誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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第21話「大丈夫だよ、あたしは」

1.

 

 

 

 

 

 

 

少し強めの陽気の射す噴水広場の周りは、水飛沫と周囲の木陰によって多少は気温が低くなっているようだが、それでもベンチは中々の熱を帯びている。

そのせいか直接腰掛けるのを避けて、杏子は行儀悪くもベンチの背もたれの上でバランスをとってしゃがみ、プレッツェルを囓っていた。

その隣では暑さなど微塵も感じさせない佇まい で、マミがベンチに正しく座っている。

ほむらから"さやかが行方不明"という非常事態のテレパシーを受けて、急遽集合したのだ。

 

「佐倉さん、あなたはどう思うかしら?」マミは隣の杏子をちら、と横目で見て問いかけた。

「どうもこうもあるか。この時期に姿消すなんざ、十中八九魔女の仕業だろ」

「やっぱり、そうよね…でも、だとしたらかなり危険だと思うわ。人魚の魔女なんて、私たちでも歯が立たなかった相手……」

「アイツはまだ出てこないんじゃねえのか? "次は影の魔女"とか言ってったらしいからねぇ」

「それでも、美樹さん独りでどうにかなるとも思えないわ。はっきり言って、ここ最近の魔女の強さは異常だもの。早く見つけないと…」

「そうだな。……ん、マミ。ようやくご登場みたいだぜ」

 

杏子がプレッツェルでくい、と指した先にはほむらとルドガーの姿が共に見られた。

遠目からも、その表情からは若干の焦りがみえる。

 

「待たせたわね。マミ、杏子」

「ん? ほむら、アンタ髪けっこう切ったんだな」

「なんとなく、よ。それよりさやかだけれど……」

「この街にはいないようよ、暁美さん」と、マミはほむらの言葉尻を奪うように告げた。

 

「先にキュゥべえに頼んで、美樹さんの魔力の波長を捜してもらったのよ。でも、見つからなかった」

「キュゥべえに……?」ルドガーは、訝しげに呟く。

「ええ。キュゥべえも、美樹さんほどの素質の持ち主をみすみす放ってもおけなかったらしいわ」

 

相変わらず燃料としてしか見ていないようだけれど、とため息混じりにこぼす。

 

「最近あまりキュゥべえを見かけなかったけど、マミ達の所にはよく来るのか?」ふと疑問に思ったルドガーが、マミに確かめてみる。

というのも、ルドガーの記憶の限りではキュゥべえは、"自分からは"ほむらの前に決して姿を見せなかったからだ。

ただし、ルドガーの前に唐突に現れては何かを示唆するような事は何度かあったのだが。

 

「いいえ、そうでもないわ。追い出してからはほとんど会ってないもの。この前の学校での騒ぎの時と、今回ぐらいかしら」

「そうか……でも、さやかは街にいないってのは確かなのか?」

『それはほぼ間違いないよ』

「!」

 

ルドガーの浮かべた疑問符に応えるように、突然キュゥべえの声が傍らから飛び込んできた。

いつの間にか噴水の淵に立ち、あざとく前足で頬を掻いている。

 

『魔法少女ならば、僕達の探索に引っかからないなんて事はまずあり得ない。さやかは確かにこの街から姿を消しているよ』

「キュゥべえ…! お前が、何か関係してるんじゃないのか」やや語気を荒げて、ルドガーは尋ねた。

『それは誤解だよ。僕達も、さやかのような類稀な素質の魔法少女をみすみす失うような事は避けたいんだ。これは僕達にとっても大問題なんだよ』

 

キュゥべえはそうは言うものの、それは決してさやか自身の安否を心配しての事ではないとルドガー達は確信していた。

キュゥべえからしたら、さやかがたとえ"グリーフシードになっていた"としても見つけて"回収"さえ出来ればそれで良いのだから。

それもりも他の事に杏子が喰いついて、キュゥべえに問い詰めた。

 

「おい、キュゥべえ。アイツはそんなにすげえ素質があんのかよ」

『その通りさ。経験では君達ベテランの魔法少女には及ばないだろうけど、彼女の素質はそれを簡単に埋めてしまえるだろう。思い出してごらんよ。あの人魚の魔女でさえ、あんなにも圧倒的な力を持っていたじゃないか』

「つまり、アイツにも同じ事ができるってコトかよ…?」

『恐らく、可能だろうね』

「だけど、魔女と同じだけの力を使えばソウルジェムが耐えられない」と、ルドガーがキュゥべえの言葉に横槍をいれた。

「お前が言ってた事だろう、キュゥべえ」

『きゅっぷい。その通りだよ』

 

 

"───その骸殻は、もう使うな"

 

 

ルドガーは、ビズリーが最期に遺した言葉を思い出していた。骸殻の境地、フル骸殻は一族の中でもさらにごく限られたものにしか現れず、近代ではビズリーとルドガー以外には発現できたものは誰もいなかった。

だが、フル骸殻は使えば反動で即座に時歪の因子化を引き起こしてしまった。それと同じ事がソウルジェムにも言えるだろう。

強すぎる力はそれ相応の代償が伴う。少女達が持つのは、まさしく命を削る諸刃の力なのだ。

 

