Fate/Aristotle   作:駄蛇

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もう9月も終わりですね
1.5章配信前にはニコ生があるでしょうし、そのあとにはおそらくハロウィンも控えているでしょうから楽しみです


今回ちょっと遊びすぎたかもと思いましたが、まあ問題ないですよね()


虚憶の影

 ふと、夢を見た。

 まるでこれまでの体験を掻い摘んで見ているような不思議な感覚。

 SE.RA.PHの校舎の映像ばかりなのは、地上とのリンクが途切れたことでそれまでの記憶が残っていないからか。

 見覚えのある校舎に、見覚えのある人物。懐かしさと同時に悲しさも感じる光景にその身を委ねる。

 ふと、不思議な感覚に襲われた。

 

 この目の前にいる人物は、一体誰だっただろうか?

 

 ――いや違う、それがそれが本来の感覚だ。

 それは、黄金の舞台に立つ、炎を体現したような少女。

 ――これは、こことは違う世界。

 それは、妖艶な雰囲気を放つ、和服の半人半獣の女性。

 ――されど、あったかもしれない事象。

 それは、剣の丘に佇む、赤い外套を纏った褐色の男性。

 ――これは、自分とは違う■■■■の物語。

 それは、黒いもやに包まれ、認識できない異形の存在。

 

 すべてがとても懐かしく、安心すら覚える彼らの正体は、一体……

 

 

 意識が覚醒すると、夢は夢を見たという事実だけを残し、その内容は溶けるように曖昧になっていく。それでもあの見覚えのないサーヴァントたちだけは、魂にでも焼き付いたかのように消えずに刻まれている。

 だが自分の記憶の中に該当するサーヴァントは思い当たらない。少なくとも、この聖杯戦争中に出会ったわけではないらしい。であれば、失っていると思っていた地上での記憶が断片的にでも残っていたのだろうか?

 微かな可能性に必死に思い出そうとしてみるが、それ以上は頭をひねってみても何一つとして思い出すことはない。

 ……それでも彼らのことを思い出そうとすると、令呪を宿した左手にじんわりと熱を感じる。

 ふと視線を横に向けると、ここまでともに戦ってきてくれたパートナーであるライダーが不思議そうに首をかしげている。

「どうかされましたか、主どの?」

「……いや、なんでもないよ。少し夢を見ていただけだから」

 いらぬ心配をかけまいと、できる限り笑顔で首を横に振る。

「………………」

 そのやり取りを怪訝そうに眉をひそめて観察している銀髪の女性。

 どうしたのか尋ねようとしたところへ割って入るように第二層とトリガーの出現を知らせる通知が入る。

 視線をサラの方へ戻すが何事もなかったかのように端末の作業に戻っている。先ほどの夢ともども気にはなるが、今はアリーナの探索を優先しよう。

 準備を整えてマイル―ムから出ると、校舎の雰囲気がいつもよりピリピリしているのがわかった。これと同じ状況を前に一度体験したことがある。

「また優勝候補同士の対戦が決まったのかな」

『今後の対策の参考にもなります。見に行きましょう』

 ライダーの提案に頷きはするが、足取りは重い。前回は遠坂とラニという組み合わせだった。そして遠坂とラニはいまだにマスターとして参加している。最悪の展開が脳裏をよぎるが、それでもこのまま立ち止まっていくわけにはいかない。この胸のざわつきを振り払うように歩き出す。

 NPCをかき分け、皆が囲む先にいる二人のマスターを確認する。

「……ユリウス」

 マスター殺しとして一回戦から暗躍し、二回戦ではその毒牙に襲われることとなり、つい先日はランルーくんの討伐で共闘することとなった優勝候補の一人。その寒気がするほどに視線の先にいるのは少し青みを帯びた銀髪をなびさせる少女。つい数日前、俺がその運命を大きく変化させてしまったマスターの一人。

「――今回はラニⅧとユリウス。またしても優勝候補同士の対決か。前回は遠坂とラニⅧの対戦だったが……」

「――どうもルールブレイクでどっちも生還したらしい。人数不足のため特別に言峰神父から許可が出たらしいな」

「――なににせよ、奇跡は二度は起こらない。これで一人は確実に消えるな」

 ……そう、こういう未来が来ることぐらいわかっていた。わかっていたが考えるのを避けていた。おそらく、今この場にいない遠坂もどこか違う校舎で再び命を懸けた戦いをしているのだろう。

 でも、それでも……っ!!

