オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2017/4/20 「収める」→「納める」、「見せた」→「みせた」、「体勢」→「体制」、「踊った」→「躍った」、「取れる」→「採れる」、「言って」→「いって」、「入って」→「いって」、「行く」→「いく」 訂正しました
会話文の最後に句点がついていた所がありましたので、「。」を削除しました
読点が連続していたところがありましたので、「、」を削除しました


第85話 マルスが幸福に支配する

 ガッ!

 

 コキュートスが勢いよく膝をつき、自らの主に対し敬意あふるる礼を示す。

 

 

 

 ナザリック第10階層、玉座の間。

 そこに並ぶのは各階層守護者を始めとした圧倒的なまでの力を誇る異形の者たち。

 

 そんな中、中央で(こうべ)を垂れるコキュートス。

 

 その前にドスンと音を立てて置かれたものがある。

 輿に乗せられ、数人がかりで運ばれてきたもの――それはドラゴンの首であった。

 それも、ただのドラゴンなどではない。

 ここ最近、ナザリックが最優先目標としてその所在を捜し、幾度も襲撃をかけ、その命を狙っていた相手。

 

 アーグランド評議国の永久評議員にして『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』の二つ名を持つ竜、ツァインドルクス=ヴァイシオンの首である。

 

 

 その身に宿す生命の炎はすでに消え、濁った瞳とだらりとたらされた舌が不快な嫌悪すらも醸し出す顔を前にして、玉座のある段上に立つ小柄な人物は鷹揚に頷いた。

 

「ああ、よくやった。コキュートスよ。こいつこそが、我らの行動を妨げていた最大の原因。これで、この近隣において我々ナザリックが警戒すべき者、敵する者はいなくなった。よくぞ、討伐の任を果たした。見事である」

「ハハッ。ナントアリガタイオ言葉。ソノオ言葉ダケデスベテノ苦労ガ報ワレル思イニゴザイマス」

 

 

 玉座の間に控えていた他の者らの間にも、安堵の空気が流れる。

 このツァインドルクスなる(ドラゴン)の存在に、ナザリックはここ最近ずっと頭を悩ませることとなっていたのだ。

 

 

 

 アインズがナザリックを離れ、リアルに旅立ってから、はや数か月が経つ。

 

 新たなる主として君臨することになったベルの旗印の下、ナザリックはその世界征服計画を一気に加速させていった。

 

 征服とは言え、ナザリックが表に出て、この地に生きる者を直接支配するという訳ではない。

 あくまで、こちらの意のままとなる傀儡政権を作り上げ、表向きはその勢力による支配圏拡大という(てい)をとり、ナザリックはその存在を隠したまま、秘かに暗躍するにとどめていた。

 

 計画は順調であり、見る見るうちに、その勢力圏は広がっていった。

 人の住まう領域において、ナザリックの息のかかった者達はその勢力を拡大させ、人の住まぬ領域においても、次々とその力で屈服させていった。

 

 

 しかし、そうしたナザリックの計画に(あらが)い、その前に立ちはだかった者達もまたいた。

 

 その筆頭であるのは、かつてトブの大森林内においてアウラとマーレに遭遇した、白銀の鎧に身を包んだ騎士。

 ツアーであった。

 

 

 その強さはまさに別格。

 守護者クラスとも互角に渡り合う程である。

 

 彼はその力でもって、勢力を拡大する傀儡政権の戦力、そしてナザリックの者達と敵対した。

 無論ナザリック側としても手をこまねいていたわけでもない。早いうちになんらかの手を打たねばならぬと判断し、その撃破を最優先と定めた。

 

 

 だが、それは困難を極めた。

 

 たった一人でありながら、一撃でナザリックの高レベル怪物(モンスター)にすら致命傷を与えるほどの圧倒的なまでの攻撃力を持ち、かつ物理、魔法問わず幾多の攻撃に平気で耐える堅牢な防御力を有している。

 また情勢が不利と見るや、何の躊躇もなく逃走してしまい、ナザリックの力をもってしても彼を仕留めきることは出来なかったのだ。

 あたかもすくおうとした手の指をすり抜ける水のように、ナザリックの監視の目をすり抜け、攻撃を仕掛けては、瞬く間に包囲網を突破し、離脱する。

 彼一人の為に少なからぬ人員、時間を取らされる事となった。

 

 

 しかし、遂にその正体が知れた。

 

 魔法による各地の監視を行っていたところ、本当に偶然であったが、彼が引っ掛かったのだ。しかも、その時、彼は一人の老婆と共にいるところであった。

 ナザリックの者達はすぐさま、そこへ襲撃をかけた。

 そして、ツアーには逃げられたものの共にいた老婆、リグリットを捕らえることに成功したのである。

 

 リグリットは苛酷なまでの拷問にも、いっさい口を割らなかったが、薬物によって意識を朦朧とさせられたところでその記憶を魔法によって読まれ、ついに白銀の鎧を着た騎士ツアーの正体は、アーグランド評議国の(ドラゴン)、ツァインドルクス=ヴァイシオンが遠隔操作で操っている、がらんどうの鎧であると判明した。

 

 

 そうして始まったアーグランド評議国攻略戦。

 