『例外があるとしたら、それこそ"ダークオーブ"だけだろうね』

「ダークオーブ…? なんだ、それは」

『暁美ほむらの魂のことさ。あれはもはやソウルジェムとは呼べない代物だからね、他の名前をつけさせてもらったよ。まあ、そんな事よりも今はさやかを見つけ出す方が先決だ』

 

キュゥべえは易々と言ったが、街にいないと告げられた以上はどこに居るのか皆目見当もつかない。

その中で唯一ルドガーには心当たったものがあるのだが、その可能性は低いだろうと思っていた。しかしほむらはルドガーの心の内を読んだかのように問いかける。

 

「ルドガー、見滝原2丁目に行ってみないかしら。……分史世界とやらが、あるのかもしれないのでしょう?」

「ほむら……だけど、罠かもしれないのに。それに、分史世界が残ってるなんて保証もないぞ」

「分史世界が残ってないのなら、そもそも"時歪の因子"なんてものもないんじゃないかしら?」

「それは、そうだけど……」

「待って、暁美さん…話がよく見えないのだけれど…」

 

突如として"分史世界"などという単語を放ったほむらに対し、マミと杏子は戸惑いを覚える。

 

「分史世界というのは…その、平行世界のことよね? 今回の件とどう関わっているのかしら」マミは腕を組みながら、2人に尋ねた。

「ああ、それなんだけど…ついさっき、俺のGHS…携帯電話に"分史世界が見つかった"って電話がかかってきたんだ。ただ、機械か何かが喋ってるみたいで誰かはわからないけど」

「………具体的には、分史世界ってどういうものなの?」

「時歪の因子が核となって造られる平行世界だよ。存在するだけで正史世界…俺たちの世界に悪い影響が出るから、破壊しなきゃならないんだけど」

「世界を、破壊ですって?」

「時歪の因子を破壊すれば、分史世界は消滅する。その為には直接その分史世界に入らなきゃいけないんだけど…行ったら破壊するまで出られない」

「……待って、ルドガーさん」

 

ふと、とある事に気付いたマミがルドガーの言葉尻を制した。

 

「時歪の因子が核って事は……魔女が核ってことなの?」

「いや、時歪の因子は骸殻の……ん? そうか、そうだよな……」

 

マミに言われて、ルドガーは初めて気が付いた。

骸殻に蝕まれれば時歪の因子となり、分史世界が造られる。そして、魔女も時歪の因子と同じ反応を示す。

そもそも魔女は"魔女結界"というひとつの小さな"世界"を生み出し、そこに潜んでいるものなのだ。

ならば、魔女結界もまた分史世界と似ている、あるいは同質のものであると言えるのではないか、と。

 

「……そういうことか! ほむら、すぐに行こう!」

「何かわかったのかしら」

「ああ、もしかしたらだけどな。2丁目にあるのは分史世界なんかじゃなくて、魔女の結界かもしれない」

 

ルドガーは懐にある懐中時計の感触を確かめながら、噴水広場の横道へと進んでゆく。自前の金の懐中時計と、もう動くことのない銀の懐中時計だ。

ほむらもそれに続き、状況の理解が進まないまま杏子とマミもルドガーについてゆく。2丁目まではさして離れていない。大通りに出て数分歩けば着いてしまう程度の距離だ。

4人が駆け足で向かえば、それこそ数分足らずで到着するだろう。

距離が近づくにつれて、ルドガーの懐中時計も

懐の中でかすかに音を立てる。しかし少女達は、魔女の気配などのこれといった反応は感じていない。

 

「この辺りかしらね」とほむらから告げられ、ルドガーはようやく足を止めた。

GHSを開き、記録された座標と照らし合わせてみると、進入点自体はこの近辺でほぼ合っていた。

だが、深度が深すぎる分史世界には進入する事はできない。結局見つけたところで、ルドガー達にはどうする事もできないのだと悟る。

 

「キュゥべえ、何か感じないか」と、駄目元でルドガーは尋ねかけた。

『ほんの微かだけど、確かに魔力の残滓を感じるよ。けど、結界ではないね』

「その魔力の跡は、魔女のものか?」

『そうだね。あともうひとつ……なるほど、どうやらさやかはこの近くを通ったようだね』

「やっぱりか………」

 

ルドガーはひとり納得したように、腕を組んで頷く。

「おい、何かわかったんなら説明しろよな」杏子も、段々と痺れを切らし始めていた。

「ああ、悪い。……もしかしたら、マミの言ったとおりなのかもな、って思ったんだ。

この分史世界は……魔女が造ったものじゃないか、ってな。

普通なら、分史世界は骸殻を使い過ぎて時歪の因子となったものから生まれるんだけど……」

「けど、なんだよ」

「……人魚の魔女は、俺の事を識ってた。それだけじゃない、骸殻や……昔の俺の仲間のこともだ。あいつが分史世界を造った……なんてこともありそうだ」

「魔女結界じゃなくて、分史世界ねぇ……もう何だかわけわかんねぇなぁ…」

 

