無事PCも届いて再開できました
生まれた時から常に身体を蝕んでいた感覚。
内側から炙られるような絶え間ない痛み。
気が狂いそうなほどの激痛が、今では感じない。
痛みは体質ゆえに治るはずがない。
であれば、死が近づいているのだろう。
もう意識をつなぎとめる事すら難しい。
このまま目を閉じれば、おそらくもう二度と目を覚まさない。
しかし不思議と恐怖はない。むしろ清々しいほどだ。
やれることはやった。あとは未来へ進む者へ託すのみ。
その姿を目にすることができないのは心残りだが、過去に縛られた怨念はここで果てるのが道理であろう。
静かに目を閉じる。
意識が電子の海へと沈んで末端からなくなっていく感覚を抵抗せず受け入れる。
――悪魔というのは、主人の望みを歪めて叶えるのが本質なんですよねぇ。
「――ん」
ぼんやりとした意識が次第にはっきりと輪郭を帯びていく。
目を開けると見慣れた天井と、見慣れた少女の顔に似ている少し大人びた女性の顔が視界に移る。
「おはようございます、主どの」
「うん、おはようライダー」
左目のデバイスの電源を入れながらゆっくりと上体を起こす。
目覚める直前、誰かの夢を見ていたような気がする。
今までに見た夢と違ってぼんやりと映像を眺めているような感覚だったが、それでも誰のものであるかは不思議と確信が持てた。
「たぶん、サラの記憶……」
なぜそんなものが見えたのかはよくわからない。
以前魔術回路をつないだ影響なのだろうか?
「主どの?」
少しぼーっとしすぎたのかもしれない。
心配そうに顔を覗き込むライダーにハッと我に返った。
「いや、ちょっと考え事をね。心配するようなことじゃないよ」
なにより今日は五回戦の7日目。
泣いても笑ってもユリウスとの決着の日だ。
サラが死んでしまった事実は心に重くのしかかってくるが、今はそのことで足踏みをしている場合ではない。
昨日の謎の襲撃者のことも今は考えるべきではないだろう。
一応あのあと購買に顔を出すと、まるで何もなかったかのように舞に出迎えられた。
本当に何も知らない様子であったため、おそらく以前保健室で出会った舞が昨日の自動玄関で出会った『ソレ』の正体で、舞の皮を被った誰かだったのだろう。
今必要ではないことは頭の奥にいったん押しやり、立ち上がろうと両足に力を入れる。
『対アサシン用のコードキャスト。端末とアイテムストレージを確認』
「っ!?」
立ち上がる途中、突然視界に広がったテキスト文に驚いて思わず尻もちをついてしまった。
見覚えのあるチャット画面。左目の視界に固定されたかのような表示の仕方。
これは以前、サラが暇つぶしで作成したチャットツールだ。
いきなり俺が尻もちをついたものだからライダーが慌てて駆け寄るが、片手間でなだめつつ言われた通り端末を確認してみる。
起動して最初に開く画面であからさまに点滅するアイコンを開くと、左目にインストールしたコードキャストの詳細やアサシンの宝具の情報、そしてアイテムストレージには俺が五回戦が始まる前にさらに渡していた礼装が入っていた。
同封されていたテキストによればこの礼装……『スカラベの首飾り』には左目にインストールしたコードキャストとは別に、セトの雷で封じきれなかったアサシンの宝具に対処できるコードキャストを内包しているらしい。
ネックレス状の礼装ではあるが、起動する際には他の礼装と同様に左手で持って魔力を流す必要があるようだ。
常に握っておくわけにもいかないため、瞬時に取り出せるようにアイテムストレージの一番上にソートだけはしておく。
またペンダントトップには、球体とそれを掴むスカラベの装飾があしらわれている。
たしかラニの出身であるアトラス院があるエジプトでは、スカラベはフンを転がす習性を太陽を運ぶ太陽神と重ねられたことで、再生や復活の象徴として崇拝されていると聞く。
地獄を管理する天使の名を宿したアサシンの宝具に対抗する礼装としてはおあつらえ向きだと言えよう。
ただ気になることが一つ。
もうこの世にサラはいない。
だが、送られてきたテキスト文が本物であるのも事実。
礼装はあらかじめストレージに入れていたとしても、このタイミングでテキストが送られてくるとは考にくい。
理由を考えるとすれば……
