Fate/Aristotle   作:駄蛇

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修正のつもりがいつの間にか加筆して今回1万文字オーバーです
分けようかと思いましたがこれ以上決勝戦の話数増やすのも避けたかったのでこのままいきます

今回はエレベーターでの問答+戦闘前編です


友との決戦

 ――そして、私は観測する。

 

 用務室の前、門番のように佇む言峰と名も知らぬマスターが言い争っている。

「そんなっ!?

 あと1日猶予をください!

 お願いします!」

「モラトリアムの延長は許可できない。

 トリガーが不足している君はここで不戦敗というわけだ」

 そこに一切の容赦はない。

 事務的に処理され、彼の体はどんどんノイズに蝕まれていく。

「う、嘘だ!

 ちゃんとトリガーは二つ手に入れてるんだ。

 それが、あの変な二人組の子供に盗まれて……!」

「自分の持ち物を管理できなかったのなら君の責任だ。

 敵ではなく君の力不足を呪いたまえ」

「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 名も知らないマスターの身体がノイズに侵され、崩れていく。

「さらばだ、不確定のマスターよ。

 電子の月の中に漂うのもまた、一つの終結の形としては悪くないだろう」

 彼の隣に立っている、眼鏡をかけた大人しそうな青年が彼のサーヴァントだろうか。

 青年は申し訳なさそうに目を伏せて消滅の時を待つ。

 断末魔とともに消滅したマスターを追うようにサーヴァントも消滅し、用務室前には静寂が戻った。

「怖気付いたかね、遠坂凛?」

「バカ言わないで。

 というか、すでに私の決戦は終わってるわよ」

「これは失礼。マスターの消滅の瞬間をマジマジと見る者は初めてでね」

「消滅した方のマスター自身に興味はないわ。

 気になるのはさっきの発言よ。

 トリガーを盗む手癖の悪いマスターがいるってことなのかしら?」

「それはこちらでも調査中だ。

 トリガーは見た目は一緒だが入手した瞬間持ち主のIDが記憶され、その者が決戦場に行くための鍵にしかならないようになっている。

 現状誰かのトリガーを盗んで決戦場に行こうとするものも、トリガーを余分に所有しているものも確認できていない」

「……あっそ」

 あからさまに眉をひそめて感想を述べる遠坂。

 言峰との会話はそれ以上続くことはなく、階段を登ろうと踵を返した。

 そのとき、踊り場を逃げるように駆け上がっていく人影が見えた。

 気になって後を追うとゴスロリの服に身を包んだ双子の少女の背中が一瞬だけ見え、そして最初からいなかったかのように消えてしまった。

「……今のは、噂の双子のゴスロリ少女?」

 一瞬で消えたということは、転移魔術でも使ったのだろうが、あまりにも早すぎるうえに魔術を使ったような痕跡すらない。

「どうやら、また面倒なのがいるみたいね」

 明らかにイレギュラーな存在に頭が痛くなり、遠坂は深くため息をついて頭を押さえる。

 なぜなら、この世に絶対の勝利など存在しない。

 油断をすれば、消滅するのは自分になるのだから。

 

 

 朝、自然と目が覚める。

 ライダーもすでに武装をして準備万端だ。

「それでは参りましょう、主どの」

「ああ、そうだね」

 廊下を出ると、決戦当日ということもあってきょうはどことなく空気がピリピリしている。

「ふむ、どうやらモラトリアム中に倒れることはなかったようだな」

 背後からの声に振り返ると、言峰神父が立っていた。

「……出会って一言目がそれですか」

 皮肉を通り越してもはやだだの侮辱ではないだろうか。

 しかし彼は言うだけ言ってあとは定型文へと戻る。

「いよいよ決戦の日となった。

 今日、各マスターどちらかが退場し、命を散らす。

 その覚悟は、出来ているかね?」

 ――命を散らす。

 言峰神父は不敵な笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も告げない。

 正直、何度もシンジと戦ってきたが、『死』というものはあまりにも現実からかけ離れていて、真実の響きが感じられない。

 ……本当にそうか?

