今回は4回戦では結構お気に入りのシーンです
――そして、私は観測する。
レオがいなくなった別館裏の空間。
ユリウスの指示でアサシンが戦闘に参加しないこの状況では、サラとユリウスの二人を止めるものは誰もない。
一触即発の空気が流れるなか、先に動いたのはサラだった。ただし彼女が動くのを察知したユリウスがほぼ同時にコードキャストを起動し魔力の弾丸で迎え撃つ。
彼の放つスナイパーのように正確無比な弾丸は、弾幕を張っているわけではないのに相手の動きを効率よく阻むものだ。
だというのに、それをサラは左右にステップを踏むことで掻い潜る。
時には両足だけでなく手を使い、地面だけでなく壁も伝うその姿はまるで獣だ。人間とは思えない動きでユリウスの攻撃を見切ったサラはみるみる距離を詰めていく。
この時点で両者とも規格外な戦闘センスの持ち主であることは容易にわかる。
「ちっ、らちが明かんか……!」
コードキャストでの迎撃は不可能だと判断してユリウスも拳を構えた。
規格外な戦闘センスを持つ二人が今、至近距離で拳を交わす。
弾幕を掻い潜ってユリウスの懐に潜り込んだサラは上体を起こすと同時にユリウスの顎を狙って拳を振り上げる。が、その拳を左肘で弾かれ軌道をそらされると、ガラ空きになったサラの左横腹にユリウスの拳が撃ち込まれる。
「……っ!」
並の人間であれば勝負が決まるであろう見事なカウンター。しかしサラは倒れない。
普通なら体勢が崩れればそれを戻そうと踏ん張るだろうが、サラは逆に右足を軸にして身体をコマのように回転させた。
おかげでユリウスの一撃を最小限のダメージで抑えこめる。そしていなした衝撃さえも回転に上乗せし、全身を使って繰り出した拳はユリウスの防御を真正面から貫いた。
カウンターに次ぐカウンター。
数秒の間に繰り広げられた攻防は彼女たちの実力の高さを証明する。
なおも続く激しい応酬ははたから見れば拮抗しているよう見えるが、しだいにサラの表情が曇っていく。
「どうした、こんなものか降霊師」
「わかってて言われると気分が悪いな」
相手の攻撃をいなして反撃に繋げるサラに対し、ユリウスは真正面から攻撃を防ぎながらごり押すような戦い方だ。仮にもハーウェイの暗殺部隊筆頭である男がそんな雑な戦闘を行うとは思えない。
完全にサラを下に見た戦い方であり、それで対応できてしまっているのが現実。
「確かにお前は天軒より戦闘技術は高い。だが俺には届かない。
お前ならわかっているだろう?」
「そうとも限らないぞ。戦いでは何が起こるかわならいからな。
それから先に経験した先輩としてアドバイスすると、天軒由良の評価は改めておいた方がいいと思うわよ!」
ユリウスの裏拳を腰を落とすことで回避し、返す刀で相手のみぞおちを狙って蹴り上げる。しかしその一撃もユリウスは難なく防ぎ、すかさず彼女の脚を掴むと乱暴に放り投げた。
飛ばされたサラは猫のように空中で体勢を整え、体重を感じさせない動きで着地するも、両者の距離が開いたことでお互い息を整える小休止が入った。
「俺とあいつが拮抗してると? ふん、世迷言を。
この前の戦闘で力の差はわかっただろうに」
「あいつの成長速度が予測できないのはお前も理解してるだろう?」
「ならなぜこうして奇襲をしかけた? このままじゃ勝てないと判断したからだろう?