たしかサラは、消滅する直前に俺の左目のデバイスに謎のデータをインストールしようとしていた。
あの時の謎のデータの正体はこのためのコードキャストだったのだろう。
そしてチャットに関しては推測になるが、コードキャストのインストールから消滅までの間のどこかで送信していたのだろう。
しかし、左目のデバイスにコードキャストをインストールする処理に時間がかかった結果、こうしてタイムラグが発生した。
かなり雑な推測になるが、つじつまを合わせるならこれ以外に考えられない。
「まあ、原因はあとで探ればいいか……」
今は決戦に集中しなければ。推測は生きていればいくらでもできるのだから。
意識を切り替え、アイテムストレージに入れられていた礼装をサラの依り代となっていた守り刀に装備させる。
彼女が死に際に言及していなかったからおそらくはと思っていたが、サラが消滅してもこちらの礼装としての力は残っているらしい。
サラのサポートはないが、これなら戦術だけならこれまでと同じように戦える。
遺された……いや、託された情報に目を通し、即席だがライダーと対策を練っていると、気付けば一時間は過ぎようとしていた。
集中していて気付かなかったが、いつの間にか端末に一通の連絡がきていた。
『決戦の日は来た。
準備が整い次第、一階に来たまえ。
とはいえ、あまり相手を待たないようにな』
……もしかしてずっと教室前で待機していたのだろうか?
若干私情が混ざってそうな定型文から目をそらし、ライダーと向かい合う。
ギリギリにはなったが、さまざまな人の手を借りてようやく勝ち筋が見えそうなところまできた。
あとは俺とライダーの力量次第だ。
「じゃあ、行こうか」
「はい、主どの」
覚悟を決めて立ち上がり、戸をくぐって校舎へと移動する。
そのまま一階へと降りると、いつものように用務室前に言峰神父が佇んでいた。
「ようこそ、決戦の地へ。身支度はすべて整えたか?
扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、
……君相手にこの文言を言ったのは久方ぶりだな」
たしかに、三回戦は決戦場には行かなかったし、四回戦はこんな文言を言っている余裕はなかった。
とはいえ何か感慨深いものを感じるわけでもない。
それを言峰神父もわかっているため、それ以上は無駄話はなかった。
トリガーを用務室の戸へとかざすと、ゆっくりとその戸が開かれる。
「いいだろう、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。
ささやかながら、幸運を祈ろう。再び――この校舎に戻れることを」
戸をくぐればそこは空間を二分するように透明な壁で隔たれた個室となっている。
そして、壁の向こうには決戦の地で戦う相手が佇んでいる。
黒い装束に身を包んだ、死人のような無表情の男。彼はこちらに気づくと存在そのものを嫌悪するように眉をひそめた。
「ずいぶんと準備に時間がかかっていたようだな。最後のあがきのつもりか?」
「死に物狂いであがくのは俺の得意分野だからね。そっちこそ、昨日はサラに結構痛めつけられたんだと思ったけど、案外ピンピンしてるんだね」
お互いピリピリとした空気で挑発の言葉を投げ合う。
我ながららしくないと思っていたが、こうして改めて対面するとその理由がようやくわかった。
こめかみあたりで何かが蠢いているような感覚と共に、左手の令呪がちりちりと痛む。
四回戦で言峰神父に激励された際にも感じたこれは、どういうわけか『懐かしさ』を感じているようだ。
しかもこれは怒りではなく悲しみ。
自分でも信じられないが、憎悪の対象であるはずのユリウスに対して心のどこかで同情しているのだ。
それが俺とは違う『誰か』の感情なのだとしても、意識していないと自分の感情と錯覚してしまう。おそらくその感情の齟齬がイライラの原因なのだろう。
「サーヴァントの姿が変わっているな。違法改造でもしたのか」
「……まあね」
そういえば、ライダーがこの姿になってからユリウスとは初めて会うんだったか。
ならあまりこの話題には触れないほうがいいか。自分から情報を開示しても何もいいことはない。
「違法改造はユリウスの方じゃないかな?
