今回は勝家が墨俣に築城しようとします。
ー墨俣城ー
長良川の中州に位置する墨俣の地に一夜にして建てられた別名“墨俣一夜城”と呼ばれた木下藤吉郎の逸話が有名である。
美濃を取るために織田信長は墨俣に城を建てることを決意したが、佐久間信盛、柴田勝家といった重臣が築城に失敗するなか、木下藤吉郎が築城に成功し、美濃の国人たちが続々と寝返り、稲葉山城を落としたのだ。
その戦略的要地に降り立ったのは織田家家老筆頭柴田勝家であった。なぜ彼女がいるのかというと、信奈が良晴に三日後に稲葉山城を落とせなかったら浅井長政に嫁ぐ事をにしたといい放ち、このままでは姫さまが浅井長政に奪われる! と思った勝家は信奈と同じく家老の長秀の制止を振り切り、仕事を横取りされそうになって食ってかかる良晴を殴って気絶させ郎党を集めていっせいに墨俣に繰り出したのだ。
兵の数は三千、城普請に駆り出された人足は五千。総勢八千の大軍を率いた勝家は決死の覚悟で挑んでいた。
「みんな、気合いを入れろーーー! あたしたちが失敗すれば、麗しの信奈さまを浅井長政に穢される〜!」
兵站と築城の指揮を一人で採る勝家。その迫力には兵たちも「勝家さまの後ろに鬼が見えるだみゃあ」などと味方を恐れさせていた。
*
一方その時、長門ら緋村家は黒野城を出立し、五千を引き連れ稲葉山城に入り軍議に参加していた。しかしその軍議を始める前に一悶着があったのだ。長政の入れ知恵で長門が半兵衛の稲葉山城乗っ取りに関与している事が義龍に漏れていたが、長隆らが知らぬ存ぜぬを一点張り。義龍も納得はしなかったが、その時長門は布を顔に巻き、その素顔を見たものがおらず、長政の存在は話せなくそれ以上に言及ができなかった。
何より、鬼の巣窟である緋村家を手放す事は義龍には出来なかった。
そして夜の帳が下りてきた時に美濃の伝令兵が広間に入ってきた。
「申し上げます! 長良川の中州、墨俣にて織田の兵が築城を始めたとの事その数八千」
その伝令に重臣たちは一瞬騒ついた。それを聞いた義龍はニヤリと笑みを浮かべた。
「ふん、小癪な。直ぐに兵を集めよ」
「義龍どの、ここはワシらに任せて頂けぬか」
義龍の命令にいち早く反応したのが長隆であった。その進言に義龍は少し面を食らったような顔をした。
「良いのか長隆どの」
「無論、我が子長門のつけた汚名も我らの槍ではらいたいのでな」
長隆はニカっと歯を見せて笑みを浮かべる。
「よかろう、緋どのは村は直ぐに戦じたくを整え夜明けと共に出陣せよ!」
義龍の一括で軍議はお開きとなり、長門らは、出陣の用意に取り掛かった。
*
長門らは井ノ口の周辺山に陣取った。ここからならば墨俣の築城部隊が丸見えであった。長隆を始めとしたその息子たちは墨俣を見下ろしていた。
そして偵察に出ていた梅率いる忍び部隊が長隆に敵状を報告する。
「………築城部隊を率いるのは柴田勝家、八千の内兵はおよそ三千、残り五千は築城のための人足かと………」
「うむ、やはりか……思ったより築城に人が多いのう」
「ええ、ですが彼らは兵ではありません。我らが攻め込めばその殆どは逃げ出すでしょう」
長門の言葉を聞きながら長い顎髭を撫でながら長隆は築城部隊を眺める。確かに墨俣に城を築ければ織田の勝利に傾くが墨俣の地は長良川を始めとする幾つもの川が交差する地形、築城部隊は自然と背水の陣となり、足場は泥濘に足を取られ槍働きも儘ならない。ゆえに墨俣は死地と呼ばれているのだ。