まあ、それも失敗に終わったようだが。
それに聞くところによると、お前あいつの礼装になり下がったらしいな。おそらく魔力生成量もかなり減ってるはず。
こうして接近戦を仕掛けてくるのも、肉体を強化するコードキャストを使わないのもそれが原因だろう」
「……ほんと、鋭いよなお前は」
サラの得意分野はサイバーゴーストを降霊することによる多種多様なコードキャストと、彼女自身の身体能力を生かした肉弾戦だ。降霊している間は身体能力が降霊させてあるサイバーゴーストに依存してしまうため、基本的にコードキャスト戦と肉弾戦は別で扱っている。
しかし、ユリウスほどの相手であれば肉弾戦でも多少の強化を施しておかないと力負けしてしまう。
なのに、ユリウスの言う通り今のサラはコードキャストを一切使っていない。ユリウスが雑なごり押しで対処できたのもそれ所以だろう。
また、最初の一撃以降まともな攻撃は受けていないはずのサラの額には尋常ではない汗がにじんでいた。
「諦めろ。今のお前では絶対に俺には勝てん。奇襲に失敗した時点でお前は引くべきだったんだ」
「断る」
「…………」
その姿は、物分かりの悪い愚人のあがきに見えただろう。男の表情が憐れみで歪む。
だというのに銀髪の麗人はその男の表情に対して鼻を鳴らし、そして別の場所に目をやりながら愉快そうに笑みを浮かべる。
まるで、自分の思い通りに事が進んだことを喜ぶように……
「そもそも、誰も奇襲が本命とは言ってないだろう?」
サラの目線を追って背後に目をやると、足元には拳程度の大きさの手鏡が転がっていた。
さっきまで激しい攻防をしてた場所だ。そこに何も落ちてなかったことはユリウスもわかっている。
ならば導き出される答えは……
「
短い詠唱に呼応し地面に置かれた鏡が質量保存の法則を無視して膨張。
瞬く間に巨大なドーム状に展開してアサシンを含めた全員を包み込む。
変化はそれだけに収まらず、校庭だった風景は見る見るうちにテクスチャが張り替えられ、結界の内部はアリーナのそれに塗り替えられた。
「アリーナの一画を複製した空間だ。校舎と空間の構築が違うからアリーナと同様にサーヴァント同士の戦いをしてもペナルティはないし、きちんとしたアリーナではないから強制終了になることもない。
リターンクリスタルは使えるかもしれないが、ちゃんと機能するか微妙なところだな。どこに飛ばされるかわからない。
結界を破壊すれば出られるが、結界破壊に特化した宝具でも持っていなければ核を壊すしかない。
そして――」
「核はお前自身、といったところか。
だが、礼装になり下がった今のお前にこの結界を維持するほどの魔力があるとは思えんな」
「……まあ、そう考えるのが普通か。
今の私の身体は本来の約一割の魔力しか生成できない状態だからな。死ぬのが避けられたとはいえ大きすぎる代償だ。
お陰でマイル―ムから校舎に出るだけで一苦労よ」
わざとらしくため息をつく姿を見て目の前の死神が眉間にしわを寄せる。
「なら、今のお前は約9割の死んでいる臓器を補うために大量の生命維持装置を抱えているのに等しい。どう考えてもまともに動けるわけがない。
それなのに俺の前に立ちふさがるなど、ただの自殺志願者にしか見えないな」
「ああ、
「…………なに?」
「正確には完全に分離してきた、と言うべきか。
マイルームの外で活動する場合は礼装部分へ魔力が流れないように弄っていたんだが、それだと本来の魔力の流れを不自然にせき止める形になるから、どうしても身体に無理が生じて時間制限がかかる。
だから完全に組み替えてきたんだ。礼装部分を完全に切り離し、アバター部分だけで魔力が綺麗に循環してくれるようにな。
お前のたとえで説明すると、死んだ臓器ごと生命維持装置を外して、残った臓器だけで生命維持ができるように肉体改造した、ってところかしら?」
もちろん彼女の言っていることが本当だとして、そう簡単にできることではない。
魂の扱いに長けた彼女だからこそできた例外中の例外だ。
しかし、だとしても……
「バカな。そんなことをしても身体を構成するリソースが戻るわけではない。
魔力のロスがなくなるから仮にコードキャストが使えるようになったとしても、今のお前は元の1割程度のリソースで動くハリボテだ。
身体能力の低下もそうだが、なにより身体の耐久力が俺の一撃だけで飴細工のように砕け散るぞ。
……そもそも、そんなことをして生きていられるのか?」
「まあ、普通なら不可能だよな。
だが、肉体を構築するリソースも、結界を維持する魔力も問題ない。
私の使う鏡の結界魔術の本質は、物質の増加。同一のものを複製し、質量保存の法則を凌駕する神秘。
付け焼き刃の私の技術じゃ無尽蔵とまではいかないが、この電脳の世界でも例外ではない。
マイルームに使われている教室一個分のリソースを自分に還元すれば、人一人の肉体を補強するぐらいは問題ないさ。
そして魔力に関しては、それを可能にするほど私の魔力生成量は規格外ってことだ。
10分の1になった魔力生成量で、自分の身体を維持できる程度には、ね」
目の前に表示させたキーボードを乱雑に操作し、テクスチャを切り替えることで上着を脱ぐ工程をスキップして脱ぎ去る。
割かれた上着から見えていた通り、上はチューブトップのみ。そして先ほどまで上着で隠れていたためわからなかったが、スカートはベースが修道服であるからか腰部分がぶかぶかであるため、左右の骨盤あたりで引っかかるように紐を取り付けている。
かなり雑に補修された上着を着ていたのがマシに見えるレベルで、今のサラはぎりぎり『服を着ている』という分類に収まるように布を加工しているという印象が強まった。
「サキュバスか何かの血でも流れてるのか?」
「心外だな。露出狂とでも言いたいのか?
