オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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捏造設定の説明やいただいた感想にありました疑問の解説などを入れていたら、とても長くなってしまったので2つに分けました

2016/5/21 「開けていることが」 → 「空けていることが」 訂正しました
2016/10/7 小書き文字が通常サイズの文字になっていたところを訂正しました
2016/11/18 「態勢」→「体勢」、「性癖」→「性的嗜好」、「介することなく」→「意に介することなく」 訂正しました


第二章 エ・ランテル編
第11話ー1 前準備ー1


「私、冒険者になって、世界を旅して回ろうと思ってるんですよ」

「何、言ってんですか、アンタ?」

 

 夫は40代にして上場企業の管理職を務め、郊外に20年ローンのマイホームを購入。子供は高校生と中学生の二人。これから高校、大学と授業料がかさむため、少しでも家計の足しになればと、パートに励む日々。そんな中、突然、夫に「お父さん、会社を辞めて田舎で農業を始めてみようと思うんだ」とか聞かされた40代主婦のような視線でベルはアインズを見た。

 

「いえね。やはり現地の情報を仕入れるには、人の多い街とかで過ごしてみるべきだと思うんですよ」

「はぁ、なるほど。……で、本音は?」

「ナザリックの最高責任者ってつらい! いつも周囲に人がいる生活に耐えられない! 俺も息抜きがしたい!」

 そう叫んで、机に突っ伏し、頭を抱えた。

 やれやれと思いつつも、アインズさんの気持ちもわかる。

 

 ベルとアインズでは立場が違う。

 

 ベルはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの娘という設定だ。ナザリックの者達には丁重な扱いを受け、かしずかれているが、あくまでNPC達に至高なる御方と呼ばれているギルメン本人という扱いではない。分からないことは聞いてもいいし、適当にぶらぶらしていてもいい。仕事もそれなりでいいし、ソファーに寝っ転がってお菓子を食べていても、特に何も言われない。あまり度が過ぎると、セバスからやんわりとした注意(長時間のお小言)を受けるが。

 

 それに対して、アインズの生活は全く違う。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、至高の41人と呼び表される者たちの頂点であるギルドマスターである。知らぬことなどあってはならないし、常に王としての威厳を保ち続けなければならない。当然、暗殺等を警戒して、常に護衛の者が複数張り付いている。唯一、護衛の目から離れ、支配者ではなく素で話が出来るのは、こうして執務室でベルと話しているときだけである。

 そのベルは、最近、カルネ村開拓でナザリックを空けていることが多い。

 つまり、息抜きできる時間が全くないという事だ。

 

「ベルさんばっかりずるいですよ! カルネ村の開拓、楽しそうじゃないですか!?」

 

 それをいわれると、ちょっと弱い。

 実際、凄い楽しかった。

 何をやれるのか手探り状態だったが、今まで見たことのない美しい自然の中で、自分の好きなようにやれるのは最高だった。それにゲームキャラの肉体を手にしたことも素晴らしい。少女の姿にこそなっているが、体力、筋力、瞬発力はリアルの普通の人間とはケタ違いだ。それにキャラクターの特殊能力によって疲労もしない。いくら走り回っても息切れもしないし、ずっと本を読み続けても目が疲れない。カルネ村の防御陣地の作成も、もともと模型製作は好きだったが1/1模型を組み立てているような感覚だった。それに本来なら石や木などの資材を持ち上げるのに、大の大人が数人がかりかもしくは重機でも必要なところを、片手で軽々と持ち上げられる。いちいち計画を立てて、他人と相談して進めなくてもよく、自分の気の向くままに作っていい。正直、この世界で生きていくためには警戒が必要と言っていたのを、ついうっかり忘れかけるくらいだった。あまりにはしゃぎ過ぎて、アインズさんにストップをかけられる程だった。

 

 そんな光景を〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉で見ているだけだったアインズさんの心境は容易に想像できる。

 自分も外で活動してみたい。気楽にあれこれやってみたい。だが、立場上、二人一緒に仲良く開拓とかはしてられない。

 

「うーん。そうですね。まあ、正直、カルネ村だけでの情報収集には限界を感じていたところですし」

 