 自分の中でどこか理解している部分がある。

 この戦いに敗れた末路が、本当の『死』であるということに。

 知らないはずなのに、経験したかのような感覚は今に始まったことじゃない。

 この違和感は、一体なんなのだろう……

「全ての準備が出来たら、私の所にきたまえ。

 購買部で身支度をする程度は、まだ余裕がある」

 伝えるとこは伝えた、と言うかのように言峰神父は最初からいなかったかのようにその場から消える。

 ホログラムか何かだったのだろう。

 手持ちのアイテムに不足がないことを確認して、一階の用務室に向かう。

 その途中、踊り場で赤い服に身を包んだ少女が壁に体を預けていた。

「遠坂……

 そっちも用務室に向かうところ?」

「いえ、私はモラトリアム中に相手が仕掛けてきたのを返り討ちにしたから、もう勝ちが確定しているわ」

「そうか……」

 遠坂の言葉に、もしかしたら自分もそうなっていたかもしれないと背筋が寒くなる。

 ただ、俺たちは決戦まで生き残り、自分を磨くことができた。

 未だシンジとの力の差は埋まってないかもしれないが、ただ易々と負けるわけにはいかない。

「一応確認だけど、トリガーはちゃんと二つ持ってるかしら?」

「うん、どうにかね。

 けど、どうして遠坂がそれを聞くんだ?」

 こちらの質問に遠坂は肩をすくめる。

「……さあ、何でかしらね。

 さっきトリガー不足で決戦場にさえ行けなかったマスターがいたから、少し気になったのかも」

「心配してくれてたんだ」

「そ、そんなんじゃないわよ。

 私が手助けするって言ってあげたマスターが、決戦場にも行けずに負けたら私の目が節穴だったってことになるのが嫌なだけ。

 いい、シンジなんかに負けたら許さないんだから!」

 ……慌てる遠坂の姿は新鮮で、なんだか得した気分だ。

 そんなことを考えていることがバレればどうなるのか目に見えているから、努めて平常を装う。

「ありがとう。絶対に勝つよ」

「まだ危なっかしいけど、いい顔つきになったわね。

 戦う理由、見つかったのかしら?」

「どうだろう。正直、まだわからない。

 でも、このまま何もできずに終わるのはダメだと思うんだ。

 どんな結果が待っているのだとしても、俺は生き残りたい」

「……そう」

 短く返事をした遠坂はスカートを翻して階段を上がっていく。

「あ、そうだ天軒君」

「どうかした、遠坂?」

「……いえ、また会えたら会いましょう」

 一瞬何か言いかけたが、間を置いた後は彼女なりの激励なのか微笑むだけでそれ以上は振り返ることはなかった。

「ああ、必ず会おう」

 そう言葉を返すころには遠坂の背中は二階へと消えていった。

 その背中を見送り、こちらも踊り場から一階へ降りていく。

 用務室前には言峰神父が悠然と佇んでいた。

「ようこそ、決戦の地へ。

 身支度は整えたか?

 扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。

 覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

「トリガーはここにある」

「よろしい、ではそれを扉にインストールしたまえ」

 言峰神父に従って二つのトリガーを用務室にインストールする。

 トリガーを認証した引き戸はエレベーターの扉に形を変えるとともに開かれて中に招かれた。

 中はエレベーターらしい閉鎖的な空間になっており、半透明の壁に隔たれた向こうにはシンジとイスカンダルが佇んでいる。

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ」

「俺は、途中で投げ出すようなことはしないから」

「……ああ、そう言えば生真面目だけが取り柄だったっけ。

 でもさ、学校でも思ってたけど、空気読めないよねホント。

 悪いけど、君じゃあ僕には勝てないよ。

 どうせ負けるんだから、さっさと棄権すればよかったのに」

 ……いつもと変わらないシンジらしい言葉なのに、以前のような油断が感じられない。

 由良には負けるわけがない、ではなく、絶対に由良に勝つ。

 慢心ではなく自信に満ち溢れている。

「途中退席はないって言峰神父も言ってたし、なによりやってみないとわからないからね」

「……まあ、確かにこの前は僕たちの負けだよ。

 騙し討ちなんて、生真面目な由良には珍しい戦法だったからね」

「……………………」

 意外だ。

 あのプライドの塊のようなシンジが自分の非を認めるなんて……!

