オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 お盆って疲れる……

2016/8/20 「このゆっくりとした旅程にはまんじりとしたものを感じ、わずかながら焦燥感がつのっていた」 → 「このゆっくりとした旅程にはわずかながら焦燥感がつのっていき、まんじりとした日々を過ごすこととなっていた」 訂正しました

2016/8/26 「シャドーデーモン」 → 「シャドウデーモン」
「竜王国の王女」 → 「竜王国の女王」 訂正しました


第八章 帝国編
第50話 帝国へ行こう


 ゴトゴトン、ゴトゴトン。

 車輪が石畳を踏む、規則正しい音が響く。

 ちなみにその少し前方では、パカパカ、パカパカ、とこれまた規則正しい馬蹄の音が響いている。

 

 帝都アーウィンタールの街並みは古都然とした古い街並みであるが、今やその中に、新たな改革による発展の波が押し寄せてきている。

 百年ほどの歴史がありそうな民家があるかと思えば、そのすぐ隣には漆喰の色も真新しい現代様式の集合住宅が立ちならんでいる。

 こちらで建物を解体しているかと思えば、そこから運び出された石材が、また別の場所での建築に使用されている。

 

 

 今の帝都は、時代の転換点となる大きな潮流の中にいると言って過言ではない。

 『鮮血帝』ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの施策は、中には血を流すものはいるかもしれないが、その結果として大いなる果実をつけようとしていることは間違いない。

 

 そんな皇帝の目に見える政策の一つ。

 それが帝都に敷き詰められた石畳である。

 

 道々に石畳を敷くことは、気が遠くなるほどの資金が必要となる。だが、それを敷くことにより交通の便が良くなり、また道路整備のために民衆に仕事を廻ることになる。また石畳の石材を切り出し輸送するところにも雇用が生まれる。

 普通は様々なところに利益が生まれると、各部門を管轄している者達の間で、足の引っ張り合いや派閥争いが起こってしまう。時には、それに終始するあげく、事業そのものが潰される羽目となってしまう事もある。

 実際、各貴族の管轄権が強い王国においてはそんな事例は枚挙にいとまがない。

 

 だが、皇帝の下に権力が集中しているバハルス帝国においては、そんな事など起こりえない。

 

 一点に権力が集中していることは、行動や決断が早く、またその力を一つ所に集中できるという利点がある。しかし、その反面、もしその権力者が誤った判断をしたり、なんらかの要因でその権威を振るうことが出来なくなると、今度は一気に国そのものが瓦解してしまうという危険性がある。

 もし現在の帝国において皇帝ジルクニフ、それと後ろ盾となっている主席魔法使いフールーダ・パラダインの身に何かあれば、それだけで帝国は空中分解してしまうだろう。

 だが、権力が複数の貴族に分散されている王国の場合、例え現国王ランポッサ三世の身に何かあったとしても、内乱とまではいかない程度の権力争いがあるだけで国体は維持し続けるだろう。

 しかし、一長一短ながら、現状ではあと数年も今の状態が続けば、王国は帝国に膝を屈するのが確実と言える両国の今の情勢を見る限り、後世の歴史家は帝国のやり方の方が優れていたと記述するであろうことは間違いない。

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 さて、そんな皇帝が腐心して敷設した石畳の上を、一台の馬車が行く。

 木板が雑に打ちつけられたり、天井が布製の幌で覆われたりなどという、頑丈さや利便性を重視した旅の商人達が使う馬車などではない。天井から車体から全て丹念に作り上げられた高級な馬車である。

 道行く者達は道を譲りつつも、その馬車に乗るのは一体何者なのだろうか? 貴族だろうか、それとも裕福な商人だろうかと物見高い視線を向けていた。

 

 

 その時、馬車の窓が開け放たれた。

 

 そこから顔をのぞかせたのは、目を見張るような美しい少女。

 整った容貌の卵型の顔、透き通るように白い滑らかな肌。長いプラチナブロンドの髪は風になびき、陽光にキラキラと輝いている。そして、今その(かんばせ)には美しい帝都の街並みを前に、好奇に満ち溢れた笑顔が浮かんでいた。

 その表情を見た帝国の臣民たちは、そんな美しい少女に朗らかな笑顔を浮かべさせる自分の国、そして国を率いる若き皇帝に誇りと崇敬の念を抱いていた。

 

 

 

 

 やがて、その馬車は一軒の宿へと留まる。宿という表現が正しいかは分からない。もはや、ホテルと言っていいほどの規模である。

 その建物の脇にある厩に馬車を止める。そして、御者台にいた下男らしき男が従業員相手に手続きしている間に、宿付きの男が持ってきたタラップを踏み、車内から数名の男女が降りてきた。

 

 その4名の男女は建物内に入り、その中の黒一点たる男が受付へと足を運ぶ。

 他の3人の女性陣は、高級ホテルを思わせる内装のエントランス内を見て回っている。

 

