Fate/Aristotle   作:駄蛇

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ある程度ストックが貯まったので、更新を再開します。
五回戦終了までは週一のペースで更新できると思います。

それはそれとして、牛若丸の水着は予想外すぎてちょっと発狂してました


5回戦:ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ
漏れ出す怨声


 明かされる真実。

 突きつけられる現実。

 

 全てを知ったとき、物語は動き出す。

 そこに一切の容赦は不要。

 夢は今、ここで途絶える。

 

 その刹那に――人は渇望する。

 どうかそうあってほしいと、

 卑しくも純粋で、

 人間らしい一つの願望を。

 

 

 ★

 

 

 窓から差し込む柔らかな日差し。目を閉じていてもわかるその感覚は、これまで何度も感じてきたものだ。

 どうやらまた新しい一日が始まるらしい。だがその瞼はいつも以上に重い。ただ瞼を開けるだけですら億劫に感じる。ここまで倦怠な朝はいつ以来だろう。このまま何もしないでいればこの状態がずっと続くのだろうか……?

 いやだめだ。停滞だけは絶対にしてはいけない。

 なかば脅迫じみた使命感に駆られて上体を起こす。

「主どの、おはようございます」

「目が覚めたか。

 気分はどうかしら?」

 いつものように隣で正座で待機するライダーと、自身の工房の中で端末を操作するサラ。見慣れた光景には安心感を覚えるが気分は沈んだままだ。

「よくはない、けど、そうも言ってられないよね。そろそろサラの知っていること、話してもらうよ?」

「…………」

 その問いにサラは答えない。

 ここ数日、彼女は俺にただただ休めと言うだけでそれ以上のことを何も言ってくれなかった。強いていうならバーサーカーが残した礼装を見せろと言われた程度か。

 最初はラニの消滅を受け止めきれず、サラの言う通り休み続けることに専念していたが、丸二日が過ぎたところで一つの疑問が生まれた。

 サラが援護にきたとき、彼女はモニタで確認するのも惜しんでと言っていた。だが、サラはマイルームにいるとき俺の座標をベースとしたカメラでしか外の様子はわからないはずだ。そして、あのとき俺とライダーがマイルームを出たのはサラのいた鏡合わせの空間が閉鎖されているときであり、本来ならサラはまだ眠っていたはずだ。

 なら、起きたサラは俺とライダーが校舎の方に出かけたという情報しか得ることはできない。その状況でたとえ嫌な予感がしたとはいえ、モニタで確認せずすぐさま一階に向かうようなことができるだろうか?

「そもそも、閉鎖していたあの向こうでサラは本当に眠っていたの?」

 そう言うと、観念したように彼女は自分の銀髪を弄びながら小さく息を吐いた。

「半分正解で半分間違いだ。本当にあの時は疲れていたから完全な個室で休みたかったのも事実。

 けど、それとは別にお前に気づかれたくなかったことをするためだったのも事実よ」

 端末を操作しながらこちらに近づいてくるサラは椅子を俺の隣に二人分並べると、ライダーを手招きしながら腰を下ろす。ライダーが着席したのを見計らって三人の目の前にディスプレイを表示させると、そこへ流し始めたのは……録画映像?

「ここ数日お前に休めって言ったのは、これを見れる程度に精神を回復してもらうためだ。

 ……覚悟して見なさい」

 映像を一時停止してまで念押ししたのは、覚悟を決める時間を作ってくれたのだろうか。呼吸を整え、改めてディスプレイの方へ向き直るのを確認してから映像が再生される。

 映し出されたのは光が微かに刺す海底。微かな差異はあるが、自分もその光景はよく覚えている。これは決戦場だ。だが、一体誰の……?

『――ミス サラ、モニタリングはできていますか?』

 聞き覚えのある、抑揚の乏しい少女の声。

「サラ、これ――っ!?」

 言葉を制するようにサラは自分の細い指を口に添える。黙って見ろ、ということか。

『では、手はず通りにお願いします。

 バーサーカー、戦闘を開始してください』

『心得た』

 ラニのバーサーカーが槍を構えると、聞きなれた鐘の音が鳴り響く。

 どうやらこの映像は決戦の様子をラニの視点で録画したものらしい。……なるほど、サラが数日休めと言うわけだ。どうなるのか未来がわかっている少女の最期を見ることになるのだから。

 一晩休んだからと言って落ち着いて見られるわけはないし、サラが何のためにこれを見せるのかまではわからないが、だからといって目を背けるわけにはいかない。

『――狂想閃影(ザバーニーヤ)

