「ソロモン、お前は許さない」
言峰に言われた通り2-Bの教室の前に行き、自分の端末をかざす。
電子音が認証の合図だったのか、身体が引っ張られる感覚と共に視界が光に包まれる。
再び視界が開けると、目の前には隣の2-Aと変わらない一般的な教室の風景が広がっていた。
「あの扉を起点に、各マスターの部屋に転移されるようですね。
ここなら霊体化しなくても誰かに見られる心配もありません」
気づけば、ライダーは実体化して教室を見回している。
個室ということもあり、誰かに見られる心配がないため姿を消しておく必要がなくなったからだろう。
あと、あの姿を消すのは霊体化と言うらしい。
「それにしても、休憩に使うには少し不便かな」
「私は雑魚寝さえできれば問題ないですが、確かに主どのにはしっかりと休息を取って欲しいですね」
休息を取るだけなら椅子でもいいが、先のことを考えるとまずは模様替えをしておくべきだろう。
と、行動に移したまではよかった。
「……ライダー」
お互い思う事があったらしく、こちらが視線を向けるとライダーも眉をひそめて頷いた。
「明らかに資材が偏っていますね。
リソースに還元して形を変えることができれば幅が広がりますが、私は魔術の心得がありませんし……」
「俺も記憶がないからそういう魔術の使い方すらわからない」
「無念ですがこれが関の山でしょう」
マイルームの中にあったほとんどの机や椅子は端へ固め、数個の机を繋げて大テーブル風にし、その上にカーテンをテーブルクロスの代わりにしている。
最初に比べれば随分部屋らしくなったが、さすがに机と椅子、そして教卓とカーテンぐらいしかない教室を寝床とするには限界があった。
そもそもベッドも布団もないから寝床と言っていいのかも疑問が残る。
「すいません。
お任せくださいと豪語した直後にこれでは……」
「だ、大丈夫だって。
日常品は地下の購買部で購入できるって端末に書いてあったし」
聖杯戦争に役立つものが揃っていてるという説明もあったから、アリーナに行く前に一度寄ってみてもいいだろう。
模様替えも一通り終わり、お互い椅子に座って今後の方針を相談する。
「ひとまずアリーナに向かうのは確定として、他に気になることはありませんか?」
ライダーにそう尋ねられるが、正直わからないことだらけだ。
今日一日は何がわかっていないのか確認することに徹したほうがいいかもしれない。
「あ、じゃあ端末にあるライダーについての項目を確認してもいいかな?」
「はい、構いません」
先ほど言峰神父に遮られたステータス確認を本人の了承を得て行うことにする。
項目を選択すると、虫食い状態だが様々な項目が表示される。
―――――――――――――――
クラス:ライダー
真 名:
マスター:天軒由良
宝 具:
―――――――――――――――
「宝具?」
「我々英霊を英霊たらしめる象徴のことです。
簡単に言えば、私たち英霊の持つ切り札でしょうか。
それこそ英霊の数だけ存在するため、形や効果も様々ですが、それ一つで戦況を覆すことも可能なほど強力な物も存在します」
令呪とは別に、サーヴァントに備わった切り札。
提示していないということは、これも情報漏洩を防ぐための対策だろう。
確かに、戦い慣れていない素人に自身の切り札を託すのは無謀すぎる。
下手をすれば、切り札を浪費するだけでなく敗北に繋がる可能性もある。
「サーヴァントの切り札……
相手も宝具を持ってるわけだから、油断はできないわけか」
「そういうことになりますね。
ですが、相手の真名を知れば自ずと宝具もある程度は分かってくるかと」
さらに項目を閲覧していくと、彼女のステータスが記載されていた。
―――――――――――――――
ステータス:筋力E 耐久E 敏捷:E 魔力E 幸運E
―――――――――――――――
……………………ん?
「えっと、このステータスって……」
「各項目高い順にA〜Eランク、例外的にEXが存在しますがあまり気にする必要はありませんね」
ライダーは丁寧にランクについて説明してくれるが、その説明通りなら彼女のステータスは全て最低値ということになる。
いくらなんでもそれはおかしい気がする。
色々とエラーが起こっているのだから、これも何か影響が出てるのでは、と考えるのが妥当ではないか?
