誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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CHAPTER:8 最後の"アイ"は、まだ来ない
第29話「死ぬことよりも怖い事があるんだ」


1.

 

 

 

 

 

 

 

その日は、仕掛けておいた目覚まし時計が鳴るよりも数分ほど早く目が覚めた。

いい加減キリカに抱きつかれながら眠るのにも慣れたルドガーだったが、窓枠をガタガタと鳴らす突風といつもよりも少し低めの気温によって冷えた居間の空気に、今朝ばかりは傍らの暖かさに感謝さえ覚える。

 

「……おはよう、ルドガー」

 

かくいうキリカは先に目を覚ましていたようで、身体を起こそうとして動くルドガーに気付いて声をかけた。

おはよう、と同じように優しく返すと立ち上がりカーテンを開け、空を眺め、それからテレビのリモコンに手を伸ばした。

朝のニュース番組では普段執り行われているコーナーが緊急速報に差し替えられており、それによると既にG県全域に暴風警報が発令されており、現在の時点で主たる交通機関の8割ほどが麻痺しているとのことだ。

まさしくほむらの言う通り、都市部に向かう人々は大幅に減るのはほぼ間違いないだろう。

ともあれ、まずは決戦に向かう前の食事の用意が待っていた。ルドガーはテレビの情報に真剣に食い入るキリカに尋ねかける。

 

「何か、食べたいものはあるか?」

「うーん…私は、君の料理なら何でも大歓迎だよ」

「はは……じゃあ、アレにしようか」

 

何となく、キリカに質問する前にルドガーの脳裏には既に料理のビジョンが浮かんでいた。

それが決まると早速台所に立ち、相変わらずの手際の良さで次々と食材を調理し始める。

程なくして、食欲をそそるトマトソースの香りが漂い出した。

 

 

 

 

食事が出来上がる直前になると、ほむらも珍しく朝から携帯電話で誰かと通話をしながら、寝室の方から出て来た。

既に寝間着からの着替えは済んでおりすぐにでも出発できる状態だが、まどかから譲り受けたリボンをつけたその姿からは、決戦に向けての意気込みが窺える。

 

「………ええ、はい。よろしくお願いします。えっ…私、ですか? "あとから必ず行く"とだけ伝えてもらえますか」

 

会話の様子からして相手はどうやら歳上の人物だと察する事はできたが、それが誰であるかまでは分からない。

通話を終えたほむらは料理中のルドガーを横目に、居間で軽い身支度をしているキリカの方へと向かい、尋ねかける。

 

「おはよう、ルドガー、キリカ。準備はできているのかしら?」

「私の方は万全だよ。いつでも出れる」

「ああ。昨日のうちに全部、な。"あれ"の使い方もだいぶ慣れたよ」

 

と、ルドガーは台所に立ちながら、ほむらから譲り受けた外装の剥がれた盾型の格納庫を指して答えた。

使い方、と言ってもどんな武器がどれだけ入っているのか。そして任意の武器を取り出す手順を数回練習した程度だが、元より様々な武器を使いこなす才のあるルドガーからしたら、それはさほど難しくはなかった。

 

「そう、ならいいわ。食べ終わったらすぐに行きましょう」

「ああ。こっちももう出来上がるよ」

 

中サイズの鍋の中の麺が茹で上がり、湯を切って皿にあけ、その上から先に作っておいたトマトソースを盛り付けてゆく。

ルドガーが作ったのは兄の好物でもあり、かつてこの家に初めて訪れた時にも作った、トマトソースパスタだった。

完成したトマトソースパスタをテーブルの上に運ぶと、それを見たほむらは、

 

「あなたが初めて来た時の事を思い出すわね」と呟いた。

「……ここまで、長かったな。本当に色んな事があった」

「そうね。…私にとっても、あなたにとっても、ね」

 

思えば、見滝原にやって来て右も左もわからなかったルドガーを家に招き、共に戦うようになってから早いものでひと月が経とうとしていた。

ほむら1人では、決してここまで来れる事はなかっただろう。だからこそ、今となってはこの出会いに感謝すら覚えていたのだ。

あとひとつ、この災厄さえ乗り越えることができれば──────ようやく、望んだ未来を掴み取ることができるのだ。

 

 

最後の時は、もう目前にまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

見滝原市内にも例に漏れず暴風警報が出ており、往来を歩く人々の姿は全く見られない。今朝の時点で既に住宅街付近の市立体育館が避難所として開放されており、早くもそちらに移った者も多いだろう。

当然、嵐に向かって歩いてゆく者など"普通は"いるはずも無い。

だが、午前9時を過ぎた段階で市内の外れには、既に変身を終えた魔法少女達とルドガーだけが示し合わせた通りに集まっていた。

 

「いよいよだね、ほむら」と、さやかが曇り空を仰ぎながら言った。

曰く、避難所に向かう家族達から抜け出すのに難儀したという。

「ええ。そろそろヤツはここに現れるはずよ。風向きからしても、方角に間違いはないはず」

 

現在ほむら達が位置するのは見滝原市内の北西部。それも、ビル街から少し離れた所だ。通常、季節風というものは大陸に沿って南西から北東にかけて流れてゆくのだが、今朝の天気図を見ても今回の暴風はその法則に逆らうような動きを見せている、と示していた。

即ち、自ずと"災厄"が訪れる方角も絞られてくる。

「"ワルプルギスの夜"ねぇ……実際にお目にかかんのは初めてだなぁ?」杏子は極めて普段通りに棒付きの飴を咥えながら言う。その傍らでマミも、

「最後にワルプルギスが現れたとされるのは今から何百年も前…言い伝え程度の話しか残ってないのも無理はないわね。

暁美さんがいなければ、それこそ一切の情報なしでワルプルギスと戦う事になっていたわね」

「それも、アイツが必死に掻き集めた情報なんだよな。…それを、無駄にする訳にはいかねえな」

 

出会った当初こそ自分が生き延びる事だけを考えていた(そうせざるを得なかった)杏子だが、ここに来て最早他人事などではなく"守りたいものの為に戦う"覚悟を腹に据えていた。

 

 

「………!」

 

空を見上げて構えていたルドガーの懐にある金の懐中時計が、突如として大きな金切り音を立て始めた。時歪の因子(タイムファクター)、或いはそれを内包した強力な魔女が現れる前兆である。

 

「みんな、行くわよ!」

 

過去に何度となくその音を耳にしてきた少女達は、ほぼ同時に一斉に各々の武器を錬成した。

中でも一番目立つのは円環の理(鹿目まどか)の力の一部を受け継いでいるほむらの巨大な白翼と、身の丈よりも長い幅の紫黒に煌めく弓だろう。

風が一段と強まると、何処からかパレードのマーチのような、それでいて憂鬱な雰囲気を思わせる音楽のようなざわめきが聴こえ出した。

それに続くように、遥か遠方から象の群れのような"何か"がゆっくりと向かって来る。

 

