今回アーチャーの真名に迫ります
日付が変わり、今日でモラトリアムも4日目。
ラニに連絡して人気の少ない三階の廊下奥で落ち合う。
「ごきげんよう。
ブラックモアの遺物を持ってきてくれたのですね。
礼を言います」
「持ってきてなんだけど、サーヴァントの遺物でマスターのブラックモアのことも知れるの?」
「はい、問題ありません。
マスターとサーヴァントの関係にあるなら、サーヴァントの遺物も、マスターの遺物として用いることができます」
正直ホッとした。
もしアーチャーの星しか詠めない場合、俺は問題ないがラニは一方的に損したことになる。
渡した矢を見ると、ラニは一言、二言つぶやき、こくん、と頷いた。
「……これならば」
彼女はその品を柔らかな手つきで撫でると目を閉じ、窓から見える空を仰いだ。
「星々の引き出す因果律、その語りに耳を傾ければさまざまなことが分かるものです。
ブラックモアのサーヴァント。
彼を律した星もまた、今日の空に輝いています」
占星術のことはよくわからなかったが、ラニの指定したこの日は占うのに最も適していたということはわかった。
『宿曜道ですか。
私の周りでも学んでいた者がいるので簡単な知識はありますが、彼女はその道のプロのようですね』
ラニの行動にライダーも彼女の力量について感嘆の声を漏らす。
「これは……森?
深く、暗い……」
アーチャーの矢に手を沿え、窓から虚空を睨むラニは静かに語りだした。
「とても……とても暗い色。
時に汚名も負い、暗い闇に潜んだ人生……
賞賛の影には自らの歩んだ道に対する苦渋の色が混じった、そんな色。
緑の衣装で森に溶け込み、影から敵を射続けた姿……」
ラニの言葉には幾つか思い当たる節がある。
生前からそれを繰り返してきたからこそ、その生き様が身を隠す宝具として形作ったということだろうか。
隠れ続け、卑怯者と謗られながらも闇から敵を撃ち続けた人生。
「だとすると、ダン卿の言う騎士の戦いとはあまりに対照的だ」
いやしかし、ダン卿も軍人の時はそれに近い行いをしてきたのかもしれない。
だとすると、彼らは似た者同士ということか。
ただ、ラニの星詠みが正しいのなら、アーチャーに該当するような英雄などいるのだろうか。
栄光を手にした者ものは英雄と称えられるもの。
結果は同じでも、その過程には様々な経緯がある、という事か。
『……なんとなくですが、あの男の人となりを理解できました。
彼は、敗北が許されない立場にいたのですね』
ライダーはポツリと感想を述べる。
彼女の真名は牛若丸、つまり源義経だ。
史実の彼女も、決して栄光を手にしたというには程遠い苛烈な人生だ。
どこか彼の生き方に感じる者があるのだろう。
「……ライダーの過去、か」
『主どの、どうかされましたか?』
「いや、なんでもないよ。
ただの独り言だから」
俺はライダーの真名は牛若丸だとは聞いているし、彼女がどんな人物だったかも文献からわかってる。
ただ、彼女自身の口から聞いたことはなかった。
今はそんな余裕がないが、いつか聞いてみたいと思う。
そして、俺の過去も……
そんな事を考えていると、ラニは静かに言葉を締めた。
「これは私の探している者ではないかもしれません……
はっきりとは、わかりませんが。憧憬、それゆえの亀裂。
これは師からも伝えられた、私も知る
気になるのなら、すぐに出会うことが出来るでしょう。
直接問うのもいいのでは?」
「ああ、そうしてみるよ。
色々とありがとう、ラニ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、彼女は再び空を見上げて黙ってしまった。
そこに入る第二層の解放とトリガー生成の通知。
アリーナ第一層では襲撃時以来一度も会ってはいない。
安全に探索できた反面、彼らと戦闘できていないのは決戦で大きく響く。
ダン卿が普段アリーナに入っていないとすると、トリガー入手のタイミングが被るはずのこの日が最後のチャンスだ。
アリーナに入ると、4日目にして初めてダン卿たちの気配を察知した。
「今ならペナルティも負っています。
アーチャーの生涯に同情はしますが容赦はしません。
彼の正体を明らかにするためにも仕掛けてみましょう」
ライダーの提案に同意し、アリーナを突き進む。
少し開けた部屋のような場所に彼らは佇んでいた。
緑の衣装に身を包んだ痩躯の男と、彼を従えた老騎士。
ダンと彼のサーヴァントだ。
「旦那、どうします?
