Fate/Aristotle   作:駄蛇

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1.5章にかかりっきりで忘れそうなのでその前に更新です

タイトルから分かる人も多いと思いますがあの少女の登場回です


褐色の少女

 翌日、特に理由はないのだがなんとなく教会を訪れる。

 そこには緑色の服に身を包んだ老人――ダンがいた。

「おや、こんなところで会うとは珍しい。

 また言峰神父に用かな?」

「いえ、これといった用は特に……」

「心配せずとも、令呪の力で制限した以上アーチャーがそなたを狙う事はない」

 こちらの警戒を感じ取ったのか、先んじてダン卿はここが安全であることを説明する。

「昨日は済まなかったな。

 あの傷が命に関わらなかった事は不幸中の幸い、とは思うが」

 続いて口にしたのは謝罪の言葉。

 自分が言うのもなんだが、彼は正々堂々、という言葉にとらわれ過ぎなのではないだろうか……?

「アーチャーのマスター殿。

 昨日の行為、些か腑に落ちない所があるのですが……」

 ライダーも同じ考えだったようで、彼女は実体化して彼に直接問う。

「そうだな。

 自分でもどうかしていたと思っていたところだ。

 3つしかない令呪を、あろうことか敵を利するために使ってしまうとはな。

 だが、あの時はそれが自然に思えた。

 この戦いには女王陛下からたっての願いというコトもあったが……

 わしにとっては久方ぶりの……いや、初めての個人的(プライベート)な戦いだ」

「つまり、貴殿は軍人として戦いに来ているのではないと?」

「流石にわしの経歴は調べたようだな。

 いかにも、軍務であればアーチャーを良しとしたたろう。だが、あいにくと今のわしは騎士でな。

 そう思った時、妻の面影なよぎったのだよ。妻は、そんなわしを喜ぶのかどうかとな。

 ……老人の昔話だがね。

 今は顔も声も忘れてしまった。面影すら、思い返すことができない。当然の話だ。

 軍人として生き、軍規に徹した。

 そこに(ひと)としての人生(こうふく)など、立ち入ることは許されはしない」

 老兵……いや、老騎士の目がこちらをまっすぐ見据える。

「君はまだ迷っているようだな。自分の在り方を」

「……覚悟は出来たつもりです。

 ですが、今の俺には願いがない。

 例え出来たとして、たった数日で考えた願いが人を殺していいほどの、人を殺すのに値するものなのか……」

「覚悟や願いというものは、誰かに評価されるものではない。

 誰に何と言われようと、それが自分の叶えたい事ならば、信じて進めばいい。

 後悔は轍に咲く花のようだ。

 歩いた軌道に、さまざまと、そのしなびた実を結ばせる。

 だからこそ、己に恥じぬ行いをしなさい。

 それだけが、後顧の憂いから自身を解放する鍵なのだよ」

 誤りだったと感じた過程からは、何ものも生み出されない。

 誇れる道程の先にこそ、聖杯を掴む道があるという事か……

「……らしくない。つまらない話につき合わせた。老人の独り言と笑うがいい。

 いい戦いをしよう少年。

 君の目に曇りが生じぬようにわしも、わしに恥じぬ戦いをしよう」

 そう言うと老人は再び目をつぶった。

 静かに、何かに対して祈りを捧げる彼を邪魔しては悪いだろう。

 静かに立ち去る事にしよう。

「自分が信じて進む願い、か……」

 何か信念がある人は強い。

 それは遠坂凛に出会った時からなんとなく感じていた。

 実力云々の前に精神面で彼女には敵わない、と感じてしまうほどに……

 ダン卿にもどうしても叶えたい願いがあるのだろう。

 なら、自分はどうだ?