これでも物持ちはいいほうなんだよ。まあ過去を引きずって捨てられないだけだが……
それより、もっと他に注目する場所があるでしょう?」
言いながらわざとらしく肩をすくめるサラ。
いきなり肌色の面積が増えたことで注目する点が拡散してしまったが、たしかに彼女の身体には気になる点があった。
上着を着ていたときからその裂け目から覗いていた赤い刻印。その下に、さらに別の模様が刻まれていた。
その刻印をサラの細い指がなぞっていく。
「私のこの胸にある刻印、これは私の名前にも刻まれている『コルナ』を模したものだ。
コルナは元来魔除けのジェスチャーだとされているが、同時に悪魔崇拝のジェスチャーでもある。普段は他の魔除けと併用することで、魔除けの魔術として機能させているけどな。
ここで問題。
この下にある刻印は何を表しているんでしょうね?」
首をかしげながら、相手の視線を誘うように彼女の指も下腹部へと下がっていく。
コルナを模した刻印からへそに向かって広がる一本線はまるで雫。そして、へそより下……ちょうど子宮があるあたりには雫を受け止めるように器が描かれている。
「その器、まさか聖杯か……?
いや、だがそんなもの描いたところで所詮は落書き。何かが起きるはずがない!」
「だろうな。だが、私なら話が変わってくる。
そもそもこの赤い刻印が何でできてるか。
それについて考えてみてもいいんじゃないかしら?」
「…………なっ!?」
言われて初めて冷静に観察し、そしてユリウスは気づいた。
彼女の身体に刻まれていた赤い刻印は、高濃度の魔力で形作られている。
つまりそれは……
「令呪、とでもいうつもりか!?
だがお前の令呪は右手にあったはず。そしてそれは自身のサーヴァントによって切り落とされた!
だから聖杯戦争から脱落したはず!」
「もちろんこの聖杯戦争で獲得した令呪は失ってる。
生きながらえたのはまた別の理由だ。
その証拠にこれは魔力だけなら令呪と同レベルだがサーヴァントを拘束する力はないわよ」
言っても信じないだろうけどな、と呟きながらため息をつき、そして改めて説明を続ける。
「で、なんで私がこんな令呪もどきを持ってるかというと、だ。
私も研究資料を読んだだけだが、私の実親が研究していたのは魂の研磨だったらしい。
今の人間は人体を科学的に解明されて根源から離れすぎている。ならば不必要な部分を切り捨て神秘の源のみを保有した人間を創ればいい。
そんな狂った思想のもと、生まれて来る生命を加工する魔術の家系だったらしい。
だが、数十年前に地上からマナがなくなり始め、このままでは研究を進めるのが困難だと判断すると、マナがなくともオドだけで研究ができる人間を作る計画にシフトした。
で、私はそんな研究の『失敗作』というわけよ」
オドだけで研究が出来る。それはつまり、本来マナを消費して行う大規模な魔術をオドだけで行うという事。
そんなことが可能であればこの地上にはまだメイガスが残っているはずだ。だが、現実はメイガスは滅び、新たな魔術師としてウィザードが誕生した。
「そんなことできるはずがない、といった顔だな。だがそれができるんだよ。
私に埋め込まれた『コーニュコピア』の破片があればな」
コーニュコピア。
ギリシャ神話の全知全能の神ゼウスが、自身を育てたとされるアマルテイアに返礼として渡した山羊の角。
その角にはゼウスの祈りが込められており、持ち主の望みの物を与える力があると言われている。
「これも聖堂教会が定めた『聖杯』の一つに該当するんだろうな。
……破片とはいえそんなものを持っていてお咎めなしということは、私の家系は聖堂教会と裏で深く繋がってたんだろう。