目の前に出てきましたけど」
ダンのアーチャーの言葉に、こちらのライダーも抜刀しつつ、不敵に笑う。
「そちらこそ、今回は隠れないでいいんですか?
なんでしたら隠れるまで目を瞑っておきましょうか?」
「……その余裕ありますって言い方、初日のてめぇに聞かせてやりたいね」
「こちらも同じことを思っていましたよ。
生前隠れて敵を射続けたあなたが、今こうして隠れず対面しているという事実を知ったらどう思うんでしょうね」
「っ……!」
ライダーの言葉はあからさまな挑発だったが、目の前の敵の心の底にあった何かに触れたのだろう。
涼しい顔が、見る間に紅潮していくように見えた。
「隠れないのでしたらここで討ち取らせてもらいます。森の狩人よ」
「チッ、下手な挑発してきやがって……
挑発するにももうちょっとスマートに出来ないもんかね。
おたく、絶対人の気持ちとかわからないタイプだな」
アーチャーの目が怪しく輝き、おそらくは宝具である緑のマントに手をかける。
「お望み通り隠れてやるぜ。
シャーウッドの森の殺戮技巧、とつと味わっていきな……!」
「冷静になれアーチャー、お前らしくもない」
来る、と身構えたところでダン卿の声がアーチャーを制する。
「あいあい、わかってますけどねぇ。
……サーの旦那、こいつはちょいと七面倒くさい注文ですよ?
正攻法だけで戦えとか、オレが誰だかわかってます?
酒とかかっくらってんすか?」
軽口を叩くアーチャーの姿はだんだんとわざとらしくなる。
まるで、喉まで出かかった本音の代わりの言葉を吐き出してるようだ。
その軽口は段々とヒートアップしていく。
「あはは、つーか意味わかんねえ!
オレから奇襲とったらなにが残るんだってんだよ?
ハンサム? この甘いハンサム顔だけっすよ!
効果があるのは町娘だけだっつーの!」
「不服か?
伝え聞く狩人の力は顔のない王だけに頼ったものだったと?」
「あー……いや、まあ、ねぇ?
そりゃあオレだって頑張ったし?
弓に関しちゃあプライドありますけど」
「では、その方向で奮戦したまえ。
おまえの技量は、なにより狙撃手だったわしがよく知っている。それこそ背筋が寒くなるほどにな。
信頼しているよ、アーチャー」
「……仕方ねえ。大いに不服だが従いますよ。
旦那はオレのマスターですからねぇ。
さいわい相手はひな鳥だ。
正攻法なんざ滅多にしませんが、ま、どうにでもなるでしょ」
ピリピリと殺気立っていたアーチャーの雰囲気が変わる。
張り詰め、今にも切れてしまいそうだった糸は適度な緩みを持った。
戦術が限られているとはいえ、おそらく万全のパフォーマンスが望めることだろう。
対するライダーは、アーチャーの言葉に反応し、段々と殺気立っていく。
「……主どのをひなどりと愚弄するか。
いいだろう、その顔についてる目はきちんと機能していないようだから私がくり抜いてくれる!」
「なんだこの女、見た目に比べて言動がおっかねぇぞ。
おい、そこの少年。
おたく、飼い犬の教育間違ってますよ?
つーか、目玉くり抜くとかいつの時代だよ。
いやどの時代でも普通は潰すぐらいで、くり抜くのはバイオレンスすぎでしょ」
「主どのが望むのならばどんな難題も乗り越え、どんなものでも取ってくるのが従者の役目。
敵将の首を主に送るなど私には日常茶飯事でしたよ」
いや、さすがに生首とかそういうの送るのは勘弁してくれ、と切に思う。
さすがのアーチャーもライダーの発言に表情が引きつってる。
「こりゃ参った、こいつ飼い犬っていうより狂犬……いや一応忠犬か。
ただしブレーキぶっ壊れてアクセル全開。
ここまで来ると忠誠心が狂気にしか思わねえよ。
あんた絶対周囲から浮いてただろ」
「ええ、私は天才ですから」
「天災の間違いだろ。
大方、肉親から裏切られる最期ってところか。
てかこの感じ、自身に対する嫌味や酷評は全部気にしてないって感じだなぁこりゃ。
あとその装備!
