一同はそのまま、北に向かった。当たりだったのか、モンスターはうじゃうじゃと湧いてくる。
囮のブラムと地図を持つルルネとアイズが先導する形で岐路を進むことしばらく、気色悪い緑色の肉壁が立ちはだかった。
「か、壁が……」
「……植物?」
不気味な光沢とぶよぶよ膨れ上がる表面。ちょっとグロいとすら思えるそれは見事に進路を遮っている。
「……ルルネ、この道で確かなのですか」
「ま、間違いないよっ。私は食料庫に繋がる道を選んできたんだ、こんな障害物は存在しない……筈なんだ」
アスフィに確認されて、ルルネは地図を見直した。食料庫までまだ半分くらいの道のりしか進んでいない。
「……他の進路も調べます。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合は直ちに戻って来なさい」
アスフィの指示に虎人とエルフの青年が頷き、数人を引き連れて道を引き返した。
その場に残っているのは、アイズ、ルルネ、アスフィ、ブラム、その他サポーター4名。ブラムはそっとその肉壁に鼻を近づけた。
「……臭っ」
そう呟くと共にブラムは分かった。この肉壁は生きている、と。すると、後ろから足音がした。他経路に出向いていた小隊が戻って来たようだ。
「アスフィ、戻った」
「どうでしたか」
彼等の話によれば、他の経路も同じように塞がれてしまっているらしい。それを聞いてブラムは「なるほど…」と呟いた。
「? どうしたのブラム?」
隣のアイズが尋ねてきた。
「さっきのモンスターの大群はダンジョンから急激に産み落とされた奴じゃないってことですよ。食料庫にはお腹を空かせたモンスター達が集まってきます。もし他の食料庫に入れなかったら、他の食料庫に向かうでしょう?」
「……ああ、なるほど」
「………つまり、ここ最近の奴はモンスターの大量発生じゃなくて、モンスターの『食糧を探せ、スタミナが持つまで北へ南へ歩け歩け大行進』ってわけです」
「何そのネーミング……」
アイズは呆れ気味に言ったものの、少しブラムに感心していた。
「モンスターたちが動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奥には何があるんだ?」
話を聞いてたのか、ルルネが2人の後ろから言った。ブラムは自分の眼の前の緑の壁に触れた。
「分からないけど、行けばわかるんじゃないですか?」
ブラムは言いながら肉壁の中心を見た。そこには、花の花弁が折り重なったような門、か口のようなものがある。大型級のモンスターも通り抜けられそうな大きさだ。これが出入り口だとしたら、開くかもしれないが、微動だにしない。
「やはり、破壊するしかなさそうですね」
「斬りますか?」
「大人しそうな顔してさらっと物騒なこと言うな、お前……」
アスフィ、アイズ、ルルネと言った。アイズの台詞にアスフィは「いえ」と首を横に振った。
「情報が欲しい、魔法を試します。メリル」
命じられ、小人族の魔導士が出てきた。その小人族は魔法を使い、炎の大火球を放ち、門をぶっ放した。そこにアイズ達は侵入した。
「壁が……」
後ろでキモい音を立てて壁が修復した。
「大丈夫ですよ。今度は内側からぶっ放せばいいでしょう」
ブラムが言うと、なんとか全員平静を取り戻したようだった。
アイズは内部を見回す。内部は壁も天井も地面も緑壁だった。で、壁の一角を斬りつけると、割とあっさり切れた。切り口の先には石壁、24階層の本来の壁が見えた。
まるで、迷宮にこの肉壁が取り付いているみたいと思った。が、その切り口もすぐに回復される。
「行きますよ」
アスフィに従い、全員が進む。どう考えても異常事態である空間に、全員緊張気味に慎重に進んだ。
「なぁ、怖い想像してもいいか?もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の腹の中を進んでるんだよな?」
ルルネが言うと、「おい」「よせ」「やめてくださいっ」と非難の声が上がる。
「あーでもあの花のモンスターの中もこんな感じだったなー」
「えっ、おい【逃足】。お前モンスターに食われたことあるのか?」
聞き捨てならない独り言にルルネが引き気味に聞いた。
「その呼び方やめてください。……はい、一回だけ丸呑みにされたした。いやー、体液でネバネバになるわ暑いわ臭いわ最悪でしたねー」
「おいっ」「ほんとにやめろ」「減り込ませるぞ」と、より一層上がる非難の声にブラムはアイズを盾にするように隠れた。
そのアイズは、その緑壁の中に咲く花を見た。極彩色でしおれた花。アイズの相貌が細まる。
「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね。ルルネ、地図を作りなさい」
「了解」
アスフィの指示にルルネは頷くと、別の紙と赤い羽ペンを鞄から取り出した。
「すごい、ね……地図を、作れるんだ」
「んー、そうか?【剣姫】に褒められるなんて光栄だけど……私は一応、盗賊だからな」
アイズに褒められて、ルルネは若干照れ臭そうに苦笑しながらも手を止めなかった。
そのまま一同は肉壁の中を進む。その時だ。不自然に散乱した灰を誰かが見つけた。
「モンスターの死骸か?」
「ええ。間違いなさそうです」
アスフィはドロップアイテムを死骸の中から見つけた。
「おそらく、例の門を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かに殺られた」
その台詞でパーティの空気が張りつめる。ブラムは自分の役割が段々と習性になってきたのか、前に出てアキレス腱を伸ばし始めた。そして、気配を感じて上を見上げた。
「上です!」
上には食人花の群れ。大きく口を開けると、天井から落下した。
『オオオオオオオオオオオッッ‼︎』
咆哮がダンジョン内を響いた。
「各自、迎撃しなさい!」
アスフィの台詞で戦闘が始まった。