そして再び夜が明けてモラトリアム四日目。
いつも通り端末に第二層の解放とトリガー生成の連絡が来ているのを確認してライダーと顔を見合わせる。
俺のウィザードとしての腕では霊基の負担までは把握できないが、ライダーが何も言わないのなら俺はそれを信じよう。
しかしそんな中、難しそうな顔で画面とにらめっこしているサラが待ったをかけた。
「アリーナ行くのは待ってくれ。もう少しでアサシン用の迎撃礼装が完成しそうなんだ。
完成したら連絡するから、少し時間を潰しててちょうだい」
「それはいいけど、目安はどのくらい?」
「たぶん30分ぐらいだな」
「それぐらいなら……」
ライダーの方を見るが、彼女も反対する理由はないと言う代わりにこちらに微笑んだ。
気を改めてマイルームから校舎へと移動する。校舎内の時刻は正午を指しているからか、賑やかしのNPCだけとはいえかなり人通りは多い。
サラが礼装を完成させるまでの時間をどう過ごそうか悩むが、ここ最近購買に顔を出せていないし舞と雑談して過ごすのもいいかもしれない。
……そんなことを考えていて、少しだけ気が緩んだのが原因かもしれない。
いつの間にか背後に佇む黒い影に気づくのが遅れてしまった。
『ある――っ!』
「大丈夫」
俺の背後にいる人影を切り捨てるべく現界しようとするライダーをとっさの判断で制する。
本来ならライダーを止めるべきではなく、彼女に任せてすぐさま距離を開けるべきと思う。
身体が硬直して動けなかったのか、はたまた『動いた方が危険』と本能的に悟ったのかわからないが、結果的に俺の判断は正解だったらしい。
背後の人影は俺の背中に何か鋭い凶器を押し当て、無言のまま「動くな」と警告するのみ。敵意はひしひしと伝わってくるが、殺意は感じられない。
「ユリウスのアサシン、だよね」
「改めて問う。お前は異端の魔術師か?」
俺の問いには答えてくれなかったが、その声と内容からして間違いない。
二回戦の決戦が終わったあと、初めてユリウスと対峙したときに聞かれた言葉だ。
あのころは自分が何者なのかわからず答えることができなかった。今も自分が何者なのかははっきりしていないが、それでもこの問いに応えられる程度には自己も確立されている。
「俺は魔術師じゃないよ。少なくとも、特定の宗教に属している人間ではね」
「なら、お前の持つ十字の剣はなんだ。あれは紛れもない異教徒の証だろう」
「十字の剣……黒鍵のこと? あれは借りてるだけで俺の持ち物じゃないよ」
「その言葉、嘘偽りはないんだな」
嘘をついていると思われたのか、アサシンの言葉に少しだけ殺気が籠る。
それでも事実を言っただけの俺としてはこれ以上言うことはない。……我ながら精神的にタフになったと思う。
張り詰めた空気が周辺に漂うこと数分、ようやく理解してくれたのか背中に押し当てていた凶器を下ろしてくれた。
「ライダー、今ここで報復はしなくていいからね」
『っ、主どのがそうおっしゃるのでしたら、承知しました』
先ほどからアサシン以上に殺気を放っていたライダーに念のために釘をさしておく。校舎での戦闘となればお互いにペナルティが発生することにある。なにより、ここでアサシンと戦闘してしまうと、何のために礼装の完成を待とうとしていたのかわからなくなる。
俺のためを思ってのことだと思うが、その感情は改めてユリウスと戦うときまで取っておいてもらおう。
「お前の武器が他人から譲り受けたことは理解したが、つまりお前は信ずる神はいないということか?」
一難去ってまた一難。いや、まだ最初の一難が去っていなかっただけかもしれないが、再度アサシンから問いかけられる。
「どうなんだろうね。俺はこの聖杯戦争に参加する以前の記憶がないんだ。
