オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/4/22 「エランテル」となっていたところがありましたので、「エ・ランテル」に訂正しました
2016/10/9 「命守るために」→「命を守るために」訂正しました
 段落頭で一字下げしていないところがありましたので修正しました
2017/5/18 「元」→「もと」、「別れ」→「分かれ」、「見せる」→「みせる」、「重い物に」→「重いものに」、「持って行けても」→「持っていけても」、「とと感情たっぷり」→「と感情たっぷり」、「盛下がる」→「盛り下がる」、「2月」→「ニ月(ふたつき)」 訂正しました


第五章 蜥蜴人編
第31話 エンリの決断……え?


「では、申し訳ありませんが、今夜はこちらでお願いします。それと出かけるときは見張りの人をつけることになりますけど……」

「ああ、分かった。本来ならば、俺のような者は村の中へも入れてくれぬはず。そこを曲げて宿まで与えてくれた厚意、感謝する」

 

 頭を下げるザリュース。

 その部屋の扉を閉じ、わずかな間そこに(たたず)んでいたものの、エンリは(きびす)を返した。

 

 その歩みに、そっとンフィーレアが歩調を合わせてきた。

 

「お疲れさま、エンリ」

「うん、ンフィー……」

 

 視線を前に向けたまま、友人に尋ねる。

 

「どう思う? あの人の話……」

「何とも言えないね。嘘を吐く意味はあまり考えられないけど、その可能性もあるし。それにもし本当でも、あくまでその蜥蜴人(リザードマン)の集落だけの問題かもしれない。でも、彼の言う通りの可能性もある」

「そんな……トブの大森林全体、そして、その周辺にまで降りかかるような災いって……」

「何とも言えないね。有るかもしれないし、無いかもしれない。ただ、一つだけ言えるのは、絶対にないとは言えないってことだよ」

「でも……そんな恐ろしい存在がいて、そして暴れだしたなんて……」

 

 エンリは先程、ザリュースと名乗る蜥蜴人(リザードマン)から語られた話を思い返す。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あらためて名乗らせてもらうが、俺は〈緑爪(グリーン・クロー)〉という蜥蜴人(リザードマン)の部族のザリュース・シャシャ。部族での立場は旅人だ。

 

 旅人というのは何だって?

 ふむ、つまりだな……。普通の蜥蜴人(リザードマン)は部族のもとを離れるということをしない。生まれてから死ぬまでな。

 いや、他の種族の者にはおかしいと思えるかもしれないが、俺たちの暮らしの中では決しておかしくはないんだ。蜥蜴人(リザードマン)という種族は水辺で暮らすのだが、その水辺があるところは限られているしな。

 

 ああ、いや、いいとも。謝罪されるほどではない。

 俺も湖から離れて森の人のところに行った時は、文化やそもそもの思考の違いに困惑するばかりだったからな。

 

 話を戻すが、俺は旅人。

 部族を離れて見聞を広め、そしてまた部族、〈緑爪(グリーン・クロー)〉へと戻ってきていたのだ。

 

 俺が暮らしていたのはトブの大森林の奥、アゼルリシア山脈の南端。山から流れる川が平地でたまり、大きな湖を作り上げているところだ。

 そこは上流には大きく深い湖、そして、その下流にはそれより幾分か小さい湖が出来ている。その小さいほうの湖の一角、浅瀬と湿地帯が広がっている辺りに、俺のような蜥蜴人(リザードマン)がいくつかの部族に分かれ生活しているのだ。

 

 部族をまとめるのは最も強い者で、数年に一度それを決めるための儀式が……っと、とりあえずは俺たちの暮らしぶりはどうでもいいな。

 まあ、とにかく、主にその湖で魚を獲って暮らしているわけだ。

 

 湖には俺のいる〈緑爪(グリーン・クロー)〉族の他に、4つほど蜥蜴人(リザードマン)の部族があるが、他の部族と交流することはあまりない。

 時折、部族間での戦いなどが発生した際に同盟を組むなどもするが、その程度だな。

 

 そんな感じで、基本的に外との交流などもなく、自給自足で暮らしていたのだ。

 

 

 

 だが、そんなある日、俺たちの村に奇妙な来訪者が現れた。

 現れたのは2体のゴブリンと1体のオーガだった。

 

 聞けば、湖よりはるか南――ここからだと北にあたるが――の森の中を縄張りとしているらしいナーガの使いという者が集落を訪れたのだ。

 

 なんでも、トブの大森林内で長き眠りについていた『世界を滅ぼす魔樹』とやらが目覚めた。

 その力は圧倒的で、とてもではないが個別に戦っても勝ち目はない。

 そこで、種族の垣根を超え同盟を組み、その『世界を滅ぼす魔樹』に立ち向かおうという提案だった。

 

 

 俺たち〈緑爪(グリーン・クロー)〉は会合を開いた。

 その同盟の打診を受けるかどうか話し合うためだ。

 

 だが、その場にいた戦士階級の者達、祭司達、狩猟班の者達、長老会、皆すべてが反対した。

 まだ蜥蜴人(リザードマン)同士での同盟ならいざ知らず、ゴブリンやオーガらと同盟を組むなど論外だった。

 しかも、そのナーガはこの同盟話を、あろうことか湖の北に住む忌々しいトードマン達にまで持ちかけているという話だ。

 そんな連中と肩を並べるのは御免であるというのが皆の認識だった。

 それに、その『世界を滅ぼす魔樹』というのは祭司頭でも聞いたことがないという。その同盟話自体がナーガの邪悪な計略ではないかという推測まで出た。

 

