Fate/Aristotle   作:駄蛇

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CCCイベがとうとう発表されました
4月下旬ということは26日のニコ生後にでも開始されてもおかしくありませんね
どんな爆弾を投下されるのか、楽しみ半分怖さ半分で待機中です

今回は天軒の謎がちょっとだけ解明するかも……


ブレイクウォール

 階段を降りて食堂の席を見渡してみると、なにやら難しい顔をした遠坂凛が頬杖をついて考え込んでいた。

 その深刻な表情は周囲のマスターやNPCが思わず距離を置いてしまうほどだ。

「遠坂、何かあったのか?」

「あら天軒くん、無事二回戦も突破したのね。

 おめでとう。でも……」

 遠坂は首を動かさずに食堂を見回す。

 その動作がどういう意味なのかは聞くまでもない。

「――天軒がダン・ブラックモアを……」

「――シンジはマグレだと思ってたが、とんだダークホースだ……」

「――今後警戒しておいたほうがいいな……」

 周囲の視線が俺を品定めするように見ている。

 シンジとは違い、実力と堅実さを兼ね備えたダン・ブラックモアを下した、という実績は無名の自分を警戒させるには十分すぎたらしい。

「今後は貴方の情報を狙って色々仕掛けてくる相手も出てくるでしょうね」

「勝ち進むと決めたときからそれは覚悟してたよ。

 それより、遠坂の方はまだインターバル中?」

「ええ、ありすたちから受けたダメージが癒えるのにはまだ時間がかかりそうだわ。

 それから……」

 一度間をおいて、遠坂は息を整える。

「ありすから伝言よ。『遊んでくれてありがとう』ですって」

「……ちょっと待ってくれ遠坂。

 その言い方、まるでありすが……」

「ええ、死んだわ。

 あの子の対戦相手が誰だったのかはわからずじまいだったけど。

 校舎で消滅していたから、マスター殺しが関係しているかもしれないわね」

 マスター殺し。

 聖杯戦争一回戦からその存在が噂され、多くのマスターが警戒していたのにも関わらず、今の今までその正体を掴めなかった実力者だ。

 そしてつい先ほど、その正体はユリウスという、アサシンらしきサーヴァントを従えたマスターであることが発覚した。

「遠坂、ザバーニーヤって宝具を使うサーヴァントを知らないか?

 たぶんクラスはアサシンだと思うんだけど」

「ザバーニーヤ? それ、割と有名よ。

 ハサン・サッバーハ、暗殺集団を率いる翁で、アサシンの語源にもなった名前ね。

 代々名前を受け継いでたみたいで、19代目まで続いたらしいわ。

 そのハサンが使う宝具がザバーニーヤ。地獄の管理を任された天使の名前を刻んだその業は、それぞれ暗殺や即死を目的とした業らしいわ。

 まだ地上にマナが溢れていた頃に行われていた聖杯戦争で何度か召喚されていたんだとか。

 けど、どうしてそれを?」

「マスター殺しの犯人で、ユリウスってマスターのサーヴァントがその宝具を使っていたんだ」

「ユリウス……ハーウェイの殺し屋ね。

 なるほど、マスター殺しはレオを勝たせるためのつゆ払いってことね。

 ありがとう、いい情報を貰えたわ」

「あ、うん。どういたしまして?」

 一人納得した遠坂は立ち上がり、階段の方へ向かう。

「さあ脱線した話題はここまで。

 さっさと『約束』を済ませましょう」

「大丈夫なのか?

 何か思い詰めたような感じだったけど」

「ああ、大丈夫よ。悩んでたのは今からやる『約束』についてだから」

「それ俺の方が大丈夫じゃないんだけど!?」

 命に関係のあることじゃないわよ、と流されてひとまず食堂を出た遠坂の後をついていくことしかできない。

「でも、一体どこで? 割と大掛かりになるんなら、人がいない屋上とか?」

「確かに屋上でもいいけど、今回は事情が事情だからここでさせてもらうわ」

「……保険室?」

「そ、基本人の出入りもないし、色々と都合がいいのよ」

 説明しながら戸を開けると、中では保険委員の桜がいそいそと準備に追われていた。

「桜、そっちの進捗はどうかしら?」

「も、もう少し待ってください。

 あと120秒程で完了しますので」

「なら、その間にこっちも準備を進めておくわ」

 何やら大掛かりになっていて思わず身構えてしまう。

 彼女は一体何をするつもりなのだろうか?

