……イベントは19日、ピックアップガチャは12日まで
なんか去年も見た光景ですので運営からの死体蹴りがクリーンヒットしないようにご注意ください
2回戦も最終局面
またも1万文字オーバーです
開幕の鐘とともにライダーが疾走する。
矢を射られる前に一太刀を入れようと抜刀したその一撃は、アーチャーの持つ短剣によって阻まれる。
「バレバレだっつうの」
「なら、いつまで防げれるか試してみましょうか!」
「おっと、そいつは勘弁願いたいね」
矢を放って牽制しながら後退し始め、十分な距離が広がるとアーチャーは顔のない王で姿を隠して狙撃を開始する。
対するライダーも類い希な察知能力で襲いかかる矢のすべてはすべて斬り伏せ、さらにはその矢の位置から予測してアーチャーのいるだろう場所に斬りかかった。
見た目ではそこになにもないが、確かに鉄のぶつかり合う音が響き、アーチャーが顔のない王で身を隠しているのがわかる。
「随分と逃げるのが達者なようですね」
「敵に近づかれて何も出来ずに負けました、じゃさすがにダメでしょうよ」
「どうせバレてるんですから、その宝具仕舞われた方がよろしのでは?
戦いづらいでしょう」
「いやいや、姿が見えてるのと見えてないのでは全然違うって。例えば……」
「……っ!?」
直後、ライダーの足元から棘が伸びてくる。先日アーチャーが見せた特殊攻撃だ。
前回もそうだったが、あの攻撃は隠密に長けているのか発動前に気付くことができない。
さらに顔のない王で予備動作も隠されてしまうと、対処するのは至難の技だ。
反応できなかったライダーはその棘によって身体中に裂傷を負ってしまった。
「この程度……っ!」
「っ、マジか!?」
ダメージを受けながらも致命傷にならないように身体をひねり、さらにその勢いを利用してライダーは刀を振るった。
そしてその軌跡を追うように何もない場所から微かに鮮血が舞い、アーチャーが恨めしそうに睨みながら宝具を解除した。
「くそっ、ダメージ受けながら攻撃してくるのは予想外だったわ。
まあでもそうか、断崖絶壁を馬で駆けおりるような馬鹿するやつなら、それぐらいの根性あってもおかしくねえわな」
ライダーからの追撃を凌ぎつつ、ブツブツと呟きながらアーチャーは何かを決心したようで、ライダーが次の動作に移る前にアーチャーは懐に手を伸ばした。
「おらお色直しの時間だ。
飼い犬はとっととご主人のもとに帰んな!」
直後煙がライダーたちを包み、ダン卿や俺をも巻き込んだ。
――そして、私は観測する。
あたり一帯を覆う煙から逃れるようにアーチャーはダンを連れて手頃な建物の屋上まで飛び上がり、着地する。
「傷を見せろアーチャー。
得意ではないが可能な限り手当てをする」
やけに威圧感のある言葉に、肩をすくめながら言われた通りアーチャーはライダーに斬られた腕を見せた。
「いやー、ホントあの小娘の根性には驚かされるわ。あれ女の姿に化けた男とかじゃないんすかね?
ほら、史実では男って言われてるわけですし」
ダン卿が治癒をしてる間、無言が続くのが嫌なアーチャーは適当に独り言を言い続ける。
「矢はことごとく防がれるわ、見えてないのに迷わずこっちに斬りかかってくるわ、まったく嫌になりますよ」
「正々堂々という条件は不服か?」
治癒が終わり、ようやくダンが口を開く。
「そりゃまあ、罠は作るなって言うし、宝具だって使用を禁止されてるわけですし?」
「何を勘違いしている?