「…………」
恨めしそうに隣のサーヴァントを見るユリウス。
自分の失態に今気づいたのか、ローブで顔を隠しているアサシンは肩をすくめつつ顔を背けた。
「まあいい。それに気づいたところでお前に対策する手段はない」
「それもそうだね。
けど、そこまでする理由については気になるかな。
サラから聞いた話なんだけど、地上にあるユリウスの肉体ってかなり危険な状態なんだよね? そこまでしてユリウスは何がしたいの?」
「――何のため?」
俺の問いに、ユリウスの動きが止まった。
「……レオを聖杯の元まで無事に送り届ける事。それが俺の目的だ」
――――それは嘘だ。
不意にそんな言葉が脳裏をよぎった。
だが、俺にはサラのように相手の心の内を探るスキルはない。
なぜ確信にも近い言葉が出てきたのかわからないが、たしかに彼の言い分にはどこか違和感がある。
「まあ、ユリウスがそう言うならそうなんだろうけど。
レオの方はユリウスがどうなろうと気にしてない様子だったけど、それでもユリウスはレオのために頑張るの?」
「当たり前だ。レオは生まれた瞬間からハーウェイの次期当主と定められている。
ハーウェイの者として、レオに仕えるのは当然のことだ。
オレはハーウェイに生きる者としての務めを果たしているに過ぎん」
「……ご立派なことで」
……なるほど、違和感の正体がわかった。彼の言葉には『熱』が感じないのだ。
どこか薄っぺらくハリボテの言葉。
ユリウスのアサシンには、それが周囲に理解されるかどうかは別として『己はその意思を貫く』という確固たる信念を感じた。
そして、俺の隣に立つライダーにも。
とはいえ、それをわざわざユリウスに指摘するつもりはない。
彼にはそのハリボテの意志しかないのか、それとも隠している信念があるのかは別として、この聖杯戦争で最も危険なマスターであることには変わりないのだ。
そして、低い唸りをあげてエレベーターが動きを止めた。
「……無駄口をたたくのはここまでだ。
行くぞ、アサシン」
「承知した。未だお前の真意は掴めずにいるが、目の前の敵を倒すという一点では共通している。
私は私で戦いに臨むとしよう」
「――――」
不意に、黒服の男がこちらを振り返った。
暗い淵のような、寒気のする視線。
それはまるで機械のように熱のない、ただ標的を確認するだけの動作。
……と思っていたのに、今回は少し違った。
ほんの少しだけ、私怨が混じっているような……
いや、考えるのはよそう。彼は倒すべき障害。これ以上の理解は不要だ。
未だこめかみの疼きは治らないが、息を整え、そして覚悟を決め、ユリウスの視線を跳ねのけるようにライダーと共に決戦の地へと踏み込んだ。
目の前に広がった風景は今までと違い緑が多かった。
芝生と見間違えるほど背が高めの苔が岩肌を覆っており、それとは別にヤシの木のような樹木も生い茂っている。
ここが今回の決戦の地か。
鐘が鳴る直前、アサシンが羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。
「我が同胞になり得たかもしれない魔術師よ。以前宣言したように此度は手加減をするつもりはない」
「図書室ではことを荒げるべきではないと判断して踏みとどまったが、主どのを貴様等暗殺者と同じと語るのはやはり聞き捨てならないな。
そのような世迷言を発する口はこの私が直々にそぎ落としてくれよう」
「できるものならやってみろ、東洋の武人。
小細工で我らの翁の御業を封じようと、お前に勝ち目はないことを知れ」
すでに一触即発の空気が空間を支配する。
そして一瞬だけ流れる、耳が痛くなるほどの静寂。
程なくして、開幕の鐘が鳴った。
「――――」
「――――」
お互い高ランクの俊敏値を誇るサーヴァントは鐘の音が鳴りやむ前にすでにつばぜり合いを始めていた。
ただしライダーが持つのが日本刀なのに対し、アサシンが持つのは投擲剣。
