Fate/Aristotle   作:駄蛇

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とうとう6年近く共にしたPCがお亡くなりになりました
運良くスマホからでもアクセスできるアプリで執筆してたので、辛うじて五回戦終了までは週一更新できそうてす


明るみになる調整者

 目が覚めると、いつものように見慣れた天井が視界に広がっていた。

 一瞬、サラに気絶させられたのは夢だったのかと錯覚しそうになったが、腹部の鈍い痛みが紛れもない現実であったことを物語っていた。

「っ、主どの目が覚めましたか!?」

「ライ、ダー……結界は?」

「私の方もつい先ほど解放されたところでして……

 ではなく! 外の様子を見ることはできたのですが何もできず申し訳ありません!

 あぁでも、目が覚めてくれて本当によかった……っ!」

「俺は大丈夫だから。殴られたところがちょっと痛いけど……

 それより、サラは?」

 こちらに駆け寄り肩を貸してくれるライダー。どうやら結界の中から外の様子は見えていたようなのでわかる限りで状況を説明してもらう。

 どうやらサラは俺を気絶させた後、マイル―ムを元の広さに戻して外に出てしまったらしい。

 空間を区切ったのではなく空間拡張の術式そのものを解除したようだ。

 

 ――次目覚めたときには、いい方向に物事が進んでるはずよ。

 

 気を失う直前に呟いた彼女の言葉が脳裏をよぎる。

 この言葉だけでは彼女が何をしようとしているのかはわからない。だが、俺たちはそれまでに会話をしていたか?

 念のためアイテムストレージを見てみるが、『あの礼装』は入っていない。

 どう解釈しようと嫌な予感しかしなかった。

「俺、どれぐらい気を失ってた?」

「少なくとも半刻は過ぎてるかと」

 一時間以上か……

 もしサラがユリウスに戦闘をけしかけた場合、戦闘時間としては十分すぎる。

「たしか、別館で待ち伏せする予定だったよね。急ごう!」

 自力で歩けるか確かめながらマイルームの出入り口へと向かう。

 が、ライダーはその場に腰を下ろしたままだった。

「ライダー?」

「あ、いえなんでもありません。承知しました」

 なんでもないわけがないと思うが、今はそれよりもサラの方が先だ。マイルームから校舎に飛び出し、脇目も振らずに目的地へ疾走する。

 別館のどこでサラが待ち伏せする予定だったのか、そもそもまだ別館にいるのか、いろいろと不安要素があったがそれは杞憂に終わった。

 校庭を抜けて別館の入り口に差し掛かろうとしたとき、校門前で倒れている人影が目に入る。

「っ、サラ!」

 上着を脱ぎ捨てているため遠目からだと気づくのに少し時間がかかったが、印象的な銀髪は間違いなくサラ・コルナ・ライプニッツその人だ。

 倒れた彼女のもとへ駆け寄り、細心の注意を払って抱える。

 目の周りの化粧や髪留めがないためか、若干見慣れた彼女と印象が違うような気もするが……そんなことが気にならないほど彼女に『重さ』がなかった。ノイズが彼女の身体を侵食し、内側がスカスカになってるからだろうか。

 ノイズに浸食されているのは肉体を構成するのが難しくなっているから、という桜の言葉を思い出し、不安がどんどん膨らんでいく。

 それを払しょくするようにサラの肩を揺すっていると、銀髪の女性はゆっくりと目を開けた。

 しかし焦点は合ってなく、しばらくその蒼い目は当てもなくさまよっていた。

「天軒由良、か。よくここがわかった……わね」

 ようやく俺を認識したサラの第一声はそんな言葉だった。息も絶え絶えなその姿は見ているこちらが目を背けてしまいそうになる。

 ここまでボロボロになるまで何をしていたのかなど聞くまでもない。

「なんで……なんでこんな無茶を……っ!」

「だって、お前は明日が決戦だろう?