 最初は、あの法国とかいう連中がまた何か仕掛けてくるかと思っていたのだ。

 行動には複数の目的を持たせることがある。ガゼフは自分を始末するためと言っていたが、なにかそれ以外にも、この周辺を荒らす事により達成される目的があるのかもしれない。再びこの近辺に、さすがに同様の襲撃部隊を送るとかはなくとも、何が起こったのか調べるための斥候くらいはやってくるかもしれない。

 そう考え、カルネ村周辺に警戒網をしいておいた。前回は情報をとる前にほとんど殺してしまったが、今度は捕まえて世界の情報を手に入れよう。

 

 そう思っていたのだが……。

 

 ……来ない。

 

 まったく。

 

 本当にガゼフを殺すためだけにあれだけの事をやっていたのだろうか?

 ガゼフって、そんなに重要人物だったのか? 自分では国の重鎮って言ってたけど。

 

 とにかく現在のカルネ村を中心とした警戒態勢は少し緩めていいだろう。

 もう少し、調査の手を広げてみるのもいいだろう。

 だが――

 

「――でも、そうするとやる事、山積みですね。アインズさんがいない間のナザリックの防衛。人間の街で過ごすアインズさんのバックアップ体制。常に行動を共にする者と、陰ながら支援する者に分けたほうがいいですか。ふむ、そうですね。どうせなら、もう少し世界の調査の手を広げてしまってもいいかもしれませんね。そちらで情報が手に入れば、しっかりとした情報網が築ければ、冒険者になったアインズさんにも有利に働くでしょうし……」

 ぶつぶつとつぶやいて声に出しながらベルは考えをまとめる。アインズは固唾をのんで、その様子を見つめていた。

 

 そして――ベルは手を打ち合わせて宣言した。

「うん。よし、やりましょう!」

「おお、ありがとうございます」

「まあ、これからしばらく色々と前準備が必要なので、すぐにとはいきませんが」

「ええ、構いません。よろしくお願いします」

「はい。任せてください。ところで、人間の街に行くってことですけど、アインズさん、その姿どうするつもりですか?」

 

 言うまでもないが、アインズの外見は骸骨だ。

 棺桶に入っているでもなければ目立つことこの上ない。

 

「ああ、〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉で全身鎧(フルプレート)でも作って着ようと思ってますよ。常に鎧を着ている戦士という事で」

「ああ、『ダークウォーリア』ですか」

「その名前はちょっとどうにかしようと思ってますが……」

「ははは。ではアインズさんが戦士に偽装して活動するという事で、パーティとかも考えなきゃなりませんね」

「その辺は最小限でいいですよ。あまりぞろぞろというのは……」

「ああ、そうですね。それが嫌で行くんですものね。じゃあ、だれか厳選しなきゃなりませんね。ふぅむ。誰がいいですかね? アインズさんは戦士なうえに顔を隠している。と、なると、代わりにコミュニケーションの取れる人物の方が……」

 コンコンコンコン。

「うん。まあ、いいでしょう。何とかしましょう。ママに任せなさい」

「わーい。ありがとー、ママ―」

「ははは。よーし、ママ、頑張っちゃうぞー」

 

 バサバサバサッ。

 

 書類が床に落ちる音が響いた。

 視線を巡らせてみると、手にした書類を床に落とした姿勢のまま、執務室に入ってきたアルベドが硬直していた。

 

「アインズ様! 申し訳ありません! まさかアインズ様がそのようなプレイをご希望だとは露知らず! もちろん、アインズ様が御望みとあらば、このアルベド、どのような性的嗜好でも受け入れる所存にございます! まずは哺乳瓶ですか? それともよだれかけから!」

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着くのだ、アルベド!」

 

 その後、アルベドが落ち着くまで、20分程かかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 カルネ村から、歩いて30分。

 あくまでベル基準でだ。

 直線距離ではなく、曲がりくねった山道を歩くため、通常はもっと時間がかかる。更に普通の人間なら、疲労や勾配、更にはこちらを狙う怪物(モンスター)に警戒して、数倍はゆうに時間がかかるだろう。

 とにかく、カルネ村から結構離れたトブの大森林内。そこに小さな湖があった。池というよりは大きく、かろうじて湖と言えるだけの大きさの水がたまった場所。名前すらついていないその水辺に、ベルとソリュシャンがいた。二人とも、自分の姿を隠す魔法が付与されたマントを身に着けている。

