Fate/Aristotle   作:駄蛇

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FGO、水着イベの素材を回収しきれる気がしません


泰然自若を装う麗人

 目が覚めると、茜色に染まっていた空はいつの間にか青空へと変化していた。

 身体がだるい。気を張っていないと持ち上げた瞼が再び降りてきそうだ。

 寝起きの鈍い頭をフル回転させ、できる限り直近の記憶を呼び起こしていく。

「たしか、ライダーの霊基を変質させることになって……それでサラに協力してもらって……それから……」

 うわ言のように順を追っていく。永遠にも感じるほどゆったりとしたペースで思い出していく。

 ようやくすべてを思い出した瞬間、身体のだるさなど気にせず飛び起きた。

「ライダー! サラ! 二人とも無事!?」

 気を失う直前で覚えているのは切羽詰まったサラの声と、身体の中を流れた変質してしまったデータ。

 何が起こったのかわからないが、おそらく俺が何かしたのだろう。そう結論付けて辺りを見回した。

「主どの」

 聞き覚えのある声に呼ばれ振り返ると、そこには見覚えのある面影を残した黒髪の()()が対座していた。

「ライ、ダー……なのか?」

「はい、ここまでずっと主どのと共に聖杯戦争を勝ち抜いてきた、主どののよく知る牛若です」

 少し照れながら笑みを浮かべるその姿は俺の知ってるライダーのものと重なる。なぜ肉体が成長してしまったのかわからないが、ひとまずこうしてまた話せることにホッとして全身から力が抜けた。

 そんな俺の間抜けな姿を見てくすくすと笑うライダー。

「サラどのにも似たような反応をされました。そんなにこの姿は変なのでしょうか?」

「いや、単純に見た目が少し大人びたからびっくりしたというか……

 もしかして、牛若丸から源義経に名前を変えたあとの姿がそれ?」

「そうですね、髪型が稚児髷から垂髪になっておりますし、時期的には平安末期の姿かと思います」

 袖口を持ちながら軽く両手を広げ、左右に身体を捻って全身を確認してから頷く。

 以前は童水干の首元に結袈裟などに付けられるような菊綴が付けられている、という改造がされていたうえに首回りだけしか布がなく、胸は栴檀板と鳩尾板で隠していただけというかなり前衛的なものだった。

 今のライダーは垂領を前で合わせ、はだけないように胸元あたりを紐で留めている。彼女の言う通りこれが平安時代末期の服装だというのならおそらく鎧直垂だろう。

 多少は慣れてきていたとはいえ、やっぱり紛いなりにもきちんと服で隠してくれている方がありがたい。主に目のやりどころ的な意味で。それでも前身頃がかなり短いために胸が少しはみ出していて、動くと危ないことには変わりなさそうだが……

「どこか私の身なりに変なところありますか?」

 さすがにじろじろと見すぎたらしく、気恥ずかしそうに肩をすくめてしまう。

 正直言えば変な部分だらけだと思うのだが、今更言うほどの物でもないため首を振って否定しておく。

「ところでサラは……無事だよね?」

「サラどのでしたら、いつもの場所で休まれていますよ。

 そういえば、主どのはサラどのが普段どこで休んでいるのか見たことがありませんでしたね」

 ハッとして手を叩いたライダーは工房がある空間の奥の方を指差した。

 その指の先を目で追うと、工房の陰に隠れるように布団が敷かれているのが辛うじて見える。

 俺が起きるころにはすでに工房の中で作業していることが多く、そうじゃないときは彼女の工房がある空間がこちらの空間から見えないように隔離されていたので、休んでいる姿は新鮮に感じた。

「しばらく休むと言ってました。あのあと私や主どのを付きっ切りで看病していてくれたようですし、起きるまではそっとしておくのがいいかと」

「そうだね。お礼は起きてから言うよ。……あと謝罪も」

「かなりご立腹のようでしたので、覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」

「ははは……半殺しぐらいで許してくれればいいほうかな」

 キレてる姿が容易に想像できて乾いた笑いが出る。ライダーもそれにつられて笑った。

 殺伐とした聖杯戦争のモラトリアム中だが、今この瞬間だけは穏やかな空気が流れる。

 ただ、気になることがまだ残っているので完全には安心できない。

「一応こうして会話できてるってことは、ライダーも無事ってことでいいんだよね?」

「ひとまず霊基は安定しているようです。

 おおよそは私の知る生前の肉体ですが、一部異なる部分もありますので。

 よろしければ、主どのが気を失ってからどうなったのか、私の口から説明してもよろしいでしょうか?

