秋津洲ちゃれんじ   作:秋津洲かも

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秋津洲流戦場航海術

海面の色とは違う青の袴

 

 

自身の零戦が次々と撃墜判定を受けて行く中、加賀は未知の相手との戦闘に不思議な感情を抱く

 

加賀の心に湧いたのは、驚愕ではなく興奮

 

いまだ経験したことのない空中戦、強大な防御火力を持つ相手の機体

 

普段の書類仕事の中では絶対に得ることのできない緊張感

 

 

自分が戦場に戻りたがっていることに改めて気づく

 

もしかしたらもう一度、仲間たちと海を駆けることができるのかもしれない

 

赤城さんもきっとこの演習を見ているはず、ここで私が十分に戦えることを示せばきっと赤城さんも希望を抱いてくれるに違いない

 

車椅子に座る赤城の姿が脳裏に浮かぶ

 

そしてみんなを、五航戦のあの子を守れるかもしれない

 

一度膨らんだ期待は際限なく広がっていく

 

意志が伝わったのか足の艤装が徐々に回転数を上げていく

 

秋津洲のいる方向へ向け、ゆっくりと航行を開始する

 

「痛っ・・・」

 

加賀は膝を折りうずくまる

 

古傷を宿す左足は脳に必死に痛みを訴えかけ加賀を現実に引き戻した

 

 

 

秋津洲さん、感謝します

 

一時でも希望の中に身をゆだねられたこと

 

そして秋津洲さん、私は貴方に嫉妬しています

 

提督が貴方の名前をはじめて口にした時からずっと

 

 

視界に秋津洲の姿を捉えた

 

水しぶきを上げ、一直線に向かってくる

 

 

 

一切の無駄な思考が消え、迫りくる彼女に敬意を払う

 

加賀は例え相手が深海棲艦であっても敬意を払う

 

鎧袖一触、これは自分の本意ではない

 

周囲を安心させるためにこの4文字を並べることはあるが、心の内では全くの逆

 

全力で倒すことが一兵士としての礼儀

 

改めて心に誓い、声に出す

 

「全力でお相手致します」

 

砲や機銃などの武器を装備していないこの身に今できることは何か

 

爆撃と雷撃による一斉飽和攻撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

零戦は先ほどの戦闘で近づくことは危険と判断したのか二式大艇から距離をとり、積極的に攻撃を仕掛けてこようとはしない

 

離陸を終えた二式大艇が再び秋津洲の上空に戻ってきた

 

『あきつしまさん、まもなくじょうくうにとうたつするです』

 

「わかったかも。みんな無事かも?」

 

『すこしきもちがわるいですが、だいじょうぶです』

 

『まもなくてっきがくるです!』

 

「どこから来るかも?」

 

『しょうめんじょうくうからばくげきき、らいげききはあきつしまさんをかこんでいます!』

 

『あと2ふんくらいです!』

 

 

秋津洲から回避のための選択肢が全て奪われた

 

上空からは爆弾の雨嵐、海中からは四方八方から魚雷の群れが同時に襲い掛かってくるだろう

 

もはや逃げる場所などどこにもない

 

「加賀さん容赦ないかもー!」

 

圧倒的に不利な状況の中、再度確認する

 

演習は勝利することが目的ではない

 

戦術や陣形の確認、新人艦娘の育成、戦意の高揚

 

今日の私にとっては自己紹介の舞台

 

言葉ではなく行動で何を見せるか

 

 

生き残る執念

 

 

戦場における私の使命は生き残って、大艇ちゃんからの情報を鎮守府に送り続ける

 

非力な私は仲間の生存のために、自分の生存を優先する

 

足を止め視線を上げると、情報通り上空に彗星の姿が見えてきた

 

編隊を解き、一列に並び替え、彗星は1機また1機とダイブに入ろうとしている

 

腹に抱えた爆弾が太陽に反射してきらめく

 

そして海面すれすれの低空からは天山の姿、それも秋津洲を中心とした全方位から迫ってくる

 

戦艦をも一撃で黙らせることのできる魚雷が牙を研いでいる

 

四方八方上空から不可避の、一切の容赦ない必殺の一撃がやってくる

 

命中すれば例え大和型であっても轟沈判定を免れることはできないだろう

 

 

 

秋津洲は薄い銀色の髪に架かる右のリボンをほどき海中へ投げ込むと、今度は加賀の方向とは逆に疾走した

 

150メートルほど進み、脚の海上走行器を完全に停止させる

 

背中に手をまわし、クレーンの位置を調整する

 

 

そして大艇妖精から送られてくる着弾予想のカウントダウンに耳を澄ませる

 

『ぎょらいとうか!』

 

『てっきちょくじょう!』

 

目をつぶる

 

見てくれている人たち

 

加賀さん、艦娘そして提督に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泥まみれのみっともない姿を見せてやる!