はぁ、とため息をついてポケットから新しい駄菓子を取り出す杏子。それを見てルドガーは、苛ついた時に何かを口に含んで誤魔化すのは、杏子の癖なのだろうかと感じる。

 

「それで、どうするの?」ほむらもまた、少し早口気味に言う。

「魔女が造った分史世界というなら、行かないわけにはいかないでしょう」

「ああ。さやかも、そこにいるかもしれないしな。どうなるかわからないけど…試してみるしなかい」

 

周りに一般の人達がいない事を確認してから、ルドガーは懐から金の懐中時計を取り出し、込められた力を解放した。

 

「はぁっ!」

 

自分の持てる全ての力を使ってスリークォーター骸殻を纏い、眼を閉じてGHSに記された座標に意識を集中させる。

少女達がその様子を固唾を呑んで見守るなか、何を思ったかキュゥべえがルドガーの肩にひょい、と飛び乗った。

 

『なるほど、君は分史世界とやらへのアクセスを試みているんだね』

「……………」

 

ルドガーの返事はない。おぼろげにしか感じ取れない分史世界の波長を特定するのに必死で、そんな余裕などないのだ。

 

『僕も手伝うよ、ルドガー。魔女が造った世界なら、今ここにある魔女のパターンを入力すれば、座標を絞れるんじゃないかな』

「……………」

『そら、どうだい?』

 

キュゥべえの背中に刻まれた刻印と、不自然に両耳につけられたリングが怪しく輝き出す。

すると、ルドガーの思考の中に一筋の糸のようなイメージが浮かび始めた。

 

「……! キュゥべえ、これは?」

『魔力の残滓を辿ってみたものだよ。仮に分史世界が入るのが難しいくらい遠く離れた場所にあったとしたら、さやかを引き込むのには向こうだって難儀するはずだろう?

円滑な輸送を可能にする為の、バイパスのようなものがあると思ったんだけどね。その反応からすると、当たりを引いたようだね?』

「ああ、これを辿れば行けるかもしれない…!」

『さて、今度は君達の番だよ』

 

キュゥべえはなおも無機質な赤黒い瞳で、今度は少女達を一瞥した。

 

『分史世界には、誰がついていくんだい? まさか全員で行くつもりじゃないよね?』

「そんな事、お前に言われるまでもないわ」と、冷たい反応を返したのはほむらだ。

「私たちみんなが行けば、見滝原を守る魔法少女がゼロになる。最近の魔女の強さからしても、最低でも2人は残らないと困る。そうでしょう」

『きゅっぷい、察しがいいじゃないか』

「……分史世界には、私が行くわ。マミと杏子には残ってもらう」

「暁美さん!? …本気で言っているの?」マミはほむらの意図がわからず、狼狽しながら訊く。

「あなたがいない間、鹿目さんはどうするの?」

「それをあなた達にお願いしたいのよ。もし私がまた暴走したら、止められるのはルドガーしかいないのよ。そんな状態ではこの街で戦えないでしょう? それにね、マミ。さやかは私にとって2人目の親友なの。

…"あのさやか"だけが、私を親友だと言ってくれたのよ。だから……」

「暁美さん……わかったわ。鹿目さんの事は私と佐倉さんで守るわ。……あまり、長居しないようにね?」

「ありがとう……マミ」

 

街を託し、ほむらは鎧を纏うルドガーの隣に立つ。

「本当にいいのか?」と、ルドガーは最後の確認をとるが、ほむらは黙って頷くだけで何も言わない。

それを肯定とみなし、ルドガーはいよいよ分史世界への入り口へと進入を開始した。

周囲の空間が捻じ曲がり、暗転する。キュゥべえのサポートを受けながら、ルドガー達は深い水底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

勢いを増す雨のなか、さやかはほとんど放心状態で病院から帰路へとついていた。

偽りの世界の中であるとはいえ、見知った人の惨い死に姿を見てしまい、混乱しているのだ。

さやかは他の魔法少女のように戦闘経験があるわけではない。つまりは、そういった"現場"などは今まで無縁だったのだ。

交差点に差し掛かったあたりで、呆けた思考でも辛うじて赤信号で足を止める。変身はとうに解いていたが、もはや自分が雨に打たれている自覚さえも失っていた。

 

「………マミ、さん……」

 

僅かでも記憶を振り返ると、首のない屍体の姿が第一に脳裏に蘇る。その度に吐き気を堪え、ふらつきながら歩き出す。先程からずっと、その繰り返しだ。

ふと、ポケットにいれた携帯電話が着信音を立てる。数十秒置いてその音に気付いたさやかは、たどたどしい手つきで携帯電話を取り出し、ディスプレイの"仁美"という文字を見て受話ボタンを押した。

 

 

『さやかさん、今平気でしょうか? ………さやかさん?』

「…………どしたの、仁美」

『ニュースをご覧になりましたか? 病院で、集団自殺があった、と…』

「…うん、見たよ。あたしさっき病院に行って魔女を倒してきたの」

『魔女を、ですか…?』

「うん。集団自殺の原因だから…」

『……その件で、大変な報せを受けましたの。お母様にも電話をかけたのですが、さやかさんは留守だと聞いて…』

「まだ、何かあったの…?」

 