 幾人かの者達からは、まずは調査してみるべきではないか、と提案もでた。

 だが、その意見も同盟に賛成の立場からではなく、あくまでいきなり反対してナーガと敵対するのはどうか、という消極的なものに過ぎなかったため、議論を覆すまでには至らなかった。

 

 そうして、俺たちはその使者達を追い返した。

 

 誇り高き蜥蜴人(リザードマン)たるもの、いるかどうかも分からない影に怯えるなどあるまじき行為だ。仮にその『世界を滅ぼす魔樹』とやらが襲ってきても、自分たちだけで倒してみせるという自負があった。

 

 その時はな。

 

 

 そうして、しばらくしたのち、また別の来訪者を迎えることになった。

 

 今度、現れたのは同じ蜥蜴人(リザードマン)

 〈緑爪(グリーン・クロー)〉の集落より少し離れた湖岸で暮らす〈小さき牙(スモール・ファング)〉の者だった。

 総勢で10名程度。メスや子供も交じり、皆怪我をし憔悴していた。

 

 話を聞くと、〈小さき牙(スモール・ファング)〉の集落が数体の謎の怪物(モンスター)に襲われたらしい。

 その怪物(モンスター)は樹木の姿をしており、その大きさは周辺の森に生える大樹ほど。かなり長さをもつ触手は剛力を発揮し、その体の頑強さは戦士たちの攻撃をものともしなかった。

 そんな怪物(モンスター)の群れに襲われ、〈小さき牙(スモール・ファング)〉は壊滅。生き残りは今、この場にいる者達だけという有様。他の者達は死者も生者も分け隔てなく、その怪物(モンスター)(むさぼ)り食われたという。

 

 とりあえず、その者達の怪我を治療し〈緑爪(グリーン・クロー)〉に迎え入れ、その一方で数名の斥候を〈小さき牙(スモール・ファング)〉の集落へと向かわせた。

 

 斥候の話では、そこはもはや集落の跡形もなかったという。

 まさに暴風が去った後、という表現が正しいような状態で、家という家が強大な力でかたっぱしからなぎ倒され、周辺の湿地に生えている草ごと、巨大な何かに踏みつくされていた。

 ただ、蜥蜴人(リザードマン)だったものらしい肉片がそこらじゅうに飛び散り、赤い色が混じった水の中を湿地に住む生き物が蠢き、その肉をついばんでいるという有様だったそうな。

 

 

 その報告を受け、あらためて会合を開いた。

 事ここに至って、ようやく俺たちは事態の深刻さを理解した。

 

 皆の意見は、怪物(モンスター)の襲撃に備えるべきというものと、この地を捨てて逃げるべきというものに別れた。

 二つの意見は平行線をたどり、いつまでたっても結論は出なかった。

 その怪物(モンスター)が恐ろしい相手であるという事は分かったが、それが一体どれほどの強さを持つものなのか、情報が少なすぎて判断できなかった為だ。

 

 そこで、先に同盟を打診してきた、そのナーガの(もと)に使いを出し、あらためて詳しく話を聞くという案が採用された。

 そのナーガの使いはそいつの事を『世界を滅ぼす魔樹』と呼んでいた。つまりはある程度、その怪物(モンスター)の情報を掴んでいるという事だ。

 

 

 急遽(きゅうきょ)、使いとなる者が選ばれた。

 それは俺だ。

 俺は旅人として部族を離れ、各地を旅してまわった経験がある。湖周辺しか知らない普通の蜥蜴人(リザードマン)よりもふさわしいと判断された。

 実際、他の者では下生えの生い茂る森の中を歩くという行為だけでも難渋(なんじゅう)するだろうからな。

 

 そうして、俺はナーガのアジトへと向かった。

 そいつらの居場所が分かるのかって? ああ、それは最初に現れた使いのゴブリンらから、方針が変わったらそこへ来るようにと聞かされていたからな。

 

 数日、森の中を歩いた末、言われた場所へとたどり着いた。

 少し起伏が激しい山際、岩棚が(ひさし)のように張り出しているその下に、数体のゴブリンとオーガ、それにトロールがいた。

 教えられた場所というのは、あくまで連絡用の者がいる仮の前哨地で、ナーガらの本隊はまた別のところにいるらしい。

 用心深い奴だ。

 

 そこからゴブリンとオーガに連れられ、森の中をしばらく歩いた。

 そうして陸地を歩くことに足が疲れてきた辺りで、ようやくその根拠地としている洞窟へとたどり着いた。

 そこすらも仮の住居らしかったが。

 

 そこで初めてナーガというものを見たのだが……あれは恐ろしい怪物(モンスター)だったな。

 

 そいつが目の前に現れただけで、途轍もない強さを持つ存在だという事はよく分かった。

 

 そいつは自分の事を、リュラリュース・スペ……なんだったかな? まあ、いい。そのナーガは自らの事をリュラリュースと名乗ると、気が変わって同盟の締結に賛同する気になったのかと聞いて来た。

 俺は、あくまでまだ検討段階である事を話し、近隣の蜥蜴人(リザードマン)の集落が、何者かは分からないが巨大な樹木の怪物(モンスター)の群れに襲われたことを語った。そして、その魔樹とやらについて、もっと詳しく教えてほしいと。

 

 思案気な顔で俺の話を聞いていたそいつ――リュラリュースは重い雰囲気を漂わせながら、語りだした。

 