 

 ナザリックの攻撃は苛烈と言うより他になかった。

 そこでは、徹底的なまでの破壊が行われた。

 

 生存者は1人も逃さず、また以降、その地で生活など出来ぬよう、家々や田畑などは完全に破壊され、水路の濠は壊され、水源には毒が投げ込まれた。

 

 

 それに対し評議国は、後手に回らざるを得なかった。

 何せ相手は突然に現れては、そうした破壊が済むと、忽然と姿を消してしまうのだ。必然的に、それに対応するには兵力を各地に張り付けておかなくてはならず、いつ襲ってくるかもわからぬ謎の集団に、彼らは段々と疲弊していった。

 

 それでも、ナザリック側とて、楽な戦いという訳ではなかった。

 実際に戦闘になるのは、偶然、襲撃の場にドラゴンを始めとした強大な戦力が常駐していた場合のみであり、そうした場合は一撃を与えたのち、すぐに撤退するようにと指示してあったのではあるが、それでもこちら側も手痛い思いをする事が多々あった。

 

 特に標的たるツァインドルクス=ヴァイシオン本人が出張って来た時には、かなりの被害が出た。

 そいつの操る『始原の魔法』なる恐るべき攻撃は、一度受ければ普通の者達は即死、守護者クラスでも瀕死の重傷を負う程であった。

 

 

 だが、そうした長き戦いの果て、遂にこの近隣諸国最強の相手であろうツァインドルクス=ヴァイシオンを打ち倒すことに成功したのである。

 

 

「皆よ!」

 

 ベルの声が玉座の間に響き渡る。

 

「過酷な戦いであった。しかし、ついに我々は、行く手を阻む邪悪な(ドラゴン)、ツァインドルクスを征伐することに成功した!」

 

 少女は居並ぶ者達を見回す。

 

「もはや、この地において我らに敵する者はいまい。だが、決して慢心するな。私の望みは全てを手にしたとき、いつの日か至高の41人が帰還したとき、ここにいる皆、全員とその祝杯を共にすることなのだから」

 

 

 その言葉に誰もが深く首を垂れた。

 

「ナザリックに栄光あれ!」

「「「ナザリックに栄光あれ!!」」」

 

 唱和の声が響いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「いっやあ、そりゃあ、勝つよなぁ」

 

 ベルは自室でひとり呟いた。

 詳細が記載された書類が積み上げられた机を前に思い返すのは、これまで繰り広げられ、難儀する羽目となっていたツァインドルクスとの戦い。

 

 

 ナザリックの勝利は必然と言うより他にない。

 戦闘能力がこの地の者達を圧倒しているというのもあるが、その最大の要因、それは主敵となる存在をこちらは認識できるのに対し、向こうは把握すらもできなかったことにある。

 

 

 

 なにせ、ナザリック地下大墳墓は未だこの世界において、その所在を明かしてはいないのだ。

 

 

 

 周辺国の者達は、現在のリ・エスティーゼ王国や、法国のあった地を支配する亜人たちへの諜報活動などにより、彼らの背後にナザリックなる存在がいることには気がついていた。

 

 だが、その肝心の正体は誰もつかめぬままであった。

 

 所在をつかもうにも、何もない平原に転移したナザリック地下大墳墓、その外壁には土をかぶせ、そこに草木を生やし、そしてさらに幻覚によって念入りに隠されている。また、周囲の地形までも起伏のあるものへと変え、ナザリックのある場所のみが盛り上がっているとばれぬように、細工をしてある。

 ピンポイントでその地を直接、訪れた者ならともかく、なんら当てもなくただ調べただけでは見つかるはずもない。

 

 また世界的に見て、ただの一農村に過ぎず、名前を知る者すらもほとんどいないようなカルネ村に転移用のアイテムを設置している他は、墳墓から及び墳墓への移動は全て転移魔法によって行っている。

 その為、王国等において、関係者と思しきものを発見、尾行しようにも最後まで後をつけることはできなかった。

 

 また、秘かに伝わる強力な魔法やマジックアイテムをもって、その所在を探ろうとした者も中にはいたのだが、それらの者は逆に謎の怪物(モンスター)の襲撃に遭う始末。

 

 

 

 そうして、ナザリックはその正体を隠したまま、各地へと襲撃を続けていった。 

 

 それに対して、この世界の国家は有効な手立てを打てなかった。

 

 

 神出鬼没に現れ襲い来る、この世界に住まう者の常識を超えた力を持つ者たち。その戦力は圧倒的であり、各地の守備兵では迎撃するどころか、わずかなりとも抵抗することもほとんどできず、鎧袖一触に蹴散らされるより他になかった。

 また、彼らはそこである程度の破壊を行ったのち、その場所を占領しようとすらせず、そのまま兵を撤収させた。

 

 

 

 通常、国家同士の争いならば、敵地を攻略した後は、そこを如何に確保するかが重要となる。

 

 再奪取を図ろうとする敵はどこからどれだけの戦力で攻めてくると予想されるか?

 それに対し、その地にどう防御態勢を敷くか?

 その地に駐留する味方への兵站はどうするか?

 そもそも、そこは確保しておくほど、重要な地なのか? 