 先に動いたユリウスのアサシンだった。ローブに身を包み、異様に伸びた髪で地面をえぐりながら攻撃を行う少女をバーサーカーはその手に握る得物で的確に弾いていく。

『バーサーカー 、杭で追い詰めてください』

 すべての髪を弾いたことで反撃を隙を作りだしたバーサーカーがラニの指示に従って決戦場を無数の杭で埋め尽くす。杭は逃げ場がないように包囲しつつ迫るが、上空までは包囲網も展開されていない。それを瞬時に判断したアサシンは即座に上空へと回避する。

『っ、今です!』

 だが、それこそラニの望んだ状況。アサシンを追うようにバーサーカーが跳躍し迫る。

『いかに素早いといえど、空中での回避は出来まい』

『っ!』

 杭にも見える槍の矛先をローブを纏う少女に向けて放つ。アサシンは身体を大きく捻ることで致命傷は避けたようだが、それでも決して少なくない鮮血が飛ぶ。

 追撃を加えようと突き出した槍を戻して構え直したそのとき、アサシンの背中が不自然に蠢く。

妄想心音(ザバーニーヤ)

 ローブをめくり上げ現れた異様に長く不気味な色の左腕は、幾度も目にした死の権化。その手に触れられたものは心臓を握り潰す呪術により絶命は避けられない。

 先日俺が復元した機能していない心臓を再び握りつぶして効果があるのかはわからないが、受けないに越しことはないはずだ。

『空中で動けないのはお前も同じ。先の一撃で仕留められなかったお前の負けだ!』

 反撃と言わんばかりに即死の左腕をバーサーカーへと伸ばす。だが、好機が一転して危機へと変わったというのに、バーサーカーの笑みは崩れない。

『そうとも限らんぞ?』

 そう言い残すと、アサシンの指が触れる直前に()()()()

『っ!?』

 その光景にはアサシンはもちろんユリウスも目を疑ったことだろう。普通の霊体化とは違い、身体が黒い霧へと変化したのだ。いくら触れれば殺せる毒手と言えど霧を掴むことはかなわず、その腕は虚空に突き出す形になった。

 腕を避けると霧は瞬く間にアサシンの背後に集まり、再びバーサーカーの姿を作り出す。先日用務室前で見たバーサーカー――ヴラド三世の吸血鬼としての能力か。

『余が宙を自在に動けぬといつ言った?』

 攻撃に転じたが故に回避不可となったアサシンへ今度こそバーサーカーはその手に握る槍を深々と突き刺した。

『ぐ……っ!』

 しかし刺さったのは左肩。バーサーカーは心臓を狙ったはずだが、その致命傷をすんでのところでそらしたアサシンには流石一言に尽きる。それでもバーサーカーの槍がアサシンの左肩を貫いたのは事実。

 いくらコードキャストといえどあの傷を瞬時に癒すのは難しいだろう。そしてアサシンはバーサーカーに背後を取られた状態だ。下手をすればこのまま勝負が決まる可能性も……

妄想感電(ザバーニーヤ)……っ!』

 再度あの言葉と共にアサシンの身体へ膨大な魔力が取り込まれると、貯めた魔力を放出するかのようにアサシンの身体が放電した。その威力は離れているラニやユリウスが防壁を張って防がなければならないほどだ。

 近くにいたバーサーカーがどうなったのかは言うまでもない。

 アサシンから槍を引き抜きラニの元まで退却したバーサーカーは高電圧によって身体を焼かれたことで全身焼け焦げ、煙が上がっている。

『バーサーカー、今回復します。……まだ戦えますか?』

『問題ない。忌むべき体質であることに変わりはないが、マスターの指示に答えるにはこちらの方が今は都合がいい』

 対するユリウスもアサシンの治癒を施しているが、やはり左肩の完治は厳しいらしい。流血は止まっているがその左腕は力なくだらりと下がったままだ。

『さっきの身体の霧化は吸血鬼ドラキュラの能力か。てっきり本人は嫌っていると思っていたのだがな。バーサーカー故に受け入れたか?』

『口を慎め小僧』

 皮肉を込めたユリウスの問にバーサーカーの鋭い眼光がユリウスを射る。

 だが、たしかにユリウスの疑問はもっともだ。保健室のときもそうだったが、バーサーカーは吸血鬼の力を忌むべきものと言った。ヴラド三世は吸血鬼としての力を忌避していると思っていたが、アサシンとの攻防ではその能力を惜しみなく利用している。そう簡単に心境の変化が起こるとは思えないが……