だからさっきの俺の言葉に補足をすると、どこかの宗教に属しているわけじゃないというよりは、もしどこかの宗教に属していたとしてもそのことを覚えていないと言うべきかもしれないね」
このアサシンを相手にする場合、下手に隠し事をして疑念を持たれてしまう方が面倒だ。初めて襲われたときのユリウスの言葉から察するに、今俺の後ろにいる暗殺者はユリウスの指示以外でもマスター殺しを行うことがあるようだ。おそらく、ペナルティという足かせは彼女には意味をなさない。
「ということは、お前はこの殺し合いが始まってからの記憶しかないのか?」
「予選で過ごしていた仮初の学校生活は覚えているよ。若干記憶が曖昧な部分あるけどね。まあ、結局そこで知り合った人全員が敵かNPCなわけだけど」
「……………そうか」
またも少し間をおいてから呟く背後のアサシン。同情されているような感じがしなくもないが、俺のそばにはライダーがそばにいるし、サラも協力してくれている。決して一人というわけではない。
「お前の境遇は理解した。ならば新たな心のよりどころとして我らが信仰する神について語るとしよう」
「え、どういう流れでそうなったの!?」
「いいから来い。図書室という部屋にある本に丁度いいものがあるはずだ」
言われるがままアサシンに手を引かれて廊下を抜けていく。あまりの突拍子のない行動にさきほどまで殺気に満ちていたライダーまでポカンとして反応に遅れてしまうほどだ。
対戦相手のサーヴァントに手を引かれて図書室に入ってくる、という前代未聞な光景に図書室でいつも待機している間目知識や有稲幾夜を始め、その場にいた賑やかしのNPCが物珍しそうにこちらを観察する。
「どうしよう、これ」
『波風を立てないほうが得策かと思われますが……
隙を突くための罠という可能性も否めません。十分に警戒を』
「アサシンのクラスだしそれを考えるのは当然なんだけど、なんかあのアサシンはそういうタイプには見えないんだよね」
などと会話している間に見る見るうちに目の前に古今東西の宗教に関する教本が積み上げられてた。
掻い摘んで説明すると信じているが、それでも何時間かかるのかわからない量に自分の表情が引きつるのがわかる。
「さっそく我らの崇める神について語りたいところだが、お前は目が黒く肌は少し黄色がかっていて茶色がかった
日本人は宗教に関連した行事こそあれど、特定の宗教は持たず自然宗教であると聞く。
だからまずは宗教とは何たるかを語るとしよう」
「そ、それはいいんだけど、そんな長時間自由行動していてユリウスに何か言われることはないのか?」
「すでにトリガーは入手して今日のするべきことは終わっている。昨日まではユリウスの寄り道に付き合っていたが、別にこうして自由に歩き回っても問題ない」
説明するのに丁度いいページを見つけるためかぺらぺらと流し読みをするアサシンからそんな返答が返ってきた。彼女にとってはどうでもいい情報なのだろうが、俺たちにとっては有益なものだ。
『つまり、ユリウスたちはもうアリーナ探索を終えているということか』
突然視界に広がる文字列に少し身体が跳ねた。またサラがチャットを俺に飛ばしてきたのだろう。
会話の内容が俺だけに伝わるのは相手に悟られたくないこういう場面ではかなり重宝しそうだ。
『礼装の調整が終わったから見てみれば、面白い状況になってるな。丁度いいしアサシンから情報を引き出してみたらどうだ?』
『あまり無責任なことは言わないでほしいんだけど?』
『まあ、どちらにしても今日はアサシンと戦闘することはないし、ゆっくりしていけばいいんじゃないか?』
その言葉を最後にチャット画面が打ち切られる。完全に匙を投げられたというわけだ。
気付けばアサシンはいくつか説明するのに適したページを見つけたのか数冊にしおりを挟んで積んでいた。