 そんなやつに無茶させるわけにはいかないでしょう?」

「それを言うならサラは戦う事すら危険な状態だったじゃないか!!」

「どちらにせよ、私の身体はもう限界だったからな。

 以前、どうして私が令呪を失っても無事だったのか予想はついてるって言ったでしょう?」

 たしかに三回戦で俺とキャスターの戦闘が終わった後、彼女はそんなことを言っていた記憶がある。だが、それとこれがどう繋がるのか予想がつかない。

「前に言った通り、私は憑依されやすい体質だから普段から魔除けでガチガチに固めておかないと悪魔に取りつかれてしまう。

 それを逆手にとって憑依魔術を構築していたんだが、こうして電脳の世界で憑依魔術を使う場合、地上の肉体の方はある程度魔除けを外しておかないとうまく憑依させることができないんだ。

 だがそれは同時に、魂が抜けた空っぽの肉体に悪魔が寄ってくる危険が高まることになる。

 それがわかっていたから、私は地上の肉体が私の意志に関係なく動いた場合、生命活動を止めるように設定してあったのよ」

「生命活動を、止める? じゃあ、あのときキャスターの言ってたサラが死にかけっていうのは……」

「まあそういうことだ。

 私の知らないところで私の肉体が悪魔に憑りつかれ、異形の姿になるくらいなら殺した方がいいと思ってたからな。もともと地上に未練もなかったし。

 一応気付かれにくいように術式は組んでいたが気休め程度だったし、4週間ほどで私の存在がバレて悪魔に憑りつき行動し始めるってのが私の計算だった。

 三回戦終了間際なら時期的にも十分辻褄が合う。

 そして、地上の肉体が死んだのに魂だけ生きているということは……」

「サイバーゴースト……?」

「そういうことだ」

 彼女は自嘲気味に笑う。その姿にちくりと胸が痛む。

「そんな顔するな」

 言いながら少々乱暴に俺の頭を撫でる。まるで子供をあやす親のように……

「私は私の意志でこうなる結末を受け入れた。だからお前が責任を感じる必要なんてどこにもない。

 むしろ、そんな顔されたら死んでいく私がみじめでしょう?」

 彼女の言っていることがわからないわけではないが……

「……ということで、見てのとおり私はここまでだ。

 ライダー、あとは頼むわよ」

「ご心配なく。私一人でも主どのを守ることは造作もありませんので」

「ふふっ、そうだな。そういう返答だろうと思ったよ。

 むしろ安心したわ」

 サラの視線がライダーに向け、短いやりとりで二人の会話は終了する。それだけでライダーはもうサラの死を受け入れているのがわかる。

 もちろん俺も理解はしている。だが、受け入れるかどうかは別だ。

 ラニの時もそうだ。俺に協力してくれた人が俺のせいで消える……

 この聖杯戦争に参加した以上生き残れるのは一人のみなのだから、協力者が死ぬことは何もおかしくない。むしろ自然なことだ。

 だが、それでも……っ!!

「……ほぉら、やっぱり」

「え……?」

「なんでもないですよっと。

 ……そろそろこの身体も限界みたいね」

 再び首をこちらへ向けたサラは何かを悟って薄く笑みを浮かべた。

 そして俺の首に腕を回し、お互いの額が軽く触れるように引き寄せた。そこから手を動かして子供をあやすように俺の頭を何度も撫でる。

「すぐには飲み込めなくてもいい。それがお前の弱さであり強さだ。

 立ち止まってもいい。むしろお前の場合は一度立ち止まって自分を見つめ直すぐらいがちょうどいい。

 ……最悪、憎悪を糧にしてもいい。呑み込まれない程度なら不の感情だって毒じゃなく薬になる。

 まあでも、先輩からのアドバイスをすると、おすすめはしないわね」

 落ち着いて諭すような口調で話しているが、もう顔の半分は黒いノイズに浸食で見えなくなっている。

 それでもサラは止まらない。命が尽きるその時まで、俺を励ますように口を動かし続ける。

「それから、一人で抱え込みすぎるな。

 おまえの隣には心強いサーヴァントがいるだろう? ちょっとぐらい頼ってやらないとあいつの立つ瀬がないぞ?

