オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2017/1/19 「使える」→「仕える」、「食事に言った」→「食事に行った」 訂正しました
「体制」→「態勢」、「右往左往ことなく」→「右往左往することなく」、「組する」→「与する」、「~来た」→「~きた」訂正しました。
読点がついている位置がおかしなところを修正しました


第72話 作戦決行

 ドオオォォォォン!!

 

 王都に時ならぬ轟音が響いた。

 その耳をつんざくような炸裂音に、誰もが驚愕の表情を浮かべたまま、振り返った。

 

 彼らの目に飛び込んできたのは、濛々(もうもう)とたちこめる灰色の煙。

 そして――ビキビキと木材と漆喰がきしむ音をたてながら、王都でも一際大きな教会の尖塔がゆっくりと傾き、そして、音を立てて崩れ落ちた。 

 建物が大地に叩きつけられ市街を揺らす。人々の足元に振動が伝わり、足で踏みしめるしっかりとした大地が揺れ動く初めての経験に誰もが驚き、その場にしゃがみ込んだ。

 

 

 

 そんな彼らの耳に、けたたましいラッパの音が響いた。

 

 見るとそこには幾人もの、騎士のように美々しくはないが実用性を重視した鎧兜を身に着けた者――冒険者たちの姿があった。

 彼らは武器を掲げ、廃墟となった教会に旗を掲げていた。

 

 何の飾りもない、ただ深紅の旗。

 それは灰色の粉塵の中、屈服せぬ者の象徴として燦然(さんぜん)(ひるがえ)っていた。

 

「聞け、亜人どもよ! ここは人間の領地、人間の住まう土地。お前たち、亜人たちが闊歩していい領域ではない! 醜悪な肉体と、それに見合った悪辣極まりない精神を持ち合わせた外道どもよ! 我ら、人間の怒りを思い知るがいい!!」

 

 そう叫ぶと彼らは、崩れ落ち廃墟となった家屋を飛び越え、瓦礫の山を駆け下り、いまだに事態が理解できずに呆とした表情を浮かべている豚鼻の亜人たちに斬りかかった。

 

 

 

 そこかしこで戦闘が始まる。

 一人一人は普通の人間より武勇に長ける亜人たちであったが、チームで戦う冒険者たちの前に圧倒され、次々と討ち取られていく。

 

 

 飛び散る鮮血と、その身に走る焼けるような痛み。それにより、亜人たちはようやく現在の状況を理解した。

 

 自分たちは襲撃を受けている。

 それも人間たちに。

 

 それを理解した時、一人が憤怒の雄たけびをあげた。周辺にいた他の亜人たちも続いて、蛮声にあげ、辺りは耳をつんざくような胴間声で満たされる。

 

 その合唱は幾多の危険、艱難辛苦を乗り越えてきた歴戦の冒険者たちでさえ、思わず足をすくませるほどのものであり、その攻撃の勢いにわずかなりとも陰りが生じた。

 対して、亜人たちは辺りに満たされた血の匂いに興奮し、その身に宿す凶暴性のままに、鬨の声をあげて逆に襲いかかった。

 

 態勢が整わぬところへ一気呵成に攻め込んだため、最初の内は優勢であったものの、やがて初期のパニックから立ち直り、気持ちを奮い立たせた亜人たちは反撃に移った。

 その手の武器を圧倒的なる膂力で振り回す。

 そして彼らの雄たけびを聞きつけた、他の地区にいた者達もどんどんと押し寄せ、戦場に殺到してきた。

 繰り出される純然たる暴力の前に、冒険者たちはじりじりと押し返されていく。

 

 

 やがて、彼らは崩れ落ちた教会跡地へと逃げ戻った。

 追う亜人たちは勢いのままに、もはや逃げ場のなくなった愚かな反逆者たちを磨り潰そうと突進する。

 しかし、その突撃は即席ながらも陣地として構築された柵と鈍色の槍の穂先によって、頓挫させられた。

 

 

 蜂起した冒険者たちは、自分たちが亜人たちに対し、終始圧倒できる見込みはまずないであろうという事は理解していた。最初の混乱から回復したら、逆に反撃してくるであろうという事は予測済みであった。王都にいる亜人たちに比べて、自分たち冒険者は数が少ない。いつまでも攻勢を持続し続けることなど出来るものではない。