私が使用を禁じたのは校舎及びアリーナでの使用だ。
決戦場では正々堂々であれば宝具の使用も咎めるつもりはない」
「……そういうのは早く言って欲しいですね」
このマスターの考えはよくわからない、とアーチャーは首を振る。
誰よりも冷徹に勝利を求めながら、結果よりその過程に重きを置く。まるであべこべだ。
それなのに一貫した信念を感じるのは、それだけ彼の意思が強いからか。
「ほんと、やっぱ旦那には敵わねえわ」
小さく呟きながら治癒が完了した腕の調子を確認する。
そして弓に新たな矢を装填した。
「なら、遠慮なく使いますよ」
標的は、未だ地上で立ち止まっている絶好の的。なにより『この攻撃』は一度発動してしまえば防ぐことは不可能に近い。
息を殺し、必要最低限の魔力と殺意を込めて弓を絞る。
「我が墓地はこの矢の先に……
森の恵みよ……圧政者への毒となれ」
放たれた矢は目標へ向かって風を切り裂く。
相手は、まだそれに気付かない。
煙が立ち込める中、ダン卿たちがどこにいったのか辺りを見回す。
このゴーストタウンを模した決戦場には遮蔽物が多い。加えてこの煙では周囲の状況は全くと言っていいほどわからない。
姿を消すアーチャーはもちろん、ダン卿も見失ったのは致命的なミスだった。
すぐにでも煙の中から脱出したいところなのだが、アーチャーが罠を張った可能性を考えると動くに動けないのだ。
「ライダー、アリーナの時みたいにアーチャーの居場所はわかるか?」
「さすがに完全に距離を取られると厳しいです。
しかもこの地形だと……」
ようやく煙が晴れてきたところで、背後から物音がした。
とっさに振り向いても、もちろんそこには誰もいない。
その直後に反対側、つまり先ほどまで向いていた方角から飛来した『何か』をライダーは難なく斬り伏せた。
足元に転がってきたのは両断された二本の矢だった。
「先ほどの音は囮です。
大方、石か何かを投げたのでしょう。
あのアーチャーの性格を知らなければ先ほどの一撃で終わってたかもしれません」
冷静な分析をするライダーだがこちらは足が震えるのを堪えるので精一杯だ。
ただ立っているだけなのに息が荒くなり、意識が遠のいて……
「っ、主どの! 気をしっかり!」
ライダーの声でハッとする。
「ライダー……」
「申し訳ありません、見誤りました。
先ほどの音の正体はアーチャーの矢。おそらく宝具です」
視線を動かし、矢が刺さったらしき場所を見る。
そこにはイチイの木が生えており、その木を起点に毒が放出されている。
「ひとまずここを離れ……っ!」
肩を貸すために膝をつこうとしたライダーはその動きを中断し、振り向きざまに刀で矢を弾く。
「そう簡単に逃すわけないでしょうよ」
「アーチャー、毒による衰弱を待つつもりか!」
「いやいや、さすがに俺もそんな悠長に待たないっての」
姿を隠したままアーチャーはライダーの言葉を鼻で笑う。
「イチイっつうのは、標的の腹ん中に溜め込んでる不浄を瞬間的に増幅・流出させるんだ。
そして今のてめぇは毒の結界でたっぷり不浄を溜め込んでる。
そこにイチイの木で作られた矢が刺されば、あとはドカンと吹き飛びお陀仏ってわけよ」
「なるほど、ずいぶん危険な宝具ですね。
その矢が私に当たることはない、という点を除けば!」
一発当たれば即死という状況に陥りながらも、ライダーの表情から焦りは見えない。
本当に矢を全て防ぐつもりなのだろう。
「まあ、あんたならホントにそうしかねないな。
でもまあ、それならこっちもやりようはあるってもんだが」
「一体何を……ぐっ!?」
直後ライダーに異変が起こる。
一瞬のことでわけがわからなかったが、どうやら狙撃されたらしい。
コードキャストによるスタン。
辛うじて膝をつくことは避けたライダーだが、動きが目に見えて鈍っている。
なら、次に来るのはアーチャーによる必殺の一撃。
飛んできた矢を辛うじて刀で防ぐが、その軌道は彼女の露出した肌を正確に狙っていた。
アーチャーが言っていたことが本当なら、あれが一射でも当たればライダーが死ぬ。
「させない! コードキャスト■■■■実行!」
「感謝します、主どの!」
未だ得体が知れないコードキャストだが、それでも使わないと今この瞬間に敗北が確定してしまう!