 もしそれが恥ずかしいなら――」

 とんっ、と彼女の細い指先が俺の胸辺りに触れる。

「お前の心の中で生きる誰かを思い出せ。お前は一人じゃないんだ。

 そして、誰が何を言おうとお前はお前だ。

 絶対にブレるんじゃないわよ――」

 その言葉を最後に残っていた口も黒いノイズに染まってしまった。

 顔はもう9割がノイズに覆われ、唯一個人を認識できるのは、毛先が青みがかった銀髪ぐらいだ。そんないつ消滅してもおかしくないレベルになったところで、俺の頭に置かれていた右手が不意に下に下がってきて、左目に触れた。

「っ!?」

 体質のおかげか痛みはそこまでなかったが、触れたと同時に左目にデータが強制インストールを開始し、その気持ち悪さに思わず首を引く。

「主どの!?」

「大丈夫」

 条件反射で斬りかかろうと刀に伸ばしたライダーを一言で制する。

 何がインストールされたかはわからないが、それでも危険なものでないことだけは直感でわかる。

 そして、サラがここで無意味なデータをインストールするような人間ではないこともわかってる。しかしそれを確認する術はもう残されていなかった。

 力尽きたように右手が垂れ下がり、その衝撃で右腕がガラスのように砕けた。

 それを皮切りに黒いノイズの塊となった女性の身体は急速に崩壊を始め、俺の腕にかかっていた、ただでさえ軽かった重みが一気に軽くなった。無意識に腕を動かすが、もはや虚空を切るのみ。

 三回戦で戦い、いろいろなイレギュラーに会いながらもここまで協力してくれた一人のウィザードの肉体は、電子の海に溶けて消えていった。

 心のどこかで、サラは最後まで一緒に戦ってくれると思っていたのだろう。その幻想が砕け散った衝撃は想像以上で、しばらくその場から動くことができなかった。

「主どの……」

 恐る恐るといった様子で隣にライダーが腰を下ろす。彼女の心配そうな眼差しにチクリと罪悪感を感じる。

「……ごめん、ライダー。まだライダーがいるのに、こうして立ち止まってたらダメだよね」

「あ、無茶はなさらないでください!

 主どのが再び立てるようになるまで、私はこうして側にいますから」

 彼女が無理やり笑顔を作っているのは容易にわかった。

 だが、今はその気遣いのおかげで辛うじて正気を保つことができた。

 どれだけの時間そこでへたり込んでいたのか。数分か、数十分か。1時間はさすがにないと思うが、体感的にはそれぐらいの気分だ。

 それでもライダーの肩を借りてどうにか立ち上がり、我ながら危なげな足取りだが自力で本校舎へと戻る。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 本校舎の児童玄関。