 視線を巡らせれば、そこは様々な絵画や装飾品が飾られたラウンジとなっており、据え付けられたテーブルやソファーには幾人もの着飾った男女が腰を落ち着けていた。

 だが、よくよく見れば、彼らは普通の人間ではない事はすぐに見て取れた。

 美しく高価な服装に身を包んでも隠し切れない凶性。笑顔の奥に潜ませた冷徹な瞳。全身にしみついた死の香り。

 

 

 彼らは裏社会に生きる人間たちであった。

 このホテルは、そんな闇の人間御用達の宿である。

 

 

 そんなホテルに現れた見知らぬ数名の男女。

 彼らはラウンジにたむろする者達から好奇の視線を集めることとなった。

 

 いったい、こいつらは何者なのかと頭のてっぺんからつま先まで視線を巡らせ、値踏みする。

 

 物珍しそうにあちこちに目をやる少女。美しい銀髪はとても大きなリボンを用い、頭の両脇でツインテールに結い上げられてあり、まるで貴族のように日々丹念に手入れされているのが一目で見て取れた。その身に纏うふんだんにフリルのついた青色のドレスは、腕のいい職人の手による下ろしたての服。

 そして、彼女について回る、目を見張るように美しい金髪のメイドと踊り子のような薄絹をまとった女。彼女らもまた皆、一様に仕立てのいい衣装に身を包んでいる。

 その中でも彼らが注目したのは、ただ一人だけいる優男(やさおとこ)。その関係性はいまいちわからないが、おそらく彼がこの一団の中で上位者であろうか。目も冴えるような金糸による装飾が所狭しと施された洒落物の衣服。腰に剣を下げてはいるものの、どう見ても専業の戦士とは思えず、大した技量は持っていなさそうに見える。飾りの優美さを見ても、あくまで見栄の為だけだろう。

 

 ――と、なると、こいつらは碌な護衛もなしにここを訪れたという事になる。

 どこかの小金持ちがちょっと危険なところに足を踏み入れ、後で自分はこんなところに泊まったんだと仲間内で凄さを語り合うネタにでもするつもりで、ここに宿をとったのだろうか?

 

 そうソファーに腰掛けている者達は考えたが、その後ろに控える強面の用心棒たち、その中でも実力者と言える極一部の者達は気づいていた。

 

 その優雅な仕草で歩く優男と、肌も露わな女の持つ桁外れの強さに。

 

 

 

 やがて受付がすんだ男は、ふらふらと気の向くままにラウンジ内をうろついていた少女たちの所へ歩み寄った。

 

「受付が終わりましたよ。5階の南部屋です」

 

 目ざとく彼らの会話に耳を澄ませていた男たちは、その言葉に微かに瞠目した。

 彼らの記憶にある限り、そこはこのホテルの中でも2番目に良い部屋だ。そんなところに、裏社会とも関係がない、ちょっとした小金持ちが泊まるという事に彼らの胸がざわめいた。

 

 

 そして、彼らが階段へ向かおうと、ラウンジに据え付けられた卓のそばを通った時、顎ひげを蓄えた強面の男が、新規客の優男の行く手を遮った。

 

 その場にいた大半の者達は、一団の事を値踏みし予想は立てていたものの、その背景がまだはっきりとは分からないため、様子見を決め込んでいた。

 そんな中、まだ若く、裏社会で自分の力を見せつけることに躍起になっていた男が、自分の名を売る機会だとみて、配下の用心棒の男を使ってちょっかいを出したという訳だ。

 

 ――後学の為に少し身の程を教えてやらねばな。なに、今後の人生を生きる上で、これは良い勉強になるだろう。

 

 そんな身勝手な理屈を胸にした、くせっ毛の金髪男は、髭面の男に睨みつけられている優男に嘲るような笑みを向けた。

 だが、優男の方はというと、状況を理解していないのか、顔色一つ変えようともしない。

 

 思ったように相手が怯えない事に苛立った男は、すこし怖がらせてやれと配下の者達に顎で指示をした。強面の男たちが優男を取り囲むように動く。

 優男の方はやれやれと肩をすくめ、紅茶のティースプーンを手にとると――。

 

 

 ――鶏が絞殺されたときのような悲鳴が上がった。

 

 

 その場にいた男たちは恐怖に後ずさる。

 たった一人だけ、最初に行く手を阻んだ髭面の男は自分の顔面を押さえ、その場でうずくまり、苦痛の呻きをあげている。

 

 

 彼らの視線の先にあるのは、優男がつまんだティースプーン。

 その上に乗る、青く濁った瞳が張り付いた眼球。

 赤い血に濡れ、その滴はスプーンの中へと溜まっていく。

 

 

 おそらく、わずか一瞬のうちに、そのスプーンで髭面の男の眼球を抉り出したのだ。

 『おそらく』と付くのは、あまりの速さにその場にいた誰もが、その動きを目視することすら出来なかったからである。

 