「な、何アレ?」それが唯ならぬモノであるのをわかった上で、さやかがほむらに尋ねる。

「アレはヤツの使い魔。…気をつけなさい、もっと増えるわ!」

 

言うと同時に白の翼を広げ、先陣を切って使い魔の群れの方へと迫ってゆき、羽撃(はばた)きながら弓を引き、拡散弾のような光の矢を放って迎撃を開始した。

それに続き、盾から大小2挺の銃を取り出してルドガーも攻撃に加わる。

現在現れている使い魔達は前座に過ぎない。本命はそのさらに奥に控えている。

 

 

『──────ハハハハ……』

 

 

使い魔の群れのさらに後方から、嘲笑うかのような声が響いた。使い魔はその声に応じるかのように行進をやめ、少女達を迎え撃たんと動き出した。

象の使い魔に追随していた小型の妖精のような使い魔も共に散開し、囁くような嗤い声を上げながら接近してきた。

 

「ヴォルティックチェイサー!!」

 

口径の異なる2挺銃を振り抜き、小口径の銃からは紫電が糸引く弾丸を、大口径の銃からはふた回りほど大きく膨れて爆風を内包した弾丸を数発放った。

紫電の弾丸は妖精の使い魔達に絡まるように拡散し、そこを中心に着弾した複数の炎弾から熱風が放たれ、使い魔を焼き払う。

 

『キャハ、キャハハハ!』

 

身を灼かれているのにも拘らず、妖精の使い魔はさも楽しげに不気味な声を上げながら灰になってゆく。

弓矢と銃撃によって第一陣の使い魔は難なく撃破することはできた。しかしそれによって、ようやく少女達を敵として認識した(・・・・・・・・・・・・・・・)ようで、今度は少し後方にいたさやか達をいっぺんに取り囲むように使い魔が湧いて出てきた。

 

「なんだこいつら、倒してもキリがねぇみてえだな!?」と、杏子が悪態をつきながら槍を横薙ぎに振り抜いた。

「悪りいなマミ、今回ばかりは使い魔共全部になんて構ってらんねえぞ!」

「ええ、私も同じ事を考えたところよ!」

 

マミは出力を絞り、必要最小限の魔力だけを込めてマスケット銃を連射してゆくが、その間にも使い魔は数を増してゆく。

 

「美樹さん! 魔力の使い過ぎに気をつけて!」

「わかってますって! そりゃあっ!!」

 

その特性上魔力の消費が激しいさやかも極力節約を意識し、大技を使わずにふた振りの円月刀だけで使い魔を蹴散らしてゆく。

その背中をカバーするように、戦闘スタイルが似通っているキリカも鉤爪のみで応戦していた。

離れた所に使い魔が現れて不意を突かれたルドガーだが、援護するか一瞬だけ迷う素振りをみせる。

 

(……………いや、)

 

だが、ここまで共に歩んできた少女達を信じ、もう間も無く出現するだろう本丸へと視線を戻した。

 

(……大丈夫。みんななら、あの程じゃやられやしない)

「ルドガー、来たわよ!!」

「ああ!」

 

最初の使い魔を撃退したその先の空が、妖しく歪み出した。まるで空間を捻じ曲げてこじ開けるかのように空に穴が空き、雷鳴を伴いながらその奥からついに災厄は顔を出す。

 

 

 

 

 

『─────キャハハハハハ、アッハハハハハハ───!!』

 

 

 

 

 

腕が長く胴が細い中世のドレスを纏ったようなアンバランスな身体に、巨大な歯車が何枚にも重なったものが備わっているだけの下半身。能面のような、それでいて口元だけが半月型に裂けた顔。何より不気味なのは、"ソレ"が真っ逆さまを向いて、風を纏いながらゆっくりと前進してくる姿だ。

これこそが、数多の絶望を振り撒き続け、今またこの街を蹂躙せんとする"災厄"。

 

「……………あれが、"ワルプルギスの夜"…!」

 

別段、時歪の因子化したわけではない。しかしそれでもなお、過去に戦ってきた時歪の因子化を引き起こした魔女達と同等、或いはそれ以上の力を秘めている事が感じ取れた。

ワルプルギスの顕現を目の当たりにし、後続の使い魔を撃破し終えた他の少女達も前線へと駆けつける。

 

「みんな、用意はいいわね。作戦通りに」ほむらが先頭に立ち、皆に確認をとる。

「一点集中、チャンスは1回…ね。問題ないわ」

「ええ。"巴さん"、頼むわね」

「ふふ、任せなさい」

 

マミは使い魔の迎撃に割いていた魔力を更に絞り、マスケット銃もわずかに小さなものへと持ち替えた。その周囲には杏子、キリカ、さやかが立ち、火力の落ちるだろうマミの援護に回った。

限界まで魔力を溜め込んで、こじ開けた懐に最終砲撃を叩き込む───それこそが、ほむらの立てた作戦の最終目標だ。しかし、その間は当然ながらマミの防御が手薄になってしまう。

その穴を仲間同士で埋め、砲撃の道筋は、魔力量の制約がないほむらとルドガーで無理矢理こじ開けるのだ。

 

『アハハハハ、キャハハハハハハハハハッ』

 

ワルプルギスが何度目かの嗤い声を上げると、三たび大量の使い魔が少女達の周辺に湧き始めた。

 

「行くわよ、ルドガー!」

「ああ───リンク・オン!」

 

白羽根を纏うほむらに同調して擬似リンクを繋ぎ、使い魔の群れに2人だけで突っ込んでいった。

 

 

『─────フフフフフ、アハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの纏う風が一気に勢力を増し、真下の地表を削り、めくり上げる。その余波に呑まれるように、周囲の建物も崩落し巻き上げられ、突進してくる2人へと瓦礫が振りかかってきた。

それに対しほむらは急上昇して瓦礫の隙間を掻い潜り、ルドガーは即座に骸殻を発動して瓦礫の雨へと槍の一撃を放った。

 

「ファンドル・グランデ!!」

 

槍の鉾先から放たれた凍気の衝撃波が瓦礫に直撃するとその部分だけが勢いを止められ、そのまま真下に崩れ落ちた。

そのこじ開けた隙間から更に前へと駆けてゆく。瓦礫の雨を完全にすり抜けたルドガーは、いよいよワルプルギスの本体に対して攻撃を試みた。

 

「喰らえっ!!」

 