使い魔でも取り逃したのか、とさやかは携帯電話を握る手を無意識に強めてしまう。ミシリ、とほんの僅かに嫌な音が携帯電話から鳴った。

その音で今の自分の身体能力が規格外である事を思い出し、なんとか心を落ち着かせようとため息をついた。

 

『……いいですか、さやかさん。ここは平行世界。その事を踏まえた上で聞いてください』

「う、うん………」

『……集団自殺した人達の中に、上条くんの名前がありました』

「……………えっ、?」

 

今度は携帯電話を握っていた手の力が一気に緩んでしまった。するり、と手から抜け落ちた携帯電話は水たまりの中に落ち、飛沫を散らす。

仁美の放った一言の意味を理解するのに、さらに数十秒かかった。

顔面蒼白になりながらも落ちた携帯電話を拾い上げ、泥も祓わぬまま耳元へと運ぶ。防水仕様であったことが幸いで、通話は繋がったままだった。

 

「きょうすけが………しんだ……?」

『はい。…私も、正直信じられませんけど………でも、さやかさん。だからといって元の世界の上条くんに何かあったとは限らないですわ。どうか落ち着いて……』

「……だいじょうぶ……大丈夫だよ、あたしは、なんともない……」

『さやかさん…!? 本当に、大丈夫なのですか!? さやかさ───』

 

ぷつり、とさやかは一方的に通話を切って携帯電話をポケットに仕舞い込む。数秒後にすぐ着信が届いたが、もはやさやかが画面を開く事はなかった。

 

「………そうだ。これはきっとわるいユメなんだ。マミさんも、きょうすけも、しぬわけないじゃん……

はやく、ひとみをつれてかえらないと………」

 

ソウルジェムを輝かせ、再び戦闘服へと衣を替える。虚ろな瞳には何が映っているのか。さやかは未だ理解の及んでいない敵の姿を求めて、夜の市街地へと溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

「………まさか、また"ここ"に来る事になるなんてな」

 

見滝原から分史世界を目指して空間転移を果たしたルドガー、ほむら、キュゥべえの3名は、この世のものとは思えぬ景色を目の当たりにしていた。

どこまでも深く暗い空に、星々のように色とりどりの煌めきが瞬く。

白い瓦礫のようなもので果てしなく長い途が造られ、所々から水が上から下へ、下から上へと流れ落ちる。

赤、青、黄、緑と背中に何かしらの色の紋様を背負った原生生物が至るところに徘徊しており、近づこうものなら牙を剥いてくるだろう。

 

「ここが、分史世界だというの?」

 

百余りの平行世界を渡ってきたほむらでさえも、目の前に広がる光景に驚きを隠せずにいた。

 

『実に興味深いよここは。地、水、火、風…そしてそれらを束ねるエーテル。大まかに5つの元素に分ける事ができるけど、この空間はまさにそれらの元素によってのみ成り立っている。

こんなに不安定な構造をしているのに、崩壊する様子もない。君の世界には凄まじいものが存在しているんだね、ルドガー』

「…生憎だけど、ここは正史世界にはもう存在しない場所なんだよ」

『ふむ、というと?』

「───ここは世精ノ途(ウルスカーラ)…で間違いないと思う。人間界と精霊界を繋ぐための道だよ」

「精霊、ですって?」ルドガーの口から意外な言葉が出た事に対し、ほむらはそう訊き返した。

「ああ。元素を司る大精霊・マクスウェルが造ったものだ。正史世界だとマクスウェルが死んで2代目に変わって、それによって消えたらしいけど…」

「そういえば、あなたの世界にはそういうモノが普通に存在しているんだったわね。

この世精ノ途がある、ということはこの分史世界ではそのマクスウェルとやらがまだ生きている、という事でいいのかしら?」

「多分な。でも、さやかを追ってきたのにここに来るなんて思ってなかったよ」

『魔女の魔力はこの先に続いているよ。進むのかい、ルドガー?』

「それしかないだろう。気をつけろほむら、ここの魔物はけっこう強いぞ」

 

ルドガーは骸殻を解くと代わりに2挺銃を構え、アローサルオーブを起動させた。ほむらも盾の中から取り回し易い自動小銃を取り出し、安全装置をカットする。

 

「行きましょう」

「ああ」

 

ルドガーが先に続く形で歩を進めると共に、周囲の魔物達が気配を察知して這いよってくる。

無視できるものは無視し、道を遮るものは薙ぎ払う。極力、戦闘を避けるようにしながら奥へと進んでゆく。

 

「「「ゴアァァァァッ!!」」」

 

狭い道に入ると蜥蜴のような赤い魔物が数匹、群れをなして襲いかかってきた。

ほむらは後部から魔物の頭を狙って小銃を放ち、追い打ちをかけるようにルドガーも攻撃を仕掛ける。

 

「数が多いな………タイドバレット!」

 

2挺銃から放たれた水のエネルギー弾はルドガーの周囲に波紋をつくり、魔物に対して痛烈に刺さる。

 

「これで! フィアフル・ウィング!!」

 