誰も突っ込まないから突っ込んだら負けみたいなゲームでもしてるのかと思っちまったよ」
「邪魔な装備を外して軽量化しただけですよ。
私なら全て避けられますし、余計な装備は動きを鈍らすだけですから」
「それを軽量化って言える精神に驚きだよ。
趣味って言われた方が幾分マシに思えるね。
まあいい、全部避けれるってんなら見せてもらおうか!」
煽りに煽りあった二人はこれ以上待てないと言わんばかりに激突する。
ライダーは床を蹴り一気にアーチャーに肉薄する。
そしてその手に持つ刀がアーチャーを両断するかに見えたが、その直前にアーチャーの姿が忽然と消えた。
「アーチャーの宝具か!?」
「おら死にな!」
虚空から放たれた矢は、まっすぐとライダーに向かう。
それをライダーは難なく斬り伏せ、返す刀で虚空を一閃する。その太刀筋に迷いがあるようには見えない。
「む、間合いを見誤りましたか」
「ライダー、見えないのにわかるのか?」
「はい、もちろん。
姿は見えないとはいえ、そこに『いる』わけですから。
風を切る矢は言わずもがな、本体だって空気を切る音と微かな足音で十分捕捉できます」
まだ調整は必要ですが、と付け加えるライダーだが、その実力には驚くしかない。
「くそっ、こいつホントの天才かよ……!」
アーチャーか再び姿を表す。
どうせバレるのならここぞという時まで取っておく方針に切り替えたようだ。
『――アリーナ内での戦闘は禁じられています』
この無機質な声を聞くのも久方ぶりだ。
あと数分もすればSE.RA.PHによって戦闘は強制終了されるだろう。
「ライダーの癖に馬に乗らないのかよ」
「生憎と、私の愛馬は戦闘用ではありませんでしたから。
それより、アーチャーと言いながら矢の腕はこの程度ですか?」
未だアーチャーの間合いではあるが、状況はこちらが優勢だった。
アーチャーの放つ矢をライダーは的確に斬り伏せていく。
「そこっ!」
「……っ!?」
攻撃の隙をついて一気に接近した。
瞬く間に距離を詰めたライダーの振るう一撃を、アーチャーは間一髪伏せることで避ける。
しかしその距離なら矢を放つよりライダーの攻撃の方が早い。
「誰が弓だけで相手するっつったよ?」
見れば、アーチャーは小さく笑っていた。
低くなった体勢のまま、矢を番うことなくアーチャーはその右手を固く握りしめ、床を殴りつけた。
「繁みの棘よ!」
直後、地面から棘が生え、まるで槍のようにライダーへと伸びていく。
「……っ、地面からの攻撃ですか!」
とっさに棘の側面を蹴って避けたことで大事には至らなかったが、体勢は大きく崩された。
その隙をアーチャーは見逃さない。
正確無比の一射は吸い込まれるようにライダーの身体に向かう。
「なんのっ!」
厳しい体勢だったというのに、ライダーは難なくアーチャーの矢を斬り伏せた。
「お見事、だが……」
確実に防いだはずなのに、ライダーのバイタルに異常が発生する。
「ぐ……っ、矢に塗るのではなく、私が斬り伏せたあとに飛散するように容器につめていたか!」
「毒の扱いもそれなりに自信があるんでね。
全部避けられるっつうならそれ用の毒を仕込ませるまでだ」
どうやら先ほどの矢はライダーが斬ること前提のし掛けが施されていたらしい。
状態異常の正体はスタン。目に見えてライダーの動きが鈍っている。
今装備している鳳凰のマフラーでは根本的な解決にはならない。
こちらがいつまでも状態異常の治癒をしないのを好機と見たらしく、アーチャーの姿が再び消える。
サーヴァントが見えないのでは、守り刀で援護しようにも厳しい。
「くそっ、ここまで完璧に姿が消えるならどちらも補助にすべきだった……」
しかし後悔先に立たず。今の状況でどうにかするしかない。
ダン卿に仕掛けるか?
いやそれは愚策だ。
サーヴァント同士ならまだしも、マスター同士の力の差は歴然。
下手に接近すれば返り討ちにあるのは目に見えている。
こうして考えている間にも、ライダーはどんどん追い詰められていく。
「ほらほら、動きが鈍ってるぜ?
