誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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CHAPTER:4 ひび割れた願い、儚き想い
第13話「アタシがぶっ潰してやるだけさ」


1.

 

 

 

 

 

 

星空の下、強風吹き荒ぶ送電線の鉄塔の頂上に2つの影が見える。ひとつは小動物のような見た目をした、兎とも猫ともつかない姿をした生き物───キュゥべえ。

 

『まさか、君が直々にこの街にやって来るとはね……』

 

対してもうひとつの影は、燃える炎のように真っ赤な長髪をした少女。パーカーにデニムのショートパンツといった出で立ちであるにも関わらず、寒さなど感じていないかのように落ち着き払っている。

少女は街を一望できる高さから双眼鏡を使い、遥か遠くにそびえる古びた工場を見る。

 

「マミの奴が腑抜けになっちまったって言うから代わりに出向いてやったのに…なんだよアレ、話が違うじゃねえのさ」

『アレに関しては僕達も調査を進めているところさ。何しろ、前例がないからね』

「ふぅん……」

 

少女は反対の手に持っていたクレープにかぶりつき、むしゃむしゃと音を立てて頬張り始める。

 

「結局、アレは何なのさ。魔法少女なの? それとも…魔女なわけ?」

『魔女に近い何か、ではあるみたいだけどね。ただの魔法少女ではない事だけは確かさ。彼女の固有能力は僕達の想像を遥かに上回っているからね』

「ハッキリしねえなぁ……なんかヘンな野郎もいるみたいだし…ああムカつく! …ま、んなこたどうでもいいか」

 

一気にクレープをかき込み、ぺろりと口の周りのクリームを舐めとる。牙のような八重歯が、かすかに見え隠れした。

赤髪を翻し、工場を指差して少女は嗤う。その指の差した工場からは、外壁を突き破って得体の知れない黒いエネルギーが顕出しているところだった。

 

『アレを、どうする気なんだい? ───佐倉杏子』

「決まってんだろ、そんな事。同じ街に魔法少女は3人もいらねえだろ?」

 

にやり、と八重歯を見せるようにほくそ笑みながら赤髪の少女、佐倉杏子は答えた。

 

「アレが魔女だろうと魔法少女だろうと関係ない。全部まとめて、アタシがぶっ潰してやるだけさ」

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

相も変わらず無駄なものが置かれておらず、シンプルな造りをした狭い寝室に寝息をたてるほむらの姿があった。

箱の魔女による集団自殺の誘導から一晩明けた朝、時計の針は既に正午を廻っている。

土曜日とはいえ、本来ならば午前中の授業が終わるような時間なのだが、昨日の今日だ。ほむらは疲れ果て、未だ起きる様子はない。むしろ、少しうなされているようにも見える。

それに対して台所の方からは蕩けるような野菜の香りが流れてきて、かちゃかちゃと手際良く食器を運ぶ音が聞こえる。こんな時でも規則正しく目を覚まし、きちんと動く事ができるのは長旅で培った体力のおかげか、或いは主夫であるが故か。

 

「まだ目を覚まさないか……」

 

野菜スープを仕込み終わったルドガーは、ほむらの寝室の扉をほんの少しだけ開けて様子を見る。

やはり年頃の少女兼家主の部屋に入り込むのは気が引けてしまい、覗き込む程度になってしまうがそれだけでもほむらの様子は窺える。

まどかの身を呈した説得によってほむらの暴走は事なきを得たものの、工場は半壊状態になってしまった。

やむなくルドガー達は被害者たちを安全な場所に運び出した上で警察を呼び、その場から姿を眩ませた。

まどかはほむらを心配して家までついて来ようとしていたが、「親に怒られるだろう」とたしなめて、マミに見送りを頼んで帰らせたのだ。

そのままルドガーはほむらを背負って帰宅し、現在に至る。

 

「うぅ……」

 

何度目かの、ほむらのうなされる声が聞こえてくる。かけられた布団のなかでもぞもぞと動き、もがいているようにも見える。

少し心配になったルドガーは、扉を大きく開けてベッドの近くまで様子を見にきた。

 

「ほむら…大丈夫か!?」

 

声をかけるものの、やはり反応はない。眉間にしわを寄せた表情で、苦しそうにしている。

次第に、絞り出すような声で寝言らしき言葉を呟き始めた。

 

 

「…えん、かん……の………こと…わり………」

「えっ……?」

 

しかし、その意味をルドガーは理解できない。だが、何かひどく重要なキーワードのような予感はする。その言葉を忘れないように意識すると、さらに言葉は続く。

 

「…………まど、か………」

「!」

 

その言葉を聞いて、ルドガーは予想する。過去にまどかを救えなかった事を、悪夢として見ているのか、と。

手近にあったハンドタオルで額の汗を拭ってやりながら判断に迷う。無理矢理揺り起こした方がいいのか、あるいは寝かせたままにするべきか。

少し悩んで、ルドガーはほむらを起こす事に決める。

 

「ほむら、ほむら! 大丈夫か!」

 

肩を揺さぶり、少し強めに声を掛ける。しばらく繰り返すうちに、眠り姫は唐突にはっ、として目を見開いた。

 

「……こ、こは…?」

「目が覚めたか…ひどくうなされてたぞ」

「ルドガー…? そうだ……私は、魔女を倒して……それから…?」

「無理するな、まだ調子が戻ってないだろ? 食事の用意ができてるから、まずは食べてからにしよう」

「ええ………ありがとう…」

 