 サラどのから説明を受けましたので、大体のことは説明できます」

「わかった、お願い」

「承知しました」

 頷いたライダーは一呼吸おいたのち、ゆっくりと語り始めた。

「さきほどのうわごとから察するに、私の霊基を変質させる作業がほぼ完了していたところまでは覚えているかと思います。

 サラどのによれば、最後の仕上げに入ろうとしたところで突然主どのが自分の右手を左腕に叩きつけたそうです。その結果、書き込みデータの一部が変化してしまったようですね。私が私自身の肉体に違和感を感じているのはそれが原因なのでしょう。

 そのあとは倒れた主どのや霊基変質を終えた私をサラどの一人で介抱し、今に至ります。

 簡単にですが、以上が昨日起こった出来事になります」

「右手を左腕に叩きつけた、か……」

 気を失う直前のデータが変化してしまったのは俺も感覚的に覚えている。

 左腕からはサラから流された魔力と霊基データをライダーへ流していた。そこに右手を叩きつけたということは、右腕の謎の力が影響を及ぼしてデータが変化したと考えるのが妥当か。

 明らかに『復元』とは違う処理。どうやらまだこの右腕の力はその全容を見せていないらしい。

 そんな謎の力を使ったのにライダーが未だ無事でいられるのは本当に運が良かったとしか言えない。

「ところで、さっきから言ってる肉体の違和感って具体的にはどんなの?

 もしかして、宝具の使用に影響があるとか?」

 だとすると非常に困ったことになる。そもそもこんな大博打をしたのはユリウスとの決戦に向けて宝具を使えるようにするためだ。

 ライダーが無事なのはなによりも喜ぶべきなのだが、宝具が使えないのであれば早急に次の策を考える必要がある。

 しかし、それは杞憂に終わり、ライダーは首を横に振った。

「宝具に関しては問題ありません。この霊基に刻まれた切り札は正真正銘私の……源九郎義経が保有するものとなりました。

 必要とあれば我が奥義、存分に披露することを主どのに誓います」

 姿勢を正し、深々と頭を下げるライダー。宝具が使えるようになったことももちろん嬉しいが、彼女がしがらみから解放されて生き生きとしていることがなによりも喜ばしい。

「……あれ、でもそうすると違和感って?」

 その問いにライダーは右腕の袖を少しだけまくる。それに伴い女性らしい細くしなやかな腕が現れるが、その肌に浮かぶ蔓のように張り巡らされた痣がすべてを台無しにしていた。

「目覚めた時にはすでにこのように。一応全身くまなく確認してみましたが、このような痣が刻まれているのは右腕にのみ。しかしその理由やこれがなんなのかは……

 生前はもちろんのこと、死後描かれた物語にもこのようなものが刻まれた記憶はありません」

「痛みとか、そこだけ力が入らない、みたいなことはない?」

「問題ありません。触っても問題ありませんし、一応サラどのにも診てもらいましたが、特に変わったところはないとのことでした。

 強いて言うなら、日焼けのようで少し恥ずかしいぐらいでしょうか」

 そんな冗談を言えるぐらい本当に何もないらしい。パラメーターなどを確認しても変なところはない。

「あ、でもステータスはちょっと上がってるね。宝具は変化したんだから変わるだろうけど、筋力もD+ランクになってる」

「そのようですね。生前から腕力そのものはあまり高くありませんでしたが、こうして成長したことで若干ながらこの薄緑を扱うのに適した肉体になったからかもしれません」

 説明をしながらライダーはその手に握る日本刀を見て静かに胸を撫で下ろしている。

 ……たしか、彼女の刀はもともと『膝丸』という銘だったものが源頼光の手に渡り山蜘蛛を斬り伏せたことで『蜘蛛切』、源為義の手に渡った頃に『吠丸』と、どんどん銘が変わっていき、最終的に義経が授かった際につけた名前が『薄緑』だったはずだ。