「なんだよその顔は!

 僕だって信じたくはないさ。

 けど、負けかけたのは事実だし……

 それに、一度ピンチになるのも主人公らしいだろう?」

 うん、やっぱりいつものシンジだ。

 そのことにちょっとだけ安心する。

「それに、君のサーヴァントの真名もわかったからね」

「……っ!」

 不意に出たシンジの言葉に表情が強張る。

 ほとんど情報は漏れていないはずなのに、まさかシンジはわかったというのだろうか?

「注目するべき点は三つだ。

 まず、女性の武士であること。

 これは見てわかる情報だし、ここである程度絞れてくる。

 そして、薙刀ではなく刀を使っていた点。

 薙刀は遠心力を使うことで自分の力以上の速度で切れるから、非力な人間にはもってこいだ。

 だから、女性は薙刀を持つ方が実用的なはずだ。

 まぁ、これは由良もわかるよねぇ、基本だし?

 けど、君のサーヴァントは刀を使っている。

 なら、武芸に富んだ武士だったと見るべきだ。

 そして三つ目、僕のライダーと互角に渡り合えるなら、それなりに有名な武将の可能性が高い」

 すらすらと出て行くシンジの考察。

 遠坂ほどではないが、やはりシンジも有力なマスターであるということだ。

「これらを総合して考えると、もう該当するのは一人しかいない。

 君のサーヴァント、甲斐姫だろ?」

 シンジがライダーの真名だという名をあげる。

 ――甲斐姫。

 成田氏長の長女で、忍城の城主。

 あの豊臣秀吉の側室でもある姫君。

 兵法、武芸に秀でていたとされ、東国随一の美女とも言われている。

 小田原攻めで手薄になった忍城を石田三成軍から守り抜いた逸話などが有名で、おそらく日本で最も名高い戦乙女だろう。

 確かに彼女は浪切という日本刀を振るっていたとされているし、俺のライダーと該当する部分も多い。

 ただ……

「どうだ由良、僕が本気を出せばこれぐらいお手の物なのさ!」

「俺、ライダーの真名知らないんだ」

「はぁ!?」

 シンジは素っ頓狂な声をあげる。

 いや、当然と言えば当然なのだが……

「お前、自分のサーヴァントの真名知らずに戦ってきたのか?」

「そうした方が俺から情報が漏れることもないし」

「そうだとしても、名前も知らないやつ信用できるわけないだろ、普通。

 お前頭おかしいんじゃないの?」

「信じるよ」

 それだけは即答できる。

 この言葉にはシンジはもちろん、沈黙を貫いていたサーヴァント達も驚いた様子でこちらを注目する。

 ……そこまで変なことを言っただろうか?

「ライダーの名前は知らなくても、彼女は未熟なマスターのである俺を信じて戦ってくれるんだ。

 ライダーを信じるには、それだけで十分だろ?」

「……話にならないね」

 シンジは頭を押さえて首を振る。

 世間一般ではこの信頼はおかしいかもしれない。

 ただ、天軒由良という人物がライダーを信じる理由はこれなのだ。

 他人の評価なんて必要ない。

 そして、イスカンダルが我慢の限界とばかりに豪快に笑い出した。

「面白い!

 理屈ではなく心で信じ合える仲ということか!