 用心棒の男たちが後ずさり遠巻きにする中で、優男はソファーに座る若い男に目を向ける。

 男は電流に打たれたように、ビクンとその背を跳ねさせた。

 優男はにっこり笑い、男の目の前に置かれた紅茶のカップに、血に濡れた眼球を落とし、つまんだティースプーンでかき混ぜる。

 

「やあ、兄さん。これは俺の奢りだ。飲んでくれよ」

 

 そう言って、優しく金髪男の肩に手を置いた。なんら凄みはない口調だが、優男から発せられる威圧感は、それだけで卒倒しかねないほどであった。その肩に乗せられた手が、まるで呪いの効果を持つかのごとく、身動きが取れなくなる。

 男はがたがたと身を震わせ、ティーカップを手にとる。震える指により、カップから紅茶がたぱたぱとこぼれる。だが、そんなカップの中央では、丸い眼球が自分だけは落とされまいとゆっくりとした動きで転がり続ける。

 

 男はちらりと目をあげる。だが、優男は先ほどの笑みを崩そうとしない。

 

 口の中で「ひっ……」と言葉が漏れた。

 そして、男はカップを持ち上げ、その中身を一息に口に入れた。口中に広がる生臭さと鉄の味に吐き出しそうになるものの、肌に直接感じる生命の恐怖に、必死で大きな塊を飲み下した。

 すると、男がのどを押さえて倒れ込んだ。

 さすがに噛み砕きもせずに、眼球をそのまま胃の腑まで落とすことは出来なかったのだろう。喉で詰まってしまったようだ。

 

 男が倒れ込んだことで、テーブルがひっくり返り、大きな音を立てた。

 その音に、先に階段のところまで行っていた少女たちが振り向く。

 

 

「おーい、マルムヴィスト! 早く行くよ!」

 

 

 その声に、優男は返事をすると、何事もなかったかのように足を進める。

 彼の前にいた男たちが慌てて道を開けた。

 

 やがて、一団は階段を上って行った。

 

 

 

 あとに残されたのは、静まり返ったラウンジ。

 誰もが言葉もなかった。

 苦痛に身をよじる髭の男の事も、のどを詰まらせて倒れ伏す男の事も、皆の意識の外であり、誰も助けようとすらしなかった。

 彼らの胸の内に繰り返されていたのは、あの時少女が呼んだ、あの優男の名前。

 

 

 『マルムヴィスト』

 

 

 裏の社会で生きる者にとっては、その名は広く知れ渡っている。

 リ・エスティーゼ王国を拠点とし、各地に勢力を伸ばしている犯罪組織『八本指』。その中でも最強の武力を持つという『六腕』と呼ばれた6人の人物。

 その実力は、アダマンタイト級冒険者すらに匹敵すると言われていた。

 

 その内の1人。

 『千殺』の異名を持つ男。

 

 (きら)めく装飾の施された衣服を身にまとい、芸術品かと見紛うような(こしら)えのされたレイピアを腰に帯びているという。

 あらためて記憶を漁り、その話に聞いた通りの姿に、まさか本物なのかと誰もが身を震わせた。

 

 

 ――では、アレが本物のマルムヴィストだとするならば、一緒にいたあの者達は何者なのか?

 

 

 だれもが必死で思考を巡らせた。

 その結果、とある情報に思い至った。

 

 六腕のマルムヴィストは八本指を抜け、現在はエ・ランテルに拠点を置くギラード商会に身を寄せていると聞く。

 そのギラード商会のトップは素性のつかめない謎の人物だと。

 そしてマルムヴィストは、あの少女の事を上位者として扱っていた。

 

 そこから想像できること、それは――。

 

 

 ――つまり、あの少女は謎に包まれたギラード商会のトップと関係している人物である。

 

 

 その場にいた者達は皆、生き馬の目を抜く裏社会を生き抜いてきた海千山千の人物である。プライドや感情より、自分の実利を優先させる人間だ。

 誰しもが、ではどうやってあの少女と近づき、友好を結び、そして甘い汁を吸えるかの算段を頭に思い描いていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一行の足が目的の階層へと、たどり着く。

 足元がふわふわと不安な気分にすらなるほど柔らかい絨毯――ナザリックのものほどではないが――を踏みしめ、頑丈な黒檀製の両開きの扉をあけ放つ。

 そこに広がっていたのは、入り口からすぐにベッドが見えるなどというせせこましい部屋ではなく、部屋という言葉では明らかに不足の空間であった。

 豪華な装飾が施されたリビング。壁面には高価なガラスがはめ込まれており、帝都の様子を見下ろすことが出来る。壁際には絵画や置物が品よく並び、ギラード商会の悪趣味極まりない部屋とは雲泥の差だ。他にも応接間や複数人が泊まれるような寝室が複数。使用人用の部屋まである。

 宿の一室というより、一区画と言うべき場であった。

 

 その室内の様子をベルはキラキラとした目で見まわし、あれこれ指さしながら、傍らのエドストレームやマルムヴィストらときゃっきゃと話している。

 