 そして、頼朝との仲が悪化した際に関係修復を祈願して薄緑を箱根権現に奉納したと聞く。しかし、そこで薄緑を手放したことが義経の最期を決定づけたと言われている。

 彼女が握るその刀はただの武器ではなく、敬愛する兄と共に戦っていた頃を象徴するものなのかもしれない。

 しばらく談笑で時間を潰していたところ、布団が動く音が部屋の奥からして自然と口を閉じた。

「おはよう、サラ」

「ん……」

 一応返事は返ってきたが反応が鈍い。しかも布団から出るのかと思ったらもぞもぞとしているだけで一向に起きる様子がない。

 普段からこうなのか、いつも早起きしているライダーに視線を送ってみると、苦笑いをしながら肩をすくめられた。どうやらいつもこの様子らしい。

「ちゃんと立ち上がるまでは何を言っても同じ反応なんです」

「そうなんだ。起きてる姿しか知らなかったから、ちょっと意外だな」

「私も最初の方は驚きました。普段のしっかりした雰囲気と真逆ですからね」

 などと何気ない会話を続けていると、ようやく布団にくるまれていた女性が這い出してきた。とはいえまだ完全には目が覚めていないのか、頭を振って眠気を払おうとしている。

 魔除けを兼ねていると言っていた髪留めは寝ている間もしているらしく、頭を振る動きに合わせて長い銀髪が揺れている。

 ……どうやら電脳世界でも寝ているときは上着を脱ぐタイプらしく、下はスリットが入っているとはいえロングスカートなのに対し、上はチューブトップのみだった。

 露出度で見れば隣に座っているライダーの方が圧倒的だし、普段の服装も低露出と言われれば違うのだが、それでもいつもより肌色の面積が多い分そのギャップに動揺してしまう。

 ……断じて昨日の出来事を思い出したわけではない。断じて!

「主どの、どうかされましたか?」

「い、いや、なんでもないから気にしないで」

 あからさまに視線をそらしたせいでライダーに不思議がられたが、それ以上追及されることはなかった。

 ライダーを凍結させてまで見られないようにしたサラの心遣いを尊重し、昨日の出来事は墓場まで持っていこうと心に誓う。

「……………………天軒由良も起きてたんだな」

「待って何今の間!? というかなんで顔そらしてんの、ねぇ!?」

 今までに見たことないような表情で数秒黙り込んでからそっと顔をそらされた。

「なんでもないから気にするな。

 ところでお前が倒れたせいでお前とライダーのアフターケアをすべて私が行うことになったってわけが。そのことは理解しているか?

 理解したなら私に言う事あるんじゃないかしら?」

「むぅ……」

 俺の行った行動のしわ寄せがすべてサラにさせたと言っても過言ではないため、その件は申し訳ないと思ってるし、さっきまでは謝罪するつもりだった。

 ただ、なんか無理やり話題を変えられた気がして素直に謝る気になれない。

 そのまま本人たちにもよくわからない意地の張り合いは、見るに見かねたライダーが仲裁に入るまで続いた。

 謝罪の件がうやむやになると、サラはこちらに背を向けて上着に袖を通し始める。

「昨日の一件でお前の右腕が『復元』以外にも力を引き出せることは確定した。

 言うならば『書き換え』か。普通のウィザードもオブジェクトデータの書き換えなら行うが、あれは物質の構造を把握したうえで一から組み直すものだ。対してお前は過程を無視して臨んだ部分だけ弄ることができるんだろう。でなければ、サーヴァントの霊基データの一部だけを書き換えるなんて芸当ができるわけがない。

 まあ、それは追々調べればいいか。

 それよりもライダーの容態の方が先決だ。私も昨日の時点で確認したがわからなかった。

 マスターであるお前から見てライダーの身体に異常は見つかったかしら?」

「いや、見つかってない。ライダーの身に覚えのない痣が右腕にあるから、何かしらの影響が出てるんだとは思うけど……」

「なら私は気にしなくていいと思うが……お前が納得いかないんだろうな。異常がないのか、それとも私たちが見つけられてないのか判断できないからな。

 昨日今日で世話になるのも気が引けるが、間桐桜にちゃんと診てもらった方が安心できるかもしれないな。

 異常があれば対策も立てられるし、ないならないでそこまで調べれば多少なりとも安心して戦えるでしょう」

「それは賛成だけど、マスターが勝手に霊基弄ったのに、対応してくれるかな」

「聞くのはタダだ」

「いやそうなんだけどさ。あと、昨日の時点では一日安静にするようにって言ってたけど大丈夫なの?」

「本当ならマイル―ムで絶対安静が望ましいが、校舎内を探索する程度なら問題ない。ただし霊基に負担がかかっていることは忘れるな。万が一にも器が壊れればそれで終わりだからな。