 周囲に知的生物がいないのを確かめてから、ベルは自分の特殊技術(スキル)を発動した。

 

 〈戦慄のオーラ〉

 

 アインズの保有している〈絶望のオーラ〉のように、たとえ高レベルになったとしても、致命的な効果は発しない。せいぜいが、ほんの少し恐怖を感じることでステ―タスがわずかに低下するといった程度だ。だが、効果が大してない代わりに、高レベルキャラでも抵抗(レジスト)しにくいという特徴を持っている。まあ、だからといって高レベルキャラに使用しても、元のステータスと比べれば誤差レベル程度にしか下がらないし、低レベルキャラに対しては、わざわざそんな特殊技術(スキル)を使う意味がない。実際にはたいして使い道のない雰囲気スキルだ。

 だが、ユグドラシルではそんなどうでもいい特殊技術(スキル)でも、この世界ではそれなりに使い道はある。

 うっかり全開にしないよう気を付けて弱い威力で特殊技術(スキル)を使うと、漂うわずかな恐怖の感覚を敏感に感じとり、周囲の森から生き物たちが離れていくのが気配で分かった。

 しばらく待ち、完全に動物や怪物(モンスター)がいなくなったのを確認してから、ベルは一つのアイテムを取り出した。

 

 〈VAULT XXX(ボルト・トリプルエックス) (ダンジョン-大)〉

 ユグドラシルの課金アイテムである。

 かつてユグドラシルではギルド拠点を作る際、既存の場所、施設を拠点と決め、そこを自分たち好みに改造するというやり方だった。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点であるナザリック地下大墳墓もかつては一ダンジョンでしかなく、そこを占拠後、皆で手を加え、現在のナザリックへとなったのだ。

 だが、当初はそうやって各地にある場所を早い者勝ちでとっていけばよかったのだが、そのうち問題が起きた。ユグドラシルのプレイ人数が増え過ぎ、それに伴いギルドも大量にできたため、ギルド拠点に出来るような施設が足りなくなってきたのである。

 ユグドラシルの世界は広大であったが、見栄えがする特徴的な施設、色々と利便性のいい場所、防御に適した堅牢な箇所などにはやはり人気があり限りがあった。

 そして早期にやり始めたプレイヤーたちがすでにそこを拠点としてしまい、後発組はなかなか良い拠点が得られなかったのだ。良い施設を持っているギルドを滅ぼして、自分たちがそこを奪うという事も可能であったが、各種レアアイテムをそろえ、ゲームにも習熟した先行組のギルド拠点を攻め滅ぼすというのはあまりにも難易度が高いことであった。

 そこで、運営が用意したのが施設作成アイテムである。これを使うと指定した場所に特定の施設が出来、そこをギルド拠点などに利用することが出来るというアイテムである。出来る施設は任意で選べるために、これを使ってダンジョンなり、高い塔なり、鳥の足がついた家なり、空飛ぶ円盤なりを作ってギルド拠点とすることが出来た。また、ギルド拠点とする以外にも、自分好みの空間が作れるとあって、すでにギルド拠点を持っているプレイヤーたちも購入し、ギルドと関係ない場所に別荘を作ったり、共用のイベント用施設を作ったりなどという事にも使われていた。

 

 ベルが手にしているのは、その〈VAULT XXX〉の中でも大きめのダンジョンを作る種類のものである。

 スイッチを入れ、コンソールを起動。入り口となる場所を指定。大まかな造りはあらかじめ決めていたが、現地の地形に合わせて微調整する。ダンジョンの内装はデフォルト設定で10通りから選べるが、その中から石造りの地下神殿を選ぶ。ちなみにデフォルト設定以外の内装にしたい時はさらに別の課金アイテムが必要になる。

 『決定』をクリック。

 かすかな振動が起き、無事『complete』の表示が出た。たまに、これで施設を作ろうとした場所に何か別のものがあったりすると、この場所には作れないという事で『error』が出るのだが、そんなこともなく上手くいった。

 ベルは安堵の息を吐き、初期設定を行う。

 ギルド拠点にするわけでもないから、たいして面倒な作業はない。数分で作業が終了した。

 

