Fate/Problem Children   作:エステバリス

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さくしゃちょうがんばりました。考察回は本当に頭使いますね……喋らせ方とか、どう説明するか……

おかげで文字数かなり増えましたが、まぁそれはそれとして。ではどうぞ。




くえすちょんえいと 勇気を出して、僕らを頼って

 

 

『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"

 

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ("箱庭の貴族"を含む)。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター、太陽の運行者・星霊、白夜叉(現在非参戦のため、中断時の接触禁止)。

 

・プレイヤー側・禁止事項、自決及び同士討ちによる討ち死に。休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。休止期間の自由行動範囲は本祭本陣営より五百メートル四方に限る。

 

・ホストマスター側勝利条件

全プレイヤーの屈服・及び殺害。八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。

 

・プレイヤー側勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

休止期間、一週間を相互不可侵の時間として設ける。

 

宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

"グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

◆◇◆

 

さて、交渉から六日が経過した。日に日に増え行く黒死病の発症者達と次は我が身、と恐れる者達。そんな中でも戦意を滾らせる者達。様々あるが、"ノーネーム"では行方不明となった飛鳥を除いて唯一黒死病を発症した者がいた。

 

耀だ。彼女自身の記憶が定かならば発症したのは四日前。黒死病の()()()()()()()()()()()()()()()()()()に耀をはじめ、大人数の人間が一斉に発症した覚えがある。

 

朦朧とする意識の中で自身がサンドラの計らいで雑魚寝状態と言ってもいい隔離区域から唯一一人用の個室を宛がわれていた事も思い出す。

 

居心地は良い。いや、マトモに寝れる空間なのに居心地が悪いと言ったら雑魚寝状態の他の患者や態々部屋を用意してくれたサンドラに失礼と言うものだ。

 

(……そういえば、発症した日は泣き喚きながら大丈夫、大丈夫、って言ってたっけ……)

 

何が大丈夫なのだか。現に自分はこんな風に前後どころか夢と(うつつ)の違いすらついていないじゃないか。

 

思えば、あの時皆の顔がサッと青くなっていたような気がする。ジンや黒ウサギのみならず十六夜も、果てはあのマンドラさえも顔色を変えていた……と思う。

 

暇だ。いや、実際には暇だなんだと言っていられない程苦しいのだが。

 

汗や血から感染する事を防ぐ為にも隔離区画は原則立ち入り禁止。

 

暇だ、暇、暇。人間とは楽を追い求める生き物であるが、その実状況的な楽を得ると"暇"に早変わりする生き物だ。兎角、暇。やることがない。

 

ズキッ、と右腕が痛む。

 

これこそが耀を蝕む呪い。忌まわしい、嗚呼、忌まわしい。

 

(……くそっ、くそっ、くそっ……くそぉ……!)

 

思わず左手で自身の膝を殴る。悔しい。色々と悔しすぎてまた嗚咽が出掛けてくる。尤も、今の自分が出せるのは嗚咽などではなく、喘息のそれに似たような喘ぎ声でしかない。彼女自身では言葉を発しているつもりでも、喉は震えず空気は微動だに振動しない。

 

やがて這い出してでもギフトゲームに参加しなければという強迫観念染みた思いが悔しさから湧いて来る。防寒用として用意された白衣を左手だけ通し、手で壁に持たれかかり、一歩、一歩とゆっくりではあるが確実に扉に近づいて行く。奇妙な達成感に浸りながらドアノブに手を掛けると、それを全体重を使って開ける。

 

扉はアッサリ開いた。だが耀はそれどころじゃない。数メートル先の扉でさえ辿り着くのにそれなりの体力を使ったのだ。そこに全体重を乗せた作業が加わるとなると、彼女の身体は綺麗に、ストンと転けた。

 

「わっ━━━!?」

 

思わず左手を差し出して目を瞑る。だが二、三秒経過しても彼女が警戒した衝撃が訪れない。そして身体に違和感を感じるような気がして耀はゆっくりと目を開いた。

 

「……え、あれ?」

 

「……何、やってるんですか。耀さん」

 

"ノーネーム"の首領ジン=ラッセルが、呆れと怒りを交えた顔をしながらそこにいた。

 