 校舎での戦闘は普段なら考えなくてもいいが、今回は相手が相手だ。

 モニタリングはしておくが、そっちも気をつけなさい」

 これでもかと念押しされ、いつもより気を引き締めて校舎へと移動する。

「ライダー、身体に違和感はない?」

『問題ありません。お気遣い感謝します』

 念のため確認をしながら保健室に向かうと、ちょうど休憩の時間だったのか急須で入れたお茶とお茶うけに舌鼓を打っていた。

「なるほど、こういった味付けもいいですね。次のお弁当作るときに参考にしてみようか、な……へぁ!?」

 いつになく上機嫌な桜を邪魔しちゃ悪いかとしばらくそっと眺めていたのだが、それが悪かったらしい。

 完全に油断して鼻歌交じり休憩を楽しんでいた桜が振り向いて俺たちを認識した瞬間変な声を出して飛び跳ねた。

「えっと、なんかごめん」

「いい、い、いえ! いつでも気軽に来てくださいって言ったのは私ですので気にしないでください。

 ……それで、今日はどんなご用件で?」

 数秒前まで顔を真っ赤にしてあたふたしていたがそこはさすがというべきか、瞬時に仕事モードに切り替える桜。

 ライダーの霊基に異常がないか確認してほしい旨を伝えると快く了承してくれたのはいいが、霊体化していたライダーが姿を現すと昨日と見た目が変わっているせいでまずは唖然とされた。

「も、もしかして霊基に手を加えたんですか!? あ、いやそれを非難するようなことはしませんが、それを私が手助けするようなことして大丈夫なのかな……」

 頬に手を添えて視線を彷徨わせる桜。やっぱり不正な英霊はNPCからのサポート対象外になったりするのだろうか。

「無理なら無理でいいんだ。ただ、この姿になってからライダーの右腕に痣みたいなのがあるんだけど、俺やサラじゃ正体がわからなくて、もしバグとかなら早くなんとかしないとなって思って」