「ではまず、なぜ宗教というものが存在するかだ――」
結果だけを言えば、数時間では済まなかった。
物珍しそうに見ていた賑やかしのNPCたちは残らず解散し、間目と有稲のいつものペアだけがこちらを気の毒そうに眺めていた。
「――つまり、宗教とは儀式などを行うことで人間では成しえない奇跡が起きることを祈り、願うために存在しているのだ。これで宗教がなんなのかお前にも理解できただろう。続いて我らが信仰する神についてだが……」
「人を殺すことって、宗教の教えに反したりしないの?」
気付いたら、思ったことを口から滑らせていた。長時間の一方的な布教に集中力が切れたのかもしれないが、後悔してももう遅い。
俺の言葉に押し黙るアサシン。背後で待機するライダーがもしものためにいつでも現界できるよう警戒を強める。
緊迫する空気の中、しかしアサシンは小さくため息をつくだけで荒事には発展しなかった。
「我らをただの殺人集団と捉えているのであればそれは誤りだ。先ほども言った通り宗教とは、己が望む奇跡を起こすために必要な道しるべ。我らにとっての奇跡は瞬く間に命を奪う唯一無二の業であり、それを追求し己がその奇跡の体現者となるべく鍛錬を積むのが我らの儀式。つまり教団の人間は皆信仰者なのだ。
そして、その奇跡を体現出来た者は我らを導く『山の翁』として代々受け継がれてきた名を襲名するしきたりとなっている」
怒るのではなく諭すようにアサシンは自身が信仰する宗教について語る。思っていたのと真逆の対応に俺もライダーも面食らってしまった。
「その、ごめん。侮辱するつもりはなかったんだ」
「気にするな。異教のものならまだしも、お前のように何も信仰しない者からすれば宗教は理解できない教えである場合が多い。だからこそ、そのような者に私は我らの信仰するものの素晴らしさを語る必要があるのだ。
それに、理解する気のない言葉であれば私も容赦する気はなかったが、さきの言葉は侮辱ではなく理解を深めるための疑問だ。実際、我らの信仰するものがなんなのか、より理解できただろう?」
彼女の語る内容は狂信的な殺人集団のそれで、絶対に理解できないだろう。しかし、信じる対象がなんであれ目の前の少女がどんな人物なのかは理解できた気がする。
彼女は純粋に自分の信じた道を突き進んでいるのだろう。それが倫理に反したことだとしても、その直向きな姿にはある意味尊敬してしまう。
「奇跡を体現した人間が襲名する名前。それが、アサシンの語源になったと言われる『ハサン・サッバーハ』。
君もその一人なのか?」
奇跡を体現というのは『ザバーニーヤ』という名の宝具を持っているということだろう。彼女の宝具は歴代18人のハサンの宝具の模範という非常に強力なものだ。
てっきり彼女が19代目のハサンだと思ったのだが、彼女は静かに首を振った。
「私が行ったのはただの模倣。いやそれにも満たない贋作だ。サーヴァントとして召喚された今は恐れ多くもハサン様の御業をお借りしているが、唯一無二の業を作れず歴代ハサン様の御業を穢してしまった私が『山の翁』の名を襲名するなど身の程知らずにもほどがあるというもの。
私のような未熟者よりも百貌様のような……暗殺はもちろんありとあらゆる事柄をまるで別人が行っているかのように完璧にこなす奇跡こそ我らの翁にふさわしい!」
理想の存在を語るかのようなキラキラとした表情に唖然とする。
彼女の言葉には悔しいという感情は一切なく、むしろ自分の実力で翁を目指そうとしたことが恥ずかしいとさえ感じている節がある。
宗教に狂信的というのはわかったが、『山の翁』という存在に対してもここまで傾倒しているとは思わなかった。
「さて、これで我らの信ずるものの素晴らしさは十分に伝わっただろう。今からでも我らの同胞となるつもりはあるか?
