Fate/Aristotle   作:駄蛇

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FGOではとうとう星4配布が来ましたね
性能重視や好きなサーヴァントなどなど、いろんな選び方がありますね
私は最初の星4配布の時点で次は上姉様だと決めていましたので迷いません! ……迷いませんとも(エルバサほしい)

今回もかなり長いです
正直いつもなら2話に分ける量です


マスターの意地

 前日のいざこざが嘘だったかのように、モラトリアム3日目の朝は穏やかだった。

 お互いに心の余裕が生まれたというのは、予想以上に効果があるらしい。

 ただ、再びライダーと同じ布団で寝ていることになったのは楽観視できない自分がいる。ライダーには口が裂けても言えないが、やはり精神衛生上よろしくない。慣れる兆しもないし、そもそもこの状況は慣れていいものなのだろうか。

 とはいえ今はまず昨日消費したアイテムの補充が優先だ。

「サラ、礼装の方はどう?」

「もうすぐ完成する。先に購買部にでも行ってアイテムの補充でもしておけ。

 お前がアリーナに入るころには使えるようにしておくわ」

 長時間作業していたのだろう、彼女が身体を伸ばすとパキパキという乾いた音がここまで聞こえてくる。

 

 ……あれ、何だこの違和感は?

 

 頭の中に微かな引っかかりを感じるが、それがなんなのかははっきりとはしない。ただ、ここで考え込んでもこの違和感は払しょくされないだろう。

 サラの案に反対する理由もない。素直にマイル―ムから出て購買部へと向かうと、いつものように舞が暇そうに頬杖をついていた。

「ん? ああ、君か」

「だんだん対応が購買部らしくなくなってきてるよね?」

「まあここ数日ほとんど客が来ないからね。

 優秀なウィザードはエーテルぐらいしかここにある商品に見向きもしないし、人によってはそのエーテルさえ自分で作っちゃうしー」

 ため息交じりに愚痴る舞はそう説明したのち、こちらに視線を向ける。

「ということで君が重要な収入源だから、今後ともよろしくね」

「はいはい。こちらとしても舞にはいろいろお世話になってるし、それで貢献できるなら喜んで協力するよ。

 ……資金不足さえどうにかなればね」

 最初こそ彼女とのこのやり取りに困惑したが、今ではこのやり取りに安心さえ感じている。

 アリーナ探索で消費したエーテルを補充しつつ、何でもない会話で時間を潰す。

「資金不足ならエネミーを倒して集めるしかないね。そろそろレアエネミーだって出現する時期じゃないかな?」

「レアエネミーなら昨日会ったよ。……勝てずに逃げることになったけど」