目を覚ましたほむらは、どこか少しだけ気弱に見えた。

無理もないだろう。何しろ昨夜の相手はなぎさを絶望に追いやった程の強力な魔女。ルドガーの見た幻影はなぜか危害を加えようとはしなかったが、本来ならばなぎさのように追い詰められていてもおかしくはないはずなのだ。

ほむらには未だ精神的なダメージが残っているのかも知れない。もっとも、ルドガーにはその幻影がなんだったのかを知る術はないのだが。

 

(それにしては……あの魔女は俺の事をよく知っていた。…知り過ぎな位に)

 

わざわざミラの幻影を拵えるあたり、ルドガーのウィークポイントをよく知っているということになる。

あるいは思考を読んだのか。それにしては、あのエレンピオスの街並みはあまりに精巧だったように思える。

恐らくは人の弱みに漬け込んで、一気に絶望に突き落とす類の罠だったのだろう。だが、だとしたらあの幻影のなかのミラはどうしてルドガーに敵意を見せなかったのか。

むしろ、支えようとしてくれた。拭っても拭いきれない罪悪感によって記憶を取り戻し、偽りの世界から抜け出ようとするルドガーを止めるでもなく、送り出してくれた。

 

(まさか、あのミラは幻影じゃなくて………そんなわけないか)

 

わずかに期待を抱くが、すぐにそれを振り払う。それこそあの箱の魔女の思う壺かもしれない。

気を取り直し、台所に向かい食事の準備にとりかかる。鍋にもう一度火をかけたとき、ピンポン、と不意に来訪者を告げるチャイムの音が部屋に響いた。

 

「誰だ……?」

 

 

中火にしかけたコンロを弱火に戻してから、玄関に向かう。ドアスコープから外を覗くと、扉の前には見慣れた桃色の髪の少女が息を切らして立っていた。その傍らにはさらに、青髪の少女の姿も見える。さやかの方はまどかと比べて体力が多いせいか落ち着いて見える。

とっさに鍵を開け、2人を招き入れる。まどかは開口一番落ち着きのない表情で、

 

「はぁ…はぁ……ほむらちゃんは…?」と尋ねてきた。

「あ、ああ。ちょうど今目を覚ましたところだよ。…走ってきたのか?」

「はい……心配で……」

「顔色が悪いぞ…上がってくれ、飲み物を出すよ」

 

まどかの顔色は、少し青ざめて唇の色も薄く見えた。恐らく午前中で学校が終わり走ってきたせいで、軽い脱水症になりかけているのだろう、と当たりをつける。

冷蔵庫に買い置きのスポーツドリンクがあったのを思い出し、すぐにルドガーは準備にかかった。

招き入れられたまどかは少しふらつきながらほむらの家に上がり、さやかも後ろからまどかを気にかけながらついてくる。

 

「飛ばしすぎだよ、まどか。あんた普段運動なんかしてないくせに…ご飯だって食べてないのに、身体壊すよ?」

「さやかちゃん……ごめんね…」

「まあ、いいよ。あたしもたまにはいい運動になったし」

 

基礎体力の差はここにきて露わになっていた。もともと活発なさやかは、少しくたびれてはいるようだがまだ余裕があり、顔色も優れている。

それでも、まどかをここまで不安に駆り立てたのはやはりほむらの存在が大きいのだろう。

2人は揃ってふぅ、とため息をつきながらちゃぶ台の周りに腰を下ろした。

 

「とりあえず水分補給だ。食事を食べてないなら、少し食べてくか?」

 

ルドガーはちゃぶ台の上にスポーツドリンクの注がれたコップを並べながら、2人に尋ねる。

 

「いいんですか? うわぁ、ルドガーさんの料理とか久しぶりだなぁ〜」

「さやかちゃん…嬉しそうだね?」

「そりゃあ、ルドガーさんの料理おいしかったからねぇ」

「はは…ありがとな、さやか。あいにく、大したものじゃないんだけど……」

「そんな事ないですよぉ! なんかすっごいいい匂いしますし」

 

ルドガーが作った野菜スープは、エルやジュード達も絶賛してくれたほどの逸品であり、かつてのミラの得意料理でもあった。

ほむらの体調を気遣って作ったのもあるが、幻影の中でミラとの最期の約束を振り返ったこともある。

 

『ごめん……アナタがつくってあげて…』

 

彼女もまた、エルを守るために自ら手を離し次元の狭間に墜ちていったのだ。今となってはもうエルにスープを作ってやることは叶わないが、少女たちが笑顔になってくれるのならば腕の振るい甲斐があるというものだ。

まどかとさやかの分の皿を出してスープを注いでやろうとすると、静かに寝室の扉が開く音がしてきた。ようやく、ほむらも起き上がることができたようだ。

ふらつきながらも、ほむらはリビングまで歩いて来る。ちゃぶ台の側の2つの人影を見つけると、俯いた表情が瞬く間に変化した。

 

「まどか……!? どうして…」

「ほむらちゃん!」

 

まどかの方もほむらの姿を捉えると、先程まで無理な運動で疲れていた顔がぱっ、と明るくなる。すぐさま立ち上がり、ほむらの元へ駆け寄ってゆく。

 

「よかった……もう大丈夫なの?」

「ええ、なんとかね……」

「そっかぁ………」

 