ライダーが捌ききれなくなる前に彼女の状態異常を治療する。
一緒に彼女の身体を蝕んでいた毒もなくなるが、空間に充満しているせいですぐに毒に侵されてしまう。
サーヴァントだから耐えられているが、長引くけば危険なのは変わりない。
ライダーもこのまま防戦一方なのは危険と判断したらしく、身を翻して二射目を避け、その矢が放たれた地点へ目指して跳躍した。
しかしすでに移動しているらしく、ライダーの攻撃は失敗に終わってしまった。
「どうやら俊敏を強化しているようですね。
もう少しすれば行動予測も可能なのですが、主どのの限界が近いですね」
膝をつき、視界が歪んでいるように錯覚するうえ、口の中では鉄の味がする。
誰がどう見てもこれ以上はまずいことはわかる。
ライダーも俺と同じように毒に蝕まれているはずなのに、彼女はそれを感じさせない佇まいでアーチャーからの攻撃に備えている。
やはりライダーは心強い。なら、自分は何をすればいい?
今厄介なのは、アーチャーの宝具である
この2つさえどうにかすれば、ライダーがアーチャーに遅れをとることはない。
今もライダーはアーチャーからの攻撃を防ぎつつ、反撃のタイミングを見計らっている。
「今の俺に出来ることは……」
考えを巡らせる。
ライダーでさえ苦戦しているアーチャーに攻撃をするのは、流石に今の俺には不可能だ。
ダン卿の位置もわからないし、わかっても直接対決なら負けることは目に見えている。
ふと、背後に視線を向ける。
「…………………」
立派な巨木からは今も毒が吹き出し、俺たちを蝕んでいる。
「やってみる価値はある、か……」
どちらにしても、これ以上長引けば俺もライダーも危ない。
分の悪い賭けだが、やらないよりはマシかもしれない。
「ライダー、アーチャーの位置はわかりそうかな?」
「あともう少しで大まかな位置は掴めると思います。
……主どの、一体何をお考えで?」
流石に何かを感じたらしいライダーが怪訝そうに尋ねてくる。
「少しだけ時間を稼いで欲しい」
「主どのそれは……いえ、わかりました。
こちらは私におまかせください」
本当に、俺には勿体無いぐらい優秀なサーヴァントだ。
ライダーに後押しされ、走り出した。向かうのは、毒を吹き出している巨木。
今から行う作戦がもし失敗したら、と考えると、怖くないと言えば嘘になる。
ただ、一回戦の時と違って、今度はちゃんとライダーのサポートが出来ている。そう思うと自然と足は動いた。
「ぐ……これは、予想以上だ……」
巨木に近づくにつれて毒の濃度が増している。
一応コードキャストで解毒はできるが魔力の無駄遣いはできない。
早く目的を済まさなくては……!
この毒はアーチャーの宝具が作り出した結界が原因で発生している。そのことはモラトリアム中に得たアーチャーの情報で確認してある。
そしてふと思い出したのが遠坂の言葉だ。先ほども使った正体不明のコードキャストは状態異常を初期化するものかもしれない、と。
もしそれが本当だとすれば、アーチャーの宝具なら、毒の空間を作り出すこの結界なら……!