 トブの大森林の奥地。

 そこに古の竜王によって封印されたという怪物(モンスター)、『世界を滅ぼす魔樹』という存在がいる。

 そいつは封印されていながらも時折眠りから覚めては、付近の生物や植物を貪り食い、その養分を吸い取り、力を蓄えてきた。

 200年ほど前に目覚めたときには、その圧倒的な力の前に、当時、トブの大森林を支配していたダークエルフたちですら為す術がなく、その多くが森を捨て、はるか南方へ皆逃げ出したのだとか。

 

 すでに一度、リュラリュースは自分の配下の者達を引き連れ、その魔樹に挑んだのだそうな。

 その結果は見るも無残な有様。圧倒的な力の前に多大な犠牲を払い、為す術もなく敗退したのだと語った。

 どうりでここにいる連中は負傷している様子の怪物(モンスター)達が多い訳だ。

 

 正直な感想を言わせてもらうならば、そんな話自体が信じられなかったな。

 目の前にいる下半身が蛇の人間――ああ、ナーガの外見については言っていなかったか?――は俺が今まであちこち旅をして、この目で見、そして知りえた中でも別格な程の力を保有している存在であるということは一目瞭然だった。

 下手をすれば、このリュラリュース一体で、俺の部族を滅ぼしつくすことも可能かもしれない。

 それだけ桁外れな奴だった。

 そんな強大な怪物(モンスター)が配下のトロールやオーガ、ゴブリンなどの軍勢を引き連れて戦いを挑み、それでも倒せなかったという怪物(モンスター)

 それを想像しただけで、思わず足が震えそうになるほどだった。

 

 そうこうしているうちに、何か金属の物が打ち鳴らされる音が洞窟中に響いた。

 その音に皆、目の色を変え、武器を手にして洞窟の外へと飛び出ていった。

 

 そこにいたのは巨大と言っても遜色ない。蜥蜴人(リザードマン)の背にしてゆうに5人分はあるであろう体高を持つ樹木の怪物(モンスター)だった。

 

 

 まあ、そいつとの戦闘の詳細については省略しよう。

 

 そいつは長い触手を振り回し、その怪力で暴れまわった。〈小さき牙(スモール・ファング)〉の者達が、戦士の攻撃も歯が立たなかったと言っていたが、その言葉を裏付ける頑強さを持っていた。

 だが、リュラリュースの放つ魔法、俺の持つ〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉の攻撃、そしてオーガやトロールらの単純ながら防ぎようのない力づくの攻撃の前に、やがては力尽き地に伏した。

 

 終わってから聞いたが、リュラリュースによると、これは『世界を滅ぼす魔樹』が自らの手足として生み出した『落とし子』というものらしい。

 今はまだ完全に復活はしてはいないため、これらの(しもべ)を作り上げ、自らの先兵として各地に送り出し、復活の為のエネルギーを蓄えているらしい。

 

 

 戦いの後、俺はこの話は絶対にまとめなくてはならないと思った。

 

 正直、この『落とし子』を退治できたのはリュラリュースの存在が大きい。

 もし彼――彼なのか彼女なのかは分からないが――がいなければ倒すことは不可能だったろう。

 そんな存在がいたおかげで、今はようやく一体倒せたというのに、〈小さき牙(スモール・ファング)〉の集落を襲った時、『落とし子』は群れを成していたという。

 何とかしなくては湖の蜥蜴人(リザードマン)、いやトブの大森林、いやいや下手をしたら世界の危機かもしれないのだ。

 

 リュラリュースは言っていた。

 あの魔樹はまだ力を回復している段階のようだ。当初は付近の植物だけが狙われたが、動けるようになってから『落とし子』を生み出し、数日おきに活動させては生物の群れを襲い、そしてそれを貪り食う。そうして集めた栄養素を自らの(もと)へ届けさせるのだそうな。『落とし子』を操れる活動時間は、現段階ではそう長くはない。せいぜい数時間程度。そうして栄養を補給しては、その後、しばらく眠りにつくというサイクルを繰り返しているらしい。

 つまりは多少の余裕はあるかもしれないが、下手をしたらそう遠くないうちに湖の蜥蜴人(リザードマン)(ほろ)ぶ可能性もある。

 

 俺はリュラリュースに、なんとしても魔樹の危険性を部族に伝え、同盟を成立させるつもりだと言って湖へと戻った。

 リュラリュースからは一晩泊まって体を休めるよう薦められたが、俺は固辞した。

 一刻も早くこの話を村に届けたかったからだ。

 

 

 そうして、半ば強行軍で湖へ戻った俺が見たものは――すでに破壊されつくした集落だった。

 

 ああ、そうだ。

 俺の知らせは間に合わなかった。

 

 破壊後の〈小さき牙(スモール・ファング)〉の集落へ行った斥候達がどんなものを見たのか分かったよ。彼らから聞いた話と同じ、建物はすべて破壊しつくされ、周囲にはバラバラになった死体が散乱していた。動く者はだれ一人いなかった。

 

 俺は放心しながら、辺りを歩き回った。

 生存者がいないかと思ってな。

 

 足を進めるたびに、まだ腐敗もしていない蜥蜴人(リザードマン)だったものの破片が足に当たった。そして、その度に肉片に潜り込んでいたカニや魚が慌てて逃げ出していった。

 

 歩きながら、ここは〈緑爪(グリーン・クロー)〉の集落ではなく、森に入ったことで方向感覚が狂い、別の場所に出てしまったのではないかと考えもした。もしくは、集落へと帰る途中の野営中にひと眠りした際、リュラリュースから聞かされた話の為に悪い夢でも見てるんじゃないか、とな。

 そんなこと、あるはずがないというのは分かってはいたが。

 