 

 苦労して敵を倒し、地域を奪い取ったとしても、そこが戦略的、戦術的に無意味だったり、戦闘の結果、収益などが見込めない、価値がない土地になっては意味がないのだ。

 

 

 しかし、ナザリックはそんな常識に縛られる事はない。

 ナザリック地下大墳墓は、それだけでも――一部の罠などは停止させる必要はあるが――存在し、活動することができる。いうなれば、一つの完全な国家と言ってもいい。もちろん、完全に外との交流が途絶えれば、いつの日か崩壊しかねないのではあるが、それは千年単位での話であり、実質、ほぼ無限と言ってもいい。

 べつに、この地を支配することによる短期の収益に、一喜一憂することもない。

 百年近くかけて、この世界における敵対勢力を完膚なきまでに滅ぼしつくしてから、いまだ命ある者達を奴隷として使い、各種資源などを採取し始めても遅くはない。全く問題はないのだ。

 

 

 そのため、ナザリックの方針として、潜在的な敵対勢力の殲滅を第一とした。

 まずは交渉し、こちらへの協力や帰順を打診するかなど、考える必要もない。とにかく相手の戦力、相手の生産拠点を壊滅させることに重点を置いた。

 名実ともに最高責任者となったベルの口から「かつてぷにっと萌えさんも『話をする前に一度殴っておくのは悪い手ではない』と言っていた」と語られた事から、至高の御方のお言葉通りという事で、より一層熱心に、執拗に、そして偏執的なまでにそれは行われた。

 

 また、戦闘に勝っても、ナザリックの者達を使って地域を占領しないという事は、ナザリックという存在の隠蔽、及びそこに守備戦力を張り付けることにより、ただでさえ少ないナザリックの兵員を分散させないという利点もある。

 

 その地を治める者達が襲撃の報告を受け、それに対する兵力を集め、現場に急行しても、そこはすでにもぬけの殻であった。

 後に残されたのは、徹底的に荒れつくされた領地。

 駆けつけた兵士たちは、目の前に広がる完膚なきまでの破壊の爪痕に、ただ茫然とするより他になかった。

 

 

 そうした襲撃は幾度も続けられた。

 その結果、じわじわと国力を奪われていく周辺国家ら。

 

 そこへさらにズーラーノーンの手になると思しきアンデッドの集団が襲い掛かる。

 もはや領地全体の防衛を担う力を失い、首都を始めとした重要地域のみに絞って防御を固めねばならず、地方の事は見捨てざるを得なかった。

 

 

 本来、自分たちが税を納める代わりに自分たちを守ってくれるはずの国が自分たちを守ってくれない。

 その事にそこに住まう者達は不満を募らせていた。

 

 そうこうしているうちにも、近隣の村々が襲撃を受け、命からがら逃げだした難民がやって来ては、襲い来るアンデッドたちによる無惨にして恐るべき所業を語り聞かせた。

 それを聞いた民衆はさらに中央に陳情するも、そちらも神出鬼没に襲い来る謎の集団への対応に苦慮しており、難民の保護も、地方の防衛へも兵を廻すことなど出来なかった。

 

 

 そこで彼らは決断した。

 現在、自分たちの土地を治めている領主ではなく、近隣の他の国に助けを求めたのだ。 

 それは謀反の疑いありと断じられてもおかしくはない行為であり処刑されてもおかしくはない行為であったが、そうせざるを得ないほどに彼らは追い込まれていた。

 

 だが、そうして命がけでいった話を他国の領主に持ち掛けても、信用されるかは別である。

 それ自体が罠であると疑われる可能性もある。わざと相手に食いつきたくなる偽情報を流し、軍隊を引きこみ、待ち伏せして殲滅するつもりなのではないかと。

 もし、そう判断されれば、捕らえられ厳しい尋問を受けたり、下手をしたら不具になるまで拷問されてもおかしくはない。

 

 だが、そんな必死の願いを直接聞いた新国王は、窮乏を訴える村人に対し、『それは大変であっただろう』と優しく声をかけた。そして、なんら疑うことなく邪悪なアンデッドから民衆を保護するために、自国の兵力を義勇軍として、そちらに派遣することを約束した。

 玉座の前にひざまずき、頭を下げて感謝の言葉を口にする彼らに対し、リ・エスティーゼ王国新国王スタッファンは、その恰幅のいい体を揺らし、安心させるように穏やかに微笑んだ。

 

 

 勝手に他国に兵を派遣する事は、戦争ととられてもおかしくはない事である。

 その為、相手先の国へはその旨を文書で伝えはした。

 だが、当然ながら、相手国はその決定に激怒した。

 

 ただ何の見返りもなく、兵を派遣することなどあるはずもない。リ・エスティーゼ王国が狙っているのは、そうやって自国がその土地の領民を保護したという既成事実を積み重ね、ゆくゆくはその地を自国に組み入れるという魂胆であるというのは、火を見るより明らかであったためである。

 

 