 その間にソリュシャンは、手早く室内を見て回る。

 テーブルの下や絵画の裏、装飾品の影に何か仕込まれていないかどうか。備え付けの食器類に毒が塗られていないか。ソファーに座った時にその中に仕込まれていた何かが突き出してこないか。そして、一通りリビングを見て回ると、次は他の部屋に捜査の場を移す。

 

 ほどなくして、ソリュシャンが戻って来た。

 そして、ベルに室内及び各種装飾品には何ら異常はなく、また盗聴等もないことを告げた。

 

 それを聞いたベルはピタリとはしゃいでいた動きを止める。

 日が照るような笑顔は、日に照らされた霧のようにかき消えた。

 そして足を進める。部屋の奥に置かれていた大きな肘掛け付きの椅子に。

 身を投げ出すようにして、その小さな体を沈ませる。

 

 そうして、呟いた。

 

「あー……少女らしい演技ってだるいわー」

 

 

 その顔に浮かぶのは先ほどまでの可愛く可憐な外見相応のものではなく、やさぐれた感の漂うものであった。

 フリルのついた可愛らしい青いドレス。ピカピカに輝く革靴。美しいプラチナブロンドをツインテールに結んだ大きなリボン。肩から下げた愛くるしいポシェット。

 そんな誰が見ても愛くるしい少女が黒い革張りの椅子にふんぞり返って足を組み、葉巻をくわえている姿は、色々と台無しであった。

 おそらく、全世界でがっかり少女コンテストがあったら、準優勝くらいできるだろう。優勝は竜王国の女王である。

 

 

「面倒なんだったら、ボスの事を見ていた下にいた連中、全員ぶっ飛ばしてしまったらどうですか?」

 

 くだをまくベルの様子を面白がるように笑いながらマルムヴィストが言う。

 ベルは、はんと鼻を鳴らした。

 

「そうできれば楽なんだけどなー。今回はあくまで情報収集が目的であって、いきなり帝都を支配下に置くことじゃないし。まあ、このホテル破壊して下にいた連中を全部殺してしまって、混乱に乗じるってのも手だけど」

 

 何でもないことにように物騒なことを口にする。

 

「試しに聞くけど、あそこにいた連中くらいならマルムヴィスト1人で何とかなるくらい?」

 

 その問いには、伊達男はかぶりを振った。

 

「いや、さすがに負けはしませんが、全員殺すとなると手間ですね。どうしても逃げてしまう奴もいるでしょうし。エドストレームと2人なら大丈夫でしょうが」

「ああ、そういうのだったら、私は得意ですよ。何ならちょっと降りて行って、皆殺しにしてきましょうか?」

 

 そう言って微笑む顔は美しかった。

 その提案も魅力的だったが、さすがに今後の事も考えると、首を縦に振る訳にもいかない。

 

「いや、出来るって事が分かったんなら、それでいいや」

 

 そう言って、ぷかりと紫煙を吐いた。

 

 

 

 そこへ扉を開けて室内に入って来た男がいる。服だけはそれなりに高級な者を身に纏った貧相な男。先ほど、馬車の御者を務めていた男である。

 

 ――何て名前だっけな、こいつ?

 

 ベルが記憶を漁る中、マルムヴィストが声をかけた。

 

「おい、ザック。この部屋に泊まることになったから、荷物を運んでおきな」

 

 その声に「は、はい!」と返事をして、足をもつれさせるように再び部屋を出て行った。

 

 ――ああ、そうだ。たしか、ザックとかいう奴だ。ええっと、前にアウラとマーレになんとかいう野盗を捕まえさせた時に、一緒に捕まえたんだっけ。

 ……まあ、誰でもいいか。

 

 そう心の中でひとりごちると、皆を見回して言った。

 

「さて。じゃあ、さっそくだけど、この帝都でのとりあえずの方針を決めようか」

 

 

 

 

 

 今回、ベルらがエ・ランテルから帝都アーウィンタールくんだりまでやって来たのは、ギラード商会の版図を広げるためである。

 

 ベル達が精力的に活動を続けたため、めでたくエ・ランテルの裏社会の大半は、ナザリックが乗っ取ったギラード商会が牛耳ることが出来た。

 それはそれでいいのだが、今後の運営方針、さらなる勢力拡大に関し、少々頭を悩ませることになった。

 

 エ・ランテルは交易の中継地という側面が強い。

 帝国、王国、そして法国と、それぞれの3カ国を行き交うのにほぼ必ず通る交易路が交わる土地とである。その為、経済もそうした旅の商人達、そしてその商人相手の商売への比重が大きくなる。