光の速さで放たれる槍の一撃(バドブレイカー)は、暴風すらも貫いて真っ直ぐにワルプルギスの身体へと直撃した。そこに重ねるように上空のほむらも連続して光の矢を撃ち込み続ける。

ワルプルギスの高い防御性は、並の攻撃では剥がすことはできない。一点集中で崩し、そこに後方で控えている最終砲撃を撃ち込もうとしているのだが、

 

『──────ハハハハハハハ、アハハハハハハッ!』

 

ワルプルギスはなおも悠然と空を漂いながら、じわじわと市街地に進行して来ている。

 

「くっ……全く効いてないぞ!?」

「まだよ! もっと攻撃を続けて!」

「わかってる! 行くぞ!!」

 

遠距離からの攻撃ではたかが知れてると判断したルドガーは、危険を承知で更にワルプルギスへと近づき、暴風に揺られながらも近接攻撃を試みた。

崩れた建物を足掛かりにしバネを効かせて高く跳び上がり、そこに空間跳躍を重ね、先程攻撃を加えたポイントの真正面にまで迫る。

 

「マギカ・ブレーデ!!」

 

槍の先に空間をも引き裂く光を纏わせ、先に槍と矢を撃ち込んだ部分に向かって高速の斬撃を浴びせた。

それによって、ワルプルギスの身体の表面がほんの少しだけ削れたような感触を覚える。

しかし、これだけではとても手数が足りるとは言い難い。

ワルプルギスの身体を蹴って後方に飛び下がると、低空で飛びながら矢を放つほむらと空中で合流し、互いの力を重ね合わせた。

 

 

「「─────天威・浄破弓ッ!!」」

 

 

破壊と浄化、2つの力が交差した巨大な光の矢がワルプルギスの傷跡へと突き刺さった。

 

『───ハハハハ、ッ、?』

 

人魚の魔女にすら致命傷を与えるに至った光の矢を叩き込んだことで、ようやくワルプルギスの夜をふらつかせる事ができた。

だが、これだけの威力の技を撃ち込んでもその程度でしかないという事実は、図らずして2人の疲労を煽った。

一旦着地した後、なおも諦めずに攻撃を仕掛けようと、ルドガーは再び空間跳躍でワルプルギスの真正面へと転移し、槍を振りかざした。

 

「おい、ルドガー!!」

「その声、杏子か!?」

 

その下ではルドガーを追って瓦礫の上を駆け登り、杏子か追いついてきていた。

 

「マミ達は平気なのか!?」

「そのマミに言われたんだよ! 「行ってやれ」ってな! 行くぞルドガー!」

 

魔力によって高めた脚力による跳躍は、現在ルドガーが攻撃を仕掛けようとしている高高度までは僅かに足りない。

しかし杏子は多節槍を展開し、鉾先を投げ飛ばしてワルプルギスの身体に突き刺し、それを利用して自らの身体を無理矢理引き上げた。

 

「「喰らえ、灸朱雀(やいとすざく)っ!!」

 

 

燃え上がる赤と黒の槍、その2つを重ね合わせた波状攻撃をワルプルギスの傷跡に向かって打ちつける。

何度目かの攻撃でやっと確かな手応えを感じたが、それはワルプルギスの夜も同様であり、甲高い声を放ちながら身悶えさせて2人を振り払った。

 

「ぐ…っ、まだまだ!」

「ルドガー、下がって! 攻撃が来るわ!」

 

もう何度となくワルプルギスの夜と交戦してきたほむらは、次にワルプルギスの夜がとる行動を予測して、槍を持つ2人に距離を取るよう促す。

 

『アハハハッ、アッハハハハハハハ!!』

 

着地し共に後方に下がると、ワルプルギスの夜は裂けたような口元から瞬時に何発もの火炎弾を放ち、地上を爆撃してきた。

 

「なっ……!? 杏子、避けろ!」

「へっ!あんなノロいのに当たるかよ!」

 

速度自体はやや緩慢ではあるものの、当たれば相当のダメージを負うことは必至。だが、それよりも後方でタイミングを待っているマミ達の方へと向かわせない為に、ルドガーと杏子は二手に分かれて火炎弾をすり抜けながら前に攻撃を仕掛けに向かった。

ルドガー達から逸れて着弾した火炎は付近の小さな建物に直撃し、粉々に吹き飛ばした。

 

「援護するわ!」

 

ほむらも空中で火炎弾を躱しながら、ワルプルギスの注意を惹きつけようと無数の光の矢を放ち続ける。

 

「足りない…! もっと、あの娘(・・・・)みたいに強い力があれば………!」

 

魔力に際限はないものの、黒翼のような暴力的な破壊力を持たない攻撃では決定打にはなり得ない。そういった点のみでは今になって黒翼を欲してしまいそうになっていた。

それでも無限の魔力という自分にしかない利点を無駄にしない為に、手を休めず攻撃に徹していた。

 

『アハハハッ──────』

 

ほむらの執拗な攻撃に対し、ついにワルプルギスの夜は視線を変えた。

1段と強い突風を巻き起こし、空に舞うほむらごと大気を揺さぶりにかけてきたのだ。

 

「きゃっ…!?」

 

突風に煽られて空中でバランスを崩したほむらの元に、何発かの火炎弾が飛来してきた。

まともに飛んで迂回しても躱すことはできないと咄嗟に判断したほむらは、敢えて展開していた羽根を解除して、重力に身を任せ真下へと急落下した。

 

「ほむら…!?」

 

それを遠目から見ていたルドガーは一瞬ひやりとするが、リンクがまだ繋がっている事から"意識を失った訳ではない"ことだけは気付き、視線を目の前の敵に戻した。

 

「く……ギリギリ、ねっ!」

 

対するほむらは地表に激突する寸前に再び羽根を展開し、重力を強引に相殺して着地に成功した。

しかし間を開けずに襲いかかる火炎弾から逃れる為に、すぐさま空へ飛び上がり、今度は逃げずにワルプルギスの上をとる位置まで急上昇を始める。

それとほぼ同時に、マミからのテレパシーが全員に行き渡る。

 

『こっちはもうすぐチャージが終わるわ! どう、穴は開けたかしら!?』

「今やってる! もう少し待ってくれ!」と、ルドガーは盾の中から新たな武装を取り出しながら答えた。

『わかったわ! でも、こっちも使い魔が多すぎるの! あまり長くは待てないわよ!』

「ああ! 一気に終わらせる!」

 

度重なる空間跳躍の使用で骸殻の残量も少なくなってきていた。それも踏まえた上で、ルドガーは一気に決着をつけるための一手を打った。

 

「こっちを向け!」

 