素早くそこに立て続けに風のエネルギーを込めた漆黒の弾を放ち、魔物を全て吹き上げて虚空へと吹き飛ばした。

途が開けたのを確認するとさらに奥へ。崖を飛び下り、逆さの滝に乗ってさらに崖の上へと飛び、マナによって造られた見えない架け橋を渡る。

そうして魔物を蹴散らしながら数分歩いた先に、ようやく一段と拓けた空間へと辿り着くことができた。

右を見れば、滝壺ようにマナが零れ落ちる大穴。マクスウェルの住処"世精ノ果テ"へと続くルートだ。

それと真反対の位置には、まるでブラックホールのように蠢く大きめなエネルギーの塊が座していた。

 

『魔女の反応はこの黒いエネルギーから感じるよ。ここから、更に別の所へ跳べるようだね』

 

本来ならば、"世精ノ果テ"へと赴き、そこにいるであろう時歪の因子を叩くべきなのだろうが、今回の目的はあくまでも魔女の討伐とさやかの救出である。

どちらの途へ進むべきなのかは、言われるまでもなく承知していた。先にさやかを救い、その後で時歪の因子を叩く。

 

「こっちへ行こう」

「どこへ繋がるのかは、わかるのかしら」

「いや、わからない。リーゼ・マクシアかエレンピオスか……世精ノ途自体が不安定だからな」

 

本当に、この分史世界自体が魔女の時歪の因子から象られたものなのか、ルドガーは今になって再び疑いを持ち始めた。

どうしてここまで精巧に世精ノ途を再現できているのか。この様子ならば、世精ノ途の外も克明に再現されているだろう。

それはそのまま人魚の魔女同様に、今回の相手もルドガーの世界の事をよく識っている、ということになる。

 

『この場合は虎穴に入らばなんとやら、という表現が正しいのかな?』

「…はは、少し違うような気がするけど、だいたいそんな感じだよ」

 

キュゥべえもまた、俗世に疎い2代目マクスウェルのようなすっとぼけをし、ルドガーもつい苦笑いをしてしまう。

ほむらは表情ひとつ変えずに小銃のカートリッジを交換し、弾丸に魔力を込める。キュゥべえの言う所のダークオーブに変質した事によって、魔力の枯渇を考慮しなくて済むようになった点だけは幸いだと言えるのだろうか。

ルドガーもそれに倣い、武器を柄の長いナイフに持ち替えて敵に備える。

態勢を整え終えた2人は、気を引き締めながら黒いゲートの中へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

すっかり陽の落ちた見滝原の市街地には、少ないながらも住民の姿がちらほらと見られる。

しかしながら、さやかは僅かな空気の重さ、淀みを本能的に感じ取っており、いつでも剣を抜けるように構えていた。

ざらつくような生温かい風を受けながら、かすかに感じる魔女、あるいは使い魔の気配を辿り、虚ろな目で街を彷徨う。自身が魔法少女服という目立つ格好をしていることなど露ほども気にせずに。

程なくして、さやかの存在を探知したかのように周囲の空間が変質してゆく。街のカタチはそのままに世界がモノクロームへと変わり、黒い蛇のようなモノが大挙してさやかを取り囲むように牙を剥いた。

 

『シャアァァァ!』

「……………出たね」

 

蛇達は一斉にさやかに襲いかかるが、すぐに剣をふた振り握ってそれに応じる。強化された身体能力に、元々の運動神経、反射神経のよさを活かした動きに使い魔はついてこれず、次々とさやかに首を刎ねられてゆく。

 

「………本体は、どこ……?」

 

使い魔を打ち倒しながらモノクロームの街を駆け巡り、路地を抜けてゆく。人影はすでに無く、街を模した結界も次第に形を歪めてゆき、影のビル街から大きな庭園のような造りの広場へと移り変わる。

さやかは柵で囲まれた広場の手前へと出るが、これ見よがしに柵の一角だけが半端に開かれており、来訪者を待ち構えている。

しかし躊躇うこともなくさやかは広場へと足を進めてゆき、半開きの柵に手をかけた。

 

 

「──────おっと、待ちなよアンタ」

 

 

その時、急に背後から声をかけられてさやかは反射的に振り向いた。

そこに立っていたのは赤の装束を纏い、燃えるような長い赤髪を後ろに束ねた少女。さらにその隣には、一風変わった少女が並び立つ。

整った容姿とは裏腹に季節外れの黒い西洋風のロングコートを着込み、それとは対照的にフリルの目立つシャツを着て短いスカートを履き、右眼に黒の眼帯をあてている。

さやかに似たショートヘアの黒髪をしたその姿は、とある存在を彷彿とさせた。

 

(人魚の魔女…!? いや、違う…あれは"あたし"じゃない……!)