 やがて、俺はかつて集落の外れにあった、傾きかけ(なか)ば水中に没した小屋にたどり着いた。

 それが傾いているのは元からであり、小屋が破壊されずに建っていたことで、心の中に一縷の望みが芽生えた。

 俺は思わず小屋へと走り寄った。

 

 近づいた俺の目に、その小屋の壁が大きく破れているのが見えた。

 そして、その裂け目から垂れ下がるように飛び出している物体の姿が。

 

 三角形の頭を持ち、そこから繋がる濃い茶色の鱗に包まれた筒のような体。一見、巨大な蛇の胴体にしか見えないその姿だが――それは1本だけだった。

 その先につながる四足獣の身体も、そこから繋がる他の3つの頭部も無かった。

 

 昔、親に捨てられていたところを俺が拾って育てた多頭水蛇(ヒュドラ)のロロロだった。

 巨大な体躯を持つ多頭水蛇(ヒュドラ)でさえも魔樹の力の前には、為す術もなく引き裂かれてしまっていた。

 

 俺はすべてを失ってしまっていた。

 その時の虚無感が分かるか?

 大切なもの――共に暮らしていた部族も、皆のためにと心血を注いでいた作り上げた生け簀も、血肉を分けた兄も、幼いころから面倒を見ていたロロロも、もはや何もないのだ。

 リュラリュースの(もと)を出た際には、〈緑爪(グリーン・クロー)〉の為に同盟を成立させる。そのためには、何としても長老会や祭司頭らを説得しなければと考えていた。皆の命を守るために、闘わなくてはと思っていた。

 だが、その守るべきものがすべて失われてしまっていたのだ。

 

 

 俺は呆然自失となり、自らの身体すら支えきれず、その場に崩れ落ちた。

 水音を立てて、湿地に膝をついた。

 

 その時、俺自身の鱗と、腰に下げていた〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉がぶつかり音を立てた。

 

 〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉。

 蜥蜴人(リザードマン)に伝わる四至宝の一つ。

 かつて部族間での大規模な戦いとなった時、当時の持ち主である〈鋭剣(シャープ・エッジ)〉の族長を兄とともに倒した際に手に入れた武器。

 これを手にしたことで、俺は蜥蜴人(リザードマン)の中で英雄として知られることになった。

 

 俺の腰には今もそれがある。

 その事に気がついた。

 

 そして俺は立ち上がり歩き出した。

 他の部族の(もと)へ。

 

 〈緑爪(グリーン・クロー)〉は滅んだ。

 だが、この湖に住む蜥蜴人(リザードマン)が滅んだわけではない。

 俺は蜥蜴人(リザードマン)として、〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉の所有者として、他の部族へ世界を滅ぼす魔樹の危険を知らせに、リュラリュースというナーガとの同盟の打診を伝えに行かなくてはならない。

 

 それだけが俺の生きる目的だった。

 

 

 そうして俺は湖畔を移動し、やがて〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の村へとたどり着いた。

 姿を隠していたわけではないので、俺が村へと向かっていることは既に報告が回っていたのだろう。村の入り口で俺の事を待ち構えている人物がいた。

 俺の持つ〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉と並び蜥蜴人(リザードマン)に伝わる四至宝の一つ、フロストドラゴンの骨から作られたと言われる〈白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)〉を身に纏った〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の族長。

 それと――。

 

 ――その時、俺はその目を疑った。

 

 ほのかな魔法を感じさせる鎧をまとった〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の族長と共に、そこに立っていたのは黒色の鱗に幾多の傷跡が白く残る堂々とした体躯。背中には魔法がかかった巨大な大剣。

 

 俺の兄。

 〈緑爪(グリーン・クロー)〉の族長であるシャースーリュー・シャシャだった。

 

 予想外の事に呆然とする俺に、兄は説明してくれた。

 俺がいない間に、あの魔樹の『落とし子』が現れ、〈緑爪(グリーン・クロー)〉の村を襲った。

 その際、〈小さき牙(スモール・ファング)〉の生き残りから話を聞いていたため、徹底抗戦はせず、可能な限り皆を逃がすことを優先させた。

 その為、少なくない被害は出したものの、多くの者達が〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の村まで逃げ延びることが出来たのだと。

 そして、ロロロはその時、戦士たちと並んで『落とし子』に立ち向かった。おかげで、実に半数以上の者達が命を長らえることが出来たのだと。

 

 その話を聞いた時、俺は全身の力が抜ける思いだった。

 全てを諦めていたのに。だが、まだ命をつないだものがいる。そして、ロロロはその為に、俺の部族の為に、命を捨てることになってでも立派に立ち向かってくれたのだと。

 

 思わず涙しそうになったが、そんな場合ではないと(こら)え、俺はリュラリュースから聞かされた話を語った。実際に魔樹の脅威を目にした兄は賛同に回ったし、〈白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)〉の呪いによって知性が落ちているはずの〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の族長も首を縦に振ってくれた。そして、この場にいない〈朱の瞳(レッド・アイ)〉や〈竜牙(ドラゴン・タスク)〉らの部族と同盟の締結を約束してくれた。

 だが、それでも、蜥蜴人(リザードマン)全部族とそのナーガ率いる怪物(モンスター)群だけでは、勝てないのではないかとも言われた。

 

 そして、俺はリュラリュースの許へと、とんぼ返りした。

 およそ10日弱はかかる道のりを半分の時間で踏破し、蜥蜴人(リザードマン)全部族間での同盟を了承させることを伝え、同時に勝利の概算について尋ねた。

 リュラリュースは言った。たとえ、トブの大森林にいる全種族の同盟が成ったとしても、勝利は難しいだろうと。

 