 ノロノロと足を引きずるような歩き方で、やっとの思いで戻ってきた少年と、その隣を寄り添うサーヴァント。

 二人が戻ってきた校舎内は静寂に包まれていた。普段ならいるはずの賑やかしのNPCすら、この瞬間だけは見当たらなかった。

 そのことに首をかしげる少年とは対照的に、彼のサーヴァントが一歩前に出た。

 その表情は心なしかピリピリと殺気立ち、腰に携えた刀の鯉口はすでに切っている。

 まるで決戦時の開始の鐘がなる直前のような臨戦態勢で警戒するサーヴァントに少年も困惑してしまう。

「ら、ライダー、どうしたの?」

「お静かに」

 細い指を自分の唇に当てるジェスチャーをしたライダーは真剣そのもので、有無も言わさない圧力があった。

「あれ、こんな時間まで何してるの?」

 そんな緊迫した空気を壊す存在が一人、地下へ続くの階段を登ってきた。

 セミロングの茶髪を後ろでまとめた少女。白いブラウス、濃い茶色のベストとスカートという他の生徒とは違う衣装。

 にししと笑うその表情は間違いなくこの校舎の購買委員を担当するNPC、天梃舞その人だ。

 なぜここにいるのか、その理由を少年が考えるより前に、彼の目の前にいたライダーの姿が消えた。

「――え?」

 その声はいったい誰の声だっただろうか。

 気付いたときにはライダーが舞の懐に潜り込み、流れるような動きで抜刀し――

「――が、は……っ!?」

 ライダーの身体がくの字に折れ曲がり、少年のやや後方にあるガラス張りの扉まで吹き飛ばされていた。

 少年の顔が唖然とした表情で硬直する。

 何が起こったのかわからないのだろう。なぜライダーがNPCに斬りかかろうとしたのか、どうやってライダーが背後に吹き飛ばされたのか。なにより、()()()()()()()N()P()C()()()()()()()()()()

 しかしそれも仕方ないかもしれない。容姿と声は間違いなく舞そのもの。なのに少女が纏っている雰囲気はまるで別人なのだから。

 天梃舞という人物をよく知るがゆえに少年は()に畏怖する。

 ……ああ、その表情がたまらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ふぅ。

 この姿とはいえ、とっさに吹き飛ばすのが精いっぱいとは驚きました。

 さすがは俊敏値がA以上のサーヴァントですね、牛若丸さん。いえ、今の霊基では義経さんというべきでしょうか?」

「ライダーの真名を……いや、それよりなんでライダーの霊基が変質していることを知っているんだ!?」

「もちろん、あなたたちのことはすべて知っていますよ。

 ()()()()()()()()()()()

「っ!?」

 ()の言葉によって少年の表情が恐怖で歪む。

 ……はしたなく少し火照ってきてしまいました――。

 

 

 ずっと、見ていた?

 目の前にいる『ソレ』は舞の見た目のまま彼女らしくない妖艶な微笑みを浮かべてそう告げる。

 得体の知れない恐怖に背を向けるどころか視線を動かすことすらできない。

 ユリウスのアサシンと初めて対峙したときなど比べ物にならない。

 そもそもあれは人間かNPCどちらかなのか? 得体のしれない化け物と言われた方がまだ納得できる。

 全身を這うような恐怖に我慢できず、背後で倒れたままのライダーにすがるように問いかける。

「ら、ライダー、あれは何なの?」

「ぐ……、私も詳しいことは。

 ただ、サラどのがマイル―ムを出る際、結界に閉じ込められていた私にこう言っていました。『この聖杯戦争は何かがおかしい。誰かが水面下で暗躍している可能性がある』と。

 だからいつもと違うことが起きた場合は気をつけろ、ともと忠告していました。

 舞どのに警戒しろ、と言っていた凛どのの言葉を考慮すると、おそらくあの舞どのの姿をした何者かが聖杯戦争で暗躍していると考えるのが妥当でしょう」

 ゆっくりと立ち上がり『ソレ』と俺の間に割り込む位置に移動しつつ答えるライダーは、すでに瀕死と言ってもいいぐらいボロボロだ。

 たった一発でこうなるのだから、次もう一撃食らえば消滅は免れない。だというのに、その背中からは諦めた様子はなく、口の中に溜まっていた血を吐き捨てながら自身の得物を構えて警戒する。

「やはり凛さんに気づかれたのは痛手でした。まあそれは私が干渉しすぎたので非はこちらにあるのでしょう。

 それよりも問題はサラさんです。

 あの人は本当に手ごわい方でした。察しのいいアリスさんの代わりにと思ったのに、状況の把握だけに収まらずまさかここまで状況を引っ掻き回されるなんて。

 しかしそれも今日で終わり。怖かったでしょう?