「痣、ですか……うーん、別に禁止されてるわけじゃないですよね。私のベースになった人格の倫理観の問題ですので。

 とはいえ、ここまで天軒さんに肩入れしていないと言えるかと言えば微妙ですし……」

 頭を抱え自分の倫理観と葛藤する姿を見ていると申し訳なる。彼女がどんな結論を出そうともそれを受け入れる覚悟はしておこうと心に決める。

 ほどなくして、桜の方も結論が出たようで彼女らしく控えめにだが机を叩いた。

「わかりました! 天軒さんの頼みですので私もちょっとだけ贔屓しちゃいます!」

「っ、ありがとう助かるよ!」

 頭を抱えて悩みに悩んでなお首を縦に振ってくれた桜には頭が上がらない。

 では、とライダーへ座るように促したのち、右腕をまくったライダーの手を取りそこに刻まれた痣を撫でる。

 同時に周囲に展開したディスプレイに表示された数値を見つめる桜の表情はいつになく真剣だ。

 保健委員として全力でライダーの診察をしてくれるのがうれしい反面、雑談してもいいような雰囲気でないため待ってるだけの自分は手持ち無沙汰となってしまう。

『暇なら私の話に付き合え』

「っ!」

 突然目の前に表示された文字列のせいで後ろにひっくり返りそうなるも、ぎりぎりのところで持ちこたえた。

 改めて見直すとそれは端末を経由したチャット画面だった。しかし目の前にあるように見えるのに左目だけにしか写っていない。

 まるで左目の見ている映像にレイヤーを重なるようにチャット画面を表示しているようだった。

『ふふふ、驚いたか? 周りにばれない会話機能だ。

 表示の仕方は特殊だが、タイピングじゃなくお互いの思考を文字列に出力して送りあう形だから、感覚的には普通の会話と遜色ないはずよ』

『なるほど。これを使う場面があるかどうかは別として、便利な機能だとは思うよ。

 笑い声まで文字に変換してるからすごい違和感あるけどね。

 でも、最初から付いてあったとか聞いてないんだけど?』

『デバイスに内蔵した機能じゃないからな。

 送信先をお前の左目のデバイスに設定しているだけで、やってることは普通のテキストでの会話だ。

 そこに思考を読み取る設定を加えたが、まあ既製品でも出回ってるプログラムだから2分もあれば改造できるわ』

 そんな使い道があるのかわからないものを作るほどとはかなり暇だったらしい。

 ただ俺も退屈していたのは事実。ここはサラの暇つぶしに乗っかることにしよう。

『それで、話って?』

『お前の右腕がデータを書き換えたってことで一つ思い出したことがあってな。

 以前エネミーと戦った時、黒鍵にコードキャスト以外のコード入力したことあったわよね?』

『たしか、四回戦の第二層に初めて入ったときだね』

 あのときは誰かの記憶が頻繁に脳裏をよぎっていたせいで全体的にぼんやりとしているが、辛うじて戦闘をしたという記憶だけは残っている。

『あのあと気になって黒鍵について調べてみたら、メイガス時代の聖堂教会には刻印を刻むことで黒鍵に魔術的な属性を付与させて使用していた例があった。だがその詳細な記述はない。

 マニュアル化されてないってことは、一部の天才が自分の技術でアレンジしてただけってことでしょうね』

『で、ウィザードの素人である俺にもそれが可能とは思えないから、右腕の力がそう言った効果を付与していたんじゃないかってこと?』

『だったらよかったんだがな……

 お前、左腕に持ってた黒鍵も同じ効果を付与させてたでしょう?』

 ぼんやりとしか覚えてないが、思ったよりこちらも原因解明には時間がかかりそうだ。

 右腕で通常のコードキャストが使えないのは右腕の魔術回路が独立しているせいであり、俺の意思でその回路を起動させることはできても礼装の出力先には指定できないからだと一応結論が出ている。もちろん左腕で右腕の力が使えないことも確認している。

 仮にあのときだけ左腕でも右腕の効果が使えたのだとすると、その条件を探る必要が出てきた。

「けど……」

 もし、あの意識が曖昧とした状態が使用条件なのだとしたら、おそらく自分の意志で使うことはないと思う。自分じゃない誰かの思考が混ざっていく感覚というのはあまりいい気分ではないのだから。

 間が空いて会話が途切れたので一端ライダーたちの様子を見てみるが、まだ少し時間がかかりそうだった。

『そういえば』

『どうした?』

『サラの口調ってテキストで見るとやっぱり違和感あるね』

 ひとまず間を持たせる意味で、前から気になっていたが聞けなかった口調について聞いてみた。

 サラはその見た目や立ち振る舞いから男性言葉も似あうのだが、なぜか一言以上しゃべると最後は女性らしい口調になる。

 まあ口調なんて本人も意識していないことも多いから、彼女自身が気づかなかったと言ってしまえばここで話題が終わってしまうわけだが……

『あれ、サラ?』

 反応が返ってこない。通信越しだと無言になられると相手の表情などが読めないため、こういうときには若干不便だと感じてしまう。

『わ、私の口調そんなに変か?

 お前の言い方、女が男口調で話しているのが違和感あるってニュアンスではないわよね?』

『口で話してるときは二言以上話していると最後に女性言葉になってるよ。

 テキストで会話してるからログ遡ればサラもわかるんじゃない?』

『dskfぱ@!?!?!?』

『サラ!?』

 もうはや文字にすらなってない。ただ慌てていることはわかる。思考を読み取って文字列に変換すると言っていたが、読み取れないほど混乱しているとこんな風になるのだろうか?