◆◇◆

 

同時刻、舞台区画"サウザンドアイズ"来賓室。

 

"調合中につき立ち入る事なかれ"と立て札の置かれたその部屋に十六夜は何の躊躇もなく入った。

 

「よ、ジキル。邪魔しに来たぜ」

 

「立て札を見なかったのかいキミは……まぁいいさ。一番危険なセッションはついさっき終わったし、キミなら多少危険な化学反応が起きても死なないだろう」

 

「そりゃ随分な御評価で……んで、何作ってんだ?」

 

木製の試験管立てに置かれたいくつかの十色の試験管を見ながら十六夜が問う。その目は彼が興味のあるものを見つけた時によくする、獰猛とも軽薄とも、子供のようともとれる目だ。

 

ジキルは手慣れた手つきで二つの試験管の中身をいっしょくたにすると今度はそれをアルコールランプで炙り始める。

 

沸点が余程低いのか、試験管の中身がすぐに沸騰を始めた頃にジキルは十六夜に目もくれずに質問を答える。

 

「キミは知っているだろう? 僕が何をした人間なのかを」

 

「ん? ああ、そりゃ勿論」

 

「それなら話が速い。今僕が作っているのは僕が目指そうとした()()を万全な状態で服用する過程で設計した"状態を平常に近付ける霊薬"さ。僕のやっていた事はかなり危険なものだったからね、可能な限り万全の状態で服用するという目的で作ろうとしていたんだ」

 

「作ろうとしていた?」

 

「ああ、当時はアレを作る為のコストのせいで最後の一詰めができなくてね。全く、作れていたら今頃どうなっていた事やら」

 

今思えばそっちから売り出せば医薬品として高く売れたろうね、それでその資金でアレを作る。我ながら焦っていたよ。だなんて聞いてもいない事まで語り出す。

 

「まぁともかく、理論上この霊薬は病気による状態の乱れを根本から取り除く効果がある。この場にある素材じゃ量産は効かないし、箱庭の魔王が操る病に効くかもわからない。だからこれは今残っている人達をこれ以上脱落させない為の即効性予防接種のようなものだ。……素材集めや下準備、色々あって前日に完成してしまう事になったが、そこは大目に見てほしい」

 

沸騰が収まり白濁に変色した液体物質を小さなボトルに移し代えると、それを一つ一つ蓋をする。

 

「後は冷めるのを待てば良い、二十分もいらないくらいだろう。十六夜、足労を掛けるけど生き残りを探してほしい」

 

「ああ、わかった。今度はそっちを売り出したらどうだ、()()()()()作るより間違いなく世の為人の為になるぜ?」

 

「だろうね。僕も今となってはそう思うよ」

 

十六夜が扉に手を掛ける直前、ジキルが何かを思い出して「ああそうだ」と十六夜を制止させる。彼が振り向くとジキルは薬品に目を向けたまま質問を投げ掛ける。

 

「ギフトゲーム、攻略の目処は立っているのかい?」

 

「いや、肝心なところがまだな。御チビ達も寝る時間を削って謎解きしているが……どうにも白夜叉が封印された理由やどれが"真実の伝承"なのか、ってところだな」

 

「……そうか。引き留めて悪かった。僕も休憩がてら考えてはいたが力になれそうにない」

 

んじゃ行くぞ、と十六夜は一言言うと今度こそ部屋を後にする。

 

誰もいなくなった空間でジキルは溜め息を吐きながら十六夜に見せていた薬品とは別の色をした薬品のボトルを手に取る。

 

彼はそれを物憂げに眺め、やがて意を決したように己のコートの内ポケットに仕舞った。

 

◆◇◆

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

耀とジンは黙りこくる。互いに何を話せばいいのかわからず、かといって耀のやろうとした事から気軽な話題を振る事も御門違いと思い、何も言わない。

 

ジンに捕まえられた耀はそのまま為す術もなくベッドに逆送りにされた。その上監視するとも言われてはや十分というところ。

 

このまま何も出来ずに十六夜やジン、ジャック達に任せる事になるのかと心底不甲斐ない思いをしながら彼女はベッドにもたれる。

 