「これって、俺のせい?」
「た、確かに主どのによってステータスの低下はありますが、そこまで気を落とさないでください!
このような状態でも私は他の者に遅れをとるような真似は致しません!」
必死にフォローするライダーだが、全面的にこちらに非があるのだから申し訳ない気持ちになる。
これは、対戦相手の対策と同時に自分の鍛錬もこなす必要がありそうだ。
「よし、地下の購買に寄ってからアリーナに向かおう。
少しでも戦闘に慣れておきたい」
「承知しました、主どの!」
こちらの意思に関係なく時間は勝手に進むのだ。
何もしなくて6日後の決戦で戦えませんでした、では話にならない。
結果だけを言えば、金銭的な問題で売られていたアイテムはほとんど購入不可だった。
『アリーナに行けば貯まりますよ』という店員のアドバイスを信じ、今度こそアリーナへの扉をくぐる。
「ここがアリーナ……」
足場や壁などは予選の時の通路と同じだ。
ただ、その透明な壁の向こう側に広がる風景のおかげか、まるで海の中にいるような感覚だった。
アリーナの風景に見惚れていると、端末に連絡が入る。
送り主は言峰のようだ。
『言い忘れていたが、アリーナには入れるのは1日に1度だけだ。
注意したまえ』
「……ああもう!
そういう事は先に言ってくれないかな!?」
あの校舎のどこかにいるだろう神父に愚痴を漏らす。
とはいえ、購買で買えるものがないのだから準備も何もない。
今後注意しようと意識を切り替えることとしよう。
しばらく進むと、予選でも目にしたエネミーが現れる。
「さっそく現れましたね。
主どの、指示を!」
「えっと、ライダーの武器は刀でいいのかな?」
「……これは失礼しました。
では今から私の戦い方をお見せしますので、どうかご参考にしてください」
言うが早くライダーはエネミーへと肉薄して抜刀する。
その一撃で仕留めることはできなかったが、さらに二度、三度と素早く斬撃を繰り出しライダーは無傷で勝利を収めた。
その剣捌きは無駄がなく優雅で、思わず見惚れてしまうほどだ。
「なんともあっけないですね。
エネミーではこの程度でしょうか」
消滅するエネミーを見ながら、ライダーは肩を落とす。
数メートル離れたところにいるが、その背中を見ただけでため息が聞こえてきそうだ。
しかし、振り返るとライダーは屈託のない笑顔を浮かべて戻ってくる。
「主どの、見事エネミーを討伐してまいりました!」
目の前で見ていたんだけど、と思ったが口にするのは野暮だろう。
今の彼女はまるで何かを褒めてもらおうとする子供のようだ。
そんな彼女を見ていれば、返すべき言葉も自然と口から出た。
「ありがとう、ライダー」
「はい!」
その笑顔はとても幼く、爛々と輝いている。
尻尾でも生えていたら千切れんばかりに振っているのではないだろうか。
その姿を想像して少し吹き出してしまい、彼女に不思議がられてしまう。
気を取り直して、彼女の戦い方を確認しよう。
「他にライダーが使える武器はあるかな?」
「武士なので一応長弓も扱えます。
ただ、生前から私は力が弱かったので、エネミーならまだしもサーヴァント相手にはそれほど期待はしないほうが宜しいかと……」
自信家の彼女にしては珍しく弱気な発言だ。
ただ、確かに弓で人を射るとなるとかなりの力が必要そうだ。
こちらのせいで弱体化しているからなおのことだろう。
なら、どう接近戦を行うのかに絞った方がこちらも考えやすいかもしれない。
「いや、まてよ……
ライダー、もし弓だけで戦うとなると、どれぐらいキツイ?」
「勝つことは難しいでしょう。
ただ、負けることはありえません。
真名は明かせませんが、このライダーの名にかけて誓います」
「なら、その誓いを信じてライダーに無茶をお願いしたい」
「はい、なんなりと!」
「相手との戦闘で使う武器は弓だけに限定して欲しい。
勝てなくてもいい。
ただし負けないでくれ。
決戦までアーチャーだと思わせたところで、ライダーの剣戟で奇襲をかけたい」
相手が遠距離を十八番にしている場合は効果が薄く、それに彼女に危険が及ぶ無茶な作戦だ。
それでも、彼女の腕ならできるのではないだろうか。
ライダーは作戦に頷き、しっかりと吟味したところで答えを出す。
「なるほど、奇襲は私の得意分野です!