 これは到底できることではあるまい!!」

「なっ、お前黙ってろって言っただろう!」

「しかしなぁ、坊主。

 向こうにこれ以上揺さぶりをかけても情報は得られんと思うぞ?」

「ぐっ……わかったよ」

 シンジの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。

 どうやら、こちらに揺さぶりをかけて真名に確信を持つ予定だったらしい。

 一応ライダーの方を見てみるが彼女にも動揺は見えない。

 シンジの勘は外れたということか。

 たしかに該当する点は多いが甲斐姫にライダーとしての適性があるかどうかは微妙なところだ。

 予想が外れて表情が曇るシンジだが、その頭をイスカンダルの大きな手が覆う。

「心配するな。

 余と坊主なら必ず勝てる」

「あぁもう、頭を撫でるな!」

 ……彼らの関係はまるで親子のようだ。

 凸凹コンビではあるが、その凸凹がうまく噛み合っている。

「にしても天軒由良と言ったか。

 貴様は面白い。

 我が軍隊に引き入れたい人材だ」

「……ヘタイロイにですか?」

「ほう、そこまで調べていたか」

 イスカンダルは不敵に笑う。

 そこで、エレベーターの動きが止まった。

 決戦の地に到着したらしい。

 エレベーターの扉が開くと同時に転移魔術が起動し、強制的に決戦場に配置させられた。

 船の残骸が無残に積み上げられた海辺のような空間。

 船の墓場、という言葉を連想させるこの場所が今回の決戦場のようだ。

「主どの……」

「どうした、ライダー?」

 ライダーらしくない、弱々しい声で尋ねてくる。

「もし、この決戦で私が変わり果てたとしても、主どのは私を信じてくれますか?」

「……それは、負けるということか?」

「いえ、勝ちます、勝ってみせます。

 ただ、そのために、私は私を捨てる必要があるかもしれません。

 もしそうなったとしても、主どのは私を……」

「ライダー」

 うつむくライダーの両肩を掴み、下から覗き込む様にして彼女と視線を合わせる。

 ライダーは何かを決心しようとしている。

 なら、こちらも綺麗事ではなく、本心を告げる。

「一体ライダーが何を心配しているのかわからない。

 でも、俺はライダーを信じている。

 だから、心配しないでくれ」

「……はいっ!」

 どうやら、ライダーの中で何か決心がついたようだ。

 ライダーが俺の前に立ち、俺も立ち上がりシンジと向かい合う。

「最期の会話は済ませたかい、由良?」

「最期にはしない。

 一度目は惨敗で、二度目は勝った。この決戦も、俺たちが勝つよ」

「……確かに一度は負けた。

 けど、もうそんなことはない。

 今度はキーボードでコードキャストを実行するような油断もしないんだ。

 奇跡は二度は起こらないってことを思い知らせてやるよ、由良ぁ!!」

 自分の右手を握りしめる。

 シンジを……偽りであろうと友人を傷つけるのは怖い。

 だが、今は弱音なんて吐いてる場合ではない。

 微かに震える自分を鼓舞するように、シンジに言葉を返す。

「なら、今度は必然にするまでだよ、シンジ!」

 

 ――そして、決戦場に開幕の鐘が鳴る。

 

 

 両者のサーヴァントはまず己の獲物引き抜く。

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」

永久機関の騎馬(イモータル・アドー)!」

 雷鳴とともに現れるイスカンダルのチャリオット。

 そしてこちらのライダーも何かを呼び出した。

「これは、馬?」

「とある伝承が宝具として具現化した馬になります。

 主どの、お手をどうぞ」

 ライダーに引っ張られて彼女の馬にまたがる。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 その直後、イスカンダルの雄叫びと共にチャリオットが突進を開始する。

「なんの!」

 対してライダーも手綱を握り回避を図るが、明らかに遅い。

 走り出すまでにイスカンダルのチャリオットはもうすぐそこに来ている……!

「主どの、しっかり掴まっていてください!」

「え……――」

 どういうことかライダーに聞く前に身体がバラバラになりそうなほどの風圧によって後ろに引っ張られた。

「~~~~~~~っ!?」

 言葉にならない悲鳴をあげながらも、振り落とされないようにライダーにしがみついていると、その後方をイスカンダルのチャリオットが突っ切っていく。

 ……どういうことだ?