いっそこのまま不貞寝を決め込んでしまおうかと思っていた時にふと、ジンが話し掛けてきた。

 

「……耀さん、なんであんな無茶をしようとしたんですか?」

 

「……え?」

 

「だから、どうして病人が病室を抜け出す真似なんてしようとしたのか、ですよ。それを言うなら十六夜さんに唆されて隔離区域に忍び込んだ僕も人の事は言えませんが」

 

「……そう」

 

「いや、忍び込んだのは唆された以上に耀さんが心配だったというのもあります。……その、なんだか自分の居場所を確立するのに必死になっていたように見えて。ごめんなさい、答えが見えてる癖に質問なんかしてしまって」

 

ジンは本から目を離しながらそう言う。図らずも可愛いな、と思ってしまった。同時にイヤらしいとも。

 

聡明で解りきった質問をしてくる事がイヤらしい。自分に自信がなく逐一謝ってしまう姿が可愛らしい。

 

頭がクラクラするような状況でもそんな事を考える余裕はあるのかと自分で自分を褒める。

 

しかし、あまりふざけていてはいけない。あちらは真摯に質問をしてきたのだから、こちらも真摯に返答しなければ。

 

「……出ようとした理由は皆の役に立ちたかったから……じゃないよ。それは建前だと思う」

 

「思う、ですか?」

 

「うん。多分本当は恥ずかしかったから。黒ウサギに大口叩いて回りが見えなくなって、ちょっとジンに助けて貰ったと思ったらカボチャのジャックに心を見透かしたみたいな事を言われて。それで頭に血が昇って返り討ち。極めつけには"ノーネーム"の中で一番黒死病と遠い位置にいた筈なのに真っ先に感染して……ほら、恥ずかしい事だらけだ」

 

「そ、そんな事」

 

「あるよ。だって今、私は"ノーネーム"の役に立てなかった事じゃなくて()()()()()()()()()()()に恥ずかしがっている。我が儘だ、傲慢だ、厚顔だ」

 

左手で自分を嘲る口を無意識に覆う。止まらない、止まれない。吐露してしまえば止める事が出来なくなる。

 

昨日の会話で彼が結構聞き上手な人間であると知っているから、止めるタイミングを見つけられない。

 

「だから私は動こうとしたんだ。"ノーネーム"の顔に泥を塗った事への汚名返上じゃなくて、自分の恥を払拭する為だけに」

 

その行為自体が恥なのに、と心の中で付け加える。本当に、嫌になる。今こうやって濁った心中を吐露できてスッキリしている自分が、本当に嫌になる。

 

それを黙って聞いていたジンは少し深く息を吸う。何かを言おうとしては呑み込みを何度か繰り返し、暫くして覚悟を決めた彼は耀の方へ寄り彼女と目を合わせる。

 

「……耀さん。貴女の言う事はよく解りました。たった一晩ですが、貴女の近くで貴女を見ていた僕ならこう言えます。逆に一晩でも居られなかったら言えなかったでしょう」

 

しっかりと耀の瞳を見据えたジンは淡々と、しかし何処か年不相応にも思える人を憐れむような口調でこう言い放った。

 

「貴女はただ()()()()()()()()

 

「……間が、悪い? そんな言葉で片付けて良いものじゃないのは」

 

「良いものです。だって僕と貴女がやった事はほぼ同じでしたから」

 

ヘタクソな作り笑いを浮かべながら病の感染を意に介さず彼女の両肩を掴む。ジンの身体を案じた耀はなんとかして振り解こうとするが決して彼は離そうとしない。

 

「僕も貴女も、切っ掛けは彼女に負担を掛けさせたくなかった。それが僕が何処かで噛み合って、貴女が何処かで噛み合わなかっただけの筈です」

 

「っ……」

 

「たかだか十二の若輩がこんな達観した聖人染みた事を言っていいものかとは思います。でも言えます。だって僕は、コミュニティの為に頑張った耀さんを見てましたから。世界が理不尽でも、仮に神様が誰かを救わなくても、見てる人がいるんです。それでいいじゃないですか」

 