であれば、悪魔を祓うためとはいえ、魔術師の家系である私のもとに聖堂教会側の人間であるハンフリーが来たのもある意味納得よね」
「……失敗作というのは?」
「目論見通り大量の魔力を生成できるが、それに耐えられる魔術回路を持ち合わせていなかったんだ。資料によると数十年かけてコーニュコピアに適応する
自分の魔力で自分の回路を焼かれる感覚を知ってるのは私ぐらいかもな。
おかげで生まれた私が感じたのは「痛い」という本能的な危険信号のみ。当然そんな状況が続けば精神は急激に摩耗。
魔術師の家系っていうのは基本狂った思想を持つらしいから、もしかすると私という人格が消えても魔力を溜めれる肉袋として機能すればいい、と考えていたかもしれないが、なまじ規格外な魔力を保有しているせいでそれを求めて悪魔がわんさかと寄ってくる。
私がいることによるメリットよりデメリットが多いと判断した結果、私は悪魔を祓いに来たハンフリーにそのまま引き取られる形になったというわけだ。
そのあと長い年月をかけて魔除けのスキルと並行して、余剰分の魔力をこうして刻印としてストックする術を身につけた結果が今の私だ。
信じられるかどうかは別として理解はできたらしら?」
サラが自身の身の上話を語ること数分。その姿はかなり隙だらけだというのにユリウスが近づいてくる様子はない。
聖杯の破片をその身に埋め込まれた人間が相手となれば、不用意に近づくべきではないと判断したのだろう。その証拠にアサシンにさえ攻撃命令を出していない。
さきほどと何か状況が変わったわけではないのに、だ。
その姿は、今自分がいる場所が実は地雷原だったと知らされた瞬間足をすくめるような愚かさにも等しい。
「ふふふ、あはははは……っ!」
この状況へ導いたのはほかならぬサラ自身。だというのに、あまりにも見事に術中にはまった男を前に我慢できず笑い出した。
乱暴に目元のアイシャドウをぬぐったことで顔の印象が変わる。さらに髪留めを外すことで今まで縛られていたくすんだ銀髪が広がり、翼のように背後で広がった。
「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ、自分のその慎重さを恨むんだな。
お前は、自分で自分の確実な勝利を手放したわよ!」
サラの足元を中心に幾何学的な模様が描かれる。
何かが起こり始めている。しかし何が起こっているのかはわからない。故に踏み出すべきかどうかを決めかねるユリウス。
男が悩んでいる間にも幾何学的な模様は地面を埋め尽くし、そして淡く光を宿す。その光が魔力を宿したものだと理解した瞬間、ようやくユリウスは駆け出した。
一息で距離を詰め、インファイトでサラが行う『何か』を阻止しようとするが、そのことごとくを彼女はいなしていく。
そしていつの間にか周囲に彼女が憑依の際に使っている棺桶が浮遊し始め、着々と『何か』を行う準備が進められていく。
「サーヴァント召喚に必要なのは、英霊のいる座にアクセスする手段、サーヴァントを現世に繋ぎとめる楔、サーヴァントの肉体を維持するための魔力。
その三つの内、楔は通常の召喚と同様に私自身、魔力はムーンセルの補助なしでも補える魔力を私自身が生成できる。
そして座にアクセスする手段だが……
すでに召喚されたサーヴァントを使えば必要ないわよね?」
「貴様、いったい何をしようとしている!?」
珍しく焦りを見せる暗殺者に対して、銀髪を揺らして余裕の笑みを浮かべる降霊師。
いつの間にか精神的な優劣が逆転した状況をあざ笑うように、彼女らの周囲を飛び交っていた棺桶が規則的な配置につく。正五角形の頂点の位置、いやこれは円を描いているとみるべきか。
そして、その中心から新たな、どす黒い色をした棺桶が姿を現した。