「巨木が生えた場所を初期化する。そうすれば、この結界は消滅するはず!」
毒で目がくらむ。
一歩前へ進むのすら難しいが、それでも宝具の起点へと向かう。コードキャストでどうにかなるのかわからないが、今俺にできるのはこれしか思いつかない。
そのとき、頭上からバッドで叩きつけられるような衝撃を受けた。
「がっ……!」
「何をするつもりかわからぬが、その歩みを進ませるわけにはいくまい。
サーヴァントでさえ怯ませるコードキャスト。人の身には堪えよう」
ダン卿の正確な狙撃が襲ってくる。
だが、それは同時にダン卿が照準をこちらに向けたということ。
少なくとも俺に照準が向いている間はライダーが妨害されることはない。
ならばこの状況は願ったり叶ったりだ。
毒は全身に回ってきたが、霞む視界の少し先には目的の毒の発生地点がすぐそこまで来ている。
「この距離、なら!」
魔力を込める。
後のことを考えると使えるのはこの一度きりだ。
「コードキャスト■■■■実行!」
魔力を消費して自分の中に溜め込んだ毒を初期化する。
コードキャストが直撃した痛みは残っているが、動けないほどではない。
再び毒に犯される前に走り出す。
「なに、あそこまで深刻な毒状態に陥ってから回復したというのか!」
いきなり走り始めた俺に驚愕を露にするダン卿。
彼の狙撃が再開する前にどうにか巨木の下にたどり着いた。
「っ……!」
あまりに濃度の高い毒に早くも頭がクラクラする。
ついさっき初期化したばかりだというのにもう倒れそうだ。
「けどこれで……」
巨木が根をはる地面に触れ、ありったけの魔力を流す。
自分の中にあった全ての魔力を使い果たす勢いで消費してコードキャストを起動する。
「コードキャスト■■■■実行ッ!」
ガラスの割れるような甲高い音が鳴り響いた直後、まるで最初からなかったかのように巨木は消滅して重苦しい空気が換気されたように軽くなった。
「やった、のか……?」
最初、自分でも目の前の光景に唖然としていた。
ただ今の自分が狙撃手の的だということを思い出して慌てて物陰に隠れた。
「……まさかアーチャーの宝具を無力化するとはな。これは予想外だった。
サーヴァントさえ足止めしておけば宝具は破られない。そう思い込んでいたのは私のミスだ。
ただ、宝具を解除するほどのコードキャストは君の手には余るものだろう。
もはや魔力も残っていないのではないかね?」
「………………」
ダン卿の鋭い指摘に顔をしかめる。
どうやらこのコードキャストは初期化する対象によって魔力消費が全然違らしく、今回は予想以上に持って行かれた。
今の俺には適当なコードキャストを紡ぐ魔力も残っていない。
「そんな君が戻ったところで何になるかわからないが……
せめて、君をサーヴァントの下に戻さないようにするのが今の私の役目だ」
物陰に隠れているというのに、それを貫通して静かな殺意が俺の全身に突き刺さるのを感じる。
息は浅くなり、背中に冷たいものを感じる。これが熟練の兵士が放つ本当の殺意ということか。頭を出そうものならすぐに撃ち抜かれるかもしれない。
「でも、隠れているだけじゃダメだ」
このまま俺が動かないと判断すれば、ダン卿はライダーの妨害に移る可能性もある。
なら、次の行動を起こさなくては結界を解除した意味がない。
魔力はもうないに等しいが、ここからが正念場。
ライダーの勝利を信じ、俺はダン卿をこの場に引き止め続ける!
「ふむ、その勇姿だけは認めよう」
穏やかな口調だった。
場所を移そうと俺が遮蔽物から出た瞬間ダン卿は狙撃銃型の礼装のトリガーを絞り、起動したコードキャストが弾丸として放たれる。
避けることは不可能。
その一撃を耐えられるかどうかを考えて身構えていたが、予想外のことが起こった。木が折れるような音が耳の近くで鳴るだけでいつまでも衝撃が来ないのだ。
ふと視線を下に向けると、そこには一本の焼け焦げた矢が落ちていた。
アーチャーが使っていた矢ではない。どちらかというと日本の……
「主どの!」
聞き慣れた声が空から落ちてくる。
見上げるまでもなく、すぐにその声の主も着地した。
「ライ、ダー……?」
「はい! このライダー、主どのの危機に馳せ参じました!」
そう言ってダン卿に立ちふさがるように半歩前に出て構える。
その手には刀ではなく、一回戦で披露した長弓が握られていた。なら、この落ちている矢はライダーが……?
「コードキャストに矢をぶつけるように放ちました。
ギリギリのタイミングでしたが、無事防げたようですね」
「ああ、ありがとう」
ただわからないことがある。
ライダーがここにいるなら、アーチャーは一体どこに?