ジンは耀から目を離さない。耀はジンの剣幕に気圧されてジンから目を離せない。

 

「結果が伴わなくてもいいんです。それはあった方がいいのは確かですけど。でも、僕は魔王に滅ぼされたコミュニティが再興した結果だけが残るよりも、魔王に滅ぼされたコミュニティが必死に抗ったという記録が誰かの目に止まって、どれだけ小さくても道標になった方が嬉しいです」

 

だから無茶をしないでください。貴女の頑張りは僕が見ていました。僕の頑張りは貴女達が見ていました。

 

「同志は……友達は、そういうものなんだから」

 

「━━━あっ」

 

友達、トモダチ、ともだち。それは一番最初に耀が求めていたもの。耀が向こうの世界の全てを棄ててこの世界に求めたもの。

 

━━━そっか。友達って、そうやってなるものなんだ。ただ見て、ただ見られる。たったそれだけで良かったんだ。

 

それまで張り詰めていた緊張感が、使命感が弾けて消える。そうか、そうなのか。いや、そうなのだ。

 

私は、恥ずかしかったんだ。でもそれはただ負けたからなんじゃない。それは、友達の期待に添えなかったからだ。自分一人では絶対にこんなに恥ずかしくなかった。

 

「……私達、友達でいていいのかな?」

 

「友達です」

 

勝ちたかった。でも、負けてよかったのかもしれない。

 

今私は、この小さくてイヤらしくも可愛らしい、それでも格好いい男の子にとても救われました。

 

……もしくは、彼にいいように言いくるめられただけ?

 

◆◇◆

 

「まぁ、それはそれとしてギフトゲームの謎解きが終わらないんです」

 

「本当に唐突だね……私も軽く勉強したから手伝うよ?」

 

「いえ、それには及びません。病人の耀さんはしっかり休んでいてください」

 

「……じゃあ、どこまで解いてるのかだけでも教えて」

 

「……はい、その程度なら。と言っても、十六夜さんが大半を解いているのですが」

 

十六夜のメモを写した用紙を見せる。

 

『ペスト』斑模様の道化。黒死病の感染元であるネズミを率いていたとする説から産まれた悪魔の具現。

 

『ラッテン』ドイツ語でネズミを指す。ネズミと人心を操る悪魔の具現。

 

『ヴェーザー』ハーメルンの街付近にあるヴェーザー河より。地災や河の氾濫地盤陥没等から産まれた悪魔の具現。

 

『シュトロム』ドイツ語で嵐の意。暴風雨等の悪魔の具現。

 

・偽りの伝承、真実の伝承とは一二八四年六月二十六日にハーメルンの街で起きた事実の原因を上記の四択の一つにあると思われる。

 

「……ここまで解けてるのに絞れないの?」

 

「はい。……耀さんは『立体交差平行世界論』を御存知ですか?」

 

「うん、黒ウサギに聞いた。確か時間平行線の交差点(クロスポイント)である絶対数α(百三十人の死)を求める数式Ω(殺害方法)が複数個ある、とかなんとか……」

 

「そうですね、わかりやすいです……それで、その数式Ω(殺害方法)数式w(ペスト)数式x(ラッテン)数式y(ヴェーザー)数式z(シュトロム)絶対数α(百三十人の死)。これらの連結式が霊格を高めていると予想されます。ですがゲームの内容を読むに、この連結式に含まれないいずれかの数式がある筈です。それが偽りの伝承、あるいは真実の伝承なのだと十六夜さんは推測しています」

 

ここが問題なのだ。どれが本物なのか解らない。有力なものはあれどどれが真実なのかを知るのは別問題だ。

 

「じゃあ真実は横に置いておいて。どれが偽りの伝承だと思っているの?」

 

数式w(ペスト)です。真実の伝承とは恐らく、ハーメルンの街にあるハーメルンの笛吹の碑文の伝承に該当するもの。つまり百三十の生け贄を一日で用意する必要があります。他の死因は神隠し、暴風、地災……どれも刹那的な死因であり、二~七日の潜伏期間を経るペストでは一二八四年六月二十六日という限られた期限に百三十人どころかただの一人も殺す事ができません」