「ごきげんよう」

 懐かしいあいさつのの言葉。いつの間にか掲示板に注目していたNPCや他のマスターは散っており、今はここを定位置としているNPCが数人立っているだけだった。

「……どうかされましたか?」

「っ、いやなんでもないよ」

 ラニが心配してしまうほどみっともない表情をしていらしい。それではまるでラニともう会えなくなるようではないか。ラニを信じよう。ユリウスを倒して、再びこうして話ができることを。

「身体の方はもう大丈夫? その……心臓とか」

「はい、問題ありません。バーサーカーも完全に治癒しました。あなたに救われたこの命、再び聖杯を望み勝ち進むべきなのか、それとも他の目的のために使うべきなのか、今の私には判断ができません。ですが、無駄にはしないようにしようと思っています」

 胸に手を当てながらまるで自分に言い聞かせるように語るラニ。心なしか、以前よりもその無機質な表情が和らいだ気がする。何が原因かはわからないが、それでも今生きているからこその彼女の成長だと考えると、あの無謀も無駄ではなかったのだと思えてくる。

『む……主どの、またあのような真似をしたら――』

「わ、わかってるって」

 なぜかここにきてライダーの勘が鋭い。不思議そうに首をかしげるラニになんでもないよ、と言葉を返す。

『ラニⅧの相手はあのユリウスか……あいつはハーウェイ家の殺し屋だ。戦闘面ではここにいるウィザードの中でもトップクラスなのは間違いない。今は言峰綺礼によって封じられているが、ルールブレイクだって大量に持ち込んでいた。

 サーヴァントのクラスが暗殺に長けているアサシンというのは唯一の救いか。ここの聖杯戦争のルール上、サーヴァントが相手マスターを殺すのは重大はペナルティとなる。しかも決戦場での一騎打ち以外で戦闘を行う場合は時間制限ありだ。アサシンにはこれ以上にない不利な状況だと言える。

 とはいえ、そこまでのハンデを背負っていてもラニⅧと互角以上の実力はあるわよ』

「暗殺に長けたクラス、か……」

 サラの言葉に耳を傾けながら、二回戦のあとユリウスのサーヴァントに襲われた時のことを思い出す。遠坂の話だとあのアサシンは19代いるハサン・サッバーハのうちの誰かだということだが、あれが本当に暗殺を生業とするアサシンの戦い方なのだろうか……

 正面からの戦闘でライダーと対等に渡り合えるほどの戦闘能力を保有した暗殺者。自分の中にあるアサシンのイメージと乖離しすぎている。これはラニに伝えておくべきだろう。

「ラニ、ユリウスのサーヴァントなんだけど――」

 余計なお世話かもしれないが、現状自分がわかっているユリウスのサーヴァントの情報を可能な限りラニへ提供する。すべてを聞き終えたラニは薄く笑みを浮かべて頭を下げた。

「情報、ありがとうございます」

「今まで助けてもらってるんだ、これぐらいのことはさせてもらわないと。

 ……気を付けて」

「はい。では、ごきげんよう」

 再度頭を下げてこの場を去っていく少女の背中を追う。三回戦の決戦場から帰還した直後、生きる目的を失っていた彼女がもう一度歩き始めたのだ。生きてほしい。素直にそう思えた。