打ち合うことを前提としていないアサシンの得物は数度打ち合うだけですでに摩耗している。
「夜影を巡れ――」
しかしアサシンにとってそれはただの時間稼ぎにすぎない。
「
曰く、己の髪を刃の如く硬化させ自在に操る業。
投擲剣だけでは対処しきれないライダーの猛攻を、束ねればライダーの一振りでも防ぎきる黒い刃が跳ねのける。
それだけに終わらず、漆黒の刃は波のように蠢きライダーへと迫った。
普段なら密度の薄いところを斬ることで囲まれるのを防いでいたが、つばぜり合いをするほど接近してる今は安全圏まで後退する余裕がない。
「っ、ライダー!」
「ご心配なく」
とっさに筋力上昇のコードキャストを起動しようとするが、ライダーの冷静な声がそれを制止させる。
ほどなくして黒い波にライダーは飲み込まれ――
「あらよっと」
まるで舞でも踊るように身体を回転させ、迫りくる波を断ち切った。
今まででは避けていたほど太く束ねられた髪を、軽い調子で。
まぐれではない。その証拠に絶え間なく攻撃を続けるアサシンの猛攻を適度に距離をとりつつすべて断ち切っている。
世界トップクラスの切れ味とうたわれる日本刀だが、その切れ味を実現するには対象に正確な角度で斬りこむ『刃筋』と的確に力を加える『手の内』が必要だと聞く。
……ライダーから指導を受けているときにそのような話は一度として聞かなかったが、彼女のことだから最初からできていたために考える機会すらなかったのだろう。
だからといってライダーの剣筋が幼少期からすでに出来上がっていたとは、彼女には悪いがさすがにそれはないと思う。
理解していたかどうかは別として、牛若丸から義経に変わりそして幾たびの戦場を経た結果、牛若丸のときにはたどり着かなかった領域に足を踏み入れたと考えるのが妥当だ。
それがサーヴァントとしての牛若丸と源義経の差、『刀を振るうのに適した肉体となった』と己を評価した所以ではないだろうか。
そしてその差が、刃にも匹敵するアサシンの髪を断ち切るに至ったのだ。
その動きには一切の無駄がない。
足を引けばそれに伴う体重移動を利用して身体をひねり、その勢いを刀を振るう力に上乗せして鋼鉄の髪を断ち切る。
また闇雲に距離を取るのではなく、あえて前に踏み込み攻撃するそぶりを見せることでアサシンに防御姿勢をとらせる。その結果、アサシンは攻撃に割り振っていた髪の一部を防御に割くことになり、必然的に攻撃を行うために操る髪の量が減っていく。
そして髪の密度が減ればライダーの力だけで髪を断つことができる。まさに好循環だ。
こうなれば均衡は崩れるのが道理。
アサシンも無理に張り合わず髪で防壁を作りながら距離を取り始める。
「逃がすか!」
そんなアサシンに対してライダーは展開される防壁を難なく両断しつつ、壁の向こうにいるはずのアサシンへと迫る。
が、そこにいるはずのアサシンの姿はどこにもなかった。
「いや、影はある。ならば上か!」
瞬時に状況を把握し見上げるライダー。しかしそこにもアサシンはいない。
「っ、影だ!」
心臓を掴まれたような気持ちの悪い感覚に反射的にライダーに向かって叫ぶ。
サラの遺した情報に、アサシンは宝具の同時展開が可能だと記してあった。
現在アサシンが使用できる宝具は全部で7つ。
うち正体がわかっているのは5つ。
鋼鉄と化した髪を自在に操る狂想閃影。
音を媒体として相手にダメージを与える夢想髄液。
自ら帯電する事で幅広い用途に用いることができる妄想感電。
己の姿を認識できなくする夢想朧影。
そして、影に干渉することで防御不可の一撃を与える観想影像。
影があるのにアサシンの姿がないというのであれば、おそらくライダーの足元にある影はアサシンがすでに宝具を使用して影の中に潜んでいる状況だということ。
宝具は切り札なのだから目くらましに使うことはない、と考えが固まっていた自分の未熟さを悔いている暇はない。