「君が負けるなんて珍しいね。調子でも悪かった?」

「まあね……次は負けるつもりはないけど、今日アリーナ探し回ってレアエネミーに会えるかな」

「無理だと思うよ」

 全く悩みもしない即答はむしろ清々しさすら感じる。

「シンプルにレアって名前がつくぐらいだよ? もちろんそう何度も会えるものじゃないって。私も詳しい情報は知らないんだけど、各階層に一度しか出現しないらしいし。

 まあでも君はまだ三日目でアリーナも第一層しか解放されてないからチャンスはあるかな」

「俺、舞にモラトリアムが何日目か言った記憶ないんだけど……」

「そりゃお得意様の現状ぐらい把握するって。明日解放される第二層で必死に探してみたら?」

 それでもエンカウントするかは別問題だけどね、と容赦無く追い討ちをかける彼女に苦笑いで返す。

 念のために探してみる予定だが、今日はトリガーの入手だけで用事は済みそうだ。

「あとは俺の指示のレベルを上げる鍛錬か。

 ……舞、この聖杯戦争ってマスターがサーヴァントに指示を出して戦うのが基本スタイルだよね?」

「うんそうだよ。どうしたのいきなり?」

「いや、サーヴァントっていろんなタイプがいると思うんだけど、戦闘に特化したサーヴァントはマスターに頼らないほうがいんじゃないかなって……

 そのぶんマスターも別のことに集中できるし」

 昨日の一件で、戦闘の質が上がれば上がるほどその戦闘で下す指示が重要になってくることを実感した。しかし同時に、俺が指示を出すよりライダーの自己判断で戦闘をした方がいい場面があるのなら、彼女に任せるのもまた一つの手ではないだろうかとも思い始めている。レアエネミーとライダーでは力の差は歴然。ならばライダーが自分の判断で戦って後れを取ることはないはずだ。

 そう考えていたのだが、舞は困ったように苦笑いを浮かべている。

「残念だけど、それはおすすめできないね。

 ムーンセルという聖杯が望んでいるのは『強いマスター』であって、『強いサーヴァントを使役するマスター』じゃないから」

「ごめん、違いがよくわからない……」

「簡単に言えば、いかにサーヴァントの戦闘技術が秀でていたとしても、それに頼り切って勝利したマスターをムーンセルは真の強者とは認めないんだよ。

 噂によれば、参戦すれば勝利が確定してしまうサーヴァントをムーンセルが封印処理したこともあるらしいし。

 何にしてもこの聖杯戦争において戦闘はマスターの能力や采配が重視されているのは確実だろうね。

 一応マスターが指示しなくてもサーヴァントが自己判断で戦うことは可能だけど、行動に若干ながら支障がでるらしいよ。マスター同士が戦闘しているときはその限りじゃないとも聞いてるけどね。