疲れなど吹き飛んでしまったかのように喜々として笑顔を向ける。その顔を見たほむらは、急に身体を緊張で強張らせて視線を背けてしまった。

心なしか、頬がほんのり赤みを帯びているようにも見える。そのほむらをからかうように、さやかは横槍を入れる。

 

「まどかってば学校でもそわそわしっ放しでさ、終わってすぐダッシュでここまで来たんだよ? よっぽどほむらの事が心配だったんだねぇ。これぞ愛の力、っての?」

「…貴女は相変わらずのようね、さやか」

「まあねー…でも、心配だったのはホントだよ。魔女にやられた、って聞いたからさ…相手、なぎさちゃんをやった奴だったんだって?」

「ええ。百江なぎさを絶望へと追いやった使い魔の本体だったわ。…私も、ひどいモノを見せられたわ」

 

くたびれたようなほむらの言い回しに不安を感じたまどかは、そっとほむらの両手をとる。

 

「ほむらちゃん……私、本当に心配だったんだからね…? また黒い羽根を出して、今度こそどこかに行っちゃうんじゃないか…って」

「…ごめんなさい、心配かけたのね。あなたを置いて行ったりなんかしないわよ…信じて」

「そっか……てぃひひ、ありがと」

 

まどかに手を引かれながら、ほむらもちゃぶ台のそばに座り込む。顔色のやや良くない2人が並び、その向かいに当たる形で健康な2人も腰を下ろした。

すでにちゃぶ台の上にはスープが4つ注がれており、トーストも仕込まれている。相変わらずの手際の良さにさやかは、

 

(うーん…一家に一台ルドガーさん…いいなぁ)

 

などと不躾なことを考えているのだった。

 

「さあ、食べてくれ」

 

ルドガーの合図と共に、各自はスプーンをとりスープを口に運ぶ。家に帰れば、父・知久が昼食を用意しているであろうまどかはトーストを断り、ほむらとさやかはジャムを取り合いながらトーストに塗ってゆく。

その様子を微笑ましく見守りながら、ルドガーもまた自分の作ったスープの味を確かめるように飲んでゆく。

 

「ねえ…ほむらちゃん」かちゃり、とスプーンを皿に置いてまどかは尋ねる。

「昨日の夜、私が言ったこと………憶えてるかな?」

「昨日……?」

 

ほむらは一瞬だけ身体を強張らせる。ルドガーは隣で聞きながら、まどかの真意をその言葉から推し量る。

黒翼を広げたほむらに対してまどかが言い放った台詞、とった行動。それはまさしく、"告白"と呼ぶに相応しいものであった。

残念ながら過去のルドガーの周辺には、同性間でそういった関係にある知人は1人もおらず、理解がイマイチ追いついていないのだが。

しかし、それに対してほむらは予想だにしない答えを出す。

 

「………ごめんなさい、記憶が曖昧で…憶えてないの」

「えっ……?」

「魔女の攻撃を受けて…気が付いたら家で寝かされてたの。ごめんなさい…」

「う、ううん! いいんだよそんな…仕方ないよね、すごく強い魔女だったもんね」

 

苦笑いをして、ほむらを気遣わせないようにしているのは傍目から見ても明らかであった。当事者でないさやかだけはピンとこない顔をしていたが、ルドガーはそれを苦い顔をして見ている。

 

(ほむら…………どうして…?)

 

それを気取られないように気をつけながら、焼きたてのトーストを口に運んだ。

 

 

(どうして、そんな嘘をつく必要があるんだ………?)

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

「なんかすいません…スープまでご馳走になった上に、送ってもらっちゃって…」

 

暁美家での軽食を終えて、まどかは昨日と同様にルドガーと共に自宅まで送られていた。

ほむらの方は、逆にさやかを見送っている最中であり現在姿はない。

組み合わせが逆ではないのか、とルドガーは歩きながら疑問符を浮かべる。やはり今日のほむらは、まどかを避けているようにも見える。

 

(あの黒い宝石と関係があるのか……?)

 

幻影空間から帰還して、ルドガーはほむらのソウルジェムを浄化しようとしたものの、その時現れたのは全く別のものだった。

ソウルジェムではない。グリーフシードでもない。あれはもっと他の禍々しい…それでいて、吸い込まれそうな程に純粋な漆黒に染まった何かだった。

そしてそれを、まどかも目撃してしまっている。

 

「……昨日のことなんですけど」

「どうしたんだ?」

「ほむらちゃんのソウルジェム、どうなっちゃったんですかね…まさか、本当に魔女になったり……」

「それはないよ。あれはいつも通りのほむらだった。それに、グリーフシードかどうかぐらい俺でも判別できる」

「でも、不安なんです……私、ほむらちゃんがいなくなったら…ホントにダメになっちゃう。自分でもわかるんです。きっと私、ほむらちゃんの為なら契約だってしちゃうかもしれない。たとえ、世界が滅んじゃうとしても…それくらい、好きなんです。………あは、私ったら何言ってるのかな…こんな事言ったらほむらちゃんに怒られちゃいますよね…」

 

ほむらの前では明るく振舞っていたものの、いざいなくなると表情は暗くなってしまった。

ルドガーが何かと相談しやすい、頼りになるタイプの人間だからこそこんな風に弱い面を見せることができたのかもしれない。

 