 最初から、相手の意表をついた先制で倒せる分は倒してしまい、向こうが指揮を取り戻したら、自分たちの陣地に舞い戻る計画であった。

 

 

 ここで彼らは、自分たちが守勢に転じ、予定通り陣地にこもるという状況に至ったことを知らせる狼煙をあげる。

 甲高い音と共に弾が上空に上がると、そこで破裂し、パンパンと耳を震わせる破裂音を発する。

 

 その音は当然、冒険者たちが立てこもる陣地を包囲する亜人並びに八本指の者達の耳にも届いていた。

 だが、彼らはそれに動揺することはなかった。

 おかしなはったり(・・・・)にいちいち右往左往することなく、蛮勇に長けるトロールやオークの物理的な力で、所詮にわか作りでしかない向こうの陣地を破壊するつもりであった。

 冒険者の中にはかなりの強さを持つ者もいる。だが、それはわずかな者達のみであり、その大半は一対一で彼らとまともに戦う事など出来はしない。

 そしてなにより絶対的な数の差がある。

 下手に小細工を弄するよりは、頑丈な体躯と怪力、そして数を生かして圧倒した方がよいと彼らは判断した。

 

 

 立てこもる冒険者たちを包囲するように、彼らは部隊を配置する。

 飛び道具で狙われぬよう、付近の建物の影に部隊が集結する。ある程度の人数が集まった所で、指揮官の合図と共に、雄たけびをあげながら敵陣めがけていちどきに攻め寄せるという、実に単純にして効果的な戦術だ。

 

 彼らは突進の最中、飛び道具や魔法に狙われぬよう、周辺にある家屋の戸板を外し、即席の盾とした。これを正面に立てて突撃すれば、およそ近づくまでに戦力が削られる事はあるまい。

 更には近隣の家々を破壊し、太めの柱を束ね、防壁を破壊するための即席の破城鎚を作る。

 その即席の盾ごと突撃し、破城鎚で急ごしらえの柵を破壊して中へ突入。あとは彼ら亜人らしい蛮勇を振るえばそれで済む話だ。

 

 

 着々と進む陣地攻略の準備を見て、指揮官であるザグは満足げに頷いた。

 

 ――冒険者たちは戦術を誤った。

 トロールやオークたちは、速度や魔力よりも力と耐久性に長ける種族である。そんな亜人にとって、力押しの出来る陣地攻略は圧倒的に有利。彼らからすれば願ってもない事だ。

 そして、この王都では援軍は期待できない。民衆の蜂起を期待したのだろうが、怯懦(きょうだ)たる人間たちは現在の状況を見ても、恐れ慄くだけ。自分の家が攻略用資材として破壊されていく様を目の当たりにしても、悲痛な表情をその顔に浮かべるのみで、立ち上がる意気さえ見せない。

 まさにあの冒険者たちは袋のネズミとしか言いようがない状況だ。

 

 

 彼は、その後に行われるであろう血の饗宴を想像し、牙の突き出た口元に残忍な笑みを浮かべた。

 

 

 

 その時――音が聞こえた。

 

 

 耳に残る風切り音。

 

 鳥。

 いや、もっと巨大なものが翼をはばたかせる重い音。

 

 不意にザグの頭上に影が差した。

 いや、その影が覆ったのは彼一人の頭上のみにとどまらない。

 彼が指揮する亜人たち、盾や破城鎚を手に、今しも突撃を敢行しようとしていた血気盛んな者達全員が、不意に陰った陽光に一体どうしたのだろうと空を見上げた。

 

 

 その目が驚愕のあまり、限界まで見開かれた。

 

 

 

 彼らの視線の先にいたもの。

 それは真冬に舞い散る新雪のような純白にして、他に類するものなきほどの巨体。そしてその体躯にふさわしい巨大な翼を持ち、自在に空をかける蜥蜴にも似た幻獣。

 語るものこそ多けれ、実際に目の当たりにした者はほとんどいない伝説の魔獣。

 この世界における、まさに最強の存在。

 

 

 ドラゴン。

 

 

 ()の生物の前では人であろうと亜人であろうと、地を這う虫けらと差異すらない。

 