 そのあたりは、サーヴァントに聞いてみた方が早いんじゃないかな?」

 舞の指摘に視線を背後へ送る。そこで霊体化しているであろうライダーは姿を見せず、念話で対応する。

『舞どのが指摘した通り、主どのが指示に徹してるときは指示以外の行動をすると若干ながら行動に誤差のようなものが生じます。

 普通のエネミーなら問題ありませんが、サーヴァントはもちろん、あのレアエネミー相手にも主どのの指示がなければ苦戦を強いることになるかと』

 ライダーの邪魔になるならいっそのこと、と考えていたのだが、やはり俺自身のスキルアップは必須事項のようだ。

「さすがにすべての行動を事細かに指示をしろってことはないんだけど、攻撃するのか防御するのか、攻撃にしても決定打を与えに行くのかそうでないのか。

 一つの目安としてだけど、最低こういう指示はした方が思うよ」

 全貌はわからないながらもなかしらの問題を抱えていることを察した舞が、彼女なりにアドバイスをしてくれる。

「ありがとう、参考になったよ」

「どういたしまして。まあ、最近暇してたからこれぐらいなんてことないけどね」

 無邪気に笑う姿に見送られてその場を後にする。彼女の笑顔を見てると自然とこちらもつられて笑ってしまうのだから不思議なものだ。

 会話が途切れたタイミングを見計らって、端末越しに聞きなれた声が聞こえてきた。

『コードキャストが完成したぞ。試運転まではできてないが、とりあえず起動するのに必要最低限の調整はしてある。

 黒鍵から出力する練習も兼ねて試してもらえるかしら?』

「うん、わかった。

 じゃあ舞、俺はこれで」

「はいよー」

 立ち去るこちらに向かって舞は手を振って見送ってくれる。

「アリーナ探索頑張ってねー。あ、レアエネミー倒せたら売り上げ貢献よろしくねー」

「ははは……」

 軽口なのか本気なのかわからないが、苦笑いで返して地下から1階へと向かい、そのままアリーナへと直行する。

 昨日までと同じくアリーナでは俺たち以外の気配は感じられず、耳が痛いほど静まり返った空間がはるか先まで続いていた。

 そこから比較的大きな広場まで移動し、改めてサラから説明を受ける。

『単純威力を上昇させただけだから、コード自体は守り刀の時と同じだ。

 ただ、本体は壊れてるから前みたいに礼装を実体化させて起動するのは無理よ』

「ということは、起動するには黒鍵の練習が不可欠ってことか」

 試しに黒鍵を握り、左から右に振り払うモーションと共に魔力を流すがコードキャストが起動する様子はない。先が思いやられる状況だ。

「悩んでても仕方ないか。とりあえず今できることをやろう」

『それもそうだな。せっかくこんな広い空間にいるんだ。のびのび鍛錬ができるこの状況を生かさない手はない。

 エネミーの出現はこっちでモニタリングしておくから、不意打ちの心配はせず鍛錬に専念してもらって構わないわよ』

 サラの頼もしい言葉を聞き、ライダーが手を叩く。

「では、実践形式の鍛錬などどうでしょう?

 すでに戦い方は主どのの中で完成しつつあるようですし、今後はそれを研磨していくのがよいかと」

「なるほど。じゃあお手柔らかに頼むよライダー」

「はいっ! このライダーにおまかせください!」

 いつもより張り切った様子で頷くライダーは早速俺との距離を取り、得物を構える。

 こちらも両手に黒鍵を握り、いつでも対応できるように腰を落とす。

「では、いきますよ主どの!」

 ライダーの言葉にさらに警戒心を強める。わかりきっていることだが、普通の剣戟で彼女には到底叶わない。なら、やはりコードキャストでの攻撃が不可欠になる。

 火事場の馬鹿力という言葉があるように、この実戦で何かの拍子でできるようなことを信じて、頭の片隅では常にコードキャストのことを考え――

「――はぇ?」

 我ながら間抜けな声が出たかと思えば景色が上下反転しており、次の瞬間には背中に強い衝撃を受けてカエルが潰れたような声が絞り出される。

 何が、起こった……?

 視界に映るのはアリーナの天井、微かな光しかない深海の光景。つまり、今は仰向けに倒れていることになる。それは把握したが、なぜこうなったのか思考が追いつかない。

「――まだまだですね、主どの」

 聞こえてきたのは優しく語りかけるような声。その声の主は左手で自身の黒髪を押さえながら穏やかなで表情こちらを見下ろしている。それは赤子を愛でるような優しさすら感じるかもしれない。

 ……その手に握る刀の刃がこちらの首に突きつけられてさえいなければ、だが。

 ああなるほど、ようやく状況を理解できた。どうやら一瞬の間に一切の容赦なく打ち負かされたらしい。

 さすがは俊敏A+、俊敏Bのキャスターも十分速かったがこれは次元が違う。気を抜いていたわけではないのに何が起こったのかまったくわからなかった。

「参考までに、何が起こったのか説明が欲しいんだけど……」

『とくに難しいことはしてなかったぞ。ただ壁を蹴って背後に回って足払いしただけ。お前がレアエネミー相手に指示したときとほぼ同じ動作だ。まあ、その速さは比じゃなかったが。