『確かに今の姿は余の忌むべきもの。この姿ではない余であれば宝具を使うぐらいなら死を選んだことだろう。しかし少し事情が変わったのでな。この戦いに限り、余はマスターの望みを叶えるためだけに動く武人として振舞う。

 であれば、忌むべき姿という理由に全力を出さず敗北するなどそれこそ恥。故に、余はこの瞬間のみ己の持つすべての力を用いることをいとわない』

 しかし、と間をおいてバーサーカーは先ほどの言葉に補足する。その瞬間彼の放つ殺気の鋭さが増した。

『余がこの力を使うことをよしとしても、貴様が余を吸血鬼と呼んでいい道理はない。その無礼、その身をもって償うがいい!』

 跳躍し一気に距離を詰めたバーサーカーの一撃がアサシンに向けて振り下ろされる。

 しかし俊敏値の高いアサシンはその攻撃を側面に飛ぶことで回避し、さらに懐に仕込んでいたダークをバーサーカーへ投擲する。狙いは目だ。

 攻撃が空振った直後で硬直しているバーサーカーにその攻撃を避ける暇はない。そんな予想に反して、投擲物は突然下から現れた大きな影によって阻まれた。その正体は砕かれた地面の欠片。といっても人一人を容易に隠すほどの塊ではあるが……

 どうやらバーサーカーはアサシンに避けられた一撃をそのまま地面に振り下ろし、足元に広がる大地を砕いたのだろう。しかも、砕かれてなお吸収されなかった衝撃によって塊が空中へ浮かび上がるように計算して、だ。

 その光景に怯んだアサシンへ追撃するように、浮かび上がった岩から杭が伸びてアサシンの華奢な腹部を容赦なく貫いた。

『ぐ……っ!?』

『怯んでいる暇はないぞ、小娘』

 一気に勝負を決めるべくさらに地面生成された杭がアサシンへと迫る。

空想(ザバー)……感電(ニーヤ)ァァァッ!!』

 避けるのは無理だと判断したアサシンの雄叫びに呼応するようにさきほどよりもより高電圧の放電が周囲を蹂躙し、迫る杭をすべて消し飛ばす。だが、宝具を放ったアサシンはその場に膝をつき喘ぐように息をついている。その姿はまるで、先ほど放電をまともに受けたバーサーカーのようだ。

『なるほど、その業はどうやら貴様自身も感電するようだな。自分の宝具で自滅するような真似はしないだろうが、それでもこれ以上の使用は危険であると見えるが?』

『だったらどうした、異教の悪魔。我らを導いてきた翁の御業がこのようなところで敗れるなどあり得ない!』

『……その物言い、もしやその宝具は貴様自身の宝具ではなく、模範したものか。なるほど、合点がいったぞ。どうりで複数の宝具を扱えるわけだ。原型を知らないゆえに比較こそできないが、宝具まで昇華された他人の業をそのレベルまで模範する器量は大したものだ。

 だが、余とて帝国を退けた武人。多芸を極めただけの小娘におめおめと敗北するなど笑い話にもならん』

 この瞬間だけを見ればラニ達の圧倒的有利に見えるが、決戦前に致命傷を受けているバーサーカーもおそらくアサシンと同等かそれ以上のダメージを蓄積させている。

 片や杭による包囲網と槍、そして吸血鬼由来の霧化で攻撃の手を緩めず、片やアサシンはバーサーカーの猛攻を多種多様な宝具でしのぎつつ反撃する。

 どちらが先に倒れてもおかしくないこの状況で地形が変形するほどの激しい攻防が繰り広げられるが、次第にバーサーカーの動きが鈍り始め、防戦一方へと変わっていく。

 連続で宝具を行使するアサシンの魔力消費に耐えるため、ユリウスが援護すら渋っているのが不幸中の幸いか。それによってラニがバーサーカーの援護に徹することができ、どうにか均衡を保てている状況だ。

『っ、コード、gain_mgi(128);。バーサーカー流れを変えます。宝具の開帳を!』

『心得た。血に濡れた我が人生をここに捧げよう……血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!』

 ラニがコードキャストによりバーサーカーのステータスが補強され、俺が乱入した際と比べ物にならない規模で宝具が展開される。俊敏値が高いアサシンは襲い掛かる無数の杭を難なく避けるが、射出された杭はまるで生きているかの如くその後も執拗に相手を追尾し続ける。岩などで防ごうものならそれすらも取り込み、新たな杭としてさらにアサシンへと迫る。