もしなるのであれば、マスターに生かしてもらえるように進言することもできる。
あの者は違法な術をいくつも抱えているようだ。だからお前を生かしておける手段もあるはずだろう」
「違法な術って、
「特にそのようなことは言ってなかったと思うが?」
キョトンとした様子で答えるその姿に嘘をついている様子はない。
『これは思わぬ収穫だな。あの神父に全部はく奪されたと聞いていたが、文字通り最後に切り札として何か別に用意していたのか?
何にしても、注意した方がいいわね』
たしかに、その切り札を俺との対戦で切るとは限らないが、ユリウスを倒すつもりであるならその可能性を考慮しておいて損はないだろう。
「それで、我らの同胞になるつもりはあるか?」
再度問いかけられたそれは、最後の忠告でもあるのだろう。同胞になるのであらばあらゆる手段を用いて生かせるように尽力する。
しかし同胞とならないのであらば敵とみなし殺す。彼女の同胞を思う慈悲深さと、異教徒を排除する敵対心はここまでで痛いほど理解できた。
そんなアサシンの問いかけに対し、すでに俺の答えは決まっている。
「親切に手を差し伸べてくれたことには感謝している。あなたがどれほど真剣に信仰しているのかも十分に伝わった。
でも俺はその信仰に賛同することはできない」
「……理由は?」
「別に深い理由はないよ。あなたの信仰する教えに俺は合わないってだけだ。
それに、俺がこういう返答をするって、ライダーはわかってたみたいだからね」
背後で佇んでいるライダーが静かに戦闘態勢になっているのがわかる。つまり俺がどう答えてどんな未来が待っているのかわかっていたということだ。そのことがこの上なくうれしい。
「こんな俺でもライダーは信じてくれているんだ。だから俺もそんなライダーを信じたい」
そうか、と短く返す少女。今度こそ戦闘になるかと思ったが、またも小さく息を吐くだけだった。
「お前は私たちとどこか似ている。いい同胞になれると思ったのだが、残念だ。しかしそれがお前の信ずるものなのであればこれ以上言うことはない。
我らの同胞になるつもりがないなら、次に会ったときには容赦なくお前が信じる者の命を奪う」
「ライダーは殺させないよ、絶対に。それがどんな手段であっても」
そのやりとりを最後に、アサシンは空間に溶けるように姿を消した。あれがアサシンのクラスが持つ気配遮断スキルだろう。
霊体化とは違い本当に気配を感じなくなるため、すぐそこにアサシンがいるかもしれないという疑心暗鬼に陥ってしまうこのスキルはかなりの脅威だ。
『あのアサシンの性格からして、気配遮断を使って暗殺をするタイプじゃないだろう。
もしアサシンらしく暗殺を好むなら、初手から宝具でけん制なんてしてこないでしょうし』
「うん、俺もそう思う。
今日アリーナ行ってもユリウスと戦闘することはないみたいだけど、アリーナに行く必要はあるかな?」
『ライダーが身体をならす目的でなら、軽く潜ってもいいんじゃないか? そのあたりはお前に任せる。
礼装は……マイルームに帰ってきてからでもいいだろう。
今日遭遇する可能性がないならわざわざマイルームに戻ってきてもらう必要もないでしょうし』
「思ったんだけど、礼装ならサラが装備すればいいんじゃないの?」
『残念ながらこの礼装に関してはそれができない。
この礼装はコードキャストを内蔵したものじゃなくて、概念武装をベースにしたものだからな。私が改造した黒鍵からの出力には対応してないんだ』
概念武装というと、二回戦の時に凛がラニに作ってもらっていたヴォーパルの剣や俺が持ってる黒鍵のようなものか。
「あれ、でもサラが俺のアイテムストレージからアイテム取り出してたってことは、その逆もできるんじゃ?」
『……アリーナに行くなら早く行け』
「今誤魔化したよね?」
追求したいが端末越しでは黙秘権が使用されたらどうしようもなかった。