 あれがライダーの本気ってことかしら?』

「本気……というより全力ですね。攻撃や防御などをすべて捨てた最大速度ですので、隙が大きすぎてサーヴァント相手では使えないでしょう。

 ただ、サーヴァントがこれほどのスピードで動くこともあることは肝に銘じておいてください」

 忠告するライダーの表情は今まで以上に真剣だ。それだけで本当に彼女が俺に前線で戦える実力を身に付けさせようとしていることが伝わってくる。

 ならこちらも本気でそれに応えるしかない。

「逆に言えば、その動きについていけるなら大抵の相手の動きにはついていけるわけだ」

『大きく出たな、天軒由良。ついさっきまったく反応できずに組み倒されたばかりだぞ。

 それとも、頭でも打って変になったかしら?』

 事実ではあるが、くつくつと喉を鳴らして笑うサラに言われっぱなしはなんだか癪だ。

「ご心配なく! きちんと主どのが頭から落ちないように気を付けました!」

「うん、そういう意味でサラは言ったんじゃないと思うけどね」

 あと彼女らしい気遣いに地味に凹む。できればライダーがそこまで気が回らないぐらいほどには渡り合えるようになりたい。

 改めて黒鍵を握り、息を整えてからライダーと対峙する。

「それじゃあ、行くよライダー!」

 などと啖呵を切ったのはよかったものの、そこからは悲惨という言葉が似合うほどの結果だった。

 最初の10戦ほどはライダーの姿を捉えることすらままならず、目が慣れてからも身体が反応するまでにさらに20戦ほど。ようやく攻撃を受け流せるようになってきたが、すでに身体はもちろん心もボロボロの状態だった。

「少しは手心があってもいいんじゃないかな?」

 思わずそんな言葉が出てしまう。

「いえいえ、まだまだ! これも主どののためですから。このライダー、一切の手加減もせず主どのを鍛え上げてみせますとも!」

 ……どうやら変なスイッチが入ったらしい。こんな風に鍛錬でライダーに振り回されるのは、守り刀を使った鍛錬の初日以来だ。

『ライダーが納得する実力をつけるのが目的なんだ。

 変に妥協されるよりかはマシでしょう?』

「ごもっとも。にしても、少しはこっちから攻撃できると思ってたのに、受け流すことしかできないなんて」

『……ところで、お前は受け流しや防御に関しては目を見張るものがあるが、最初はそういう鍛錬を集中的にやってきたのか?』

「いや、普通に刀の持ち方や振り方から始まって、攻め方を中心に教わってたよ? もちろん防御も構え方とか教わってたけど、攻め方に割いた時間に比べれば少ないと思うけど……」

『それ以前に武器を扱っていたことは……あっても記憶がないんじゃわからないか』

 なにやら端末の向こう側で考え込んでいる様子が伝わってくる。何か変なことでもあるのだろうか?

『攻撃に対してのお前の反応速度、かなり速いだろう? 素人があの速度で反応するのは数週間でできるようなものではないと思うんだが……

 ライダーは何か言ってたかしら?』

「いや、むしろ攻め方の方が飲み込み悪いなって言われたぐらいだけど」

『……あの天才娘、自分基準でいろいろと考えすぎだろう』

 深刻そうに頭を抱えている姿が声だけで容易に想像できる。

「このままだと何かマズかったりする?」

『もちろん速いに越したことはない。ただ他が素人レベルだから気になっただけだ。私の気にしすぎの可能性もあるし、気にしなくてもいい。

 それより今はコードキャストの方よ』

「それは俺もわかってるんだけどね……

 まさか黒鍵からコードキャストを出力する練習をする暇すら与えられないとは思わなかったよ。実戦形式なら何かの拍子にできるとおもうんだけどな」

『忘れてないならいい。できるまで何度でも試せばいいだけだ。幸い時間はたっぷりある。お前の体力の方は知らないがな。

 まあ、自分のサーヴァントに殺されないようにだけは気をつけなさい』

 ……クスクスと笑いながら縁起でもないことを言わないでほしい。

 死にそうになったら防御だけに全神経を使おう、なんて考えながら呼吸を整えるために大きく息を吐く。体感時間ではすでに半日以上アリーナに潜っているから疲労が溜まるのは仕方ないが、出来ればコードキャストだけはものにしたい。

 まだ黒鍵が握れることを確認し再びライダーと対峙する。目は慣れてきた。身体も若干ながら反応できる。呼吸を整え、次こそはとライダーの挙動に意識を集中する。

 直後、ライダーの姿がブレた。

「――っ!」

 警戒していたというのにこうもあっさり見失うのだから、改めてライダーの俊敏さを実感する。直後の一撃に反応できたのは運が良かったからとしか言いようがない。

 両手に握った黒鍵でライダーの一撃を受け止め、そこから全身を使って可能な限り衝撃を受け流す。

 ステータス上の筋力はそこまで高くないがそれはあくまでサーヴァント基準。ただのウィザード程度では到底かなわない。そのうえ目で追うのも難しいほどの加速が乗った一撃だ。一瞬両手が吹き飛んだと錯覚してしまう。