 彼らから税の他に、ほんのわずかの賄賂を受け取るだけでも、十分な稼ぎとなる。彼ら、旅の者からはエ・ランテルでの安全を保障する代わりに、ほんの気持ちばかりの寄付(・・)を求める。もちろん寄付は強制ではない。だが、寄付を拒んだ相手というのは商会の保護対象から外れることとなる。彼らが、盗みに入られようが、強盗に襲われようが、ギラード商会としては知ったことではない。そして、現在のエ・ランテルはギラード商会がほぼすべてを手中に収めており、商会ただ一つにさえ、上納金を納めてさえしまえば、他の派閥の者に攻撃されることもなく安全だというので、旅の者達からは、現在の状況は意外と好評であった。

 

 だが、あくまでそう言った少しばかりの金を集めるだけというのはとても楽ではあるものの、勢力の拡大にはつながらない。なにせ、すでにエ・ランテルの街全域はほぼ押さえてあり、商会の売り上げも頭打ち状態である。

 エ・ランテルにおいては毎年、帝国との戦争における王国側の拠点となるため、王国相手の商売、とくに食料関連こそが最大の利益となるのだが、そちらは完全に既得権益層によって固められているために、そうそうには手が出せない。

 とはいえ、総力を注げば、もちろんそちらだろうと食い込むことは十分に可能である。

 だが、そもそもナザリックとしての目的は、ただ金を稼ぐためだけでなく、自身の影響力を行使できる地域を増やしていくことにある。無理にそんなところに注力するのはあまり良案とは思えなかった。

 

 

 その為、今後の新たな事業計画として、エ・ランテルだけにとどまっているのではなく、どこかに版図を広げることが提案された。

 提示された案は3つ。

 すなわち、隣接する3カ国である帝国、王国、法国のどちらに手を広げるかである。(一応、エ・ランテルは王国の一部ではあるが)

 

 

 そうして検討した結果、候補地として最も適していると判断されたのが帝国であった。

 

 法国の方は、先の洗脳の件があり、その手の内がはっきりとしないうちは、まだまだ様子見がよいと判断された。

 

 そして王国の方は、以前に侵入させたシャドウデーモンが、アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のイビルアイによって壊滅させられてしまっており、代わりに王都に潜伏させたユリからの報告は上がっているものの、たった一人で一般人に偽装しての潜入である為、その成果は遅々としたものでしかない。

 幸い、先だってのダミーダンジョンの一件により、『蒼の薔薇』のティアから王都の戦力、並びにイビルアイについての情報を聞き出すことには成功していた。

 その結果、イビルアイの正体は吸血鬼であり、200年前から生き続け、『国堕とし』とかいう名で呼ばれる伝説の存在であった事が判明した。その強さは、冒険者の判断基準とする難度でいえば150程度。すなわちユグドラシルで言えばレベル50程度という、この世界では破格な実力の持ち主ではある。あるのだが、ナザリック基準に照らし合わせれば、打倒することは難しくはない。守護者クラスとまで行かなくとも、一段落ちたレベル80、90程度の者でも送れば、瞬時にかた(・・)はつくだろう。

 だが、それをやると、この世界に潜む強者の目につく可能性がある。

 ティアの知りえる情報だけでも、リグリットという老婆や、ティア自身直接会った事はないものの、そのリグリットの友人という謎の人物など、表に出てこない強者の存在が示唆された。

 

 そんな存在が出てくる可能性があるのに、そのイビルアイ退治を優先することもないと思われた。

 とにかく、王都に関してはまだまだ情報が少ない。藪をつついて蛇を出す可能性がある、一か八かの賭けをするには割に合わない。

 

 

 そこでアインズとベルは残された帝国に目を向けた。

 帝国にもまた『三重魔法詠唱者(トライアッド)』として名高い、200年以上を生きると言われる伝説の魔法使い、フールーダ・パラダインがいるのだが、あくまでナザリックの現段階の目的は裏社会の掌握である。伝説の人物のおひざ元であるからと言って、そんな市井の事にまで、国の要職についているそんな人物が出張ってくるとは考えにくい。

 なぜか伝説の吸血鬼が冒険者として、ふらふら街中をうろついている王国とは違うだろう。

 ……そう考えると、王国って怖いな。

 とにかく、帝都には先に潜伏させていたセバス、ナーベラル、そしてルベリナらがおり、彼らは順調に情報を集めていた。

 その甲斐(かい)もあって今回、直接、ベルがおもむくことになったのである。

 

 

 目的は、新たな影響力を行使できる版図の拡大。その為の、より特化した帝国内の裏社会の情報収集。

 ……という名目を兼ねたベルの息抜き旅行である。

 

 正直、最近、ベルはナザリックとエ・ランテル、それとカルネ村程度しか出歩かず、顔を合わせるのも限られた人物のみという状況だった。ちょっと前には、こっそりエ・ランテルに単身出かけ、問題となったりもした。

 そのため、今度はさらなる新天地の開拓という口実をつけ、ちゃんとアインズから許可を得た上で、今まで行った事のない帝国に来てみたのである。

 ちなみに旅行と言っても、のんびりと何もすることのない時間、暇を楽しむなどという感性は持ち合わせていないため、ちまちま馬車で旅するのも面倒だと、いきなり帝都直前まで〈転移門(ゲート)〉で移動するという有様である。旅の情緒もあったものではない。