 

だが、違いはすぐにわかった。まず目の前の存在は魔女などではなく、魔法少女であると。

そして、相手を見下すかのように薄ら笑いを浮かべていた人魚の魔女とも違い、黒髪の魔法少女は一貫して無表情を崩さない。

顔立ちも似ているようで、よく見るとそうでもない。髪型が似ているため、そう感じただけだろう。

 

「アンタ、新米みてぇだな。ったく…ヒトの縄張りで好き勝手してくれやがって」

 

と、先に口を開いたのは赤髪の少女───佐倉杏子だ。

 

「恩人、どうする気だい?」

「どうもこうもあるかよ。3日寝かせておいた獲物を横から掻っ攫われてたまるか」

「確かにそうだね。じゃあこのコは───」

「オマエに任せるわ、キリカ。アタシは無駄な運動はしない主義だからな」

「…承知した」

 

杏子の合図を皮切りに"キリカ"と呼ばれた黒髪の魔法少女は戦闘態勢を取る。両手に鋭い鉤爪を3対構え、瞬時にさやかとの距離を詰めて斬りかかった。

 

「ちっ………あんた、いきなり何を…!?」

 

さやかも素早くサーベルを振り、キリカの斬撃に的確に反応して防ぐ。2人が刃を重ねて火花を散らすその様子を、杏子はそれこそ他人事のように、駄菓子を咥えながら冷ややかな目で眺めている。

 

「杏子っ!! あんたどういうつもりよ!」

「………あん? アンタ、アタシを知ってんのかよ」

「………そう、そういえばあんたはあたしを知らないんだったわ、ねっ!」

「よそ見とは随分と余裕があるじゃないか!」

 

キリカの剣戟をいなしながら、ここは仮初めの世界なのだという事を思い出す。目の前にいる杏子は、さやかの識る杏子とはあくまで別人なのだ。

 

「……そう、あんたも、この世界もどうせ偽物なんだ。なら………どうなったって関係ないよね…!」

 

さやかは魔力を解放し、背後に十数ものサーベルを錬成して刃を向ける。キリカはそれを見て一瞬戸惑いを覚えるが、刃を持つ手を止める事なくさやかへと斬りかかる。

それを待っていたかのようにさやかはサーベルを振り下ろし、それと共に背後のサーベルをいっぺんに射出してキリカを貫かんとした。

 

「やるねぇ君───けど、遅いよ」

 

だが、的確にキリカを狙ったはずの刃は空を切って結界のビル街へと消えてゆく。姿を消したかと思ったキリカは、ほんの一瞬でさやかとの距離を最短に縮めていた。

 

「安心しなよ、殺しはしないから───さぁ!」

「く、速っ………きゃあぁぁぁっ!!」

 

振り上げられた鉤爪はさやかの身体に深い傷痕をつけ、血飛沫を散らした。咄嗟にソウルジェムを庇おうと身を引いた事で致命傷には至らなかったが、初めて経験する激痛に立つことすらままならなくなる。

しかし、すぐにさやかの固有魔法である治癒能力が自動的に発動し、罫線の波紋と共に傷を塞いでゆく。

 

「へぇ……君、面白い能力を持ってるんだね」

「く、うぅぅっ………」

「でも、そこで大人しく寝てた方が賢明だと思うけどね? さあ行こうか恩人、今夜も霧が深いよ」

「やっと終わったのかよ、さっさと片付けてグリーフシード回収すっぞ」

「了解だ」

 

倒れ伏すさやかを尻目に、杏子とキリカは何事もなかったかのように影の庭園の門へ手をかける。

キィ…と錆びた音を立てて門は開かれ、杏子もようやく紅い槍を錬成して使い魔との戦闘に備え始めた。

 

 

「………待ちなよ、あんたら…!」

「「…っ!?」」

 

 

鬼気迫るその声に、思わず赤と黒の少女達は振り向く。

そこにはサーベルを杖代わりにして立ち上がり、刺すような視線で2人を睨むさやかがいた。

 

「あんた……マミさんがどうなったのか知ってんの…!?」

「あァ? さあな、姿が消えたっつうから代わりにアタシが来てやったんだけどよ…なんだオマエ、マミの弟子かなんかかよ」

「答えろよ! …マミさんはなぁ、魔女に殺されてたんだよ!」

「………なるほどねぇ、だからアンタはそんなにムキになってんのか」

「…あんた、どうしてそんなに涼しい顔してられんのよ!」

「テメェには関係ねえ。アタシとマミは別に仲間でも何でもねぇし、死のうが知ったことか。ま、代わりにこの見滝原はアタシらのシマにさせてもらうけどな」

「………許さない。あんただけはぁ!!」

 

さやかは怒りに任せて乱雑にサーベルを振り抜き、距離を無視した斬撃を放つ。素早くそれに反応したキリカが鉤爪で防御するが、予想以上の圧力に数歩後ずさり、息を呑む。

 

「ぐっ……素質はあるみたいだけどね、君。そんな魔力の使い方したら───って、聞こえてないか」

「うあぁぁぁぁっ!!」

 

サーベルを2つ逆手に構えると、さやかは再びキリカのもとへ突撃し、刃を振るう。冷静さをまるで欠いたその動きはしかし、余計な計算や配慮などを一切なくしたことで先程よりもより鋭く、容赦無く振りかざされる。

 

「───やるじゃないか。でも、私の敵じゃ、ない!」

 