 彼女の姿が見えなくなり、再び一人になったところに背筋に悪寒が走る。

「トリガーの取得は順調かね?」

「っ!」

「ふっ、そう身構える必要もあるまい? 私のようなNPCにできることなど大会運営のための通知ぐらいだ」

 などと言っているが相変わらず下手なマスターより殺意を放っている。

 一体何の用かと警戒を解かずに尋ねると、その不気味な笑みは崩さずに肩をすくめた。

「君たちもそろそろ単純な探索だけでは飽きてきたかと思ってね。私から、少し違う趣向を用意させてもらった」

「……一体何をさせるつもりですか?」

「なに、単純な話だ。この試合、君たちマスターに特別ルールを一つ追加させてもらう。

 それぞれのマスターには別のルールを追加しているのだが――」

 品定めをするようにその視線がこちらの身体を這う。その笑みがさらに不気味に歪んだかと思えば……

「聞くところによると、どうやらレアエネミーに敗退したようだな。なら君はこのモラトリアム中にレアエネミーを探し出し討伐する、というのはどうだろう」

 なぜそのことを……と思ったがそのことは先日舞との会話で持ち出していた。それを本人が聞いたのか、もしくは誰かから聞いたのだろう。

『悪趣味だな。まあそんなことはお前に言っても改善はされないだろうからどうでもいい。だが、天軒由良がそのルールを受けるとして何かメリットはあるのかしら?』

「ふむ、他のマスターには達成することで対戦相手の情報を一つ開示するのだが……

 君の持つ黒鍵の性能をコードキャストに耐えられる程度に向上させる、というのはどうかね?」

「っ、どうしてそのことを!?」

 先ほどのレアエネミーの件は校舎内で話していたが、黒鍵のことはアリーナで相談したっきり話題にすら上がっていない。もちろんコードキャストと黒鍵の関係性もだ。

 この神父、一体どこからどこまでこちらの情報を持っているのだろうか……

 こちらの反応に満足したのか笑みを浮かべて頷く言峰神父。

「すでに話したことだが、これでも私のベースとなった人物は聖堂教会の神父。そして一時期は代行者だった。当然黒鍵の扱いも他のNPCに比べれば覚えがある。

 そしてムーンセルの重要な立ち位置にいるNPCだからある程度の知識は引き出すことができる。黒鍵を君が望む程度に強化するのは造作もない。

 どうだね、悪くない報酬ではないかな?」

 たしかに昨日はそれでよしと結論付けるが、やはりコードキャストを使用しても脆くならないのに越したことはない。この報酬を受け取れるかどうかは非常に大きい。

 問題は俺たちがこのどう見ても黒幕なやつ(言峰神父)を信じられるかどうかだ。彼のことだから、それを考慮したうえでの提案なのだろうが。

「実際に強化してもらうかどうかは別として、レアエネミーの出現場所は教えてくれないんですか?」

「そこも含めての特別ルールだ。少なくとも今日からモラトリアム6日目までの三日間でアリーナ第二層で出現することは確定事項だが、私から言えるのはそこまでだ。レアエネミーそのものは君自身が探し出したまえ」

 以上だ、と言峰神父はNPCらしく……いや、彼の場合はもともとの性格かもしれないが、要件が済むと一方的に会話を打ち切った。

『罠……という可能性は少ないかと。立ち振る舞いは訝しいですが、聖杯戦争の運営のためにいろいろと考えて行動はしているようですし』

『私もライダーの意見に賛成だ。

 もし不自然な改造をされた場合は、そのときはあのエセ神父を問い詰めればいいわ』

 二人とも肯定的だし、俺自身も断る理由はない。資金の調達以外でレアエネミーを倒す目的ができたなら、今までより少し優先順位を上げた方がいいだろう。

 とすると、今日のアリーナ探索はレアエネミーがいる可能性を加味してしらみつぶしに通路の探索をするべきか、トリガーを取得するために最深部への通路を優先して探索するべきかを選ぶ必要がある。

 そこに突然、こめかみにちりちりとした痛みを感じて眉をひそめる。

 

 ――あの神父、中々小癪な事をする。

 

「えっ!?」

 まるですぐそばで話しかけられたかのような頭に響く少女の声に思わず振り返る。しかしそこには誰もいない。気配もライダーのものだけだ。そしてとつぜん振り返るものだから、ライダーがきょとんとした様子で尋ねてきた。