 さあ、いらっしゃいませ。私が貴方を癒して差し上げます」

「何を、言って……?」

 舞の姿だというのに彼女とはかけ離れた熱を帯びた声で『ソレ』はゆっくりと歩み寄ってくる。

 怖い。そのあべこべな雰囲気はもちろん、そんな相手に対して警戒心が薄まってきている自分の心境が。

 そんな俺の恐怖を振り払うように、ライダーが放つ絶対零度の殺意がこの空間を覆った。

 刀を振るい、その切っ先を相手に向けながら、瀕死のサーヴァントは主人を守るべく気丈に振る舞う。

「そこで止まれ。先ほどの一撃は私が先に仕掛けたため正当防衛だとしても、主どのに害をなすというのであれば別だ。

 貴様が何者か見当もつかないが、それ以上近づくのであれば問答無用で斬る」

「……そうですか、残念です。貴女にこうして刀を向けられるなんて、飼い犬に手を噛まれた気分とはこういうことを言うのですね」

 ライダーの殺気を受けても『ソレ』の態度は変わらない。むしろ呆れた様子すらある。

「貴女にも手を焼かされたのですよ? ボディーガードとして優秀と思ったのですが、わざわざ強化したのが裏目に出たのは誤算でした。

 そう考えると、その軌道修正をしてくれたサラさんには感謝するべきでしょか。

 とはいえ、やはり私に牙をむくのは考え物ですね。普段ならその敵意も受け入れますが、このままでは由良さんに悪影響が出るかもしれません。

 少し、躾けておく必要があるかもしれませんね?」

「っ、主どの下がって!」

 殺意とは真逆の何かを放ち『ソレ』は一気に距離を詰めてくる。

 ライダーがすぐさま反応し、その手に持つ刀で『ソレ』の掌底を防いだ。

 しかし『ソレ』にとって防がれたのは想定内らしくうっすらと微笑む。それを証明するように、続く二撃目から四撃目までをさばくライダーの動きはどこか鈍かった。

「まさか、初撃でスタンさせたのか!?」

 ライダーのステータスを確認すると、完全に動きを封じるほどではないにしろ、しっかりとスタンが付与されていた。

『ソレ』がコードキャストを使った様子はない。まさか、純粋な体術でライダーにデバフをつけたと言うのか!?