しばらくアリーナを探索したのち、今までのアリーナ探索と比べるとあっさりと校舎に戻ってきた。
出入り口付近で数体のエネミーを倒して調子を確かめたのち、もう十分と判断したライダーの意見を尊重した結果だ。
「戻ってきてから言うのもなんだけど、本当に帰ってきてよかったの?」
『はい。この肉体で戦闘する感覚は十分に確かめられました。
それに、先ほどのアサシンとのやりとりで主どのも疲弊しているようでしたので』
「……ありがとう」
どうやら気を使ってくれたらしい。謝罪をしてもライダーを萎縮させてしまうだけだから代わりに感謝して校舎を進む。
『このままマイルームに戻るのでしょうか?』
「少し購買に顔を出すよ。最近アイテムの補給をする暇がなかったから」
理由はそれ以外に、そろそろ顔出さないとまた小言を言われそうというのがある、と言うよりそっちの割合の方が大きい。
色々あってラニとサラが礼装を作るときに暇つぶしで立ち寄ったとき以来行けてないから絶対に言われるだろうな、と思いながら地下へと降りる。
いつもはこの時点でこちらに気づいて呼びかけられることが多いのだが、今回はこちらに気づいてないようだ。
「こんにちわ、舞。何か考え事?」
「っ!? …………よかったぁ」
俺に気づくなり腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。予想外の反応にこっちも面食らってしまう。
「えっと、なにごと?」
「こっちのセリフだよ!
対戦相手があのユリウスだって噂は聞くけどそれ以降の話題は聞かないし、ユリウスと対戦したマスターはモラトリアム中に負けてるって話だし、対戦相手発表されたあたりから君は全然購買に来ないし!!
……なにより売上伸びないし」
「ちょっと、最後最後。本音漏れてる」
子供が駄々をこねるようにショーケースを何度も叩きながら不満を一気に爆発させる。
心配かけて申し訳ないと感じたのだが、まさかの売上の心配をしていたとは想定外で思わず肩を落とした。
一気に感情を爆発させたせいか顔を真っ赤にしている購買委員へ不満の眼差しを向けると、不満そうに口を尖らせて明後日の方向を見始める。
「だって、お得意様消えたらここ使う人いなくなるから、次の校舎併合のときに消えちゃうじゃん。
レオ君やその対戦相手は一回戦あたりに世話話をしたぐらいで買物してくれないし、ユリウスにいたっては顔出すこともなかったし、凛ちゃんは比較的買いに来てくれてたけど今回は別の校舎みたいだし……」
指を折りながら列挙していく名前の中には俺がこの聖杯戦争で知り合った人が全員入っていた。
舞と同じ校舎でずっといるため、必然的に接する人も似てくるのだろうか……?
「で、俺が久々に来たから爆買いしてもらおうってことね」
「安心したのは本当だよー。ここまで贔屓してるのは君だけだし。だから、ね?」
「露骨なおねだりされると逆にやる気なくすんだけど」
「待った! タイム! 少し安くするから!」
茶化し茶化されのやりとりをしつつ消費した分のアイテムを補充していく。こんなやりとりを彼女としたのは久々で、自然と笑みがこぼれててきた。
そんな中、突然端末に通知が入る。舞に断りを入れて確認すると送り主は遠坂のようだ。それ自体はいいのだが、メールの内容に目を通すと思わず眉をひそめてしまう。
「どうかした?」
「いや、ちょっと遠坂に呼ばれたから行ってくるよ。じゃあまた」
「あ、うん。あれ、でも遠坂さんて……」
舞の言葉を最後まで聞かず逃げるようにその場を去る。
遠坂から送られてきたメールの内容は非常にシンプルなものだ。
『購買部のNPCがいないところで私に連絡しなさい』
購買部のNPCというのはおそらく舞のことだろう。誰もいないところで連絡しろ、ならまだわかるのだが、なぜ舞をピンポイントで指定したのかがよくわからない。
ひとまず校舎三階の人気の少ないところに移動し、メールに添付されていたアドレスに連絡する。