『どうされました、主どの?』

「いや、ちょっと疲れてるのかな。聞き覚えのない声がいきなりしたようにしたんだけど」

『もしや、ここにきて敵襲ですか!?』

「いやそういう感じじゃないから大丈夫。ついさっき夢を見たばっかりだし、夢で聞いた声を無意識に思い出したのかも」

 本当は夢で声など聞いていないが、ライダーが周囲に殺気を放ち始めたために慌てて適当な言い訳でなだめ、少し目をつぶって呼吸を整える。だが痛みはまだ引かないし、さきほどと同じ声が聞こえてくる。それはまるで自分ではない『誰か』に話しかけているようで……

 

 ――うむ、たぎってきたぞ奏者よ! 勝負事ともなれば完膚無きまでに勝利を収めなければ気が済まぬ!

 

 傲慢で猪突猛進、しかし天真爛漫で憎めない不思議な声色。勝手な印象ではあるが、夢に出てきたサーヴァントの一人と言葉を交わすとこうなりそうだ。『奏者』というのは彼女のマスターだろうか……?

 それ以降声は聞こえなくなったが、絶えずこめかみの痛みは残っている。しかし耐えられないほどでもない。トリガー入手を優先して探索する、ということを三人で相談して決定できる程度には思考ができているし、エネミー相手の指示ぐらいなら問題ないだろう。

 

 

 そしていつものように体育倉庫の入り口をくぐる。迎えてくれてたのは第一層と同じく深海を連想させる風景が続くアリーナ第二層。

 当たり前だが俺とライダー以外に人の気配はない。ライダーにエネミーを撃破してもらいながら奥へと進んでいると、断続的に続いていたこめかみの痛みが一瞬だけ強くなった。

 

 ――ふっふっふ――狐の血がたぎってまいりました! ご主人様(マスター)、狩りの時間です。

 

 聞こえてきたのはさっきとはまた別の、蠱惑的な女性の声……なのだが、どうやらかなりはっちゃけた性格のようだ。しかしそれを不快に感じることはなく、むしろ太陽のような温かさを感じられる。こちらも夢に出てきたサーヴァントの一人と声と雰囲気が合致し、先ほどと同様に『誰か』に向けて『ご主人様』と呼びかけている。

 もしかすると、この『奏者』や『ご主人様』というのは予選のとき意識が混ざっていた『誰か』のことだろうか。そう考えると、不思議なほどあっさりと腑に落ちた。なぜ複数のサーヴァントが夢に出てきたのかわからない。もしかすると、一人と思っていた『誰か』は複数人で、あのときも複数人と意識が混ざっていたのかもしれない。結局何もわかっていないが、少しだけホッとした。同じく運命に抗った『誰か』もちゃんと自分のサーヴァントと出会えたのだ。

 この聖杯戦争の参加者だろうか。もしそうならどこかで会えるだろうか。この聖杯戦争で出会うということは殺し合うということに直結するのだが、それでも敵同士という関係しか築けないわけではない。遠坂やラニ、サラのような関係を築くことも可能なのだ。

 

 ――ここは防衛プログラム(エネミー)に集中して、敵のマスターでの消耗は避けるとしましょう。ですが基本、見・敵・必・殺(キャッチ・アンド・ダイ)で!

 

 その不穏な宣言を最後に、こめかみの痛みを残して声は聞こえなくなった。

 その後も順調にアリーナの奥へと進み、そろそろ最深部へ続く通路が判明しそう、というところで端末から話しかけられる。

『天軒由良』

「どうしたの?」

『さっき夢を見たって言っていたが、あれは本当か?』

 なぜこのタイミングなのかわからないが、特に気にするほどでもないと判断し、ライダーへの指示を出しつつ、覚えてる範囲で夢の内容を説明する。

『……見たこともないサーヴァント、か。

 電脳は基本夢を見ないものだが、まあ今のお前には常識は通用しないしそこは気にするだけ無駄だろう。問題はその内容だ。

 お前、人がなぜ夢を見るか知っているかしら?』

 説明に対する反応もそこそこにいきなりそんなことを問われる。

『夢っていうのは、睡眠中に記憶整理をする際に起こる幻覚みたいなものだ。部屋の扉を開いたらいつの間にか落下していた、みたいな夢を見るのはバラバラになった映像を適当に繋いでいるから……て、地上での記憶がないお前にはそういう詳しい経験も忘れているか。