 

 

 

 

『あと10びょう!』

 

横須賀鎮守府において秋津洲は幾度となく経験してきた

 

戦闘中、被弾していく艦娘たち、そんなとき秋津洲は少し離れたところで見守ることしか出来なかった

 

下手に戦闘に参加すれば即大破

 

唯一できることは、仲間が傷ついていく様を事細かく鎮守府に伝えていくことだけ

 

無線先から怒鳴り声が響き、やがて諦めたかのように撤退の指示

 

唯一無傷の自分が仲間に撤退の指示を伝えに行く

 

仲間たちは秋津洲に文句を言うことはなかったが

 

無傷の体とは別に秋津洲の心は徐々に傷ついていった

 

『あと5びょう!』

 

何度となく自分を呪ってきた

 

自身の無力に、運命に

 

突然、ある日、朝、目が覚めたら特別な能力が自分に備わっていることなどあり得ない

 

誰かが特別な能力を授けてくれることなどあり得ない

 

自分の手にあるカードで精一杯戦うしかない、毎朝目が覚めるたびに自分に問う

 

『まもなくです!』

 

全ての方向から秋津洲に暴力が襲い掛かる

 

 

瞬間、目を見開いた秋津洲の右手が動く

 

その先は背中のクレーンに向かう

 

安全装置を解除、艤装の全出力を電動クレーンのウインチに集める

 

海面から艤装に伸びる垂れ下がったワイヤーの先はクレーンに繋がれている

 

もう一方のワイヤーの先端は前方150メートル先の海中に転がるイカリに固定されている

 

他の艦娘には類を見ない工作艦明石を上回る巨大な最大荷重35トンを誇る電動クレーン

 

本来であれば二式大艇を持ち上げるためのそれである

 

最終確認、衝撃に備え姿勢を低くする

 

レバーを≪ 巻き上げ ≫の方向へ目一杯倒す

 

艤装の発生する全電力を受けたウインチモーターは高速回転を始め、35トンの力で秋津洲を前方に引っ張る

 

そこから生まれる強大な加速度に自分の体重の数倍を支えている膝が耐えきれずに折れそうになる

 

息ができない

 

歯を食いしばる

 

駆逐艦島風の最大戦速をはるかに置き去りにし、船舶では到達できない速度領域に突入する

 

それはカタパルトから打ち出される戦闘機の様に似ている

 

なお加速を続ける

 

風圧は速度の2乗に比例する

 

苦痛に耐えながら目を閉じず、前方を見つめる

 

 

 

 

 

 

前方から迫りくる魚雷が視界に入ると同時に跳躍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着地の衝撃と同時にはるか遠く、背後で大きな衝突音

 

模擬爆弾そして模擬魚雷同士のぶつかる甲高い悲鳴

 

 

立ち直った秋津洲は意識もうろうとなりながらもすぐさま周囲の状況を確認する

 

加賀は先ほどの一撃に全力を注いでいたようだ

 

天山・彗星ともきびすを返し、母艦へ向かう

 

いまだ意識のはっきりしない秋津洲は動かない

 

必死で呼吸を整えようとするも、体が呼吸の方法を思い出せない

 

たまらず膝を海面につき、嗚咽を繰り返す

 

 

 

 

 

 

 

しばし、海は静寂に包まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

『あきつしまさん!だいにじこうげきくるです』

 

『はやくにげるです!』

 

危機は去ったもののまだ演習は終わっていない

 

視線が定まらないまま立ち上がる

 

ここからがこの演習の本番

 

「・・・ま、まだまだかも!」

 

再び爆弾そして魚雷が襲ってくる

 

二式大艇の情報からどう動けば最も相手が狙いにくいか、その最適解を導き出す

 

先ほどのような強引な回避は1度きり

 

あとは気力の続く限り足を動かす

 

回避

 

 

回避

 

 

回避

 

 

近接弾

 

衝撃で体が海面に転がる 中破判定

 

回避

 

 

回避

 

 

回避

 

 

近接弾

 

水面に叩きつけられる 大破判定

 

「・・・まだ・・・かも」

 

気力を振り絞り、立ち上がる

 

回避

 

 

回避

 

 

回避

 

お腹の中から何かがこみ上げてくる

 

ひどく気持ちが悪い

 

回避

 

 

回避

 

脚の震えが止まらなくなる

 

回避

 

 

回避

 

目に入った汗を無理矢理ぬぐう

 

回避

 

おぼろげな視線の先、1機がこちらに突っ込んでくる

 

その腹には爆弾も魚雷もない

 

 

 

 

 

 

 

 

零戦の機銃が火を放つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習結果 正規空母加賀 S勝利

 

 

 

 

 

(続く)

 

 





恐らくですが予想されていた戦闘の結末とは相反する話となったかもしれません

次回、「秋津洲の役割」

海水まみれかも、はやくシャワー浴びたいかも!

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