Fate/Aristotle   作:駄蛇

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もうすぐアポクリファのアニメ、そしてアガルタ配信が楽しみですね

今回久々に文字数1万越えです


幕間
二者択一の命


 ――そして、私は観測する。

 

 朝、SE.RA.PHによる風景操作により早朝の日差しが窓から差し込んでいた。

 もうすぐ天軒が覚醒するという状況で、彼以外にマイル―ムで会話する人影が二人。

 片や天軒由良のサーヴァント、片や天軒由良の元対戦相手。その関係性を考えると両者にわだかまりががあってもおかしくないのだが、彼女たちにそのような雰囲気は感じられない。

「サラ殿、おはようございます」

「ああ、おはよ。

 ……もしかして、いつもそうして待ってるの?」

 眠気を払うように頭を振るサラの目の前では、ライダーが正座で天軒由良の目覚めを待っていた。

「はい、従者が主より遅く目覚めるわけにはいきませんから」

 笑顔で答えるライダーの心構えは従者としては素晴らしいものだろう。

 しかしサラはその言葉に眉をひそめた。

「まあ、あなたがしたいなら私は止めないけど、今日は安静にしておけ。

 ほとんど治ってるとはいえ、まだ万全じゃないんだから」

 何か言いたそうではあったが、サラは肩をすくめて視線をそらした。

「もちろんそれは承知しています。

 ですが、サラ殿も寝ていないのでは?」

「……気づいていたか。警戒させたのなら謝罪する。前にも言ったが私は憑依体質で、特に睡眠時は無防備になるんだ。

 だから睡眠時は魔除けの礼装をガチガチに固めないと安心して眠れないのよ」

「それの対処法は?」

「私のマイルームに一式ある。今日にでも回収しに行ければいんだけどな……

 まあ近いうちにどうにかなるさ。

 それより、気になってることがあるんだけど、聞いてもいいかしら?」

「はい、何でしょう?」

「キャスターの宝具を受けた時、あれはどうやって致命傷を避けたんだ?

 改めてあなたのステータスを確認したが、幸運値はBでも耐久値はDでそこまで高いわけじゃない。

 あの宝具の発動を許した時点であなたは死んだと思ったんだけど」

 尋ねたのは未だサラが解決できていない謎だった。

 天軒のような例外中の例外ならまだしも、ライダーにはそんな力があるとは思えない。

 疑問を投げかけられたライダーは特に隠す様子もなく、あっさりと種を明かす。

「それは私が持つ回避スキル『燕の早業』のおかげですよ」

「燕の早業、か。

 たしか、牛若丸が京都の五条大橋で武蔵坊弁慶を降伏させた童話の一節ね」

「はい、そのとおりです。

 このスキルと今の私の俊敏値であれば、大抵の攻撃は私を捉えることすらできません。

 さすがにあのような変則的な攻撃となると、私でも致命傷を避けるのが限界ですが」

 話を聞く限り、その回避スキルによって彼女への攻撃に回避判定が入るのだろう。

 彼女の異常なほどの軽装も、スキルで回避できるから機動力を上げた結果かもしれない。

 もし決戦場までもつれこんだ場合勝てたかどうか全く予想ができないほど、目の前にいるサーヴァントのポテンシャルの高さにサラは一人戦慄していた。

 それから間もなくして天軒由良が目を覚ます。

 そして、また今日という一日が始まる……

 

 