長門この時に長門の頭にはすでに撃退の戦略が浮かんでいたのだ。長門は墨俣周辺の地図に石を兵に見立て作戦を話し始めた。
「突撃は義龍どのがおっしゃった通り夜明けと共に奇襲をかけましょう。軍は二つに分けましょう。そして戦闘部隊が迎え撃ってきたら別働隊は迂回し、築城部隊に奇襲をかけるのです。そうすれば築城部隊は堪らず逃げ出すでしょう」
そして、と続けながら戦闘部隊に見立てた石を指差した。
「あとは柴田勝家率いる兵を包囲して叩けば良いでしょう」
「うむ、戦闘部隊は間伸びするように誘い込むべきじゃな」
長門の策に長隆は肯定する。
「ならば私が別働隊を率いましょう義龍どのからお借りした二千の兵を私にお預けください」
そして義隆が別働隊を引き受けることになった。
「先陣は長門、お主じゃ」
「はっ! この不肖長門、先陣を勤めさせて頂きます」
軍議の時の通りに先陣は長門が勤めることになった。
(悪いが良晴、俺はお前と敵としてあたることになるだろう。だが、これくらいのことを乗り越えられなきゃ織田のお姫様は天下なんてとれないぜ)
そう心の中で親友を思い浮かべる長門。そして長男の隆成に近づく。
「兄上、お話が……」
*
またまた場所は変わって墨俣では勝家率いる築城部隊は城の普請に急いでいた。陣頭指揮をとりながらも勝家の頭の中は信奈のことでいっぱいであった。
(もし墨俣に城を造れなければ姫さまは浅井長政の妻にされてしまう。しかし万が一サルに任して城を造れば、美濃はとれるが姫さまは「恩賞自由」の約束によってサルの嫁に⁉︎どっちも嫌だー‼︎)
うがー! と頭を掻き毟る勝家、そしてまた頭を抱えて考え込み、また頭を掻き毟る。その繰り返しを見ていた兵たちは安定しない勝家の情緒を心配していた。
そして夜の帳に朝の光がうっすらと浮かび上がり暁の空が昼夜通して働いていた人足たちの疲労感を増すのには十分だった。
その時だった。銅鑼の音と共に緋村の軍勢が一斉に襲いかかってきた。
「て、敵襲だぁ!美濃の敵襲だみゃあ!」
織田勢は夜明けの奇襲に浮き足立っていた。逃げ出すものこそ少なかったが、直ぐに槍を持って迎え撃つことができたのは半数の兵たちと勝家やその勝家に連れてこられた池田恒興や佐々成政くらいだった。池田恒興、ポニーテールのその少女は母が信奈の乳母であり、乳姉妹に当たる。温厚で誠実な性格で今回は勝家の暴走を止めようとしたが止められなかった。そして佐々成政は信奈の馬廻であり、真っ直ぐな性格でいつも慕っている勝家に従軍していた。
「怯むな! 迎え撃て!」
勝家が先陣を切り、それに続く形で織田勢は美濃勢を迎え撃つために出撃を開始した。
*
「進めぇ! 一気に織田を叩け!」
先陣を切る長門に続き三千の兵も未だに体制が整いきってない織田勢に突っ込んだ。そして直ぐに乱戦となった。
ある者は槍で敵を叩きつけ、ある者は槍で突き刺され、ある者は倒れた兵の首を掻き切りった。
戦況は奇襲を仕掛けた美濃勢がわずかに優勢だった。しかし勝家の獅子奮迅の働きが総崩れを防いでいた。
「死ねやぁ、死ねやぁ姫さまの操のために〜!」
勝家は戟を振るい敵を撫で斬りにしながら味方を鼓舞し続けた。その姿、まさに鬼柴田であった。勝家に鼓舞された織田勢が徐々に体制を整え、混戦となった。
「一旦退け! 弓兵部隊は有りっ丈の矢を打ち込め!」
長門の指揮で歩兵は撤退を開始し、後方に控えていた弓兵部隊が撤退援護を行う。一斉掃射された弓矢はまるで弾幕の如く降り注いだ。