 だが、そうしてやって来たリ・エスティーゼ王国軍討伐のために派遣された部隊は、その途上で偶然にも(・・・・)、謎の集団による襲撃を受け、壊滅してしまった。

 そして、すんなりとその地にやって来たリ・エスティーゼ王国軍は、襲い来るズーラーノーンのアンデッド軍団を見事に退治し、その地を邪悪な輩から守ってみせた。

 

 民衆たちは高らかに讃えた。

 

 『心優しくして偉大なるリ・エスティーゼ王国、スタッファン王万歳!』、と。

 

 

 

 そうして、ナザリックの計画は進んでいった。

 

 偽装したナザリックの戦力が主敵となるものを打ち倒し、そしてズーラーノーンに見せかけたアンデッドを暴れさせ、傀儡政権の者達が適度に放たれたアンデッドの群れ及び残敵を掃討し、支配を確立する。

 リ・エスティーゼ王国を乗っ取った八本指並びに新王につけたスタッファンの他にも、法国の首都並びに首脳部壊滅の隙に、ローブル聖王国との境にある荒野から幾多の亜人たちを率いて攻め寄せ、現在、法国のほぼ半分を支配しているトロールのザグ王など、一つではなく複数の勢力をナザリックは支配下においていた。

 彼らは順調に旧勢力を排除し、また周辺国へも手を伸ばしている。

 

 

 

「まあ、実際、卑怯すぎるよなぁ。死んでも復活できるって」

 

 

 ただでさえ強大なナザリックの(しもべ)たちには、この地の者たちとは異なる、圧倒的なるアドバンテージがあった。

 

 

 たとえ死んでも、いくらでも復活が出来るのである。

 

 

 

 この世界においては、本当にごくわずかのものしか扱えぬ奇跡。

 

 死からの復活。

 

 蘇生した後には、以前と比べて能力の減退があるのだが、その者がこれまで生きてきて得た経験は得難いものがある。死という逃れることが出来ぬ絶対的な終着からの帰還は、誰しもが望み、そしてよほどの条件――対象人物の有用性、ふんだんに金を持つ者と友誼の関係にあるなど――を持ち合わせぬ限り、叶えられないものである。

 

 それをナザリックの者たちは、大したペナルティもなしに、その恩恵に(あずか)れるのだ。

 

 

 もちろん復活には少なくない金貨が必要なのであるが、それも宝物殿にため込まれた、数えるのが馬鹿らしくなるほどの財をもってすれば、まったく問題はなかった。

 

 実際、ツァインドルクス=ヴァイシオンの首を取るまでに守護者クラスでも、アウラとデミウルゴスが一度、シャルティアが二度、コキュートスに至っては三度も死を経験することとなった。

 

 だが、そうした犠牲――つまり金貨の喪失――を払いつつも、ついには勝利した。

 ()のドラゴンの首をとることに成功したのだ。

 

 もはや、この周辺地域において、ナザリックに敵する者はいまい。

 

 

 

「そして、各地の運営状況も順調っと」

 

 ベルは手元の書類をぺラペラとめくって見る。

 

 

 リ・エスティーゼ王国はもう大まかな支配体制、および新たな方針が固まっていた。

 

 

 まず、スタッファンの正式な王への即位である。

 これまで王位についていたコッコドールは死んでしまったため、代役として、そのちょっと小狡い知恵が回るだけのサディストであるぶよ(・・)デブが選ばれた。

 

 

 問題となったのはその正当性である。

 コッコドールはランポッサ三世の前の王の血筋を引く者であると称していた。

 そこへ新たに現れ、取って代わった人物、スタッファンについて、はたしてどう説明すればいいのか?

 

 それについては、おとなしくランポッサ三世の落胤であることにした。

 ランポッサ三世が宮中にいた女性、その一人に手を出し、そして生まれた傍流の子供がスタッファンであるとしたのだ。

 

 いちいち整合性のある新たな設定をあれこれ考えるのが面倒だったからという理由もある。むしろ、それが大きな理由であった。

 

 こんな人をいたぶるしか能のない豚が自分の息子だなどと、当のランポッサ三世が聞けば、激憤してしかるべき話であるが、どうせ当人はとっくの昔に死んでしまっている。ついでに他の王族たちもだ。本当の事を知る者などすでにいないし、たとえいたとしても、今の状況において、何か言えるようなものでもない。

 

 

 一応、貴族たちにはまだ生き残っている者もおり、スタッファンが王家とは全く無関係である事をはっきりと知る者もいたのではあるが、そんな彼らの言など、すでにまともに取り合う者はいなかった。

 

 最も階級の低い者の発言など、一体だれが耳を貸すというのか。

 

 

 

 スタッファンが王となり、新たな体制を作るにあたって、これまでとは異なる階級制を作り上げた。

 

 それはこれまでとは、まったく逆のもの。

 すなわち、まずは現在王国を統治する八本指に関連する者が上位者で、その下に一般の平民が続く。そして、その平民の下にこれまでの貴族をおいたのだ。

 さらに貴族の中でも階級の上下を作った。かつての下級貴族の下に中級の貴族を。中級貴族の下に上級貴族をといった具合に。

 

 これまで下々の者を好き勝手に虐げる事の出来る上位者たる立場にあり、その権勢を誇っていた者達が一転、最も虐げられる立場へと転落させられたのだ。

 