 目覚めてすぐ目に映るのはこちらをのぞき込むライダーの顔。そして視線を横に向ければサラはディスプレイとキーボードを表示させて作業をしていた。

「おはようございます、主どの」

「ああ、おはようライダー。身体の調子はどう?」

「はい、もうほとんど治りました。主どのにご迷惑はかけません!」

 ライダーの受け答えからして気力は十分。ただし、バイタルの方はまだ万全とは言いづらい。

 とはいえ、今の状況を維持すれば仮に明日から四回戦が始まっても決戦では問題なく戦えることだろう。

「サラも体調に問題ない?」

「おかげさまでな。

 校舎で自分を維持できるようになったら一度自分のマイルームへ行ってみるつもりだ。

 マイルームに設置した魔術工房の設備が無事なら、こっちに持ってきたいし」

「そっか、工房の設備となると俺が代わりに行くのは難しいな……

 って、この部屋に置いたら狭くならない?」

「そこはちゃんと対策してある。

 心配しなくてもお前の部屋を圧迫するようなことはしないわよ」

「なら大丈夫かな。じゃあ、俺は少し出てくるよ」

「主どの、今日はどちらへ?」

「桜や舞にお礼を言おうと思って。

 呪いの解呪は俺のコードキャストだったけど、傷の方は二人の手助けのおかげなんだ」

「なんと、そうでしたか。

 では私も後日お礼を申し上げなくてはいけませんね」

 ……てっきり無理してついてくると思っていたから、俺が一人でマイルームから出ることを、ライダーが承諾してくれたことに驚いた。

 もしかして、サラがライダーに釘を刺しておいてくれたのだろうか?

 視線を向けると、サラはキーボードの操作を止めてこちらに端末を投げてきた。

「ってこれ俺の端末!?」

「お前には忠告したところで無駄だろうから、いつでも連絡できるように連絡先を入れておいた。

 まあ後で確認しておきなさい」

「せめて一言欲しかったな……

 というか、しれっとヒドイこと言ってるよね?」

「事実だろう。

 評価を改めてほしいなら、自分のサーヴァントを心配させないことね」

 手厳しい評価を受けてしまったが、確かに最近無茶が目立つ気がする。

 今日は用事を済ませたらすぐに戻ってこよう。

 

 

 ……そんな風に考えていた時期が俺にもありました。

 これは本当にライダーに土下座で謝罪しなければならないかもしれない。

 マイル―ムを出て一階へ向かう途中、踊り場に差し掛かったところで見覚えのある二人を見かけてしまった。

 遠坂凛とラニ=Ⅷ。

 どちらも一回戦からここまで何度も手を貸してくれたマスターだったが、つい先ほど用務室の前で二人は向かい合っていた。

 それはつまり、どちらかが死ぬ戦いへ赴くということ。

 それを理解した瞬間、なんとも表現が難しい焦燥感に駆られた。

 ここで行動しなければ取り返しのつかないことになる、と。

「ライダーへの謝罪はあとで考えよう。

 今はとりあえずこの胸騒ぎに従って……」

 無意識に視線は上の階、もっと正確には三階に向けられた。

 特に何もない階だが、ラニにアーチャーの星を読んでもらった場所であり、サラがサイバーゴーストと対話をしている光景を見た場所として記憶している。

 ……そして、ユリウスが周囲に警戒をしながら登っていった階でもある。

 そういえば、遠坂とラニの対戦が決まった時にユリウスが意味深なことを呟いていた気がする。

 まさか、三階でユリウスが何か細工をしたとでもいうのだろうか?

 まるで誰かに操られているかのように三階へと足が伸び、何か細工がないか調べていく。

 その中でもひと際違和感を感じたのが……

「視聴覚室……」

 耳を澄ませてみると、微かだが声を聞いた。

 戸に耳をつけ、中の様子を伺う。

 声はやはりユリウス。……本当にそうか?

 結界でも張っているのか、なんだかこの戸を隔ててこちら側と向こう側で空間に歪みがあるように感じる。

 ただ、声が聞こえるのは間違いない。正確な内容まではわからないが、呪文(プログラム)詠唱(きじゅつ)のようだ。

『……やはり決戦場ともなると、セキュリティは最高レベルか。

 この障壁はさすがに……誰だ!!』

 動く気配。慌てて戸のそばから離れるが、隠れるまでの時間はない。

 間もなくして戸が開かれ――

「……え?」

 そこには()()()()()()()

 確かに扉は誰かの手で開かれた。

 しかし、それを開いたであろう誰かが確認できない。

「罠、か?」

 恐る恐る視聴覚室の中に入ってみるが、特に防壁が張られているわけでもない。

 誰かがいたずらで自動で開くようにでもしていたのだろうか?