盾から取り出したロケットランチャー数挺を、ワルプルギスの傷跡目掛けて代わる代わる撃ち込み始める。

ロケットランチャーが切れればバズーカ砲、それすらも撃ち尽くし、次にガトリング砲を取り出し、絶えず弾幕を張り続けた時点でワルプルギスの進行方向が僅かにルドガーの方に向いた。

 

「今だマミ! 準備を!」

『待ってたわよ!』

 

ワルプルギスが逸らした目線のあった先では、ルドガーの合図を受けて限界まで魔力をチャージしていたマミが1発限りの大砲の展開を始めた。

先ず使い魔の群れのど真ん中から巨大なケーキカップのようなものが現れ、そこから生えたリボンがアイスや苺の形に変化して色づき、超巨大サイズのスイーツのオブジェへと変貌してゆく。

そのスイーツオブジェの中央から戦車砲のような長い口径の銃身が現れ、その銃身の先端部にはマミが立って自ら照準をワルプルギスの方角へと定めていた。

 

『な、なんだぁアレ!?』と、さすがの杏子もその異様なサイズの物体に素っ頓狂な声を上げた。

「杏子、とにかく今はワルプルギスを!」

『あーもう、わぁってるっつうの! マミのヤツ、アタシがいねぇ間に妙な技ばっかり覚えやがって!』

 

悪態をつきながらも、ガトリング砲を乱射しながら距離を詰めるルドガーと、ワルプルギスを挟んで対角線上へと杏子は移動していた。

 

「おらぁ!! 喰らいやがれ!!」

 

負けじと杏子も多節槍を展開させ、さらにその槍に魔力を送り込み、マミの砲台に負けずとも劣らぬ巨大な槍へと変質させ、ワルプルギスの背中部分目掛けて投げた。

 

『──────ア、ハッ…?』

 

赤の槍が突き刺さった部分からは青白く光る炎が発し、ワルプルギスの背中を灼いてゆく。

虚を突かれた攻撃にワルプルギスは背中の方へと注意を逸らし、揺さぶりをかけられたところで、ルドガーが最初の傷跡目掛けて光を帯びた槍を無数に投擲する。

その槍は全て傷跡を抉るように突き刺さり、僅かに黒い血のような飛沫が撥ねた。

 

 

 

「マター・デストラクト!!」

 

 

 

もう何度目にもなる空間跳躍で傷跡の前に躍り出て、全力を込めた黒槍を穿つ。傷跡からはさらに血飛沫が舞い飛び、さしものワルプルギスも身じろぎをとり出した。

 

「マミ! 撃て!!」

 

ルドガーが叫ぶよりも僅かに早く、巨大戦車砲の銃口が光り輝いていた。

声を上げた瞬間、ルドガーは更に空間跳躍を行い、ワルプルギスを挟んで反対側にいる杏子の目の前に跳ぶ。

 

「うぉ!? ルドガー!?」

 

いきなり目の前に現れたルドガーに杏子は驚くが返事は返さず、残り微かなエネルギーを搾って固有結界を発動し、杏子を連れてマミの爆撃から逃れる為に結界の中へと飛び込んだ。

 

『行くわよ! ティロ・フィナーレ=グランデ!!』

 

ルドガーと杏子が次元の狭間に逃れた瞬間、マミの戦車砲が火を噴いた。

 

『──────ヒ、アァハハハハハハッ!? フフフフ、アッハハハハ!?』

 

1秒と置かずにワルプルギスの傷跡へと莫大なエネルギーを込めた弾丸が着弾。周囲の大気すら蒸発してしまいそうな程の熱を放ちながら激しい爆発を起こした。

 

『やったの!?』

「いいえ、まだよ!」

『そう…だと思ったわ! まだまだ行くわよ!』

 

ほむらは身を灼かれながら悶えるワルプルギスを空高くから窺い、未だ倒し切れていない事に歯軋りをした。

しかしながら、ここまで追い詰めた事はそうはない。あと一歩で倒せる。今のほむらはそう確信していた。

そしてその一歩は、もう間も無く打たれる。

 

 

「ルドガァぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「来い、キリカ!」

 

 

 

一方の声は、たった今マミのリボンによる即席のスリングショットを使って、戦車砲の先端から数十メートルを超えて跳躍してきたキリカのもの。

そしてもうひとつは、固有結界から帰還して直ぐさまキリカとリンクを組み直し、杏子の縛鎖結界をトランポリンのように利用して跳び上がり、高高度で双剣を構えたルドガーのものだ。

 

「──────風、織り紡ぎッ!」

「大地を! 断つ!!」

「「天翔・封縛刹!!」」

 

 

空中でタイミングを合わせた2人はそのまま刃を下に向けて構え直し、爆炎をも打ち祓う大気の渦を帯びながら手負いの敵へと流星の如き一撃を見舞った。

 

 

『──────ギ、ア、キアァァァァァァァッ!!』

 

 

胴体を両断され、硝子を引っ掻いたような鋭い叫び声を発しながら、ついにワルプルギスの夜が高度を維持できずに地表へと落下してゆく。

悲鳴は衝撃波と化して周囲の建物の一部を破壊し、ガラスの破片が光を乱反射しながら降り注ぎ、ワルプルギスの巨大な歯車部分が落下した衝撃によって形が崩れ砕ける建物も見られた。

その歯車もゆっくりと回転をやめ、数十秒おいて粉塵が鎮まると共に沈黙した。

 

「………終わった、のか?」

 

減速魔法で降り注ぐ瓦礫から逃れたキリカとルドガーは、全てを見届け着陸してきたほむらと合流し、動きを止めたワルプルギスを一瞥する。

後方にいたさやかとマミもようやく使い魔の群れから解放され、杏子と共に先の3人と合流した。

 

「やった…勝ったんだね、あたし達!」

 

使い魔の群れからマミを守って、擦り傷を負いながら剣を振り続けていたさやかは、たまらずほむらに抱きつきながら喜びを表した。しかしほむらはまだ安心し切ってはおらず、

 

「まだ、わからないわ。倒したと思っても復活した魔女だっていたもの」

「えっ………」

「それより、どうしてあなたは私に抱きついているのかしら」

「むー、いいじゃんか。あたし達親友でしょー? それともー、あたしの事キライ?」

「はぁ…全く。相変わらずね、さやか。これでも、まどかの次くらいにはあなたを好きでいるつもりなのだけれど?」

「おー、そうかそうか…えっ!?」

 

からかったつもりが、予想すらしていなかったほむらからの一言と、腰のあたりに手を回して抱き返された事で逆に赤面させられてしまった。

 