 だが、聞いた話だがと前置きしたうえで語った。

 かつて魔樹が暴れた際――どれほど昔かは聞いた者が年月を理解していないために分からなかったが、考えるに200年前の事だろう――数人の人間たち――話によると巨人や有翼種も交じっていたらしい――が目覚めた魔樹を倒し、その身を封印したらしい。

 おそらくその当人たちは、すでに寿命で死んでしまっているだろうが、人間たちならば、なんらかの攻撃手段を有しているかもしれない、と。

 だが、現在の人間たちは自分たち以外の者、亜人等の事を排除して暮らしている。比較的、人間に近いエルフやドワーフですらだ。ましてや、ゴブリンやオーガは言うに及ばず。たとえ、人間たちの街に行っても話は聞いてもらえまい。

 そう思い、人間たちには話は持ちかけていない、と語った。

 

 それを聞いて、俺はリュラリュースに提案した。

 俺が人間たちのところに行ってみると。

 

 リュラリュースは難しい表情で首を振り、「やめておけ。お主も怪物(モンスター)として退治されるだけじゃぞ」と言ったが、俺は反駁(はんぱく)した。

 俺は旅人として各地を歩いて回り、人間とも交流したことがある。もちろん、いきなり人間の街に入ることは出来ないだろうが、街から出てきた人間と接触することは可能だろう。姿を隠していけば、少なくともゴブリンたちよりは話を聞いてもらえるだろう。

 

 それを聞いて、ざんばら髪の老人の顔に深い皺をよせて考えていたが、リュラリュースはやがて首を縦に振った。

 

 そして、「この森を南に抜けた先、大きな城壁に囲まれた人間の都市がある。そこはエ・ランテルという。そこには人間の冒険者らも多くいるため、なかには話を聞いてくれるものもいるかもしれん」と語った。「だが、あくまで『かもしれん』という推測に過ぎない。お主を見た途端、退治しようと襲いかかってくるやもしれんぞ」とも続けた。

 

 だが、やらない訳にはいかなかった。

 可能性が低いからと言ってやらなければ、魔樹によってすべてが滅ぼされかねないのだ。

 リュラリュースには俺の代わりに使いの者を湖に送ってくれるよう頼み、俺はそのまま南を目指した。

 俺の姿を見ても話を聞いてくれる人間がいるかもという一縷の望みをかけて。

 

 

 そうして、幾日も森の中を歩いたところ、ついに樹木の海が途切れた。

 森の端へとたどり着いたのだ。

 

 念のため、そのまま平原にさまよい出るのではなく、森の外周に沿って移動した。

 見晴らしの利く場所に出たら、俺の姿を見かけた者にいきなり攻撃される恐れもあったからな。

 丈の長い草が風になびくさまを横目に、俺は歩いた。

 

 そうしていると、リュラリュースの語った通り、大きな城壁に囲まれた場所があった。

 門から多数の人間が出てきては黄色く輝く畑で作業をしている。

 しかも、人間だけではなく、ゴブリンやオーガ、それに見たこともない強大なアンデッドまでいる様子ではないか。

 

 そう、このカルネ村だ。

 その時はここがエ・ランテルだと思っていたがな。

 

 ようやくたどり着いた街だが、俺はひとまず様子を見ることにした。

 一見、様々な種族が共に手を取り合い暮らしているようだが、かといって蜥蜴人(リザードマン)の俺の話を聞いてくれるとは限らんし、何かより強大な存在に奴隷のように働かされているのかもしれん。

 そう思い、数日程、監視してみた。部族の事を考えると気は()くが、いきなり訪ねていって、攻撃されては元も子もない。

 そうして、しばらく探っていたが、どうやら誰かに支配され怯えているような様子はないし、皆仲良く会話しながら作業しているようだったので、思い切って声をかけてみたという訳だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 エンリは立ち止まり、考え込む。

 

「同盟って……」

 

 ザリュースの頼みの一つは、このカルネ村もその魔樹に対抗し、共に戦う同盟に加わってほしいというものだった。

 しかし……。

 

「戦うって事は、怪我をしたり、死んじゃったりするんだよね……」

「ああ、そうだろうね」

 

 ンフィーリアが答えた。

 

「私たちも戦わなくちゃいけないのかな?」

「さあ、それは分からない。さっきも言ったけど、仮にその『世界を滅ぼす魔樹』というのが本当にいたとしても、それがトブの大森林の外までやってくるかは分からない。でも、襲ってくることも考えられる」

「同盟……結んだ方が良いのかな……?」

「同盟を結んで戦いに参加し、魔樹を倒してしまえばカルネ村は安全になる。でも、その同盟に参加したせいでカルネ村が襲われる事も考えられる。そもそも、その同盟に参加しなくても、カルネ村には被害が及ばない可能性もあるね」

「う、うーん……?」

 

 エンリは首をひねった。

 

「どうすれば一番いいんだろう?」

「何とも言えないね。どれも可能性の話さ。でも……」

 

 ンフィーレアは髪の合間からエンリを見つめた。

 

「でも、どうするか、決断はしなくてはならないね。エンリはもうカルネ村の村長なんだから」

 

 その答えに、エンリはたじろいだ。

 

「そ、そうは言われても……。なったばっかりだし、なにをどう判断していいんだか……」

「もちろん、僕達もエンリの手助けはするよ。それと判断するための助言もね。でも、それはあくまで助言でしかない。決断は君がしなくちゃならない」

「……でも、私の判断によっては人が……ううん、人間だけじゃなくてゴブリンとかオーガも死ぬんだよね」

「うん。判断のいかんによっては僕も含めたカルネ村全員の命も危うくなったりはするね」

 