「あの狩人は主どのが結界を破ったとわかるやいなや、再び姿をくらましてしまいました。
敵マスターの姿が見えないのでもしやとこちらに来たのですが……
も、もしかしてあのままアーチャーを討っていた方がよろしかったでしょうか!?」
「い、いや、こっちに来てくれて助かったよライダー」
この世の終わりのような表情で尋ねるライダーをなだめる。
その視界の端で何かが動いた。
「背中がガラ空きだせ?」
「アーチャー……っ!」
気づいたときにはすでに矢が射られていた。
しかし瞬時にライダーは反応して弓を上に投げ、振り向きざまに抜刀する。
「笑止、その程度の奇襲で私を出し抜けると思ったか!」
「そいつはどうかな」
矢を斬り伏せようとするライダーを見て、アーチャーが不敵に笑った。
「軌道が曲がっ……!」
「こちとら弓の使いには覚えがあるんでね。
軌道を曲げるぐらいなら動作もないのよ」
直線的な軌道を描いていた矢が不自然に曲がり、ライダーの刀から逃れる。
――マズい……!
今のライダーはまだ解毒が出来ていない。
この状態で矢が刺さればライダーの身体は無事では済まない!
声すら出せずにライダーの方を見ると、彼女は涼しい顔をして口を開く。
「ええ、
完全に虚をついた一手であったはずなのに、ライダーはその矢を掴みながら納刀。さきほど投げた弓を掴んで番えて絞り、そして射返した。
その一連の動作には無駄が一切なく、あまりにも見事な手さばきに言葉を失っていると、なにもない空間に矢が深々と刺さり、アーチャーが姿を現した。
深々と腹に刺さった矢は致命傷とは言えないが大ダメージには違いないだろう。
「おや、やはりあなた自身には爆発するほどの不浄はありませんでしたか。
それとも、ちゃんとした持ち主でなければ効果が発揮されないタイプでしょうか」
「ぐっ……初見で見抜くか普通!?」
「初日のあなたの攻撃で、その傾向は読めました。
矢の軌道が曲がることぐらい想定していましたよ」
何てことはないと言うかのようにライダーは説明する。
確かに変化球を好みそうなあのアーチャーならそれぐらいしてきてもおかしくはない。しかしそれを想定していたとしても、実際にこの土壇場で披露された技を初見で見切り、さらにカウンターを仕掛けることができるものはなかなかいないだろう。
それが彼女が本物の天才なのだということを物語っていた。
「ああくそ、やっぱあんたとはどうやっても相入れねぇわ!」
「落ち着け、アーチャー」
「旦那……っ!」
「お前の技量はわしがよく知っている。わしのサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい。
信頼してるよ、アーチャー」
「……あーはいはい。
わかりましたよ」
血が頭登っていたアーチャーが一瞬で冷静に戻る。
流石というべきか、ダン卿の言葉によって戦場の『流れ』というものが完全にリセットされてしまった。
それぞれが息を整えて相手を見据える。
戦いが始まってから終始バラバラの位置にいた二組のマスターとサーヴァントが、今またこうして顔を見合わせている。
すでに立っているのもやっとの状態だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「ダン卿……最後は、正々堂々一騎打ちでどうでしょう」
「……そうだな。
手負いのアーチャーはこれ以上激しく打ち合うのは難しく、そちらはマスター自身が毒と傷で満身創痍。
お互いこの一撃で決めるのが最善策だろう」
ダン卿は狙撃銃型の礼装を捨てると、右手の手袋を握り締める。どうやらあれも礼装らしい。
こちらもどのコードキャストを起動するか思考を巡らせる。
ただ、今の無いも同然の魔力でできることなど思いつかない。
正体不明のコードキャストにどれだけ魔力を吸われるかわからないが、おそらくライダーの毒を満足に治癒することはできないだろう。
ダン卿もこちらの状態を考慮してコードキャストを使用してくるはずだ。
「ダメだ、一体俺は何をすればいい……!」
今の実力ではダン卿には敵わない。