 ファイアーウォールを突破するだけのはずなのだが……

 こちらの不安そうな視線を感じたのか、遠坂が状況の説明を簡潔にまとめてくれる。

「ファイアーウォールを突破するとなると、侵入者である私かファイアーウォールを仕掛けられた天軒君、もしくはその両方にダメージが発生してもおかしくないわ。

 一応そういうのが不発なるように準備はしてあるけど、もしものために健康管理AIがいるっていうのは心強いわけ」

「えっと、今回はマスター殺しの情報を提供してくれたお二方だから、特例で手伝ってるのであって、本当は特定の誰かに加担するのは禁止されてるんですからね?」

 作業のスピードを維持しながら桜が念押ししてくる。

 それだけあのユリウスという男の行為は運営側を悩ませていたことが伺える。

「そろそろ桜の準備も終わりそうね。

 天軒君はそこの椅子に座って楽にしてちょうだい」

「やっぱり大掛かりだから時間もかかるのか?」

「いえ、たぶん1分もすれば終わるわ」

「そんな短時間で終わるのか?」

「初見ならまだしも、一度ファイアーウォールの形式は見ているもの。

 突破される側の天軒君も了承してるから、隠蔽に力を割く必要もないし、どんなカウンターが待ってるのかわからないことを除けば、これほど簡単なハッキングはないわね」

 しれっと言っているが、そんな簡単なものではないだろう。

 やはり遠坂は天才なのだろうと、改めて実感した。

 その後ろで桜の手が止まる。どうやら準備は整ったらしい。

「それじゃあ始めましょうか。

 先に確認しておきたいんだけど、ファイアーウォールが張られているのは天軒君の中枢の一歩手前。

 つまり、ここを突破すると貴方の情報をすべて閲覧できるってこと。

 このことがどういう意味かわかる?」

「……俺と契約しているサーヴァントの情報がわかるってこと?」

 その返答に遠坂は小さくため息をついた。

 ……何か変なこと言っただろうか?

「そこで真っ先に自分じゃなくて自分のサーヴァントのことを浮かべるところを見ると相変わらずね。

 まあ、そういうことよ。今から侵入する場所は、貴方の全てを構成する、言わば天軒由良のアカシックレコード。

 そこに到達すれば、サーヴァントの情報を始め、文字どおり貴方の全ての情報を知ることができるわ。

 過去と現在はもちろん、私ぐらいの魔術師(ウィザード)が応用すれば未来の成長具合も予想できるかもしれないわ。

 そうなったら、私と対戦することになった場合99.9%の確率で貴方は負けるでしょうね。

 それでも続けるかしら?」

 遠坂は真っ直ぐこちらを見つめる。

 その真剣な眼差しの前では、こちらがどんな嘘をついても見抜かれてしまうだろう。

 背後で霊体化して待機するライダーはなにも言わない。

 ……全部俺の自由にしていいということか。

 これは自分の我儘だ。記憶が無くとも戦う覚悟はできているのに未だに記憶に執着している理由。おそらく、遠坂が聞けばそのまま殴り飛ばすかもしれない。

 でも、俺にとってはとても必要なことなのだ。

「俺、自分のことをライダーに知ってもらいたいんだ。

 今の俺と、記憶をなくす前の俺を」

 それは二回戦でラニがロビンフッドの星を読んだ時から、心の奥で引っかかって取り除けなかった俺の我儘だ。

「……呆れた。

 これが私から言った約束じゃなければ貴方を蹴り倒して決裂してたわ」

「まあ、予想はしてたよ……」

 それ以上は何も言葉を交わさず、遠坂は懐から宝石を取り出して俺の額に押し付けた。

「……実行(Run)

 宝石は光り輝き、コードキャストとなって俺の頭を衝撃と共に突き抜ける。

 その拍子に身体の中で何かが砕けた。

 痛いわけではないが、自分の中で何かがなくなったような、なんとも言えない感覚に戸惑っていると、遠坂はゆっくりを目を開ける。

 その表情からは安堵と落胆が入り混じったような複雑な感情が読み取れる。

「お二方のバイタルに異常は見られません」

「ええ、さすがに私も驚いてるわ。

 まさか、ここまであっさりファイアーウォールを突破出来て、その先に何も隠してないなんて」

「そのようですね。

 念のために詳しくバイタルチェックしますので、もうしばらく待っていてくださいね」

 桜の業務的な報告を受けて、遠坂は後ろのベッドに腰を下ろした。

 バイタルは問題なしとは言っていたが、ひどく疲労しているように見える。

「ファイアーウォールの先に何もなかったって……」

「その前に聞かせて。

 貴方、()()()()()()()()()()?」

「……え?」

 遠坂の言っている意味がわからない。

 記憶が曖昧だから、自分の名前が本当にそれで合ってるのか確認したいのだろうか?

