引く方は頑張ってください。私は二回引けるかどうかの予算しかないのでそれに賭けます。
無機質な少女に宿る我欲
睡眠時の電源の落とし方だけ教わると、リハビリも兼ねて校舎内を探索することになった。
今まで普通に行なっていた転移ですら、閉じた目を開け、光の変化に瞳孔が適応するまで目を細め、風景にピントを合わせる、というステップを踏む右目と、いきなりピントが合っている左目、という違いに眉をひそめる。海賊は暗所に即座に対応するために片目を眼帯で隠していると聞く。暗所明所関係なくという点では違うが、今の左目の状況はそれに非常に近い。意識的に左目を基準にするべきだろうか……
ただ、もしそうするにしても今までの左目と義眼の左目の距離感が同じになってるのかもきちんと確認できていない。微妙な誤差が致命的なミスに繋がらないとも限らないため、できれば早めにこの問題は解決しておきたい。
そんなことを考えていたからか、無意識にアリーナの方へ足を運んでいた。インターバル中の今はアリーナに入れないためただの無駄足になるはずだったが、思わぬ現場に居合わせる結果となった。
アリーナへと続く体育倉庫の扉前。そこに、今まさにアリーナから帰還してきた人影が一つ。
少し青みを帯びた銀髪と、その髪の毛と対照的な褐色の肌を持つ少女。俺のよく知るマスターが、倒れこむようにその場に突然現れた。
「っ、ラニ!!」
「由良……さん……?」
なぜ、という疑問より先に身体が動いた。上体を起こし、ひとまず呼吸があることだけは確認するが、非常に危険な状態だ。
「はやく、バーサーカーの治療を……」
だというのに、彼女の心配は自分が従えているサーヴァントに向けられている。姿が見えないということは霊体化しているのだろうが、それほどひどいダメージなのだろうか?
いやでも……
「ラニの方も危険な状態だろう!
ライダー、保健室に運ぶから手伝って」
「し、承知!」
今は一刻を争う状態だ。自分が肩を貸すよりライダーに担いでもらった方が確実に早い。ライダーも即座にこちらの意図をくみ取って、先に保健室へと向かってくれた。
遅れて保健室にたどり着くと、中では保健委員の桜が慌ただしく戸棚やベッドを行ったり来たりしていた。
「あっ、天軒さん。いきなりこんなことを頼むのは申し訳ないんですが、少し保健室を離れるのでその間ラニさんたちの様子を見ていてください。
お礼は後でかならずしますので!」
本当にすいません、と用件だけを告げて走り去っていく桜。その背中を見送ったあとカーテンに遮られた中を覗き込んだ。
中にいたのは顔色が悪く浅い呼吸を繰り返すラニと、戸惑いながらも彼女のその手を握るライダーの二人。
「ライダー、ラニの様子は?」
「桜どのによれば、ラニどのの方は傷よりも魔力不足が深刻なのだとか。ひとまずこのまま絶対安静だそうです。それから……」
ライダーの視線はカーテンで区切られた奥のベッドに向けられる。そちらを覗いてみると、そこで休んでいたのは貴族のような風貌の男性。今まで二度ほどしか目にしてないが、間違いない。彼はラニのサーヴァント、バーサーカーだ。
だが今の彼はかなり衰弱しており、以前の優雅な姿とは似ても似つかないほど変わり果てている。
「どうやら強力な呪いか何かに身体を蝕まれているようで、生半可な処置ではどうにもならないとか」
「だからそれを治療するために購買部にアイテムを取りにいったのか」
「あ、いえ。すでに一通り試し終わっているようです。ただ、どうやら二回戦で主どのが受けたイチイの毒以上の強力な状態異常のようで、桜どのが持つ権限や、アイテムを持ってしても完治は不可能だと……」
ライダーが保健室に向かってからすぐに俺も向かったというのに、あの一瞬でラニとバーサーカー両方の処置を済ませていることに驚きながらもバーサーカーの方へ視線を向ける。
そこまで強力な呪いとなれば、間違いなく宝具によるものだろう。あのアサシンの宝具は何度か目にしているが、そこまで協力な呪いを付与する宝具があったとは……
だが、呪いであるならばまだ手はある。俺の右手が起動できるコードキャストはムーンセルの力を引き出せている可能性があり、基本的には状態異常回復という形で使用できる。
系統は違うだろうがライダーの呪いを解いたという前例もある。ならばバーサーカーを蝕む呪いも解呪できると考えてもいいはずだ。
「何を、するつもりだ?」