 まあつまり、聖杯戦争が始まってから一度も見たことがないサーヴァントの姿がはっきりとした姿で夢に出てくる、なんてことは夢の構造上難しいわ』

「う、うん……なるほど?」

 彼女の説明はなんとなくわかったが、なぜそんなことを聞くのかが未だに真意が見えてこない。

『まだピンと来てないみたいだな。記憶ないものが夢に現れるとするなら考えられるのは思いつくのは二つ。一つは実は無意識に記憶している情報が引き出されている可能性。

 そしてもう一つは、他人の記憶が移植されている可能性よ』

「っ、記憶の移植なんてことが可能なのか!?」

『医学的にはもちろん無理だ。だが魔術師なら他人の身体を乗っ取ったりなんなりすれば可能性はある。お前がそんな魔術使うとは考えられないがな。

 お前らしい可能性なら電脳体で身体の一部を移植した、とかかしら』

「身体の一部? 脳とかじゃなくて?」

『今の私たちがどういう状態かわかってるか? 電脳体っていうのは魂を擬似的に物質化したものだぞ。自分と他人の魂が混ざるんだ。記憶や人格に影響があってもおかしくない。昨日は何でもない情報だと思っていたが、昨日お前が言っていた走馬灯もわりと重要そうだ。

 さすがにムーンセルで切り落とされたのは記憶違いだとしても、どこかで右腕を切り落とされて誰かの右腕を移植されたって可能性があるわね』

「ちょっと待って。俺ここでの記憶しかないんだよ? 走馬灯だって過去の記憶なんだからここ以外の光景を見るなんておかしいんじゃ」

『お前が見たのがちゃんとした走馬灯ならな。だが、それ以外にも肉体に刻まれていたトラウマがフラシュバックした、なんて可能性もありえるぞ。

 迫る人形とアリーナの光景は、現時点で記憶している情報で欠けた部分を補完した結果とすればつじつまも合うわ』

「……………………」

 思わず黙り込んでしまう。それが本当なら、この右腕の持ち主は俺のせいで片腕を失った可能性がある。だというのに、それが誰なのか記憶すらないなんて……

『……落ち込む暇があるならこの聖杯戦争を勝ち抜く努力をしたらどうなんだ? 調べてはいるが、いまのところお前の記憶が戻る手立てはないんだ。

 欠けた記憶を取り戻すには優勝して地上に戻る以外ないわよ』

「そう、だね。とりあえず自分のできることをしなくちゃ。でも、どうしてこのタイミングでこの話を?」

『…………はぁ』

 なぜか心底呆れられた!? 今の発言何かおかしかったのだろうか?

 聞けばさらにため息をつかれるのは火を見るより明らかだ。だが無言でいるだけでもサラにこちらの心境は十分に伝わったらしい。さらにわざとらしいため息を端末越しにも聞こえるようにつきながら丁寧に説明してくれる。

『お前なぁ、ライダーの刀がお前の右肩に食い込んせいで、トラウマかもしれない光景を思い出したんだぞ? ライダーがそのことを知ってみろ。

 今度は令呪でも使わないと止められない勢いで自害するわよ』

「……ごもっとも」

 サラの気遣いに素直に感謝する。そこにタイミングよく戻ってきたライダーの頑張りを頭を撫でながらいたわる。気持ちよさそうに目を細めてされるがままの彼女を見ているとつられてこちらも癒される。