退避するライダーとそれを追いかけるアサシンの影。
ライダーの俊敏値はかなりのものだが、影の中に潜むアサシンの速さはそれを超えるらしく、じりじりとその距離を詰めてくる。
影の中にいる相手を攻撃する手段はこちらは持ち合わせていない。だが、対抗策はサラ
「主どの、どうぞ!」
「――
ライダーの言葉を確認し、ストレージから取り出した礼装を掲げて一小節を唱える。
直後、この世界から影が消失した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
白に塗りつぶされた世界で少女の絶叫がこだまする。
たとえ反射的に目をつぶったとしても、薄い瞼程度であればこの光は容赦なく貫通してくる。
そしてスタングレネードなどに代表される強烈な音や光は人が本能的に恐れるものであり、どんなに屈強な人間であっても抗えるものではない。これはサーヴァントであっても例外ではない……はず。
ただし、このコードキャストが組み込まれている本当の理由は、相手を怯ませるためのものではない。
影に潜ることができる観想影像は一見無敵に見えるが、それは『影がある』という前提の場合だ。
強烈な光で影ができない状況を作り出せさえすれば、無敵の宝具を崩すことができるかもしれない。
そんな考えのもと、ラニから託されたこの礼装にサラが組み込んだのだ。
その効果は光の増強。
礼装の内部に取り込んだ光を、同じく内部に万華鏡のごとく展開してある鏡で無限にも等しい回数増幅させてから放出する。
音はなく閃光のみで、発光時間もほんのまばたき程度だが、一瞬でも周囲から影を消し去れればそれで充分。
その証拠に、宝具が解除されたアサシンが影から飛び出してくるのが
……無論、影を消し去るほどの閃光下で目を開けていれば失明は免れないし、瞼を貫いてくるほどの閃光を受ければ光が収まっても視界がすぐに回復するとこはない。
俺の右目も瞼を閉じてたうえに手で覆っていたにも関わらずさっきからチカチカしているのだから。
「サラ、たぶん俺の
サラにほぼ無許可でつけられた機能の一つ。
過度の光量を目にする場合には自動的にフィルターで保護される左目であれば、光に包まれた空間でも問題なく相手を補足できる!
「ライダー、右に10°、距離3m、相手はうずくまってる!」
「っ、承知!」
ライダーは片手で得物を握りつつ、俺の言った通りの場所へ跳躍する。
タイミングがわかっていたから対処はできているものの、ライダーもまた閃光のダメージは受けているはずだ。
それでも彼女は距離と方角さえわかれば対処はできると、今朝マイルームで断言した。
疑っていたつもりはないが、こうして本当に動ける彼女には素直に驚いた。
「ぐっあ、あ……激……痛に咲え――」
しかし相手もただではやられない。
「――
相手の位置が測れないとわかると、全方位へ放電を開始する。
その攻撃を察知してライダーが俺の元まで後退して来たところで、ようやく俺以外も視界が回復して来たようだ。
相手の視界を潰しながら、俺だけ一方的に相手の動向を確認できるこのコードキャストはかなり有効だ。
問題があるとすれば……
「づっ……」
「っ、主どの手が……!」
「大丈夫、こうなることは覚悟してた」
視界が回復して俺の手を見たライダーがあたふたとし始める。
魔力を介した増幅とはいえ用いたのは普通の光。ならば当然熱量も増幅され、そして発光元から最も近かった俺が火傷を負うのは自明の理。
服で隠れていなかった部分は軽く火傷を負い、とくに礼装を握っていた左の掌は酷かった。
身体の内側にダメージがあるものに対しては俺の不思議な体質が効果的だが、こうして皮膚に直接ダメージがあるものに対しては無力らしい。
「左手はちょっとやばいけど、他の部分はそこまでひどくない。これぐらいの傷ならまだ動ける。
それに最悪、俺の身体は魔力を消費すれば復元できるはずだし。