「……やっぱり、気持ち悪いですか?」どこか震えたような声で、まどかはルドガーに訊く。

「女の子同士なのに、こんなの…おかしいですよね、やっぱり」

「俺は、そうは思わないけどな?」

「えっ…?」

「だって、ほむらが女の子だから好きになったわけじゃないんだろ? 例えば…ほむらが男だとしても、気持ちは変わらないんじゃないのか?」

「それは……そうですけど……」

「なら女の子同士だとか、そんなのは関係ないんじゃないか? …俺も、ほむらの近くにいたからなんとなくわかるんだ。ほむらもきっと、まどかの事をそういう風に感じてるんだと思う」

「そうなのかな……ほむらちゃんも、私の事を……」

 

そうだといいな、と小さな声でまどかは呟く。まだ幼いのに、こんなにも重い現実を背負ってしまっている少女たちを見ていてルドガーも気が気でない。

本当ならばみんな笑顔で過ごす権利があるはずなのに、どうしてこうもままならないのか。問題は次から次へと振ってかかり、少女たちに休息を与えてくれないのだ。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

時同じくして、まどかの家の方角とは逸れた川沿いの道を2人の少女の影が闊歩していた。ほむらと、さやかである。

 

「まどかについて行かなくてよかったの? そりゃあルドガーさんは強いし、頼りになるけど…」

「…私じゃ、ダメなのよ」

 

ほむらもまた、まどかの前で気丈さを装っていたが、こうして2人になると途端にネガティブな思考に囚われてしまう。

そういった面をさやかには隠すでもなく見せている、という点ではさやかを信頼しているという事なのだが。

 

「何がダメなのよ? …まさか、魔女に見せられたっていう幻覚のせい? あんた…何を見せられたってのよ」

「…まどかが、死んでしまう場面をよ」

 

絞り出すような声で、ほむらは答える。長い髪に隠れて見えづらいが、瞼が濡れているようにも見えた。

 

「………さやか、まどかには私の魔法の事はもう話したのかしら…?」

「う、ううん…まだ話してないけど…」

「絶対に言わないでちょうだい…これ以上、まどかを傷つけたくないの……」

「傷つけるって…何がよ? あんた、まどかの為に今まで頑張ってきたんでしょ…?」

「…………」

 

ほむらは言葉を返さなかった。代わりに、首を横に振ってみせる。しかしその真意を、さやかには読み取る事はできない。

 

「……ダメなのよ…私は、またきっとまどかを傷つけてしまう。もう守りきれる自信がないのよ…」

「ほむら……あんたまさか…!? ちょっと、ソウルジェム見せなさいよ!」

 

やたらとネガティブな言葉しか吐かないほむらに、さやかはなぎさの時と同じ予感をする。魔女の幻覚がまだ抜け切っていないのか、と。

ほむらは一瞬だけ躊躇ったが、意を決して左手を差し出し、痣の中から命を宿した宝石を取り出す。

現れたのは、やはり先日と同様のモノである。

 

「きゃっ!? あんたこれ真っ黒じゃないのよ!? 早く浄化しないと!」

「…無駄よ、もう試したの。グリーフシードをあてても、穢れはとれなかった…いいえ、これはきっと穢れなんかじゃない。私の薄汚い心が、コレに現れてるんだと思うわ……幸いなことに、魔女になる気配はないけれど」

「そんなことってあるの…!? それに、薄汚いって…」

 

黒い宝石とほむらの顔を交互に見比べながら、さやかはほむらの真意を確かめようとする。だが、ほむらがその問いかけに答えることはなかった。

だんまりを決め込むほむらに対して、次第に苛立ちが湧いてくる。どうして、この娘はこうも意地っ張りで1人で何でも抱え込んでしまうのか、と。

 

「……あーもう! しっかりしなさいよほむら! あんたがまどかを守んなかったら誰が守るのよ!? まどかの事愛してるんじゃなかったの!? なら、最後まで守んなさいよ!」

「さやか………」

「あんたが守れないなら…あたしが契約して代わりに守るよ!?」

「そ…それはダメよ! 契約なんてしたら……」

「わかってるって、だからそれは最後の手段。…あたしだって、守られっぱなしは嫌なんだよ? まどかはもっとだ。毎回毎回、あの娘がどんな気持ちであんたを待ってるのかわかる?」

「………わかってるわよ、そんなの…!」

 

語尾をやや荒げてほむらは答える。ようやく表情が動き出したほむらの顔を、少しほっとした風にさやかは見つめていた。

 

『───大変だよ、ほむら!』

 

そこに、相変わらず空気を読むという事をしらない白い獣が現れる。大仰そうに言ってはいるが、どこか事務的な声色をしているのは気のせいではないのだろう。

 

『まどかが襲われてるんだ! どうやら君の居所を探っているようなんだけど…』

「なんですって…!? ルドガーは!?」

『今戦ってるよ。けれど、相手は"あの"佐倉杏子だ。いつまで保つか…』

「杏子が…?」

 

聞き覚えのある名前に反応を示すが、行動の意味までは理解しきれなかった。何故なら、ほむらの知る"佐倉杏子"は、まどかに危害を加えようとしたことは今までなかったからだ。

 

「 …ほら、行ってきなよ」

 

ぽん、とさやかが軽く背中を叩いてくる。

 

「あたしは1人で帰れるからさ、早く行きなって」

「さやか………ありがとう」

 

背中を押され、ほむらは再び勇気を出して宝石を輝かせる。黒い宝石はその禍々しい見た目とは裏腹に、とても暖かく優しい光を放った。

魔法少女の衣装を纏い、自身に備わっているものが黒い羽根ではなく、円盤型の装置であることを確かめて安堵する。

 