 ライダーに悲しい思いをさせないように、ライダーのためにこの聖杯戦争を勝ち抜く。

 これは戦う過程の話であって、最終的な目標とは違う。

 やはり自分には戦う理由が欠落している。

 あらゆる願いを叶える願望機と言われる聖杯。

 すでに下した慎二や今回の敵であるダン卿を始め、この聖杯戦争の参加者全員を殺したとしても、叶えたい願い。

 記憶を失う前の自分は、一体どんな願いだったのだろう。

 

 

 まとまらない思考を一旦リセットするのも兼ねて、アリーナに向かう前に図書室に立ち寄る。

 アーチャーの情報収集を行おうとしたのだが、その成果は芳しくない。

『今までの情報から推測するに、敵の正体はイチイの毒を使うアーチャーということになりますが……』

「けど、見つかったのはイチイバルみたいな、イチイの木の方を加工して武器に用いた話だ。

 肝心の毒のほうは見当たらない」

 植物図鑑を始め、色々と漁ってみたが目的の情報は得られなかった。

 仕方なく図書室を後にする。

「何か、決定的な情報がないと……」

「ごきげんよう」

 図書室を出た直後に声をかけられた。

 振り返るとそこにいたのは褐色の肌の少女。

 確か、いつも廊下の窓から空を見ていた子のはずだ。

 会話を交わした記憶はない。しかし、彼女が誰なのかはぼんやりとわかっている気がする。

「ラ、ニ……?」

「私の名前を知っているのですか?

 こうしてきちんとお話をするのは初めてだと記憶しているのですが」

「いや、たぶん話すのは初めてだ。

 又聞きで名前だけ知っていたのかもしれない」

「そういうことなら、納得です。

 では改めて、私はラニ。

 あなたと同様、聖杯を手に入れる使命を負った者。

 あなたを照らす星を、見ていました。

 他のマスターたちも同様に詠んだのですが、あなただけが……とても歪な存在。

 あなたは、何なのですか?」

「えっ?」

 いきなりの質問に言葉が詰まる。

 その間、感情が読みづらい彼女の瞳は、まっすぐとこちらを見据えている。

 ……何、と言われても。

『月海原学園、2年A組、天軒由良』という肩書きは、名前以外は予選の時に与えられた仮初めのものだ。

 自分が何者なのかは、自分でさえ理解していない。

 返答に困っていると、その沈黙を拒否だと捉えたのかラニは不思議そうに首を傾げた。

「正体を隠すのですか?

 昨日、ブラックモアのサーヴァントにはあんなにも無防備だったのに」

 ――見られていた!?

 いや、落ち着け。

 昨日の襲撃は多くのマスターとNPCが目撃していたはずだ。

 もしかしたら、あの場に彼女も居合わせていたのかもしれない。

「警戒しないでください。

 私は、あなたの対戦者ではないのですから」

「そう、だね……」

「見ていた、というのは正確ではありません。

 星が語るのです、あなたのことを。

 私は、ただそれを伝えただけ。

 師が言った者が何なのか、それを探すためにあなたの星を読んでしまった。

 私の探している星なのかはわかりませんでしたが……」

 占星術の類だろうか。

 いや、それよりも重要なことがある。

 俺の情報を、見られた?

 ただ視覚的に見られていたのではなく、俺の情報はそのものを見たということか……!

 それなのに何の前触れもなかったことに戦慄する。

『この戦は情報戦が特に重要になってきますから、十分にあり得たことです。

 NPCの動きは注意していましたが、まさか直接見るとこができる者がいることは失念していましたが……

 以後気をつけましょう』

 ライダーはフォローしてくれるが、致命的なミスを犯したことには変わりない。

「つまり、君は俺のサーヴァントの真名までわかったということ?」

「いえ、私が見たのは星の在り方だけ。

 その星の語りまでは聞き取れていません」

「星の語り?」

「我がマスター、このままでは話が進まんぞ」

 突然彼女の隣に色白で長身の男性が姿を現した。

 この存在感は、サーヴァント……!