しばらく続くコール音を聞き流しながら待っていると、端末から聞き覚えのある声が返ってきた。
『久しぶりね、天軒君。
正直まだ生き残ってるのかわからなかったけど、あなたも無事五回戦まで勝ち進んだようね』
一回戦から度々お世話になっていたが四回戦では別の校舎に配置されたため、インターバル期間も含めるとこうして声を聞くのは約二週間ぶりだ。久々の声を聞くと、いずれ敵となる可能性があるのだとしても警戒心は緩んでしまう。
「まあ相手はユリウスだけどね」
『……はぁ、また面倒なカードを引いたようね。むしろいつも通りで安心したわ』
こちらを憐れむため息が端末越しに聞こえてくる。声だけだというのに遠坂の引きつった笑みが容易に想像できた。
「というか、別の校舎でもこうして連絡って取り合えるんだね」
『ああそうだった。違法とまではいかないでしょうけどグレーゾーンなことしてるから、SE.RA.PHに気づかれる前に要件を伝える必要はあるけれど』
「ちょっと」
しれっと怖いこと言わないでほしい。
『じゃあ手短に話すわね。以前、二回戦終了あたりでありすが殺されたって言うのは伝えたわよね?』
「……うん、そうだね」
思い出してもあまりいい気持ちになるものではないが、ちゃんと覚えている。
『実はね、犯人についても黒いアリスが最後の力を振り絞って犯人を教えてくれたのよ。
あの時はまだ私の中でも信じ切れてなかったのと、天軒くんも精神的に参ってそうだったから言わなかったけどね』
ごめんなさい、と続ける遠坂だが彼女に非はない。
このタイミングでそのことを切り出したということは、彼女の中でも確信に変わったか、それとも今なら話しても問題ないと判断したのだろう。
……もしくは、次会ったときに話そうと思っていたがなかなか会えないから、しびれを切らして急遽このような手段で連絡をしてきたのかもしれない。
「それで、犯人は?」
『天軒くんもよく知ってる相手よ。購買委員を担当しているNPCで、名前は天梃舞だったかしら?』
「…………は?」
再度思考が止まる。一瞬聞き間違えたのかと思うほど、ありすたちを殺した犯人と遠坂の言った人物が繋がらなかった。
『私も未だに信じられないわ。
アリスが見たものをあの子自身の宝具を介して見させてもらったけど、戦闘に特化してチューニングされてるとしか思えない動きだったもの。あの底抜けに明るい看板娘風のNPCとは似ても似つかないわ』
「誰かが舞のテクスチャを真似てる可能性は?」
『それが一番現実的なのよね。
ありすたちはマスターじゃなかったから、『NPCはマスターを攻撃してはいけない』というルールに引っかかることはないにしろ、購買委員として与えられた場所以外に出現していることになるわ。
ただの賑やかしのNPCならまだしも、運営委員は聖杯戦争を円滑に行うために配置されてるわけだから持ち場を離れることはSE.RA.PHから命令された行動に反することになる。本来なら消去されてもおかしくないわね』
彼女の言い分はもっともだ。だが、以前舞を保健室で見たときに疑問に思いはしてもそこまで深刻な問題だとは思わなかった。
『かと言って、わざわざあのNPCに化ける理由がわからないわ。ありすたちと仲が良かったって話も聞かないから油断を誘うためではなさそうだし……
まあとにかく、私から言えるのは十分に気をつけなさいってことね。特に、購買以外で見かけたあのNPCについてはね』
義理は果たしたわよ。と言い残して遠坂はさっさと通話を切ってしまった。
ありすたちの死と、舞にかけられた疑い。いきなり突きつけられた二つの事柄に対し、俺はあまりの衝撃にしばらくその場から動くことができなかった。
EXTRAマテリアルで校舎は4回戦の時点で一つに統合されているって設定があって焦りましたが、この作品に限り5回戦まで複数の校舎に分かれて対戦を行っていることにしました
理由付けは矛盾なく行えたので大丈夫なはず……