「だ、だめよ! あたし達お互い好きな人が!?」と、負けじとさやかもわざとらしく応えてみる。

無論冗談だと互いにわかっててやっているのだが、何よりさやかは"まどかの次に"という実質上の"一番の親友"という称号を嬉しく感じていた。

その様子を微笑ましく見守る少女達の表情も明るくなっていたが、未だ表情が硬い2人がいた。

 

「………ねぇ、ルドガー」

「どうしたんだ? キリカ」

 

お互いに言いたいことを承知の上で、敢えて尋ねてみる。

 

「確かに、手応えはあったよね」

「ああ、間違いなくな」

「なのに何でだろうね…私、まだ実感が湧かないんだよ」

 

キリカは刃零れした鉤爪を新しく造り直し、ルドガーは懐中時計を見て骸殻の残量を確認する。しかしつい先程固有結界を張るのにエネルギーを使い切ってしまい、今ようやく1/4(クォーター)骸殻を発動できるあたりまで再チャージが進んだばかりだ。

と同時に、懐中時計から音が鳴る。それは一抹の安堵を吹き飛ばし、更なる絶望へと誘うかのような音だった。

 

「みんな、まだ終わってないぞ!」

 

ルドガーが叫ぶと、"やはり"といった風に他の少女達も武器を構え直した。

そして眼前に墜落した、身体を両断されたワルプルギスの夜の下半身部分、巨大な歯車がじわじわと速度を上げながら廻り始めた。

 

『─────アハ、』

 

嘲笑うかのような声と共に、ワルプルギスの歯車から眩い光が放たれて視界が眩んでしまう。

それが止んだあとに、眼前には皆が揃って我を疑ってしまうかのような光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

避難所として開放された市立体育館内部には、各家族毎に島をつくるようにブロック分けをされて嵐が過ぎ去るのを待つ人々の姿があった。

こと鹿目家の面々も例外ではないが、その内の1人、まどかは皆とは違った意味で不安いっぱいにそわそわとしていた。

その鹿目家の隣に、遅れてやってきた美樹家と志筑家の面々が腰を下ろしたが、人数を欠いていることがすぐにわかった。

 

「あら、おはようございます」と、先に挨拶をしたのは詢子だ。

「娘さんは、ご一緒じゃあないんですか?」

「それが、お手洗いに行ったきり戻って来ないんですよ。今主人が探しに行ってるんですけど、かれこれ30分以上…忘れ物でも取りに勝手に出てったのかもわからなくて」

「この嵐で、ですか? まどか、さやかちゃんとは連絡とれないのかい」

「う、うん…電話、繋がらないよ」

 

詢子に聞かれ、まどかは心臓が跳ねたかのような感覚を覚えながら答えた。

この場で全ての事情を知っているのは当事者でもあるまどかと、魔女との戦いを実際に目撃したことで、事実を信じざるを得なくなった仁美だけであり、他者に真実を語ったところで信じてもらえるはずも無いと互いに承知しているからこそ、識らないふりをする他なかった。

そして、不安を煽っている要因はそれだけではない。市街地の方角から聴こえる、普通の嵐ではあり得ない爆音や破壊音の数々。

避難所にいる人々は、まさか災厄の魔女によって街が蹂躙されかけたなどと露ほども思っていない。

 

『やあ、まどか』

 

そこに、キュゥべえが相変わらず無神経さを隠そうともしない顔をして現れ、念話でまどかだけに喋りかけた。

 

『朗報だ。ほむら達、あのワルプルギスの夜を相手に善戦しているよ。だいぶ追い詰めたようだね?』

『! そうなんだ…みんな、無事だよね?』

 

キュゥべえの問いかけに対して、まどかも心の中で念じる事でキュゥべえに返事をした。

まどか自身は未だ普通の少女であるため念話能力は持たないが、キュゥべえの方から回線を繋いでいる場合はその限りではないのだ。

 

『ああ、みんな今のところ無傷のようだね。…でもたった今、ワルプルギスの夜からとても興味深い反応が検知されたよ』

『え…?』

『"時歪の因子化"といったかな? 君も見憶えがあるはずだよ。一番最初の、薔薇園の魔女。倒したと思ったら突然凶暴化して復活したあの現象だよ。時歪の因子化は、薔薇園の魔女以降の全ての魔女に起こっている現象だ。どうやらワルプルギスもその例に倣っているようだね。

ただでさえ最強の魔女…それが時歪の因子化したとなると、彼女達"だけ"で勝てるかな?』

 

キュゥべえはこの場に於いてすらも、暗に"まどかでなければ倒すことはできない"と示しているように聞き取れた。

加えて、まるでほむら達が勝とうが負けようがどちらでも構わないような口ぶり。既にキュゥべえの中では、魔法少女システムの全貌を知ってしまった少女達は、システムのサイクルからはみ出した厄介者でしかないのだろう。

 

『でも大丈夫。君なら例え時歪の因子化したワルプルギスの夜でさえも倒すことができる。彼女達を救うことができるんだ。君にはそれだけ途轍もない才能が秘められているんだよ?』

『……私は、契約なんてしないよ。ほむらちゃん達のこと、信じてるもん』

『まあ、決めるのはあくまで君の自由だ。見殺しにするも、しないもね。気が変わったらいつでも声をかけてくれればいい』

 

出会った時からすれば手のひらを返したように、最後まで辛辣な言葉を吐きながらキュゥべえは虚空へと消えた。

まどかは周りに悟られないように表情を抑えていたが、ほんの違和感に気付いた仁美が小声でまどかに問いかける。

 

「まどかさん…今、妙な声がしませんでしたか」

「えっ……もしかして、聴こえてたの…?」

「…その言い草だと、"魔法少女"絡みのようですね。大人達には聴こえなくて、私たちみたいな子供…特に、さやかさんやまどかさんみたいな一部の人にははっきりと聴こえる。違いますか?」

「う………」

 

仁美のあまりの的確な考察にまどかは返す言葉を見つけられずにもごつくが、その仕草はもはや肯定と同意義だ。

 

「信じましょう、まどかさん」

 

仁美は不安を隠せずにいるまどかの手を取り、優しく語りかける。

 

「さやかさんは"絶対に戻ってくる"と約束してくれました。ほむらさんも、きっとまどかさんと同じ約束をしたんだと思いますわ。だから私たちも、みなさんを信じてここで待ちましょう」

「………うん!」

 

お嬢様に見えて、こういう時の仁美は凛として自分の意思をはっきりと示し、決して弱い部分を見せない。その強さが羨ましいと感じつつも、自分だって弱音ばかり吐いてはいられないとまどかは思った。

 

 