 その言葉にエンリは身震いした。自分の肩に乗せられたあまりにも重いものに。

 

 

 死。

 

 

 今まで自分からほど遠かったものが、最近はすぐ身近にまで迫ってきている事に、眩暈にも似た感覚を覚えた。

 

 通常、カルネ村のような開拓村は常に危険と隣り合わせであり、死とは身近なものだ。人間の住む都市から離れれば離れる程、そこかしこに怪物(モンスター)が現れ、そんなところに住む人間は格好の餌食となる。

 だが、カルネ村は怪物(モンスター)の生息地であるトブの大森林に接しながらも『森の賢王』の縄張りに近かったため、比較的、怪物(モンスター)の襲撃に怯えることは無く過ごすことが出来ていた。

 

 これまでは。

 

 だが、すでに『森の賢王』の姿はトブの大森林になく、カルネ村は自力で怪物(モンスター)から、その身を守らなくてはならない。

 

 

 それに敵は怪物(モンスター)だけではない。

 

 エンリの脳裏には、ついこの前、この村が殺戮と暴虐の波にのまれた時のことが、まざまざと思い起こされる。

 

 

 あの時。

 そこかしこから聞こえる悲鳴。転がる死体。飛び散った鮮血。自分を捕まえた男の手。下卑た笑い声。斬りつけられた背中の痛み。

 生まれたときから共に過ごしてきた人たち。親しい人も、あまり仲が良くなかった人も、優しい人も、偏屈な人も、そして――父も母も、皆あの時殺された。

 

 あの時のようなことがこの村で起こっていいのか?

 いい訳はない。

 あんなことが、またこのカルネ村で起こっていいはずがない。

 人間だろうと、怪物(モンスター)だろうと、村を危険にさらすものは倒さなくてはならない。

 そのためには、村を襲う恐れがある、その魔樹と戦わなければならない。

 だが、そうなると、戦う者を送り出さなくてはならない。

 そうなれば、当然、その者が死ぬ可能性がある。

 

 

 村の者の命を守るために、誰か村の者を命の危険にさらさなくてはならない。

 

 

 その事にエンリは苦悩する。

 歯を食いしばり、拳を握りしめ、ぎゅっと目をつむって立ち尽くす。

 

 

「まあ、落ち着いてゆっくり考えるといいよ。明日にでも、おばあちゃんや元村長さんも含めて、あらためて話を聞こう。時間をおいて皆で考えれば、また別の案も思いつくかもしれないし」

 

 悩むエンリに、ンフィーレアはそう声をかけ、今日は休むように促した。

 

 

 エンリは生返事を返し、日が暮れかけた空の下、ふらふらとネムやゴブリンたちが待つ自分の家へと歩いていった。

 

 

 その背を見届け、ンフィーレアは(きびす)を返した。

 

 その足が向かう先はカルネ村で自分達にあてがわれた家ではなく、村を取り囲む壁。

 ンフィーレアが見上げると、ザリュースがここをエ・ランテルと見間違えたのも一理あると思うような、様々な建築様式をでたらめに混ぜ合わせたかのような印象を受ける不可思議な城壁がそこにある。

 

 据え付けられていた梯子に足をかけ、(やぐら)へと昇ると、そこにお目当ての人物。偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンの使いであるシズがいた。

 ンフィーレアには気づいているのだろうが、振り返ることなくいつもの無表情のまま、相変わらず望遠鏡で村の外を監視していた。

 

 その背にンフィーレアは声をかけた。

 

「シズさん、ちょっといいですか? モモン――いえ、ゴウン様に伝えてほしいんですけど……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 翌日、朝早くから村長――いや、元村長の家には幾人かの者が集まっていた。

 元村長、エンリ、ンフィーレア、リイジー、それにジュゲムとシズ、そして事の発端であるザリュースの7名。

 

 今日は村の者達は、日が昇ると同時に畑仕事に精を出している。

 昨日まで、ザリュースが森にいたために警戒して出来なかった作業を大急ぎでやらなくてはならないためだ。

 

 

「さて、いくつか聞かせてもらっていいかい?」

 

 この場にいる皆がなんと言って話を始めていいか迷ううち、そんなことをしている場合ではないとリイジーが口火を切った。

 

「先ず聞きたいのは、その『世界を滅ぼす魔樹』の情報さ。そのナーガの情報ってのは事実なのかい?」

「疑うのは仕方がない。全て正しいか、確認することは不可能だ。だが、奴が語り、俺自身が見、そして戦った『落とし子』の姿と、生き残った蜥蜴人(リザードマン)らの語る外見は似通っている。それとリュラリュースは魔樹の活動できる時間、『落とし子』を操れる時間は今のところ数時間と語っていた。〈緑爪(グリーン・クロー)〉の集落が襲われた際、防戦しながら皆を撤退させていた所、突然『落とし子』は追撃を止め引き上げていったらしい。これらの事から、リュラリュースの語った内容はある程度、事実だと思われる」

「ふむ。推測も多く含むが、否定も出来ないね」

 

 そう言って、リイジーは思案気な顔を見せた。

 

「この話。事は大事だね。私らの内で済ます範囲を超えている。出来るならエ・ランテルに話を持っていきたいところだけど、話の情報源がトブの大森林に住むナーガだけじゃあ、都市を動かすのは難しいだろうね」