 下の階級の者が上の階級の者に逆らった場合、それは厳罰を以って対処させられるが、逆に上の階級の者が下の階級の者に行った行為に関しては、よほどの重犯罪、すなわち複数人の殺害などでもしない限りはお咎めなしとされた。

 

 

 その結果がどうなったかは言うまでもない。

 

 

 平民は下級貴族へ。

 下級貴族は中級貴族へ。

 中級貴族は上級貴族へと、水が上から下へと流れ落ちるように、憎しみは連鎖していった。

 

 

 

 これには新体制への不満のガス抜きという思惑もあったが、他にも重要な理由があった。

 それは反乱の抑止である。

 

 

 およそ賛同者を集め、武器を用意し、周到な反乱の計画を立てるという事を秘かにやるのには、それなりの能力がいる。

 すなわち、人を動かし、先々のことを考える力が。

 

 この世界では人はみな平等に教育など受けていない。

 貴族は領地を統治するための各種教育を受ける、とくに上級貴族は下級貴族よりも良い教育を受けるのであるが、平民にとってはそんなものなどまったく無縁である。都市部の者でも、せいぜい文字の読み書きができる程度、数字のやり取りが出来るのは商人の家に生まれた者などしかいなかった。

 

 そんな無学な輩が威を誇り、学のある者が下の立場に落とされた。愚かなる平民に対し貴族たちは何をされても逆らう事など出来ず、それどころか彼らは思うままに貴族たちを迫害した。かつて自分たちが這いつくばらされ、媚びへつらわされていた貴族たちを嬲っても、犯罪に問われることなど無いのだ。

 王国においても表向きは貴族ならばかくあるべきと知られていた上位者として取るべき態度、ノブレス・オブリュージュなどという概念すらも欠片も知りえない者達は、その愚かなる残忍性を最大限に発揮していた。暴行、略奪、強姦、そして殺人などは日常であった。

 そんな状況下において、先々の事まで見通しを立て、考えることの出来るはずの、かつての上級貴族の言葉に耳を傾ける者などいようはずもなかった。

 

 

 

 そして、もう一つ王国が新たに始めた政策として、報道機関の確立があった。

 

 これまで様々な事件や事故などの出来事、並びに国や地域の方針などは公にされる事などなかった。各自噂話という形で街頭や酒場などで小耳にはさむ程度しか、一般の民衆は情報など知る由もなかった。

 そこでスタッファン王は国民に様々な事象を知らせる『報道』を行う組織を作り、各種情報を記載した紙、『新聞』を販売させた。

 

 

 それは一般市民にとって衝撃的であった。

 まるで今まで白黒だった世界が総天然色になったような感覚であった。

 

 これまでは行商人などのうわさ話で聞くような、真偽も定かではないあやふやな情報を耳に入れ、井戸端会議や床屋談義をするのが関の山であったものが、新聞によって全てが白日の下にさらされたのだ。これにより、ごく普通の一般大衆に至るまで、国のあちらこちら、津々浦々の出来事や自分たちを治める王国の情報を知りえることが出来るようになった。

 

 一度味わったらもう忘れられない情報という甘い蜜に誰もが群がり、こぞって新聞を買い求めた。

 

 

 およそ、その報道はリ・エスティーゼ王国の肝いり政策として始めたものであり、身分不確かなものが流言飛語を飛ばさぬよう、厳重に作成する組織は管理されていた。

 下手に一般の者に対して自由に報道を行う事を許可でもしようものなら、誤った情報が流され、流言飛語が飛び交い、それによりせっかくの報道の信頼性が失われることは目に見えている。そんな事はさせるわけにはいかない。

 

 

 そうして、国家として信憑性があると判断された情報が次々と紙面上に躍った。

 

 曰く、上級貴族が再び民衆を支配下に置くため、暗躍している。

 曰く、ズーラーノーンというアンデッドを操る組織が、王国のあちこちでアンデッドを暴れさせている。

 曰く、スタッファン王は慈愛溢れる為政者で、かつて一時的に王位を奪ったコッコドールの方針を廃し、亜人たちの暴虐を許可しなかった。

 

 

 その新聞に書いてある通り、王がスタッファンに代わってからというもの、それまで王都を我が物顔で歩いていたトロールやオークなどの亜人たちは姿を消した。

 その事だけをもってしても、一般大衆はスタッファン王への崇敬の念を強くした。

 

 確かにスタッファン王に代わって以降、食糧事情は良いとは言えない。

 外貨を稼ぐために、薬とも使えるらしいライラの粉末を増産したためであるが、本来ならば、それによって得た外貨によって他国から食料を購入でき、それで自分たちの生活はよくなるはずなのだ。

 

 しかし、生活はよくはならない。

 これもすべてズーラーノーン、並びに彼らと手を組んだ上級貴族たちのせいなのだ。

 

 なぜって?