その時、まどか達のいる区間から少し離れた所から、どよめきが広まった。

どうやらその区間の人々はポータブルテレビを持参していたようで、地元チャンネルのニュース速報に周囲の人々の視線が釘付けになっていた。

 

『──────繰り返します!』

 

映像は、見滝原市街地上空を飛ぶ1基のヘリコプターからのものだった。

 

『現在、見滝原市内に謎の巨大な物体が突然現れ…その、街を………うわぁ!?』

 

しかし市街地を映していた映像は突然ぶれ出し、次の瞬間、酷いノイズだけが映され、そののちにスタジオへとカメラが戻された。

噂は飛び火し、異変を感じた人々は揃ってスマートフォンを開き、インターネットのニュースに目を通す。

そのニュースページに貼られていた情報は、報道ヘリの墜落を報せる文章と、巨大な歯車を孕んだような"化け物"の姿を写した画像のみだった。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

 

「…………………そんな、」

 

 

閃光が収まり、ルドガーは瞼を擦って目の前の光景を再確認し、それから再度目を疑った。

 

「どうなってんだよ…! 確かに、胴体真っ二つにした筈だろ!?」

 

杏子は今日何度目にもなる悪態をつき、さやかはもはや何も言えずに立ち尽くしている。

マミは冷静に自分の魔力の残量を確認するが、もう一度戦車砲を生み出す程の余力などない事に気付いて奥歯を噛んだ。

何よりも、少女達に絶望感を植え付けた原因は──────

 

 

 

 

『…………フフ、アハ、アハハハハハッ!』

 

 

 

この地に顕現した直後と寸分変わらぬ、傷一つ見受けられないワルプルギスの夜の姿そのものだった。

 

「…なんてことだよ、あの一瞬で! 回復したとでも言うのかい! あのダメージを!!」と、キリカもいつになく激昂して吼えた。

「違う。あれは………回復じゃ、ない」

「何だって…? じゃああれは、何だって言うんだい!?」

「………"タイム・エセンティア"」

 

ルドガーは、認めたくなどない気持ちでありながら、しかしそれ以外考えられないといった風に呟いた。

かつて時の大精霊・クロノスが使用した、"自分自身の時間だけを巻き戻してダメージ自体を無かった事にする"大術。

奇しくもそれ自体はここ最近でも目にしている。黒翼を発現したほむらが致命傷を治す為に無意識のうちに度々行っていた、簡易的かつ局所的な時間遡行がそれだ。

だからこそ、それと同じ事をワルプルギスはやってのけたのだ、とルドガーだけにはハッキリとわかったのだ。

しかし、ワルプルギスの夜の執る行動はそれだけには終わらない。

現れた当初と今現在とでは、たった一つだけの差異がある。それはほんの些細な事のようにも思えるが、何よりも恐ろしい意味を秘めていた。

正位置──────上下逆さまの姿で顕現したワルプルギスの夜は、歯車を下に、顔を上に。正しい位置で空を舞っていたのだ。

魔法少女達に伝わる伝承では、"ワルプルギスの夜が正位置になる時、世界は終わる"とさえも言い伝えられているのだ。

ワルプルギスの能面のような顔の中央が裂け、その中から血走った巨大な単眼がどぷり、と音を立てて現れた。

その眼を使って少女達を舐めるように一瞥する。そこから感じられたのは、今までとは違うはっきりとした"敵意"。

皮肉な事に、今になってようやくワルプルギスの夜は少女達と同じ土俵に上がったのだ。

さらに下腹部の歯車が外れながら分解して広がり、ワルプルギスの背中部分に順に備わってゆく。その歯車ひとつひとつもなかなかの速度で回転しており、それだけで小規模の嵐が巻き起こる。

歯車を背負ったその姿はまさに、かの"時の大精霊"を彷彿とさせるものであり、

どす黒いオーラを帯びたその姿は、まさしく懸念していた時歪の因子化を起こしたものだった。

 

 

『─────────ハ、』

 

ワルプルギスが吼えた刹那、周辺の大気が一瞬にしてぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた。その暴風はビルを2つほどへし折り、重量などまるで無視して空に巻き上げる。

その折れたビル2つを、猛禽類のような鋭い爪の生えた両手で掴み、少女達のいる位置目掛けて投擲した。

 

「くそっ!! みんな、早く逃げろ!!」

 

ルドガーが叫ぶが、絶えず巻き起こる突風に煽られ少女達は立つだけで精一杯だった。投げられたビルの速さも大概なもので、逃げる時間などとうに失われている。

 

「ルドガー!!」

 

その時、ほむらの方からルドガーへとリンクの糸が繋がれた。その糸を通じてほむらの意図を汲み取ったルドガーも、それに応えてクォーター骸殻を発動させ、光の弓と槍の力をを掛け合わせた。

逃げられないのなら、真正面から叩き斬るしかない。それが2人の出した答えだった。

 

 

「「天翔! 光翼剣ッ!!」」

 

 

既に幾分かの力を消費していた2人の放つ光の剣は、以前人魚の魔女に向けて放ったそれよりも大幅に弱まっている。

しかし物体を破壊する程度ならば威力は十分。巨大な羽根の形をした剣は横薙ぎに放たれ、向かってくるビルを2つとも粉々に消し飛ばし、後方への被害を完璧に防いだ。

 

 

『アハハハハッ!!』

 

 

だが、その一手を読んでいたかのように、ワルプルギスは既に次の手を打っていた。

粉々に吹き飛んだビルの後方には、巨大な魔法陣が展開されていた。

さしずめ"タイム・クレーメル"のつもりなのだろうか。魔法陣から発射された莫大なエネルギー波は、ビルの破片を蒸発させて2人の光の剣と衝突した。

 

「ぐ……っ! 負けるな、ほむら!!」

「あなたこそ!!」

 

持てるエネルギーを全て集約しても、ワルプルギスの放つエネルギー波との均衡を保つことがやっとだった。

その均衡もじわじわと押されてゆき、数秒ほど耐えたのちに光の剣は限界を迎え、硝子が砕けるような音を立てながら霧散した。

 

「そんな…! くそぉっ!!」

 

それと同時に骸殻も解ける。固有結界に逃げ込むことすらもできずに、2人は声を上げる間も無く時空乱流の波に呑み込まれてしまった。

エネルギー波が2人を呑み込んで着弾した位置から発生した余波は、逃れているさなかの少女達を軽く吹き飛ばす。その半径数十メートル以内の建物は綺麗な円を描いたように破壊し尽くされた。

 

 

 

『──────ヒ、ハハハッ、アッハハハハ! キャハハハハハハハ!!』

 

 

 