「逃がすな! 追え、 追えー!」
「お待ちください勝家どの! これは明らかに誘われております!」
矢を戟で払い除け背を見せる長門を恒興の制止を振り切り追撃を開始する。
恒興は戦場でここまで焦っている勝家を見たことはなかった。
(日の出と共に奇襲、そして機を見ての撤退、これは緋村の得意戦術。この撤退にも何かあるはず……)
思考を巡らせる恒興。
「まさか………」
恒興は思考の答えにたどり着いた。すぐさま勝家を止めに入る。
「勝家どの! ここは引きましょう。罠です! 我々は……」
しかしその時には既に遅かった。追撃に気を取られ、少し陣形が延びていた。
「何⁉︎ あたしは騙されてたのか⁉︎」
伏兵の登場で頭に登っていた血がすぅっと冷めた勝家は己の行動を悔いた。直ぐに体制を整えようと後退するかと考えた時だった。
「柴田勝家どのとお見受けした! 私は緋村長門! み印頂戴する!」
再び転進した長門が迫ってきており馬上から槍を突き出した。
「お前が長門か、ええい! あたしは姫さまの操を守るんだぁ!」
長門の突き出した槍を最小限の動きで躱すと横薙ぎに戟を払う。突きの後に横腹がガラ空きだった長門は防御がギリギリ間に合わず直撃は避けたが勝家の怪力で馬上から弾き飛ばされた。
「ガッ!」
地面に叩きつけられた長門。受け身をとっていたが殺しきれなかった衝撃が身体中を巡った。
「はっ!頭はいいけど槍はあたしの方が上みたいだな」
「くっ……そがっ!」
勝家が振り下ろした戟を身体を捩り躱し、勝家に蹴りを入れ距離を取り立ち上がる。
しかし倒れた時に脳震盪でも起こしたのか上手く立ち上がれない。
(クソッタレ………こんな時に………‼︎)
「長門様‼︎ご無事ですか」
その長門に駆けつけたのは彼の一番の家来である高次であった。高次は自身の馬に長門を乗せた。
「待て!」
長門を討ち損なった勝家は追いかけようとするが入ってきた伝令にそれどころではなくなった。
「申し上げます! 美濃勢の別働隊が城を攻め、築城の人足は殆ど逃げ出した模様‼︎」
「なんだって⁉︎それじゃあ……」
踊らされた。勝家はこの時、長門の知略、戦略の恐ろしさの一旦を知った気がした。
「勝家どの! ここは撤退を! このままでは全滅を待つばかりです!」
恒興と成政は勝家に進言する。勝家は苦虫を噛んだような顔をして撤退を指示した。
勝家は包囲が完成する前に撤退し何とか小牧山に戻った。そして責任をとって腹を切ると言い出し、長秀らが止めるのに苦労したのは別の話し。
*
高次の馬の後ろに乗せられていた長門はようやく意識がはっきりした。
「くっ……!高………次?」
「もう大丈夫です!長門様の策が成りました。柴田勝家は墨俣城の築城に失敗、撤退しました」
「そうか………じゃあ一先ずは勝利だな」
長門はほうとため息を吐き高次の背中に身体を預ける。
「へあ⁉︎な、長門様⁉︎」
「すまんが少し休ませてくれ。陣に戻るまででいいから」
そう言って高次の腰に手を回し寝息を立てる長門。普段冷静な長門からは想像出来ない行動である。頭を打った時の衝撃で幼児退行を起こしたようだった。
兵たちが見たのは顔を真っ赤に染めた高次とその背中にもたれかかる長門という謎の絵図であった。
長門、弱くね?
武力チートの緋村家なのに………いや違う勝家が強いだけなんだ。この子はその分頭が良いからね!これでプラマイゼロだ(?)
では誤字、感想よろしくお願いします。