バーサーカーの鋭い眼光に貫かれる。ここまで衰弱しているというのに、それでもこちらが気圧されてしまう。
「あなたの呪いを解呪できるかもしれない。ここまでラニにはいろいろとお世話になったんだ。これぐらいのお返しはさせてほしい」
「……好きにするがいい。どのみちこのままでは余も長くない」
バーサーカーの本人の許可を得て右手をかざす。他人のサーヴァントに対して回復系のコードキャストを使うのは初めてだが、これぐらいなら俺でも自力で調整できる。
「■■■■、起動」
今までと同じように、しかし対象はバーサーカーへ正体不明のコードキャストを起動する。
かなりの魔力を消費したらしく、起動後は少しめまいがしたがどうにか踏ん張ることができた。
「……ふむ、やはりか」
ゆっくりと上体を起こしたバーサーカーは自身の身体を見回し、そして何かを悟ったかのように小さくため息をついたようだ。
「ひとまず礼を言っておこう。汝の得にならないというのに施しをしてくれたこと、感謝する。
しかし、やはりこの呪いは普通の呪いと違うらしい」
「……え?」
バーサーカーに告げられたその言葉の意味が一瞬理解できなかった。ただ、そのニュアンスはどう考えても解呪に失敗したという意味を含んでいる。
だが魔力が消費されたということはコードキャストは無事適応されたはずだ。だというのに、バーサーカーは首を横に振った。
「薄々気づいておったのだ。汝が気に病む必要はない。
余の身体を蝕んでいるのは普通の呪いとは全く違うものなのだ。強いていうならば『死』そのもの。
いかに汝のコードキャストが強力な呪いをも解呪するといえど、死そのものを退けるほどの力はないということだ」
「死そのもの? それはいったいどういう……」
「汝がマスターに伝えたアサシンの宝具の中に、背中から生える長い腕というものがあったであろう?
汝もあの能力はきちんと把握していなかったようだが、それも当然だろう。あれは呪術を用いて心臓を取り出さずに握り潰すものだ。効果がわかったときにはすでに死が確定している。
そして、いくら汝のコードキャストが呪いの解呪に有効といえど、潰れた心臓を戻すことはできまい?」
その言葉でなぜバーサーカーの呪いが解けなかったのか理解できた。そして、失敗したにも関わらず大量に魔力を消費した理由も。
どうやら先程の大量の魔力消費は心臓を復元した影響らしい。だが、この復元は形だけで心臓の機能が戻るわけではない。
おそらくバーサーカーの体内では、動かない心臓が残っている状態なのだろう。
「だが、全くの無駄だったわけでない。
聞くところによれば、あのアサシンめはマスター殺しのペナルティによって宝具の威力が下がっているそうだな。そしてバーサーカーとして召喚された余は戦闘続行のスキルを保有している。それでも残り少ない命であったが、汝のコードキャストによって僅かながら残留していた呪いは見事に解呪している。
そうしたことが重なり、本来は即死の呪いだったものがどうにか首の皮一枚繋がった。改めて礼を言おう。
……この忌むべき吸血鬼の力ゆえに耐えることができたというのは素直に喜べぬがな」
忌々しそうに拳を握りしめる。
戦闘続行はその名の通り致命傷を受けても行動するができるしぶとさを付与するスキルだ。ランルーくんのランサー、エリザベートもその能力を持っていたが故に、アサシンの宝具で死が確定しても行動していた。
バーサーカーとして召喚された場合にのみ付与されるということは、のちの伝承などで後天的に『そういう存在』と認識されたのだろうか。
それに吸血鬼というワード。吸血鬼という伝承は様々な地域で生まれており、ランルーくんのバーサーカー――エリザベートも彼女がモチーフとなったカーミラが吸血鬼の側面を持つとされる。そのためこれだけでは特定するのは難しい。だが彼の宝具名と合わせると話は違ってくる。
――カズィクル・ベイ。
遠坂とラニが戦った三回戦、その決戦場で彼は確かにそう言っていた。あの直後はライダーの監視が強くて図書室で調べ物をすることもできず長らく放置することになったが、どうやらあの名はトルコ語で『串刺し公』を意味するらしい。そして、この名で呼ばれたものは一人しかいない。
その名はヴラド・ツェペシュ。ルーマニア語で串刺し公を意味するツェペシュをあだ名として用いられるほど串座し刑を好んだといわれ、15世紀のワラキア公国の君主であり、オスマン帝国の攻勢からルーマニアを守った英雄だ。