「……っ!」

 反射的に半歩下がり、ライダーも腰の刀に手をかけながら現界する。

 対して、ラニのサーヴァントらしき男は顎に手を置いてライダーを見下ろす。

「ふむ、流石に姿を現わすのは軽率であったか」

「バーサーカー、なぜ?」

「マスターの説明では彼を警戒させるだけだと判断したのだ」

 以前ライダーは警戒を解かないが、バーサーカーと呼ばれたラニのサーヴァントは気にせず続ける。

「我がマスターの無礼は余が謝罪しよう。

 悪意はないのだ」

「それは、なんとなくわかる。

 それよりさっきの例え、どういうことなんだ?」

「貴様がどんな人物かは見たが、その記憶などは見えてないということだ。

 無論、その小娘についてもことも何もわからない。

 信じるかどうかは貴様次第だがな」

 それだけいうとバーサーカーは姿を消した。

「……主どの」

「俺は大丈夫だよ。ありがとうライダー」

「承知しました」

 続けてライダーも霊体化し、再び廊下には俺とラニの二人だけが対面する形になった。

 感情の起伏の少ない彼女の言にはわからないことが多かったが、バーサーカーの言う通り少なくとも敵意は感じられない。

「説明不足だったのでしたら申し訳ありません。

 私は、もっと星を観なければならない。

 ですので、協力を要請します。

 蔵書の巨人(アトラス)の最後の末として、私はその価値を示したい。

 ブラックモアの星を私にも教えて欲しい」

「ブラックモアの?

 それは、俺の手助けが必要なことなのか?」

「はい。

 星を詠み、その語りも聞くとなれば、その人に関連する遺物が必要となります。

 私は、ブラックモアの星を詠みたい。

 あなたは、ブラックモアのサーヴァントの情報がほしい。

 いかがでしょう?

 彼の星を詠み、知ることはあなたにも有益なことだと思いますが……

 私の頼みを、聞いてもらえますか?」

「その……提案は有り難い。

 でも、どうして俺なんだ?」

 ラニの星詠みに悪意がないのはなんとなくわかる。その眼差しに敵意がないのも信じられる。

 ただ、何故俺なのかがわからない。

 俺の問いにラニは目を伏せる。

「申し訳ありません。

 しかし、師が言った事の意味を知るためには私は人間(ひと)を知る必要があるのです。

 師は言いました。人形である私に命を入れる者が居るのかを見よ、と。

 師が言うのであれば、私は探さなければならない。人間(ひと)というものの在り方を」

「それが、俺だったと?」

「……あなたがそうなのか、それはわかりません。

 でも、あなたには他のマスターとは明らかに違う星が見える。

 私は……もっと人を見なければならない。

 あなたも、そしてブラックモアも。だから私にも見せて欲しいのです」

 彼女の言葉に嘘偽りは感じられない。

 嘘をつく、という行為を知らない機械的なものにも感じられるが……

「でも、本当にいいのか?

 俺と君はマスター同士だ。いつか戦うかもしれない相手に有利なことをするなんて……」

「私にとって、師の言葉こそが道標。

 その師が言ったのです。人間(ひと)を知ることだと。

 だから、あなたが気にすることなど何も無いのです」

 その言葉に、こちらも答えはハッキリした。

「わかった、協力するよ。

 何かダン卿かそのサーヴァントに関連する遺物を持って来ればいいんだよね?」

「はい。その遺物から、その時空を伺うことができます。

 端末はお持ちですね? 私のアドレスをお渡しします」

 ラニが端末を操作すると、しばらくして無機質な機械音がアドレスの受け取りを伝える。

「もし遺物が見つかりましたら、このアドレスで私を呼び出してください」

「遺物には心当たりがあるから、早ければ明日には見せられると思う。

 それでも大丈夫かな?」

「出来ないことはありませんが、より確実に行うのなら2日後が好ましいです」

 口ぶりからして何か準備でもあるのかもしれない。

 こちらとしても万が一に備えて余裕があるのは嬉しい限りだ。

「わかった。

 じゃあ2日後よろしく頼むよ」

「はい。それでは、ごきげんよう」

 そう言うとラニは元いた場所に戻り、窓から空を見上げる。

 まるで、それが自分の仕事と言わんばかりに……

 人間というよりNPCのような規則的な動きをする彼女を背に、ライダーと共にアリーナへと向かった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒が去り、人気がなくなった廊下でラニは窓から見える星を眺めている。