「必要なのはサーヴァントの情報。
天軒が似たような効果の絵巻を持ってたのは驚いたが、この棺桶の中には私が召喚し契約していたサーヴァントのデータがこと細やかに記憶されている。
合わせ鏡が悪魔を呼ぶ、っていう伝承のおかげで親和性が高かったのも手伝ってるんでしょうね」
黒い棺桶が現れたのが決め手となったらしく、地面に刻まれてた模様の光が増し、さらにはサラの白い肌に刻まれた刻印も呼応するように赤く輝き始める。
「っ、アサシン、あの女を今すぐ殺せ! 宝具を使っても構わん!」
ここにきてようやくの命令を受け、アサシンが跳躍する。
「闇夜を巡れ――」
短く言葉を紡ぎながら、アサシンは十数メートル離れていたサラへ一気に迫る。一息でその距離はほとんど縮まり、距離はもう2メートルもない。
そして、その距離はすでにこの宝具の射程内でもある。
「――
深々と被っていたフードがめくれ、彼女の黒髪が一気に膨張する。
直接見たのは初めてかもしれないが、モニター越しでは数度見かけた業が彼女へと迫る。
まるで黒い波のように広がり襲ってくる髪を、サラは後ろへ飛ぶことで回避する。
「――素に贄の生き血。礎に指輪と魔術の開祖」
囁くような、しかし空間全体に響くような不思議な声。
「――あざ笑う声は我を誘い。五つの感覚は失せ。
受肉から張り巡りて。神要らぬ世と至る三叉路へ侵蝕せよ」
一節唱えられるごとに周囲に魔力が満ちていき、黒い棺桶も不自然に震えだす。
その詠唱が何を表しているのか彼らは知らない。それが地上で行われた聖杯戦争で、サーヴァントを召喚する際に用いられたものであることを。
それでもこのまま放置していてはいけないことは理解している。故にアサシンは距離を詰めつつ髪を伸ばし、逃げるウィザードを包囲しようと詰め寄る。
「――
だというのに、サラの身体は背後から誰かに引っ張られているかのように重さを感じさせない動きで、アサシンの追撃をのらりくらりと回避し続ける。
「――我望む虚数は五番。これ恐れぬものが叡智を得る」
その間にも彼女の詠唱は続き、周囲に溜まる魔力が通常では考えられない規模に充満する。
「――告げる」
その一言で、ただ周囲に充満していた魔力が一定の指向性を持って動き始める
動き出した魔力は渦となり、ユリウスの背後あたりを中心に渦巻き始める。
振り返ると、なぜかそこにはもう一人サラの姿が。しかしアサシンが追っているのもサラ・コルナ・ライプニッツで間違いないはずだ。
ただ、彼女が使うのは鏡を使った結界魔術。なら導き出される答えは……
「アサシン、それは虚像だ! 俺の後ろに本体がいる!」
その言葉に瞬時に反応したアサシンは踵を返し動き出す。だが偽物のサラを追いかけていたアサシンはユリウスやその背後にいるサラから距離が開きすぎている。
それに、頭上を取るべく高く跳びすぎたせいで着地までに時間がかかる。
「――汝の魂は我が肉体に。我が肉体は汝の手足に」
そうこうしているうちに、さらに詠唱が紡がれる。おそらく詠唱の終わりが近い。
唱え終われば何が起こるかわからない。
「大地を奔れ――」
だからこそ、アサシンは容赦をしなかった。
さきほどとは違う短い詠唱とともに、ギチギチと脚部が悲鳴が上がりそうなほど強く何もない空間を踏みしめた。
「――
直後、無風の空間内に暴風が吹き荒れた。
その勢いはとっさに自身に肉体強化を施したユリウスでさえ腰を低くして踏ん張らなければ吹き飛ばされそうなほどだ。
原因はアサシンの宝具によるものだが、暴風は副産物でしかない。その真髄は……
「終わりだ。異教の魔術師!」
暴風が吹き荒れるなか、ユリウスの背後にいたサラの目の前までアサシンが肉薄している。