 ライダーは動きが鈍りながらも致命傷は辛うじて避けていたが、五撃目を放つために大きく溜め動作に入った『ソレ』に本能的な危機を察知する。

 この一撃を受けたらまずい。

 しかし気づくのが遅すぎた。まともに動けないライダーに渾身の一撃が――

「私もそのダンスに加えていただきましょう、レディ」

 直後、視界をオレンジ色に埋め尽くされる。

 それが炎だと気づいた時には児童玄関は俺とライダーの周囲以外が焼け焦げていた。

「無事のようですね。とっさに二人の周囲だけに防壁を展開したのはいいものの、ガウェインの炎に耐えられるかは少し自信がありませんでしたので」

 この学校指定の物でない真っ赤な制服を着こなし、幼い見た目とはかけ離れた大人びた笑みを浮かべた少年がこちらに歩み寄ってくる。

「レオ……

 どうしてここに?」

「天軒さんに会えないものかと敷地内を少し散歩していたんです。

 またお話がしたいと思ったので」

 ですが、とレオの視線が俺の後方へ向けられる。

 その視線を追うと、そこには炎で全身を薄く焼かれた『ソレ』が膝をついていた。

 あれほどの炎に身をさらされながらその程度で済んでいる相手に驚きを通り越して恐怖しか感じない。

「今はそれどころではないようですね。

 天軒さんは自身のサーヴァントの治療に専念してください。この戦闘は僕が引き継ぎます」

 ガウェイン、とレオはサーヴァントの名を呼ぶ。その一言だけで、隣に立っていた白い騎士は主の意図を組み、得体のしれない『ソレ』に向かって肉薄する。

「レオさんとガウェインさんですか……

 あなたたちは最後に越えるべき壁として残しておきたかったのですが、邪魔をするのであれば仕方ありませんね」

「まるで私たちを駒として見ているかのような言いようですね。

 誰だか存じ上げませんが、レオが聖杯を得るための障害となる存在であれば等しく斬るのみ!」

 円卓の騎士の中で、王の右腕と称されたランスロット卿に並ぶとされる実力者。その剣技は間違いなく本物だ。

 相手は得体の知れない存在だというのに臆することなく剣を振るう。

「ふふふ……さすがはかの有名な円卓の騎士ですね。

 ですが、貴方たちであればこの身体でもある程度戦えそうです」

 だというのに、『ソレ』は涼しい顔でガウェインの猛攻をすべて捌き切る。

 そして攻撃と攻撃の間、隙とも言えないわずかな間をかいくぐり防御から攻めへと転じる。

 それは先ほどライダーに繰り出したのと同じもの。一撃目をあえて相手の武器にぶつけることでその衝撃をもって相手の身体を麻痺させ、続く打撃で致命傷を打ち込む連撃。

「凛さんやラニさん、シンジさん。あとユリウスさんもですね。

 彼らとは違って、貴方たちのペアなら私もよく知ってますから」

 ちょうどガウェインの身体で『ソレ』の姿が隠れる配置で繰り出された攻撃はレオも気づけずガウェインに打ち込まれた。

 しかし――

「素晴らしい打撃です。ですが、今の私には無意味!」

 攻撃は確実に決まった。なのにガウェインにダメージがあるようには見えず、カウンターで間合いに入り込んだ『ソレ』の左腕を切り裂いた。

 斬られた左腕を抑えながら飛びのく『ソレ』は、驚きはするもののダメージに怯んでいるようには見えない。

 ……戦いの次元が違う。二人の戦いからその実力差をまじまじと見せつけられた。

 しかもこの状況でレオは一切フォローをしていない。ガウェインだけの実力で『ソレ』を圧倒しているのだ。

 もし今の俺がレオと対戦していたらと考えるとそれだけで背筋に冷たいものが走る。

「そう、でしたね。常に日中しか活動できないこちら側では、あなたの能力は無敵に等しい」

 斬られた左腕を一瞥して『ソレ』はため息をついた。

「よく知る、と言うほどですから私の聖者の数字の能力はご存知でしたか」

「ええ、もちろんです。

 月を象徴するアーサー王と対をなす太陽の騎士。その名に恥じぬ高ランクのステータスと、日中では無敵と言っても過言ではないスキル。

 まさに、レオさんにピッタリの優秀なサーヴァントと言えましょう。