素っ頓狂な嗤い声を上げながら、この世の全てをひっくり返さんとばかりにワルプルギスの蹂躙は続く。

吹き飛ばされ、もはや刃向かう力すら失った少女達への関心は失せたようで、ワルプルギスの夜は市街地を薙ぎ倒しながらゆっくりと舐めるように浮遊していった。

 

 

 

漆黒に染まり、歯車を背負ったその姿はまさに機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)─────終局をもたらす、"神の舞台装置"と呼ぶに相応しいものだった。

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

 

「…………そんな、これって…!?」

 

見滝原上空からの中継映像ののち、噂は飛び火して避難所全体がざわめいていた。

その噂は程なくしてまどか達の所へも届き、まず仁美が周りと同様にスマートフォンでニュースページを検索し、(くだん)の項目に目を通した。

それは、本来ならば一般人には目視できないもの。視えてはならないモノ。しかしそのページには、刻銘にソレの画像が貼られていたのだ。

仁美のスマートフォンを隣から見ていたまどかの口元から、ぽつりと言葉が零れ出る。

 

「これが…"ワルプルギスの夜"…?」

『へぇ、興味深いね』

「! キュゥべえ………」

 

いつの間にか、まどかの足元に再びキュゥべえが現れていた。

 

『どうやら、ワルプルギスの夜の時歪の因子化は想像以上だったようだね。通常、認視できないはずの魔女が可視状態になっている。こうして写真にまで収められる程にね。

これは、ワルプルギスの力が強まりすぎた影響だろう。強すぎる魔力が実体を得るまでに至ったんだ。君達の言葉で簡単に言うのならば"受肉"というのかな?』

『ねえ、ほむらちゃん達は…?』

『さっきから反応が感じられないよ。…おや? マミ、さやか、杏子、キリカは辛うじて生きているようだよ。でも、ルドガーとほむらの反応だけがない(・・)ね』

『そんな…………!?』

 

目に見えない"何か"と密に会話をし、たちまち青ざめた顔色になったまどかを見て、仁美は直感的に何かを感じ取った。

 

「まどかさん。何か、あったんですか?」

「仁美ちゃん……! 私、どうしよう………!」

「もしかして、さっきの……まさか、ほむらさん達に何かが?」

「………………ぐすっ………」

 

もはや声を出す事すら難しい程に、まどかの心は押し潰されそうになっていた。

そうしてまどかの脳裏には、あの白い悪魔の言葉が繰り返し廻り続ける。

"君なら、救うことができる"と。

 

「………ごめんね」

「え…まどか、さん?」

「わたし、行かなきゃ………」

 

ただ一言、ぽつりと呟いた謝罪の言葉はきっと自分に向けられたものではないのだろう、と仁美は思った。

 

「だめです、まどかさん! ここにいろと言われたのでしょう?」

「ねえ、仁美ちゃん…もし、もしもだよ? 魔女と戦ってるのが上条くんで、死んじゃいそうになっちゃって……でも、助けられる力があるって言われたらどうする?」

「何を…言っているんですか?」

 

訳の分からない事を、と頭ごなしには否定しなかった。何故なら仁美自身も、同じ状況ならばきっと今のまどかと同じ選択を取るだろうからだ。但し"その代償に世界が滅ぶ"と知っていなければの話だが。

そしてこの現状の例え話に上条恭介を持ってきたという事が、まどかにとってのほむらはどういう存在であるのかということを、暗に示していた。

 

「私にとってほむらちゃんは、一番大事な、大好きな人なの。怒られたっていいよ…このまま何もしないで、ほむらちゃんが死んじゃうのだけは絶対にイヤなの…!」

 

それだけ言い切るとまどかはまず両親の方を見て、さやかの親達と話をしていて自分には視線は向いていない、と確認してから足早に席を立った。

 

「まどかさん……!」

 

引き留めるだけならば簡単だったが、仁美の身体は動かなかった。あんなにも真剣な表情で、"誰かを護りたい"という明確な意志を示したまどかを見たのは初めてだったからだ。

 

「………! 知久、ちょっといいかい」

 

不意に、何かに気付いたように詢子も立ち上がり、抱えながらあやしていたタツヤを智久に預けながら言う。

 

「ちょっと野暮用、行ってくるわ」

「! 例の"アレ"かい?」

「まあねぇ。可愛い義娘(むすめ)の頼みでもあるしねぇ。全く、手間のかかる娘達だよ」

 

立ち上がってホールの出口を見ると、小柄な誰かが外へ向かって行くのを発見した。

誰よりもその後ろ姿を識っている詢子は、それが桃色の髪をした娘だと確認するまでもなく後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

 

何も、無い。それが第一に考えたことだった。

まるで見滝原に来たばかりの時のように、自分の意識だけが此処に在る、そんな感覚だった。

次に感じたのは、静かな水音。川のせせらぎのような、深緑の葉に溜まった水滴が水たまりに落ちてゆくような音だ。

鼻をくすぐるのは、鮮やかな緑青(ろくしょう)の葉の香り。

それからようやく自分の目が開く事に気付いたルドガーは、眩しさに眼を凝らしながら辺りを見回した。

 

「………ニ・アケリア?」

 

そこはかつて守れなかった想い人の故郷であり、リーゼ・マクシアの中でも特に自然に囲まれた広大な大地だった。

 

「目、やっと覚めたのね」

 

瞬きすらしていないのに、いつの間にか目の前にはその想い人───ミラだけが立っていた。

その他にはひと気は全くない。住民や動物たちで賑わっていたと記憶していた村は、もはや気味の悪さすら感じさせない程に静かだった。

 

「はは…やっと逢えたな。久しぶり」

「"やっと"って言ったってたった2週間前でしょ?」

「そうだっけか……でも、良かった」

 

"もし死んだら同じ処に行きたい"と思ってたから─────ルドガーは何の苦もなくさらりと言った。

 

「何よ、諦めたの?」

「…もう、力が残ってないんだ。タイム・エセンティアを止められなかったのは俺のミスだ。でも、そうでなくても………」

「らしくないわね、アナタが弱音を吐くだなんて。それに、"力がない"ですって? あれだけ"諦めるな"って私に言ってたアナタが? …っていうか、まだ気付いてなかったの?」

「気付くって……何にだよ?」

 

何が可笑しいのか、ミラは微笑みながら言った。

対するルドガーは、ミラの真意を理解できずに困惑するばかりだ。

 

「呆れた。アナタって、たまにヌケてる時あるのは相変わらずね? よく考えなさいよ。あの星にはリーゼ・マクシアみたいに微精霊なんていないのよ? なのにアローサルオーブだけで、微精霊の力なしにあそこまで戦えるわけがないでしょ?」