「行ってくるわ」

 

ただ一言だけさやかに言い残し踵を返し、常人外れの脚力を発揮して、瞬く間に駆けていった。

 

 

「…ほんと世話が焼けるねぇ、あの2人は」

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

「…………!」

 

不意に、背後に何かの気配を感じ取る。手慣れてはいるようだが、気配を隠しきれていない…或いは、わざと感じさせているのか。

周囲は広く開けており、まどかの家ももう数分で見えてくる。まどかとルドガー、どちらをつけているのかはわからないが警戒心を固め、ぴたりと足を止める。

 

「…ルドガーさん?」

「───コソコソしていないで、出てきたらどうだ!?」

 

 

背後にいるであろう何者かにもよく聞こえるように、大きな声でルドガーは叫んだ。いきなりの行動にまどかは驚きを隠せないが、すぐにその意味を知ることになる。

 

「…………へぇ。やっぱりアンタ、素人じゃないみてぇだな」

 

聞こえてきたのは、少女の声だ。恐らくまどかやほむらと大差ない年齢であろう。

声の主は気付かれたことも想定内であるかのように、余裕たっぷりの声色で近づいてくる。振り返って姿を捉えた先にはいつの間にか、真紅に染まった長い髪をした軽快な格好の娘が佇んでいた。

少女相手に使うこともないだろうが、銃をいつでも取り出せるように準備をする。

 

「…俺たちに用があるみたいだな」

「わかってんなら話が早い。けど、アタシが用があんのはアンタじゃない…そっちの娘さ。わざわざここで待っててやってたんだ。野郎はすっこんでな」

「わ、私…?」と、指を差されたまどかは狼狽える。

「そう、アンタだ…暁美ほむらはどこにいる?」

「えっ……ほむらちゃん…?」

 

棒付きの飴を舐めながら、獲物を捉えたライオンのような視線を飛ばし、悠然として尋ねてくる。その仕草ひとつ取っても、"ただの少女ではない"ことだけは一目瞭然だった。

 

「答えるな、まどか」敵意のこもった視線を、ルドガーはまどかの前に立ち塞がって遮る。

「あれは魔法少女だ。……ほむらに何の用だ?」

「アンタには関係ない。魔法少女でもないくせに首突っ込んでくるんじゃねえよ」

「悪いな、それはできない。みんなを守ると約束してるからな」

 

ガリ、とわざとらしく音を立てて飴を噛み砕き、棒を吐き捨ててみせる。牙のような八重歯を見せながら嗤い、少女は続ける。

 

「野郎が調子乗りやがって……まあいい。どうしても吐かねぇなら、その娘を人質にすりゃあいいだけの話なんだからな!」

 

指輪のはまった左手を翳し、少女は光に包まれた。紅のノースリーブと、動きやすさを兼ね備えたドレスのような衣装を瞬時に纏い、シンプルな見た目の槍を一振り携える。

襟元には少女の色を象徴した宝石が宿り、まばゆい紅色に輝きをみせている。

変身を終えると同時に少女はまどかめがけて急接近を始める。咄嗟にルドガーは銃を抜き、威嚇射撃を行った。

 

「ちっ……タイドバレット!!」

 

銃口から放たれたエネルギーはコンクリートを抉りながらルドガー達を取り囲むように水飛沫をつくり、少女の接近を拒んだ。

 

「ああ!? 何の手品だそりゃ!」

 

驚きながらも少女は槍をくるくる振り回し、隙を窺う。

 

「まどかは無関係だろう! どうして狙う必要がある!?」

「決まってんだろ? 暁美ほむらはその娘のことをやたら大事にしてるらしいからなぁ? それが嫌なら早く暁美ほむらを呼びな!」

 

赤髪の少女が槍を構え直すと、シンプルな構造に見えたソレは無数の節に分かれ、鎖のように変化した。多節棍と化した槍を大きく振るい、鞭のように叩きつけてくる。

 

「まどか、下がれ! 危険だ!!」

「は…はいっ!」

 

ルドガーはまどかを巻き込まないように気を配りながら、多節槍に向かってエネルギー弾を放つ。幾分かは軌道が逸れたものの、槍の先端は意志を持っているかのようにルドガーへと向かってきた。

銃では埒があかない、と瞬時に武器を持ち替える。新たにほむらの武器庫から借り受けた、折り畳み式の十手を逆手に持ち、アローサルオーブに最適化させる。

 

「刺宴ッ!!」

 

十手で高速の時雨突きを繰り出し、激しい金属音を奏でながら槍を迎撃する。必殺の一撃を迎え撃たれたことに少女は驚くも、手を休めない。

 

「やるじゃん、ならコイツはどうよ!!」

 

槍を地面に穿ち、衝撃波を伴いながら地中から無数の槍を生やす。

ルドガーは咄嗟に飛び上がって回避するが、少女はそれを読んでいたかのように同時に飛び上がり、多節槍をしならせ、空中でルドガーを捕縛せんとする。

 

「当たるか、紅蓮翔舞!!」

 

多節槍の攻撃に対して、十手に炎を宿らせながら空を切ってさらに高く飛ぶ。その打撃で多節槍を迎え打ち、軌道を大きく逸らした。

 

「なっ………テメェ!?」

 

ルドガーの奇抜な戦闘スタイルに、少女はようやく焦りを覚えた。そのままルドガーは十手に光のエネルギーを纏わせながら、槍の根元めがけて叩きつけんと殴りかかる。

 