……もちろん無茶をする気は無いよ」
だから気にせず戦ってくれ、と目で訴えるとライダーは無言で頷いて再び最前線へと赴く。
……俺の身体、左手や顔は予想通り火傷を負っているのに――
「――っ!」
背後に迫る殺気に反射的に左腕を盾にする。直後、ハンマーで打たれたかと錯覚するような衝撃で、踏ん張っていたというのにそのまま地面を削りながらわずかに後退させられた。
……これが本当に人間の拳による威力なのか未だに納得できない。
「天軒……由良っ!」
「そろそろマスターを狙いにくると思ったよ、ユリウス!」
とっさのことで衝撃を逃す暇もなかったが、左腕が折れるようなことはなかった。
どうやら爛れない程度の火傷であれば俺の不思議な体質は維持できるらしい。
とはいえこのまま張り付かれてもこちらにメリットはないから距離を取りたいところなのだが、目の前の死神はそれを許してくれない。
立て続けに数度打ち込まれる拳。そのすべてを受け流すも距離は取れない。
一か八か、拳を真正面から受ける代わりにカウンターを仕掛けるべきか考え始めたその時、ユリウスの拳が不自然に揺れた。
ほんの僅かだが、ただ殴るだけであれば絶対にしない動作。
その一瞬で彼の手に光を反射させる鋭利なものが――
「――な……っ!?」
ナイフ!?
なんて古典的な仕込み武器。
だが冷静に考えれば理にかなっている。
俺の体質の正体がわからないユリウスは、俺が何かしらのコードキャストで防御していると踏んだのだろう。
そう仮定すれば次は検証だ。
防御されるのは魔術限定か物理限定か、はたまた攻撃すべてか。
そしてその検証で取り出したのが仕込みナイフというわけだ。
仮定は間違っていてもその選択は奇しくも俺の体質の弱点を突いてきた。
死が迫ったせいか一瞬でそこまで思考が廻ったのはいいが、回避する時間はない。
だが刃物相手では俺の体質は無力。
「一か八か……っ!」
俺は俺でさっき確信に変わった仮定を証明するため、迫る刃物に対して
「……やっぱり」
「ちっ、厄介な術式だな!」
表情を歪ませたユリウスがわずかに距離を取る。
殺意を隠す気もなく剥き出しにした黒衣の男が息を荒げている。
そして、彼の視線は俺の
この状況が証明したことは一つ。
「俺の右腕、不思議な無敵性とは関係なくダメージが一切ないんだな」
右腕以外で攻撃を受けた場合、ダメージが残らないのは骨や内臓のみで、肌にはズキズキとした痛みは残っている。
対して右腕はその痛みすら残らない。まるで頑丈な鎧でしっかりと保護されているような……どんな手段を用いても壊れることはないような感覚がある。
その証拠に、火傷するほどの熱に炙られて刃物まで突き立てられたというのに俺の右腕はまったくの無傷だった。
この腕は俺と魔術回路が独立していて、ムーンセルの力らしきものが使えるのだ。
今更ダメージを一切受けない、なんてありえないことが起こってもなんら不思議ではない。
本当に、俺の身体は謎だらけだ……
「ちっ、この紛い物がぁっ!!」
「……紛い物?」
襲いかかるユリウスに右腕で対処しつつ、彼の叫んだ言葉に眉をひそめる。
サイバーゴーストのようなもの、と言われたことはあるが、たぶん今の言葉はそのニュアンスでは言っていない。
「紛い物ってどういう……?」
「黙れ!」
隙を見て黒鍵を握り、ユリウスの拳と何度も打ち合いながら彼の言葉の真意を尋ねるも、相手は全く聞く耳を持たない。
「虚像を曝せ――」
「主どの! 音です!」
だが疑問が晴れる前にライダーが俺の身体を担いで距離を取り始めてハッとする。
いつの間にか背後ではアサシンの喉に魔力が集束していた。
「――
曰く、可聴領域を超えた歌声で相手を操る業。
魔術回路を暴走させる効果を持つそれは、サーヴァントであってもまともに受ければタダでは済まない。
だが、この宝具は過去に一度サラが対処している!