キリカもまた密かに固有魔法を発動させ、高速で動いてさやかの斬撃をやすやすと躱しては鉤爪を引っ掛けようとする。

それに呼応するかのように、さやかも無意識下で更なる固有魔法───加速術式を発動させてキリカの動きに追いつこうとした。

 

「へぇ、私の前で"それだけ動ける"とはね。でも同じ速さなら、負けないよ!」

「誰が…あんたなんかにぃ!!」

 

さやかはサーベルを空に何本も錬成し、それら全てを"自身を含む周囲を取り囲むように"真下に向かって射出した。

サーベルによって描かれた円の中にはさやか、キリカ、杏子の3人が綺麗に収まり、地面に突き立てられたサーベルは赤く光り熱を帯び始め、鈍い音を立てる。

 

「ちっ……メンドくせえ! キリカ!」

「了解だ、恩人!」

 

杏子に命じれるまま、キリカはさやかの放った赤いサーベルの全てに向かって、鉤爪を変質させた小さなダガーナイフを投擲して突き立てた。

 

「えっ…!?」

 

途端にサーベルの振動が急速に収まり、狙ったタイミングで爆発しないことにさやかは狼狽する。

 

「まさか私たちごと自爆するつもりだとはね……恐れ入ったよ、君の度胸には」

「もういいキリカ、さっさとカタつけろ」

「そのつもりだよ、恩人!」

 

キリカはまたも一瞬で距離を詰め、今度こそさやかにトドメを刺そうとその凶悪な鉤爪を振りかざす。

その圧倒的な速さの前にさやかは反応しきれず、防御も回避も間に合わない。

 

「じゃあね、大人しくしてなよ!!」

 

回復させた傷痕をなぞるように、キリカは敢えて全く同じ軌跡を描き、さやかの細い身体を斬り裂かんとした。

だが、それは空からの一撃によって失敗に終わる。

 

 

「─────ヘクセンチア!!」

 

 

突如として空から降り注いだ黒い光弾は鉤爪に直撃し、キリカの身体を後ろに大きく吹き飛ばす。残る光弾はさやかの立てた赤いサーベル全てに着弾し、粉々にそれを砕いた。

 

「なっ………うわあぁぁっ!?」

「チッ───新手か!?」

 

不意に降り注いだ攻撃に新たな敵の予感を察知して、杏子は槍を構えて戦闘態勢をとる。

キリカも鉤爪を造り直して立ち上がり、杏子同様に敵に備える。

だが、さやかにだけはその攻撃が誰によるものなのかがわかっていた。

 

 

「無事か、さやか!?」

「ル……ルドガーさん…?」

 

 

影のビル街から駆けつけたのは、骸殻を纏ったルドガーと小銃を持ったほむらだった。

少し髪を切ったほむらの姿に一瞬だけ見とれてしまうが、それどころではないとすぐに立ち上がる。

 

「危ないところだったみたいだな、さやか。ところであの2人は……杏子と、あれは?」

「呉 キリカ。私達の世界にはもう存在しない、見滝原の魔法少女よ」と、ほむらはルドガーの問いかけに答える。

「存在しない? どういうことだ」

「……彼女はもうこの世には存在しない、そういうことよ」

「死んでいる、ってことか……でも時歪の因子ではないみたいだぞ」

「なら、戦う必要はないわね…でも、向こうはその気はないようね」

 

ほむらが視線を飛ばす先には、それぞれ武器を構えた少女達がさらに鋭い視線を送って来ていた。

 

「オマエら、ソイツの仲間かい? なら、ソイツを引き取って帰って欲しいんだけどねぇ」

「恩人! 逃がす気なのかい?」

「さあな、やんならやってやるさ。まあアタシらを敵に回したら、命がいくつあっても足りないだろうけどねぇ……?」

「悪いけど恩人、私はやられたらやり返す主義なんだ」

「………勝手にしろ、脳筋ヤロウが」

「そうこなくっちゃね!」

 

杏子は動かず、キリカだけが勢いよく駆け出して鉤爪を広げる。その瞳が捉えているのは、ルドガーの姿だけだ。

ルドガーはさやか達を守る形で立ち塞がり、槍を双剣に変化させて逆さに持つ。

 

「ルドガーさん、気をつけて! あいつ、いきなり速くなるんだ!」

「大丈夫よさやか。呉キリカの魔法は、私達には効かないわ」と、さやかを安心させるようにほむらは言う。

「えっ……そうなの?」

「ええ。見ていなさい」

 

ルドガーとキリカ、両者の刃が交錯する。さやかよりもずっと洗練されたルドガーの剣戟にキリカはようやく手応えを感じたようで、固有魔法を惜しみなく使い出す。

 

「君、強いじゃないか。けど私には勝てないよ!」

「ああ、勝つ気はないさ。でも負けるつもりもない!」

 

鉤爪を振るい、足蹴りを交えてルドガーに流れるような連撃を仕掛ける。しかしそれら全てに的確に反応しては、決してキリカを傷つけないように双剣で対応してゆく。

火花を散らしながら、ようやくキリカは違和感を感じ始めた。

 

(………おかしい、私の魔法が効いてない? それとも、それだけ速く動いて…?)