 

 それはもちろん、新聞にそう書いてあるからだ。

 

 

 

 王都の人間にも、中には読み書きの出来ぬ者もいる。そして、王都を離れた村ならばその割合は格段に大きくなる。もちろん、それ以外にもわざわざ新聞を読もうともしない者も多数いる。

 

 そんな読み書きの出来ぬ者、および読もうともしない者の為、新政権は対策を講じた。

 演劇などをやる者を集め、新聞に書いてある事を芝居風にして、街や村のあちこちで演じ、聞かせたのだ。

 

 日々の生活に疲れ、娯楽に飢えていた者達はこぞってその前に集まり、その演劇調の一説に聞き入った。

 彼らは、スタッファン王の慈悲に涙し、彼に仕える正義の戦士サキュロントとマルムヴィストの活躍に快哉を叫び、自分たちを虐げた貴族たちがスタッファン王を引きずり下ろし、再びこの国を乗っ取ろうと奸計を巡らしている事に憎悪した。かつての横暴を振るえる権力を手にする為ならば、アンデッドを操る邪悪な組織とも手を結ぶことも厭わぬ上級貴族たちに激怒した。義憤を燃やした。

 そうして、彼らの正義の怒りは、かつての豪華絢爛たる屋敷を追われ、今やあばら家で食うや食わずの生活をしている貴族に向けられた。

 

 彼らは思う。

 アンデッドを操る奸邪たる組織と内通する、人類の裏切り者である貴族を打ち倒し、いつの日かズーラーノーン共を我らが新王が滅ぼせば、きっとこの国は良くなると。

 彼らは血に塗れたこん棒を手に、そう思った。

 

 

 

「順調、順調っと。王国の方は上手く言ってるみたいだね。さて、法国の方は、と……」

 

 

 一方、法国の方はと言うと、こちらは王国とは全くアプローチの方向が異なっていた。

 かつて人間至上主義を掲げ、怪物(モンスター)だけに(とど)まらず、亜人たちをも狩り尽くさんとしていた法国。

 今、そこを支配する王はトロールのザグ。かつてナザリックの尖兵の1人として、リ・エスティーゼ王国の王都支配に駆り出され、そこで資質を見出され、新たな地における王へと抜擢されたトロールである。

 

 

 かつての法国上層部、並びに主要組織はナザリックの守護者たちによって壊滅させられていた。

 そうして上からの指示が無くなり、戸惑う彼らの前に現れたのは、大規模反乱を終結させ、王国が亜人抜きでの運営という方針に舵を切ったことから、そちらから配置転換され、新たに送り込まれることとなった亜人たちの集団であった。

 

 彼らは瞬く間に、首都である聖都を制圧した。

 

 そして始まった亜人による支配。

 その支配方法は苛烈としか言いようがなかった。

 

 以前、王国にいた頃は、民衆を支配するという事で、むやみに人を殺したり、食べてしまう事は禁じられていた。

 

 だが、この法国に関しては、人間に対する全ての自由を許可されていた。

 

 彼らは欲望のおもむくままに、行動した。

 ここに配置されるにあたって、このスレイン法国に生きる人間たちは、これまで亜人たちを容赦なく、それこそ女子供に至るまで全て残忍なまでに殺しつくしてきた存在だと説明されていた。種族は違い、立場も捕食者と被食者とに分かれていても、同じ知性ある者同士としての節度を持っていた亜人たちも中にはいたのであるが、彼らもこれまでの法国の所業を聞くに、容赦や躊躇などは投げ捨てた。

 

 今や法国は、噎せかえるような血の香りの中、溶岩に投げ込まれその身を焼き尽くされる人間の断末魔の声、戯れに嬲られる悲痛の声、生きたまま骨まで食われる者の苦悶の声が溢れていた。

 

 まさによく晴れた休日、家族みんなでバスケットケースを持って、ピクニックに行くには最適の場所である。

 

 

 

「鉱山の収支も順調っと……」

 

 採掘状況を記した資料をめくる。

 そこに記された数字は、ベルを十分に満足させるものであった。

 

 アゼルリシア山脈の地下にドワーフが王国を築いており、そこでは各種鉱物が採れるという情報があった。

 そこで、地中を掘り進み、調べる事の出来る(しもべ)を使って、彼らの生活圏を探し出した。

 

 そしてナザリックが行ったのは、地表に繋がる洞窟をすべて調べた上で、魔法も併用して強固なまでにそこを塞ぎ、そうした上で地下空間に毒を垂れ流すことだった。

 

 彼らと交渉をして、交易をしてもよかったのだが、わざわざそんな七面倒くさい事をするよりは、彼らを全滅させて、全て総取りしてしまった方がいい。

 

 そうして、しばらくの間封鎖したのちに、毒が無効のアンデッドの軍団を送り込んだ。わずかに生き残っていたドワーフもいたが、それらを殲滅し、鉱山の全てを手中に収めることに成功した。

 現在、鉱山内では疲労もせず、食料も必要としないスケルトンらが採掘にいそしんでいる。

 

 追加の調査では、何やらドワーフのいた場所から少し離れた所に、奇妙な毛むくじゃらの生き物が多数いる区画があったそうだ。そして、そこは地底都市といった様相であり、ホワイトドラゴンも住み着いていたらしい。

 まあ、見つけたときには、全て毒で死んでしまっていたのだが。

 

 

 

「まあ、上手くいってるねぇ……」

 

 ポンとその手にしていた書類を机の上に放り、ベルは背もたれにその小さな体を預けた。

 