いや、もしかすると一生を費やしても追いつけないかもしれない。それは認めるしかない事実だ。しかし、だからと言って黙って負けていいはずがない。せっかく掴んだ、一騎打ちというチャンスなのだ。
せめてアイテムに使えるものはないかと手だけで漁る。
しかし探せどもエーテルとリターンクリスタルしか見当たらない。
「……あれ?」
そんな中に1つだけ、普段なら入れているはずがないものがあった。
「ああ、そうか……」
一筋の光が見えた気がした。
一度深呼吸して、改めてダン卿たちを見据える。
息の詰まりそうな静寂が両組の間で流れる。
「行くぞライダー!」
「はい、主どの!」
「迎え撃て、アーチャー」
「あいよ!」
おそらく、決着は一瞬だ。
それを理解している両者が、示し合わせたようにそれぞれ同時に行動を開始する。
サーヴァント二人は駆け出し、マスター二人はコードキャストの準備を始める。
再度確認するが、俺はダン卿には敵わない。
万全の状態ですら無理なのに、今の魔力不足の状態では話にならない。
だからこそ俺がまず取った行動は……
「ありがとう、舞!」
アイテムの中から焼きそばパンを取り出し、データ化して吸収する。
食べるよりも早く、そして効率的に魔力が回復したのを実感した。
「魔力が足りないなら、それを回復してから動けばいい!」
舞が譲ってくれたやきそばパンがなければ、こんなことはできなっただろう。
魔力が回復したのを確認し、すぐにコードキャストを起動する準備にかかる。
魔力を回復する手間の分、俺の方が格段に遅い。
――焦るな。
コードキャストに必要な魔力を込め、コードを紡ぐ。
――ライダーを信じろ。
対象に照準を合わせ、起動できるそのときを待つ。
――そして、自分の行動を信じろ!
それぞれのコードキャストが起動する前に、サーヴァント同士が激突する。
ライダーの刀をアーチャーが二本ある短剣のうちの一本で防ぎ、もう一本で斬りかかる。
ほんの一瞬の間に数回の打ち合いが行われるが、やはりダメージのせいでアーチャーの動きが鈍る。
その隙を見逃さず、ライダーがアーチャーの短剣を弾いた。
「これで終わり……がっ!?」
直後、ライダーの身体が硬直する。
何が起こったのか? 考えるまでもない。
ダンのコードキャストがライダーをスタン状態にしたのだ。
それに気付いときには、すでにアーチャーの手にはイチイの矢が握られていた。
ライダーがスタンしてから取り出したにしては早すぎる。こうなることをダン卿がスタンを使ってくれると信頼していたのだろう。
「終わりだ!」
射るよりも早いと判断したのか、イチイの矢を握りしめたまま振り下ろされる。
これが刺さればイチイの力でライダーの中にある毒が爆弾となり、爆発する。
動きが鈍ったライダーでは矢を防げない。
そして、今からコードキャストで解毒しようにも間に合わない。
勝敗は決した。
……と、普通なら思うだろう。
遅れて、こちらのコードキャストの準備が整った。
時間にして1秒足らず、ダン卿が何を使うのかわかっていない状態で発動したのは――
「――コードキャスト■■■■実行!」
「なにっ!?」
驚愕の声をあげたのは果たしてダン卿かアーチャーか。
コードキャストの発動に必死になっていた俺には判断できなかった。
そして、イチイの矢がライダーの身体に突き刺ささり、鮮血が飛ぶ。
「…………………………」
しかし、爆発は起こらない!
「決めろ、ライダー!」
「はい、主どの!」
ライダーは刀を握る手に再び力を込め、体を捻る。
一瞬の隙をついたつもりだったアーチャーの、その隙をついたライダーの一閃はアーチャーの腰から肩にかけてを大きく斬り裂いて致命的な一撃を与える。
「――――――――――」
驚きはダン卿のものだ。
彼は何か、天啓を見たような面もちで自らを倒したライダーを見つめている。
そして大量の血を流すアーチャーは辛うじて倒れこむのは耐えたようだが、身体がノイズに蝕まれ始めた。
そこに追い打ちをかけるように、両者を隔てるように赤い壁が出現する。
一回戦でも見た光景。つまり、俺たちの勝利だ。
それを確認したライダーも刀を納めて静かに息を吐いた。
「終わりです、アーチャー」
「嘘、だろ……っ!
どうしてオレたちが押し負けた……!?