「
痛みを我慢して再びスカラベの首飾りを握り、短く詠唱を唱える。
以前使用したコードキャストは、指定した音域をシャットアウトする魔術防壁だった。これは本来瞑想などをする際に集中しやすくするため、自分の周囲に薄い膜のような結界を張るコードキャストだ。
ただしこれは戦闘用ではないため、宝具が相手では余波でも数秒耐えられる程度の強度しかなかった。
そのままでは使い物にならないところ、サラは強度を上げることは放棄し、合わせ鏡によって空間を複製。わずか数センチの間に無限にも等しい空間を無理やりねじ込んで空間を歪ませ、指定した音域をその空間に閉じ込めることで音波を完全に封じ込めた。
「いける……!」
思わずそんな言葉が漏れてしまうほど確信があった。
ラニとサラが作り上げた礼装で多くの宝具を封じ込め、ラニが俺に託したお守りにサラが封じきれなかった宝具に対策するためのコードキャストを組み込み、そしてライダーは義経としての宝具が使える霊基へと変質させた。
卑怯と言われるかもしれない。だが躊躇う気は無い。
二人の協力者……いや、『仲間』が! この勝利を掴み取るために俺に託してくれた力なのだ! であるならば、誰になんと言われようが容赦なく相手の力を封じ込めて勝つ!
「く……っ! こんな……ことが……!!」
切り札であり、己の信仰する奇跡でもある業をことごとく対処されたアサシンは動揺を隠しきれず、体勢を立て直すべく距離を取る。
そして、なぜか冷静さを失っているユリウスは彼女へのフォローを忘れて俺の方へと迫る。
「決めよう、ライダー!」
迫るユリウスの攻撃を受け流しつつ、ライダーに指示を出す。
「承知。ならば我が奥義にて幕を落としましょう」
その言葉がトリガーだったのか急激な魔力の消費に伴い、周囲に木造の船が八艘出現する。
海中のような風景の決戦場とはいえ実際に海の中にいるわけではないのに、まるで海の上を漂うように浮遊する船にライダーは躊躇なく乗り移る。かと思いきやすぐさま次の船へと乗り継ぎ、距離を取るアサシンへと一気に迫る。
跳躍する衝撃で大きく揺れる不安定な船の上だというのに、ライダーの体勢が崩れることはない。
これこそが本来のライダー……源義経が持つ宝具。
平氏を滅ぼす決定打となった壇ノ浦にて、平教経が義経を道連れにせんと迫るのを避ける際に披露したと言われる伝説。
「壇ノ浦・八艘跳!」
その宝具の真髄は、跳躍力の強化及び足場の悪さに関係なく本来の跳躍力を引き出せる技術の付与。
「っ、
「無駄だ暗殺者!」
生み出した船を次々と飛び移り、瞬く間にアサシンへと迫るライダー。その速度は今までとは比にならず、残像さえ見えそうな勢いだ。
こうなるとアサシンも普通の迎撃では間に合わないと判断したのか、その右目を琥珀色に輝かせる。
曰く、己の姿を相手に認識させない業。
情報によれば、昨日の戦闘で初めて使用され、サラを大いに苦しめたようだが……
「
俺の視界は、あいも変わらずアサシンの姿を捉えている。
サラを苦しめた宝具だが、その対策を作り攻略したのもサラ自身だ。
そして、そのコードキャストは俺の左目にインストールされており、俺の意思と魔力消費によって起動する。
「ライダー、左に5°修正。あとは消える直前と同じだ!」
アサシンの姿が見えるとはいえ、俺は俺でユリウスの攻撃に対処しなければならない。
だから見えない相手を確認できたのは一瞬で、指示もかなり大雑把だ。それでもライダーであればそれでも充分という確信があった。
間もなくライダーがその手に握る得物で虚空を一閃すると、その軌跡をなぞるように赤い鮮血が宙を舞った。
戦闘データの入手から相手の宝具の封印、そしてメタ。
この五回戦は対策を組みまくっている戦いでしたので、戦闘は今までで一番あっけなくなるように意識しました
あと詰め込み気味ですが、天軒の右腕の正体にちょっと迫りました。
……そしてまだ決戦は続きます