「お初にお目にかかる。いかにも、俺が竹中半兵衛重虎」
突然、奥座敷のど真ん中に寝転んでいる青年、竹中半兵衛に声をかけられて良晴、犬千代、長政、高次は驚く。
「うわああああっびっくりした⁉︎」
「この私が気配を感じ取れぬとは?いつの間に?」
「………腰が、抜けた」
「………へ?」
しかし、何故か長門だけは驚いてなく、
「何やってんだよ……」
「というより、なんで長門様は驚かないのですか?」
高次が長門をそう言いながら肩を落とす。良晴たちも声は出さ無いもののほぼ同意していた。
長門たちの前に現れた竹中半兵衛はおよそ30代前後程度の見た目であった。
長門の好きだった『戦国無双』の半兵衛とはイメージは程遠いが、良晴たちに前後を取り巻かれても知らぬ顔で寝転んだままの半兵衛の器の大きさを感じていた。
「しかし、半兵衛どのは実はおなごらしいと聞いていたが………」
「俺はこの通り水も滴る美男子だ。あてが外れたな、浅井長政どの」
「くっ、最初から全てお見通しというわけか」
長政は歯噛みした。長政は半兵衛が女ならば己の美貌で籠絡しようとしていたのだろう。それが浅井長政の何時もの手口なのだろう。それに反応した良晴が怒り狂い、信奈を巡る喧嘩が勃発していた。
「ぶっ………くくっ……」
「な、長門様……笑っては……駄目……ですよ……」
良晴と長政が喧嘩をしている最中、長門と高次が笑いを堪えていた。犬千代がそれを発見し、睨んでいるが大して気にしていない。
「遠路はるばる、井ノ口までよく起こしなされた。まずは、みたらし団子と粗茶をどうぞ」
半兵衛が手を叩くと町娘姿の美少女が一人ふらりと部屋に入ってきて、団子を置いた。その頭からオオカミの耳がぴょこんと飛び出している。良晴がその娘に鼻の下を伸ばし、犬千代がむぅと、頬を膨らます。
「その娘は、我が式神の『後鬼』ですよ」
「式神って安倍晴明が使役していたって言われるあの式神か?」
「左様、我が始祖・晴明公をご存知とは、意外と相良どのは物知りと見える」
「俺の暮らしていた未来では安倍晴明が流行っててさ」
「ほう、未来とは面白いお方だ」
「でも、式神って鬼なのか?人間なのか?尾張には鬼も妖怪もいなかったぜ」
(なんだっけな……確かネットとかで見たことあったんだがな……)
それは尾張が異邦人が行き交う港町にて人々の心が銭や商品に夢中であるからよ。と半兵衛は狐のような笑みを浮かべた。
「……あぁ、そういうことか」
「ど、どういうことだよ長門」
納得がいったような表情を浮かべる長門に良晴が問い詰める。
「世界の万物は陰と陽から成っている。陽ってのが実体をもつもの、まあ人間とか物のことだと思ってくれればいい。陰ってのがそういった実体を持たない『気』だ。つまり陰陽道ってのはその陰、『気』を理解しそれを力として用いる術ってところだ。要するに先程の半兵衛殿の仰ることが正しいのなら、尾張のような港町では人や銭が飛び交い陽の力が強いところではその力は弱まるってことだ」
まああくまで私の推察ではあるが、と付け加える長門。半兵衛は少し驚いた表情を浮かべていた。
「………これは驚いた。多少違っていることがあるとは言え、まさかそこまで理解しているものがいるとは……流石は緋村の軍師、長門殿と言うべきか」
「何、半兵衛殿が陰陽師と言う噂を耳にした折に城の書物庫を漁り陰陽師の書物を少し読んだ程度ですよ」
「それでも大したものよ、俺の『石兵八陣』に細工を加えたのは貴殿なのだろう?」
良晴と犬千代はそうなのか?という表情をし長門は半兵衛に習い知らぬ顔でそっぽを向く。
「ともあれ、遠路ご苦労。皆の衆、八丁みそをたっぷりとかけただんごをどうぞ」
先程後鬼が持ってきたみたらしだんごには三河名物の八丁みそがたっぷりと塗ってあった。その上、美味しそうに湯気を立てているお茶がなみなみ注がれていた。