地力も決意も旦那の方が上だってたていうのに、どうして……!?」
「……いや、そうだったな。わしもまだまだ未熟だったようだ。
最後の最後で、自分の心を見誤った。
聖杯戦争において、意志の強さは二の次らしい。
……ここでは意志の質が、前に進む力になる」
静かに首を振り、ダン卿は遠くを見つめる。
「聖杯を求めるのは亡くした妻を取り戻すため、か――――。
……なんと愚かな勘違いをしたものか。
軍人として生涯を捧げたわしが、今際の際に、個人の願いに固執した。
軍人であることに疑問はなかったが……後悔は、あったようだ。
棚の奥にしまっていた、騎士の誇りを持ち出してでも、亡くしたものを取り戻したかった」
だが、とダン卿は目を細める。
その表情は苦悩に歪んでいた。
「わしが願ったものは、一体どちらだったのか。
妻か……それとも、軍人になる前、一人の人間としての――」
独白は遺言のように。
黒衣の老騎士の姿がノイズに包まれ、崩壊していく。
彼と、そのサーヴァントであるアーチャーも、運命に殉じるように霧散していく。
そんな彼の柔らかな視線がこちらに向けられる。
「……しかし、意外だ。
最後の瞬間……君の一撃に迷いはなかった。
言葉にできずとも譲れぬものがあったのだろう。
でなければ、状態異常治癒のコードキャストをわしとほぼ同時に使うなどという無謀な賭けには出ないはずだ」
「賭け、ではなかっと思います。
ダン卿なら、たぶんアーチャーの補強ではなく、こちらの妨害に徹すると思いましたから」
「……なるほど。
そこまで見抜いていたとは見事だ。
今後も自分を信じて進むといい。
その賭けに出る無謀さは、いずれ敵を穿つための力になる。努努忘れぬことだ。
……さて。最後に無様を晒したが……悪くないな、敗北というものも。
実に意義のある戦いだったよ。
はは、未来ある若者の礎になるのは、これが初めてだ」
末期の笑いは晴れやかだった。
ダン・ブラックモアにかつての苛烈さは見られない。
老騎士の顔は、自らの孫を見守るような穏やかさに満ちている。
「たがすまんな、アーチャー。
わしの我儘ゆえ戦い方を縛りつけ、おまえの矜持を汚してしまった」
「ここまできて謝罪はなしですよ旦那。
そもそも正々堂々の戦いなんざ生前縁がなかったもんでね、一度ぐらいは格好つけたかったんだよオレも。
冨も、名声も、友情も、平和も、たいていのものは手に入れたけどさ、その代りに遠くなっちまったものだあった。
だから、いいんだ」
アーチャーの身体がノイズで覆われてしまう。
最後に残ったその表情の一部からは悔いは見られない。
「……最期に、どうしても手に入らなかったものを、掴ませてもらったさ――」
それが最期の言葉となり、その姿は、存在は、この世界から完全に消滅した。
かつて村を守るために英雄の衣を、かぶり、ただ勝つためだけに森の茂みに隠れ続けた青年。
村を守るために戦いながら、一度たりとも村人たちに讃えられなかった彼は、かすかに、満足げに微笑んでいた。
「……すまない。
ありがとう、アーチャー」
その姿を看取ったダン卿は目を伏せた。
「由良君」
呼ばれて彼の顔を見る。
「最後に、年寄りの戯言を聞いてほしい。
これから先……誰を敵に迎えようとも、誰を敵として討つ事になろうとも、決して歩みを止めないでほしい。
君のその闇雲にでも確かな一歩を踏み出す力は、この聖杯戦争に参加したどのマスターと比べても誇れるものだ」
「……ありがとうございます」
どうにか絞り出すことができた言葉。
その言葉に満足げに頷いたダン卿は静かに目を閉じた。
「さて……ようやく会えそうだ。
長かったな……アン……ヌ……」
最期に呟いたのは女性の名前……。
それを口にしたダンの顔は、未練も後悔もなく。
彼は静かな答えを胸に抱いたままゆっくりと消えていった。
こうして、二回目の決戦が幕を閉じた。
彼の生きた姿を、自分の胸に刻みながら……。
これにて2回戦の終了、そしてダン卿とアーチャーの退場です
次回はEXTRAをプレイされた方なら知ってるあのイベントが3回戦との間に挟まります
……未完結作品のサーヴァントをこういう二次創作に登場させるのすごい不安