 

 

 とにかく、他の者達に帝都の裏社会を支配下におさめるためだと口実を語ったため、今もこうして目の前では、ソリュシャン、マルムヴィスト、エドストレームの3人が現在知りえる限りの帝都の情報を網羅した資料をテーブル上に並べ、どこを調べるか、どこに誰が行って話をするかという事を詰めている。

 完全に物見遊山気分なベルは、ちょっと悪かったなぁとは思いつつも、下手に喋って藪蛇になったら拙いと思い、口を挟まないようにした。

 

 そして、ナザリックにいるであろうアインズに〈伝言(メッセージ)〉を送り、帝都についたことを伝え、そして今後の事について秘かに相談を始めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「よっし、今日はこの街に泊まるか」

「ええ、そうですね。まだ日は高いですが、無理に道を急いで野宿することになるよりはいいでしょうし」

 

 ヘッケランとロバーデイクは馬車から降りて、人の行き交う通りを見回した。

 本来ならこの街には夕方近くに到着する予定だったのだが、たまたまこちらに向かう馬車の乗員と仲良くなり、荷台の端に乗せてもらうことが出来たため、予定より早く着いたのだ。

 

 もとより特に急いで帝都まで帰る必要もない二人はそう考えると、振り返って女性陣の意見を聞いた。

 イミーナは肯定の意を示し、アルシェもまた首を縦に振った。

 

 そうしつつも、アルシェの内心は少々()いていたのだが。

 

 

 彼らフォーサイトはもともと帝都アーウィンタールを活動拠点としていたのであるが、ここしばらくの間はエ・ランテルの方で活動していた。

 しかし、いい加減長く本拠である帝都を離れすぎたと、エ・ランテルを出て、帝都へと帰る旅路についたのである。

 帝都に帰ると言っても、彼らは特に帝都で待っている者がいるという訳でもない。その為、急ぐこともせず、旅をしながら各町で買い物をしたり、そこでちょっとした揉め事の解決を手伝ったりと、のんびりとした旅程であった。

 

 だが、その中でただ一人だけ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアルシェには、彼女の帰りを待っている家族がいる。両親はまた借金を増やしているのではないかと気が気ではないし、なにより彼女の妹たち、クーデリカとウレイリカは自分の帰りを首を長くして待っているはずだ。

 その為、このゆっくりとした旅程にはわずかながら焦燥感がつのっていき、まんじりとした日々を過ごすこととなっていた。特に先日、あちこちの街道に謎のアンデッド集団が出現したという事件が起き、その対応により途中の街で足止めをくった時など、自分たちならそんな連中倒しながら移動できるのにとやきもきした気持ちにさせられた。

 

 だが、仲間たちには自分の事情を話してもいないのだ。

 少しばかり帰りが遅れたとしても特に問題もないはずだと自分に言い聞かせる。

 旅に出る前に聞かされていた次の借金の返済まではもう少し時間があるし、それにエ・ランテルで稼いできた額は、彼女がいない間に両親がまた借金の総額を増やしていても、それをまとめて返せるほどはあるだろう。

 

 何ら焦る事などない。

 帰ったら愛する妹たち、クーデリカとウレイリカの笑顔が自分を出迎えてくれるはずだ。

 彼女たちには特別にお土産も買っておいた。

 きっと、喜んでくれるだろう。

 

 アルシェはその情景を思い浮かべ、微かに口元に笑みを浮かべながら、今夜の宿を探しに行く皆の後へと続いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「お名前はなんて言うの?」

 

 老女の優しい声に、問われた少女は元気よく答えた。

 

「マリーア!」

 

 そうクーデリカは名前を聞かれたときに答えるよう言われていた偽名を語った。

 

 

 今、皆がいる場所はちょっとした広さを持つ邸宅の庭。目にも鮮やかな草木や花々の並ぶ中を、さわやかな風が駆け抜け、太陽が燦々(さんさん)と照りつけている。

 

 今日はセバスが帝都で知己となった商人の家で行われている、ちょっとしたパーティに招待されていた。

 そんな中、可愛らしいクーデリカの様子を、年配の者が多い参加者たちは、誰もがほほえましく好々爺然とした笑みを浮かべて見つめていた。

 

 

 

 セバスは保護したクーデリカを護るため、帝都に構えた邸の奥に彼女を隠しておくのではなく、あえて自分が行く先々へ連れていくことを選択した。

 あちらこちらで、マリーアことクーデリカは自分の親戚であるとアピールして歩くことで、街の人間たち、特に平民ながら裕福な商人を中心に、その事を既成事実として周知してしまうつもりである。

 

 

 彼女を犯罪組織から買い取ったという存在はいまだ不明であるが、ルベリナの継続的な調査によると、どうやら帝国の有力者、貴族なども関係している集団のようだという事が分かった。さすがに、一体だれが関与しているのか、どの程度の者か、までは辿れなかったが。