彼には
「その目、我が真名にたどり着いたと見える。
……そう身構えなくともよい。あの決戦場でマスターを救える可能性があった時点で余の真名がバレることは考慮して行動していた。
余をあの忌むべき名で呼ばぬ限りは何もせぬ」
言いながらベッドから降り、立ち上がるバーサーカー。
「礼を言うぞライダーとそのマスター。後のことは余に任せて、汝らは己のするべきことをするがいい」
自身も万全でないのにそれを感じさせない気丈さ。タイミングがいいのか悪いのか、丁度桜も戻ってきたためバーサーカーの言葉に従い保健室を後にした。
――そして、私は観測する。
天軒が退室し、桜が通常業務に戻った保健室。
バーサーカーは自身もいつも通り振舞うのが難しい身体だというのに、ラニ=Ⅷが目覚めるまで静かにたたずんでいる。
「……バーサーカー」
「目が覚めたかマスター。あの由良という小僧とそのサーヴァントがここまで運んできてくれたのだ。あとでマスターからも礼を言っておくといい」
「そう、ですか。また私はあの人に助けてもらったのですね」
思い出すのは一回戦。あの頃はすぐにでも負けて消えてしまいそうな未熟なウィザードだったというのに、気づけば4回戦まで勝ち残るほどに成長し、今ではラニの方が助けてもらう立場に変わりつつある。
彼の成長スピードが速すぎるのか、それともラニが停滞しているだけなのか。そこまで考えてラニの口からため息が漏れた。
何にせよ今の状況が好ましくないのだけは確かなのだ。同レベルの実力者であれば、その経験や柔軟性が勝利の決め手になるということは、三回戦の決戦で文字通り痛いほどわかっている。
さらに相手はあのユリウス。こと相手を殺すという一点においては聖杯戦争に参加した全マスターの中でもずば抜けている。加えてバーサーカーはほぼ瀕死。状況は遠坂凛と対戦したあの時よりも悪いのは確かだ。
「ですが、それを言い訳にしては、我が師や由良さんに顔向けできません。
何か策を見つけなくては……」
その様子を見て、なぜかバーサーカーは小さく笑った。今までの動作の中に笑う要素などなかったため、ラニはキョトンとした様子で小首をかしげる。
「なに、マスターも変わったな、と思ってな。勝利に対する貪欲さが出てきた」
「貪欲、ですか……たしかに、このような感情は初めてです。
ですが、そのような感情を持っても良いのでしょうか? 貪欲さとは、人間の負の部分であると認識していたのですが」
「何を言う。もとより聖杯戦争とは己の願いを叶えるための戦。勝ち残るためには願いや生に対する貪欲さが必須なのは自明の理であろう?」
「……たしかに」
バーサーカーの言い分はもっともだ。三回戦の決戦では苦渋の決断とはいえ自爆という道を選択したあのときと比べれば、この短期間でここまで考え方が変わるものだろうかとラニ自身感心していた。
「大方、あの少年の行動に影響されたのであろう。策もなく行動するあの姿勢は素直に誉めることはできぬが、生きることに必死になるのは戦に勝利するために必要なことだ。
さてマスター、状況は最悪と言っても過言ではないが、悪いことだけではないとわかったであろう。次はどう動く?」
バーサーカーに問われ、思考を巡らすラニ。しばらくして、あっ、という小さな声を漏らして難しい顔をしていたラニの表情が変化した。
「……何か思いついたようだな?」
「はい。バーサーカー、提案があります。すでにトリガーは二つ取得済みですので明日……モラトリアム6日目はアサシンの対策に徹したいと思います」
「ふむ、それはよいのだが具体的にはどうするつもりだ?」
「それは――」
日付が変わりインターバル期間の2日目、昨日あんなことがあったばかりだから少し警戒しながらの起床となったが、今日は平和な朝だった。
……若干の肩透かしを食らったが、平和なのはいいことだと考えを改める。
「天軒由良、お前の左目にサーモグラフィーの機能を入れてみたいんだが――」
「俺の左目をおもちゃ代わりにしないでもらえないかな?」
しかもこれを真剣な顔で言うのだからたちが悪い。というかサーモグラフィーなんて機能つける意味はあるのだろうか?
「いざ何かの機能を付与するときにどんなエラーがあっても対処できるようにいろいろ試しておきたいんだが」
「ただのモルモットだよねそれ!」
「お前が実験体一号なんだからそうなるのは仕方ないだろう?