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

そう、真実の内容が死亡にせよ行方不明にせよ、ペストの性質では真実の伝承足り得ないのだ。

 

「そして恐らく、特にペストと接触をしていない耀さん達が本来有り得ない一日目に発症した事はそれを可能にする為の能力(スキル)をサーヴァント化によって付与されたものによるものでしょう。……聖杯は聖杯という名を冠してはいますが、その実箱庭が用意した産物。即ち神霊製の物ですから、逸話の矛盾を正す為に真実をねじ曲げる修正力が働いても不思議ではありません」

 

「……? でも、それならペストを倒せば済む話じゃ」

 

「それじゃダメなんです。それじゃ二つの勝利条件が被ります。ならば態々分ける必要がありません……ただ、他の物はある程度解けています。偽りの伝承、真実の伝承とは何を指すのか。『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』……砕き、掲げられる物でハーメルンと関係のある物、それはズバリ、碑文と共に飾られたステンドグラス」

 

その言葉に耀は大きく見開く。

 

「え、じゃあハーメルンの魔導書(グリモア)は展示品のステンドグラス? いやでも待って。でもそれじゃあペストはどうやって侵入したの? 彼女は展示物じゃなくてサーヴァント、魔導書から召喚されるっていうよは変じゃ……」

 

「はい、そこも苦心しました。でもそこも恐らく、あのアリスという少女の存在のおかげで合点が行ったんです。耀さん、切り裂きジャックの活動した年は知っていますよね?」

 

「うん。一八八八年」

 

「そうです。そしてジャックは錯乱しているような状態にありながら、自分自身わからないといいながら彼女をアリスと呼んだ。それらの事から考えて見ると、彼女の真名が絞られました。そして真名が本当にそれならば、そういう芸当が可能だとも」

 

耀は息を呑み、発熱に身を蝕まれながらジンを見据える。彼はコクン、と頷くと彼女の真名を口にする。

 

「恐らく、彼女の真名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン……所謂、"ルイス・キャロル"です」

 

「へ……? でもルイス・キャロルって男性の筈じゃ」

 

「そうとも限りませんよ。ルイス・キャロルは強い少女趣味があったという今尚根付く風評被害があります。箱庭の聖杯は逸話を大きく投影する面がありますから……あまり考えたくはありませんが、少女趣味への風評被害が高じた結果少女の姿を依り代にされて召喚された……なんて事も」

 

「……それは考えたくないなぁ。それなら実は女の子でしたっていうオチの方がいいけど……写真が現存してたからなぁ」

 

ははは、と渇いた笑い。ジンはすぐに話題を戻す為に咳払いを一つする。

 

「ジャック・ザ・リッパーの台頭はルイス・キャロルが存命していた年と被っています。ジャックが解らないと言っている以上絶対とは言えませんが、ほぼ間違いなく、二人は向こうの世界で何らかの面識がある筈です」

 

「……それで、そのルイス・キャロルとハーメルンの笛吹にどう関係が?」

 

「はい、それです。サーヴァントは逸話を力にするもの。ルイス・キャロルは不思議の国のアリスの知名度が世界的に高いです。恐らく、ルイス・キャロルは不思議の国のアリスに登場する物を使ってペストを()()()()()()()()()()()にしたのではないかと考えています」

 

「えっと……つまり?」

 

「ペストの主な媒介はネズミです。彼らは自らを召喚した魔導書であるステンドグラスとは別に、壊れたティーポッドにラッテンとペストを封印し"黒死病の眠りネズミ(ドーマウス)"という題で出展をしていました。御丁寧にステンドグラスとは別名義の"ノーネーム"で」

 

なるほど……と親指を顎に乗せる。すると唐突にあ、と思い出した耀はもう一つの懸念材料を問う。

 

「そういえば白夜叉はどうなったの?」

 

「バルコニーに封印されたままで接触禁止です。参戦条件もわからず終いで」

 

「そっか……どうやって封印したんだろう? 夜叉を封印する一文がハーメルンの碑文にあるとか?」

 

「まさか、白夜叉様はどちらかと言うと仏神寄りの存在です。それにあの方は正しい意味じゃ夜叉じゃないんです。本来持つ白夜の星霊の力を封印するため、仏門に下って霊格を落としているんです」

 

「本来の、力?」

 

「はい。白夜叉様は箱庭の太陽の主権を持っています。太陽そのものの属性と太陽の進行を司る使命が━━━」

 

其処まで考えて、何かが引っ掛かった。

 

(……太陽の進行?)

