記憶を見せられたところで、赦すだの赦さないだのを果たして決められるものだろうか。

当然、己のした事から目を背けて良い訳ではない。だからこそ、全てを犠牲にして手に入れたこの世界だけは守り通さなければならないのだ。

それでも、今こうしている瞬間だけは全てから解放されたような気持ちになれる。自分の中の醜い感情が、ゆっくりと洗われてゆくような気がしていた。

そうして最後に残されたのは、まどかから与えられた唯一無二の感情。希望も絶望も超えたその先にある、無償の愛。

 

 

 

 

 

 

探し求めていた最後の(アイ)は、ここに在った。

 

 

 

 

 







えー…ひとまず、本編終了となります。
この後で後日談として、「EXTRA EPISODE」と題打って何話か続く予定です。

また後日、更新します。

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