 神経をすり減らしてようやく防ぐことができたというのに、ライダーはそれすら考慮していたのか返す刀でこちらの首を狙う。

「ちょ――っ!?」

 慌てて首を引くことでことなきを得たが、その一閃に迷いは感じられない。刀の軌道、踏み込み、すべてが殺しにかかってきている。いつの間に殺し合いに発展したのかと抗議したいがそんな暇はない。というかあれは本気の目だ。

 強化スパイクに魔力を回し、ライダーの間合いから離脱しようと試みる。しかし離れない。これは完全に動きを読まれていると考えた方がいい。

「なら……!」

「っ!」

 追走するライダーへ右手に握っていた黒鍵を投擲する。苦し紛れの一手だがさすがにこの行動は読めなかったらしい。虚を突かれたライダーの動きが止まった。ここまでの模擬戦で初めての隙。このチャンスを無駄にするわけにはいかない!

 だが体勢を立て直す時間も、もちろん切りかかる暇もない。だがまだ手はある。不安定な姿勢のまま魔力を左手へ、さらにその手に握る黒鍵へと回す。

「hack(64);>key!」

 刃に刻むのはコードキャストを黒鍵から出力するためのコード。起動するのは先ほどサラが作成してくれた新しいコードキャスト。

 今まで一度も成功してないが……

『……お』

 端末越しにサラが短い声を上げたのが聞こえる。俺自身も今までとは明らかに違う感覚に確かな手応えを直感した。

 黒鍵の刃に文字が刻まれ、そして淡く輝きだす。次の瞬間、以前の守り刀とは比べ物にならない斬撃がライダーへ向かって放たれた。

「っ、せいこ――うっ!?」

 おもわず顔がほころぶ……が、喜ぶのもつかの間、ライダーがこちらの斬撃を不自然なほど滑らかな動きで避けたことで表情が引きつる。

(しまった、燕の早業!!)

 ここにきてライダーのスキルがこちらに牙をむくとは思わなかった。慌てて首を引いた直後、ライダーの振るう一撃が目の前を掠めた。かと思えば次の瞬間には頭蓋を斬りふせる軌道で刀を振り下ろされている。

 その光景に声にならない悲鳴をあげながらも、黒鍵を右手に握り直して受け流すように角度をつける。本来なら握ってる手が痺れる代わりに受け流せる角度だったはず。それが、まるで飴細工を砕くかの如く刃が粉砕した。

「――え?」

 その声は一体どちらの声だったのだろか。防げると思っていた俺と防がれると予想していたライダー。両者の予想を裏切る形で振り下ろされた刀は俺の右肩に食い込み……

 

 肩の痛みとは別に、突然の頭痛に脳裏に見覚えのない光景が浮かぶ。

 走馬灯のように映るのは眼前に迫るシンプルな図形だけで構成された人形と、右腕辺りから噴き出す赤い『何か』。

 

 一瞬ライダーに切り落とされてしまったのかと錯覚したが、実際は俺の肩を薄く切る程度で止まっていた。むしろ右肩を庇おうとしてとっさに出した左腕の方が出血しているが、この程度の傷ならすぐに止まるだろう。

 自分のサーヴァントに腕を切り落とされるようなことにならず本当に良かったと安堵するが、冷静になるほど先ほどの光景の違和感がしだいに大きくなっていく。

 さっきのは状況からして予選の時の光景だろう。だが身に覚えがない。確かに俺はライダーを呼び出す前は床に倒れていた。そのときにはすでにこちらの人形は倒されていたのだから、妥当に考えれば次に狙うのは指示を出していた俺だ。さっきの光景はそのときのものか、そのあと再び起き上がったあとに胴体に風穴を開けられた時のもののはず。