 しかし、それだと先ほどまで中で声がしていた説明がつかない。

「まあ、入れたのならいいか」

 改めて確認すると、視聴覚室は普通の教室より幾分か大きい。

 前には黒板を覆い隠すようにスクリーンが下りている。

 本来なら天井にプロジェクターがありそうなものだが、代わりに置かれていたのは旧式の映写機。電脳世界のくせに妙にレトロだ。

 訪れる機会もない場所なので、普段の状態はよくわからないが。

 見た感じ、特に変わった所も――

「いや、なんだあの映写機」

 レトロな雰囲気を醸し出す旧式の映写機の周りの空気(データ)に異常がある。

 何かの細工がされたのだ。

 おそらくは、さきほどまでここにいた人物によって。

 何が目的なのか、調べればわかるだろうか、とつい右手を出して――

「いっづ!?」

 スタンガンを押し付けられたような、バチンという痛みが右手を伝って全身を走った。

 いきなりの痛みに驚いたが、身体の調子を確認してもとくに異常はない。

 似たような痛みでは遠坂が俺の中にあるファイアウォールに反撃を食らったときの、背骨にスタンガンを押し付けられたような感覚だが、あれよりは軽いものだった。

 ……何だったのだろう?

 ここにいた人物による罠……ならこんなドッキリ程度のものでは済まないだろう。

 思索から、強引に引き戻したのは剣戟の音。

 これは、武器(やいば)の交わる音だ。

 空を裂き、地を割る勢いには必殺の意志がある。

 ここにいた人物が戻ってきたのか、と身構えるが、廊下には誰もいない。

 網膜越しではなく、直接、電脳に映るのは――

 ラニ。褐色の肌の少女と、それと対になるように真っ白な肌をした銀髪長身の男性。

 受けるのは、遠坂凛とそのサーヴァント。

 コレは――二人の決戦場での戦いだ。動き出した映写機が、黒板を覆うスクリーンにその光景を映し出していたのだ。

 他者の戦いを見る。

 これは、敵の情報無しに戦わされる聖杯戦争において、圧倒的優位と言える。

 それは、三回戦一日目でサラの戦いを観察することで実感した。

 しかし今目の前で起こっている光景は、言うまでもなく違法だ。

 これをもって確信できた。これは闇討ちなど反則(ルールブレイク)も辞さないユリウスの企みだ。

 どうやったのか知らないが、言峰神父の施したペナルティを掻い潜ってここで準備をしていたのだろう。

 しかし、それなら何故ユリウスは半ばで立ち去ってしまったのか。

 いや、そもそもなぜ戸を開いた瞬間にここにいないのだろうか。

 何か意図があるのか、それともアクシデントが――

「なんだ、せっかくの機会だというのに見ないのか?」

 声に誘われて振り向くとそこにいたのは小さな子どもだった。

「まったく、毎度毎度どうしてお前の周りではこうも物語にアドリブが入るんだ?

 読者の予想を外すのが快感のひねくれ作家か貴様は!

 しかもそれが案外面白い方向に行きそうになるんだからタチが悪い。

 どうだ、いっそ俺のところに来るか?

 良くも悪くも刺激に満ち溢れそうだ」

「君は、サーヴァント?」

「はっ! 俺の姿形を見てマスターだと思えるならお前はある意味冴えてるな。

 なぜなら俺は戦闘能力ならそこら辺のマスターと同じかそれ以下だからな!