 しかしながら、その優位性が常に続くとは限りませんよ?」

『ソレ』は腰をかがめ再度ガウェインに接近する。

 片腕を失ったというのにその動きは相変わらず機敏で、太陽の騎士と十分に渡り合っている。

 とは言いつつも、片腕を失った状態ではいずれ限界が来る。それを待っていればこの戦いはガウェインの勝利で幕を下ろすだろう。

 しかし俺の隣で戦況を眺めていた小さな王は眉をひそめた。

「なにか仕掛けてくるつもりですね。ガウェイン、用心を」

「さすがレオさん、素晴らしい観察眼でございます。ですが――」

 ガウェインの一撃をひらりと身を翻してさけ、右腕で虚空を撫でる。

「こんなことをしてくるとは、思いもしませんでしたでしょう?」

 直後、茜色に染まっていた空が闇夜を照らす星空へと切り替わった。

 この校舎はマスターが全員睡眠状態になるまで絶対に夜にはならないよう設定されているとライダーが言っていた。

 ならばこの状況は明らかに異常だ。そして、それが偶然起こるなんてことはあり得ない。

「まさか、無理やり時間を進めたのか!?」

「ええ、その通りです。そして、太陽が沈んだこの時間帯であれば……」

『ソレ』が愉快そうに語るその隣で、無敵と思われた白い騎士が膝をついた。

「ぐっ、不覚。まさかこのような力技で私の守りが破られるとは……っ!」

 汚れを知らない純白の鎧にはひびが入り、端正な顔立ちの騎士の表情は苦悶に歪む。

 その姿をあざ笑うかのように『ソレ』は太陽の騎士を見下している。

「たしか、このスキルは一度傷をつけた相手にはその効果を発揮できなくなるのでしたね。

 これであなたの無敵性は失われました」

 その言葉はある種の勝利宣言であろうか。

 しかし、マスターであるレオの顔に焦りはない。

「驚きました。まさかムーンセルのシステムに介入できるほどの力を持つ方がいらっしゃるとは。

 ハーウェイの総力をもってしても、捨て身のウィザード数名を犠牲にしてどうにかその一端を得ることができた程度。

 これは、力を抑えたままではこちらが飲み込まれてしまいますね」

 その言葉はおそらくハッタリではない。

 少なくとも、この聖杯戦争に参加したウィザードの中で最優であるレオのサポートなしでガウェインはあそこまで戦えるスペックを持っているのだ。

 もしそこにレオが本気でサポートに参加した場合、どこまで戦闘能力が向上するのか予想が出来ない。

 一度だけこちらに視線を送ったのち、レオはゆっくりと歩き出す。

 おそらく礼装なのであろう右手のグローブをはめ直し、調子を確かめるその背中はまさに王者の風格。

「ガウェイン、手加減はいりません。宝具の開帳を許可します」

「御意。我が聖剣は太陽の具現。王命のもと、地上一切を焼き払いましょう」

 剣を構え、主の言葉に応えるべく太陽の騎士のもとに魔力が急速に集まっていく。

 魔力は騎士の聖剣にすべて吸収されていき、やがて太陽のごとき輝きを放ち始める。

 あれが、かの約束された勝利の剣(エクスカリバー)の姉妹剣の本当の姿。

 たしかその名は……

「なるほど、あれが転輪する勝利の剣(ガラティーン)ですか……」

「っ、ライダー動いても大丈夫なのか?」

「はい、万全とはいきませんが主どのの治癒のおかげでこの通り。

 それより主どのは私の後ろへ。あの騎士めの宝具は余波だけでも危険なものでしょう。

 私が盾となって主どのをお守りしますので」

「……わかった」

 起き上がるライダーはこちらに心配をかけないように気丈に振舞うが、明らかにふらついている。

 峠は越えたとはいえ傷だらけのライダーに任せる事しかできない自分の無力さに後悔するが、今の俺に出来ることはライダーへの魔力供給を途絶えさせないように踏ん張る程度。

 そして、レオたちと対峙している敵もただで受けるほどお人好しではない。

「さすがに、その攻撃を受けるわけにはいきませんね……!」

「逃げるならご自由に。こちらも逃がす気はありませんが」

 言いながらレオは右手に握っていたものを相手へ向けて投擲する。

 投げられたのは……宝石?