 ドラゴンと戦う事は無謀に等しい。

 強固な爪や牙。頑丈な鱗。屈強にして巨大な体躯。圧倒的な膂力。

 どれも怪物(モンスター)としてずば抜けているが、それよりなによりドラゴン討伐を困難にしているのは、2つの特性。

 

 空を飛ぶという事と、ブレスという遠距離攻撃を保有している事である。

 

 いかに華麗な剣技を持つ者であろうと、いかに剛力を有する者であろうと、その獲物が届かぬ上空にいられては為す術がない。これがハルピュイアなどであれば、たとえ空を飛んでいようとも、攻撃する際には地表すれすれまで下りてくるため、その瞬間を狙って攻撃出来る。だが、はるか上空に身を置いたまま、全てを破壊するブレスによって遠距離から攻撃されては、如何な勇者であろうとひとたまりもない。

 弓で撃ち落とそうにも、その生物の中でも特に固い鱗によって弾かれてしまい、その翼を貫き、地に落とすほどの傷を負わせることは難しい。

 唯一討伐のチャンスがあるとしたら、それはドラゴンが地に降り、容易に空へと舞い上がれぬ状況、すなわち彼らが巣穴にいるところを狙っての襲撃である。

 そんな絶好の状況を狙っても、討伐は容易な事ではなく、それ故ドラゴンを退治した者はドラゴンスレイヤーとして吟遊詩人に謳われるほどの最高の英雄とされる。

 

 

 

 そんな桁外れの怪物(モンスター)が突然に今、彼らの頭上に現れたのだ。

 トロールやオークたちも、彼らと与する八本指の者たちも、そして王都の一般の民衆たちも、その誰もが現在の状況も忘れ、ただ唖然としてその姿を見上げていた。

 

 

 そんな彼らの目の前で、そのフロスト・ドラゴンは上空で身を翻すと、聞くもの全ての心胆を凍りつかせる咆哮をあげ、王都の市街を低空で飛行した。

 

 その恐るべき雄たけびと、その巨体が羽ばたく事により生じた突風が街中を駆け巡る。

 暴風が荒れ狂い、人々はゴミのように転がり、建物の屋根や壁が剥ぎ取られ、そこら中を舞い飛び、王都のあまねく人々に襲い掛かる。

 

 誰もが天災とでもいうべき存在の突然の出現に恐れ慄き、神に祈りを捧げる中、()の魔獣は再び上空へと舞い上がると、今度はゆっくりと高度を下げた。

 その目の前にあるのは王城ロ・レンテ。

 

 

 そして、竜族最強の武器として知られるブレスを吐き出した。

 

 

 いかに堅牢な城塞といえど、竜種のブレスの前にはひとたまりもない。

 その強固な城門はそれこそ砂で出来た城のごとく、容易く一撃のうちに粉砕された。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「あはははは! 凄い、凄い! ドラゴンってのも大したもんだねぇ」

 

 その様子を見ていた、ベルははしゃいで声をあげた。

 彼女の目の前にある〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉の中では、凍りつき崩壊する城壁、そして右往左往する者達の姿が映し出されていた。

 

 

 笑い声をあげるベルの脇には、椅子に縛り付けられ、口を強制的に開かされた姿勢で、身じろぎ一つしない女性の姿。王都での自分用の秘密の拠点として接収した、この邸の持ち主である貴族――確か干しブドウのような名前だったか――の妻らしい。

 特に理由はなかったのであるが、事が起きるまでの暇つぶしとして拷問していたのだ。

 歯を小型のドリルで削っていき、全ての歯がボロボロになったら、ポーションで治して、もう一回最初からというのを3回ほど繰り返していたら、精神の方が壊れてしまったらしくまったく反応しなくなってしまった。

 一緒に捕らえた息子の事を引き合いにだし、もしお前が耐えきれなくなったら今は元気にしている息子をお前の代わりにするぞと言ったら、ずいぶんと頑張っていたのだが。

 ちなみに彼女の息子が元気にしているというのは嘘ではない。

 ベルも実際に確認したのだが、彼は今でもソリュシャンの中で元気いっぱいである。

 

 

「うーん。いいねぇ。あれくらいの強さなら、後で一匹くらい捕まえて、従えてもいいかも」

「そうでしょうか?」

 

 その言葉に懐疑の声をあげたのは、傍に控えるソリュシャン。

 