「轟臥衝ッ!!」

 

したたかに槍だけを打ち、少女の手元から大きく吹き飛ばす。持ち主の手元から離れた多節槍は、空中でバラバラに解体されながら落ちて行った。

 

「チッ……!」

 

そのまま、2人は体勢を整えながら距離を開いて着地する。ルドガーは十手をもう一度銃に持ち替え、少女は新たな槍をつくり、手元で遊ばせながら対峙した。

 

「アンタ、魔法少女でもねえのになかなかやるじゃねえの。最近はマミみてえに骨のある奴がいなかったけど…潰し甲斐があるねぇ」

「俺はできれば戦いたくないんだけどな……」

「へっ、よく言うぜ。ケチケチしてねぇで、もうちょっと付き合え──────」

 

 

ぴたり、と少女は言葉を言いかけて固まる。口の動きだけじゃない。振り回していた槍も中途半端な位置で静止していた。

木々のざわめきも、車の排気音も、何も聞こえない。周りを見渡せば、まどかまでもが固まっていた。

 

「時間停止……!」

「間に合ったようね、ルドガー」

「ほむらか!」

 

赤髪の少女の後方から、駆け足でほむらが追いつく。砂時計をせき止めたままルドガーの近くまで寄り、赤髪の少女を一瞥する。

 

「この娘はなんなんだ? ほむらを探していたようなんだけど…」

「佐倉杏子。マミと同じ、ベテランの魔法少女よ。狙いは…だいたい察しがつくわ。大方キュゥべえに、"私が魔女だ"とでも吹き込まれたんでしょう」

「そんなの、誤解じゃないか!」

「否定はできないわよ……ソウルジェムが、こんな風になってしまったらね。とにかく今は逃げましょう。まどかを巻き込みたくはないわ」

 

言うとほむらは少し下がった所にいるまどかの手を取り、時の流れから解放してやる。

 

「……ほむらちゃん!? 来てくれたの…?」

「ええ…約束だもの。逃げるわよ」

「うん!」

 

颯爽と現れたほむらを前に、まどかは瞳を潤わせながら笑顔になる。まどかのほむらに対する信頼は、もはや何があったとしても揺るぎないものへとなっていたのだ。

3人は揃って赤髪の少女───杏子に背を向け、反対方向へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

時間を止めながら逃走してきた3人は、まどかの家の前でようやくひと息つくことができた。ほむらの方も少しばかり調子が戻ってきたようで、顔色も幾分かはマシになってきているが表情は硬いままだ。

 

「あの魔法少女はどうしたらいいんだ?」

 

杏子について、改めてルドガーはほむらに確認をとる。

 

「彼女の実力は相当なものよ。恐らくマミと同じくらい…いえ、もっとかしら。味方になってくれれば心強いのだけれど…今すぐは無理そうね」

「というと?」

「杏子は現実主義者なのよ。ただ自分が生きる為だけに魔法を使っているの…皮肉だけど、魔法少女としては彼女以上に適した人はいないわね。高望みをすればするほど、皺寄せは大きくなるもの」

「だけど、それがどうしてほむらを……そうか」

 

言いかけてルドガーは思い出す。ほむらは謎の黒翼の力のせいで、魔女である疑惑をかけられていることを。

そして、まどかとの契約を目標とするキュゥべえにとって、ほむらは決して快い存在ではないということを。

それはほむら自身が一番理解していることでもあった。

 

「大丈夫よ。見合った対価さえあれば、杏子は味方になってくれるかもしれない」

「対価?」

「私が直接会いに行くわ。もともとそのつもりだったもの」

「!」

 

予想もしなかった提案にルドガーは息を呑むが、それよりも大きなリアクションを見せたのはまどかだった。

 

「そんな……危ないよ! さっきの娘、ほむらちゃんを狙ってるんじゃないの!? 魔法少女同士で争うなんて、おかしいよ!」

「争うこと自体は珍しいことではないわ、まどか。グリーフシードが足りなくなれば私達は死んでしまうもの。取り合いになることだってあるわ。

…今みたいに、マミとグリーフシードを譲りあっている事の方が珍しいのよ」

「でも……ほむらちゃんが危ない目に遭うのはやだよ! ずっとそばにいて、って言ったよね…? 私、ほむらちゃんがいなきゃ……!」

「まどか……?」

 

ほむらからすれば、ここまで感情的になるまどかの姿はあまり見慣れたものではない。いつだってまどかは心の内に強さを秘めていて、ほむらの先を行ってしまうのだ。それが、悪い結果にしかならないとは知らずに。

ところが、"このまどか"は少しばかり違っていた。ここまで強く求められたことは、今まで1度もなかったのだから。

 

「……ありがとう、まどか。その言葉だけで十分嬉しいわ。大丈夫よ、杏子はきっと仲間になってくれるわ」

「ほんとなの……?」

「ええ、杏子の事はよく識っているもの。私に任せてちょうだい」

「うん……」

 

できるだけ不安を感じさせないように努めて言い、兎のように眼を赤くしたまどかを家の中まで帰す。

それを見届けた2人は、足早にその場をあとにした。

 

 

 

 

 

7.