 赤に青、緑にオレンジ。色とりどりに輝く宝石が、こちらに背中を向けて逃げようとする少女へ吸い込まれるように直撃する。

 直撃した宝石は瞬時に魔力と、その魔力を用いて起動するコードキャストへと変換され、周囲で複数の小さな爆発が起こった。

「ぐっ!? これは、凛さんの宝石魔術!?」

「ええ、実は数日前にミス遠坂から珍しく連絡を頂きまして。NPCにおかしな動きがあればこれを使え、と。

 さすがはハーウェイが手をこまねいているレジスタンスの一人だけあります。

 消耗型とはいえ、宝石にこれほどの高純度の魔力とコードキャストを内包させているのですから。ただの妨害系のコードキャストでも十分な凶器です」

 色とりどりの宝石を手の中で転がしながらレオはそう分析する。

 そしてそれを惜しげもなくすべて起動し、目の前の敵に反撃も回避もさせる暇を与えない。

「ガウェイン、今です」

「御意。この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣――」

 頭上に大きく投げられた聖剣は輝きを増し、そして熱を増し、まるで本物の太陽かと見間違うほどの神々しさを体現する。

 これが円卓の騎士、太陽を象徴する騎士が持つ聖剣。

「く……っ!」

 必殺の一撃を前に『ソレ』はなりふり構わず逃げ出そうとする。

「そして、こんなものを見せつけられてはハーウェイの上に立つものとして黙っているわけにはいきませんね」

 動作は非常にシンプルだった。

 ただ右手で拳を握り、魔力を流す。たったそれだけでレオのグローブに組み込まれていたコードキャストが起動。

『ソレ』の周囲で無数の爆発が発生した。

「があぁっ!?」

 そして相手の動きが鈍ったところで、太陽のごとく輝く聖剣を純白の騎士が再びその手に掴み、大きく横に薙ぎ祓う。

「――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

 直後、周囲から音がなくなった。

 少ししてから思い出したかのように、鼓膜が裂けそうなほどの爆音が耳だけでなく全身を打ち、同時にあたり一面をオレンジ色が埋め尽くした。

 目の前で起こった現象は至って単純。

 あらゆるものを融解させる灼熱の一振りが目の前の風景を飲み込んだのだ。

 非常にシンプル。ゆえに小細工などは通用しない。

「…………っ!」

「くっ、これほどとは……っ!」

 攻撃の範囲外である背後にいるというのに余波だけで吹き飛ばされそうになる。

 ライダーが何らかのスキルで守ってくれなければ、流れ弾ですらないもので重傷を負っていたかもしれない。

 しばらくして炎が収まると、ガウェインの目の前は焦土と化し、校庭を抜けた先にあった別館は跡形もなく消し飛んでいた。

 ……その焼けた大地の中で一人『ソレ』は炭化とノイズで真っ黒になりながらも消滅は免れていた。

「なる、ほど……不用意な干渉で、本当なら敵対したままの二人に繋がりを持たせてしまった訳ですか。

 本来すでに統合されてる校舎をわざわざ分けたというのに、これは迂闊でした……」

 だが、うわごとを言うその姿からして消滅まであとは時間の問題のように感じた。

「……時間切れ、ですね。

 これ以降は干渉できませんし、大人しくここで引いておきましょうか」

「っ!」

 今一瞬、炭化した相手と目が合ったような……

「では、次に会うのは最後まで勝ち抜いてからですね。

 待っていますよ。私のかわいい――」

 不思議と響く声とともに得体の知れない『ソレ』は最後まで正体がわからぬままデータの藻屑となって消滅してしまった。

「あれはいったいなんだったんだろう?」

「正体については僕にもよくわかりませんが、おそらく目的は天軒さんに関係しているのはたしかでしょう」

「俺が?」

「はい。ガウェインと戦闘中も終始注意は天軒さんに向いていましたから。

 あの様子からして、倒せたのは使い魔か、もしくは自身の一部を分離した分身と考えるのが妥当かと。

 おそらく本体はまだ健在でしょう」

 あれほどの強敵が、本体じゃない……

 本当に、気味の悪い相手に目をつけられてしまった。

 サラが俺のせいで死んでしまったというのに落ち込んでいる暇もない。

「まさか、舞の正体があんな得体のしれないものだったなんて」

「購買委員のNPCであれば普通に営業していましたよ?」

「へ?」

 思いがけないレオの一言に気の抜けた声が出てしまった。

「え、じゃあさっきのは!?」

「文字通り他人の皮を被った別人ですね。NPCの肉体を複製して、それを遠隔で操作していたといったところでしょうか。

 気になるのでしたら地下の購買部に顔を出してみては?」

 嘘を言ってるようではない。というかここで嘘をつく理由がない。

「じゃあ行ってみるよ。

 いろいろありがとう。お礼はまた今度するから」

「お礼……?

 勝ち残れば近いうちに敵になるのに、本当に面白い方ですね」

 くすくすと笑う少年の表情は、いつもの大人びたものではなく年相応のものに見えた。

 では、とレオは懐から端末を取り出して見せびらかすように軽く振る。

「そのお礼として、連絡先を交換しませんか――?」




三人称視点かと思ったら実は別の人物の一人称視点だった
そういう演出がしたいなーと思ってこのAristotleは変則的な視点で挑戦してみましたが……もう少し不気味さが出ると思ったんですが僕の実力ではこれが限界でした。やっぱり難しいですね

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