瞬きをする暇すらないほどの瞬間的な高速移動。曰く、生身で音速を超えられるほど極限まで脚部を自己改造することでその身に宿した奇跡。その奇跡は、虚空すらも己の足場として駆けることすら可能にする。
それこそが妄想疾走という宝具。
吹き荒れる暴風は相手の動きを封じ、自身はすでに展開済みの狂想閃影で追撃が可能。
なにより1メートルにも満たない至近距離で展開された宝具を回避するのはほぼ不可能だと言ってもいい。そして天軒のライダーでも苦戦する業をサーヴァントではない人間が対処などできるはずもなく、容赦なく漆黒の波に飲まれて……
「な……っ!?」
鋼鉄の黒髪が飲み込んだのは鏡で構成された偽物だった。しかし、アサシンが高速移動してからしたと考えるのは難しい。
「どちらも偽物だったということか……
ならば、本物はどこへ……!」
あたりを見回してもそれらしき影は見当たらない。コードキャストで隠蔽している様子もない。
「――契約の儀に従い。我が願望我が使命を歪めて遂行せよ」
声が聞こえた。
場所はアサシンの立っている方向。さきほどまで偽物のサラが立っていた場所であり、魔力が渦巻いている中心点。
その
見上げると、くすんだ銀髪をなびかせ、地面でなす術なく見上げているだけのユリウスたちを見下し、あざ笑う麗人の姿がそこにはあった。
どこかで入れ替わったようには見えなかった。少なくともこの結界が展開してからは。もしそうならユリウスかアサシンが気づくだろう。つまり……
「貴様、この結界を展開してからずっとそこに潜んでいたのか!」
ユリウスがコードキャストで魔力の弾丸を放ち、アサシンは自身の髪を彼女へ向けて伸ばす。先ほどのように瞬間移動しないのは、ユリウスの魔力消費を懸念してか、もしくは連続での使用ができないからか。
そして――
「――
静かに、されど力強く、詠唱の最後の一節が唱え終わる。
彼女の身体に刻まれた赤い刻印はさらに輝きを増し、渦巻いていた魔力は飲み込まれるが如くサラの身体の中に流れ込む。
無防備を晒す彼女に先に迫るのはユリウスの放った魔力の弾丸。だが魔力を飲み込む際に吹き荒れる風が壁となり弾丸を弾く。
続くアサシンの黒髪は吹き荒れる風をかき分け、着実に相手の身体を抉るべく突き進む。
サーヴァントであってもまともに食らえば無傷では済まない漆黒の触手が迫り、サラの柔らかい肌をえぐり取るその直前、爆発にも等しい魔力の放出がアサシンの攻撃を吹き飛ばした。
爆発の余波に思わず顔をそらしたユリウスとアサシンが再び上空を見上げると、その一瞬の間に上空で佇んでいた女性の姿は異形の姿へと変質していた。
「――悪魔としての矜持に従いその願いを叶えましょう」
大きな帽子と、そこから突き出したねじれた角。紫を基調とした極彩色な容姿、ピエロを彷彿とさせる不気味な笑み。
「――第一部『誕生』は、ワタクシの敗北をもって幕を閉じました――」
彼の名を知る者がいれば、あるいはこう叫んだかもしれない。
ああ、悪魔! 悪魔! 悪魔が来たぞ! と。
紫の悪魔はその手に握る身の丈ほどあるハサミを開け、そして金属同士がこすれる耳障りな音を意図的に鳴らしながら閉じると、声高々に宣言する。
「――続きましてはぁ、『復活と逆襲』!! さぁ、さぁさぁさぁ!! 第二部の始まりですよォっ!!!」
サーヴァント・キャスター、真名メフィストフェレス。
かつて天軒由良に敗北した悪魔が今一度SE.RA.PHの地へと降り立った。
ということでメッフィー再来です
三回戦でわりとあっさりやられたのもここで見せ場があるからだったり……
詠唱はまんまサーヴァント召喚詠唱のパクリです
ネットの考察とか含めて弄ってましたが、やっぱりもとの召喚詠唱びっくりするぐらい作りこまれてますね