「……はっ! 危うく忘れるところでした。主どの、トリガーらしきものがこの奥に見えます」

「本当!? ありがとうライダー!」

 時間がかかると高を括っていたところにまさかの朗報で、撫でる動作がナデナデからわしゃわしゃっと激しくなる。それでもライダーはされるがままで、むしろ心なしか先ほどより気持ちよさそうにしている気が……

『犬をあやしてるみたいだな』

「………………」

 そういう例えは笑いをこらえるのが大変だから勘弁してほしい。

 とにもかくにも、これで四回戦通過に必要なトリガーはすべて入手できた。あとは残りのモラトリアム中に鍛錬を積みつつ、レアエネミーを撃破するだけだ。こめかみの痛みも引いてはいないがさすがに慣れてきた。

「ライダー、まだ大丈夫かな?

 まだ余力があるならほかの通路も探したいんだけど」

「承知しました! このままアリーナを踏破してしましましょう!」

 そこまではするつもりはなかったのだが……この様子だと本当に実行しそうだ。

 床も壁関係なく縦横無尽に駆け回る動きはすでに見慣れたものだが、実戦形式の鍛錬を受けたあとだとまた新しいことが見えてくる。

 自分の動きに組み込めるとは思っていないが、どういう姿勢なら次はどこへ移動することが多いのか、そしてそのとき視線はどう動くのか。彼女のように速さが強みの相手と対峙した場合にいい参考になりそうだ。

『きわどい衣装で気になるのはわかるが、少女の尻を必死で追いかけてるのは絵面的にどうなんだ』

「異議あり! 冤罪と主張する!」

 いきなりなんてことを言うんだこのオペレーターは。冗談にしても言い方は考えてほしい。しかもこの会話を聞いていたライダーが着地に失敗して何とも不格好な状態になり、事態は混沌となりつつある。サラの問題発言に加えて着地を失敗するという醜態を晒してしまったのが追い打ちになったのか、耳まで真っ赤にする少女は壊れたロボットのようにぎこちない動きで笑みを浮かべる。

「あ、主どのがそう望むのでしたら、わた、私は別に……」

「よし少し落ち着こうかライダー! というかそれはフォローじゃなくてトドメってことをそろそろ学習しようっ!?」

 端末越しに聞こえてくる押し殺した笑い声に若干の殺意を抱きつつ壊れたライダーを正気に戻すのに四苦八苦していると、いつの間にかエネミーが目の前に現れ襲い掛かってきた。

「サラさん? エネミーの出現はモニタリングしてるんじゃなかったっけ!?」

『悪いな、さすがにそんな近くに出現されたらモニタリングしてても無理だ』

「ああもう!!」

 いまだライダーは壊れたままだ。ここにきて怒涛の展開に半ばヤケになって黒鍵を取り出した。

「俺が戦ったせいでこのあとライダーが凹んだりしたらサラがフォローしてよ!」

『さすがにそのつもりだ。まあその程度なら今のお前でも善戦できるだろう。

 さっさと片づけてついでに戦えるアピールしときなさい』

 あとで絶対文句言ってやる、と心に決めてエネミーへ切りかかる。今回出現したのは鳥をモチーフにした中型エネミーだ。

 空中を飛び回るため捉えずらいが、攻撃は専ら身体を回転させて翼で切り裂くシンプルなもの。ライダーの攻撃を受け流せるのだからこれぐらいたやすい。

 相手の回転に合わせて黒鍵で受け流し、その勢いを利用して自身も回転し、攻撃のための力に変える。十分に遠心力のついたカウンターの一撃は確かな手ごたえを感じだがまだエネミーは健在だ。

「ライダーなら一発だろうな。まあ、わかりきってることだけど!」

 力が足りないなら手数で補えばいいだけだ。もう一度回転し始めたエネミーに再度カウンターを仕掛ける。続く大振りな挙動には黒鍵を投擲して牽制する。大丈夫だ、身体は動く。

 それにここまでの膨大なエネミー戦でなんとなくわかったことだが、エネミーは基本的に一定のルーチンを繰り返すよう設定されている。このエネミーの場合は二回同じ動きをするというものだ。つまり注意すべきは奇数回目の行動であり、偶数回目の動きは直前と同じ動きをするように意識すれば後れを取ることはない。