 ああ、まあそんなことはどうでもいい。それよりそっちの戦いだ」

 サーヴァントらしき子供の言葉にハッとして画面に意識を戻す。

 対峙する凛とラニ。そしてそのサーヴァント。

 女性二人はともかく、その従者の姿は判然としない。

 画像が悪い――というよりセキュリティの一環で処理(マスク)がかかっているのだろう。

 とはいえ、武器が長柄の物くらいは判る。

 あれは槍……であれば、双方ともランサーということになるが……

 いや、確かラニのサーヴァントはバーサーカーだったはず。

 ならば偶然バーサーカーの武器が槍に似たものだっただけか。

 その武器で互いに突き、弾き、薙ぎ払い、受け。軌跡を目で追う事も出来ず、刃の散らす火花が戦いの存在を示すのみ。

 威力においてはラニの側が勝っているが、凛の方も押されてはおらず、勝負は全くの互角と思えるが――。

「ふん、今の状態なら遠坂凛の勝ちだな」

 あまりにもあっさりと、そしてため息交じりに隣にいるサーヴァントが断言する。

「この状況からわかるのか?」

「当たり前だ。

 サーヴァントの技量はラニ=Ⅷの方が若干上だが、逆に言えば今の拮抗はその技量によるものだ。

 それに比べて遠坂凛はどうだ?

 あいつはサーヴァントの技量を自分の腕で押し上げている。そしてラニ=Ⅷはそれがわかっていて対処ができない状態だ。あと数度打ち合えば状況は一変するぞ」

 サーヴァントの言葉通り、画面の凛には確かな自信が見える。

 一方のラニは、無表情の中にも焦りの色が――

 と。突然、剣戟が止んだ。

 不鮮明な画像で、何が起きたかはわからないが、両者の距離が開く。

 動きがあったのは、ラニ。

「……………………」

 隣にいるサーヴァントが眉をひそめるその先で、ラニのサーヴァントが構え、力が、エネルギーが集まっていく。

 それは、この荒れた画面からでさえ見て取れる、桁外れの力だった。

『……申し訳ありません、師よ。

 あなたにいただいた筐体(からだ)と命を、お返しします。

 全高速思考、乗速、無制限。北天に舵を(モード・オシリス)

 任務継続を不可能だと判断。

 入手が叶わぬ場合、月と共に自壊せよ――

 これより、最後の命令を実行します』

『ちょっ、なにそれ……!?

 アトラスのホムンクルスってのはそこまでデタラメなの!?』

 画面越しに聞こえてくるラニの冷徹な声と遠坂の悲鳴じみた声に思わず首を振る。

「なんだよ、これ……!

 奥の手、いや違う。あれだと凛どころか決戦場にいるものすべてが融解するじゃないか!!」

「令呪でブーストさせたか」

 すべての戦いを通して、たった2回だけの切り札。

 ラニはそのカードをここで切ったのだ。

「……いや、それだけじゃあそこまでの魔力(エネルギー)が集まるわけがない」

「ほう、貴様でもそこまでわかるのか。

 確かにあれは令呪だけの魔力ではないな。

 大方あの女には()()()()()()()()()()()()()()()のだろう」

『魔術回路の臨界収束……!

 捨て身にもほどがある、そんなの、ただの自爆じゃない……!

 ちょっとラニのサーヴァント、あなたそれでもいいの!?』

『それがマスターの方針なら、余はそれに従うまで。

 それがサーヴァントであろう?』

 ラニのサーヴァントの返答は死を受け入れ、心中するというものだ。

 その覚悟にあっぱれと頷いた遠坂のサーヴァントが得物を握り直し、そして真剣な口調で尋ねる。

『うむ、これは拙僧どもも覚悟を決めなければなりませんな。

 マスター、よろしいかな?』

『今更なこと言ってると怒るわよ、ランサー!

 相手がその気なら、こっちも全力で殴りつけるっ……!

 ラニの心臓、アレ、本物の第五真説要素(エーテライト)よ!

 爆縮させたらアリーナぐらい吹っ飛ぶわ!