 地形を蝕み、いつの間にか杭は展開時と比較しても倍近くまで増殖していた。

『っ、断想体温(ザバーニーヤ)!』

 視界を埋め尽くすほどの杭を見たアサシンはこれ以上の回避は不可能と判断したらしく、宝具を用いてその杭に対抗する。前に一度だけ見たその宝具の効果はたしか肉体の硬化。ライダーの一振りを難なく受け止めたためかなりの強度があるのは予想がつくが、果たしてバーサーカーの宝具を防ぐほどなのか……

 考えている間にアサシンへ杭が殺到し、守りと攻め、対極する両者の宝具がぶつかり合った。

 その衝撃の余波はすさまじく、後方で見守るラニが踏ん張らなければ吹き飛ばされかねないほどだ。

 ほどなくして地面が削られ舞った土煙がゆっくりと晴れると、衝撃の中心地にいたアサシンの姿が徐々に浮かび上がっていく。

『……これほどとは』

 最初に沈黙を破ったのはバーサーカーだった。目の前の光景に眉をひそめて絞り出した声で小さく呟いた。

 煙が完全に晴れると、そこには全身を鮮血で染めながらも膝を折らないアサシンの姿があった。宝具によって得られた硬さはバーサーカーの宝具をもってしても完全に貫くことは不可能だったらしい。

 両者ともマスターの治癒を受けるため後退するが、目に見えない大きな流れが決定的なものになったと、その場にいた全員が直感したことだろう。

『……バーサーカー、私があなたをこのクラスで召喚したこと、恨んでいますか?』

 治癒を行いながら、不意にラニが隣に立つサーヴァントにそう尋ねた。

『何をいまさら。召喚した直後ならばまだしも、今となってはその問答は無意味なものだ。

 ……だが、その問に答えるのもまた一興か。

 確かに最初は恨んでいた。今だからこそ打ち明けるが、余は余をこのクラスで呼んだ不敬者は誰であり殺すつもりであった』

 浅い息を繰り返すバーサーカーの言葉には少なからず怒りの感情がにじみ出てる。それを察したラニが肩をすくめるが、そうする必要はないと言うかのようにワラキア公国の鬼将は首を振る。

『だが、余を召喚したあの時のマスターはまるで人形のように空虚であった。マスター殺しも辞さないと憤怨していた余が思わず戸惑ってしまほどのな。

 のちの会話で察したが、あのころのマスターはサーヴァントをただ道具として扱うため、意思疎通の必要がないバーサーカーを望んだのであろう?

 ならば余がこの忌むべき力を付与されたのもおそらく偶然。となれば怒りを向けるのは筋違いというもの。余が嫌うのは余を吸血鬼として扱う者に対してだけであるからな』

『では、私の望みを聞いていただけますか?』

『無論だ。余を敬う姿勢を崩さない者にはこちらも敬意を表し、持てる力を最大限に活用して応えるつもりだ。

 それが空っぽの人形ではなく、確固たる意志を宿した一人の人間の願いであるならなおさらよ』

 バーサーカーの身体はすでに満身創痍。おそらくここから状況を覆すことは不可能。しかし、己の得物を携えて立つその姿からは諦めた様子はない。

 

 ……いや、違う。

 

 頭の中によぎる不吉な予感。結末を知っているが故の予測は無常にも現実となってしまう。

『これを託します。バーサーカー』

『承知した。我がマスターよ』

 短いやり取りのなかでラニからバーサーカーに手渡されたそれは、あのときバーサーカーが消滅時に残した礼装だった。

『っ、アサシンこの一撃で仕留めろ!』

 治癒を済ませ先に動いたのはユリウスたちだった。ここで攻め急ぐのは危険だとわかっていたとしても、何かを仕掛けてくるなら先んじて動くべきと判断したのだろう。

 ユリウスの命令でアサシンの体内に膨大な魔力が収束していく。

観想影像(ザバーニーヤ)

 魔力の消費と共に身体を漆黒へと染めたアサシンの身体が地面に吸い込まれる。いや、吸い込まれたのは地面にではなく影にか? 本体が消えてもなお地面に写る影はバーサーカーの影に腕を伸ばす。そしてバーサーカーの影と重なったその瞬間、影から漆黒の右腕が突き出した。

『……っ!?』

 直後、バーサーカーの身体に大きな風穴が開き、声すら出せず口から血を吐き出した。穴の位置は地面に写る影の漆黒の腕が生えた位置と同じ個所。その光景は、まるで見えない腕がバーサーカーの身体を貫いたようにも見えた。