「見たところ、あのドラゴンはせいぜい40レベル前後しかないと思われます。その程度のものをわざわざ配下に加える利はないと思われますが」

「まあ、実力的にはそんなものだろうね」

 

 ベルは肩越しに、メイドの方へ視線を向ける。

 

「でも、この地の戦力としては絶対的な強さがあるさ。ナザリックの正体を明かしていいならともかく、隠しておくんなら、飼う価値はあるよ」

 

 主たるベルのその答えに、ソリュシャンは得心した。

 

 確かにナザリック基準で言えば、あんなドラゴンなど殺して素材にする他に利用価値はない。

 その程度の弱々しい者でしかないのだが、あくまでナザリックの存在を可能な限り秘匿し、外で活動する戦力を現地産のものでまかなうのであれば、ドラゴンを配下にするというのはかなりのアドバンテージになる。いや、ドラゴン一匹有するというだけで、もはや敵する者はいなくなるといっても過言ではない。 

 

 

 そして、ソリュシャンは同時に安堵した。

 

 昨日の会話。

 ベルに対して生まれた猜疑(さいぎ)の念。

 それはいつまでも彼女の頭の中から離れぬままであった。

 

 だが、ベルはちゃんと今後の統治計画の事を――ナザリックの事を考えている。

 昨日、語った言葉。

 ナザリックの利益より、自分の楽しみを優先させるような言動。

 あれはただ少し、語る言葉が足りなかっただけなのだろう。

 

 彼女はそう考えた。

 そう自分を納得させた。

 そのように理由をつけて、自分の胸に湧いたものを、自分が仕えるべき主に抱いた不遜極まりないものを、その胸中奥深くに沈めた。

 

 

 

 そうして内心の葛藤を無理やりに納得させた彼女の前で、当の主はきょろきょろと視線を動かす。何かを捜している様子に、ソリュシャンはこれの事だろうと、脇の机から書類の束を取り、差し出す。

 どうやら彼女の勘は当たっていたらしい。

 ベルは満足げな表情を浮かべて書類を手にとり、それをぺらぺらとめくる。

 そこに書かれているのは、ユリが情報を集め、報告書としてまとめた今回の反乱計画。

 

 

 その報告書であるが、ベルはそこに書かれた内容をいまだ隅々までは読んでいなかった。

 詳細に知ってしまうと、これから起こる一連のイベント、その楽しみが無くなってしまう。ゲームプレイ前に攻略本を読んでしまうようなものだ。

 

 それ故ベルは、今回の件に関して、大まかな概要だけ流し読みするに留めておいた。

 完全に前情報をシャットアウトしていると、向こうの行動と噛みあわなくなってしまう可能性もある。それに彼女としては、せっかく今回の一件を『企画』してくれた『蒼の薔薇』たちに楽しんでもらうため、色々と趣向を凝らし、演出を用意しておく必要があった。

 

 そして、ついに始まった悪の王による邪悪な統治、圧制に対する反抗作戦。

 すでに王都では大規模に事態が動いている。

 もう情報を解禁してもいいだろう。

 

 

 ベルは「ふんふん」と独りごちつつ、ページをめくりながら、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉を動かし、そこに書かれた内容がどのように行われているかを確認していく。

 

 今も鏡面の中では、鎮圧にあたっていたトロールやオークたちが大混乱を起こしている現状が映し出されていた。

 彼らは訳が分からぬまま、自分の周囲にいる人間、敵対する冒険者たちだけではなく、味方である八本指の者達にまで武器を振るっている。

 『蒼の薔薇』たちが計画した、味方識別用のネックレスを装備した冒険者が亜人たちに攻撃を仕掛け、味方のはずの人間からも攻撃された事により、亜人たちにパニックを起こさせるという作戦は順調に進んでいるようだ。

 

 

 そうこうしているうちに、不意に上空から飛来したものがある。

 白い身体。しかし、先のドラゴンではない。

 それは複数の人影。

 視点を引いてみると、そこには幾体もの天使が浮かんでいた。

 どうやら、王都内に隠れ潜んでいる法国の者達が天使を召喚し、亜人たちを襲わせているらしい。

 