試したいっていうのなら他にもコードキャストを組み込んで疑似的な魔眼にできないかって案も出てるんだ。
それに比べたらまだマシな方よ?」
「そりゃまあ……ってちょっと待った、それはただの印象操作だよね!? まず俺の目を弄るかどうかってところで議論するべきところだよね!?」
「ちっ」
「舌打ちした!?」
心なしかここ最近のサラは少々アクティブすぎやしないだろうか? 何か焦っているようにも見えなくはないが、何が彼女をそこまで駆り立てるのかまったく見当もつかない。
「サラどの、お戯れはその程度で」
目上の人の悪戯をそことなく諫めるような言葉だが、その口調は鋭く冷たい。やはりまだライダーは彼女を警戒しているようだ。
両手を軽く上げて降参というポーズをとるサラは再び端末とのにらめっこに戻った。
今のやり取りをしている間にメールが届いていたらしく、端末がメールを受信したことを通知していた。
「差出人は……ラニ? よかった、目が覚めたんだ」
メールの内容はただ保健室で待っているとだけ書かれており、そのシンプルさがとてもラニらしかった。
ただ、ラニの方から呼び出しの連絡をしてきたのは初めての気がする。今までお世話になっているし、今日も特に予定はない。
ライダーの方を見ても特に反対する様子はなかったため、マイルームを出てメールの通り保健室へと向かう。
保健室の中は机に座ってただじっとしているラニと、そのラニの対応に困りおろおろとしている桜、というなんとも言えない状況だった。
どれだけの時間そうしていたのかわからないが、桜の表情が今にも泣き出しそうになっているということはかなりの時間そうしていたのだろう。来客という助け船に気づいた桜が泣きそうな表情でこちらに駆け寄ってくる。
「お、お待ちしてましたよ天軒さん! ラニさんがここを集合地点にしてからずっとあの様子なんです。私どうしたら……」
「と、とりあえず話してみるよ。桜はいつも通りにしてて」
……俺のせいではないのだがなんだか申し訳なってくる。
こちらの到着に気が付いたラニはその表情を崩し、穏やかな笑みを浮かべてお辞儀をする。
「ごきげんよう、由良さん。さっそくで悪いのですが、そこにサラ・C・ライプニッツはいるでしょうか?」
「えっと……サラいる?」
まさかサラの方を尋ねられるとは思わなかったため、念のため後ろの方に視線を送り尋ねてみる。
『モニタリングはしていたぞ。ただまさか私の方に用とはな。
いったいどんな用かしら?』
「サラ・C・ライプニッツ。あなたのウィザードとしての腕を見込み、協力を要請します」
『……私のウィザードの腕はたぶん買い被りすぎだ。ただまあそれは別として、協力するのは内容による。お前も知ってると思うが、私は今はこいつの礼装扱いだ。
聖杯戦争に戻ることも考えてないわけではないが、こいつが負ければ私も消えるから今はサポートの方に重きを置いている状況だ。
こいつに害がないのであれば協力も問題ないが、どうなのかしら?』
心なしかピリピリとした様子で端末越しにラニに尋ねる。しかしそんなサラと対照的にラニは特に気にした様子もなく自然体でその問いに返答する。
「その点については問題ないかと。これは場合によっては由良さんのためにもなることですから。
私があなたに要求したいのは礼装作成の協力です」
『……私は礼装作成の腕はそこまで高くはないぞ?』
「いえ、あなたほどの力があれば十分です。もっとも重要なのは、信頼できるウィザードであるということ。礼装作成の手順はすでに構築済みです」
彼女の言葉の真意は把握しかねるが、サラには十分だったらしい。
なるほどな、と言いながら小さく息を吐いたのが端末越しにわかった。
『簡単にいえば人手が欲しいんだな?
おそらくユリウスとの決戦に向けた何かなんだろう。だがたしかラニ=Ⅷとユリウスのモラトリアムは今日で六日目で明日にはもう決戦だ。礼装の完成形は見えているしその手順も確立しているが、単純に時間がない。
だからラニの技量にある程度ついてこれてかつ裏切らないという信頼のおけるウィザードが必要だった。正直アトラス院のホムンクルスほどの演算能力についていけるとは思っていないが……
報酬はお前の手の内と礼装そのものね?』
「その通りです。明日の決戦で勝った方はいずれ由良さんと対戦する可能性もあります。私が勝った場合は私の手の内を知っているそちらが有利に立ち回れるでしょう。私が負けて黒蠍が勝ち残った場合は礼装がアサシンに対して有利に働くでしょう。
どういう展開になろうともそちらのデメリットにはならないと思いますが?」
『……そうだな、確かに礼装を作るという点ではデメリットはない』
「では――」
『だがそれだけがメリットデメリットではない』
順調そうに見えたが、話を進めようとしたラニの言葉を遮り待ったをかける。
『おそらくだが、サーヴァントに対抗する礼装となればそう簡単にできるとは到底思えない。おそらく24時間近く行動してできるかどうかだ。まあSE.RA.PHではそのような無茶をしてもマイル―ムで休むまで次の日は来ないはずだからそれでもいいんだが……
問題は礼装作成に協力している間、私は天軒由良のモニタリングができないことよ』
「それが、何か?」
『ユリウスはマスター殺しをするマスターだぞ? それが同じ校舎にいるんだから警戒はしておく必要がある。今までは私やライダーが主に警戒していたが、そこから私がいなくなればもしかすると包囲網の穴ができる可能性もある。
……ライダーを信頼していないわけじゃないからな?