 山の斜面、湖の水面ギリギリに空いた洞窟。崩れかけた石造りの迷宮は、入ってすぐ斜め上方向へと向かい、家一軒分も上がったかと思うと、その後は緩やかにカーブを描きながら下方へと降りていく。一応、水辺にあるという事で水没しないように入ってすぐのところはそうしておいた。内部の広さ的にはナザリックの第一~第三階層分くらいはある。それくらい広ければ、とりあえずはいいか。

 ギルド拠点として登録すると低レベルPOPモンスターの無料湧きやNPCの作成とかもできるが、それはなし。アンデッド作成で作ったアンデッドでも中に送り込めば十分だろう。

 ちなみにギルド拠点にしなくても、POPモンスターの設定は出来る。課金が必要だが。

 NPCの作成もできる。課金が必要だが。

 

 むしろ、今でもギルド登録や課金は出来るのだろうか?

 気にはなるが、下手なことをしておかしなことになるのも嫌だったので、試しはしなかった。

 

 

 ベルが作っているのは、ナザリックのダミーだ。

 

 ナザリックがこれから活動を広げていくにあたって、いくら幻覚や偽装で誤魔化しているとはいえ、本格的に捜査されたらそのうち発見されるだろう。

 そうなればナザリックに攻め込んでくることも考えられる。

 今のところ、大して強い者には遭遇していないが、たとえ弱くとも波状攻撃を受ければ戦力は少しずつでも磨り減るし、現地の戦力の最大がどんなものなのかはまだ不明。そして、こちらはアインズ・ウール・ゴウンのフルメンバーではなく、たった二人だけだ。

 そう簡単に陥落するとは思えないが、かと言って、攻撃を受ける可能性をそのままにしておく気もない。

 そこで、ダミーを用意する。

 ナザリックがある近郊につい最近、偶然にも地上に通じたように思えるようなダンジョンを準備しておく。入り口はやや発見しづらく、かと言って全く見つからないわけでもなく、すこし注意してみれば発見できるくらいにしておくのもポイントだ。見つけにくいものを見つけた瞬間、探していた人間は自分の考えは正しかったと思い、それ以上の事は考えずに目の前のものに飛びつくものだ。

 まさか、比較的近くにそれ以外の、より隠された別のダンジョンがある事は思いも寄らないだろう。

 ダミーダンジョンへの攻撃に際し、こちらの戦力だけで迎撃できればよし。仮に抵抗できずに攻略された場合は、ナザリックとの関係を疑わせるものを廃棄して、襲撃者がいなくなるまで息をひそめていればいい。被害はダミーダンジョンだけで終わる。そして、そいつらがどんな連中なのか、どんなバックがいるのか、ゆっくり調べればいい。

 ベルは満足そうに口元を歪ませた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ギンッ!

 金属がぶつかり合う硬質な音が響く。一瞬重なり合った二つの影が即座に飛びのき、距離をとった。

 ナザリック地下大墳墓。第六階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)

 いま、その場でベルと第五階層守護者コキュートスが対峙していた。

 コキュートスが踏み込む。

 黒色のブロードソードが裂ぱくの気合と共に振り下ろされる。それをベルは手にした戦斧で受ける。

 コキュートスの攻撃はそれで終わらない。上下左右、あらゆる方向から凄まじい連撃が襲い掛かる。

 はたから見ると、2.5メートルもの巨躯を誇るコキュートスの攻撃が、1.3メートルほどしかない小柄なベルに襲い掛かる光景は、もはや戦闘ではなく、強者による弱者のリンチとしか思えない。

 だが、ベルはその攻撃を受け止める。

 重量のある斬撃を受け流すことすらせずに、すべて正面から一歩も下がることなく防ぎきる。

 

 ベルは口をゆがめた。

 間合いを詰めることが出来ない。

 コキュートスは圧倒的なリーチの差を生かし、ベルを近づけないように攻撃を続ける。

 ベルがわずかに踏み出せば、その分、コキュートスも後ろに下がる。ベルがわずかに退けば、その分前ににじり寄る。

 常にこの間合いを維持するつもりなのだ。確かにこの間合いは、コキュートスからすると振り下ろす剣に最も体重をかけやすい位置。そして、ベルからの攻撃が届かない位置だ。この距離をキープされればベルは何もできない。