 なるほど、あのフロスト・ドラゴンでは小回りがきかず、無理に戦闘に参加させようものなら味方であるはずの王都の民衆も巻き込んでしまう。そのため、投入することによるインパクトはあるものの、実際のところ、先ほどのように城壁の一部を破壊させるか、上空を飛来させる事による威圧の効果を狙う以外に使い道がない。

 だが、人間大の天使たちならば、人間と共にいる中で亜人のみを狙って攻撃する事が出来るという訳だ。

 さすがに考えているなと、ベルは感心した。

 

 

 

「ん?」

 

 そうして、王都のあちこちに視点を動かしていると、ふと声が出てしまった。

 「どうしましたか?」とソリュシャンが鏡面を覗き込むと、そこには広場で串刺しにされ、いまだに苦しみ悶えているこの国の王子やアダマンタイト級たちの姿があった。

 

「これって……」

「はい。ベル様のお言いつけ通り、両の手足を切り落とし止血したうえで、生きたまま串刺しにし、死なぬようにポーションをかけ続けております」

 

 事もなげに報告するソリュシャンに、「そ、そうなんだ……」とだけ返すベル。

 

 確かにそう言った。

 それはベル本人も憶えている。

 『すぐには殺すな。即死しないように体の重要器官をずらして杭で身体を刺し貫き、その後も死なぬようポーションをかけ続け、地獄の苦しみを味わわせ続けろ』と命令した憶えがある。

 だが――。

 

「まだ、やってたんだ……」

 

 ベルはソリュシャンに聞こえぬよう、口の中でつぶやいた。

 その時はそう言ったのであるが、本当のところは死体を晒すだけで終わるのもなんだなあという程度の考えであり、そんなに長い期間行うつもりもなかったのだ。

 確かにその時、いつまでやるのかという期限は言わなかったのだが、だからといって、まさか自分がその場のノリだけで言った言葉を律儀に守り、あれからずっとポーションをかけ、生かし続けていたとは思いもしていなかった。

 

 とりあえず、回復させるポーションももったいないので今回の事が終わったら、あれも片づけさせようと心に留めておき、更に手元の紙束をめくっていく。

 

 

 

「うーん。やっぱりなぁ……」

 

 その手が止まり、ベルは思案気に顎に手を当て、考え込む。

 

「やっぱり、どうしてもあいつらだけだとバランスが悪いなぁ」

 

 ベルの視線の先にあるのは、書類に記載された数人の名前。

 彼女が心悩ますのは攻め手と守り手の戦力を比較した時、明らかにその平均からかけ離れた強さを持つ者の存在。

 

「あまりやりたくはなかったけど、こいつらだけは間引いておかないと、ゲームにもならないな。戦力の底上げが必要か」

 

 そうつぶやくと、彼女は〈伝言(メッセージ)〉を発動させた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「やれやれ、めんどーな事になったなー」

 

 ルベリナは誰に聞かせるでもなく、そう口にした。

 手慰みに腰のレイピア、〈心臓貫き(ハート・ペネトレート)〉の柄をいじりつつ、かび臭さの混じるじっとりとした空気に包まれた王城の地下通路を靴音高く進む。

 彼の後ろには10数名ほどの男たちが続いていた。

 

 一見すると、後ろの者達はガラも悪く強面の容貌であるが、その顔には緊張というか、怯えの色も窺えた。

 彼らの恐れの原因は、なにより自分たちの前を行く男に対してである。

 

 彼らは八本指の人間として、警備部門最強の六腕に匹敵するとまで言われていたルベリナに対して畏怖の念を抱いていた。

 

 

 

 ルベリナは一見すると中性的な容姿の優男であり、とてもではないが強そうには見えないのであるが、その実力が確かなものである事は誰もが認めるところだ。

 噂では、その強さは六腕の1人、『幻魔』サキュロントを凌ぐとさえ言われていた。

 

 彼が六腕に選ばれなかった訳。

 それは彼が得意とする刺突に関して、同様の攻撃を得意とする人物、『千殺』マルムヴィストの存在が、その理由であると知られている。

 

 ルベリナの実力も、けっしてマルムヴィストに劣るものではなかったのだが、優劣を決したものはその腕ではなく武器。

 マルムヴィストの保有するレイピア、〈薔薇の棘(ローズ・ソーン)〉は〈肉軋み(フレッシュグラインディング)〉と〈暗殺の達人(アサシネイトマスター)〉という恐るべき魔法付与(エンチャントメント)が込められており、さらにはその刃には致死性の猛毒が塗りこめられている。