 その前に――何とかして!』

『はっはっはっ、あの方のような無茶ぶりですなぁ。

 ならば拙僧も本気を出すとしましょう!』

 彼女の檄を受け、槍兵も構えを取り力を溜める。

 高まる力と力。その結果は――。

「次で終わりだな。

 ここまでわかりやすい威力の前では先ほどのような戦略は意味をなさない。

 ここで選択肢を誤れば双方共倒れだ。

 ……なんだ、その府抜けた顔は。

 強敵が二人もいなくなる可能性があるというのに助けにいくつもりか?」

 こちらを見てサーヴァントが肩をすくめる。いつの間にか、そんな表情をしていたのか。

 しかし今はそれよりも気になる事があった。サーヴァントの言葉の微妙なニュアンス。

 救う手段などない。

 そういう言い方ではなかった。

 ……何か、あるのだろうか?

「まあ、ないわけではいな」

 その気だるげな視線を向けたのは――令呪。

「あの場所の映像が映っているということは、ここからあの場所へ干渉することが可能ということだ。

 しかし、本来この繋がりは反則行為(ルールブレイク)による奇跡に近い。

 なら、干渉するには奇跡を起こすために令呪ぐらい使わないと不可能ということだ。

 だが貴様の残りの令呪は何画だ?」

 肩をすくめてサーヴァントはため息をついた。

 そう、俺に残された令呪はあと一画。

 これを消費した時点で、俺は聖杯戦争から脱落することになる。

 ライダーがこの場にいれば、一体なんて言っただろうか?

 珍しく激怒するだろうか、それとも、すべてを俺に委ねるだろうか……

 そんな思考も、目の前の(スクリーン)で自壊寸前のラニを目の当たりにして放棄した。

「令呪を使うわけにはいかない。

 でも、二人うちどちらかが今ここで消えるのをただ黙っていることはできない!

 この際反則行為(ルールブレイク)でも構わない。何か方法はないか!?」

「……ふふふ、ははははははははっ!!」

 子供の駄々のような返答にサーヴァントは腹を抱えて笑い出す。

 しかし、その笑いはあざ笑うというより、どこか嬉しそうな……

「二者択一の状態で両方を選ぶか!

 叶わぬ願いと知らず声を犠牲にした愚かな姫なら俺も書いたが、愚かと知りつつ何も犠牲にせずにすべてを得ようと言い放ったバカは初めてだ!!」

 気づけば、サーヴァントの目の前に大きな一冊の本が浮いていた。

「最後にもう一つ。

 俺は送ることはできるが、連れて帰ることはできん。そんなものは専門外だ。

 サーヴァントを連れていない今、貴様は自分だけの力で二人の小娘を助ける必要がある。

 それでもやるのか?」

「前言撤回はなしだ。やってくれ」

 即答するとサーヴァントは小さく笑い、目の前の本に手をかざした。

 彼の手に呼応するようにページがめくられ、見る見るうちに輝きが増していく。

「これは、もしかして令呪の力か!?」

「安心しろ、貴様の令呪は使っていない。

 そもそも俺と貴様は契約した仲ではないんだからな。

 これは俺が仕えている、残念な頭のマスターが行った一種の気の迷いだ、ありがたく受け取っておけ。

 まあ問題はその後だが、お前ならどうにかなるだろう」

 そして本が一際眩く輝いた瞬間、サーヴァントが短く言葉を紡ぐ。

「異なる世界に魅入られた愚か者よ。この奇跡は呪いである」

 その詠唱は彼の魔術だったらしい。

 まるで爆風に巻き込まれたかのように、俺の身体はどこか遠くへと吹き飛ばされた。

 

 

 視聴覚室にいたサーヴァントの魔術により、すべての世界が後方へ流れ去った。

 本来不可能な跳躍のためか、視界は暗闇が占め、自分が今どういう状況なのか把握することができない。

 サウナのような熱さを感じて目を開けると、そこは決戦場だった。

 まるでフライパンの上だ。

 大気中に放電する魔力の火花。

 ラニを中心に、海に沈んだ神殿を模した決戦場は融解しだしている。

「貴女は……!?」

「ちょっ、天軒くん!?