「上手くいってるけど面白みもないねぇ」

 

 そう独り言つ。

 

 

 アインズを隔離して後、ベルは1人でナザリックを運営してきた。

 誰もが、彼女に畏敬を持って接した。

 誰一人として、彼女と気安く話せる立場にはなかった。

 

 自分以外に並び立つ者がいない、絶対の権力者。

 

 そんな立場に、彼女はいささかうんざりしたものを感じていた。

 これまでであれば形式上は、自分の上にはアインズがおり、その下でベルはある程度自由に動くことが出来た。

 しかし、今は彼女こそがナザリックの最高責任者である。

 ナザリック地下大墳墓のすべて、並びに現在、傀儡政権としているこの世界の国家らもまた、彼女の言葉一つで全てが動くのだ。

 

 

「はあ……」

 

 ベルはため息をつく。

 

「飽きたなぁ……」  

 

 

 あらゆるものを思うがままにできる権力。

 その地位にある快感。

 それは爽快ではあったのだが、やがてそこに倦怠の念も生まれていた。

 

 

 そんなベルにとって、アーグランド評議国攻略は熱中できた。

 

 ついに発見したこの世界における強者。

 彼女は舌なめずりせんばかりに狂喜し、この強敵への対処を考え、じわじわと外堀を埋めるように相手の戦力を削っていった。時には反撃を受けることもあったが、少しずつ相手の選べる選択肢を減らしていき、追い詰めていった。ギリギリと胃が痛くなる神経戦に頭を悩ませ、その勝敗や情勢に一喜一憂した。

 そしてついに、この地において、おそらく最強と目されるツァインドルクス=ヴァイシオンを倒したのだ。

 

 

 そうしたところ、ふたたびぷつりと糸が切れたように、興味が冷めた。

 心地よい達成感と共に湧いてくる、これから何をすればいいのだろうという寂寥感。

 

 もはや、この地に敵する者はいない。

 後は消化試合のように、これまでやってきた事――ナザリック勢によって難敵を排除し、ズーラーノーンに見せかけたアンデッドを暴れさせ、自分の息のかかった傀儡政権の者達によって支配させる――を繰り返していくだけだ。

 

 それはただ時間と手間がかかるだけで、とくに面白みもあるわけではない。

 

 

 そして、この付近、人間の領域を支配下に収めた後、次は大陸中央の亜人たちの国に手を伸ばすかといえば、それもあまり面白くはなさそうだった。

 すでに斥候を何人も送り込み情報収集しているが、そちらはただ人間より通常のレベルが高いだけで、強い者も面白そうなものもとくに無さそうだった。

 

 ただ、無駄にナザリックの力を使ったパワーゲームにしかなりそうもなかった。

 

 

「なんだか最近、ずっと外を歩いてもいない気がする」

 

 ベルはつぶやく。

 

 彼女がナザリックの支配者となって以降、ほとんど外を出歩きもしていない。

 日がな一日、自室に籠もり、そこで各部署からの報告を受け、指示を下すという政務に忙殺されていた。

 

 全くの自業自得であるが、アルベドが抜けた穴はあまりにも大きかった。彼女に匹敵するほどの知能を持つデミウルゴスには外での調整役――王国の運営や、法国を支配する亜人たちへの指針の提示、そして彼らに任せ規模を元法国領全体にまで大きくした牧場の管理などの仕事があり、彼に手伝わせるわけにはいかない。

 そのため、ただでさえ広がったナザリックの支配地域に関する各種処理について、ベルがそのほとんどをこなさなければならなくなったのだ。

 重ねて言うが、完全に自業自得である。

 

 

「どっか、街にでも行こうかな?」

 

 だが、そんな事をするわけにもいかない。

 ベルが1人で出歩くなど、許されるはずもない。今のベルはこのナザリックのたった一人の支配者なのである。彼女がいなくなれば、ナザリック中が上を下への大騒ぎとなることは間違いない。いなくなったベルを捜し、きっと大規模な捜索隊が組まれるだろう。そして、それらの前には如何に隠れ潜もうともすぐに見つかってしまうであろう事は疑いようもない。

 

 しかも、そうしているうちにもやらねばならぬ仕事は溜まる一方であり、帰ったらより一層大量の仕事が待っている事は想像に難くない。

 

 このナザリックの支配者である限り、ベルは際限ない労働の虜囚であるのだ。

 

 

「なんか、もう全部、面倒くさいな……」

 

 実際に疲労しているわけではないが気分で、肩をぐるぐると回し、ベルはため息をつく。

 

 ――なぜ自分はこんなにも仕事をしているのだろう? 待遇こそ雲泥の差だが、睡眠が不要の分、昔より仕事をしている気もする。

 

 

 目をつぶって、しばし考える。

 ふと、根源的な考えが頭に浮かんできた。

 

 

「ん? ナザリック……ナザリックって必要か?」

 

 

 もしナザリックがなければ、自分がここまで必死で働く必要もない。

 そうまでして、ナザリックを維持しなくてはならないのだろうか?