「……づっ!」

 だというのに、こめかみの痛みがほんの一瞬強まったことで相手の挙動を読み間違えた。小手先で防御姿勢をとるが、刃の向きを変えただけでは翼の一撃を抑え込め切れない。このままでは体勢が崩されるのは明らかだが、距離を取るほどの余裕はない。しかも追い打ちをかけるように痛みが強くなる。

 

 ――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)

 

 脳裏に響くのは大人びた、頼もしさを感じさせる男性の低声。他の二人と同様に、夢に出てきた姿がはっきりとしているサーヴァントの最後の一人と印象が合致する。

 しかし誰かと会話している様子ではない。むしろ何かを唱えているヨウ、ナ……

 

 ――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)

 

 九時の方向からエネミーの攻撃、この程度ならいなしてカウンターを決められる。そう思っていたが右腕以外がまるで自分のものではないように動かない。仕方がないがここは牽制で時間を稼ぐのが得策か。

 現在動くのは右腕……正確には右肩を動かすのに必要な最低限の筋肉と、右腕全体だけだ。攻撃には転じられないが防御ぐらいならこれでも十分だろう。

 ……訂正、段々金縛りが解けるように全身の硬直が溶けてきた。これならいけるか。

「――attract>key」

 言葉と共に黒鍵に刻まれるコード。理論上は可能とはいえぶっつけ本番はさすがに肝が冷えた。しかし結果は上々、これなら十分な効果が見込めるだろう。

 左右に黒鍵を放り投げると、投げた黒鍵は突如軌道を変えてまるでお互いに引き寄せ合うような軌跡を描き始める。その一対の動きを横目に新たな黒鍵を握り、刃を形成しながら駆け出す。

 

 ――心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)

 

 すでに何かを感じ取ったエネミーは防御態勢に入っているが関係ない。投擲した黒鍵がエネミーで交錯するタイミングに合わせて両手の黒鍵で切り刻む。左右と正面から襲い掛かる刃はエネミーに反撃の隙を与えず、着実にダメージを刻み込む。さらに両手の得物を振るうこと2発。無残に砕け散った刃を代償にエネミーの守りを強引に切り崩した。

 

 ――唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

 

 ここまででようやく下準備。無防備になったエネミーへさらに肉薄し、トドメを刺すべく新たな黒鍵を握り大きく振りかぶる。

 

 ――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)

 

「hack(64);>key」

 ダメ押しに黒鍵の刃に新たなコードを刻み、斬撃と共にゼロ距離でコードキャストを放つ。合計8つの物理攻撃に加えて火力を底上げしたコードキャストのダメ押しにはさすがのエネミーも耐えきれず、戦利品(アイテム)を残して消滅した。

 

 ――肝が冷えたぞ、マスター。

 

 敵ノ消滅ヲ確認スルト、段々と男の声が遠のいていき……

「……ってあれ、俺はいったい何を?」

「お、お見事です、主どの」

 ライダーが正気に戻るまでの時間稼ぎ程度に考えていたのが、まさか自分で撃破してしまうとは思ってもみなかった。これにはライダーもどう反応してよいのかわからないといった様子だ。

『たしかにすごいが……天軒由良、何ださっきの攻撃は。今のお前の技術じゃ絶対編みだせるような攻撃じゃない。いやそもそも、黒鍵にコードキャスト以外のコードを刻んで特殊効果を付与するなんて、長年使い続けてきた私でも思いつかなかった芸当だぞ。

 お前、本当に天軒由良なのかしら?』

「お、俺にも何が起こったのかさっぱり……

 どうやってコードキャスト以外のコードを刻んだのか見当もつかないし。ただ頭に声が聞こえてきて気づいたらあんな感じに」

『声? ああ、校舎にいるときに言ってた空耳のことか。

 記憶が混ざったことで一種のトランス状態になったということかしら』

 たしかにさっきの動きは自分以外の誰かに操られているような感覚だった。トランス状態という言い方もできるかもしれない。

 ただ、俺の記憶と混ざっているのは正体不明の()()()()であるはず。ならばトランス状態になるのもマスターのはずだ。しかし実際はどう考えてもサーヴァントの動きだった。