 

 

 

 

 

「───付き合えっての……は?」

 

時が動き出した頃には、杏子の目前には誰1人として存在しなかった。瞬きをする間もなく忽然と消えてしまった風に感じたのだ。

 

「あいつら、どこ行きやがった!? 妙な術ばかり使いやがって!」

 

手を抜いたつもりではあったが、それでも並程度の魔法少女などの腕前ならば自分に歯迎えるはずも無いと自負していた杏子は、苛立ちを隠せないでいる。

 

「あの野郎……まあいい、手札も見えねえのに追いかけても仕方ねえ」

 

しかし流石はベテランといったところで、状況判断能力は長けていた。深追いせず変身を解き、苛立ちを紛らわすためにポケットから駄菓子を取り出し、乱雑に食べ始めた。

 

「キュゥべえも肝心な事は吐かねえし…まあアイツはハナから胡散臭えけど。あーもう今日は面倒だ! ゲーセンでも行くかねぇ……」

 

懐の中にある、およそ真っ当ではない手段で手に入れた小銭の枚数を手探りで確かめる。

あっという間にカラになった駄菓子の箱を乱暴に投げ捨てると、杏子はぶらぶらと駅の方へ向けて歩き出した。

 

 

 

住宅街を抜け、土曜の午後という事もあって人混みの増した見滝原駅へと辿り着いた杏子は、懐かしさを感じながら周囲を見渡す。

もとより見滝原の出身であった杏子だが、数年前に隣町の風見野へと拠点を移してからここを訪れたことはなかったのだ。

目当てのゲームセンターを遠目から見つける。改装工事でも行ったのか外観は大きく変わっていたが、場所自体は変わっていなかったのが幸いだ。ポケットからさらに新しい駄菓子を取り出し、口に咥えながら足を向けた。

 

『やあ、杏子』

 

そこに、白塗りの獣が姿を現した。ガードレールの上に器用に飛び乗り、愛嬌のある"ように見える"顔をしてみせる。人混みのなかで不審な目で見られないよう、杏子は念話での会話を交わし始めた。

 

『キュゥべえか……おい、なんだよあの野郎はよ。魔法少女でもないくせにあんなに強えだなんて聞いてねえぞ!』

『ルドガーと戦ったみたいだね。彼は確かに強いよ、マミですら手こずった魔女を倒してしまうほどの腕前を持っているからね』

『アタシが聞いてんのはそういうことじゃねえ! あいつの正体だ!』

『それが、僕にもよくわからないんだ』

『はぁ!?』

 

飄々としたキュゥべえの物言いに苛立ち、咥えていた駄菓子をつい噛み砕いてしまう。

そんな杏子の様子などまるで意に介してないかのように、前脚で頬を掻いてあざとい仕草をみせる。

 

『彼はとびきりのイレギュラーだよ。彼の持つ骸殻の能力…未だに解析しきれていないけれど、非常に強力だ。もしかしたら実力は君以上かもしれないよ』

『はっ……面白え、ますます潰したくなった。で、テメェは何しに現れたんだよ?』

『?』

『まさかアタシの質問に答える為だけに来たわけじゃねえだろ? 新しい魔女でも現れたんならさっさと吐きな。こちとらムシャクシャしてんだからよ』

『君は鋭いね。まあ、君なら"使い魔"なんて相手にしないだろうとは思ったんだけど…一応伝えに来ただけさ』

『んだよ、使い魔かよ…つまんねえの。卵産む前のニワトリシメても意味ねえっての』

『それはどうかな? この街の使い魔はなかなか手ごわいようだよ。現に数日前、魔法少女がひとりやられたからね。ほむらも放ってはおかないんじゃないのかな?』

『ソイツが雑魚だっただけだろうが。まあ、そんなに言うなら行ってやらなくもないけど? 律儀にノコノコ暁美ほむらが現れれば儲けもんだしねぇ。案内しな』

『わかったよ。こっちだ』

 

ガードレールから飛び降り、人混みを縫うようにすり抜けてゆくキュゥべえ。それを見失わないように注視しながら、杏子もあとに続いていった。

 

 

 

 

8.

 

 

 

 

 

駅から少し離れた、狭い路地裏へと辿り着く。すでに近づいただけでも小規模な結界が紡がれているのがわかり、杏子はようやく咥えた駄菓子を食べ切って身構えた。

 

「へぇ、雑魚にしちゃあ確かに手応えがありそうだ。……ん? マミが来てんのか」

『わかるのかい?』

「こんな燃費の悪い魔力の使い方すんの、あいつしかいねえよ。そこいらに半端な魔力が残ってんぜ? 相変わらずあんな効率の悪い銃使ってんのか?」

『そうか、君たちは旧知の仲だったね』

「今はちげえよ。あんな"ごっこ遊び"で魔女退治してるような奴と一緒にすんじゃねえ…よっ!」

 

掛け声と共に赤の装束を纏う。槍を虚空に向けて振り抜くと、空間が切り裂かれて結界への入り口が顔を出した。

そこから、黒い瘴気が立ち込めて杏子たちを取り囲む。槍を風車のように振り回して瘴気を払うと、そこはすでに結界の中だった。

古い洋館を思わせるそこは水のたゆたう静かな音と、ひたすらに長く、薄暗い回廊が続いている。魔力で脚力を強化し、杏子は一気に駆け出した。

 

「へぇー…最近の見滝原の使い魔はこんななのか。ま、雑魚には変わりねえけどなっ!」

 

目前に湧き始めた木製の車輪のような使い魔の群れに対し、槍を構えたまま突進して一点突破する。数もそこそこで個体もさして強くはなく、杏子の敵ではない。

 