 マイルーム内でいったいどんなことが起こっているのか非常に興味はあるが、今戻れば間違いなく俺の命が危ないないことは予想できる。

 サラの方から会話が再開されるまでまた手持ち無沙汰になってしまったが、桜の診察を眺めていると思ったより退屈しなかった。

『まさかこんな口調になってるなんて……

 悪いがさっきのは忘れてくれ。恥ずかしくて死にそうだ。あとでテキストログも削除してやる……』

 唸るような声が聞こえてきそうなテキスト文に相手が見えていないというのに思わず何度かうなずいてしまう。

『それで、私の口調だったな。

 私は男口調で話しているつもりだったんだが、おそらく気が緩んで素が出るんでしょう……だろう』

『そもそもなんで男性口調なの? その感じだと意識してそうしてるようだけど』

『私なりに覚悟を決めた結果だ。私の父であるハンフリーの死後、身寄りのない私は一人で生きていくことを強いられた。

 お前はもしかしたら察しているかもしれないが、私は臆病な性格でな、一人で生きていけるのか不安で押しつぶされそうになっていた。その不安を誤魔化し、強い自分という虚勢を張るために口調を変えたんだ。

 変えたはずなんだけど……』

『長くしゃべりすぎると気が緩んで女性口調に戻ってしまう、と』

『そうらしいな』

 ただの文字なのにチャット画面の向こうで深々とため息をつくサラが容易に想像できた。その光景を見れなかったのはやっぱりちょっと残念な気がする。

 彼女の臆病発言は意外であるが、どこか納得している自分がいるのもたしかだ。三回戦でサラと対峙したときのあの拒絶するような鋭い視線。あれは臆病ゆえに周りを警戒していた結果というわけか。

 俺はともかくライダーまでそれを殺意と誤認してしまうほどなのだから、彼女の虚勢の質は非常に高い。それだけ精神をすり減らしていたとも言えてしまうが……

『いっそのこと、元に戻してしまうのはどう? 昔は口調を変えるぐらい思い切ったことしないと不安が払しょくされなかったのだとしても、今は違うかもしれないよ?』

『買い被りすぎだ。私は今でも過去に縛られた臆病者だ。

 それに、さすがに数年間意識して口調を変えていたから元の自分の口調を忘れてしまっててな。素の口調に戻ってるなら少なくとも無意識には覚えているんだろうが、ちゃんと戻るかも怪しい。

 というかこれ以上変な口調になるのは勘弁願いたいわ』

 悩みに悩んだ結果現状維持という結論で落ち着いたのはいいのだが、文面から切実な思いがにじみ出ていて思わず同情してしまう。

 それにしても、間を持たせる程度に思っていた疑問がここまで膨らむとは思いもしなかった。

 見れば桜の診察も丁度終えたところで、ライダーがまくった袖を戻していた。

『念のために言っておくが、このことは誰にも言うなよ? 絶対だからな?

 わかってるわね?』

『わかってるって』

 社交辞令でそう返したのはいいが、口調がおかしいことには変わりないのだから、結局またどこかで指摘されるのではないだろうか……?

 そう思ったがそれはそれで面白いので、日ごろの仕返しを込めて黙っておくことにした。

「桜、ライダーの様子はどうだった?」

「右腕だけでなく、一応全身にスキャンをかけてみたんですが、霊基にかなり負荷がかかってる以外に目立ったものはありませんでした。

 痣も念入りに調べましたが変わったところもなく、強いていれば天軒さんとの魔力のパスが痣を起点として強く繋がっているのが確認できたぐらいですね。

 霊基に手を加える際に魔力を大量に流し込んだようですし、その影響で天軒さんとライダーさんのパスがより強固なものとなり、こうして痣として浮き出たのではないでしょうか。ライダーさんの体調に影響はないと思いますよ。

 あ、霊基に負荷に関してもマイルームであと1日程回復に専念すれば正常に戻るでしょうから安心してください」

「わかった、問題ないってわかって安心したよ」

「ただし、もうこんな無茶はしちゃだめですよ?」

 軽く注意されてしまったが、これでひとまず安心が得られた。

 桜もマイルームでライダーを休ませてあげてと言っているし、今日の所はこのまま帰るとしよう。




サーヴァント牛若丸改め、源義経に霊基変質
性格は若干大人びてはいるものの、基本は牛若丸のままです(5回戦が終わるごろに、忘れていたサラともどもマテリアルを載せる予定です)
初期から考えていましたが、ようやくここまでこれました

なぜ義経を召喚ではなく、一端チンギスハン牛若を挟んでここに来たのか理由は後々回収します

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