「………え?」

「アナタはね、精霊になってんのよ。たぶんクロノスあたりが、アナタが消える瞬間に転生させたんでしょうね。だから骸殻を使えるし、四大元素の力(テトラスペル)もほんの少しだけ使える。"元精霊"の私が言ってんだから、間違いないわよ」

「そんな、まさか………そんなこと…」

 

出来ても不思議ではない、とルドガーは何となく感じた。クロノスが絡んでいるならば、そこにオリジンの介入があってもおかしくはない。そしてその2人が揃えば出来ない事などまるでないのだろう、と。

そんな実感など今までなかったのだが、事あるごとにキュゥべえから"戦闘能力が高すぎる"と言われ続けていたことを思い出していた。

 

「わざわざ、それを教えに来てくれたのか…?」

「まあ、それもあるけど……私はね、ルドガー。あんたが諦める姿なんて見たくないのよ。………ほら、もう戻んなさいよ。全て守ってみせるんでしょ?」

 

ミラはへたりと座り込んでいたルドガーの手を取り、身体を引き起こしてやる。

その懐かしく、手放したくない温もりに触れたルドガーの腕は無意識のうちにミラを抱きしめていた。

 

「きゃっ…な、何よ……」と言うミラの顔も、気恥ずかしさに赤く染まる。

「ミラ、ありがとう。もう一度行ってくるよ。………愛してる」

「ば…ばっかじゃないの……? いいからさっさと行って来なさ、んんっ……」

 

どちらともなく、かつて伝えることのできなかった想いをカタチにして、今この場でようやく互いに交わし合った。

それと共に、今の今まで力の入らなかった身体に不思議と力が戻っていくのを感じた。

これなら、戦える。今ならば、何者にも負ける気などしない。ルドガーはエネルギーが目一杯まで溜まった懐中時計を空に掲げ、"在るはずの無いセカイ"から守るべきもの達へと思いを馳せて戦いの場へと再び旅立っていった。

 

 

 

 

「…………待ってるからね、ルドガー。あんたなら絶対に乗り越えられる。…信じてるわ」

 

 

 

 

 

7.

 

 

 

 

 

 

「………ガー………、ルドガー、目を覚ましてよ!」

 

 

 

強く身体を揺さぶられ、特に心臓のあたりを適度な間隔で圧迫されるのを感じながら、ルドガーはゆっくりと目を開いた。

 

「……ここ、は…」

 

眼前にいたのは、治癒魔法をかけているのであろうさやかと、ぼろぼろと泣きながら心臓マッサージのような行為をとっていたキリカの姿だった。

その傍らには、ひどく消耗した様子の杏子とマミがいた。

 

「ごほっ、ごほっ……帰って、来れたのか…?」

「ルドガぁぁぁ!!」

「わ、わっ!?」

 

ルドガーの目覚めを確かめたキリカが思い切り抱きつき、ルドガーはさらに現状把握が遅れて困惑した。

 

「ルドガーさん! 良かったぁ………!!」同様に、さやかも半泣きでルドガーの生還を喜んでいた。

「さやか……何が、あったんだ。俺たちはワルプルギスに攻撃されて……」

「ルドガーさん、さっきまで心臓止まってたんですよ! 良かった、本当に…ルドガーさんだけでも助かって……!」

「………だけ(・・)? どういう意味……そうだ、ほむらは?」

「あ、っ…………」

 

ルドガーに問いかけられた途端に、喜んでいたさやかの顔がぴたりと凍りつき、引き攣った。抱きついているキリカの腕の力も強まり、嬉しさだけでなく悔しさでいっぱいのように感じられる。

 

「………ほむらは、あそこに…」そう言って指差したさやかの視線の先には、さほど離れていない所に寝かされているほむらがいた。

しかし、何かが足りない(・・・・・・・)

 

「おい、まさか………?」

 

その問いかけに、さやかはもはや泣きながら無言で頷く事しかできなかった。

ほむらの左手の甲にはソウルジェム、ひいてはダークオーブと呼ばれる"魂の結晶"が宿っていた。それが、肘より先の腕ごと千切れて無くなってしまっているという事の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 

「………あの時に、か…」

 

 

抱きついているキリカを優しく離し、横たわるほむらの身体まで歩み寄る。その間にも、遠くではワルプルギスの夜が蹂躙の限りを尽くしており、吹きすさぶ突風に身体がふらついた。

ワルプルギスの夜に対抗して放った光の剣ごと腕を吹き飛ばされたのかもしれない。何にせよ、目下のほむらは既に呼吸をしていなかった。

 

「……一応、ほむらの身体はダメになっちまわないようにアタシが魔力で加工しといた。ソウルジェムさえ残ってれば、生き返るかもしれねえからな。でも…そんなの……」

「杏子……」

「はっ……まどかに何て言えばいいんだよ? ワルプルギスは倒せず、挙句アンタの恋人を死なせちまいましたってか? 笑えねえ……全っ然笑えねえ冗談だよ……クソがッ!」

「やめなさい、佐倉さん……」

 

悔しさに荒れた地面を拳で殴って八つ当たりをする杏子。それをなだめるマミの声にも力はなく、もはやこの場で立ち上がる気力を有している者は誰もいなかった。

ただ1人、ルドガーだけを除いては。

 

「……みんなは、ほむらを頼む」

 

一言、ぼそりと呟くとルドガーはひとりワルプルギスの暴れている方へ向き直った。

 

「ルドガー…? 何をするつもりなんだい」そう問いかけるキリカの声色も、畏怖に震えていた。

「約束したからな。アイツを倒して、まどかを…いや、みんなを守るって」

「行っちゃダメだ!! 今度こそ殺されてしまうよ! お願いだよ…私をひとりにしないでよ!!」

「キリカ、君はもう独りじゃないよ。俺がいなくても、みんながいる。それにな……」

「……何だい…?」

「俺には、死ぬことよりも怖い事があるんだ。…だから、俺は絶対に逃げない」

 

 

 

──────兄さん…ミラ……エル。俺に力を貸してくれ。

 

 

ルドガーは心の中でそう祈りを捧げ、自らの写し身である金の懐中時計と、既に針を止めた銀の懐中時計を空に掲げた。

鈍い音と共に、ルドガーの全身が歯車型のエネルギーの奔流に包まれてゆく。脚を、腕を、身体を、そして顔も。

呪いを刻む歯車は、継承される鋼の鎧。それは時空を貫く槍にして、鍵。

これこそが"最強の骸殻能力者"の証───フル骸殻。

 

 

『さあ──────行くぞ!!』

 

 

様々な想いは交差し合って、全身を覆う黒白(こくびゃく)の鎧のカタチへと変化し、確かな決意と共にルドガーを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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