 

ついさっきまで見ていた本に何かあった。ジンは反射的に持ってきた本を速読し、黒死病の知識をありったけ反復し出す。

 

━━━"黒死病"とは、十四世紀から始まる寒冷期に大流行した人類史上最悪の疫病である。この病は敗血病を引き起こし、全身に黒い反転を浮かび上げ死亡する。

グリム童話の"ハーメルンの笛吹き"に現れる道化が斑模様であったこと。

そして黒死病の流行元のネズミを操る道化であった事。

 

この事から、消えた百三十人の子供は黒死病で死んだのだとする説がある。

 

「……十四世紀、寒冷期。待てよ、それじゃあペストはそもそも"ハーメルンの笛吹き"とは無関係な悪魔なのか……? サーヴァントだからその逸話も吸収して関連性が産まれたものかと予想していたけど……っ、寒冷期の原因は太陽そのものの氷河期と予測される━━━これだ! これが白夜叉様を封じたルール! そうか、それなら確かに太陽の運行を司る白夜叉様が封印されて三分の二が太陽神であるカルナさんが封印されなかったのも合点が行く! カルナさんは自分の太陽神の側面、つまり自分の本来持つ能力の三分の二を放棄して封印を免れた!」

 

全てのピースが嵌まったようで思わずジンは立ち上がる。持ってきた本を急いで纏めながらまだ独り言を続ける。

 

「してやられた! 奴らはグリム童話の"ハーメルンの笛吹き"であっても伝承のハーメルンの笛吹きじゃなかったって事だ!」

 

彼らしからぬ勢いでドアを開けると一度ジンは耀に振り向く。

 

「ありがとうございます耀さん! 謎、解けました! 後は僕らに任せてください!」

 

「う、うん。頑張って」

 

「はい、失礼しました!」

 

それだけ言うとジンは部屋を出ていった。やがて部屋の一角で様子を伺っていた三毛猫が出てくると耀の膝の辺りに丸まる。

 

『あの坊主、ついこの間とは見違えたなぁお嬢』

 

「うん、本当に見違えた。あの子は強いね」

 

『何言っとんねや。お嬢もその身体を押して歩いたり坊主の話を聞いて返事したり、めちゃくちゃ頑張っとるで』

 

「……そうかな。そうだといいな」

 

『安心せいお嬢。坊主の言う通り、ワシもお嬢の頑張りを見とったんや。ワシとお嬢は家族みたいなもんやけど、お嬢の最初の友達でもあるんやで?』

 

「……うん、うん。私、そんな事も忘れてたんだね」

 

耀は完全に身体をベッドに預けるとジンが丁寧に閉めていったドアを見つめる。そうして左手で彼の顔を思い出すように、右肩を掴んだ。

 

「……頑張ってね、ジン」

 

耀の小さな呟きは小さな個室に儚く、しかししっかりと響き渡ったのだった。

 

 






情緒不安定な春日部さんを立ち直らせて話を進めるために書いてたらジンくんがジンさんになったでゴザル。作者です。

いや、ほんと……なんででしょう。ジンくんの成長こんな早くに起こるつもりはなかったのに破壊僧とイケメン八歳児が宿って……あれか、CCC見直していたせいか。おのれ菌糸類ありがとうございます!



以下、茶番トーク

ポケモンに浮気しました。いやFGOもやってますよ?EXTELLAもまだやってますよ? でもポケモンに浮気しました。

ポケモンのストーリーが神だったんですよ! 今までとは違うところだらけの異色作として少し身構えていましたが、その異色な部分が今までとは全く違うポケモンを描く描く。そして過去作とも繋がりがあり、と……本当に言うことナシです。ストーリーも最高、細かいところのクスっとくるネタも最高と最高づくめ。ポケモン最高。

いやでもそれ以上に僕はジャックが大好きですけどね!


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