「俺の好物、飛騨特産のみたらしだんごだ。飛騨は米があまり美味しくない。ゆえに米をだんごにして食べるものが多いのだ」
半兵衛が得意げにだんごを講釈。稲葉山城は水の手が少ない山城であり炊くために水を使う米は籠城時には食せない。そのため、手軽な保存食としてみたらしだんごを数多く貯蔵しているのである。
「いやぁ喉が乾いてたところなんだ、いただきますっ!」
「……だんご、美味しそう。ぱくっ」
良晴、犬千代はお茶とだんごに食いついていた。長政は味噌が苦手なのか口をつけようとしなかった。
長門と高次もまた然り。
「おや、長門殿に高次殿もよろしいのか?」
「いや、我らは先程の鮎屋で腹ごなしは済んでおりますゆえ、」
「わ、私もです!」
「高次……涎が出てるぞ」
「へぁ⁉︎」
高次は我慢しているようだが、涎が口元から垂れており説得力がなかった。
「うめぇ、うめぇ!このお茶の微妙な生暖かさが、疲れ果てた胃袋にちょうど優しいお湯加減っ!」
「……めぇ、めぇ。みそだんご、ほろ苦くて美味しい」
良晴と犬千代がほくほくとした笑顔でいた。高次も羨ましそうに見つめている。
だが、
「くっくっくっ、あーははははっ!」
突然半兵衛が大笑いを始めた。
「わが、『十面埋伏陣』と『石兵八陣』を破った尾張侍には期待していたがこの程度のいたずらにあっさり騙されるとは!」
半兵衛はゲタゲタと大笑いする。気づけば半兵衛の顔はすっかり狐顏になっていた。
「何、毒ではない、そのお茶は馬の湯張りにだんごは馬糞だ」
その瞬間、良晴と犬千代は顔色が悪くなり、えずく。長政は「食べなくてよかった」と安堵の表情を浮かべていた。
「さて、相良良晴どの、浅井長政どの、緋村長門どの、この糞だんごを一つ残らず食い尽くし、土下座をすれば俺は斎藤を辞してそちらについてもいいぞ?」
半兵衛がそう言うと良晴と長政は葛藤していた。馬糞のだんごなんかは食べたくなかった。しかし、長政は信奈を妻にするため、良晴はその結婚をぶち壊しにするため、糞だんごに手を伸ばそうとする。
しかし、この男は違った。
「……食う必要はない…」
「え?」
良晴たちは思わず長門を見る。その顔はニヤリと笑みを浮かべていた。
「梅‼︎」
「………御意……」
突然、屋根裏から長門の忍び、梅が現れ、忍刀で斬り伏せた。
こーん!と一声鳴いて狐半兵衛はもんどり打って倒れてしまった。
「な、何てことを……貴様!」
「お、おい、長門………何でこんな」
二人の怒りの視線をひらりと受け流し梅と高次に何か指示を出し良晴に向き直る。
「相良良晴……お前は恥ずかしくないのか?こんなコケにされたままで、こんなことできるなんて人じゃない!犬だ。武士なら頭を下げちゃいけない時ってのがある。今がその時なんじゃないのか?」
長門の言葉に良晴も押し黙る。しかし、問題は解決していない。
「し、しかし半兵衛どのを切ってしまってどうするつもりなのだ………」
「大丈夫だ。問題ない」
「大丈夫じゃねえだろ。半兵衛死んでるし!」
「そうじゃない。ほら、よく見てみろ奴の死体」
「死体って言ってるし………ってあれ?」
「死体が……」
「………消えてる?」
先程倒れていた狐半兵衛は幻の様に消えていた。
「長門様!長門様のおっしゃる通り」
「………見つけました………」
「やっぱりか……」
「………きゃっ………い、い、い、いぢめないで………ください………」
高次と梅が小柄な小さな少女の腕を持ち連れてきた。
「ま、まさか……」
「この子が………」
「「「竹中半兵衛⁉︎」」」
一呼吸開けて三人の声が揃ったのだった。
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