 確かに予選通過後、桜に聞くまで自分の名前がわからなかった。

 しかし今では自信を持って言える。

「俺の名前は天軒由良。

 ……うん、それだけは確かなことだ」

「なら、問題ないわね。本題に戻るわ。

 他人の中にファイアーウォール張ってるるぐらいだから、何か重要なデータでも隠してるんじゃないかって予想してたんだけど……

 突破した結果、中にあったのは普通に天軒君のデータが入ってるだけ。

 まあ、その天軒君のデータに問題があったわけだけど」

「それ一番の問題だよね!?」

「他人に何かされてるのと比べればまだマシ……ってわけでもないわねこの場合。

 ありすの言葉からもしやと心配してたけど、その通りだったわ。

 結論だけ言わせてもらうと、天軒君は今()()()()()わ」

「肉体が、無い?」

「言葉どおりの意味よ。

 わたしたちは魂をデータ化してこの世界に来ている。当然、肉体は外に残ってる。

 でも、あなたはいま、()()()()()()()状態なのよ。

 いわばサイバーゴースト。

 魔術師の知識が欠落してる天軒君にも分かりやすく言うと、浮遊霊みたいなものかしら」

 浮遊霊と言われて思わず立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 じゃ、じゃあ俺はもう死んで……!」

「あー、待って待って。

 たぶん天軒君は完全なサイバーゴーストじゃないわ。

 記憶の欠落とかから察するに、たぶん予選を通過した時にトラブルがあったんでしょ?

 それが原因で地上にある肉体とのリンクが途切れて、修復できないままここまで来たってコト。

 記憶がないのも、記憶のファイルがトラッシュしたんじゃなくて、そもそもファイルそのものがなかったってことね。

 それにしても、よくパニくらなかったって感心するわ。

 普通のハッカーならアイデンティティークライシスに陥って意味消失(ゲシュタル)ってるでしょうね」

 いま、絶賛その存在の危機(アイデンティティークライシス)中なのだが……

 ただ、ようやく自分のいまの状況が理解できた。

 記憶は思い出せないのではなく、肉体から引き出せなかっただけ、なのか。となると、後は途切れたリンクを回復させるだけなのだが……

「ま、今のあなたじゃ無理でしょうね。

 それなりの腕を持つハッカーにでも頼ったら?」

「…………」

「な、何よ、じっとこっちを見つめて。

 私はしないわよ?」

「……………………」

「う……そ、そんな子犬みたいな目で見ても無駄よ!

 だってそこまでする義理なんて無いし!」

 遠坂は顔を背けたままこちらを見てくれない。

 むう、ダメか。

 案外粘れば引き受けてくれるかと思ったがあと一押しが足りないようだ。

 これ以上粘ると今後の関係に影響が出てきそうだし、こればかりは自分でどうにか対処する必要がありそうだ。

「それにしても、トラッシュしてるわけじゃないなら記憶の件はどうしようもない、か。

 俺のコードキャストも、無い物までは復元できないだろうし」

「そうね、そのコードキャストについても特にこれと言って情報がなかったわ。

 私の見解としては、初期化に準ずる何かだとは思うけど……

 残念だけど、天軒君が頑張って解読するしか方法はないわね。

 図書室にウィザードに関する書物もあるだろうし、この際だからウィザードについて勉強してみたらいいんじゃないかしら?」

「ウィザードについて、か」

「私ができるアドバイスはここまでよ。

 後は天軒君自身で頑張りなさい」

 そう言って遠坂は保健室を去っていった。

 その背中を眺めながら、これからのことを考える。

 原因は分かったが、現状それを解決する策がない。遠坂の言う通り、腕利きのハッカーに頼んでパスをつなぎ直してもらうのが現実的ではあるのだが、そんな都合のいい話がそう簡単に舞い込んでくるとは限らない。

 考えは一向にまとまる気配はないが、いつまでもここに居座るわけにもいかない。

 ひとまず保健室を出ようと立ち上がる。

「保健室を貸してくれてありがとう、桜」

「いえ、私は特に何も……それより、大丈夫なんですか?

 衰弱の心配もありますが、このまま対処法が見つからない場合は優勝しても地上に帰れない可能性も……」

 俺が地上の肉体と繋がってないことを心配してくれているらしい。

 先ほども念押しはしていたが色々と手を尽くしてくれたし、やっぱり彼女は根が優しいのだろう。

「どうにかしたいとは思うけど、遠坂の言う通り今の俺じゃどうすることもできないかな。

 だから、今できることを精一杯していこうと思う」

「今できること、ですか」

「ひとまずこの聖杯戦争を生き残ることかな。

 自然と力をつけることになりそうだし」

「前向きなんですね」

「……ダン卿のおかげだけどね。

 悩んだときは、とりあえず一歩踏み出してみる。

 それが俺の、天軒由良の出来る最善策なんだと思う」

「その、頑張ってください。

 贔屓をすることは出来ませんが、応援してます」

 舞と同じつ桜からも励まされた。

 校舎の生徒が敵ばかりではないとわかることが、これほど気持ちが楽になるとは思ってもみなかった。

 ……流石に長居しすぎた。

 迷惑にならないうちに早く去ろう。




謎の解明と書いて新たな謎の発覚とも読む()
次回から3回戦が開始されます

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