 

 

 椅子に座り直し、膝を組み、顎に手を当て、考えてみる。

 

 

 ナザリックは本当に必要だろうか? 自分にとって。

 これまでは強者が存在する可能性を排除できず、ナザリックの力を必要としていたが、この地において、100レベルキャラとしての能力を持つベル個人の身が危険になるほどの強敵はもういない。始原魔法を唱えるドラゴン、ツァインドルクスはすでに倒された後だ。そいつに匹敵する者は他にいないであろう事は調査済みだ。

 

 そして、今のベルはワールドアイテムを保有している。

 法国が秘かに保有していたように、この世界にまだ他のワールドアイテムがあったとしても、その効果はベルには通用しないという事だ。

 

 ナザリックの組織力を絶対に必要とすることもないのだ。

 

 

「そうか。そうだな。もう別にナザリックにこだわる必要もないか」

 

 かつてナザリックを離れられないと判断したのは、たとえどこに行こうとも、アインズに絶対の忠誠を誓い、その旗下において勢力を拡大し続けるナザリックと、いつかは鉢合わせになってしまい、一人いなくなった自分を警戒するアインズと争いになってしまうのではないかという懸念からであった。

 

 しかし、そのアインズはすでにいない。アルベドと共に『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』の奥深くである。

 

 アインズとの敵対を心配する必要などないのだ。

 

 

「うん。ナザリックを離れて、1人でどこかこの世界を気ままに旅してみてもいいな」

 

 それは心惹かれるものがあったが、そこには問題がある。

 やはりネックとなるのは留守中のナザリックをどうするかというものである。

 

 

「ナザリックなぁ……。しばらくの間、誰か任せられるやつがいたらなぁ」

 

 そうつぶやくも、そんな者などいようはずもない。

 いや、一人いるが、それは論外だ。

 

「あー、アインズさんを追放したのは失敗だったな」

 

 やらねば自分の身が危うく、そうせざるを得なかったとは言え、計略を用いてアインズを封印、隔離したのは自分である。今更、助け出すわけにもいかない。

 あくまであれに関して、ベルが関わったという証拠はないのだが、仮にアインズ本人を言いくるめられたとしても、今度はアルベドの方が問題となる。ベルと彼女は共犯関係なのだ。アインズとの2人だけの蜜月を邪魔された彼女は激怒する事は想像に難くない。そうなったら、もうどんなことになるか……。

 

 

「ダメだな。それは絶対にダメだ。あー、どうしよっかなー」

 

 身勝手極まりない思考を頭を振って捨て、ぐいっと背もたれに身を預け、大きく伸びをする。

 

 

 ――とにかく、自分がいない間、このナザリックをどうにかしないとなぁ……。

 

 

 うーんと呻り、必死で頭を働かせるベル。

 そこへ再び天啓のように考えが浮かんできた。

 

 

「いっそ、滅ぼすか?」

 

 

 ポツリつぶやく。

 冗談めいた考えであったが、それはベルの灰色の脳細胞を電流となって駆けた。

 

 

「そうだな。うん、そうだ。滅ぼしてしまおう」

 

 名案を思いついたとばかりに、ベルは膝を打った。

 

「ナザリックの者達を全て殺してしまえばいい。全員を一度、まとめて殺してしまう。そうすれば後腐れも後顧の憂いもない。うん、いい考えだ」

 

 

 ベルにとって、ナザリック及びナザリックのNPCなど、所詮ゲームの延長線上の存在でしかない。特に必要もなくなったのなら、潰してしまう事にも躊躇いはない。そこに良心の呵責はない。

 むしろ、味方である彼らが死んでいく様子を見るのは、想像するだけでも実に楽しそうだ。

 

 

 それに、彼らは死んだとしても、また生き返らせることが出来るのだ。

 殺した状態にしておいて、もしナザリックの力がまた必要になったら、生き返らせればいいだけだ。それをやるだけの金は宝物殿に十分にある。

 

 

 その思い付きに、ベルの心は弾んだ。

 そして、どうやってNPC達を殺すかについて、腕を組んで思案する。

 

「しかし、殺すと言ってもどうするか? 一人ずつ殺すんだと時間がかかるな。そうだな、やはり一カ所に集めて……それでヴィクティムを使うか。フレンドリーファイアが解禁されている今なら、ナザリックのNPCにも効くだろうし。いや、生き返った時、記憶があると困るな。自分たちが殺されると分かれば、さすがに反抗してくるだろうし……。〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉で〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使って意識を失わせるか? それで後は殺していけばいいか。たしか、やまいこさんが残していったのが、宝物殿にあったはずだしな。うーん、でも、もしやっているうち効果が切れた時の事も考えて、あの二十も用意しておいた方がいいかも……」

 

 

 

 そうして、楽し気に計画を練るベル。

 彼女は気がつかなかった。

 

 

 彼女がいる自室。

 その扉の前で、その身に宿している盗賊系職業(クラス)の能力により、部屋の中での独り言を聞くとはなしに聞いてしまい、ノックしようとした姿勢のまま、凍り付いている美しい金髪を縦ロールにしたメイドの存在に。

 

 

 




 ツアーの鎧ですが、書籍では『白金』でしたが、前回登場時、WEBに合わせて『白銀』としていたので、今回も『白銀』で統一しました。

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