 嘘でしょう、どうやってここに……!」

 突然現れた闖入者に驚き二人は戦いを忘れて目を見開いた。

 その影響か、ラニの身体で渦巻いていた魔力が、かすかに緩む。

 その直後、一体にアナウンスが響き渡った。

 

『――決戦場に……なデータ…………確認。スキャン―――。

 ――ターNo.128、……――と断定。

 こ……り不適切なマ―――…………の退去を…………す――』

 

 ラニの周囲の魔力の影響なのか、アナウンスはノイズ交じりで内容は聞き取れない。

 だが、だんだんと背後に引っ張られるような感覚が強くなる。

 これは、この決戦場から戻されようとしている……?

 第三者が介入したことでSE.RA.PHの防御プログラムが作動したのか?

「いやダメだ、まだ何も解決していない!

 ラニ、自爆を止める方法はないのか!?」

「私の心臓……

 一度自爆を決行させたら解除することはできません」

 ラニは力なく首を横に振る。

 遠坂の方を見るが、彼女の方もあまりいい案はないようだった。

 そうこうしている間にもラニの溶解までのタイムリミットが迫る。

 どうすることもできないことに歯噛みしていいると、ラニのサーヴァントが構えを解いて武器を下した。

「ランサーのサーヴァントよ、あのマスターに情報を与えずこの状況を打開する策があるのだが、どうする?」

「……乗りましょう」

 僧侶のような姿のランサーが頷き、二人の間で話が進んだかと思うと、次の瞬間バーサーカーは振り返り――

血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!!」

「――――、ぁ――――」

 バーサーカーの体内から射出された杭がラニの心臓を貫いた。

 今のはバーサーカーの宝具か……? いや、今考えるべきなのはそこじゃない!

 落ち着いた様子のバーサーカーが杭を引き抜くと、杭には彼女の体内にあった爆発寸前の炉心が突き刺さっている。

「な、なにをしているんだ、バーサーカー!

 マスターを殺すなんて……っ!」

「案ずるな、命までは奪っておらん。

 ランサー! あとは貴様に任せる!!」

「まかされよ!」

 炉心を貫いた杭を誰もいない方向へ投擲すると、バーサーカーはラニを抱えてこちらへ跳躍し、着地する。

「汝の登場には感謝するが、今は目と耳を塞がせてもらおう」

「それってどういう――」

 状況を把握する前に目の前でバーサーカーが無数の蝙蝠に変化し、俺の周囲をせわしなく飛び交い周囲の情報がシャットアウトされる。

 しばらくその状況が続き、次に得た新たな情報は蝙蝠で塞がれた視界にすら差し込むほどの強烈な爆発の光だった。

 それからようやくして視界が晴れる。

 爆発の瞬間はわからなかったが、ラニの魔力炉心はセラフ内の情報をすべて汚染するクラッキングデータの波となって、杭を投げた方角を更地へと変貌させてしまった。

 その余波はしばらくすればこちらにも届くことだろう。

「っ……、んっ……!」

 足元で微かに息が漏れたような声が聞こえる。

 視線を下げると、胸を貫かれた少女――ラニが浅い呼吸を繰り返していた。

 生きている……!

 危険な状態には変わりないが、胸を貫かれてもラニは生きている!

「うむ、少々賭けではあったが、無事守りきれたようだ」

 蝙蝠の姿から人の姿に戻ったバーサーカーが、ラニの容態を確認してホッと胸をなでおろした。

「すまないが、そなたの帰還に余のマスターも連れて行ってはくれまいか?」

「ああ、そのつもりで来たんだ。

 けど、あなたは?」

「心配は無用である。

 我らサーヴァントは余程のことがなければマスターとの繋がりが消えることはない。

 マスターが校舎に戻り次第、その座標を元に余も転移できる。

 ……それに、そろそろSE.RA.PHの防御プログラムに逆らうのも辛くなってきた頃合いであろう?」

 バーサーカーが指摘した通り、背後へ引っ張られる感覚がそろそろ耐えられる強さを超えてきた。

 今はバーサーカーの言葉を信じてラニを抱え上げる。

「どうし、て…………

 ……もう、意味がない、のに……」

 知らない。

 今はラニの独白を無視し、全身にまとわりつく重圧にすべてをゆだねる。

 ……ふと遠坂の方に視線を向ければ、何か言いたげにじとーという視線をこちらへ向けていた。

 これは校舎に帰ったらひと悶着ありそうだ。

 そのことに肩をすくめるが、二人を救えたことに満足して口元が緩んでしまう。

 