 しかしその意識は若干ながら階段の方を向いていた。

『気になるのか?』

「はい。彼の星は、他の誰とも違うものでしたから」

 思い出すだけで彼女の背筋には冷たいものが走る。

「彼は、まるで混ざりあった星。

 1人の人として存在しているのが不思議なほど歪なものでした」

『生憎と、余は占星術の心得がないゆえ助言はできぬ。

 しかし、あの小僧が策士ではないことはわかる。

 協力者としても、無論敵としてもそう警戒する必要もなかろう』

「そう、ですね」

 バーサーカーの言葉は正しい。

 実際に会ってみて、彼自身が無害であることはラニにも理解できている。

 この理解不能な寒気はただの思い違いだ。今はそう結論を出し、ラニは師に与えられた役目に思考を戻した。

 

 

 アリーナに向かう途中ライダーが質問を投げかけてきた。

『主どの、先ほどの協力要請についてですが』

「あ、相談せずに了解したのはマズかったかな?」

『いえ、私も賛成でしたので問題ありません。

 ……少し、寂しかったですが』

「ごめん、最後の方聞き取れなかったんだけど」

『い、いえ、気にしないでください!』

「なら、いいんだけど……」

 ライダーにそう言われるとこちらも追及はできない。

 気になるが今は置いておこう。

『では改めて、遺物の心当たりとは一体どのようなものでしょうか?』

「昨日アーチャーに射られた矢だ。

 あの時はそれどころじゃなくてアリーナに捨てちゃったけど、まだ残ってるはず」

『なるほど、確かにあの矢でしたら遺物としては申し分ないかもしれませんね。

 それにしても、師の言葉というのは気になりますね。

 時が来ればわかるとは思いますが……いや、これは蛇足でしたね。

 今はあのアーチャーに集中しましょう』

 今日はモラトリアムの2日目。

 昨日はほとんどと言っていいほどアリーナの探索ができなかったから、今日は昨日の分も合わせて頑張らなくては。

 気持ちを入れ直してアリーナに入る。中には自分たち以外の気配は感じられない。

「アーチャーの気配も近くにはないようです。

 あの手のサーヴァントが一度注意された程度で考えを改めるとは思いませんが、これは好機ですね」

「奇襲の心配がないなら、矢の回収を済ませてしまおう」

「承知しました」

 矢を抜いたのはアリーナに入った直後だ。

 予想通り、難なく目的のものは手に入れることができた。

「昨日はちゃんと観察することはできませんでしたが、中々の年代物ですね。

 ほぼ無傷で残っていますし、これならばあのアーチャーの正体も何か分かるやもしれません」

 これでラニの言っていた遺物は確保できた。

 後はトリガーを入手してしまおう。

 

 

 トリガー取得も無事に終わり、アリーナから戻る。

 結構な時間探索をしていたつもりだったのだが、ダン卿と鉢合わせになることは無かった。

 もしかすると、俺たちが入る前にすでにアリーナの探索を終えていたのかもしれない。

『または、校舎側からずっと観察していたのかもしれませんね。

 私達の場合は鍛錬も兼ねて毎日アリーナに出向いてはいますが、強制されたものではありません。

 自分のサーヴァントの情報を漏らさないようにするには、むしろアリーナに行かない方がいいかもしれません』

「けど、それだと向こうもこっちの情報がわからないんじゃ……」

『主どの、先ほどのラニという少女をお忘れですか?』

 ライダーの言葉にあっ、と声が出る。

 ラニは占星術で俺の情報を多少なりとも確認している。

 もし、ダン卿にもそのような力があれば……いや、未熟な俺にならただ観察するだけでもある程度の情報を得られるのかもしれない。

 それこそ、先の会話の最中にでも……

『考え過ぎだとは思いますが、アリーナで出会わないからといって油断なさらぬよう。

 ここは原則安全地帯ではありますが、戦場の中にあるということには変わりありませんので』

 校舎でさえ油断はできない。

 それは、昨日身をもって知らされたことだ。

 常に周りの人を警戒するのは無理だとしても、不用意に隙を見せない程度に気を張ることは忘れないようにしなくては。


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