 そこでベルが動いた。振り下ろされた刃に、逆に下から刃を叩きつける。驚くべきことに、その一撃でコキュートスの身体がわずかに浮き、その体勢が大きく崩れた。

 その隙を狙って距離を詰める。

 

 しかし――

 

 〈穿つ氷弾(ピアーシング・アイシクル)

 コキュートスはその身の4本の腕のうち、使用していなかった下の2本の腕を使い、瞬時に魔法を使う。ベルの身体めがけ、人間の腕程もある氷柱が何本も襲い掛かる。

 〈穿つ氷弾(ピアーシング・アイシクル)〉を防いでも避けても体勢を整える時間が稼げる。

 だが、ベルの行動は予測を超えていた。

 ベルがとった行動はその手の戦斧をコキュートスの顔面めがけて投げつけることだった。とっさの事に手にした剣で払ったが、そのせいで体勢を整えるどころではなく、さらに大きく崩れた。

 そして、襲い掛かる氷柱に対しては、さらに加速をつけて突っ込んだ。幾本かは体に当たり砕け散ったが、幾本かはその身を貫き身体に突き刺さった。しかし、ベルはそのことを一向に意に介することなく突き進む。

 

 そして、ついにコキュートスを間合いにとらえた。

 ベルの空の手に、背後からフローティングウェポンが飛んでくる。

 手にしたのは鎚鉾。

 それを力の限り振りぬいた。

 とっさに下の手で防御するコキュートス。だが、ベルの一撃はその防御ごと打ち貫き、コキュートスの巨体が空へと吹き飛ばされた。

 しかし、コキュートスは吹き飛ばされながらも、手にしたブロードソードを横なぎに払った。力を込めて振りぬいた体勢のベルには避けるすべがない。

 その身に受けて跳ね飛ばされた。

 そして、お互い地面を転がり、距離をとって再び対峙する。

 

 数秒そうした後、ベルは大きく息を吐いて、武器を下ろした。

 コキュートスは膝をつき臣下の礼をする。ベルは「ありがとう。お疲れさま」と声をかけた。

 

 ぱんぱんと服についた土ぼこりを払う。

「どう思う、コキュートス? 今の戦い方は?」

 ベルの問いに、コキュートスが言葉を返す。

「ハイ。ベル様ノオ強サ、コノコキュートス感服イタシマシタ」

「ああ、ありがとう。だけど、質問に答えていないね。ボクは戦い方をどう思うか聞いたんだよ」

 ベルの言葉にコキュートスは身じろぎする。

「モ、申シ訳アリマセン」

 そして、わずかに躊躇してから、意を決して答えを返した。

「ベル様ノ戦イ方デスガ、……差シ出ガマシイヨウデスガ、アマリベル様ニ適シテイルトハ思エマセン。オソラク、ソノ戦イ方ハ御父君ニアタルベルモット様ノ得意トサレテイタ戦法。ソノ戦イ方ハ、ベルモット様ノソノ巨体ヲ十二分ニ生カシタモノデス。恐レナガラ、未ダ小柄ナベル様ニハ、イササカ不向キカト思ワレマス」

 そう言って、コキュートスは身を固くした。

 

 コキュートスの考えは間違ってはいない。その身に適さない戦い方は、ただ自身の戦闘能力を低下させるだけだ。

 だが、至高の御方であるベルモットの得意とした戦い方。それを真似ているベルに対して、至高の御方にして自分の父君と同じ戦い方をするのは止めろと言ったのだ。事実ではあるが、父のようになりたいと願っているであろう幼いベルの気持ちを踏みにじってしまった。後悔の念がその心を責めさいなむ。

 だが、ベルは「やっぱりそうか」とだけ、淡々とした様子で答えた。

 

 そうしていると、デミウルゴスを始めとして、円形劇場(アンフィテアトルム)に守護者たちが集まってきた。

 ベルがいることに気づき、臣下の礼をとろうとした守護者たちを手を振って止める。

「ああ、これから会議だったね。じゃあ、ボクは行くよ。コキュートス付き合ってくれてありがとう」

 そう言うと、ベルは転移していった。

 

 

 


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