『取りこぼしてるようだけど?』

「はっ、知るかよ。そいつらが育ってくれりゃあまたグリーフシードが採れるじゃねえか。アタシは本体にしか興味ねえよ。まあ、この分だと本体も雑魚だろうけとなぁ」

『そうかい』

 

数百メートルはあろう距離をあっという間に詰め、古びた扉へと突き当たる。思いきり槍を叩きつけて、とどめとばかりに蹴りを加えて扉を破壊し、次のフロアへと進んだ。

薄暗いのは同様に、円状の閉鎖空間へと出る。周囲はまるでアリーナのように赤い空席が並び、中央の広場がライトアップされている。

ステージのような土台の上には不恰好な人型の使い魔が立ち並び、ノイズのような声を出している。

中央では既にマミがマスケット銃を片手に戦闘を行っており、銃口の先には大型の使い魔が存在していた。

使い魔は全身が白いシルエットのようで、椅子に腰掛けながらなにか弦楽器を弾くような真似をしている。その楽器のようなものからは耳障りな不協和音が鳴り響き、杏子の神経を逆撫でた。

 

「んだよ、このヘッタクソな演奏!?」

「えっ………その声、佐倉さん!?」

「ん? あ、ああ。久し振りだなぁ、マミ」

 

杏子の悪態に気付き、マミが振り返る。久方ぶりの再会に戸惑うが、すぐにマミは使い魔に視線を戻した。

 

「見滝原に帰って来たの…?」マスケット銃を代わる代わる撃ちながら、マミは尋ねる。

「まあな、アンタが腑抜けになったって噂で聞いたから来てやったのさ。ナワバリをいただこうと思ってね?」

「…考え方は変わっていないようね。いえ、変わってしまったままね……」

「はっ、昔の話はよせよ! アタシには今があるんだ。まあ今回だけは使い魔退治に付き合ってやるよ!」

 

話を切ると高く飛び上がり、空中で槍を分解して操る。意思を持つかのように槍は舞い、瞬時に使い魔を締め上げた。

 

「オオオオオオ…………!」

 

使い魔は呻き声をあげてもがくが、杏子の拘束からは逃れられない。苦し紛れに不協和音を奏でるが、お構い無しに杏子は容赦無く追撃を重ねる。

 

「異端審判の始まり、ってな!」

 

一段と巨大な多節槍を錬成し、刃先を使い魔に向ける。爆圧的なエネルギーをそこに溜め込み、叩きつけるように振り抜く。巨大な多節槍は使い魔の胴体に突き刺さると共に、強烈な炎を上げ出した。

 

「オオオオアアァァァァァッ!!」

 

およそこの世のものとは思えぬ叫び声を上げながら炎上する。しかしまだ余力を残しているようで、自身と同じ姿の小型の使い魔を次々と生み出してゆく。

一斉に使い魔たちは音を奏で始め、まるで黒板を引っ掻いたかのような雑音がマミと杏子を襲った。

 

「ぐうぅっ!」

「がっ…!? あのヤロー……ふざけたマネしやがって!!」

 

怒りに任せ、多節槍を乱雑に振るって使い魔達を薙ぎ払う。数は多いものの、単純な攻撃で一掃できてしまう。

一方のマミは、雑音が鳴り響く中では集中できず、手元がうまく定まらない。杏子の攻撃によって演奏が止み始めたころにようやく狙いを定めた。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

マミの最終射撃が突き刺さる。轟砲は使い魔の親玉の頭を華麗に吹き飛ばし、派手に血飛沫を上げながら塵と化した。

 

「はぁ…はぁ……やったわね……」

「ちっ…いいトコ取りかよ?」

「いえ、苦戦してたのは確かよ。あの演奏のせいで狙いがつかなくて…」

「へっ、見滝原のヒーローも落ちたもんだな?」

「…まったく、その通りよ。あなたがいない間、あまりに色々なことがあったもの」

「はいはい、んじゃアタシはこれで……おいマミ、結界が晴れねえぞ」

「えっ? さっきのが親玉の筈だけど……」

 

杏子の言葉にマミも周囲を見渡すが、アリーナには使い魔は一匹たりとも存在しない。ただ広く、何もない空間だけがあるだけだ。

その中央に何処からともなくぽたり、と水滴が落ちる。2人は揃って視線を空へと差し向け、次第に量を増してゆく水滴を眺める。

 

「なんだ、アレ!?」

「わからないわ。油断しないで!」

 

そして、最後に一際大きな水滴が落下する。その水滴の色は真っ赤な血のようで、水溜りとなった地面に波紋のように紅を散らした。

突然に、その水溜りは大波と化す。噴水のように真上に巻き上げられた水の中から、おぞましい程の魔力を宿した存在が見え隠れする。

 

「魔女よ!! 佐倉さん!」

「本命のお出ましってか!? 上等!!」

 

水飛沫が引き始めると、そこには禍々しい姿をした魔女が一匹佇んでいた。

西洋風の甲冑を上半身に纏い、剣の代わりに指揮棒のようなものを振るう。骸骨のような兜を被り、人魚のような半身で水飛沫のなかに浮かぶ。

 

『ゴアァァァァァァァッ!!!』

 

憎しみのこもった獣のような咆哮を上げ、一柱の魔女は顕現する。

その名はoktavia von seckendorff──────悲恋の果てに堕ち、理から外れた青の魔女だった。

 


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