 対して、ルベリナの持つ同じレイピア、〈心臓貫き(ハート・ペネトレート)〉は至高の一品であり魔法付与(エンチャントメント)もかけられているとはいえ、それはマルムヴィストの〈薔薇の棘(ローズ・ソーン)〉程、強力なものではない。また、ルベリナは暗殺者寄りのマルムヴィストと違い、毒物にはそれほど詳しいわけではなく、その刃に毒も塗られてはいない。

 

 保有するアイテムは、それを持つ者の実力の一部であるというのが世の常識である。

 その為、彼らが振るうその武器の差が、六腕として選ばれるか否かを決したのだという。

 

 逆に言えば、彼とマルムヴィストを分ける差というのは、保有する武器程度にしかないという事であった。

 

 

 今、彼の後ろに続く者達は、そんな恐るべき実力の持ち主であるルベリナの機嫌を損ねぬようにと、息をひそめて歩いている。

 

 そう。

 今、ルベリナは明確なまでの不快の空気を漂わせていた。

 

 

 一番の原因はこの前、彼が帝都におもむいていた時の事。

 彼はセバスらと共に帝都に潜伏し、情報収集などを行っていたのだが、そこで保護することになったクーデリカという貴族の少女をきっかけとしたゴタゴタに巻き込まれることとなった。

 その挙句、彼は邸にやって来た謎の金髪女性によって、無惨に殺される羽目になったのである。

 幸いにして、その後ナザリックによって生き返らせてもらったのだが、蘇生に伴う体力の喪失により、その後しばらくはまともに体を動かすことは出来ず、その間に帝都での騒ぎは解決してしまったのだ。

 彼は自分を殺した相手に、復讐することすら出来なかったのである。

 

 

 その後も、リハビリを続けたのだが、やはり以前ほどの技のキレは未だに取り戻せぬままであった。

 

 思うように身体が動かぬ苛立ちと焦燥感。

 それがルベリナについて回った。

 

 

 蘇生による生命力の喪失。

 それを取り戻す方法としては、冒険者には死線の中に身を置くことによって神経を研ぎ澄まさせるというやり方が伝わっている。

 

 そして、それとは別に裏の世界の人間には別のやり方が伝えられていた。

 それは何かというと、出来るだけ多くの無抵抗な者を虐殺するというもの。

 

 いったい何故、そうする事で自分の失われた生命力が戻るのか? はっきりとしたことは分からないが、裏の組織の口伝として、その事が伝えられていた。

 

 とは言え、そんな事をする機会というのはそうそう訪れるものではない。

 虐殺などすれば、確実に足がつく。

 そんな事は表社会も、そして裏社会でも容認されるものではない。実行しようものなら悪党たちにすら後ろ指をさされ、組織を追いだされ、唾を吐きかけられない程の行為だ。

 そうなれば、あくまで人間社会の中で暗躍する犯罪組織などというなまっちょろいものではなく、ズーラーノーンなどの純然たる邪悪極まりない組織にでも身を投じなければならないだろう。

 その為、短期間で力を取り戻すためには冒険者風のやり方しか選択肢はなく、どこかトブの大森林なり、アゼルリシア山脈なりにでも旅に出ねばならぬかと思っていたのだ。

 

 

 しかし、彼にとっては幸運にも、そのそうそう訪れるはずのない機会が巡ってきたのだ。

 

 今回の王都制圧。

 表向きは真なる王の血筋をひく男、コッコドールによる王座の奪還であるが、内実、なんの義もない、ただの武力によるクーデターである。

 とにかく、それに伴い多くの貴族、官僚、そして歯向かった一般人が処刑されることになった。

 

 そして、その処刑人の役にルベリナは立候補した。

 

 今回の王都におけるクーデターにおいて、彼は両手両足の指では到底数えられぬほどの、幾多の人間を殺しまくった。

 率先して汚れ役を引き受ける彼に対し、他の者からは処刑人として怯えと蔑み、そして恐怖の視線を向けられたが、そのようなものなど構いもしなかった。

 そんな事より、死亡からの蘇生によって失われた強さを取り戻すことの方が大事であった。

 