『影に干渉する宝具か……なるほどこれは最期にいいものが見えた。だが、その程度の攻撃で余が膝を折ると思うなよ名もなき暗殺者!』

 吐血し今にも消滅しそうだというのに、バーサーカーの気迫は衰えない。身体が霧となり空高く舞い上がる。霧となったことでバーサーカーの影がなくなると、影から引っ張り上げられるようにアサシンが再びその姿を現した。もしここでアサシンに攻撃をすれば、あるいは一矢報いることができたかもしれない。しかし、あくまでバーサーカーはマスターである少女の願いを叶えるべく残りの力を行使する。

 黒い霧の塊はどんどんと高度を上げて小さくなっていく。このあとどうなるのかは俺たちもよく知るところだが、わからないことが一つだけあった。本来なら決戦場から校舎まで自力で戻ることは不可能のはず。いったいどうやってバーサーカーを送り出したのだろうか……?

 その答えは、ラニが掲げた右手にあった。その手の甲には残り一画となった令呪が刻まれている。

『――最後の令呪を用いてバーサーカーに命じます。

 どうか()()()のもとへ……!』

 その最後の一画が淡く輝き使用者の望みを叶えるべくバーサーカーのステータスを上昇させる。

 三回戦の際、俺は誰だかわからないマスター令呪とサーヴァントの補助によって校舎から決戦場へと侵入することができた。ならば、その逆ができてもおかしくはないということか。

 だが、それは同時にラニが聖杯戦争の参加資格でもある令呪を使い切るということ。

 その暴挙に眉をひそめたユリウスはたまらずラニへ問いかける。

『アトラスの人形(ホムンクルス)、お前はそれが何を意味するのかわかっているのか?』

『もちろん、それがわからない愚か者ではありません。これは師ではなく、私自身が考え導き出した答え。たとえ誰であっても、この選択が間違ったものであると言わせはしません。

 もちろん、それがサーヴァント相手だとしても……!』

 すでに敗北が確定した少女は最期にバーサーカーを援護するべく、弾幕の如くボム系のコードキャストを実行することでアサシンの動きを止める。

 ほどなくしてバーサーカーの姿が見えなくなる。コードキャストの弾幕が途絶えたのを見計らってか、ユリウスとラニを隔てるように赤い壁が下ろされた。勝敗は決した。すべての令呪を使い果たしたラニは、うっすらと残る令呪の跡をなぞり、小さく笑みを浮かべた。

『あとは、頼みます。どうか、あの人に勝利を――』

 その言葉は一体誰に向けられた言葉か。もはや確かめる術はないが、おおよその予想はつく。そしてその言葉を最後に映像は終わってしまった。この後はあのとき俺が見た光景に繋がるということか。

「…………………………」

 録画映像が終わり、しばしの間重い空気がマイル―ム内を支配する。結末はわかっていた。だが、こうして少女の最期を看取るというのは、ただ状況を理解しただけのときよりも現実が心に重くのしかかる。誰も言葉を発しなかったのは、もしかすると二人が俺に気を使ったのかもしれない。そのまま永遠に続くのではと心配してしまった重い空気を破ったのは、妙に耳に残るあの無機質な通知音だった。

 端末を取る行為すら億劫になりながら内容を確認するが、正直中身は見なくてもわかっていた。

「……行こう」

 何度か深呼吸をして、ようやく言葉を絞り出す。

「……すまない、私の判断ミスだ。まだ休息期間が続くと予測していたんだが……

 もう少し休んでからでも構わないわよ?」

「いや、今動かないと今日一日ずっとこうしてそうだし、行ってくるよ。行こうライダー」

「承知しました。ですが、決して無理はしないように。

 心労は注意力を奪い、とっさの行動に支障が出ますので」

「わかってる。もしものときは悪いけどライダーに全部任せるかもしれない」

「お任せください。どんな輩であれ、主どのには指一本触れさせませんとも」

 二人の気遣いに背中を押され、ゆっくりとした足取りでマイルームを後にする。

 廊下に出ると、目的の物は比較的近い場所に存在する。

 こうして利用するのはこれで五度目。見慣れた掲示板にはいつも通り対戦相手の名前が一組記されている。

「………………………………………………」

 一つは自分の名前、そしてもう一つの名前を目にした途端に頭の中が真っ白になる。だが、同時に妙に腑に落ちる感覚もあった。この感覚は久々だ。たしか、シンジやダン卿が対戦相手だったときにも感じた既視感だ。