 

固有魔法の出力を上げても、ルドガーとキリカの速度にはさほど差が見られない。むしろ、ルドガーにはまだ余裕があるようにも見える。その姿を後方から見ていたさやかは、疑問を隠せずにいた。

 

「…あいつ、手加減してんの?」

「そうではないわ。彼女の固有魔法は"速度低下"…時間操作の類いよ。ルドガーの骸殻は時間操作を無力化するし、最悪、私が時間そのものを止めてしまえばそもそも意味を成さないのよ」

 

さやかの疑問を紐解くようにほむらは答える。言葉は難しいが、その意味をなんとなく理解したさやかは納得したように頷いた。

 

「そっか……だからあんた達には効かないってことね。あいつが速いんじゃなくて、あたしが遅くなってたんだ…」

「そのようね…それよりさやか、早くソウルジェムを浄化しなさい。かなり濁ってるわよ」

「あっ……気づかなかったよ」

 

 

ようやく落ち着きを取り戻したさやかを横目で見て安堵しながら、ルドガーも大詰めに入る。

倒す事が目的ではない。"勝てない"と思わせるだけで良いのだ。

双剣を振るう手を更に速め、ついにルドガーはキリカの速さを上回る刃を交差させた。

 

「終わりだ───双針乱舞ッ!!」

「なっ…うわあっ!?」

 

キリカに対して、時を刻む針のように正確なリズムで12の高速斬撃───正確には峰を用いて、急所を外した打撃を浴びせる。

鉤爪は打ち砕かれ、波状攻撃を受けたキリカはそのまま杏子のもとへ吹き飛ばされた。

 

「………アンタ、なかなかやるじゃねえか。仕方ねえ、今日のところは引いてやる」

「ぐ、恩人…! 引き下がるのかい…? 私はまだやれるよ!」

「アホか、魔力の無駄だろうが。それに獲物は他にもまだ残してあっからな、そっちに行けばいい。わかったらさっさと立て、キリカ」

「…わかったよ、恩人」

 

言うと杏子は赤の槍を軽く数回転させながら、魔力を練る。ルドガーは何をするつもりかと身構えるが攻撃は飛んで来ず、すぅ…と夜の闇に溶けるように杏子とキリカの姿は消えていった。

 

 

「消えた…!?」さやかはみすみす2人を逃がしてしまったのかとうろたえる。

「あれは杏子の固有魔法よ。彼女は幻覚を操る事ができるの。それで姿を消したようね」

「……そうなんだ。結局、あいつら何だったの…? 獲物がどう、とか言ってたけど」

『成る程、世界が違えど佐倉杏子という人間には変わりないようだね』

「その声───キュゥべえ!?」

 

予想だにしない声色にさやかはつい驚いてしまった。加えてあのキュゥべえが、宿敵同士とも言えるほむらと行動を共にしている事に目を疑う。

 

「2人はここで待っていてくれ。使い魔は俺が倒してくる」と、キリカの襲撃で参っているさやかを気遣ってルドガーは言った。

「お願いするわ、ルドガー」

「ああ、任せとけ」

 

そのまま影の庭園の中へと足を踏み入れると、待っていたかのようにひときわ巨大な蛇の使い魔が姿を現す。

 

『シャアァァァァッ!』

 

獰猛な牙を剥いてルドガーに襲いかかるが、もはや使い魔程度で足を止めるようなルドガーではなかった。

破壊の槍を携えて使い魔と戦う後ろ姿は、さやか達にも一種の安心感を与えていた。

 

『彼なら、あの程度の使い魔に負けるようなことはないだろうね』と、安心感を覚えているのはキュゥべえも同じようだ。

「そうだね、キュゥべえ。…ところでほむら、あんたさっきの"キリカ"って奴…会ったことがあんの?」

「ええ、そうよ。…彼女は、私にとって忌むべき存在だから」

「……どういうこと?」

「そうね……ひとことで言えば、私は彼女にまどかを殺されたことがあるのよ。…それも、1度や2度じゃない」

「え、えっ!? まどかを…?」

 

ほむらの唐突な発言に、さやかは驚きを隠せない。しかし隣のキュゥべえだけは無機質な視線を向けて、冷静にほむらの言葉を分析していた。

 

『…そうか、そういう事なんだね』

「キュゥべえ…!? あんた、何か知ってんの?」

『いいや、そうでもないよ。でも考えてご覧よ。ほむらは以前、"まどかの為なら何でもする"と言っていたじゃないか。そしてほむらの言葉を借りるならば、呉キリカはまどかの命を脅かす存在であると言えるのだろうね。

至極単純な話さ───ほむら、呉キリカの死には君が絡んでいるね?』

 

今度こそ、さやかにはキュゥべえの言葉の意味が理解できなかった。正史世界においてのキリカの死にほむらが関与している。それはつまり、何を意味するのか。

 

「………否定はしないわ。呉キリカの存在はまどかにとって危険な存在なのだから。ええそうよ、キュゥべえ───正史世界の呉キリカは、私が殺したようなものよ」

 

 

ほむらはまたひとつ、自らの罪を打ち明ける。その声色には、躊躇いや迷い…後悔の色がかすかに含まれているようにも聞こえた。

 

 


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