 

 そうして、陰惨な後始末を続けた事により、彼の力はあともう少しで、失った力を完全に回復することが出来るほどにまで至ったのである。

 

 

 ――あと少し。あともう少し殺せば、かつての強さを取り戻せる。

 

 そう思っていた矢先、今回の反乱騒ぎである。

 突然の事態に慌てた八本指の面々は、今回の件への対処に追われた。王城の地下に閉じ込められている反逆者の処刑はなどしている余裕はなかった。

 

 

 そして代わりに、彼に命じられたのは王城の地下にある倉庫へ手勢を連れておもむくことであった。

 

 王の住む城の例に漏れず、このロ・レンテにも秘かに王族が逃げる秘密の脱出口があるらしい。

 その出入り口が地下倉庫なのだそうな。

 

 

 今回の反乱は冒険者だけのものとは考えにくい。きっとなんらかの形で、王国の貴族も関わっている事だろう。

 となれば、冒険者たちが王都の市街地で示威籠城して耳目(じもく)を集めている隙に、別動隊がこの秘密の通路から王城内に侵入することが予想される。

 

 その為、ルベリナは何者かの侵入に先んじて、秘密の通路を押さえるよう指示されたのだ。

 

 

「めんどー」

 

 再び、つぶやく。

 今回彼が命令されたのは、秘密の通路の封鎖である。

 おそらく戦いにはなるだろうが、あくまで少数による侵入の阻止。通路にバリケードでも築いて、突破しようとする敵を足止めする程度にとどまる事は予測できる。ある程度の時間守り抜けば、敵は奇襲失敗と悟って退却していくだろう。そしてバリケードがあるため、それが邪魔して、こちらからも追撃は出来ない。

 

 つまり、ただ時間を稼ぐ以外にすることもないのである。

 

 

 ただ暇で時間がかかるだけの面倒な作業だと、ルベリナは歩きながら嘆息した。

 そんな彼の態度を見て、また後ろにいる連中は、ビクンと体を跳ね上げさせる。

 

 その過剰反応の様子に、彼はまた機嫌を悪くし、それによって後ろに続く者達は怯えを強くするという悪循環が続いていた。

 

 

 ――ああ、もう。鬱陶しい。とにかく、さっさと通路に柵や罠を何個か(こしら)えさせるか。

 

 そう苦り切った顔で目当ての地下倉庫の扉を開ける。

 

 

 

 そこには一人の女がいた。

 

 彼が夢に見るほど恨み、恐れたあの時の金髪の女が。

 

 

「え?」

「あれぇ? あなたさぁ、どっかで見たことがある気がするね。まあ、いいや。さっさと死んでね」

 

 風すら突き通すほどの速さで突き出されたクレマンティーヌのスティレット。

 それに再び喉を貫かれ、ルベリナは再び死んだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「んじゃ、この後、どうすんの、隊長?」

 

 

 息絶え転がるルベリナの服で、スティレットについた血をぬぐいながら、振り向くことなくクレマンティーヌが問う。

 彼らのすぐ脇では、連れてきた陽光聖典の者達が、ルベリナに続いて歩いてきた者達の命を、雑草を刈り獲るかの如くただ淡々と奪っていく。

 

 

 問われた隊長は、声をかけたクレマンティーヌ本人ではなく、自分たちの後ろに続いて地下通路を抜けてきた『蒼の薔薇』の面々、その先頭を歩くラキュースへ振り返った。

 

「上手く先手を打てたようです。では、この後は……」

「ええ、打ち合わせ通りにいきましょう」

 

 

 彼女ら『蒼の薔薇』と、スレイン法国に仕える六色聖典の混合部隊――漆黒聖典の隊長とクレマンティーヌの2人、並びに陽光聖典の者達――は、王都での冒険者たちによる陽動の成否を確認するより先に、秘密の地下通路を通って、王城内へと侵入を果たした。

 

 今回の作戦の(かなめ)の一つは、この城のどこかに幽閉されているであろう第三王女ラナーの救出である。

 

 何か騒ぎがあったと知ったのならば、新政権側としても真っ先にラナーの確保に動くと踏み、騒ぎの混乱に乗じての城内への進入のみならず、その隙に一気に全てのカタをつけるつもりであった。