「もしかして、あの一瞬でここまで来たのか?」

「はい、これが今の私が持つ宝具の一つ『永久機関の騎馬(イモータル・アドー)』です。

 由来についての説明は省きますが、この馬は例え止まった状態からでも、常に最大速度で走ることが可能なのです」

 確か、馬の最高速後は瞬間的には時速70キロは出るはずだ。

 それを常に維持できる。

 ライダーのいうことが正しければ、時速0キロの状態からでもタイムロスなしに時速70キロ前後で走り始められるということになる。

 現実的にそれを可能とするには、後ろから時速70キロ以上の物体に衝突してもらうしかない。

「直線では追いつかれるでしょうが、方向転換時にも減速しないこの馬なら、蛇行すれば避けるのも容易いかと思います」

「いや、ちょっと待ってくれ、それって慣性の法則で俺の身体がすごいことにぃぃぃっ!?」

 言ってるそばからライダーがUターンしてイスカンダルの方に疾走する。

 まるでバットで打ち返されたボールのような、進行方向が一瞬にして真逆に変わることによる慣性によって、しがみついている腕が再び悲鳴をあげる。

 手を離さなかったのは奇跡に近い。

「ら、ライダー!

 この慣性どうにかならないのか!?」

「あ、も、申し訳ありません!

 今魔力で簡易結界を施します!」

 自分のマスターが決戦とは別のところで命の危険を感じていることに気が付いたライダーは、この宝具に備わっていたらしい能力を使い、風圧と慣性を弱めてくれる。

 おかげで、急旋回をしてもそこまで振り回されることはなくなった。

 ようやく戦況を確認する余裕が生まれる。

「さっきの突進を避けるか。

 それは貴殿の宝具の能力か?」

「だとしたらなんです?」

「面白い!

 是非とも余の傘下に加えたい!」

「私が仕えるのは、我が兄上と主どの以外に存在しない!!」

 両者現実離れしたスピードで接近し、すれ違いざまにお互い得物を振るう。

 高速で鉄同士がぶつかり合うことで火花が散り、一度距離が開く。

 そしてライダーは間髪入れずにUターンしてイスカンダルを追撃する。

 イスカンダルも急旋回してそれに対応するが、二度、三度と繰り返す間にイスカンダルの背後を襲う構図になっていく。

「ほう、どうやら向こうはかなり小回りが効くようだ。

 さすがにあと二度打ち合えば対応が難しいかもしれん」

「だったら一旦離れろっての!

 僕が牽制するからさっさと走れ!」

「おお、これは助かる!」

 シンジの放つ弾丸にライダーが手間取っていると、その隙をついたイスカンダルがライダーに背を向ける形で疾走する。

 こちらも追いかけるが、一向にイスカンダルのチャリオットには追いつけない。

 その様子を見たイスカンダルはニヤリと笑った。

「なるほど、わかったぞライダー!

 この馬は一定のスピードでは走れるが、それ以上のスピードになることはないのであろう?

 なら余の神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)には追いつけまい!」

「ええ、確かにそうでしょう。

 ですが、この追われている状況を変えることも難しいはずです」

 ライダーの言う通り、イスカンダルが再びライダーと打ち合うには振り向く必要があるが、それには一度減速する必要がある。

 それだけの時間があればライダーが懐に潜り込むには十分すぎる。

「なら、地上以外を使って旋回するまでよ!」

 チャリオットの放電が増し、宙を走り出す。

 そのままライダーの跳躍でも届かない高さまで上昇すると、旋回してこちらと向き合う。

「先の戦いでは不発に終わったが、今度こそ神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の力を見せてやろう!」

 チャリオットに魔力が集まっていく。

 ……まずい、あれは先日と同じ何かを仕掛けてくる!

「させるか!

 コードキャスト実行……」

「――shock(64);」

 前回同様守り刀のコードキャストを使おうとすると、守り刀を持つ手をシンジに狙い撃ちされた。

「そう何度も邪魔できると思うなよ、由良!」

「あの距離で当てるのか……

 いや、今はそれどころじゃない!」

 イスカンダルのチャリオットに流れる魔力が膨れ上がる。

遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)!!」

 辺りに雷を落としながら、先ほどとは比べ物にならない速度で突進してくる。

 これは、避けられない……っ!

 そう確信したとき、ライダーが俺を抱えて後方に跳ぶ。

 ライダーが飛び退いた後の宝具は一瞬だけイスカンダルの突進に耐えるが、その後は跡形もなく消し飛んだ。

「がぁぁっ!」

 爆風に吹き飛ばされた身体は地面を転がり、数メートル先でようやく止まった。

「あははははっ!!