 しかしながら、右腕から噴き出していたのはどう見ても自分の血だった。起き上がってからライダーを呼ぶまでの間に右腕を傷つけられた記憶はない。ダメージで記憶が混濁していたと考えても、血が噴き出すほどの傷なら痛みか何かで覚えているはず。

「ライダー、一応確認なんだけど……」

「も……」

「も?」

「申し訳ありません主どのっ! お怪我は!? ああ私はなんてご無礼を……っ!」

「え……え?」

 喜ぶ姿に怒る姿、泣く姿などなど、今までにいろいろなライダーの顔を見てきたが、ここまで取り乱す彼女は初めてだった。その尋常ではない様子にさすがに身構えてしまう。

 というかさっきと違う意味で目やばい。何をしでかすかわからない彼女をなだめようとするも聞く耳を持たないし、切羽詰まった様子で刀を強く握りしめる。

「こ、こうなってしまっては首を刎ねてお詫びを……」

「待った! ストップ!! それしちゃうと本末転倒だから落ち着いて!

 さ、サラ、どうやって止めればいい!?」

『私に聞くな。専門外だ。

 とりあえず取り押さえなさい』

「そのとりあえずがすっごい難易度高いんだけど!?」

 それでもなんとか自らの首を刎ねて自害するという最悪の事態は回避した。筋力ステータスが低かったことを感謝する日が来るとは思わなかった。

 これまでの経験から、このあとは迷惑をかけたことに再び落ち込むこともわかっている。だからそのまえに話題を切り替える必要がある。ちょうど聞きたいことがあったのだ、その質問をライダーへ投げかける。

「ねぇライダー、俺がライダーを召喚したときって腹の傷以外に同レベルの外傷ってあった?」

「え、傷ですか? ……いえ、腹部の傷以外でそれほど目立った傷はありませんでしたが」

 ライダーも首を振る。いくら彼女が一般常識とズレがある部分があると言っても、血が噴き出すほどの傷を『目立った傷』と言わないことは考えられない。ということは傷はなかったと見るのが妥当か。

 残る可能性は、あのときの意識は別の誰かと共有しているかのようだった。その誰かが見ていた光景と記憶が混同しているのかもしれない。ならば悩んだところで答えは出ないだろう。

 息を吐いて気持ちをリセットさせ、さらに別の会話へと意識を切り替える。

「戦闘面はまだまだだけど、さっきのコードキャストは成功ってことでいいんだよね?」

『まあ一応な。ただ刃が脆くなるのは想定外だ。礼装そのものの強度は考慮していたが、それを出力する黒鍵の強度は頭から抜けてたな。黒鍵がコードキャストに耐えられないとうそうなるらしい。

 コードキャストの出力、少し抑えた方がいいかしら?』

「いや、今後のことを考えると攻撃力は高い方がいいと思う。黒鍵の方を強化することはできないの?」

『残念ながら私が黒鍵を改造する技術を持ち合わせていないから無理だな』

「むう、ならこのままでもいいかもね。刃が砕けるっていっても、何度も生成できるわけだし」

 痛む左腕を庇って右手に黒鍵を持ち直してから再度魔力を流す。砕けた刃先から魔力が編まれ、見慣れた形に形成される。

 軽くたたいた程度ではきちんとした強度なのかわからないが、再形成した刃の強度は問題ないように感じる。手間ではあるが、自分の魔力的にそんな頻繁にコードキャストを使用することはない。

 あとは連続で使用しただけで刃が砕けないかどうかを確認できれば問題ない。

「hack(64);>key……ってあれ?」

 確認のためにもう一度起動してみようと魔力を回す。しかし、先ほどの成功が嘘のようにうんともすんとも言わない。

「さっきのは偶然だったってことかな……」

「ま、まだ時間はあります! できることは証明されたわけですし、あとは練習あるのみでは?」

『いや待て』

 肩を落としたところに、真剣な声色でサラが待ったをかける。

『天軒由良、その左腕でも黒鍵を振る程度はできるな?