「都市の長ではなく、冒険者たちでも駄目か?」

「冒険者たちを動かすには金が要るよ。アンタ、何か持ってるかい?」

「いや、ないな。……む? しかし、リュラリュースはその魔樹の頭頂部に生える苔は万病に効く薬草であると語っていたな。価値がある物なのではないか?」

「それだと、駄目だね。あくまで最初に支払う金が要る。冒険者が苦労の結果手にした物は、冒険者の物って不文律があるからね。報酬にはならないよ。……ん? ちょっと待ちな。万病に効く苔って言ったね?」

「ああ、そうらしいが……」

 

 いったいどうしたんだろうと皆が疑問に思う中、リイジーが口を開いた。

 

「そうだね。聞いたことがあるよ。その薬草の話を」

「!? 本当なの、おばあちゃん!?」

「ああ、たしか30年位前だったかね。その頃、冒険者がトブの大森林に行って採ってきたはずだよ。たしかその時はアダマンタイト級冒険者がミスリル級を2チーム連れて行って何とかだったね」

「アダマンタイト級!?」

 

 その場にいた者達は皆、驚愕の声をあげた。アダマンタイト級が何なのか分からず、声をあげなかった者もいるが。

 

 アダマンタイト級冒険者。人類の決戦存在。

 そんな冒険者がミスリル級という現在のエ・ランテルで最高のクラスのチームを2つもサポートにつけて、それでようやく採取することに成功したという。

 しかも、あくまで薬草を採取しただけだ。

 もし、その薬草が魔樹の頭頂部に生えているものと同様のものだとすると、採るだけでもそんな桁外れの存在が必要だったのに、それを倒しきるなど、いったいどれほどの戦力が必要か……。

 

「ううむ」

 

 リイジーは唸り声をあげた後、言った。

 

「なるほどね。分かった。私がエ・ランテルに行って掛け合ってみるよ」

 

 同席した者達から、安堵の声が漏れた。

 

「私は、今は元がつくが、ちょっと前までエ・ランテルでも名士に数えられるほどだったからね。色々と顔はきくさ。都市長にはあったことは無いが、冒険者組合長のアインザックや魔術師組合長のラケシルを通せば、話を上げられそうだね」

「大丈夫なんですか?」

 

 村長の声に、リイジーは首を縦に振った。

 

「ああ、これはちょいと事が大きすぎるからね。下手をすれば都市ごと巻き込むような重大案件になりかねない。そんな大事に関する事なら、依頼の時に金が出せるかって問題じゃなくなるのさ。まあ、先の件でエ・ランテルの予算をしまってある金庫が襲われたって話だから、すぐに動けるかは不安だけどね」

「手数をかけさせ申し訳ない。感謝する」

 

 ザリュースが頭を下げた。

 

「そいつがトブの大森林を出て暴れだしたら、私たちも他人事じゃないしね。ただ、上手く話を持っていけても、すぐに討伐チームが組まれたりはしないだろうね。最初にミスリルかオリハルコンくらいの冒険者が、その話が事実か森の中に確認に行って、それからだろうね」

「いや、なんにしてもありがたい」

 

 そう言ったザリュースの顔が、蜥蜴人(リザードマン)の顔色は分かりにくいが、ほころんだのを感じた。

 話を聞いてもらえるどころか、下手をすれば即座に戦闘になるかもしれない人間との交渉が予想以上にうまく進み、ようやくその肩の荷が半分下りた気分だった。

 だが、肩の荷はもう半分残っている。

 

「それで、エンリよ。エ・ランテルには話は持って行ってもらえることになったが、カルネ村の同盟はどうする?」

 

 エンリは身を固くした。

 ついに自分が決断しなくてはならない時が来た。

 

 夕べ、ジュゲムらゴブリンたちに相談してみたが、皆、エンリの為ならば命を懸けると一分の躊躇もなく明言した。オーガらも、エンリの命令があれば戦いにおもむくだろうと太鼓判を押された。

 

 すでにリイジーがエ・ランテルに事を知らせに行くことは約束してくれた。

 だが、たとえ話がうまくいっても、解決までは相当時間がかかるだろう。

 彼女が言った通り、まずは話の真偽を確かめるために冒険者が偵察に行き、そして事実だと分かったら、戻って報告。それを基に対策が立てられ、各地に知らせが行き、派遣される軍隊なりアダマンタイト級冒険者なりの準備が整えられ、それからようやく討伐にかかるという順だろう。

 おそらくは早くてもニ月(ふたつき)くらいはかかるだろうと予想できる。

 

 その間、その魔樹がおとなしくしているだろうか?

 もし、魔樹がカルネ村を襲ったら……。

 いや、その蜥蜴人(リザードマン)の村を襲う方が先だろう。

 夕べの相談では、ゴブリンらの見解ではカルネ村が襲われるのは、仮にあったとしてもしばらくは先だろうという事だった。

 その『世界を滅ぼす魔樹』が完全に復活するには、大量の栄養、すなわち生きているものを食らわなくてはならない。そうした時、生命が豊富なトブの大森林をわざわざ出るとは考えにくい。順番的に、森の中を滅ぼしつくしてからだろう。

 そう考えると、蜥蜴人(リザードマン)の村は襲われる危険は高いが、カルネ村が襲われる可能性は低いと考えられる。

 

 だが――。

 

 ――だが本来ならば、見知らぬ村、それも亜人の村が襲われる事を気にかけたりはしない。

 けれども、こうして実際に目の前で蜥蜴人(リザードマン)と話してみて、けっして異質な存在でないことに気がついてしまった。

 

 甘いと言ってしまえばそれまでだが、カルネ村が襲われた、あの時の光景がエンリの記憶に焼きついており、それがどうしても脳裏から振り払えなかった。

 

 彼らは今、平和な生活を蹂躙する力に脅かされている。

 それは、あの時のカルネ村と一緒ではないか。

 あの時、カルネ村は自分たちの力だけではどうする事も出来ない暴力の前に為す術もなかった。

 誰かに助けを求めるしかなかった。

 そんな相手を見捨てるべきだろうか?