 すごいよライダー、相手の宝具を潰したよ!」

「油断はいかんぞ、坊主。

 余とて宝具は一つではない。

 なら、向こうもまだ隠し持ってるやもしれん」

 シンジの油断をイスカンダルが制する。

 そのせいで、こちらの付け入る隙がどんどんなくなっていく。

「……ライダー、大丈夫か?」

「はい、主どのもご無事でなりよりです」

 お互い軽い打撲や擦り傷は数え切れないが、それ以外の目立った外傷はない。

 ひとまず今出来る限りコードキャストで治療を試みる。

「ありがとうございます、主どの。

 おかげで、まだ私は戦えます」

 こちらに気をかけながらライダーは立ち上がるが、宝具は破壊された。

 戦えないことはないだろうが、この広大なフィールドで機動力が劣っているというのは不利だ。

 ただ、それでもライダーが戦うのなら俺も倒れたままでいるわけにはいけない……!

「宝具を一つ破壊されてもまだ立つか。

 その意気込みは賞賛に値する。

 ならこちらも、全力を持ってとどめを刺そう」

「何を言っているんですか?」

 ライダーは不敵に笑う。

 それはハッタリを言っている様子ではない。

「私はまだ終わってなどいませんよ。

 確かに、宝具は一度破壊されれば再生は難しい。

 ですが、それにも例外はある!

 再び我が元に現れよ、永久機関の騎馬(イモータル・アドー)!!」

 ライダーの声に応えて再び彼女の馬が姿を現した。

「なんと!」

「この宝具は、主に三つの効果の集合体です。

 一つ目が、さきほどまでお見せしていた常に最高速度で走り続ける能力。

 二つ目は、このように破壊されても瞬時に再生する能力です」

 そして、とライダーが自身の馬に跨り、自分もそれに倣う。

 ……変化にはすぐに気が付いた。

 先ほどライダーを治癒するときに魔力を大量に消費したはずなのに、その疲労が少しだけ軽くなった気が……

「主どのも気付いたかと思いますが、これが三つ目の効果。この馬に跨っている者の魔力は回復速度が上がります。

 主どのの魔力も、戦闘しながらであっても数分で完治するかと」

「なっ、なんだよそのチート!

 由良のサーヴァントのくせに!」

 なんとも高性能な宝具にシンジは地団駄を踏んでいる。

「やれライダー、もう一度破壊してやれ!」

「おうとも!」

 イスカンダルが突進を繰り出し、ライダーがその突進を避けながら刀を振るう。

 対するイスカンダルはその一撃を躱し、急旋回して追撃を行う。

 お互い一歩も引かない攻防は数分間続いた。

 膠着状態の中、先に動いたのはシンジの方だ。

「ちっ、さっさと終わらせろライダー!」

 コードキャストにより足元に弾丸が放たれ、こちらのバランスが一瞬崩れる。

「よくやった坊主!」

 それを好機と一気にイスカンダルは迫る。

「急いで避けないと……」

「主どの、魔力の方は十分回復されましたか?」

 不意にライダーはそんなことを聞いてくる。

 もしかして、ライダーは俺の魔力回復を待っていた?

「その様子ですと大丈夫のようですね」

 ニッコリと、戦場には似つかわしくない少女の笑みを浮かべたライダーは、あろうことか迫るライダーに正面から挑む。

「ほう、一騎打ちということか、よかろう!

 遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)!」

 チャリオットの雷撃が激しさを増す。

 いくら破壊されても再生するからといって、これは自爆特攻だ……!