 黒鍵を左手に持ち替えてもう一度試してみなさい』

 どうして、という質問を受け付けない雰囲気に押されて言われるがまま試してみる。

 右手のときと同様に魔力を回して振るう。そこまでで特に変わった部分はないのだが……

「……できた」

 黒鍵から放たれた斬撃を見て思わず言葉が漏れた。とくに変わったことをした記憶はない。先ほどと違うのは右手で試したか左手で試したかだけだ。

 コードキャストを何度出力できるのかの確認も兼ねてもう一度左手で振るうと、先ほどと同じように魔力を消費して斬撃が放たれた。右で同じようにすると、魔力を消費する感覚はあるが何も起こらない。

 何度か同じようにコードキャストを変えながら繰り返してみるが、どうやら黒鍵に関しては強度に問題はあっても形さえ維持できていれば何度もコードキャストは出力できるらしい。

 それが判明したのはいいことなのだが、問題は……

「コードキャストって右手と左手で使えたり使えなかったりするものなの?」

『普通ならありえない。

 礼装は装備者の魔術回路を介して起動する。右腕にまったく魔術回路が通ってない、なんてイレギュラーならその限りではないが、黒鍵の生成ができているならお前の右腕にはちゃんと魔術回路は通っている。

 あとあり得る可能性は……まさかね』

 端末の向こう側で顎に手を当てて考え込んでいるであろうサラの小さな呟き。

「他にも可能性はあるの?」

『あるにはあるが……これは私の推測でしかない。

 それに天軒由良という人物像と合わせるといろんな点で矛盾があるわ』

 こちらが追求する前に、どことなく冷たく感じるサラの言葉が突きつけられる。

『お前の右腕、本当にお前のものか?』

 

 

 状況整理をするために、マイルームに戻ってサラと面と向かって話し合う。

 彼女の考えの大前提として、魔力が流れているなら魔術回路が通っているのは間違いない。そして礼装を装備しているならどの部分からでもコードキャストは出力することができる。例外的に、守り刀のように振るう動作が起動の条件に含まれている場合は礼装を実体化させる必要があるらしいが……

 そして、自身の手や物体化させた礼装から出力するのが一般的なのは単純にイメージがしやすいという理由だ。であるならば、右手で握った黒鍵から出力できず左手で握ると出力できるなんてことは起こらない。

「だが、これが他人の腕であったり、義手型の魔術礼装なんかであれば話は変わってくる。

 といっても、他人の腕や義手であっても流す魔力は大元の人間のものだから礼装の使用に影響が出るとは考えづらい。

 義手そのものが装備者とは別に魔力を生成させられるような代物なら話は別だが、そんなもの作れるのかどうかすら怪しいわね」

 つまり、どこまでいってもつじつま合わせの仮定であって可能性は非常に低いということか。

「一番手っ取り早いのはお前の記憶が戻ってくれることだな。その右腕がお前のものなのかどうか、もし違うなら誰か他人の腕なのか義手なのか。そのあたりがわかれば調整ぐらいならできるかもしれないんだが。

 天軒由良、何か覚えてないの?」

 そう言われても地上の記憶がないのは確定している。今あるのはこのムーンセルで予選に参加しているところからだ。

 ……そういえば、アリーナで見たあの走馬灯のような光景。あれはたしか右腕から出血していたはず。もしかしたら今の状況に関係があるかもしれない。

 その光景と、予選時に誰かと意識を共有していた感覚があったことを説明するとサラの鋭い目がさらに細くなった。

「なるほどな。今のところはなんとも言えないが、一応参考にはなりそうだ。どんな不確かな情報でもないよりはマシな状態だからな。

 ライダーにも伝えておくけど、何か他にもわかったことがあれば随時共有していくわよ」

 その提案に反対する理由などなく、俺もライダーも首を縦に振る。

 自分のことを知るためにここまで他人を頼る必要があるのは情けない気もするが、ここまできたら逆に早く問題解決する方がいいだろう。

 今日のところはひとまず就寝という話はまとまった。……今夜もライダーと同じ布団という状況。人知れず新たな葛藤の時間が始まった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 全員が就寝し、静まり返ったマイル―ム。