『時間です。

 規定に従い、マスターNo.128を強制退出します』

 

 アナウンスと共に身体が後方に引っ張られる。

 遅れてやってきた爆発の余波が後押しとなり、俺とラニの身体は地面を離れた。

 荒廃した決戦場の景色が、たちまち後方へと消えていく。

「向こうでラニと待っている!

 また後で会おう、バーサーカー!」

 聞こえたかはわからないが、たまらず叫んでしまう。

 その直後光に包まれるアリーナを見た気がしたが、連続した高速移動の衝撃に、意識が遠くなった。

 ……気がつけば、また視聴覚室に戻っていた。

 俺を決戦場へ送ってくれたサーヴァントはもういない。

 もう帰ってしまったのだろう。

 ここにいるのは俺と、満身創痍のラニだけ。

「……ここは……どうして……?」

 彼女は呟いて、意識を失った。

 ……その胸の傷は、もう塞がっている。

 胸を貫かれたばかりか、心臓を失っても彼女には命がある。

 以前から自分たちとは違うものを感じていたが、彼女も特別なマスターであるようだ。

 ……ラニを見ながら、スクリーンに視線を移す。

 先ほどの融解によるものだろう。

 スクリーンが映すのは、闇と静寂だけだった。

 バーサーカーは、まだ現れない。

「戻ってこれるって言ってたのに、あの言葉は嘘だったのか?」

 ラニは帰ってこられたが、サーヴァントがいなければ今この時点でムーンセルに削除されてもおかしくない。

「これじゃあ意味がないじゃないか!」

 無意識に手に力がこもり、ラニの右手を強く握りしめてしまう。

「戻ってこい、バーサーカー。

 まだお前のマスターは、まだここにいるんだぞ!!」

「…………っ」

 気を失ったままラニが苦悶の表情を浮かべ、やがて右手の令呪に光が灯る。

 その光は次第に大きくなり、視聴覚室内を覆うほどの光を放ちながら膨大な周囲の空間を歪めるほどの魔力が満ち溢れる。

「これは令呪の行使?

 まさか、ラニが気を失ったまま令呪を行使したのか!?

 でも、一体何のために……?」

「――どうやら、奇跡はまだ終わっていなかったらしい」

 声が聞こえた。

 対峙する人間を怯ますような圧を持ちながら、人を引き付けるカリスマを持ち合わせた気品に溢れた男性の声。

 声の主はラニの身体を気遣いながら抱え上げる。

「バーサーカー……」

「先ほどは貴様を逃がすためとはいえ虚言を吐いたことは謝罪しよう。

 ……ふむ、令呪を用いて余を呼び戻したのだな。

 これがなければ、余はあのままデータの藻屑となり果てていたことだろう。感謝する」

 バーサーカーの言う通り、ラニの右手に刻まれた令呪はその一画が欠けていた。

「無事なんだな? ラニも、バーサーカーも」

「いまのところは、としか現状では言えんな。

 決戦場を抜けだしたことで、あの場所での勝者は遠坂凛となったことだろう。

 ならば、余たちがどう処理されるかはムーンセルのみぞ知るところだ」

 だが、とバーサーカーは膝をつき、首を垂れた。

「敗北が必至だったあの状況から脱し、次へと繋ぐ希望が持てたことは事実。

 改めて、汝に感謝を述べよう」

 その言葉を最後にバーサーカーはその場を去っていった。




ということでアンデルセンが登場し、天軒自身はサーヴァント不在で令呪を消費せず決戦場へ突入
さらには遠坂、ラニがともにサーヴァント所持で決戦場から脱出しました

我ながらかなりイレギュラー起こしまくってますね

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