そんなんでオレの矢を避けれると思ってんのかよ!」
「くっ、この程度……!」
不意に思い出したのは、初日の襲撃。
あの時も癒しの香木を装備していない状況で解毒をすることができた。
どんなコードキャストだったのかは覚えていない。
それでもやらなければライダーが危険だ。
「コードキャスト、実行――」
思い出すのは、あの時の状況、魔力の流れ方。
ライダーを助けたいという一心で、対象を彼女に設定してコードを入力する。
「――■■■■」
礼装に設定されていない、カテゴリも名称も不明のコードキャストが浮かび上がる。
魔力を消費して実行されたそれはライダーのバイタルに干渉し、まるで最初から異常など無かったかのように消滅させた。
「感謝します、主どの!」
「なっ、俺の毒を解毒しやがった!?」
姿を隠したアーチャーの驚愕の声が聞こえてくる。
いつまでたってもコードキャストを使用しないことで、こちらが解毒の手段を持っていないと判断していたといったところか。
状態異常から解放されたライダーは一瞬の隙を突いて一気に踏み込む。
見えないが、その目の前にアーチャーの姿があるのだろう。
「その首、貰い受ける!」
「そうはいくか!」
迷いなく振り抜いた彼女の刀は、途中で鉄同士のぶつかり合う音とともに阻まれた。
『――強制終了します』
直後、容赦のない圧迫感が戦場を覆う。
そして立ち位置は戦闘前に戻されてしまった。
戦闘終了を確認してアーチャーは透明化を解く。その手には使い込まれたナイフが握られていた。
「最後、その得物で防ぎましたか」
「好んで接近戦なんざしたくないけど、大抵の武器は扱える。
……まあ、長剣だけはどうやっても肌に合わなかったけどな」
言いながらナイフを仕舞い、わざとらしくため息をついた。
「やっぱ柄じゃないっつーか、割りに合いませんわ、こういうの」
「泣き言は禁止だ、アーチャー。
わしのサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい」
「げ。……ほんと旦那は暑苦しいんだから。
わかってますよ、だまし討ちは禁止なんでしょ。
……まったく、手足がもがれているようなもんだぜ。
人間には適材適所ってもんがあるんだが……
ま、必死になればなんとかなるもんだ。
手足がなくとも歯を支え、目玉で射るのが一流の弓使い、か……いやぁロックだねぇ!
OK、ご期待に応えるぜマスター。
所詮はエセ騎士だが、槍の差し合いも悪くはないさ」
「その意気だ。
次の戦いの準備は始まっている。意識を戦場から離すな」
へいへい、と軽く返すアーチャーとアリーナからダン卿たちは去っていく。
その姿を見届けると、ライダーはようやく構えを解いた。
心なしか、そこ口元には笑みが見える。
「シャーウッドの森、ですか。
あの言い方だとそれが出自で間違いないでしょう。
あのラニという少女の宿曜術は素晴らしい精度ですね」
シャーウッドの森。
イギリスのノッティンガム近くに存在する王国林。
そして、とある人物が隠れ住んでいたとされる森でもある。
「……ロビンフッド」
義賊・盗賊であると言われ、圧政者であったジョン失地王に抵抗した反逆者。
とはいえ、彼のモチーフになった人物は複数存在するため、彼がどの『ロビンフッド』なのかはわからない。
しかしそれでも十分だ。
「それにダン卿の口にした『顔のない王』は初日に言っていた『
それぞれ宝具の名前と大雑把な性能も、実際に見たり文献を読み漁ったりしたおかげで把握できている。
改めて、この聖杯戦争で情報の重要性を理解する。
そして初日に自分が使ったコードキャストの正体もわかった。
名称こそ不明のままだが、先ほどの効果から大体の効果は推定できる。
「状態異常の回復、か……」
癒しの香木が無駄になったが、この礼装を購入するキッカケとなった舞との会話がなければ、そもそもこのコードキャストには出会えなかったわけだから無駄ではなかったはずだ。
「舞には後でお礼言わないとな……」
「主どの、いかがなさいました?」
「いや、こっちの話。
アーチャーとの戦闘お疲れ様」
「あ、いえ、サーヴァントとして当然のことをしたまででして……」
などと言っている彼女だが、若干頭を下げてこちらに寄ってきているような……
試しに彼女の頭を撫でてみると、幸せそうに受け入れていた。
……なんとなく彼女の性格がわかった気がする。
「このままトリガー入手もお願いできるかな?」
「はい、お任せください!」
そこからトリガー入手のために奥に進んだが、頭を撫でたからかライダーのパフォーマンスは上昇していた気がした。
ドラマCDでネロも見えないアーチャーと普通に戦ってたけど、やっぱりあいつらおかしい……