 幸運にも、その選択は大成功となり、王族が秘かに脱出するための地下通路を封鎖されるより先に踏破することが出来た。もし、陽動の成功を確認してから動いたのならば、その間に通路内に行動を阻害するロープや網、柵などが設けられていた事だろう。そこを突破するのは不可能ではないにしても、容易ではなく、貴重な時間を費やされることになったはずだ。

 

 

 倉庫の暗がりから、白い仮面をつけた小柄なローブ姿の人物が歩み出る。

 

「うむ。そうだな。急いで行動した方が良かろう。あまり、のんびりしている時間はなさそうだからなっ!」

 

 そう言うやいなや、その小さな手の中に青白い光が生まれる。

 その光を目にして、その場にいた誰もが息をのんだ。

 とっさの事に、背筋を大きく振るわせる。

 

 イビルアイはその雷光に光る手を前へと突き出し、叫んだ。

 

「〈龍電(ドラゴン・ライトニング)〉!」

 

 その魔術によって作られた(いかづち)は青白い光を迸らせながら、思わず裏切りかと身を固くした陽光聖典の面々の脇をすり抜け、誰もいない石造りの通路の壁へと叩きつけられた。

 

 

 否。

 

 その魔法が打ちつけられた壁面。

 瞬間、〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の光を浴び、そこに伸びていた彼ら自身の影が悲鳴をあげた。

 

「グオアアァァっ!」

 

 突然、影の中から出現した、邪悪さそのものをまとわせた漆黒の体躯に陰鬱なる黄色い目を持つ悪魔の咆哮。

 その声に、彼らは身を(すく)ませた。

 

 

 ガッ!

 

 刹那の出来事。

 攻撃魔法をその身に受け、苦しみ悶えて、隠形が解けてしまったシャドウデーモンに対し、隊長の手にする槍が突きたてられた。見るからにみすぼらしく粗末な木の槍に、上等な深紅の布を巻きつけた、いささかアンバランスな印象を受けるその武器の一撃を受け、シャドウデーモンはくぐもった呻きを一つあげ、溶け落ちるように消滅した。

 

 

「……残念ながら、気づかれる前に秘かに潜入するというのは失敗したようだな」

 

 イビルアイの言葉に、隊長が頷く。

 

「こうなっては仕方がありませんね。急ぎましょう。我々は王城を押さえた為政者を討ちます」

「分かったわ。じゃあ、私たちはラナーを捜すわね」

「ええ。ですが、皆さんだけでは救出した王女の護衛も出来ないでしょう。陽光聖典の者を幾人かつけましょうか?」

 

 言われて、ラキュースはわずかに逡巡した。

 

「……いえ、それは結構よ。あの子がどこにいるかは分からないし、時間との勝負だから、素早く動く必要がある。あまり数が多くては動きにくいわ」

 

 そうして、彼女は自分の仲間たちを振り返った。

 

「皆、手分けして探しましょう。ティナ、あなたは私と来てくれるかしら? ガガーランはティア、それとイビルアイと。ザリュースは私たちと一緒ね」

 

 彼女らの顔を一人一人見回し、ラキュースは言葉をつづける。

 

「じゃあ、皆、気をつけてね」

 

 その言葉に、彼女と別行動することになった面々が頷く。

 

「おう、任せときな」

「ああ、こちらは引き受けた。ガガーランがオーガに間違われんように注意しておく」

「うん。こっちは任せて。もし間違われたら、ティアちゃんがフォローする」

 

 「お前らな」と苛立ちの声をあげるガガーランと、他の2人はやいのやいのと声をあげる。

 その緊張がほぐれたやり取りの様子を横目に、漆黒聖典の隊長はラキュースに声をかけた。

 

「では、ご武運を」

「任せて。あなたたちも気をつけて。皆、生きて帰りましょう」

 

 ラキュースはぐっと拳を握って見せた。

 

 




デイバーノック「ところで、ルベリナが六腕に選ばれなかった理由。あれって本当なのか?」
エドストレーム「ああ、一応建前上はそういう事になっているけどね」
デイバーノック「建前上という事は違うのか。それで、本当のところは?」
エドストレーム「んー、実際の事、言うとね。みんなで食事に行った時、ルベリナが唐揚げにレモンかけた事にゼロが怒って……」

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