「主どの、今から私の合図で馬から飛び降ります」

「飛び降りる!?」

「申し訳ありませんが説明している時間はありません。

 いきますよ、3、2、1……!」

「っ!」

 いきなり始まったカウントダウンに後押しされ、ライダーとともに馬から飛び降りる。

 騎手のいなくなった馬はそのままチャリオットと激突し……

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

「ぬう!?」

 ライダーの合図とともに、彼女の宝具である馬はとてつもない爆発となりイスカンダルたちを襲った。

 踏ん張っていなければ飛ばされそうになるほどの爆風から、その威力を想像するのは難しくない。

 それだけに終わらず、煙が晴れる前にライダーは刀を抜いて追い打ちをかけるようにイスカンダルの元へ跳躍する。

「その命、貰い受けます!」

 奇襲に奇襲を重ねて確実に相手を仕留めに行く。

 ライダーは煙の中にいるイスカンダルにその刀を一閃し……

「甘いわ!」

 直後響いたのは鉄同士のぶつかり合う音。

 まさか、あの状態から防いだというのか!?

 これにはライダーも驚いた様子でこちらまで後退した。

 しばらくして煙が晴れる。

 中から現れたイスカンダルは所々に火傷を負っているが致命傷ではなく、シンジも彼に守られていたらしく無傷だ。

「宝具を魔力の爆弾として本来の威力以上の攻撃にする。

 知識にはあったがまさか本当にする輩がいるとは思わんかったわ。

 それも、決して失わない宝具故か」

「これで決めるつもりでしたが、どうやらそちらの牛車には簡易的な防壁が施されているようですね」

「それに気付いて煙が立ち込める中に突っ込んでくるお前さんにも驚いたがな」

 お互いを称賛し合うライダーとイスカンダル。

 その二人の表情を見ると、ライダーの方が微かに笑っていた。

 目の前で、イスカンダルの乗るチャリオットが崩壊し始める。

「やはり、先に牛車を狙ったのは正解でした」

「なんの躊躇もなく足となるチャリオットを狙ってくるとは……

 小娘、さては随分とやんちゃしておったな?」

「さぁ、何のことでしょう?」

「ふん、奇襲には十分注意していたつもりなんだが、よもやこれ程とは」

 チャリオットを引いていた二頭の牛が断末魔と共に崩れ落ちる。

 なるほど、ライダーはイスカンダルに攻撃を仕掛ける前に、先にイスカンダルの宝具の方にトドメを刺したのか。

「これであなたの足は潰せました。

 おそらくですが、二度の膨大な魔力消費でそちらのマスターは魔力の残量が厳しいでしょう。

 対して私の永久機関の騎馬(イモータル・アドー)は健在ですし、主どのの魔力も十分に回復することができました。

 遠からず私たちの勝利ですよ、征服王殿」

「確かに、チャリオットを失ったのは痛いのう……」

「お、おい待てライダー!

 まさか、本当に諦めるつもりじゃないだろうな!?」

 肩をすくめるイスカンダルにシンジは食ってかかる。

 そんなシンジにイスカンダルはニカッと笑った。

「無論、このまま引き下がるわけにはいかん。

 一回戦から使うことは無いと思っていたが、これほどの相手なら余も喜んで使おう!」

「なっ、お前一回戦から()()を使うつもりか!?」

「おうとも! これほど滾る戦は久々だ!

 ならば余の征服王たる姿を見せつけ倒すのが礼儀と見た!」

 イスカンダルの放つプレッシャーが増す。

 そしてその隣で舌打ちをしながら右手をかざすシンジ。

「令呪をもって命ずる。宝具で敵サーヴァントをぶっ潰せ!」

 ――令呪の行使。

 その手に刻まれた三画の刻印が輝きを強め、その一画を消費することで膨大な魔力がイスカンダルへと流れ込む。

 それと同時に周囲の魔力がみるみるうちに集まっていき、それは遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)の比でないほどに膨れ上がった。

 本能が告げる。

 あれを、イスカンダルの宝具を発動させてはいけない……!

 即座に判断して守り刀を出現させる。

 あとは魔力を流して振るうだけで彼の宝具は阻止できる。

「コードキャストhack(16);実行」

「遅い!」

 守り刀を振るいコードキャストを実行する。

 しかし、斬撃がイスカンダルに届く前に、彼を中心に津波のように押し寄せる魔力の塊に視界が真っ白に埋め尽くされた。




甲斐姫の下りと騎馬戦描写加筆してたらこうなりました、反省はしてるが後悔はしてない

次回はいろいろと壮大なことになります

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