「主どの、身体に不調などはございませんか? 憑依を得意とするサラどのほどではありませんが、宝具の関係上トランス状態には詳しいので、何かあれば力になれるかと!」

「うん、ありがとうライダー。でも今は大丈夫だから心配しないで」

 ここ最近自身に関する謎ばかりが増えて不安が募っていたが、ライダーの気遣いに胸のざわつきが和らいでいく。

 身体に関しても特に目立った変化はなく、コードキャストで無理やり強化したときのような副作用はなさそうだ。とはいえ単純な疲労でこれ以上動くのは厳しい。ひとまず腰を下ろして休息を取らせてもらう。

 息を整え、天井をただ目的もなく見上げること数分。ようやく落ち着いてきたところで端末を開いて現在地を確認してみると、いつの間にかアリーナの全通路がマッピングされていた。

「まさか本当に踏破しちゃうなんて……」

 目的のレアエネミーは発見できなかったが、ここまで探索していないのなら今日は出現しないのだろう。というかそう信じたい。

 疲労でそれどころではなかったが、気づけばこめかみの痛みも最初からなかったかのように治まっていた。

 ここまでに3人の謎の声を聞き、そのすべてが夢に出てきたサーヴァントと印象が合致していた。残りは姿がはっきりとはしていないサーヴァントの声だけだったのだが、これ以上何かが聞こえてくる様子はない。

 治まってしまうとなんだか寂しい気がしてしまうのだから不思議なものだ。

 その後も一通りレアエネミー捜索も兼ねてアリーナを探索してみたが目ぼしいものはなかった。アリーナから戻ってからもそれ以上何が起こるわけでもなく、ただ就寝する流れとなった。

 

 

 皆が寝静まったころ、一人で今日一日を振り返る。ラニとユリウスの対戦には動揺が隠せないが、今の俺に出来ることは情報を提供するぐらいだ。一日そこらで何か状況が変化するとは思えないが、明日図書室にでも行ってみようか。もしかするとラニに会えるかもしれない。

 そして四回戦が始まったラニに対して、すでにこちらはモラトリアム四日目。必須条件の二つのトリガーも入手し、残るタスクはレアエネミーを撃破するのみ。この件に関しては順調と言ってもいいだろう。しかし自分の正体についてはまずまずといった進捗だった。

 わかっているのは、俺は地上の本体をパスが途切れた状態であり、一刻も早くその修復が必要であること。今まで普通に扱ってきた右腕はどうやら自分の腕とは違うらしく、礼装を使ったコードキャストを右手で実行するのは無理ということ。この二点だけだ。

 腕の件に関してはいつ、どこで、誰によって右腕が自分以外の物になってしまったのかわかっていないし、そもそも2回戦から使っている正体不明のコードキャストについてはとっかかりすら掴めていない。そして今日見た夢や謎の運動能力向上についても、ただ謎が深まるだけだった。

 まるで終わりの見えない深海をずっと彷徨っているようだ。それでも少しずつ前に進めている感覚があるだけ気持ち的にマシなのだが、一つだけ謎とは少し系統の違う、どうにも腑に落ちない疑問が密かに残っていた。

 戦闘をしていたわけでもないし、特有の存在感を感じたわけでもない。だというのに俺はなぜ、夢に出てきた彼らのことを一目でサーヴァントだと判断できたのだろうか……――。




天軒由良、かっこいいポーズならず()
まああのシーンだけを抜粋するとちょっと笑えてきますが、鶴翼三連の一連の動作はカッコいいですよね

今回でひととおり天軒に関する謎は全部提示で来たかと
あとは謎の解明へ突き進むのみです(爪が甘いことが多いからどこかで謎が増えるかも)


虚億ってちょうどいい言葉があると思ったら、これ造語だったんですね……

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