主どのの命令とあらば必ず成し遂げてみせましょう」
「ありがとう、ライダー」
こんな未熟な自分に従ってくれる彼女にはいくら感謝してもしきれない。
……ライダーにこんな無茶をさせるんだ。
指示出しぐらいしかできないんだから、しっかりやらなくては……
決意を新たに、さらに奥へと進んでいく。
すると、行き止まりになった通路の奥に、四角いデータファイルが宙に浮いているのを発見した。
「これは?」
「何か良いものが入っていると見ました。
開いてみましょう!」
「開くってこう?」
恐る恐るファイルに手をかざすと、データの塊をファイルから抜き取ることができた。
「これは、マフラー?
どしてマフラーがこんなところに」
「これは、礼装ですよ。
ついていますね、主どの!」
「礼装?」
「はい。
主どのの魔力を消費することで、コードキャストと呼ばれる魔術を起動することができるアイテム、と考えていただければ宜しいかと」
「つまり、この礼装を使えば俺も戦いに参加できるということ?」
「はい、その通りです」
これは思わぬ収穫だ。
魔力を消費するため、無闇に使うわけにはいかないが、これでライダーだけに頼る状態を脱却することができる。
「その礼装の効果は……
サーヴァントの治癒能力ですね」
「わかった。
悪いけど、コードキャストを使った戦闘に慣れたい。
今度は弓だけの使用で頼めるか、ライダー?」
「はい、喜んで!」
アリーナから戻ってくると、再び体育倉庫の前に転移させられた。
試しにもう一度扉を開けようとするがロックがかかっている。
言峰の言っていた「1日に1度だけ」というのは本当だったらしい。
「それにしても、結構アリーナにいたはずなのに、まだ日が高かったんだな」
廊下の窓から見える景色は見たところまだ日が傾き始めて間もない。
『あ、いえ。
そうではないようです』
その背後でライダーが霊体化した状態で感想に訂正を加える。
『このSE.RA.PHでは時間という概念は存在していません。
校舎の景色は常に日が少し傾いてきたぐらいに固定されているのだとか』
「つまり、ここでは常に昼の状態で過ごすってことなのか?
休むのは大変そうだな……」
2-Bの教室に端末をかざし、マイルームへと転移する。
すると、マイルームの窓から見える景色は茜色に染まっていた。
先ほどまで昼の風景だったから、いきなり外の雰囲気が変わったことに唖然としていると、実体化したライダーが先ほどの説明に付け加える。
「アリーナから出てきたマスターのマイルームの風景は夕方に変更されているようですね。
部屋の明かりを消せば、自動的に夜になるようですよ」
「時間に合わせた風景じゃなくて、俺たちの行動に合わせた風景ってことか……」
もしかすると、校舎、マイルーム、アリーナで時間の流れがごちゃごちゃになっているのかもしれない。
一定の行動を起こさないと動かない時間。
これではまるで……
「本当にゲームみたいだ」
「主どの」
普段より低いトーンで呼ばれて反射的に振り返る。
ライダーはそれ以上語らないが、その目が伝えようとしていることは理解できた。
「ごめん、さすがに気を抜きすぎた」
「いえ、すぐに気がついたのなら大丈夫でしょう」
一時はどうなるかと思い不安で仕方なかった分、無事乗り越えたことで心に余裕が出来てきたのだろう。
少し気が緩んでいたようだ。
自分は決して強いわけではなく、油断するべきではない。
何より、まだ『退場』の正体もわからないのだから。
「もう休もうか。
とはいえ、布団も何もないけど」
「購買部で販売されていましたが金額は届いていませんし、暫くはこのまま雑魚寝ということになりますね」
「しかたない、か……
あの店員が言っていた通り、資金はエネミーから稼げるから、明日は目標金額になるようにアリーナを探索しよう」
今日は椅子に座って休むことにしよう。
椅子に座り大テーブルにうつ伏せ、授業中に居眠りをするような体勢になる。
思った以上に睡魔はすぐに襲ってきて静かに眠りについた。
正直あのマイル―ム、ベッドないのはどうかと思います