  

 もちろん、同盟を組んだからと言って、その魔樹に対抗できるという保証はない。だが、話によれば、魔樹が活動できるのは数時間。その数時間だけ耐えることが出来ればいい。時間を稼げればいい。わずかでも戦力が増えれば、それが可能になるかもしれない。

 

 しかし、エンリ自身は戦うことは出来ない。

 エンリがそう考えたとしても、実際剣を持ち、命を懸けるのはゴブリンやオーガらだ。

 自分の思いだけで彼らを危険にさらしていいのか?

 

 一晩中、眠ることなく考え続け、それでも答えが出なかった。

 

 

 だが、皆の目が今、自分に向けられている。

 カルネ村としてどうするか、長として決断しなくてはならない時が来た。

 

 

 喉がひりつく。

 声がかすれそうになる。

 エンリはごくりと無理矢理つばを飲み込み、その口を開いた。

 

「わ、私は……」

 

 

 その刹那――。

 

 

 

 ――バンと、扉が開いた。

 

 「話は聞いたぁっ!!」

 

 

 

 皆の目が戸口に向けられる。

 

 外からの陽光を背に、一人の人物がそこに立っていた。

 

 

 その人物は長身を金と紫で縁取られた豪奢な漆黒のローブで身を包み、泣いているようにも怒っているようにも見える奇妙なマスクをつけていた。

 

 誰もがあっけにとられる中、その人物はズンズンと室内に入ってきた。

 

「全てはこのアインズ・ウール・ゴウンに任せておくがいい!!」

 

 そう言って、びしっと親指を立てた。

 

 

 

 誰もが言葉もなかった。

 沈黙が辺りを支配していた。

 

 

 リイジーやジュゲムにしてみれば、話に聞いただけの存在であり、ザリュースにいたっては全く見たことも聞いたこともない人物である。

 元村長は以前に会った事はあるものの、目の前に現れた人物は、彼の記憶にある落ち着いた様子の魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはかけ離れたものであり、その落差に目を丸くしていた。

 エンリは自分が一世一代になるであろう決断の言葉を口にしようとした瞬間、突然現れたアインズに、ただ口をあんぐりと開けたままだった。

 そして、昨夜、シズを通じてこの件をアインズの耳に届けたンフィーレアにしても、まさかこんな行動に出るとは予想だにしていなかった。

 

 

 その時の状況を一言で表すならこうだろう。

 

 

 ――滑った――

 

 

 アインズとしては格好よく登場したつもりである。

 かつてギルメンが集まったオフ会の際に見せられたたっち・みーのコレクション、昔の特撮ヒーローものの映像にあった、皆が困った時にヒーローが颯爽と現れる際のやり方を真似たのである。

 そのやり方も、時と場合によっては悪くないだろう。

 だが、それはタイミングや演出方法を計算してやった場合であり、TPOを考えずにやって成功するものではない。

 そして、この場合、完全に失敗であった。

 

 

 沈黙の中、ぱちぱちと手を叩く音が響く。

 シズである。

 

 彼女はいつもの無表情のまま、「……おおー。なんと、アインズ様、自らがご出陣くださるとは。これで全て安心ですね」と淡々とした口調で言った。

 

 もし、ここにいたのがルプスレギナで「おおーっ! なんと、アインズ様がご助力くださるっすかーっ! いっやあ、もうこれで一安心っすねーっ!」と感情たっぷりに言ったのなら、また反応は違ったかもしれない。

 

 だが、もう一度言うが、今この場にいるのはルプスレギナではなくシズである。

 抑揚のない、言い換えれば棒読みに近いその口調は、ただでさえ冷え切った場が盛り下がることこの上なかった。

 

 

 皆、言葉もないまま、時間だけが過ぎる。

 

 相変わらず打ち続けているシズの拍手だけがむなしく響く。

 

 

 どんな意味があるのかは分からないが、親指を立てた姿勢のまま動かないアインズの身体が、緑色にチカチカと何度か光った。

 

 

 やがて、アインズはゆっくりとその手を下ろし、ウォッホンと咳払いをした。

 

「あー……とにかくそれについては私が何とかしよう」

 

 

 

 




 いきなりアインズ様、登場です。
 ザイトルクワエとどちらが勝つのか、ハラハラドキドキですね(棒)

 ザイトルクワエは、エ・ランテルが大騒ぎでモモンに薬草取りの依頼なんて出していなかった事と、ツアーが漆黒聖典やアウラ、マーレと戦った後に帰ってしまった事で、そのまま放置されたため、より力が増しています。



―捏造設定―

〈ザイトルクワエの落とし子〉

 ザイトルクワエが自分の分身として生み出した30レベル程度の植物系怪物(モンスター)。特に特殊能力はないものの、単純な怪力とリーチの長い触手攻撃、頑強な肉体を誇る。体に栄養素を貯めこむことが出来、それによってザイトルクワエ本体に栄養を運ぶ役割を持つ。

 トブの大森林を支配していたというダークエルフが逃げ出すほどという事ですので、かなり広範囲に暴れたのだろうと思ったのですが、となるとじゃあ、どうやってと疑問に思いました。
 本体のみで暴れたのか、それとも配下となるものがいたのか?
 色々考えたのですが、本体のみだと移動速度が気になってしまい、植物系モンスターなら自分の身体から増殖できてもおかしくないよなあと思い至ったので、配下設定の方を採用しました。

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