 ……ああなるほど。俺ではない『誰か』もおそらく彼と戦ったのだろう。

 背後から感じる凍り付くような殺気。振り返ればそこにいたのは黒一色の死を体現したような男。今までにも何度も顔を合わしているが、その瞳からは相変わらずひとかけらの熱も感じられない。

「ユリウス……」

「ラニ=Ⅷの次はお前か。二回戦の時点ではどこかで勝手にくたばると思っていたが……

 おまえの成長度合いはまるで理解できない。肉弾ではない魔術師の成長速度が著しいということを差し引いてもだ。一体お前は何者だ?」

「そんなこと俺自身が一番知りたいよ。でもやることは一緒だ。

 モラトリアム中に相手のことを調べて、作戦を練って、そして倒す。能力や宝具のような切り札ならまだしも、俺が何者か、なんて人となりを知る必要はあんまりないよね?

 ……まあ、ホムンクルスや半身半妖(デミエルフ)とかなら話は変わってくるかもしれないけど」

 それはないだろうと思いながらも口から出た言葉に自分自身が鼻で笑ってしまう。

 だが、これぐらい軽口を叩いていないと頭がどうにかなってしまいそうだ。それでも十分ではなく、無意識に拳を握りしめて息がだんだんと荒くなる。

 ああだめだ、そう直感した瞬間自分の中で何かどす黒いものがあふれてきた。

「でもよかった、あなたとだけは絶対にどこかで戦わないとって思ってたから。

 これで、ちゃんとラニの仇がとれるから……っ!」

 冷静になれと自分に言い聞かせても抑えきれない感情が唸るような声となって口から洩れる。

『あ、主どの……』

 戸惑うライダーの声が聞こえてくる。冷静さに欠け、今にも飛びかかりそうだからだろうか。だがこればかりは難しい。手を出すことは我慢できたとしても、荒い呼吸を整えるのは一度マイルームに戻るぐらいしないと。

 そんな考えが、目の前のユリウスが怪訝そうに眉をひそめながら口にした言葉に崩れる。

「天軒由良、貴様どうして笑っている?」

「わら……う? 俺が?」

 言っている意味がわからなかった。恐る恐る自分の口元を覆って確認する。手のひらに触れる感覚からわかるのは、上がった口角、うっすら開いた口。客観的に見てこの口元は笑っているものだ。

 だがなぜそんな表情に……

 こんなにも怒りが爆発しそうなのに……っ!

 戸惑う姿に興味が失せたのか、ユリウスは小さく息を吐いて踵を返した。

 この場を去る瞬間、黒装束の男はこちらを見向きもせず、しかしこちらに聞こえるように低く呟いた。

「世界は――聖杯はレオが手にするだろう。イレギュラーは起こらない。決して」

 その気配が遠くへ行くのを感じるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 なぜ俺は笑っている? ラニが消滅してしまったことを喜んでいるから? いやそれは万が一にもあり得ない。なら、この笑みはいったい……

「もしかして……仇がとれることを喜んでいる?」

 事実ユリウスはラニの仇だ。出会ってたかだか1か月足らずの、一般的に見れば短い付き合いだったが、それでも自分の中にラニという存在は非常に大きなものだった。だから、その彼女を葬ったユリウスに憎悪を向けるのは普通のはずだ。普通のはずなのだ。だが……

「どんな理由であれ、人を殺すことを喜んでいいはずがないのに……」

 今の自分の状況が理解できない。しかし迷う自分をムーンセルは待ってくれない。

 急かすように端末の受信音が響く。内容はアリーナ第一層とトリガーの生成の通知だ。三日後には第二層と新たなトリガーも生成される。だが、今行けばユリウスとかち合う可能性が非常に高い。こんな状況で果たしてまともに戦えるのだろうか……

 立ち尽くす姿を見るに見かねたのか、端末越しにサラのため息が聞こえてきた。

『別に毎日アリーナに出向かないといけない決まりはない。今回は私にも非があるしな。

 今日はもうマイルームに戻ってきても何も言わないわよ』

 余程酷い顔をしているのか、かつてここまで優しかっただろうかと思うレベルで気遣ってくれる。その違和感に思わず吹き出してしまうが、確かに今は頭の中を整理したいのも事実だ。

 ここは素直にサラの言葉に従い、休息にあてるべきだろう。




五回戦は今回のようにオリジナルのザバーニーヤが多数登場しますのでご了承ください

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