もしもの可能性がある以上、それも含めての交渉をしたいんだが、私を納得させるものはあるかしら?』
「……さらに条件をつけて欲しいと?」
『お前の所有しているコードキャストやアトラス院の技術の中から私が提示する情報を包み隠さず提供して欲しい。
それが条件よ』
「……っ!」
あまり表情を変えることのないラニの眉が微かに動いた。サラの出した条件はかなり厳しいものだ。
俺たちはサーヴァントの真名がわかっていて、その能力や宝具も少なからず知っている。その状態からラニ自身の手の内まで明かしたら、事実上の敗北宣言だ。
そこまでしてサラは強力を拒みたいのか、それともサラはラニから何かの情報を聞き出したいのか……
どちらにしても、少し強引過ぎる気がする。
だがラニとしてもサラの協力は必要なはず。いったいどのように対応するのか息を飲んで佇んでいると、彼女の口が小さく開いた。
そして肩をすくめ、ため息混じりに言葉を紡ぐ。
「……その条件は承諾できません。代わりに、
『っ!?』
端末の向こうで息を飲む声が聞こえた。
サラが俺に隠していること?
一つや二つぐらいはあってもおかしくないが、サラが動揺してしまうほどの情報とはいったいなんなのだろうか……?
個人的には別に追及する程でもないと思っているが、背後に控えているライダーの殺気が少しだけ増した気がするのは気のせいであってほしい。仲間内で探り合うのは勘弁願いたい。
ともあれ、サラもライダーの扱いには細心の注意を払っているように見えるし、ラニの言う情報がどんなものであっても、それがライダーとの関係が悪化する可能性を秘めているのであればこれ以上ラニに交渉を迫るようなことはしないだろう。
案の定諦めたようにため息をついたようだ。おそらく端末の向こうでは両手を上げて降参のポーズをとっていることだろう。
『わかった。お前が最初に提示した条件で協力する。
まったく、とんだ藪蛇だ。そういう交渉はお前にはできない思っていたんだがな……
勝ち残るために知恵を絞ったといったところか。ほんと、誰の影響を受けたんだか。
人の成長までは私でも測りかねるわ』
いつもより早口で語るのは本当に予想外で本音を抑えることを忘れているからか。あと若干こちらにチクチクと刺さるような言葉がある気がするのは気のせいだろうか……?
ともあれ、これでサラとラニの間に協力関係が生まれた。
「それで、どこで礼装の作成をするの?
サラはそんなに長時間俺のマイルームから出られないだろうから、たぶん俺のマイルームになるんだろうけど」
『…………』
なんだか誘ってるようで言いながら後悔した。背中に刺さる誰のものかよくわからない圧には気づいていないふりをしよう。
しかし、予想に反してラニは首を横に振った。
「いえ、マイルームで行動してしまうと時間がどう動いてしまうのか予想ができません。ですので、
「はぇっ!?」
なんだか素っ頓狂でかわいらしい声と共に陶器が硬いものにぶつかるような音が聞こえてきた。見れば、急須を落として思わぬ粗相と自分の出した声に頬を赤らめる桜が変な体勢で固まっていた。
「……あー、大丈夫? その、いろいろと」
「あ、いえ……はい。本来はダメなはずですが、昨日天軒さんには保健室を留守にしていた時にラニさんの看病をお願いした分のお礼ができていませんので、その分をここで返す、という名目であれば、なんとか……たぶん……可能性は……」
俺のせいではないはずなのだが非常に申し訳ない気持ちになってきた。
しかも当のラニはすでに端末をキーボードを展開し、いつの間にかサラとアドレスを交換したのかさっさと二人で礼装の作成にとりかかっているようだった。
「と、とりあえず言峰神父に保健室の貸し切りの許可が下りるか聞いてきますね」
ううう……、と肩を落としながら重々しく保健室を出ていくその背中はとても不憫に感じられた。
……彼女も
一話にまとまるものを二つにしたと言ったな、あれは嘘だ。
ラニの決戦まで書くつもりがさらに話が伸びました。
次回はラニvsユリウスの決着まで書きます(予定です)
年内には必ず……