 

 この帝都は皇帝の御膝元であり、治安もよい。

 そんな所で、無理にセバスらの元から子供を取り返しでもしたら、それは明確な事件として調査対象となるだろう。

 セバスは没落しかけとはいえ、モーリッツ家という他国の貴族位に連なる者として、帝国の裕福な層からは認識されている。

 そんなところの子供を攫うということは、下手をしたら外交問題にもなりかねない。帝国の名において、厳密な調査が行われるだろう。もちろんその調査の中でセバスの語っていた身分の真実もばれるだろうが、事が明るみになれば拙いのはむしろ相手、帝国に居を構える貴族の方である。

 帝国を収める現皇帝『鮮血帝』ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは就任以来、様々な口実をつけては貴族の権力を削り、自分のところに権力を集中させようとしている。

 子供を攫ったことから調査が進み、それをたどって行ったら実は帝国貴族が関与していたと判明すれば、それこそ皇帝にその貴族を取り潰す格好の口実を手に与えることとなる。

 その為、クーデリカの事を目立たせることにより、もし無理に彼女を奪還しようとしたら、それは皇帝の目にとまる可能性があり、自身の身の破滅を招くかもしれないぞと行動を思いとどまらせる作戦であった。

 セバスとしては相手が誰だかは知らないが、その辺の事を察し、彼女の事は諦めてくれればという思いである。

 

 

 そういった狙いから、クーデリカをセバスが行く場所へ連れまわしているのであるが、ここで思いもよらぬメリットがあった。

 

 彼女は、周囲の人間の受けが非常に良かったのである。

 

 連れ立っているナーベラルは目を見張るほど美しいが、その対応にはやや難がある。

 人間という種を下に見ているため、話しかけられても、取りつく島もなく氷のように冷たい対応をする。そういうのが好きなごく一部の人間もいることはいるのだが、そんな者はごくごく少数派でしかない。

 

 対して、クーデリカは可愛らしい少女である。それもまだ、子供の域から抜け出していない年齢だ。動物と子供は万人を和ませると言われる通り、彼女は誰からも好かれることが出来た。

 また、子供と言っても躾のなっていない子は疎まれるが、元とは言え貴族としての教育を受けていた彼女は天真爛漫ながら、時と場合に応じては空気を読んで、その行動を控えることも出来た。そういう点も好ましい目で見られた。

 

 彼女を連れていくことで、他者と親交を結ぶことが容易になったのだ。

 その為、彼女を保護しておくことは大変なメリットがあると言えた。

 クーデリカはナザリックの、主の目的達成の役に立つ有用な存在と言えた。

 

 唯一の問題は彼女の事を周囲になんと説明するかであった。

 そちらは色々検討した結果、ナーベの姉妹であるという事にした。

 ナーベラルとはいささか年が離れているため、妹ではなく姪の方がいいのではという意見もあったのだが、その設定に合わせてクーデリカが『ナーベおばさん』と呼んだところ、ナーベラルが盛大に顔をひきつらせたため、その案は没となった。髪の色が違ううえ、あまり似ていないことは腹違いであるためと誤魔化すことにした。

 それと、一応、元のフルト家のクーデリカであるとばれないようにマリーアという偽名を使わせた。フルト家を始めとした貴族たち(元もふくむ)と、セバスが交流を深めている平民の商人たちでは生活の層が異なっており、クーデリカの事を知っているものは少ないだろうが、さすがに同じ名前では気づくものも出るかもしれない。念のためである。

 

 とにかく、セバスは彼女を保護し続ける口実が出来たことと、自らを信頼してくれた主の期待に応えられたことに安堵の息を吐いた。

 

 

 ――アインズ様、この私めのわがままをお聞き届けくださった御温情、感謝の念に堪えません。帝都の事はお任せください。必ずや、あなた様の信頼に応えて見せます。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

《……あっと、そうだ、ベルさん》

 

 〈伝言(メッセージ)〉でベルとの相談中、思い出したようにアインズが言った。

 

《どうしました?》

《いえね、そういえば、ベルさん。何かセバスに新しい指示とか、許可とか出しました?》

《え? 許可……ですか? いえ、していませんけど……何かありました?》

《実は、セバスに〈伝言(メッセージ)〉での定期連絡をしたときなんですがね。その時なんだか、わがままを聞き届けてくださってとか、感謝しているとか、信用に報いる結果を出して見せるとか、言ってたんですよ》

 

 おや、と思った。

 

《? なんです、そりゃ? なにか、セバスからの要望でも聞いたんですか?》

《いえ、特にそんなことしていませんがね。かと言って、何のことだか分からないから言ってみろとも尋ねられませんし》

《そりゃ、聞かなくて正解ですな。……んー、でも、本当に何かありましたっけ? セバスがあげてくる報告書には目を通してましたけど、特に変わったこととかは書いてなかったような……》