 そんな静寂が支配する空間をゆっくりとした動きで動く人影が一人。

「……2、3時間ぐらいか。

 さすがに鍛錬の疲労が溜まっているから寝るのは早かったわね」

 いまだ眠っている二人を確認しながら、サラは立ち上がって眠気覚ましも兼ねてストレッチをし始めた。

 こんなことをしていたらライダーが物音に気付いて飛び起きそうではあるが、サラの動きに対して彼女が起きる様子はない。というのも、現在サラがいるのは合わせ鏡の魔術で拡張した空間だ。そもそもこの魔術の根底は結界魔術。特にこの鏡魔術はあわせ鏡によって拡張された空間には絶対的な干渉能力がある。普段はごく自然に貫通させている音を遮断することで完全な防音空間をつくることも可能なのだ。こうなってしまえば、この空間でいるかぎりどんなに警戒しているライダーでさえサラの動向に気付くことは難しい。

 光も遮断してしまえば誰もサラの姿を視認することはできず、全員が起床しているときにでも好き勝手できるが、それはさすがに怪しすぎる。天軒は完全に信頼しているが、ライダーはいまだに裏切りの可能性を捨てずに警戒している。この状況でライダーとの関係が悪化するのはデメリットでしかないのは明らかだ。

 だからこそ、こそこそするのは決まって全員が就寝してからになる。天軒は特に気にした様子はなかったが、サラが右手を探していた『合間』というのもこのタイミングのことを指している。

「慣れたとはいえ、わざわざこんなことする必要があるのはやっぱり不便だな。

 まあ、天軒由良たちに私の切り札を勘付かれたくないし仕方ないわ――」

 ため息をつきながら端末に高速で何かを入力していたサラは、物音を聞きつけた動物のごとくピクッと顔を上げる。

 天井を見上げた状態を維持すること数十秒、何かを悟ったかのように肩をすくめて息を吐く。

「そうか。心配しなくても、ある程度の予想はできていた。

 あとには引けないとわかっただけマシだと言えるかもしれないわね」

 まるで誰かと会話をしているかのように語りながら、視線は天井から自分の右手へと移る。

「なるほど、だから違和感があったのか。犯人は十中八九あいつだろう。少しはおとなしくしているかと思ったが、相変わらず好き勝手やってるんだな。ある意味尊敬するぞ、ほんとに。とはいえ、仮に私の推測が正しいのなら少し面倒なことになるな。

 私が切り札の準備に手間取るぐらいなら問題ないが、天軒由良やライダーの迷惑にならないといいんだけど……」

 顎に手を置き難しい顔になる。途中で天井近くに視線を向けたサラはしばらくして思わずと言った様子で鼻で笑った。

「これまで過去にしか目を向けてこなかったんだ。やることなすことすべて現状維持以上のことはしない。わかっていたがどうすることもできなかった自分に飽き飽きしていたんだ。

 天軒由良に見習って、これからは未来を見据えて動いていこうじゃない」

 天軒の知らぬところでも物語は進み続ける。その結果は果たして天軒にとって吉と出るか凶と出るか……




自分のサーヴァント相手にボコられ変な走馬灯見てさんざんな主人公
今回主人公ボコるシーンが一番筆が乗りました()
そしてようやく攻撃系コードキャストを使う準備が整いました。これで再び主人公も戦わせられます


……あと早々にストックが残り1になりました()
2話相当の量を一気に投稿してるからそりゃ仕方ないんですけどね

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