《ええ、私も見ましたけど、何もないはずですよね……。一応、後で読み返してみようかと思っていますが。まあ、それでですね。ベルさん、同じ帝都にいるんですから、ちょっと会ってみてもいいかも?》

《うーん……いやそれは止めた方がいいのでは? 何だかは分かりませんが、セバスとしては任されていると思って、やる気になっているところでしょう? そこへ上司である俺が現れて口出しするっていうのも……》

 

 その答えに、アインズはなるほどと思った。

 上司に信頼されて全てを任されていると思っていたのに、そこへ上役が監視に現れたら、やっぱり自分は信用されていなかったのでは、と思うだろう。

 アインズもリアルの会社員時代に経験があるが、上から任された仕事を進めていたら、急にやって来た上司があれこれ口を出し、かえってそのせいでやりかけていた仕事が混乱してしまい、後始末に一苦労した憶えがある。

 

《まあ、たしかに。じゃあ、ベルさんたちが帝都に行っている事はセバスには秘密にしておくのが無難ですかね。ベルさんもそんなに長い事、いる気でもないんでしょう?》

《だいたい10日位をめどに考えています》

《それなら、いちいち言わなくても、顔を合わせずに済みそうですね。そうしますか》

《ええ、その方がいいでしょう。嘘も方便ですよ》

《じゃあ、そうしましょう。それでベルさん、他に何か変わったことはありますか?》

《いえ、今のところはないですね》

《それは良かった。分かっていると思いますが、くれぐれも気をつけてくださいよ。あまり騒ぎは起こさないように》

《ええ、分かっていますよ。ここはエ・ランテルじゃないですからね》

 

 エ・ランテルの裏社会が短期間であらかたナザリックの軍門に降ったのは、単純にナザリックの力をふんだんに使ったからではなく、ズーラーノーンの騒ぎによって町が荒廃した混乱につけ込んだからである。治安を守る衛兵の力も頼りになるとは言い難い状態で、警備も隅々までいきわたらなくなり、ほぼ無法状態と化したエ・ランテルにおいて、強引なまでの金と暴力で支配下に置いたというのが正解である。

 

 対して、ここ帝都アーウィンタールは、セバスからの報告によれば、とても治安が良いらしい。

 街中を騎士が巡回し、ちょっとでも騒ぎがあればすぐにでも飛んでくる。それに、フールーダ・パラダインの下にある帝国魔法院や優秀な人材を育てるための学院など、魔法を使える人間を育成、運用し、国家として抱え込んでおり、ここもまた王国やその一部であるエ・ランテルとは一線を画しているところのようだ。

 

《とにかく、エ・ランテルとはだいぶ勝手が違うようですから、下手な事をして目立つ気はないですよ。そもそも、今回はあくまで様子見程度のつもりですし》

 

 ベルとしても、いきなり無茶はするつもりもない。特段、急いで行動しなければいけないほど、切羽詰まっているという訳でもないし、そもそも、今回はちょっとした観光旅行も兼ねているのだ。下手に動いて、せっかくの旅行を切り上げる羽目になる事は避けたい。

 

《今回は裏社会の情報収拾と、あと警備体制の調査でしたっけ?》

《ええ、王都ではイビルアイのせいでシャドウデーモンの潜入が出来ませんでしたから、帝都ではどの程度の怪物(モンスター)なら大丈夫か? また、帝都の即応能力とかも調べるつもりですよ》

《即応能力というと、適当な怪物(モンスター)をぶつけてみるんですか?》

《はい。それが手っ取り早いでしょう。もちろん、こっちの手はずというのは厳重に隠しておきますよ。まあ、それは最後に街を出る頃の事ですね。とりあえず、当面はセバスからの報告をもとにあちこち動いてみますよ》

《お願いしますね。やっぱり、私たちの目で見るのと彼らからの報告ではどうも印象が違うみたいですし》

《了解です。では》

 

 そうして〈伝言(メッセージ)〉を切る。

 

 視線をあげると、ベルの前では配下たち3人が、彼女が〈伝言(メッセージ)〉を終えるのを待っていた。

 

 

 ベルはパンと手を叩く。

 

「さて、今後の活動方針だけど、来る前にも言った通り、あくまで今回は本格的な進出をする前の、情報収集を目的としている。あまり大きな荒事は避ける様に。それと、今回、俺たちが帝都に侵入したことは、先に侵入しているセバスには秘密とする。これは下手に接触することで、セバスたちの行っている情報収集任務に悪影響が出ないようにするためだ。あと、ギラード商会のトップは不明の人物という事になっているから、俺の事はボスではなくベル様と呼ぶように」

 

 そこまで話したところで一つうなづいた。

 重々しい口調を改め、肩の力を抜いて言った。

 

「ま、そんなところかな。とにかく今回は、この帝都で大騒ぎを起こすとかもする気はないし、気楽にね」

 

 

 


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